存在しないはずのライスシャワーの娘に転生しました   作:雅媛

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13 弥生賞

 年度代表の表彰も終わり、いよいよボクのクラシック級が本格的に始まった。

 新聞が勝手に発覚させたドーベルとの熱愛は放置する。

 ドーベル本人はなぜか「責任を取れ」と言い始めた。

 その責任の内容を尋ねても答えてくれなかった。

 何をどう責任取ったことになるのかは分からないけれどどうにかなるだろう。

 それより今はクラシック三冠である。

 

「皐月賞の前に一戦」

「はい」

 

 ブルボンさんと今後の予定を確認する。

 目標は皐月賞、日本ダービー、菊花賞。

 当然、三つとも勝つ。

 ただし皐月賞へいきなり向かうつもりはない。

 その前に一度、中距離で実戦を経験しておくのは大事だ。

 

「候補は三競走です」

 

 ブルボンさんが端末に表示する。

 弥生賞。

 スプリングステークス。

 若葉ステークス。

 

「クラシックらしくなってきましたね」

「三競走はいずれも皐月賞へ向けた主要な前哨戦です」

「どれでもいいんです?」

「出走条件上は問題ありません」

 

 なら、誰がどこへ行くのかも考えたい。

 

「ブライトは?」

「スプリングステークスへの出走を予定しています」

「やっぱり」

 

 ホープフルステークスを勝ったブライトは当然クラシック三冠路線へ進む。

 皐月賞では最大級の相手になるのは明らかだ。

 だが、その前から無理にぶつかる必要もない。

 

「じゃあスプリングステークスは外します」

「理由を」

「ブライトとは皐月賞でやればいいです」

「了解しました」

「若葉は?」

「ステイゴールドさんが出走予定です」

「……ステゴ?」

 

 ちょっと待ってほしい。

 

「勝ってるんです?」

「はい」

「何勝?」

 

 ブルボンさんが成績を表示する。

 見る。

 

「……普通に勝ってますね」

「はい」

「普通にクラシック候補ですね」

「はい」

「おかしい」

「何がですか」

「なんでもありません」

 

 

 

 

 ということで、その日の授業後。

 

「ステゴ」

「ん?」

 

 見つけた。

 

「最近、調子いいらしいですね」

「まあね」

「若葉ステークス?」

「その予定だよ」

「順調ですねぇ」

「何、その言い方」

「いやあ」

 

 見る。

 小柄。

 細い。

 相変わらず飄々としている。

 

「こんなに順調なステゴ、初めて見たなと思って」

「……」

 

 ステゴの目が少し細くなった。

 

「それ、どっちの意味?」

「もちろん前世」

「ああ」

 

 ここから先は多分ボクとステゴにしか通じない。

 

「阿寒湖まで、全然勝ててなかったでしょう」

「そうだったらしいね」

「クラシックどころか、いつ勝ったっけってレベルだったような」

「ひどい言われようだ」

「事実じゃないです?」

「君に言われたくないな」

「何で?」

「そもそも君、影も形もなかったじゃないか」

「……」

 

 それはそうだ。

 

「存在自体してませんでしたね、ボク」

「そうだろう?」

「ずるくないです?」

「何が?」

「ボクは比較対象がないから史実より強いか弱いか分からない」

「便利だね」

「ステゴは分かりやすいですよ。史実よりめちゃくちゃ順調」

「君が存在してる時点で史実も何もないと思うけど」

「それはそう」

 

 二人で少し笑う。

 前世で知っている歴史なら、今のステイゴールドはこんなに順調に勝ち上がっていない。

 でもこの世界のステゴは、もう若葉ステークスへ出て皐月賞を狙えるところまで来ている。

 

「何か変わったんです?」

「さあ」

「自分のことなのに」

「走ったら勝った」

「参考にならない」

「君も似たようなところあるだろう」

「ボクはちゃんと頑張ってます」

「私も頑張ってるよ」

「……それはそうですね」

 

 そこは否定しない。

 ステゴも、何もせず勝っているわけではないのだ。

 

「じゃあ若葉勝ってきてください」

「君は?」

「弥生賞にしようかなと思ってます」

「へえ」

「皐月賞と同じ中山二千ですし」

「堅実だ」

「ボクは堅実なウマ娘なので」

「……」

「何です?」

「いや、無人島の話を思い出して」

「忘れてください」

「海賊も?」

「そこも」

「ダチョウは?」

「今もいます」

「堅実とは」

「そこは置いておいて」

 

 結局、前哨戦は弥生賞に決めた。

 理由は単純で、皐月賞と同じ中山芝二千メートルを一度経験できるからだ。

 コース形態も坂も、本番前に実戦で確認しておいて損はない。

 そして出走予定者を確認した時。

 

「……あ」

「どうしましたか」

「スズカがいます」

「はい。サイレンススズカさんも弥生賞への出走を予定しています」

 

 サイレンススズカ。

 ジュニア級の頃から速い子ではあったけれど、最初は走り方が妙に窮屈だった。

 前へ行きたいのに抑えているような。

 自分が本当に走りたいところを探しているような。

 夏に一緒に走った時、好きに前へ行けばいいと言った。

 その頃から少しずつ変わった。

 

「……弥生賞か」

「何かありますか」

「ちょっと前世の記憶が」

 

 史実のサイレンススズカ。

 弥生賞を思い出す。あまりに有名すぎた。

 

「ゲート、大丈夫かな」

「サイレンススズカさんにゲート難の報告はありません」

「ですよね」

 

 この世界のスズカなら多分。

 ゲートを潜らないだろう。

 いやもぐられても困るけど。

 いうこと聞かない気性難なのはウマ娘のスズカにも言えるから心配である。

 

 

 

 

 弥生賞当日。

 中山競バ場。

 芝二千メートル。

 パドックで見たスズカは、以前より明らかに雰囲気が変わっていた。

 

「スズカ」

「ホワイト」

「調子よさそうですね」

「はい」

「今日はどう走ります?」

「前へ」

 

 即答。

 

「迷わなくなりましたね」

「前が気持ちいいので」

「いいですね」

 

 少し嬉しい。

 以前なら、どう走ればいいのか自分でも分からないような顔をしていた。

 今は違う。

 

「でも勝つのはボクですよ」

「私も勝ちたいです」

「それでこそ」

 

 互いに離れる。

 パドックを周回しながら、改めて今日のコースを考える。

 中山二千。

 コーナーが多く、直線も短い。

 前へ行く子にとっては悪くない舞台だ。

 つまりスズカにはかなり向いている。

 もっとも今のスズカが最後まで完璧に逃げ切れるかは別の話。

 

 ゲート前。

 

「……」

 

 少しだけ気になる。

 スズカを見る。

 入る普通に何もせずすんなり。

 

「……入った」

「何か?」

 

 近くの子がこちらを見る。

 

「なんでもないです」

 

 よかった。

 何がよかったのか説明しろと言われると困るけれど、とりあえずよかった。

 全員が収まる。

 静かになる。

 スタート。

 スズカが出た。

 

「速い」

 

 すぐに分かる。

 迷わない。

 周囲との位置取りを争うというより、最初から自分の場所が先頭だと決めているみたいに、するすると前へ出ていく。

 気づけば一人前。

 

「綺麗ですね」

 

 思わずそう呟いた。

 以前は違った。

 前へ行く時にも、どこか無理があった。

 今は自然。

 走りたいように走っている。

 ただし。

 

「ちょっと速い」

 

 時計を見ることはできない。

 でも感覚で分かる。

 序盤から少し出しすぎに思える。

 スズカ本人が気持ちいい速度を優先している。

 それは今のところ。

 二千メートルを最後まで逃げ切るための速度とは少し違う。

 

 ボクは先行。

 前に二人。

 その先にスズカ。

 追わない。

 まだ待つ。

 このコース。

 前は有利。

 だからといって前が絶対に止まらないわけじゃない。

 逃げるなら最後まで持たせないと意味がない。

 

「……でも」

 

 強い。

 差は思っていたより縮まらない。

 向こう正面。

 スズカは先頭。

 気持ちよさそうに髪を流して走る。

 後ろを気にする様子もない。

 誰かと戦っているというより。

 コースと

 自分自身と

 走っている。

 

「いいなあ」

 

 ああいう走り方はボクにはできない。

 ボクは周りを見る。

 位置を考える。

 前を見る。

 後ろを見る。

 誰がどこにいるか。

 どう走れば勝てるか。

 どうしても考える。

 スズカは違う。

 ただ。

 

 前

 

 それだけ。

 

 三コーナー。

 周囲が動く。

 ボクも少し上げる。

 前にいた一人を抜く。

 もう一人へ近づく。

 スズカとの差。

 まだある。

 

「思ったより」

 

 粘る。

 四コーナー。

 スズカ先頭。

 直線へ。

 中山の直線短い。

 前へいるスズカには十分な差がある。

 観客の声が大きくなる。

 逃げ切る。

 そう思う人も多分多い。

 でも。

 

「そろそろ」

 

 来る。

 スズカの脚が少し鈍る。

 ほんの少しフォームが乱れる。

 今までと同じ速度が出ていない。

 

「やっぱり」

 

 前半使いすぎだ。

 

 身体を前へ。

 脚に力を入れる。

 一気に加速。

 前の子を抜く。

 

 残り三百。

 スズカがまだ前。

 

 残り二百。

 差が縮む。

 スズカも粘る。

 

 でもさっきまでみたいに伸びない。

 

「スズカ!」

「……ホワイト」

 

 横へ並ぶ。

 少し苦しそう。

 でもその顔。

 笑っている。

 

「楽しいです」

「この状況で言います?」

「はい」

「……」

 

 本当にこの子は。

 

「じゃあ」

 

 もう一段。

 

「ボクはもっと楽しみます」

 

 前へ出る。

 スズカが追う。

 でも差は。

 少しずつ広がる。

 

 残り百。

 ここからはボクの独壇場。

 

 そのままゴール。

 

 一着。

 

 スズカは

 二着。

 

 最後はきちんと差をつけた。

 

「ふぅ……」

 

 息を整える。

 勝った予定通り。

 でも

 

「スズカ」

「はい」

 

 少し遅れてスズカが来る。

 

「惜しかったですね」

「負けました」

「前半、ちょっと速すぎました」

「はい」

「分かってました?」

「途中から」

「遅いです」

「でも」

「?」

「気持ちよかったので」

「……」

 

 なるほど。

 

「それなら仕方ないですね」

「はい」

 

 スズカが少し笑う。

 

「次は、もっと上手く逃げます」

「……」

 

 次。

 多分皐月賞。

 同じ中山二千。

 今日と同じ舞台。

 そこで今日より上手く逃げる。

 

「いいですね」

「ホワイトも?」

「もちろん。ボクも今日より強くなります」

「楽しみです」

「ボクもです」

 

 数字だけ見れば

 一着 ピュアホワイト。

 二着 サイレンススズカ。

 それだけ。

 でも前世の歴史を知っているボクには少し違って見える。

 

 史実のこの時期スズカはこんな風に綺麗に逃げていなかった。

 そもそも今日はゲートを普通に出た時点でかなり違う。

 

 そして走りまで変わっている。

 

「……」

 

 多分

 ボクが少し影響している。

 夏に

 好きに走ればいい

 そう言った。

 

 それだけ。

 

 でもそれが少しだけ歴史を早めた。

 

「ピュアホワイトさん」

「はい」

「レース内容を確認します。前半の位置取り、仕掛けのタイミングともに――」

「ブルボンさん」

「はい」

「スズカ、強くなりましたね」

「はい。過去走との比較でも成長を確認しています」

「まだ完成してない」

「はい」

「なのに二着」

「はい」

「……」

 

 いい。

 ものすごく。

 

「楽しみですね」

「皐月賞がですか」

「全部です」

 

 ブライトはスプリングステークス。

 ステゴは若葉ステークス。

 そして。

 スズカは今日 二着。

 ボクは 一着。

 

 史実通りなんてもう期待していない。

 むしろその方がいい。

 

「次は皐月賞です」

「はい」

「勝ちます」

「目標として確認しています」

「三冠の一つ目」

「はい」

 

 今日よりもっと強いスズカ。

 ホープフルを勝ったブライト。

 若葉から来るステゴ。

 他にもまだいる。

 

「……いいですね」

 

 クラシックが

 始まった気がした。

 

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