「ねえ、ドーベル」
「何?」
夏合宿が終わってトレセン学園へ戻った翌日、これからのトレーニング予定を確認するために担当トレーナーのところへ顔を出すと、彼女は机の上に広げていた書類から顔を上げ、何かを聞きたくて仕方がないような、妙に面白そうな表情でこちらを見ていた。
「あなた、ピュアホワイトと仲いいわよね?」
「……まあ、普通には」
「普通?」
「何よ」
「いや、別に」
その言い方が少し気に入らなかったけれど、わざわざ否定するようなことでもないので、私は向かいの椅子へ座った。
ホワイトとは同じ学年で、普段からよく話すし、一緒に出かけたこともあるし、困った時に助けてもらったことだってある。
それを仲がいいと言うなら、まあ、そうなのだろう。
「それで、ホワイトがどうしたの?」
「ミホノブルボンから夏合宿の話を聞いたのよ」
「ブルボンさんから?」
「ええ」
その瞬間、何となく嫌な予感がした。
「それで改めて気になったんだけど、ピュアホワイトって普段からああいう子なの?」
「……ああいうって、どういう意味よ」
「自分から無人島合宿を申請して、現地で家を建てて、畑を作ったら一晩で野菜が収穫できるまで育って、なぜかいたダチョウと走って、海底で宝箱を見つけたら海賊がやってきて、最終的に海上レースをして、海を割って勝って、仲良くバーベキューして、さらにラーメンまで作ったって聞いたんだけど」
「……」
「本当?」
「私に聞かないでよ!」
思わず声が大きくなった。
「私、その場にいなかったんだから!」
「でも、ピュアホワイトならやりそうだと思わない?」
「そこが一番嫌なのよ!」
普通なら途中のどこかで嘘だと判断する。
無人島で家を建てた時点ですでに十分おかしいし、種をまいた野菜が翌朝には食べられる大きさまで育っていた辺りから完全に意味が分からないし、海賊と海上レースをして海を割ったと言われれば、誰かが面白半分に話を盛ったと考える方が自然なのだ。
でも。
ホワイトなら。
「……やってそうなのよね」
「やっぱり?」
「認めたくないけど」
しかも情報源がブルボンさんなら、まず嘘ではない。
「ブルボン、すごい顔してたわよ」
「どんな?」
「『説明不能です』って」
「ああ……」
「野菜の話をした時も、海を割った話をした時も、しばらく黙ってた」
「相当ね」
「あとダチョウの話になると、ちょっと嫌そうな顔をしてたわ」
「何したのよ、あの子」
「ピュアホワイトじゃなくて、ブルボンの方がずっとつつかれたらしいけど」
「なんで?」
「私も聞いた」
ますます意味が分からない。
トレーナーは少し笑ってから椅子の背にもたれ、改めて私の顔を見る。
「でも、やっぱり変わった子なのね」
「変よ」
そこは迷わず答えられる。
「ものすごく変」
「ずいぶん辛い評価ね」
「事実だもの」
ホワイト本人は、多分自分のことをかなり常識的で真面目なウマ娘だと思っている。
それ自体は半分くらい正しくて、普段は約束も守るし、授業中に騒いだりもしないし、誰かへ意味もなく迷惑をかけるようなことだってほとんどない。
ただ、残り半分が時々とんでもない方向へ突き抜けるので、総合するとやっぱり変なのだ。
「一番有名なのはトレーニングかしら」
「やっぱりすごいの?」
「頭がおかしいくらいやってるわよ。朝から走って、授業が終わればブルボンさんのところへ行って、普通なら一つやっただけで今日はもういいって言いたくなるようなメニューをいくつもこなして、それでも余裕があると追加で何かやろうとするの」
「そんなに?」
「最初の頃なんて途中で動けなくなるくらい追い込まれてたのに、次の日になったら『昨日より少しできました』って嬉しそうにしてるのよ」
「……怖いわね」
「でしょ?」
ようやく分かってくれる人がいた。
「できなかったことがあると落ち込むんじゃなくて、次にできることが増えたみたいな顔するの。ブルボンさんもブルボンさんで、無理なら止めるけど、できると判断したら普通に次を出すし」
「でも、故障しないようには管理してるんでしょう?」
「そこは徹底してるわよ。食事も睡眠も休養も全部見てるし、ホワイトもそういう指示には意外なくらい素直だから」
「意外なの?」
「勝手に追加で走ろうとして止められてるところは何度か見たけど」
「やっぱり」
トレーナーが笑った。
「それだけトレーニングしてるなら、勉強する時間なさそうだけど」
「それがあるみたいよ」
「あるの?」
「成績、学年トップ」
「え」
「ずっと一番よ」
「そんなに頭いいの?」
「すごくいいわよ」
そこについては、皮肉抜きで認めるしかない。
単に要領がいいという程度ではなく、本当に頭がいい。
授業中もちゃんと話を聞いているし、一度理解したことはかなり正確に覚えているし、試験前になって慌てて詰め込んでいる姿なんて一切見たことがない。
「タイキに勉強教えてるのも大体ホワイトだし、他の子に聞かれた時も普通に教えてるわね。説明も分かりやすいし何回間違えてもちゃんと付き合ってる」
「それは偉いわね」
「まあ」
「すごく優秀じゃない」
「そうなのよ」
だから余計に困る。
「そんな頭のいい子が、夏合宿の規則を全部読み込んで、必要な書類を揃えて、安全計画まで作って、何度差し戻されても修正して、とうとう無人島行きを正式に通したのよ」
「頭の使い方としては正しいんじゃない?」
「方向がおかしいって言ってるの!」
しかも話によれば、最初はブルボンさんが反対していたらしい。それでもホワイトは申請条件を読み込み、禁止されていないなら申請できると判断して、必要な資料を全部作り、最終的に制度そのものを使って押し切ったという。
頭がいい。
行動力もある。
諦めも悪い。
そして、それを時々変な方向へ全力で使う。
「あとナルシスト」
「それは有名ね」
「学園中に知られてるの?」
「そこそこ」
「……」
本人が知ったら喜びそうなのが嫌だ。
「本当に自分のこと、かわいいって言うの?」
「言うわよ」
「冗談じゃなく?」
「本気で」
「すごいわね」
「この前なんて、メイクデビューのウイニングライブで自分のかわいさを三十パーセントくらいしか出せなかったって本気で反省して、ライブ練習始めたから」
「三十パーセント?」
「本人基準」
「百パーセントだとどうなるの?」
「知らないわよ」
爆発でもするんじゃないの?
私だって聞きたい。
「でも、実際かわいいんでしょう?」
「……まあ」
「今の間は何?」
「別に」
かわいい。
そこは認める。
小さくて、真っ白で、赤い瞳がよく目立って、顔立ちはライスシャワーさんによく似ている。本人が自信満々なのも、何の根拠もないわけではない。
とはいえ、多分本人は自分の見た目について、好き嫌いではなく客観的事実としてかわいいと思っている。
「ただ、ナルシストって言っても、自分だけがかわいいと思ってるわけじゃないのよね」
「どういうこと?」
「他の子も普通に褒めるから」
「へえ」
「外見の話になると、かなり素直よ」
嫌な記憶が蘇る。
『ドーベルって、本当に美人ですよね』
『急に何よ』
『いや、見れば見るほどすごいなと思って』
『な、何がよ』
『顔です。目も綺麗ですし、髪も似合ってますし、全体のバランスもいいし、普通にとんでもない美人ですよ』
『もういい!』
『なんで怒るんです?』
あれだけならまだいい。
別の日にも。
『今日のドーベル、いつもよりさらに美人ですね』
『いつもって何よ!』
『いつも美人です』
『そうじゃなくて!』
さらに別の日には。
『その服、すごく似合いますね。やっぱり美人は何着ても強い』
『ホワイト!』
本人は全部、本気で褒めている。
そこが困る。
「……」
「ドーベル?」
「何でもない!」
「なんか落ち着きなくなってない?」
「なってない!」
トレーナーがにやにやしている。
「ピュアホワイト、ドーベルのことかなり褒めるのね」
「節操なく褒めてるだけよ」
「でも今の話、全部ドーベルじゃない?」
「うるさい!」
嬉しくないわけではない。
むしろ。
ものすごく嬉しい。
ホワイトは誰にでも適当なお世辞を言うタイプではないので、本当にそう思っているのだろうということも分かっている。
それだけに、真正面から何度も言われると、こっちがどういう顔をすればいいのか分からなくなるのだ。
「自分が一番じゃないと嫌って感じではないのね」
「全然。自分はかわいい、私は美人、ブライトはかわいい、タイキもかわいい、全部同時に成立すると思ってるみたい」
「健全なナルシストね」
「そんな分類ある?」
「今作った」
でも、多分そうなのだと思う。
「それだけ聞くと、かなり付き合いやすそうだけど」
「……まあ」
私は少しだけ言葉に詰まった。
「変だけど、嫌な子ではないわよ」
「へえ」
「何よ」
「ずいぶん好意的ね」
「これが!?」
「ドーベル基準なら」
「どういう意味よ!」
トレーナーが楽しそうに笑う。
「実際、結構周りを見てるんでしょう?」
「……まあ」
「無神経そうに見えて、意外と気がつくタイプ?」
「そうね」
そこは私がよく知っている。
ホワイトは自分の話になるとうるさいし、突然突拍子もないこともするし、相手をからかう時には妙に楽しそうな顔もするけれど、人が本当に嫌がっている時や、本当に困っている時には驚くほど早く気づく。
少なくとも。
私があの時、本当に困っていた時。
逃げることも。
うまく声を出すこともできなかった時。
一番最初に間へ入ってくれたのは、ホワイトだった。
「自分の基準を人に押しつけることも、あんまりないのよ。自分はあんなに走るくせに、他の子が同じことできなくても何とも思わないし、苦手なことがあれば普通にそういうものとして扱うから」
「いい子じゃない」
「……まあ」
「かわいくて、速くて、学年トップで、努力家で、他人にも親切」
「ちょっと待って」
「何?」
「並べると褒めすぎじゃない?」
「ドーベルが言ったことをまとめただけだけど」
「変なところもちゃんと入れて!」
「自分大好きで、突然変なことを始めて、無人島で海賊と競走して海を割る」
「そう。それ」
「でも好きなんでしょう?」
「っ!?」
思考が止まった。
「な、何を急に言ってるのよ!」
「友達として」
「……」
「何を想像したの?」
「何も想像してない!」
危ない。
本当に、この人は時々余計なところへ踏み込んでくる。
「友達としては?」
「……好きよ」
それくらいなら言える。
「かなり?」
「普通!」
「そう」
「何よ、その顔!」
「いや、分かりやすいなと思って」
「何が!」
絶対に分かっていない。
いや。
分かっていてほしくない。
私はホワイトが好きだ。
友達としてだけではない。
あの子が近くにいると気になるし、他の子と楽しそうにしていれば少し面白くないし、褒められれば嬉しいし、手を握られただけでも意識してしまう。
でも。
そんなことを本人へ言えるわけがない。
少なくとも今はまだ。
「じゃあまとめると、ドーベルから見たピュアホワイトは、頭がおかしいくらいトレーニングして、学年トップで、時々ものすごく変なことを始めて、自分のことをかわいいと確信してるナルシスト」
「まとめると最悪ね」
「でもいい子」
「……まあ」
「大好き」
「そこは言ってない!」
トレーナーが声を上げて笑った。
「ドーベルがそういう友達を作れてよかったわ」
「……それ、本人には絶対言わないで」
「どうして?」
「調子に乗るから。『やっぱりボクっていい子ですね』とか絶対言うもの」
「ああ、言いそう」
「でしょ?」
そこまで話したところで、廊下の向こうから妙な音が聞こえてきた。
どたどたどたどた。
「……何?」
「さあ?」
かなり速い。それなのにウマ娘が走っている音とも少し違っていて、妙に重く、一定の間隔で床を叩いている。
私とトレーナーが揃って、開け放たれていた扉の向こうへ顔を向ける。
次の瞬間。
「……」
「……」
ダチョウが全速力で駆け抜けていった。
長い首。
大きな身体。
やたら速い脚。
「……ダチョウ?」
「ダチョウね」
どうしてトレセン学園の校舎内をダチョウが走っているのか。
考える間もなく。
「待ってくださーい! そっちは駄目ですって!」
少し遅れて白い髪をなびかせたホワイトが、その後ろをものすごい勢いで走り抜けていった。
「……」
「……」
「戻ってきてくださーい!」
遠ざかっていく声。
どたどたどたどた。
ダチョウの足音も、廊下の向こうへ消えていった。
しばらく。
私たちは何も言わなかった。
「……あれ」
先に口を開いたのはトレーナーだった。
「無人島にいたダチョウかしら」
「多分」
「連れて帰ってきたの?」
「知らない」
「どうして学園にいるの?」
「知らないわよ」
答えられるわけがない。
ホワイトが連れて帰ってきたのか、勝手についてきたのか、どうして学園へ入れたのか、そしてなぜ今こうして校舎内を走り回っているのか。
疑問はいくらでもある。
でも。
さっきまで話していたピュアホワイトというウマ娘について、一つだけはっきりしたことがあった。
「……やっぱり変な子ね」
「……変な子でしょ」
二人で。
心の底から納得した。