夏休みが終わる。
正確には、あと三日ある。
ただ、新学期が始まる直前まで実家にいる必要もないので、ボクは明日にはトレセン学園の寮へ戻ることになっていた。
「……多くないです?」
自分の部屋。
床に置かれた荷物を見る。
大きめのバッグ。
もう一つバッグ。
紙袋。
そして段ボール箱。
「何が?」
「荷物です。夏休みに帰ってきた時、ボクこんなに持ってませんでしたよね?」
「増えたんだろ」
「何が?」
「いろいろ」
「雑ですね」
服。
日用品。
トレーニング関係。
ママが買ってきたお菓子。
お父さんが勝手に入れた保存食。
その他諸々。
一か月少々実家にいただけなのに、なぜこんなに増えるのだろう。
「これは?」
「タオル」
「寮にもありますよ」
「何枚あっても困らない」
「これは?」
「非常食」
「食堂あります」
「災害時にいるだろ」
「これは?」
「胃薬」
「何を想定してるんです?」
「お前の食生活」
「ブルボンさんに管理されてますよ!」
むしろ人生で一番健康的に食べている。
「お父さん」
「何だ」
「心配性ですよね」
「父親だからな」
即答。
ちょっとずるい。
「ホワイトちゃん~」
廊下から声がくる。
部屋へやってきたのはママだった。
車椅子の膝の上には何冊かの本と、大きな封筒。
「どうしたんです?」
「これも持っていってほしくて。新しい絵本できたから」
「おお」
受け取る。
まだ書店には並んでいないらしい。
見本として届いたばかりの一冊。
表紙には、小さな黒い鳥。
雨の中で空を見上げている。
「完成したんですね」
「うん」
ママ――ライスシャワーは、今では絵本作家をしている。
レースを引退してから始めた仕事。
最初は趣味に近かったらしいが、今ではちゃんと何冊も本を出している。
ボクにとっては昔からそうなので、特別な感じはしない。
ママが机に向かっている時は仕事中。
締切が近い時は話しかけすぎない。
それだけだ。
「読んでいい?」
「もちろん」
ページをめくる。
黒い鳥がいる。
少し臆病。
自分が飛ぶと雨が降ると思い込んでいて、みんなのところへ行けない。
でも最後には。
雨の後にできた大きな虹を、仲間たちと一緒に見る。
「……」
閉じる。
「ママ」
「な、なに?」
「これママですよね」
「違うよ!?」
早い。
「まだ何も言ってませんけど」
「顔で分かったもん!」
「自覚あるじゃないですか」
「ないよぉ!」
お父さんを見る。
「どう思います?」
「ライスだな」
「お兄さままで!?」
ママが抗議する。
「だって、黒くて」
「うん」
「自分のせいで雨が降ると思ってて」
「うん」
「でも実際には別に悪いことしてなくて」
「うん」
「最後にはみんなに好かれる」
「……うん」
だんだん声が小さくなった。
「ママですね」
「……たまたまだよ」
「偶然にしては一致率高いですよ」
「ホワイトちゃん意地悪……」
しょんぼりする。
かわいい。
なので頭を撫でる。
「でも好きですよ」
「本当?」
「はい。最後幸せなので」
「……えへへ」
機嫌が直った。
分かりやすい。
「寮のみんなにも読んでもらってね」
「これ新刊ですよね?」
「うん」
「発売前ですよね?」
「うん」
「持っていっていいんです?」
「娘だから」
「強い」
親族特権だった。
本を荷物へ入れる。
これでまた荷物が増えた。
でもこれはいい。
タイキあたりは普通に喜びそうだ。
そう考えて
「……」
少し手が止まる。
「ホワイトちゃん?」
「いえ」
夏休み。
思ったよりいろいろあった。
学園へ通ってトレーニングして。
スズカさんと少し仲良くなって。
ステゴという妙な同期ともまともに話した。
その話をどこまで家族へするか。
少し迷う。
「ママ」
「なあに?」
「ボクって、変ですか?」
「かわいいよ?」
「聞いてること違います」
「ホワイトは変だぞ」
「お父さん。即答やめてくれます?」
「昔からだ」
「具体的に」
「自信満々」
「事実に基づいた自己評価です」
「そういうところ」
「納得できません」
ママがくすくす笑っている。
「でも、どうしたの?」
「いや……」
ベッドへ座る。
二人を見る。
「自分だけが知ってることがあったとして」
「うん」
「それを他の人も知ってたら、どうするかなって」
かなりぼかした。
お父さんの眉が少し動く。
「内容によるな」
「ですよね」
「危ない話か?」
「危なくはないです」
「誰かに脅されてる?」
「全然」
「金?」
「違います」
「男?」
「違いますって!」
なぜそっちへ行く。
「なら急いで答え出さなくていいだろ」
「そうです?」
「相手が何者か分からないなら、まず見る」
「見る」
「何を考えてるか。何が目的か。信用できるか」
なるほど。
非常にお父さんらしい。
「自分の手札を全部見せる必要もない」
「ですよね」
「ただし」
「はい」
「危なくなりそうなら話せ」
「……はい」
ママも頷いている。
「ライスも聞くよ」
「ママに?」
「うん」
「秘密守れます?」
「守れるよ!」
「お父さんに全部言いそう」
「そ、それは……」
「言うんですね」
「お兄さまには秘密にしたくないし……」
「信用できるけど機密保持には向かない」
「ホワイトちゃん!」
笑う。
まあ。
これくらいでいい。
ステゴが何者なのか。
まだ分からない。
敵意も感じない。
むしろ面白がられている気がする。
なら。
もう少し様子を見る。
「ところで」
お父さんが言う。
「夏休み、楽しかったか?」
「楽しかったですよ」
「トレーニングばっかりだったじゃない」
ママが少し心配そうに言う。
「それも楽しいので」
「本当に?」
「はい」
強くなる。
昨日できなかったことができる。
知らなかった相手を知る。
一緒に走る。
全部楽しい。
何より。
休み中は毎日この家へ帰ってこられた。
「それに」
「?」
「ママのご飯食べられましたし」
「ホワイトちゃん……!」
嬉しそう。
ただし。
「お父さんのご飯も」
「ついでみたいに言うな。作ってるのほぼ俺だぞ」
「え?」
「え?」
ママを見る。
「……ママ?」
「ライスも手伝ってるよ?」
「何を?」
「応援」
「戦力外」
「ひどい!」
知らなかった。
前世から合わせても。
母親の手料理という概念にボクは騙されていたらしい。
「でもママが味見してるもん」
「それ食べてるだけじゃ」
「違うよぉ!」
いつもの家だ。
こういうどうでもいい会話をしていると。
明日寮へ戻ることが少しだけ惜しくなる。
トレセン学園は楽しい。
タイキもいる。
ドーベルもブライトもいる。
ブルボンさんとのトレーニングもある。
早く戻りたい気持ちもある。
でも。
「……」
ママを見る。
お父さんを見る。
「何だ?」
「いえ」
少し考えて。
「冬休みも帰ってきますから」
「当たり前だろ」
「待ってるね」
即答された。
当然らしい。
それが少し嬉しい。
「ホワイトちゃん」
「はい?」
「寮に戻っても、ちゃんと食べてね」
「毎日大量に食べさせられてます」
「ちゃんと寝てね」
「睡眠も管理されてます」
「無理しちゃ駄目だよ」
「ブルボンさんが止めます」
「……ライスが言うことない」
「ありますよ」
ママの頭へ手を置く。
「応援してください」
「……うん!」
笑顔になる。
「ホワイトちゃん、頑張ってね」
「はい」
お父さんを見る。
「お父さんも」
「勝ってこい」
「そこは怪我するなじゃないんです?」
「怪我せず勝ってこい」
「欲張りですね」
「お前ならできるだろ」
「もちろん」
それくらいがいい。
翌朝。
玄関には。
昨日よりさらに増えた荷物が並んでいた。
「……」
バッグ。
バッグ。
バッグ。
紙袋。
段ボール。
段ボール。
「お父さん」
「何だ」
「増えてません?」
「気のせいだ」
「絶対増えてます」
「持てるだろ」
「持てますけど」
ウマ娘なので。
腕力には困らない。
「ホワイトちゃん、これも」
「まだあるんです!?」
ママが小さな紙袋を差し出してくる。
「クッキー」
「ありがとうございます」
「タイキちゃんたちと食べてね」
「はい」
受け取る。
結局。
全部持つ。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、ホワイトちゃん」
「忘れ物すんなよ」
「お父さんがこんなに詰めるから何持ってるか分からないんですよ!」
玄関を出る。
少し歩いて振り返る。
二人がまだいる。
ママが大きく手を振っている。
お父さんも片手を上げた。
ボクも手を振る。
「行ってきます!」
夏休みは終わる。
またトレセン学園での日々が始まる。
走って。
食べて。
強くなって。
友達と遊んで。
多分面倒なこともいろいろ起こる。
でも。
疲れたら帰ってくる場所はある。
それを確認できただけでも。
いい夏休みだったと思う。
さて次に帰ってくる時には。
今よりどれくらい速くなっているだろう。
できれば。
ママとお父さんが驚くくらいには強くなっていたい。