存在しないはずのライスシャワーの娘に転生しました   作:雅媛

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1話に人物紹介を入れました


閑話 先輩たち

 強い。

 ものすごく強い。

 知っていた。

 前世でのその名の馬の走りを見たこともあった。

 確かに圧倒的だった。史上最強といわれることもあった。

 

 だが、ウマ娘として実際に見ると、知識と実感というものはまるで違うことを思い知らされる。

 

「……強っ」

 

 思わず声が出た。

 

 東京レース場。

 日本ダービー。

 クラシック三冠の二戦目。

 芝二千四百メートル。

 世代の頂点を決める大舞台。

 その最後の直線を。

 一人のウマ娘が走っている。

 

 ナリタブライアン。

 

 後ろを突き放して。

 ただ一人。

 明らかに違う速度で。

 

 残り二百。

 もう勝負は決まっている。

 それでも脚色は衰えない。

 むしろ。

 まだ伸びる。

 

「いやいやいや」

 

 何ですかそれ。

 強すぎるでしょう。

 

 ゴール。

 

 歓声が爆発した。

 隣の人の声も聞こえない。

 みんな立ち上がっている。

 ボクも立っていた。

 

「すごいですねぇ……」

 

 皐月賞も強かった。

 その時点で分かっていた。

 今年のクラシック路線。

 中心にいるのは間違いなくナリタブライアン。

 でも。

 今日のこれは。

 さらに一段上だった。

 

 同期相手なら。

 ボクもかなり強くなったと思う。

 入学直後とは違う。

 ブルボンさんに鍛えられ。

 走り方も覚え。

 身体も強くなった。

 選抜レースではスズカさんにも勝った。

 一年前のボクとは比較にならない。

 それでも。

 

「……今あれと走ったらどうなるんでしょうね」

 

 考える。

 距離 二千四百。

 スタート。

 位置取り。

 道中。

 最終直線。

 

 ……。

 

「普通に負けそうですね」

 

 認めよう。

 技術の部分はぎりぎり上回れるかもしれないが、残りのすべてが圧倒的に負けていた。

 悔しくないわけではない。

 でもそれ以上に。

 

「いいですね」

 

 笑ってしまう。

 まだいる。

 自分より明確に強そうな相手が。

 しかも一学年上。

 いずれ同じ舞台で走れる可能性がある。

 

「楽しそうだなあ」

 

 その時。

 横から声がした。

 

「はい?」

 

 振り向く。

 そこにいたのは。

 少し背の高いウマ娘だった。

 栗色の髪。

 穏やかな顔。

 柔らかい笑顔。

 でもどこか芯の強そうな目。

 

「ごめんね。独り言が聞こえちゃったから」

「いえ」

 

 見覚えがある。

 学園で何度か見た。

 一つ上の先輩。

 

「サクラローレル先輩ですよね」

「うん。そうだよ」

 

 にっこり。

 

「君はピュアホワイトちゃん」

「知ってるんです?」

「有名だから」

「そうですか?」

「白くて小さくて、すごく速いライスシャワーさんの娘」

「なるほど」

 

 特徴を並べられると非常に分かりやすい。

 

「あと、すごく変わってる」

「誰情報です?」

「いろんな人」

「不名誉ですね」

 

 ローレル先輩が笑う。

 

「ナリタブライアン、すごかったね」

「はい」

 

 改めて。

 まだざわめいているレース場を見る。

 

「圧倒的でした」

「うん」

「皐月賞も強かったですけど、今日の方がさらに強く見えました」

「私もそう思う」

 

 あっさり。

 妙な対抗心は感じない。

 ただ強い相手を強いと言っているだけ。

 

「ローレル先輩は」

 

 少し考える。

 

「ブライアン先輩と走りたいんです?」

「もちろん」

 

 即答。

 でもその後に。

 

「でも、それだけじゃないかな」

 

 続いた。

 

「それだけじゃない?」

「うん」

 

 ローレル先輩がコースの向こうを見る。

 今日ブライアン先輩が駆け抜けた直線。

 その先を、さらに遠くを見るように。

 

「私ね、凱旋門賞に行きたいんだ」

「……」

 

 思わず顔を見る。

 

「凱旋門賞」

「うん」

 

 フランス。

 ロンシャン。

 世界最高峰のレースの一つ。

 前世の日本の競馬を知っている者なら。

 そしてこの世界のウマ娘レースを知る者には。

 その名前にどれだけ重い意味があるか説明はいらない。

 

「出たい、じゃなくて?」

「勝ちたい」

 

 笑顔は柔らかい。

 でも迷いはなかった。

 

「凱旋門賞を勝ちたい」

「……いいですね」

「そう思う?」

「はい」

 

 こういうの好きだ。

 

「国内で一番とかじゃないんですね」

「それもなれたら嬉しいけどね」

 

 ローレル先輩が笑う。

 

「でも、せっかく走るならもっと遠くへ行ってみたい」

「もっと遠く」

「日本の外には、私たちがまだ知らないくらい強い子がいるかもしれないでしょう?」

「いるでしょうね」

 

 前世の歴史にいた名馬を知っている。

 今世での実力あるウマ娘を知っている。

 

「会ったことあるの?」

「いえ。でも、世界は広いでしょうから」

「だよね」

 

 ローレル先輩が嬉しそうに頷く。

 

「だから行ってみたいんだ」

「ロンシャンに」

「うん」

 

 少し間。

 

「それで、勝ちたい」

 

 やっぱりいい。

 

 ナリタブライアン。

 今日日本ダービーで圧倒的な力を見せた。

 それを目の前にして。

 この人が見ている場所は。

 さらに遠い。

 

「ブライアン先輩を倒してから?」

「どうだろう」

 

 ローレル先輩は少し考えた。

 

「ブライアンと走れたら嬉しいよ」

「はい」

「強いから」

 

 そこは素直だ。

 

「勝てたらもっと嬉しい」

「でしょうね」

「でも、ブライアンに勝つことがゴールではないかな」

「……」

 

 意外だった。

 いや前世知識があるからそう思うのだろう。

 ボクが知っている物語のサクラローレルは。

 ナリタブライアンとの関係が、とても強く描かれていた。

 だからもっと。

 ブライアン。

 ブライアン。

 ブライアン。

 という人なのかと思っていた。

 

 でも実際に会ってみると。

 

「私の夢は凱旋門賞だから」

 

 あっさりそう言った。

 ナリタブライアンはその道の途中にいる。

 ものすごく強い相手。

 いつか走りたい相手。

 でもそれだけ。

 

 この人にはこの人自身の夢がある。

 

「いいですね」

「二回目」

「いいものは何度言ってもいいんです」

 

 ローレル先輩が笑う。

 

「ホワイトちゃんは?」

「ボク?」

「夢」

「……」

 

 考える。

 クラシック三冠。

 勝ちたい。

 天皇賞。

 勝ちたい。

 有馬記念。

 ジャパンカップ。

 宝塚記念。

 全部。

 走るなら勝ちたい。

 

 でもその先。

 

「今のところ、国内ですね」

「そうなんだ」

「はい」

 

 海外へ行きたいと考えたことはなかった。

 前世で海外競馬を見ていなかったわけではない。

 凱旋門賞も知っている。

 日本馬が何度も挑んできたことも。

 でも今のボクにとってはまず日本で走りたい相手が多すぎる。

 

 タイキ。

 ドーベル。

 ブライト。

 フクキタル。

 スズカさん。

 そして。

 目の前で圧勝したブライアン先輩。

 

「こっちに強い人いっぱいいますから」

「確かに」

「まず全員と走りたいです」

「それで?」

「できれば全部勝ちます」

 

 ローレル先輩が吹き出した。

 

「やっぱり面白いね、君」

「普通でしょう」

「全部勝つって普通に言える子は、そんなにいないよ」

「走る前から負ける予定立てても仕方ないでしょう?」

「それはそうかも」

 

 笑っているローレル先輩。

 

「じゃあ」

 

 ローレル先輩が手すりへ腕を置く。

 

「国内で全部勝ったら、その後は?」

「その後?」

「海外」

「……」

「来ない?」

「どこにです?」

「フランス」

「随分気軽に誘いますね」

「旅行じゃないよ」

 

 こちらを見る。

 

「レース」

「……」

「私が凱旋門賞に行く時」

「はい」

「ピュアホワイトちゃんも来たら?」

「ボクも凱旋門賞?」

「同じ年には出られないかもしれないけど」

 

 ローレル先輩が楽しそうに笑う。

 

「海外で一緒に走れたら面白そう」

「……」

 

 考えたことがなかった。

 この世界に転生して。

 ウマ娘になって。

 トレセン学園へ入って。

 その先にあるものとして考えていたのは。

 ほとんど日本のレースばかり。

 

 でも。

 

「世界、ですか」

「うん」

 

 ロンシャン。

 凱旋門賞。

 欧州。

 海外の強豪たち。

 ボクの知らない相手。

 前世で名前だけ知っている相手。

 あるいは。

 この世界になって変わっている何か。

 

「……面白そうですね」

「でしょう?」

 

 ローレル先輩が嬉しそうにする。

 

「でも」

「うん?」

「ローレル先輩が行けたら応援しますよ」

「応援だけ?」

「はい?」

「一緒に来てくれないの?」

「いやいや」

 

 まだデビューすらしていない。

 いくら何でも早い。

 

「ボクまだ公式戦走ってないんですよ?」

「知ってるよ」

「なのに海外遠征の話します?」

「夢の話だからね」

「夢」

「夢は早いうちから大きい方が楽しいでしょう?」

 

 なるほど。

 

「それに」

 

 ローレル先輩が笑う。

 

「君、来そうだもの」

「何です、その根拠」

「なんとなく」

「占いみたいなこと言いますね」

「外れたらごめんね」

 

 フクキタルなら大騒ぎしそうだ。

 

「まあ」

 

 もう一度コースを見る。

 

「その時になったら考えます」

「うん」

「でもローレル先輩が凱旋門賞を目指すなら、応援します」

「ありがとう」

「ちゃんと行ってくださいね」

「もちろん」

「途中で諦めたりしないでくださいよ」

「しないよ」

 

 即答。

 

「絶対?」

「絶対」

 

 柔らかい笑顔。

 でもその奥に絶対に負けない夢がある。

 ああこの人も。

 やっぱり強いウマ娘なのだ。

 

「じゃあ約束です」

「何が?」

「ローレル先輩は凱旋門賞を目指す」

「うん」

「ボクは応援する」

「うん」

 

 それだけ。

 今は。

 

「で」

 

 ローレル先輩が少し悪戯っぽく笑う。

 

「ピュアホワイトちゃんが強くなったら」

「はい」

「私とも走ってね」

「もちろん」

 

 即答する。

 

「ブライアン先輩より強いかもしれませんよ?」

「それは困るなあ」

「嫌です?」

「ううん」

 

 笑う。

 

「その方が楽しそう」

 

 いい人だ。

 

「ローレル先輩」

「なに?」

「ボク、先輩のこと好きですよ」

「本当?」

 

 にっこり。

 

「じゃあデートする?」

「なんでそうなるんです?」

 

 最近のウマ娘はすぐデートと言う。

 タイキも。

 ブライトも。

 ドーベルまで。

 この世界では女友達同士で出かけることをデートと呼ぶ文化でもあるのだろうか。

 

「凱旋門賞を見にフランスへ二人で行くとか」

「それデートじゃなくて海外遠征でしょう」

「両方でいいんじゃない?」

「よくないです」

 

 ローレル先輩が楽しそうに笑った。

 その時、場内に大きな歓声が再び上がる。

 勝者。

 ナリタブライアンが姿を見せた。

 

「……やっぱり強そうですね」

「うん」

 

 ローレル先輩も見る。

 

「強いね」

 

 その声に憧れがないわけではない。

 競争心もあるのだろう。

 でもそこだけを見ているわけでもない。

 

「いつか勝ちたい?」

「もちろん」

「凱旋門賞も?」

「もちろん」

「欲張りですね」

「君に言われたくないなあ」

 

 それはそうだ。

 ナリタブライアン。

 一つ上の世代。

 圧倒的に強い。

 

 サクラローレル。

 同じく一つ上の世代

 今はまだ大舞台の中心にいるわけではない。

 

 でも。

 彼女はもう。

 日本の外を見ている。

 

「……世界か」

 

 小さく呟く。

 今のボクには。

 まだ遠い。

 そもそもメイクデビューすらこれからだ。

 

 だから今すぐ行きたいとは思わない。

 

 でも。

 いつか。

 日本で走りたい相手と全部走って。

 勝ちたいレースをたくさん勝って。

 

 その先にまだ知らない強い相手がいるのなら。

 

「悪くないですね」

「何が?」

「いえ」

 

 ローレル先輩を見る。

 

「凱旋門賞、頑張ってください」

「うん」

「応援してます」

「ありがとう」

 

 少し間。

 

「待ってるね」

「何をです?」

「フランスで」

「だから行くって言ってませんよ」

「夢を叶えるには、これくらいがいいよ」

 

 なるほど。

 この人思っていたよりずっとボクと気が合うかもしれない。

 

 この時のボクはまだ知らなかった。

 

 この何気ない会話がずっと後になってボク自身を日本の外へ連れ出すことになるなんて。

 

 まあ今は。

 

「まずブライアン先輩ですね」

「そうだね」

「いつか走りたいです」

「私も」

 

 目の前には今のボクより強い先輩。

 そのさらに先には。

 

 どうやら走りたい場所は。

 思っていたよりずっと多いらしい。

 

 




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