存在しないはずのライスシャワーの娘に転生しました 作:みやび(雅媛)
入学試験は当然合格し、トレセン学園での学生生活が始まった。
若干やぼったいトレセン学園の制服だが、ボクが着ればとんでもなくかわいい。
母は手放しで褒めてくれた。
「ホワイトちゃん、かわいい! すっごく似合ってるよ!」
「ふふん。当然です」
鏡の前でくるりと一回転する。
白い髪と白い尻尾がふわりと揺れた。
トレセン学園指定の制服は、正直に言えばデザインそのものはそれほど好みではない。
だがボクという素材がいいので何を着ても似合う。
つまり問題なし。
「もう少し謙遜を覚えろ」
「事実を否定する方が不誠実ですよ、お父様」
「そういう理屈だけはポンポン出てくるな」
「ホワイトちゃん、本当にかわいいから仕方ないよ?」
「ライスがそうやって甘やかすから……」
そう言っている父も、さっきから何度もこちらを見ている。
隠しているつもりなのだろうか。
残念ながら娘にはバレバレである。
「写真、撮ります?」
「……一応な」
「素直じゃありませんね」
「あと、学園で何かしでかすなよ」
「失礼ですね。ボクは今まで悪いことなんてしたことありませんよ」
父が何とも言えない顔をした。
今までの人生、ルール違反は一つもしていない。
つまり事実である。
父は何度か何かを言おうとして、結局諦めたようにため息を吐いた。
「とにかく、普通に生活しろ」
「もちろんです」
「その返事が一番信用できないんだよなあ……」
まったく。
娘を何だと思っているのだろう。
校門をくぐったところで、ボクは思わず足を止めた。
「……おお」
入学試験の時にも来ている場所だ。
それなのに、今日からここが自分の学校なのだと思うと見え方がまるで違った。
広大な敷地。
校舎。
トレーニング施設。
グラウンド。
そして、そこら中を行き交うウマ娘たち。
その光景自体にはもう驚かない。
ボクだって生まれてからずっとウマ娘として生きているのだ。
問題は別にある。
「あっ」
見覚えのあるウマ娘が遠くを歩いていった。
違う方向には、これまた見覚えのある耳。
さらにその向こうには──。
いる。
いるいる。
見たことのあるウマ娘が普通にいる。
前世ではゲーム画面やアニメ、あるいは競馬の記録でしか知らなかった存在が、当たり前のように同じ学校の中を歩いている。
何ということだ。
これはテーマパークよりすごいのではなかろうか。
いや、ボク自身もその一員なのだが。
「何をきょろきょろしてるの?」
「ひゃいっ」
横から声をかけられて、ちょっと変な声が出た。
振り返る。
黒い髪。
整った顔立ち。
少し鋭く見える目元。
見覚えがある。
というか先日の試験で見た。
「メジロドーベルさん」
「……よく名前知ってるわね」
「入学試験で見ましたから」
危ない。
もう少しで「ゲームで知っています」と言うところだった。
前世の記憶を持っていることは両親にも話していない。
別に隠しているというより、説明が面倒なので言っていないだけだ。
ライスシャワーの娘に転生しました、なんて本人にどう説明すればいいのか分からない。
「ピュアホワイト、で合ってる?」
「はい」
「試験のレースすごかったわね」
「ありがとうございます」
「本当に大差だったし」
ドーベルはじっとこちらを見る。
クールビューティー。
前世の印象そのままなら、少々人付き合いが苦手で、特に男性相手にはかなり警戒心が強い。
その整った顔でこうして見つめられると、何か試されているような気分になる。
「運が良かっただけですよ」
「え?」
「大外でしたけど、ちょうどいい位置が空きましたし」
「……」
「最後も前が綺麗に開きましたから」
「いや、大差だったでしょ?」
普通に突っ込まれた。
「運でどうにかなる着差じゃないと思うけど」
「ボクは運がいいので」
「そういう問題?」
「そういう問題です」
ドーベルはしばらく考えてから、首を傾げた。
「変わってるのね」
「よく言われます」
主に父から。
「でも、あれだけ速いなら……」
そこでドーベルが少し視線を逸らす。
「そのうち、一緒のレースで走ることもあるかもしれないわね」
「そうでしょうね」
「その時は、負けないから」
真っ直ぐだった。
もっと棘のある言い方をされるかと思ったのに、単純に勝負したいと言っているだけらしい。
見た目よりずっと素直な人なのかもしれない。
「ボクも負けるつもりはありませんよ」
「……そう」
ドーベルが少しだけ笑った。
かわいい。
なるほど。
前世で人気があったのもよく分かる。
「お二人とも、朝から仲良しですねぇ~」
今度は後ろから、やけにゆったりした声がした。
「あ、ブライト」
「おはようございます~」
メジロブライト。
先日の試験で、とんでもない末脚を見せていたウマ娘である。
ふわふわした鹿毛の髪。
穏やかな表情。
何というか、全体的にゆっくりしている。
「ホワイトさんも、おはようございます~」
「おはようございます」
「昨日はとっても速かったですねぇ」
「ブライトさんも。最後、すごかったですよ」
「まあ~。見ていてくださったんですかぁ?」
「はい」
「嬉しいです~」
にこにこしている。
本当にこの人が昨日の最後の直線で、後方から恐ろしい勢いで飛んできたウマ娘なのだろうか。
何なら今も少し眠そうだ。
「でもホワイトさんも、とってもお上手でしたねぇ」
「上手?」
「はい~。皆さん、ホワイトさんのことをよく見ていらっしゃいましたから」
「……」
「ホワイトさんが動くと、周りの方もいっぱい動いていましたねぇ」
にこにこ。
何でもないことのように言っている。
「大人気ですねぇ」
……この人。
気づいている。
入学試験でボクが周囲から意識されていたこと。
そして、それをこちらから利用していたことまで。
ドーベルを見る。
「何?」
こちらは普通に首を傾げている。
気づいていないらしい。
なるほど。
見た目の印象と逆だ。
ドーベルの方が鋭そうに見えて、実際にはかなり真っ直ぐ。
ブライトの方はぼんやりしているように見えて、実は周囲をよく見ている。
「たまたまですよ」
「そうなんですかぁ?」
「そうなんです」
「ふふ~」
何だ、その笑い方は。
絶対信じていない。
危険人物リストにメジロブライトを追加しておこう。
いや、元々レース面では警戒対象なのだが。
それから入学式やら学園生活についての説明やら、いろいろとあった。
正直、その辺りはあまり覚えていない。
理事長の話は長かった。
お偉いさんの話が長いのはどこの世界でもそこは変わらないらしい。
そのあとクラスで解散となれば、いろいろな話をクラスメイトとすることになる。
真っ白で色的に目立つ上、主席入学なボクはかなり人気で、クラスメイトからあれやこれや聞かれる。
「ライスシャワーさんの娘なの?」
「はい、そうですよ」
「白いけど?」
「父親似なんですかね?」
適当に答えておく。
実際には顔立ちは母に似ていると言われるが、色があまりにも違うので初見では分かりにくいらしい。
中には少し言いにくそうに、
「ライスシャワーさんって……その、ヒールって呼ばれてた人だよね?」
と聞いてくる子もいた。
「そうらしいですね」
「気にしないの?」
「何をです?」
「え?」
「ママがレースで勝ったことでしょうか?」
「いや……」
「なら別に」
何を気にしろというのだろう。
ブルボンの三冠を止めた。
マックイーンの三連覇を止めた。
だから何だという話である。
競走なのだから勝つために走る。
人気者に勝ってはいけないのなら、最初から一人で走らせておけばいい。
もちろん、ママ本人にはそんな割り切り方ができないことも知っている。
だからこそ余計に、ボクまで気にする必要はない。
「ボクはママの娘なのが自慢ですよ」
「……そっか」
「はい」
笑って答えると、それ以上聞かれることはなかった。
面倒事にならなくて幸いである。案外みんな人がいいというのが正直な感想だ。お嬢様学校だからだろうか。まあ問題はないだろう。
そのまま昼食を食べた後、寮へ移動して荷物を整理することになった。
トレセン学園は基本的に寮生活。
実家が遠いわけではないので少し寂しくはあるが、休日に帰ることはできる。
何より前世では経験したことのない学生寮である。
これはこれで楽しみだった。
「さて」
指定された部屋の前に立つ。
当然ながらルームメイトがいる。
事前に名前は聞いていなかった。
誰だろう。
前世では知らなかったウマ娘だろうか。
それとも。
「失礼しまーす」
扉を開ける。
「Oh!」
大きな声が返ってきた。
金髪。
青い瞳。
大柄な身体。
明るい笑顔。
「Howdy! アナタがワタシのルームメイトデスか!」
「……」
「?」
ボクは静かに扉を閉めた。
もう一度部屋番号を見る。
合っている。
開ける。
「Howdy!」
いた。
幻覚ではない。
「……ピュアホワイトです。よろしくお願いします」
「ワタシ、タイキシャトル! ヨロシクお願いしマース!」
知ってます。
ものすごく知ってます。
タイキシャトル。
前世の競馬ファンなら知らないはずがない。
日本競馬史上でも屈指の短距離、マイルの名馬。ボクの前世で大好きだった競走馬だ。
ウマ娘としても当然、特にマイルではとんでもない能力を持っているはずだ。
それが。
ルームメイト。
嘘でしょう?
「ピュア!」
「はい」
「Cuteデース!」
「知ってます」
「HAHAHA! Funny!」
いきなり抱きつかれた。
「ちょっ」
「Smallデスねー!」
「降ろしてください」
そのまま持ち上げられる。
力強い。
何なんだこの距離感は。どういうサービスなんだ。
「Sorry!」
素直に降ろしてくれた。
悪気は一切なさそうなので怒る気にもならない。
「ピュアはRace走りマシタ?」
「入学試験なら」
「聞きマシタ! 1200 meter! Very Fast!」
「まあ、それなりに」
「ワタシもShort Distance大好きデース!」
でしょうね。
「今度、一緒に走りマショー!」
「いいですよ」
即答した。
断る理由などない。
こんな名馬中の名馬がお相手してくれるならむしろこちらからお金を払ってでも頼みたいくらいである。
「Really!?」
「はい」
「Good!」
タイキは嬉しそうに笑った。
こちらも自然と笑みが浮かぶ。
前世で見ていたタイキシャトル。
そのウマ娘本人と一緒に走れる。
これも転生者ならではの特権だろう。
実に運がいい。
その後、荷物を片付けながらタイキと話をした。
好きな食べ物。
趣味。
学園でやりたいこと。
タイキはとにかく明るく、裏表がない。
「U.S.ではデスね──」
と話し始めれば止まらない。
だが不思議と嫌ではなかった。
何を考えているか分かりやすいからだ。
ブライトのように笑顔でこちらの腹を探ってくる心配もなさそうである。
「ピュア、Training見に行きマセンか?」
「今からですか?」
「Yes! ちょっとだけ走りたいデース!」
初日から元気なことである。
とはいえボクも興味があった。
荷解きを一段落させ、二人でトレーニングコースへ向かった。
夕方にもかかわらず、走っているウマ娘は多い。
まだ担当トレーナーが決まっていない新入生もいれば、先輩たちもいる。
「じゃあ、行ってきマース!」
タイキが軽く準備運動をして、短い直線のスタート位置につく。
誰かと競走するわけでもない。
ほんの軽いダッシュ練習。
そう思っていた。
「Go!」
地面が弾けた。
「……は?」
一歩目から違った。
大柄な身体が一気に前へ飛び出す。
加速が速い。
トップスピードまで入る時間が、明らかに短い。
気づけばもう遠くにいる。
「……速っ」
ここまで速いウマ娘を見たのは、ブライトに続いて二人目だ。
ただしブライトとは全く違う。
ブライトは最後になってから、どこまでも加速してくるような怖さがあった。
タイキは違う。
最初から速い。
短距離では、このコンマ数秒の差が致命的になる。
「ピュアー!」
走り終えたタイキが大きく手を振っている。
余裕そうだ。
あれで軽くだったらしい。
なるほど。
短い距離で当たったら、相当に厄介そうだ。
まあ。
勝つつもりだけれど。
「……ん?」
タイキの向こう。
別のコースを、一人のウマ娘が走っている。
栗色の髪。
細身。
他の誰よりも前へ行こうとするような走り。
「サイレンススズカ……」
今度は小声にした。
彼女もいるのか。
しばらく見てみる。
速い。
間違いなく速い。
でも。
「なんか……」
窮屈だ。
そう感じた。
前へ行きたい。
もっと速く走りたい。
そんな意思は伝わってくるのに、まだ走り方と噛み合っていない。
前世で知っている『全盛期の』サイレンススズカは、こんなものではない。
この先、どこかで変わるのだろう。
「ピュア! Nextはピュアの番デース!」
「了解です」
軽く走り抜ける。
タイキほどの加速はできない。トップスピードも追いつけない。
だからこそ、その差を今後埋めなければならないだろう。
部屋へ戻り、夜。
ベッドに横になりながら今日一日を思い返す。
メジロドーベル。
メジロブライト。
タイキシャトル。
サイレンススズカ。
まだ一日目だというのに、知っている名前が次々に出てきた。
前世なら記録の中にいた名馬。
ゲームの中にいたウマ娘。
それが今は同級生で。
同じ学校にいて。
タイキに至っては隣のベッドである。
「ピュアー」
「はい?」
「Tomorrow、早起きしてRaceしまショー!」
「しません。寝てください」
「Morning Runデース!」
「それなら考えます」
「Yes!」
元気だなあ。
でも。
悪くない。
むしろ、とてもいい。
ライスシャワーの娘として生まれたことだけでも十分すぎる幸運だと思っていた。
そのうえ、こんな相手たちと一緒に走れるらしい。
やはりボクは相当に運がいい。
ただ一つだけ訂正するとすれば。
入学試験で大差勝ちした時には、少しだけ思っていたのだ。
このまま全部、簡単に勝てるかもしれない、と。
どうやらそれは全くの勘違いだったらしい。
まあ。
誰が相手でも、負けるつもりはないけれど。