存在しないはずのライスシャワーの娘に転生しました   作:雅媛

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12 朝日杯フューチュリティステークス

 朝日杯フューチュリティステークス当日。

 パドックへ向かう直前、鏡の前に立ったボクは、完成したばかりの勝負服を改めて上から下まで確認した。

 白を基調に、赤いリボンと細かなレースの意匠。元々はウェディングドレスを参考にしたはずなのに、走る時に邪魔になるからという理由でスカートもフリルも飾り布も次々と消滅し、最終的に花嫁らしい部分として強く残ったのは、頭のヴェールと、長い白手袋、それからガーターベルトぐらいになっている。

 それでも鏡の中にいる真っ白なウマ娘を見れば、悪くないどころか相当いい。

 

「かわいいですね」

「自己評価を確認しました」

「客観評価です」

「根拠を」

「鏡です」

「以前と同一の回答です」

「根拠が強いので」

 

 隣にいるブルボンさんは今日も真顔だった。

 

「走行時の最終確認は完了しています。可動域、固定状態ともに問題ありません」

「じゃあ、勝つだけですね」

「はい」

 

 朝日杯。

 G1。

 そしてタイキシャトル。

 

 ここまで何度考えても、確実に勝てる方法なんて結局見つからなかった。

 逃げる。

 後ろから行く。

 ペースを変える。

 早めに動く。

 マークする。

 

 どれも悪くはないし、特にブルボンさんが勧めたマーク戦法はかなり有力だった。タイキの優れたマイルセンスをこちらが利用できるし、ママが得意としていた方法でもある。

 でも、最終的にボクが選んだのは、それよりずっと単純だった。

 

「行ってきます」

「はい。ピュアホワイトさん」

「何です?」

「現在の能力を発揮してください」

「もちろん」

 

 それだけ言って、パドックへ向かった。

 観客の声が一気に大きくなる。

 G2のデイリー杯より明らかに多い。ボクの名前を呼ぶ声もかなり増えていて、白い髪と勝負服のおかげもあって、どこにいるのか一目で分かるらしい。

 

「ピュアホワイト!」

「ライスシャワーの娘だ!」

「デイリー杯の勝ち方すごかったぞ!」

 

 いいですね、もっと褒めてください。

 できればかわいいも追加してください。

 そんなことを考えながら歩いていたところで、向こうから聞き慣れた声が飛んできた。

 

「ホワイトー!」

「タイキ」

 

 今日一番の相手。

 タイキシャトル。

 そして。

 

「……」

 

 ボクは一瞬黙った。

 

「どうしました?」

「いや」

 

 知っていた。

 前世のゲームでは何度も見たことがある。

 公式の勝負服なのだから当然だ。

 でも、こうして朝日杯のパドックで真正面から見ると、改めて思う。

 

「タイキ、すごい格好ですね」

「ホワッツ?」

 

 チューブトップ。

 ミニスカート。

 露出はかなり多い。

 若草色がとにかく元気で派手で、タイキシャトルというウマ娘にはものすごく似合っている。

 あっているのだけど。

 露出がすごい。

 いややばすぎるでしょう。

 おなかも背中も丸見えだし。

 おっぱいも北半球丸見えだし。

 脚の付け根までスカートの裾からちらちらしている。

 

「なんか」

「?」

「負けた気がします」

「まだレース始まってないデース!」

「そっちじゃないです」

 

 ボクも今回はかなり大胆な勝負服になったと思っていた。

 ウェディングドレスから空気抵抗になりそうな部分を全部削除していった結果なので、それはもう仕方がない。

 特にハイレグはブルボンさんを上回る。

 でも。

 タイキはこれである。

 

「アメリカ、強いですね」

「?」

「なんでもないです」

 

 ところがタイキも、ボクを上から下まで見た後で首を傾げた。

 

「ホワイトもスゴいカッコしてマース」

「ボクは花嫁です」

「ウェディングドレス?」

「はい」

「スカートは?」

「空気抵抗になるので取りました」

「……」

 

 タイキが珍しく黙った。

 

「ヴェールがあります」

「イエス」

「赤いリボンも」

「イエース」

「レースもあります」

「でもドレスでないデス」

「合理化の結果です」

「ホワイト、寒くない?」

「タイキに言われたくないです」

「ワタシは大丈夫デース!」

「ボクも大丈夫です」

 

 二人で顔を見合わせる。

 

「……」

「……」

 

 多分。

 どっちもどっちなのだと思う。

 

「でも、とってもカワイイですよ!」

「ありがとうございます。タイキも似合ってますよ」

「サンキュー!」

 

 タイキが笑う。

 いつもと同じ。

 明るくて。

 楽しそうで。

 そして。

 

 ものすごく強い。

 

「ホワイト」

「はい」

「今日は負けないデース」

「ボクも負けませんよ」

「Good!」

 

 その言葉だけで十分だった。

 互いに離れ、パドックを周回する。

 今日のタイキは落ち着いている。

 歩様も軽く、身体の状態もよさそうで、少なくとも見た目から拾えるような不安要素は一つもない。

 相変わらず隙がない。

 だから。

 もう探さないことにした。

 

 レース前。

 ゲートへ向かいながら、何度も考えた作戦を最後にもう一度頭の中から追い出していく。

 タイキを罠にかける方法。

 タイキの判断を狂わせる方法。

 タイキが苦しくなる展開。

 そんなものを考え続けた。

 でも結局。

 そんな方法はなかった。

 

 ならば。

 タイキが先行するなら。

 ボクも先行する。

 タイキが一番得意なところで正面から競って走る。

 理由は簡単だ。

 夏合宿で強くなった。

 デイリー杯でそれを確認した。

 ブルボンさんと何度も走って。

 いろいろな展開を試した。

 速い流れ。

 遅い流れ。

 出遅れ。

 外。

 内。

 前が塞がった時。

 早めに動かれた時。

 全部準備した。

 身体能力ならほぼ五分。

 なら。

 最後くらい。

 

 自分を信じてもいい。

 

 

 

 

 ゲートへ入る。

 いつもの大外枠。

 少し離れたところにタイキ。

 

「……」

 

 静かだ。

 観客は大勢いるはずなのに。

 今は妙に静かに感じる。

 

 ゲートが開いた。

 出る。

 悪くない。

 いや。

 非常にいい。

 最初の数歩で加速し、そのまま前へ行く。

 タイキも速い。

 当然だ。

 ボクが一歩前へ出ようとしたところで、視界の端から黄金の栃栗毛が並んでくる。

 

「っ」

 

 来た。

 ここから位置取り。

 最初からタイキと争う。

 前には二人。

 そのすぐ後ろ。

 一番走りやすい場所。

 タイキが狙っている。

 ボクも狙う。

 肩をぶつけたりはしない。

 進路を塞ぐこともしない。

 ただ。

 譲らない。

 一歩前へ。

 タイキも来る。

 なら。

 もう半歩。

 タイキが速度を少し上げる。

 ボクも上げる。

 これ以上やれば前半で脚を使いすぎる。

 分かる。

 タイキも分かっている。

 二人ともほぼ同じ瞬間に、それ以上の加速をやめた。

 

「……っ」

 

 笑いそうになった。

 何ですかこれ。

 完全に同じところ欲しがってるじゃないですか。

 結局。

 前の二人を見る形で。

 ボクとタイキがほぼ並ぶ。

 ほんの少しボクが外。

 タイキが内。

 先行集団。

 理想的な位置。

 タイキにとっても。

 ボクにとっても。

 

 速すぎない。

 遅すぎない。

 ペースはほぼ想定通り。

 前が飛ばしているわけでもない。

 後ろが詰まっているわけでもない。

 展開の助けなんてない。

 タイキを見る。

 余裕がある。

 息も乱れていない。

 こちらを見る様子もない。

 前を見て自然に走っている。

 これがマイルの天才。

 なら。

 ボクも前を見る。

 自分のフォーム。

 呼吸。

 脚。

 全部。

 何度も練習した。

 タイキみたいに天性の感覚で全部できるわけじゃない。

 だから。

 

 何度も。

 何度も。

 

 この速度。

 この距離。

 この位置。

 身体に覚えさせた。

 

 

 

 向こう正面。

 まだ動かない。

 タイキも動かない。

 三コーナー。

 前との差が少し縮まる。

 タイキの重心が。

 ほんの少し変わった。

 来る。

 分かった。

 

 でも合わせない。

 

「っ」

 

 自分で行く。

 タイキが動くのを見てからではない。

 同時。

 二人で前との差を詰める。

 先頭にいた子たちがこちらへ気づく。

 さらに速度を上げる。

 でも差は縮まる。

 

 四コーナー。

 内にタイキ。

 外にボク。

 ほぼ並んだまま。

 前の二人を抜く。

 

 直線。

 

「タイキ!」

「ホワイト!」

 

 叫んだのがどちらが先だったか分からない。

 加速する。

 速い。

 

 タイキがやっぱり速い。

 並んでいたはずなのに。

 一瞬だけ。

 向こうの身体が前へ出る。

 半歩。

 それだけ。

 でも。

 分かる。

 これが。

 センスの差だ。

 内側と外側の差だ。

 

 同じところから同じように仕掛けたのに。

 最初の一歩の位置がタイキの方がよかった。

 

「っ……!」

 

 でも。

 離れない。

 

 脚を回す。

 腕を振る。

 呼吸。

 フォーム。

 全部。

 崩さない。

 

 残り二百。

 タイキが半歩前。

 心臓破りの坂。

 追う。

 並ぶ。

 またタイキが出る。

 追う。

 残り百。

 五分五分。

 いや少しだけ不利か。

 でもここまで来たら戦略なんてない。

 マークもない。

 ペース計算も。

 位置取りも。

 全部終わった。

 あとは。

 

「負けるもんですか……!」

 

 走るだけだ。

 タイキも何か叫んでいる。

 聞こえない。

 観客の声も聞こえない。

 隣にいる。

 タイキだけ感じる。

 速い。

 本当に速い。

 でも。

 ボクだって。

 ここまでずっと走ってきた。

 ブルボンさんのメニューで何度も動けなくなった。

 食べた。

 寝た。

 また走った。

 無人島まで行った。

 家も建てた。

 野菜も育てた。

 ダチョウにも追われた。

 海賊とも競走した。

 何のためにそこまでやったか。

 決まっている。

 強くなるため。

 勝つため。

 

「まだ……!」

 

 もう一歩。

 タイキも。

 もう一歩。

 並ぶ。

 残り五十。

 苦しい。

 脚が重い。

 肺も痛い。

 

 でも。

 タイキも苦しそうだ。

 初めて。

 今日。

 初めて。

 タイキの顔から。

 余裕が消えている。

 

「っ……!」

 

 それを見たら。

 なぜか力が出た。

 理屈じゃない。

 フォームが突然良くなったわけでもない。

 速度が急に上がったわけでもない。

 ただ負けたくない。

 それだけ。

 今日。

 ここで。

 この子に。

 絶対に。

 負けたくない。

 

 タイキも同じ顔をしている。

 だから。

 最後まで。

 どっちも引かない。

 ゴール板が近い。

 並んでいる。

 分からない。

 タイキ。

 ボク。

 タイキ。

 ボク。

 

「――っ!」

 

 ゴールを通り過ぎる。

 分からなかった。

 速度を落とす。

 

 息が。

 

 苦しい。

 

「はっ……はぁ……っ」

 

 横を見る。

 タイキもいる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 二人で。

 顔を見る。

 

「……」

「……」

「どっち?」

「ワカリマセン……」

「ボクもです」

 

 写真判定。

 それくらい僅かだった。

 観客席がざわついている。

 電光掲示板にも、まだ結果が出ていない。

 

「ホワイト」

「はい」

「スゴかったデース」

「タイキも」

「楽しかった?」

「ものすごく」

「ワタシも!」

 

 タイキが息を切らしながら笑った。

 ボクも笑う。

 負けたかもしれない。

 勝ったかもしれない。

 

 今はまだ分からない。

 でもちゃんと全部出した。

 作戦で逃げなかった。

 相手の失敗を待たなかった。

 

 タイキが一番得意なマイルで。

 同じ先行。

 同じ位置。

 真正面。

 最後まで走った。

 

「……」

 

 掲示板を見る。

 少し長い。

 

 心臓がレース中よりうるさい。

 

「写真判定って嫌ですね」

「Very nervousデース」

「走ってる方が楽でした」

「ワタシも!」

 

 そして。

 表示が変わった。

 一着。

 18番。

 

「……」

 

 一瞬。

 意味が分からなかった。

 

「……ボク?」

「ホワイト!」

「ボクですね」

「ホワイトのWinデス!」

「……勝った」

 

 改めて。

 見る。

 確かに。

 一着。

 18番

 つまりボクだ。

 二着。

 6番

 タイキ。

 

 着差わずか。

 本当にほんのわずか。

 

「勝った……」

 

 何で?

 と思った。

 身体能力はほぼ五分。

 マイルのセンスはタイキが上。

 実際直線へ入った瞬間は。

 タイキの方が少し上手かった。

 なのに。

 最後だけ。

 ボクが。

 ほんの少し。

 前にいた。

 

「……なんででしょう」

「?」

 

 タイキを見る。

 

「最後」

「イエス?」

「ボク、なんで前に出たんですかね」

 

 タイキが少し考える。

 そして。

 

「ホワイトが、もっとWinしたかったから?」

「……」

「Maybe!」

 

 ブルボンさんが聞いたら測定不能ですとか言いそうな答え。

 

「……そうかもしれませんね」

 

 でも今日は。

 それでいい気がした。

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