存在しないはずのライスシャワーの娘に転生しました   作:雅媛

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10 夏合宿

 函館のメイクデビューを七バ身差で勝ってトレセン学園へ戻ってからも、ボクの生活は驚くほど何も変わらず、休養日が終わった翌朝には普通にブルボンさんとのトレーニングが再開されていた。

 

「もう少しこう、初勝利おめでとう期間みたいなのはないんです?」

「すでにレース後の休養期間を設けていますので、それ以上の休止は必要ありません」

「そういう意味じゃないんですけどね」

 

 七バ身差で勝った。

 初めて公式記録に一勝がついた。

 ウイニングライブではセンターに立ち、ママはレースとライブで二回泣いた。

 

 それでも学園へ戻れば、待っているのはいつものランニングと筋力トレーニングとフォーム確認であり、ブルボンさんにとって一勝という結果は祝って終わるものではなく、次の一勝へ向かうための通過点らしい。

 

 まあ、嫌ではない。

 ボク自身、一勝したからしばらくのんびりしたいという性格でもないし、走れば走るほど昨日より身体が動くようになる感覚は単純に楽しい。

 

「次は距離、伸ばしますよね?」

「その予定です」

「千六百?」

「有力な候補です」

「ですよね」

 

 千六百メートル。

 マイル。

 そして、その言葉を聞けばどうしても思い浮かぶ相手がいる。

 

 タイキシャトル。前世でも史上最強と名高いその名前を受け継いだ彼女。

 彼女自身のメイクデビューは、とっくに終わっていた。

 

「……」

 

 寮の自室で、ボクはもう何度目か分からないレース映像を再生する。

 スタート。

 序盤。

 コーナー。

 直線。

 そしてゴール。

 

「……いや」

 

 巻き戻す。

 もう一度。

 

「速すぎません?」

「Thank you!」

 

 隣のベッドに腰掛けていた本人が嬉しそうに答えた。

 

「褒めてますけど、これはちょっと褒めたくない速さですよ」

「Why!?」

「ボクが困るので」

 

 タイキは笑っている。

 ボクは笑えない。

 いや。

 半分くらいは笑っている。

 

 残り半分は、かなり本気で焦っていた。

 スタートから速い。

 最初の加速から違う。

 そこから速度を落とさない。

 直線へ入ってからもう一度加速すると、それまで追い縋っていた子たちが一瞬で置き去りになり、最後には勝負というより、一人だけ別のレースを走っているような光景になっていた。

 

「……」

 

 強い。

 そんな簡単な言葉では足りない。

 少なくともマイル以下の距離という一点なら。

 今までボクが実際に見てきたどのウマ娘よりも速い。

 

 スズカさんより。

 ドーベルより。

 ブライトより。

 ステゴより。

 

 そして当然。

 

「ボクより速い」

「Yes!」

「嬉しそうですね」

「Whiteに褒められました!」

「いや、これ……」

 

 まずい。

 かなり。

 今すぐ千六百メートルを一緒に走ったらどうなるか考える。

 

 序盤。

 まだついていける。

 位置取り。

 ここからもうキツイ。技術でごまかしてどうにか追いすがる。

 コーナー。

 先にスパートしてどうにか追いすがる。 

 そして最後の直線。

 

「……」

 

 タイキが飛んでいく。

 

「勝てませんね、これ」

「What?」

「今のボクだと、ちょっと勝てそうにないです」

 

 口にして自分でも驚いた。

 負ける可能性がある、ではない。

 間違いなく負けると思った。

 

 それくらいタイキシャトルのマイルは異常だった。

 ボクだけの評価でもない。

 

 学園でも話題になっているし、雑誌を開けばタイキの名前が載っている。

 

『怪物候補』

『ジュニア級マイル路線に現れた規格外』

『この世代の短距離・マイルで、彼女に対抗できるウマ娘は存在するのか』

 

 大げさだと思う記事も多い。

 だが。

 

『史上最強のマイラーになる可能性』

 

 そこまで書かれているのを見ても。

 

「……否定しにくいんですよね」

 

 実際速いのだから。

 トレセン学園の中でも、少なくともジュニア級のマイル以下で今のタイキに正面から勝てる子はいないのではないか、という雰囲気が出ていた。

 

 そしてそれ以上にボクにとって重要なことがある。

 

「……早い」

「?」

「いえ」

 

 前世で知っていた競走馬タイキシャトルは、もっと遅い時期から本格的に頭角を現した存在だった。

 それが今はもう。

 ジュニア級の段階から、誰もが恐れるマイルの怪物になりかけている。

 

 歴史と違う。

 明確に。

 

「……いいですね」

「White?」

「はい?」

「今度は笑ってマス」

「嬉しいので」

「ワタシがStrongだから?」

「それもあります」

 

 スズカさんも変わり始めた。

 ステゴは元から何かがおかしい。

 そして今度はタイキ。

 

 ボクの知っている歴史が少しずつ別のものになっていく。

 

「タイキ」

「Yes?」

「もっと強くなります?」

「Of course!」

 

 即答。

 

「もっともっとStrongになりマース!」

「困りましたね」

「?」

「ボクが」

 

 でも楽しい。

 知っている未来をなぞるだけよりずっといい。

 

「朝日杯」

「!」

 

 タイキのウマ耳がぴんと立った。

 

「出ますよね」

「出たいデース!」

「ボクもその予定です」

「Really!?」

「はい」

「じゃあRaceできますネ!」

「できますね」

 

 タイキが手を差し出してくる。

 ボクも握る。

 

「負けませんヨ!」

「ボクもです」

 

 笑って答える。

 でも今のままなら。

 

 本当に負ける。

 

 

 翌日。

 

「というわけです」

「はい」

「タイキがものすごく強いです」

「確認しています。あれほど速いマイラーは私も見たことがありません」

「今のボクだと多分勝てません」

「妥当な自己評価です」

「そこは少しくらい否定してくれてもよくないです?」

「現状のタイキシャトルさんのマイル走行能力は、複数項目においてピュアホワイトさんを上回っています」

「知ってますけど」

 

 加速。

 最高速度。

 速度維持。

 

 特に速さに直結するところが全部強い。

 

「どうしましょう」

「トレーニングを実施します」

「もっと何かありません?」

「ありません」

「シンプルですね」

「不足する能力がある場合、訓練によって向上させることが基本的な解決方法です」

 

 あまりにも正論だった。

 

「じゃあ」

 

 ボクも考える。

 

「ものすごく特訓しましょう」

「同意します」

「夏合宿で」

「夏季強化合宿への参加を推奨します」

「それです」

 

 その日の午後、夏合宿の申請書類を受け取った。

 

「参加期間、健康状態、緊急連絡先、希望する強化項目……」

 

 一つずつ見る。

 こういう書類は面倒だが、最近はちゃんと読むことにしている。

 

 この前適当に署名してブルボンさんに怒られたからだ。

 

「担当トレーナー」

 

 そこに。

 

『ミホノブルボン』

「……?」

 

 読む。

 もう一度読む。

 

「ブルボンさん」

「はい」

「ここ、間違ってません?」

「どこでしょうか」

「担当トレーナーのところ」

「間違っていません」

「ブルボンさんの名前があります」

「はい」

「ボクの担当って黒沼トレーナーじゃないんです?」

「違います」

「え」

「正式契約上、ピュアホワイトさんの担当トレーナーは私です」

「え」

「最初からです」

「最初から!?」

 

 初耳だった。

 

「待ってください」

 

 記憶を掘る。

 お父さんに厳しいトレーナーを紹介してほしいと頼んだ。

 黒沼トレーナーが出てきた。

 とんでもないメニューを組まれた。

 ブルボンさんが指導へ来た。

 そのまま毎日ブルボンさんがいる。

 

 食事も。

 睡眠も。

 トレーニングも。

 遠征も。

 レースも。

 

「……」

「何か問題がありますか?」

「いや」

 

 考える。

 

「今まで一番ボクの面倒見てるの、ブルボンさんですね」

「はい」

「むしろ黒沼トレーナー、最近ほとんど見ません」

「必要に応じて助言を受けています」

「じゃあ何でボクずっと勘違いしてたんでしょう」

「回答不能です」

「教えてくださいよ」

「契約時の書類に記載されています」

「ボク、署名しました?」

「はい」

「……ちゃんと読んでなかった?」

「その可能性が高いと推定します」

「書類って読んだ方がいいですね」

「強く推奨します」

 

 今一度勉強になった。

 

「じゃあ改めて」

 

 少し姿勢を正す。

 

「よろしくお願いします。トレーナーさん」

「はい」

 

 ブルボンさんも頷く。

 

「目標達成のため、引き続き支援します」

「今さら呼び方変えるとちょっと恥ずかしいですね」

「現状に変更はありません」

「ですよね」

 

 そしてその書類を読んでいた時。

 見つけた。

 

「……」

 

『通常合宿施設以外を利用する場合、別紙にて希望地・安全管理計画・訓練計画を提出』

 

 その時、ふと閃いた!

 前世のウマ娘のアプリにあったシナリオのトレーニングをトレーニングに生かせるかもしれない! と。

 

「ブルボンさん」

「はい」

「無人島ってどうです?」

「却下します」

「まだ何も説明してません」

「必要性がありません」

「山があります」

「通常の合宿施設にもあります」

「海があります」

「水泳施設があります」

「食料を自分で作れます」

「食堂があります」

「家も作れます」

「宿泊施設があります」

「ラーメンも作れます」

「トレーニングとの関連性が消失しました」

「でも」

 

 書類を見る。

 

「駄目とは書いてません」

「……」

 

 ブルボンさんが止まった。

 

「希望地を提出できるとしか書いてないですよ」

「承認される保証はありません」

「申請はできますね?」

「できますが」

「なるほど」

 

 ここからボクは動いた。

 まず無人島でできるトレーニングを一覧にした。

 山岳走。

 砂浜走。

 水中運動。

 不整地走。

 物資運搬による筋力強化。

 農作業による全身運動。

 建築作業による体幹強化。

 ラーメン作りによる広告活動

 

 次。

 安全管理計画。

 

 救急用品。

 通信設備。

 船舶。

 避難経路。

 食料備蓄。

 

 全部調べた。

 

 さらに、通常の合宿施設より貸し切り状態の無人島の方が他者との接触が少なく、自由な訓練計画を組めるという利点まで書いた。

 

「……」

「何です?」

「本気ですね」

「面白そうでしょう?」

 

 理由はそれだけで十分だ。

 担当トレーナーの所見欄。

 

「ここお願いします」

「推奨しません」

「でも危険性に問題があるとは書けませんよね?」

「……」

「必要設備も確保しました」

「……」

「訓練内容もあります」

「……」

「特別合宿として成立してますよね?」

「形式上は」

「じゃあお願いします」

「ピュアホワイトさん」

「はい?」

「こういう時だけ書類を熟読するのはやめてください」

「必要な時に学習成果を発揮しています」

 

 結局ブルボンさんからは。

 

『通常合宿を推奨する。ただし提出された計画上、安全面に重大な問題は確認できない』

 

 という非常に嫌そうな所見をもらった。

 それを添えて提出。

 

 

「通りました」

「……」

「無人島」

「なぜ通ったのでしょうか」

「ボクが頑張ったからです」

 

 結構頑張った。

 

「担当トレーナーとしては通常合宿を推奨します」

「もう承認されました」

「……」

「行きましょう、トレーナー」

「ピュアホワイトさん」

「はい」

「今回だけです」

「次回は次回考えます」

「今回だけです」

 

 強く言われた。

 そして。

 

 船。

 海。

 島。

 

「来ましたね!」

「本当に来てしまいました」

 

 ブルボンさんが遠い目をしている。

 無人島。

 

 山。

 森。

 海。

 

 必要最低限の設備は先に運び込んでもらっている。

 

「最高ですね」

「予定されたトレーニングメニューを開始します」

「その前に家作りましょう」

「宿泊用テントがあります」

「でも無人島ですよ?」

「理由になっていません」

 

 作った。

 

「重っ!」

「一度に運搬する木材を減らしてください」

「いけます!」

「転倒リスクが上昇しています」

 

 木を運び。

 土を掘り。

 柱を組む。

 

 気づけば。

 

「腕に来ますね」

「上半身への負荷は確認できます」

「脚にも」

「下半身にも負荷が発生しています」

「体幹も」

「姿勢維持が必要です」

「ほら、トレーニング」

「結果論です」

 

 一日目。

 小屋完成。

 

「どうです?」

「テントを使用してください」

「これは?」

「物置としてなら許可します」

「妥協しましたね」

 

 

 

 二日目。

 

「畑を作ります」

「合宿期間内に収穫できません」

「でも作りましょう」

「なぜでしょうか」

「楽しいので」

 

 耕す。

 鍬を振る。

 土を起こす。

 水を運ぶ。

 

「これ結構きついですね」

「腰を曲げすぎないでください」

「はい!」

 

 ブルボンさんももう普通に指導している。

 

 

 

 

 三日目。

 

「トレーナー」

「はい」

「野菜できました」

「……」

「見てください」

「……」

 

 畑。

 昨日種をまいた。

 そこに立派な野菜が並んでいた。

 

「収穫できますね」

「できません」

「でもあります」

「あります」

「育ってます」

「育っています」

「じゃあ収穫できますね」

「問題はそこではありません」

 

 ブルボンさんがしゃがむ。

 葉を見る。

 土を見る。

 野菜を見る。

 

「播種から一晩です」

「無人島なので」

「無人島に植物成長促進効果はありません」

「土がいいんでしょう」

「よすぎます」

 

 手元の人参を抜く。

 

「おお」

 

 立派。

 

「食べましょう」

「待ってください」

「何です?」

「一晩で異常成長した植物を、なぜ迷わず摂取しようとするのですか」

「野菜だから」

「理由になっていません」

 

 食べた。

 

「おいしい」

「……」

「トレーナー?」

「理解不能です」

 

 この辺りからブルボンさんの顔に少し疲れが見え始めた。

 

 

 四日目

 

「山行きましょう!」

「クロスカントリーを実施します」

「はい!」

 

 坂。

 木の根。

 石。

 泥。

 

 トラックとは違う。

 一歩ごとに脚を置く場所が変わる。

 

「楽しい!」

「速度を上げすぎないでください!」

「もう少し!」

「指示を――」

 

 唐突に茂みががさり。

 

「?」

 

 出てきた。

 大きな鳥。

 長い首。

 長い脚。

 

「ダチョウですね」

「……」

「トレーナー?」

「なぜ無人島にダチョウがいるのですか」

「住んでるんじゃないです?」

「日本近海の無人島に野生のダチョウが存在する合理的説明がありません」

 

 ダチョウがこちらを見る。

 ボクを見る。

 そしてブルボンさんを見る。

 

「……」

「……」

 

 近づく。

 

「好かれたんじゃないです?」

「根拠はありません」

 

 つん。

 

「……」

「つつかれましたね」

「はい」

 

 つん。

 

「また」

「はい」

 

 つん。

 

「トレーナー」

「はい」

「すごく好かれてますね」

「好意的な接触とは判断できません」

 

 つん。

 

「……」

 

 ブルボンさんが一歩下がる。

 ダチョウが一歩進む。

 

「追われてます」

「ピュアホワイトさん」

「はい」

「笑っていないで支援してください」

「珍しいので」

「支援を要求します」

 

 走った。

 ブルボンさんが。

 ダチョウが。

 ボクも。

 

「速っ!」

「競争しないでください!」

「結構速いですよ!」

「知っています!」

 

 なぜか無人島で。

 担当ウマ娘。

 トレーナー。

 ダチョウ。

 

 三者が全力疾走することになった。

 

「いいトレーニングでしたね」

「同意しません」

 

 

 

 五日目

 

「今日は海です!」

「水中運動を実施します」

「泳ぎましょう」

 

 海へ入る。

 泳ぐ。

 潜る。

 

「……」

 

 綺麗。

 

 魚。

 岩。

 砂。

 

 さらに潜る。

 

「ん?」

 

 海底に何かが見える。

 箱。

 

「……宝箱?」

 

 拾った。

 重い。

 海面へ上がる。

 

「トレーナー!」

「はい」

「宝箱ありました!」

「……」

「何ですその顔」

「もう驚くべきか判断できません」

 

 浜へ運ぶ。

 古い木箱。

 鍵がかかっている。

 

「開けます?」

「所有者不明物です。適切な処理が必要です」

「ですよね」

 

 その時。

 

「おおおおおおっ!」

「?」

 

 黒い旗を掲げた船

 

「……」

「……」

「海賊?」

「現代日本近海に海賊船が出現する可能性について――」

「トレーナー」

「はい」

「来てます」

「確認しました」

 

 上陸してきた。

 本当に海賊だった。

 

「その宝は我らが長年探し求めていたもの!」

「だそうです」

「警察への通報を推奨します」

「待て! 我らは悪しき海賊ではない!」

 

 現代の海賊は公的権力に弱いようだ。

 

「悪くない海賊って何です?」

「ロマンを求める海の民だ!」

「海賊では?」

「細かい!」

 

 宝箱は海賊たちが昔から探していたものらしい。

 こちらは別に欲しくない。

 

「じゃあどうぞ」

「待て!」

「まだ何か?」

「海の掟がある!」

「面倒ですね」

「宝を見つけた者から、理由もなく受け取ることはできん!」

「じゃあどうするんです?」

「勝負だ!」

「何の?」

「海上レース!」

「……」

 

 ボクはブルボンさんを見る。

 

「駄目です」

「まだ何も言ってません」

「駄目です」

「無人島を一周し、先にこの浜へ帰った者の勝利! 我々は船! そちらは好きな方法で来い!」

「船対ウマ娘?」

「不公平です。拒否してください」

「面白そう」

「ピュアホワイトさん」

「はい」

「拒否してください」

「でも海上レースですよ?」

「聞こえています」

 

 結局やった。

 

「何でこうなったのでしょうか」

「ボクがやりたいと言ったからです」

「理解しています」

 

 海賊船。

 ボク。

 

「どうやって走ればいいんです?」

「そこからか!?」

 

 仕方ない。

 浜から海へ走る。

 

「っ!」

 

 一歩。

 沈む。

 二歩目。

 沈む。

 沈み切る前に次の歩を踏み込む。

 心にバクシンがあれば、海の上も走れるのだ。

 

 海面を跳ぶ。

 

 跳ぶ。

 跳ぶ。

 

「速いぞ!?」

「ウマ娘なので!」

「説明になっているようでなっていない!」

 

 大きい波。

 

「邪魔!」

 

 思い切り蹴る。

 

「――っ!」

 

 どん。

 海面が割れた。

 

「……」

 

 一瞬。

 

 ボクの前だけ。

 海が左右へ吹き飛んだ。

 

「海が割れたぁぁぁぁ!?」

「ピュアホワイトさん!」

「はい?」

「今の現象を説明してください!」

「キックしました!」

「そういう意味ではありません!」

 

 そのまま海底を進む。

 海賊船と並ぶ。

 

「負けるな! 帆を張れ!」

「こっちも!」

「張るものがありません!」

「じゃあ走ります!」

 

 浜に戻る。

 

「っ!」

 

 砂へ着地しゴール。

 

「勝った!」

「負けたぁぁぁぁ!」

 

 海賊たちが崩れ落ちた。

 

「やりましたね、トレーナー」

「私は何もしていません」

「応援してました」

「主に停止を求めていました」

「似たようなものです」

 

 宝箱を海賊たちへ渡す。

 

「どうぞ」

「負けたのにいいのか!?」

「最初から要らないので」

 

 海賊の船長と固い握手をした。

 

 その夜。

 

「BBQ!」

「乾杯だぁ!」

「何で仲良くなっているのですか」

「一緒にレースしたので」

 

 海賊たち。

 ボク。

 ブルボンさん。

 

 肉。

 魚。

 一晩で育った野菜。

 

「トレーナーも食べましょう」

「栄養量を確認しています」

「姉ちゃん堅いな!」

「担当ウマ娘の健康管理は必要です」

「飲め飲め!」

「未成年者の飲酒は禁止です」

「ジュースだよ!」

「なら問題ありません」

 

 馴染んでしまった。

 最後には海賊たちへ宝箱を返し。

 

「いつか海で会おう!」

「はい!」

「会わないことを推奨します」

 

 帰っていった。

 

「いい一日でしたね」

「私は今日の出来事を報告書へどのように記載するか検討しています」

「海上訓練でいいんじゃないです?」

「海賊との競走を隠さないでください」

 

 

 

 それからも合宿は続いた。

 

 なぜかアイルランドの王族一行が島へ立ち寄り、ボクの作ったラーメンを食べていた。

 海賊が置いていった海図に『ひとつなぎの財宝』と書かれていたので探しに行こうとしたら、ブルボンさんに海図ごと没収された。

 野菜がその後さらに増殖し、食べても食べても減らなくなったため、最終的に船一隻分を学園へ送り返した。

 ダチョウはなぜかブルボンさんに懐き、夜にはテントに潜り込み、朝になるとテントの前で待っていた。

 作った小屋はいつの間にか二階建てになった。

 ラーメン屋には行列ができた。

 

「無人島ですよね、ここ」

「そのはずです」

 

 ブルボンさんも日に日に力がなくなっていった。

 もちろんちゃんとトレーニングもした。

 

 走った。

 坂を上った。

 山を駆けた。

 泳いだ。

 筋力トレーニングもした。

 フォームも確認した。

 

 その上で。

 

 木を運び。

 家を建て。

 畑を耕し。

 野菜を収穫し。

 ダチョウと走り。

 海賊と戦い。

 海を割り。

 ラーメンを作った。

 

 そして合宿終盤。

 

「……」

 

 ブルボンさんが端末を見たまま動かなくなった。

 

「どうです?」

「再計測します」

「悪かった?」

「逆です」

 

 もう一度走る。

 

「……」

 

 戻る。

 

「どうでした?」

「測定機器を変更します」

「三回目ですけど」

「機器異常の可能性を除外します」

 

 また走る。

 測る。

 

 速度。

 瞬発力。

 持久力。

 筋力。

 身体の安定性。

 

 全部合宿前より明確に上がっている。

 

「やりましたね」

「……」

「ブルボンさん?」

「理解できません」

「何が?」

「向上幅が想定値を大幅に超過しています」

「頑張りましたから」

「通常トレーニングだけでは説明できません」

「じゃあ家作り」

「説明できません」

「農業」

「説明できません」

「一晩野菜」

「さらに説明できません」

「ダチョウ」

「違います」

「海賊」

「絶対に違います」

「海を割ったのは?」

「まず海が割れた理由を説明してください」

「キック」

「説明になっていません」

 

 かなり困っている。

 

「千六百、走ります?」

「実施します」

 

 合宿前にも何度も走った距離。

 スタート。

 加速。

 速度を上げる。

 

「……」

 

 分かる。

 身体が軽い。

 以前なら少し力を使って維持していた速度がもっと自然に出る。

 コーナー。

 傾ける。

 軸がぶれない。

 

 山。

 不整地。

 砂浜。

 流木。

 海。

 

 この数日。

 まともな足場で走っていた時間の方が少なかったせいか、多少姿勢が崩れてもすぐ戻せる。

 

 最後。

 

「っ!」

 

 加速。

 

 まだ。

 もっと。

 

 ゴール。

 

「はっ……はっ……」

 

 時計を見る。

 

「……」

「トレーナー」

「確認しています」

「自己ベスト」

「はい」

「かなり」

「はい」

「タイキに近づきました?」

「比較データが不足しています」

「でも強くなった」

「……はい」

 

 ブルボンさんが認めた。

 

「無人島効果ですね」

「認めません」

「でも結果出てます」

「それが最も問題です」

「何でです?」

「再現性も因果関係も説明できません」

「もう一回来れば再現できるかもしれませんよ」

「来ません」

「次はもっと大きい島」

「来ません」

「南国」

「来ません」

「雪山」

「行きません」

「ジャングル」

「絶対に行きません」

「じゃあ海賊船で」

「ピュアホワイトさん」

「はい」

「通常のトレーニングをしてください」

「してますよ?」

「通常だけにしてください」

「でも」

 

 笑う。

 

「強くなりましたよ」

「……」

 

 ブルボンさんが。

 本気で少し引いている。

 

「トレーナー」

「はい」

「ボクに引いてません?」

「想定外の事象が多すぎるため、評価を保留しています」

「それ引いてるって言うんですよ」

 

 合宿は終了した。




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