函館から戻って数日後、ボクは寮の自室でスマートフォンを机の上に立て、先日のウイニングライブ映像を無言で何度も再生していた。
「……」
再生。
停止。
巻き戻し。
再生。
「……ひどいですね」
「どこがデス?」
隣のベッドで寝転がっていたタイキが、こちらを覗き込んでくる。
「全部です」
「Really?」
「当社比三十パーセントくらいしかかわいくありません」
「三十!?」
タイキが飛び起きた。
「White、すごくCuteデシタヨ!?」
「ありがとうございます。でも違うんです」
別に自分がかわいくないと言っているわけではない。
そこは間違えてはいけない。
「ボクはすごくかわいいんですよ」
「Yes!」
「そこは謙遜するところではありません」
「Strong!」
「でも、かわいいのと、かわいく見せられるのは別なんです」
「……?」
タイキが首を傾げる。
分からないらしい。
仕方ない。
ボクだって前世では、ここまで真剣に自分のかわいさについて考えたことなどなかった。
そもそも前世は男だったので、洗顔は適当、化粧水なんてよく分からない、髪を乾かすのも面倒なら自然乾燥という、今思えばかなり雑な生活をしていた。
今世では違う。
せっかくかわいく生まれたのだ。
活かさない理由がない。
洗顔。
保湿。
日焼け対策。
髪の手入れ。
寝癖。
服の合わせ方。
最初は何も分からなかったが、意外にも教えてくれたのはママではなくお父さんだった。
ママに聞いたところ「えっと……顔はお水で洗ってるよ?」という非常に頼りない回答が返ってきたので、すぐにお父さんへ聞き直した。
元トレーナーとして現役時代のママを担当していたお父さんは、レースだけでなく取材やライブの身だしなみまで世話をしていたらしく、下手な女子より美容に詳しかった。
結果。
娘の美容教育まで父親が担当した。
我が家では普通である。
「問題はここです」
画面を止める。
「笑顔が弱い」
「Cuteデスヨ?」
「普段の七割です」
「七割あるじゃないデスカー!」
「ライブですよ?」
しかもセンター。
「一番目立つ場所に立って、普段よりかわいくないのは損でしょう」
「そういうものデス?」
「そういうものです」
さらに再生。
「ここ」
「?」
「カメラへの視線が遅い」
「ワタシ全然分からないデース」
「あと振り付けも雑です。レースに集中しすぎました」
レースそのものには満足している。
初戦。
一着。
七バ身差。
悪くない。
でもその後がよくなかった。
「勝つことしか考えてなかったせいで、ライブの練習を完全に舐めてました」
「勝つ方が大事じゃないデス?」
「両方大事です」
「欲張り!」
「褒め言葉ですね」
レースに勝つ。
ライブでもかわいい。
両方取れるなら両方取ればいい。
「なので練習します」
「今から?」
「今からです」
翌日
「というわけでお願いします」
「確認しました」
ブルボンさんに相談した。
「ウイニングライブにおける表現力向上を目的とした訓練ですね」
「はい」
「実施可能です」
「さすがトレーナー」
安心した。
ブルボンさんなら、何でも正確に教えてくれる。
「では見本お願いします」
「了解しました」
音楽。
ブルボンさんが立つ。
姿勢は完璧。
振りも正確。
腕の角度も正しい。
ステップもずれない。
タイミングは寸分違わない。
「……」
「以上です」
「……」
「問題がありますか?」
「正しいです」
「はい」
「ものすごく正しいです」
「はい」
「でも」
言いづらい。
「かわいくないですね」
「……」
ブルボンさんが止まった。
「要求仕様の再提示をお願いします」
「もっとこう、楽しそうに」
「楽しそう」
「笑顔で」
「笑顔」
「見ている人が、わあかわいいってなる感じです」
「定量化が困難です」
「でしょうね」
ブルボンさんがもう一度やる。
今度は笑顔を意識している。
「……」
「どうでしょうか」
「怖いです」
「……」
「作ってる感がすごい」
「改善方法を要求します」
「ボクが聞きたいんです」
駄目だった。
「経験者を呼びましょう」
「候補を検索します」
「ママとか」
「ライスシャワーさん」
「G1勝ってますし、ライブ経験豊富でしょう」
「合理的です」
呼んだ。
「ホワイトちゃん!」
「ママ」
車椅子を押してきたお父さんと一緒に、ママが練習室へやってくる。
「急にライブ教えてってどうしたの?」
「ボクのかわいさが三十パーセントだったので」
「えっ!?」
「大事件です」
「大事件だね!」
「そこ同意するんだな」
お父さんだけ冷静だった。
「ママ、昔ライブやってたでしょう?」
「う、うん」
「教えてください」
「ライスが?」
「はい」
「でも、もうずっとやってないよ?」
「身体動かさなくていいので、上半身だけでも」
「じゃ、じゃあ……」
音楽を流す。
ママが腕を動かす。
「……」
右。
「……あれ?」
左。
「そっちじゃないです」
「えっ」
「逆」
「あっ」
遅れる。
「ママ」
「ご、ごめんね!」
「思ったより駄目ですね」
「ホワイトちゃん!?」
振りを忘れている。
タイミングもずれる。
人に見られていることを意識したのか、途中から頬まで赤くなって動きも小さくなった。
人前で踊れるレベルではない。
「現役時代どうしてたんです?」
「いっぱい練習したよ?」
「今かなり忘れてますよ」
「だって何年も前だもん……」
「まあそれはそうですね」
そして。
「うぅ……難しいよぉ」
困ってママが困ったように笑った。
「……」
「?」
「ずるいですね」
「何が?」
「今の笑顔」
「え?」
「すごくかわいかったです」
「えへへ……」
「それです。それ」
「?」
「素材だけで殴ってくるのやめてもらえます?」
「ホワイトちゃん?」
技術ほぼなし。
でもかわいい。
「理不尽ですね」
「何が!?」
こういうところはちょっと羨ましい。
「そういえばママ、美容とかどうしてたんです?」
「美容?」
「現役の頃」
「お兄さまがやってくれたよ? 今もだけど」
「ですよね」
知ってた。
「何でお父さんが?」
いつの間にか来ていたドーベルが聞いた。
「現役中の身だしなみ管理もトレーナーの仕事だったからな」
「そういうものなの?」
「担当による」
お父さんが答える。
「ライスは放っておくと髪濡れたまま寝ようとするし」
「……」
「朝、顔洗うだけで全部終わらせようとするし」
「……」
「日焼け止めも忘れるし」
「お兄さまぁ……」
ママが小さくなる。
「だからボクもお父さんに教わりました」
「なんで娘の美容教育まで父親担当なのよ」
「ママがこれなので」
「ホワイトちゃん!?」
ドーベルが少し笑った。
「でも、ホワイトってそういうのちゃんとしてるわよね」
「かわいいので」
「はいはい」
「せっかくなら磨きたいでしょう」
「……まあ、分からなくはないけど」
「ドーベルもかわいいですよ」
「なっ……」
頬が赤くなった。
「だからライブやりましょう」
「何でそうなるのよ!」
ドーベルを巻き込んだ。
振りはかなり綺麗。
動きも大きい。
「上手いじゃないですか」
「これくらい授業でやるでしょ」
ただ。
「じゃあ正面に観客が一万人いると思って」
「……」
「カメラこっち」
「……」
「ドーベル?」
「うるさい!」
硬い。
急にものすごく硬い。
「人前を意識すると駄目ですね」
「分かってるわよ!」
「かわいいですけど」
「今それ言わないで!」
次。
「まあ~、楽しそうですね~」
ブライトが来た。
「お願いします」
「いいですよ~」
ブライト。
優雅。
綺麗。
笑顔も柔らかい。
「おお」
「まあ~」
「いいですね」
ただ。
「……」
「……」
微妙に。
「遅くないです?」
「そうですか~?」
半拍くらいのんびりしている。
「ブライト、音楽に置いていかれてます」
「急ぐのは苦手ですから~」
「ライブですよ」
「ゆっくりでもかわいいですよ~?」
「否定できないのが困ります」
次。
「私も?」
通りかかったスズカさん。
「お願いします」
「分かったわ」
「……」
普通にできる。
身体能力が高いので。
振りもステップも軽い。
「結構いいですね」
「そう?」
「笑顔もう少し」
「こう?」
「もう少し」
「……」
「スズカさん」
「はい」
「楽しくないです?」
「ライブより走っている方が楽しいわ」
「でしょうね」
次。
「楽しそうだね」
ステゴ。
「やります?」
「私は見ているだけでいいかな」
「逃げましたね」
「得意分野ではないからな」
「珍しく素直」
「その代わり感想は言えるよ」
「お願いします」
一通りみんなで踊る。
タイキは笑顔。
勢いは元気。
「Great!」
「振り間違ってます」
「気にしない!」
「気にしてください」
ドーベルは綺麗。
ただし観客を想像すると固まる。
ブライトはかわいい。
でも少し遅い。
スズカさんはできる。
でも興味が薄い。体も薄い。
ブルボンさんは完璧。
ただし妙に機械的。
ママは。
忘れている。
「……」
ボクは部屋を見回した。
「トレセン学園ですよね?」
「そうデース!」
「なんでライブ上手い人が一人もいないんです?」
「ホワイトさんも含まれていますよ~」
「だから練習してるんです」
困った。
このままでは次に勝っても。
「かわいさを五十パーセントくらいしか出ませんね」
「三十から上がってるじゃない」
「足りません」
「基準高すぎない?」
「ボクですよ?」
「知らないわよ」
その時。
「……何をしている」
低い声。
「?」
振り返る。
「黒沼さん」
黒沼トレーナーがこちらを見る。
ブルボンさんを見る。
ママを見る。
同期を見る。
練習用の音楽。
「ライブ練習です」
「見れば分かる」
「ボクのかわいさを百パーセントまで上げます」
「何を言っている」
「重要です」
「……」
黒沼さんがため息。
「一回やれ」
「はい?」
「見てやる」
「できるんです?」
「やれ」
やる。
途中。
「止めろ」
「はい」
「姿勢」
「?」
「身体を前へ出しすぎだ。走る時の癖が残っている」
「あ」
「次。視線が遅い。カメラを見るなら顔ではなく先に目を動かせ」
「はい」
「笑顔を作るな」
「え?」
「作っているのが分かる」
「じゃあどうすれば」
「楽しめ」
「……」
「勝ってセンターに立ったんだろう」
「はい」
「なら嬉しいはずだ」
「まあ」
「それを隠すな」
「なるほど」
もう一回。
「決めるところだけ強く止めろ。それ以外は力を抜け」
「はい」
「腕を上げすぎるな。お前は小さいから余計に幼く見える」
「なるほど」
「回転後、髪が戻るまで一拍待て」
「そこまで!?」
「見せ方だ」
「……」
すごい。
「黒沼さん」
「何だ」
「なんでそんなに詳しいんです?」
「担当をセンターに立たせたことがあるトレーナーなら、この程度は覚える」
「……」
ブルボンさんを見る。
「ブルボンさん」
「はい」
「黒沼さんの方が上手いですよ」
「認識しています」
「ブルボンさんも教わったんですよね?」
「はい」
「成果出てませんよ?」
「ライブは専門外です」
「逃げましたね」
「事実です」
黒沼さんの指導でもう一度。
踊る。
笑う。
カメラ。
最後に決める。
「……」
撮った映像を見る。
「おお」
悪くない。
「どうだ」
「七十五パーセント」
「十分でしょう」
あきれたドーベル。
「まだです」
「何目指してるのよ」
「百です」
「無理じゃない?」
「やる前から諦めません」
「レースより真面目じゃない?」
「レースも真面目です」
もう一度映像を見る。
七十五。
もっといける。
「次にセンター取った時は」
「はい」
「もっとかわいくします」
「……勝つこと前提なのね」
「当然です」
勝たないとセンターには立てない。
なら。
勝ってその上で。
かわいければいい。
「完璧ですね」
「何が?」
「全部です」
ボクはかわいい。
そこは別に疑っていない。
ただかわいいにも努力は必要なのだ。
その日からレーストレーニングの合間に。
ボクのライブ練習が少しだけ増えた。
ちなみに。
なぜかブルボンさんのライブ練習まで増えた。
「黒沼トレーナーから修正指示を受けました」
「頑張ってください」
「はい」
「笑顔ですよ」
「はい」
「……怖いです」
「改善します」
道のりは長そうだった。