冬休みまで、あと数日。
授業もほとんど終わり、教室の空気はすっかり休暇へ向かっていた。
そんなある日の昼休み。
「皆さーん! 初詣のご予定はお決まりですかーっ!」
突然、教室の前から声が響いた。
何事かと思って振り向く。
そこにいたのはマチカネフクキタルだった。
同期で顔と名前は当然知っている。
明るくよく喋る占い好き。
そして……
「フクキタル、実家が神社なんでしたっけ?」
「その通りです!」
びしっと指を立てる。
「由緒正しき神社の娘! マチカネフクキタルです!」
「由緒正しいかは聞いてません」
「そこ大事ですよ!?」
ともかく。
神社の娘が突然教室までやってきた理由は簡単だった。
「というわけで皆さん! 今年の初詣はぜひ我が家へ!」
ばん、と一枚の紙を机へ置く。
『新年初詣 ぜひ我が神社へ!』
「客引きですね」
「お誘いです!」
「ほぼ同じじゃない?」
ドーベルが言う。
「違います! 甘酒あります! お守りあります! おみくじあります! 屋台も出ます! ご利益も多分あります!」
「最後だけ急に曖昧デース!」
タイキが笑う。
「Mikoもいます?」
「もちろんです! というか私が巫女です!」
「Oh! 見たいデース!」
食いついた。
「フクキタルの巫女姿ね……」
ドーベルも少し興味があるらしい。
「わたくしも見てみたいですね~」
ブライトがにこにこする。
「私は初詣する場所、まだ決めてないわ」
スズカさんも問題なし。
「私は甘酒が美味しければそれでいいかな」
いつの間にか近くの机へ腰掛けていたステゴが言った。
「神様じゃなくて甘酒目当てです?」
「動機なんて何でもいいだろう?」
「神社の娘としては複雑です!」
ボクとしても断る理由はない。
「じゃあ、みんなで行きます?」
「賛成デース!」
「いいわよ」
「わたくしも~」
「私も」
「じゃあ私も混ぜてもらおうかな」
「おおおおっ!」
フクキタルが両腕を上げた。
「これは新年早々、大吉の予感です!」
「まだ年明けてませんよ」
「吉兆はすでに始まっているのです!」
「便利ですね、運命」
そんなわけで。
年が明けた。
三が日の二日目。
ボクたちは揃ってフクキタルの実家へ初詣にやってきた。
「おお」
思っていたより、ずっと立派な神社だった。
いや実家が神社と聞いて、勝手に小さな町の神社くらいを想像していたボクが悪い。
大きな鳥居、長い参道、境内には大勢の参拝客。
社務所にはお守りや破魔矢が並び、参道脇には屋台がずらりと並んでいる。
「ホワイト」
「何です?」
「今、失礼なこと考えなかった?」
「全然」
さすがドーベル、鋭い。
「White! Foodいっぱいありマース!」
「見えてます」
「あとで回りマショー!」
「もちろん」
焼きそば。
たこ焼き。
団子。
甘酒。
綿菓子。
りんご飴。
魅力的ではある。
しかし正月だからと栄養バランスを崩せば、後でブルボンさんから何を飲まされるか分からない。
計画的に食べる必要がある。
「ホワイトさん」
「はい?」
「すごく真剣な顔をしているけれど」
「屋台の攻略順を考えてました」
「そう」
スズカさんには理解されなかった。
「あっ! 皆さーん!」
境内の方から声が飛んできた。
フクキタルだ。
白衣。
赤袴。
明るい栗毛をまとめている。
「いらっしゃいませーっ!」
「Oh! Mikoデース!」
「巫女ですよ!」
タイキが目を輝かせる。
「似合ってマース!」
「ありがとうございます!」
確かに似合っている。
普段から神社で手伝っているせいか、衣装を着ているというより、ごく自然に馴染んでいる。
「フクキタル、ちゃんと巫女に見えるわね」
「ドーベルさん! その『意外と』みたいな言い方やめてください!」
「意外とは言ってない」
「顔が言ってました!」
「でも本当にお似合いですよ~」
「ブライトさん……!」
「本職ですものね~」
「その通りです!」
胸を張る。
そこで。
ふと思った。
「そういえば」
「はい?」
「巫女さんって、黒髪じゃなくていいんですね」
「……はい?」
フクキタルが自分の髪を摘まむ。
「見てください」
「見えてます」
「この立派な栗毛を!」
「それを見て気づいたんです」
前世での巫女のイメージといえば。
長い黒髪。
白衣。
赤袴。
ほぼ固定だった気がする。
「別に黒髪じゃないと駄目なんて決まりありませんよ!」
「そうなんですね」
「そんなこと言ったら、巫女さんが全然集まりませんよ!」
確かに。
ウマ娘の髪色は様々だ。
「じゃあボクが着ても問題ないと」
「もちろんです!」
フクキタルがボクを見る。
「白髪に赤い瞳で巫女装束! かなり神秘的だと思います!」
「でしょう?」
「そこで即答するんです?」
「客観的評価です」
「君なら確かに目立ちそうだね」
横からステゴ。
「似合うと思います?」
「うん。黙っていればかなり神聖に見えるんじゃないかな」
「最後の一言いります?」
「褒めてるよ」
「半分くらいしか褒めてませんよね」
ステゴが楽しそうに笑う。
相変わらずである。
「さあ皆さん! まずはお参りですよ!」
フクキタルに促され、本殿へ向かう。
賽銭を入れる。
二礼。
二拍手。
目を閉じる。
今年も怪我なく走れますように。
もっと速くなれますように。
できれば全部勝てますように。
最後は欲張りかもしれない。
でも願うだけなら自由だ。
目を開ける。
横を見る。
スズカさんはまだ目を閉じていた。
かなり長い。
「……」
何を願っているのだろう。
まあ、大体想像はつく。
もっと前へ。
もっと速く。
誰もいない先頭へ。
そんなところだろう。
逆側ではタイキがもう終わっていた。
「White、何お願いしたデス?」
「願い事は人に言わないものですよ」
「Really?」
「多分」
「じゃあSecretデース!」
ドーベルもブライトも聞いても教えてくれなかった。
「ステゴは?」
「私?」
「何お願いしました?」
「秘密」
「即答」
「こういうのは秘密にするものなんだろう?」
「妙に素直ですね」
「私だって普通に初詣くらいするよ」
そんなやり取りをした次はおみくじである。
「さあ!」
フクキタルが妙に張り切っている。
「皆さん! 今年の運勢を占いましょう!」
「引きマース!」
まずタイキ。
「大吉デース!」
「おおーっ!」
フクキタルが拍手する。
「素晴らしい! 新年早々最高の滑り出しです!」
「今年もいっぱい勝ちマース!」
次。
ドーベル。
「……大吉」
「ドーベルさんも!」
「まあ、悪くないわね」
と言いつつ嬉しそうだ。
ブライト。
「わたくしも大吉です~」
「三連続!」
スズカさん。
「大吉」
「四連続です!」
「すごいわね」
「今年は吉兆に満ちています!」
次。
ステゴ。
「大吉」
「五連続!」
ステゴがおみくじを眺める。
「ずいぶん景気がいいね」
「新年ですから!」
「そういうもの?」
「そういうものです!」
そして最後。
ボク。
「じゃあボクも」
ここまで全員大吉。
六人揃って大吉なら、それはそれで気持ちがいい。
一本引く。
開く。
「……」
「どうでした!?」
フクキタルが身を乗り出す。
「大凶」
「…………はい?」
「大凶です」
「ちょっと待ってください」
急に真顔になった。
「見せてください」
「どうぞ」
渡す。
見る。
裏返す。
また見る。
「……大凶ですね」
「だからそう言ってるでしょう」
「おかしいです」
「何が?」
フクキタルが首を傾げる。
「大吉以外、入れてないはずなんですけど」
「……」
「……」
「……」
沈黙。
「それ、おみくじって言うの?」
ステゴが当然の疑問を口にした。
「新年ですから!」
「いや」
ドーベルも突っ込む。
「全員大吉なら占いになってないでしょ」
「皆さんに気持ちよく一年を始めてもらうための心遣いです!」
「八百長デース?」
「違います!」
「じゃあ」
ボクは大凶のおみくじを指す。
「これは?」
「それが分からないんですよ!」
フクキタルが頭を抱えた。
「昨日、私も準備を手伝ったんです! 全部大吉だったはずなんですよ!」
「本当に?」
「本当です!」
内容を見る。
待ち人、遅し。
失せ物、出にくし。
争事、慎むべし。
健康、注意。
旅行、控えよ。
「ちゃんと大凶ですね」
「ちゃんとって何ですかぁ!」
「印刷ミスじゃない?」
スズカさん。
「そんな都合よく大凶一枚だけ混ざります!?」
「でも現にあるわ」
「そうなんですけど!」
「White、大丈夫デス?」
「何がです?」
「大凶デース」
「紙ですよ」
タイキが首を傾げる。
「ホワイト、気にならないの?」
「全然」
ドーベルも不思議そうだ。
「一番悪いんでしょう?」
「そうですね」
なら。
「ここから上がるだけじゃないですか」
「……はい?」
フクキタルが固まった。
「これより下がないんでしょう?」
「そうですが!」
「じゃあ安心ですね」
「そういう解釈あります!?」
「あります」
「今考えましたよね!?」
「今できました」
フクキタルが頭を抱える。
「それに」
「まだあるんですか!?」
「今年ボクが楽しく過ごせば」
「はい」
「大凶を引いても幸せになれるって証明できます」
「おみくじに喧嘩売ってません!?」
「売ってませんよ」
大凶。
運が悪い。
そう書かれたから何だというのだ。
「ボク、自分は結構運がいいと思ってますし」
「大吉しか入ってない箱から大凶を引いた人が言います!?」
「むしろすごくないです?」
「確率の問題じゃありません!」
家族に恵まれた。
トレセンにも入った。
走る才能もある。
友達も増えた。
今だって、みんなで正月から遊びに来ている。
さらに言えば前世から転生して
ウマ娘の世界でライスシャワーの娘になった。
十分すぎるほど当たりだ。
「人生全部まとめたら大吉ですよ」
「手元には大凶がありますけど!」
「誤差です」
「誤差で済ませないでください!」
ブライトがくすくす笑っている。
「ホワイトさんらしいですね~」
「でしょう?」
大凶のおみくじを結んでおく。
ただ。
「……」
大吉しか入っていない箱から。
どうしてボクだけ大凶を引いたのか。
少しだけ気にはなった。
その後は屋台を回った。
甘酒。
焼きそば。
たこ焼き。
団子。
タイキと射的で勝負し
ドーベルとはお守りを眺め
ブライトはいつの間にか縁結びのお守りを買っていた。
「ブライト」
「はい~?」
「何買ったんです?」
「秘密です~」
「見えてますけど」
「秘密です~」
にこにこ
何となく深追いしない方がいい気がする。
スズカさんは交通安全のお守りを眺めていた。
「それ買うんです?」
「ううん」
「じゃあどうして?」
「走る時にも効くのかなと思って」
「交通に含まれるんですかね」
「分からない」
「私は勝負運でも買おうかな」
ステゴはそんなことを言う。
「神頼みするんです?」
「できることは全部やる主義なんだ」
「意外ですね」
「君に言われたくないな」
普通の初詣。
楽しい正月。
そう思っていた。
夕方。
参拝客が少し減り始めた頃。
フクキタルが一度休憩に入り、ボクたちは社務所の裏手で一緒に温かいお茶を飲んでいた。
「はぁぁ……三が日は毎年大変ですぅ……」
巫女装束のままフクキタルが机へ伏せる。
「ずっと働いてますもんね」
「でも好きなんです!」
すぐ顔を上げる。
「神社も好きですし! お参りに来た人が笑って帰ってくれるのも好きです! それに――」
胸の前で手を合わせる。
「神様のおそばでお手伝いできるのも好きです!」
「神様」
スズカさんが呟いた。
「はい!」
「本当にいるの?」
「……」
フクキタルが止まった。
「え?」
「神様」
スズカさんはいつもの調子で続ける。
「本当にいるのかしら」
疑って馬鹿にしているわけではない。
本当に。
ただ疑問に思っただけなのだろう。
「います!」
フクキタルが立ち上がった。
「絶対にいますとも!」
「見たことある?」
「ありません!」
「じゃあどうして?」
「感じるからです!」
強い。
「シラオキ様も! 三女神様も! ちゃんと私たちを見守ってくださっています!」
「そう」
スズカさんが頷く。
「反応それだけですか!?」
「フクキタルがそう思うなら」
「もっとこう、ありがたみとか!」
「じゃあ」
ボクも少し興味が湧いた。
「直接聞けないんです?」
「はい?」
「三女神様とかから、お話」
「……」
フクキタルが黙った。
「ホワイト」
ドーベルが呆れた顔をする。
「神様に電話するみたいに言わないで」
「いるなら聞いた方が早いでしょう」
「聞けるの?」
スズカさんまで食いつく。
「……聞けます」
「できるんです?」
聞いたボクが驚いた。
「正確には!」
フクキタルが姿勢を正す。
「我が家には古くから、三女神様へ伺いを立てる神事が伝わっています!」
「急に話が大きくなりましたね」
「ただし、遊びでやるものではありません!」
「じゃあやめましょう」
「切り替えが早い!」
「別に証明してほしいわけじゃないですし」
「私はちょっと気になるわ」
スズカさん。
言い出した本人である。
「ワタシも見たいデース!」
「わたくしも興味があります~」
「まあ、ここまで聞いたら気にはなるわね」
ドーベルも。
ステゴを見る。
「ステゴは?」
「私?」
いつもの飄々とした笑み。
「興味はあるよ」
「意外」
「失礼だな」
でも。
一瞬だけ。
その目が妙に真剣に見えた。
「分かりました!」
フクキタルが立ち上がる。
「では今夜! 片付けが全部終わってから!」
「本当にやるの?」
「ここまで言われて引けません!」
多分。
本人もやりたいのだろう。
「三女神様に、皆さんの行く末を伺ってみましょう!」
夜の神社は昼間の喧騒が嘘のように静かになった。
最後の片付けを少し手伝い。
フクキタルに連れられて、本殿よりさらに奥へ進む。
普段参拝客が入る場所ではない。
小さな社。
その奥に。
三人のウマ娘を象った古い像が並んでいた。
「三女神様です」
フクキタルが小さな声で言う。
灯り。
香の匂い。
外から聞こえる風。
さっきまでの正月気分とは随分違う。
「何だか怖くなってきたデース」
「タイキが言い出したんでしょう」
「雰囲気が本格的すぎマース」
確かに。
「先に言っておきます!」
フクキタルが振り返る。
「私も、こうして本格的に神託を求めるのは初めてです!」
「帰っていいです?」
「駄目です!」
「自信満々で言わないでくださいよ」
「手順は知っています! 大丈夫です!」
「それ一番信用できないやつだね」
ステゴが笑った。
「では!」
フクキタルが三女神像の前へ座る。
「どなたから?」
「Me!」
タイキが手を上げた。
「こういうのはFirstデース!」
「ではタイキシャトルさん!」
フクキタルが目を閉じる。
手を合わせる。
小さく何かを唱える。
「……」
しばらく。
何も起きない。
「やっぱり――」
「静かに」
ドーベルに止められた。
「はい」
さらに数秒。
フクキタルの肩が。
ぴくりと動いた。
「……風の如く」
「?」
声が違う。
フクキタルの声。
なのに。
妙に遠い。
「遠き地より来たりし者」
「その脚は短き戦場にて並ぶ者なく」
「一里の道を極め」
「その名、海を越えて響かん」
そして。
身体から力が抜ける。
「……はっ!」
目を開けた。
「……あれ?」
周囲を見る。
「終わりました?」
「終わったデース!」
「どうでした!?」
「自分で言ってたでしょ」
ドーベル。
「え?」
フクキタルがきょとんとする。
「私、何か言いました?」
「覚えてないんです?」
「何も!」
本当に何も覚えていないらしい。
「タイキがマイルで最強になるみたいな話でしたよ」
「Really!?」
タイキが目を輝かせる。
「最高デース!」
「本当ですか!? そんな神託だったんですか!?」
フクキタル本人まで驚いている。
ボクは少しだけ笑った。
タイキシャトル。
マイル。
海を越える。
かなり正確だ。
「次は私」
ドーベル。
フクキタルがもう一度祈る。
「……女王の道を歩む者」
「乙女たちの冠を重ね」
「その輝き、長く消えることなし」
「同じ道を行く者たちの頂に立たん」
「……はっ!」
「今度は?」
「また覚えてないんです?」
「一切!」
「女王ですって」
「ホワイト!」
ドーベルの頬が赤くなる。
「ティアラ路線を極める感じですね」
「だから恥ずかしい言い方しないで!」
「おお……!」
フクキタルは感動している。
「何だか本当に神託っぽいですね!」
「自分でやってるのに他人事ですね」
「覚えてないんですから仕方ないでしょう!」
「では、わたくしも~」
ブライト。
フクキタルが祈る。
「……」
今度は少し長い。
「長き道」
「栄光へ至る道は遠く」
「幾度も阻まれ」
「幾度も届かず」
「苦難を歩む者」
「されど歩みを止めぬなら」
「その果てに、大輪は咲く」
「……」
少し。
空気が変わった。
「……はっ!」
フクキタルが戻る。
「どうでした!?」
誰もすぐ答えない。
「何です? その顔」
「ちょっと雲行きが怪しくなりましたね」
「えっ」
「わたくし、苦労するそうです~」
ブライトが自分で答えた。
「ええっ!?」
「でも最後には大輪が咲くらしいですよ」
「なら大丈夫です!」
フクキタルが胸を撫で下ろす。
「そうですね~」
ブライトもいつものように微笑む。
「最後に咲けるのでしたら、悪くありません~」
でも。
さっきまでのような、ただ景気のいい内容ではなくなった。
「次は私ね」
スズカさん。
三女神が本当にいるのか。
そう疑問を口にした本人。
三女神像の前へ座る。
フクキタルが祈る。
「……」
長い。
さらに長い。
「前へ」
声。
「ただ前へ」
「誰より速く」
「誰より遠く」
「誰も知らぬ景色を求め」
「ただ一人、先頭を行く」
ここまでは。
サイレンススズカそのものだ。
あまりにも。
「されど」
嫌な言葉だった。
「その道は半ばにて断たれる」
「……」
身体が固まる。
「最も輝く時」
「最も速き時」
「その先に待つものは――悲劇」
「やめて」
声が出た。
フクキタルは止まらない。
「定められし運命は――」
「やめてください」
今度は。
はっきりと言った。
フクキタルの身体が揺れる。
「……はっ!」
目を開けた。
「……?」
何も分かっていない顔。
「終わりました?」
「終わりました」
「何て言いました?」
「……」
答えづらい。
だが。
「私、悲劇にたどり着くんですって」
スズカさん本人が言った。
「……え?」
フクキタルの顔が固まる。
「私が?」
「ええ」
「そんな……」
さっきまでの勢いが消えた。
「私、本当に何も覚えてなくて……」
「分かってます」
まだ。
何も起きていない。
ここは。
ボクが知っていた歴史と同じとは限らない。
「次にしましょう」
少し強引に話を進める。
「……はい」
フクキタル自身が。
初めて不安そうに三女神像を見る。
「次は……」
周囲を見回す。
「ステイさん?」
「……」
いない。
「ステゴ?」
さっきまで。
確かに壁際にいた。
なのにいない。
「Where?」
「帰った?」
床の隅。
一枚の紙が置いてあった。
『少し嫌な予感がするので、私はここで失礼するよ。神様によろしく』
「逃げた!」
「ちゃっかりしてますね~」
「絶対何か知ってるでしょう、あの人」
今度会ったら問い詰めよう。
「じゃあ」
フクキタルがこちらを見る。
少しだけ躊躇する。
「最後は、ピュアホワイトさんです」
「はい」
三女神像の前へ座る。
「……大丈夫ですか?」
「何が?」
「さっきのおみくじも変でしたし」
大吉しか入っていない箱から。
ボクだけ大凶。
「嫌ならやめても」
「やりますよ」
ここまで来たのだ。
むしろ少し興味がある。
「お願いします」
「……分かりました」
フクキタルが目を閉じる。
「三女神様」
「この白きウマ娘」
「ピュアホワイトさんの行く末を、お示しください」
「……」
沈黙。
「……」
長い。
「……」
さらに長い。
「フクキタル?」
反応がない。
そして。
びくり。
身体が大きく震えた。
「……ない」
「え?」
低い声。
「何も、ない」
ぞわり。
空気が変わる。
「星に記されず」
「道に刻まれず」
「過去より続く流れの中に、その名なし」
「……」
「生まれるはずのなかった白き者」
やっぱり。
「この者に定められし運命は――」
間。
「ない」
静寂。
誰も。
何も言わない。
タイキ。
ドーベル。
ブライト。
スズカさん。
みんなこちらを見る。
「……はっ!」
フクキタルが戻った。
「終わりました!?」
「はい」
「どうでした!?」
本当に何も覚えていない。
ボクは普通に答える。
「ボクには運命がないそうです」
「……はい?」
「あと、生まれるはずじゃなかったとか」
「はいぃ!?」
フクキタルの顔色が変わる。
「私がそんなこと言ったんですか!?」
「かなりはっきり」
「間違いないわ」
ドーベル。
「ワタシも聞いたデース」
タイキ。
「……」
フクキタルが三女神像を見る。
「私、本当に何も覚えてないんです」
「でしょうね」
「怖くないんですか?」
「別に」
「運命がないんですよ!?」
「いいじゃないですか」
「いいんです!?」
むしろ。
「決まってないんでしょう?」
なら。
「ボクが決めます」
誰と走るか。
どこを走るか。
何を勝つか。
どこまで行くか。
前世で。
ライスシャワーに子供はいなかった。
ピュアホワイトという競走馬もいなかった。
ステゴにも言われた。
『私の知ってる運命にピュアホワイトがいたことはない』
なら。
三女神の知る運命にボクがいない。
それだけの話だ。
「それと」
「まだ何かあるんです?」
「三女神様に言いたいことがあります」
「やめてください!」
なぜ。
「スズカさんの話」
フクキタルが黙る。
「悲劇は却下です」
「神託を却下しないでください!」
「嫌です」
三女神像を見る。
「スズカさん、今すごく楽しそうに走ってるんですよ」
もっと前へ。
もっと速く。
そのために。
少しずつ自分の走り方を見つけ始めている。
「それを一番速くなったところで悲劇にするとか」
「趣味が悪いです」
「神様に趣味が悪いって言った!?」
「事実なら仕方ないでしょう」
「ホワイトさん」
スズカさんがボクを見る。
「何です?」
「ありがとう」
「まだ何もしてませんよ」
これからだ。
「ブライトも」
「わたくしもですか~?」
「苦難があるくらいは仕方ないですけど」
「ちゃんと最後まで咲かせてください」
「ありがとうございます~」
「タイキとドーベルは景気いいので、そのままで」
「扱いがLightデース!」
「いい未来なんだからいいでしょう」
「私まで一緒に雑に処理しないで」
「女王なんでしょう?」
「言わないで!」
少し空気が戻る。
それでいい。
「そしてボクは」
三女神像を見る。
「運命なしで結構です」
決まっていない。
最高ではないか。
「三女神様が知ってる歴史にボクがいないなら」
少し笑う。
「これから覚えてください」
「ホワイト」
「何です?」
「神様に対してその態度でいいの?」
「丁寧に言ってますよ」
「そういう問題じゃないと思うわ」
ドーベルは細かい。
「多分、ボクかなり目立ちますよ」
「そこで自信満々なのね」
「当然です」
「ワタシも負けないデース!」
タイキが笑う。
「その方がいいです」
最初から結果が分かっているレースなんて面白くない。
「だから」
もう一度。
三女神を見る。
「見ててください」
「ボクがどこまで行くのか」
「ボクにも分からないので」
その瞬間。
ちりん。
「……」
音がした。
三女神像の前。
誰も触れていない鈴。
ちりん。
もう一度。
「……風?」
スズカさん。
「室内ですよ!」
フクキタルの声が裏返る。
「神様、本当にいたのね」
「みたいですね」
「そう」
スズカさんは妙にあっさり納得した。
「いやいやいやいや!」
フクキタルだけが慌てる。
「何で皆さんそんな落ち着いてるんです!? 三女神様が! 返事を!」
「返事なんです?」
「分かりません!」
「じゃあ風かも」
「だから室内ですって!」
タイキが像を見上げる。
「何て言ったんデスかね?」
「さあ」
ブライトが微笑む。
「『見ている』かもしれませんね~」
「なら十分です」
見ていてくれるなら。
後は走るだけだ。
「それより」
スマホを取り出す。
一件。
メッセージが届いている。
ステゴ。
『終わった?』
「……」
続く。
『生きてるなら何より』
「……」
こいつ。
「次会ったら絶対問い詰めます」
「ステゴさん、何か知ってるんでしょうか~」
「多分」
去年の夏。
ボクに言った。
『私の知ってる運命にピュアホワイトがいたことはない』
そして今日。
自分の神託だけ受けずに逃げた。
「逃がしませんよ」
今年最初の目標が。
一つ増えた。
「ホワイトさん」
帰る前。
スズカさんが三女神像を振り返る。
「何です?」
「悲劇って、変えられると思う?」
少しだけ。
考える。
「分かりません」
嘘をついても仕方ない。
「でも」
「うん」
「変えられないって決まったわけでもないでしょう?」
「……そうね」
「だったら、今から気にする必要ないですよ」
強くなる。
走り方を覚える。
怪我をしない身体を作る。
できることは山ほどある。
「それに」
「?」
「ボクがいますから」
「……」
「スズカさんが変なところで走るのやめようとしたら、引っ張ります」
「どうやって?」
「考えてません」
「そう」
少し笑う。
「じゃあ、お願い」
「はい」
そんな約束をした。
できるかどうかはまだ分からない。
でも三女神が言った運命より
今ここで本人とした約束の方を
ボクは信じたい。
大吉しか入っていなかったはずのおみくじから。
ボクだけが引いた大凶。
三女神から告げられた。
存在しない運命。
どうやらボクはこの世界にとって。
思っていた以上に予定外の存在らしい。
それも悪くない。
決まっていないなら
好きなように走れる。
そしてどうせ走るなら。
全部勝つくらいがちょうどいい。