存在しないはずのライスシャワーの娘に転生しました   作:雅媛

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14 皐月賞

 弥生賞を勝ってから皐月賞までの間、ボクはいつも通りブルボンさんのトレーニングを続けながら、各前哨戦の結果も確認していた。

 スプリングステークスはメジロブライト。

 若葉ステークスはステイゴールド。

 どちらも勝った。

 

「……ステゴ、普通に勝ちましたね」

「普通にって何さ」

「いや、だって」

 

 放課後、本人を捕まえて結果を見せる。

 

「前世の競走馬ステイゴールド、この辺りってまだこんなところにいなかったでしょう」

「そうだったっけね」

「初めてG1に出るの、菊花賞だったと思うんですけど」

「そうだったかもね」

「皐月賞どころかダービーにもいない」

「でも今の私はいる」

「いますねぇ」

 

 若葉ステークスを勝って堂々とクラシック一冠目へ来る。

 

「歴史改変が激しい」

「君が言う?」

「ボクは元になる歴史がないので無罪です」

「存在そのものが最大の改変じゃないか」

「その攻撃強すぎません?」

 

 ステゴが笑う。

 

「それに、君が知ってる競走馬としてのステイゴールドと、私の記憶にあるステイゴールドと、今の私は全部別だからね」

「そうですよね」

 

 だからすこし気になっていたことも聞いてみた。

 

「サニーブライアンって知ってます?」

「誰?」

「ですよね」

 

 即答だった。

 

「競走馬?」

「はい。この年の皐月賞と日本ダービーを勝った二冠馬です」

「へえ」

「ステゴと同世代なんですけど」

「多分前世の私がその子と一緒に走った経験はないね」

「そもそも競走馬ステイゴールドが最初にG1走るの菊花賞ですもんね」

「それ以前の相手なんて知るはずがないよ」

「ですよね」

 

 ボクも調べた。

 サニーブライアン。

 その名前のウマ娘がいないか。

 トレセン学園にもいない。

 これまでのレース記録にもいない。

 競走ウマ娘の資料を探しても出てこない。

 いない。

 それだけだった。

 

「まあ、いないなら仕方ないですね」

「随分あっさりしてるね」

「ボクがいる世界ですよ?」

「ああ」

「今さら一人いないくらいで驚きません」

「なるほど」

 

 前世の歴史ではサニーブライアンが勝った。

 でも今年の皐月賞にはいない。

 

 代わりに。

 史実ならまだクラシックG1なんて走っていないステイゴールドがいる。

 

「ちなみにステゴ」

「何?」

「シルバーコレクターって呼ばれるくらい二着多かったんですから、皐月賞も二着で勘弁してもらえません?」

「嫌だね」

「そこを何とか」

「このまま勝って、その称号は返上する予定だから」

 

 歴史が役に立たない。

 本当に困った同期である。

 お前が言うなと言われそうだけど。

 

 そして皐月賞当日。

 中山レース場。

 芝二千メートル。

 クラシック三冠、その一つ目。

 

『二番人気、ピュアホワイト! 昨年のジュニア年度代表! 朝日杯フューチュリティステークス、そして前走弥生賞を制し、無敗でクラシックへ挑みます!』

 

「ふふん」

 

 大歓声。

 悪くない。

 真っ白な勝負服。

 たなびくヴェール。

 長い白手袋。

 赤いリボン。

 ボクの勝負服である。

 

 とてもかわいい。

 

 名前を呼ばれれば観客席へ手を振る。

 さらに歓声。

 今度は少し身体を横に向ける。

 ヴェールが揺れる。

 

「完璧ですね」

「随分ご機嫌だね」

「ステゴ」

 

 隣へ並んだのは、今日初めてレース場で勝負服を見るステイゴールドだった。

 

「おお」

「何?」

「ちゃんと勝負服ですね」

「そりゃ勝負服だからね」

「普段のステゴから想像してたより格好いいです」

「褒めてる?」

「かなり」

「なら受け取っておくよ」

 

 こうして見ると小柄な身体にもよく合っている。

 ボク自身がかなり小さいので人のことは言えないけれど。

 

「で」

「はい?」

「二番人気」

「そうみたいですね」

「年度代表なのに」

「ですね」

「悔しくない?」

「別に」

 

 観客席を見る。

 大きな歓声。

 悪くない。

 

「ボクが欲しいの、一番人気じゃなくて一着なので」

「……」

 

 ステゴがこちらを見る。

 

「誰の言葉?」

「サニーブライアンの上の人のセリフをパクりました」

「この前いないって話してた子じゃないか」

「本人はいなくても名言は使えます」

「節操ないね」

「いい言葉でしょう?」

「まあね」

 

 一番人気。

 それは

 

『一番人気、メジロブライト! ホープフルステークス、スプリングステークスを連勝! 長く伸び続ける末脚を武器に、クラシック最初の一冠へ!』

 

「ブライト」

 

 向こうから。

 ふわふわ歩いてくる。

 

「ホワイトさん~」

「今日の勝負服も似合ってますね」

「ありがとうございます~」

 

 ブライトの勝負服も初めてレース場でじっくり見る。

 やっぱりよく似合う。

 本人の柔らかな雰囲気をそのまま形にしたような衣装。

 華やかだけれど押しつけがましくない。

 

「ブライトのために作ったみたいですね」

「私の勝負服ですから~」

「前にも同じこと言われた気がします」

「ふふ~」

 

 そのままブライトが隣へ。

 

「ホワイトさんは二番人気ですのね~」

「そうですね」

「年度代表ですのに~」

「さっきステゴにも言われました」

「悔しくありませんの~?」

「ボクが欲しいのは一番人気じゃなくて一着なので」

「まあ~」

 

 にこにこ。

 

「格好いいですわね~」

「借り物ですけど」

「どなたの言葉ですの?」

「サニーブライアンの上の人」

「サニーブライアンさん?」

「気にしないでください」

 

 この世界にはいない人の話をしても仕方ない。

 

「では~」

「はい?」

「その一着も、私がいただきましたらどうされます~?」

「……」

 

 ふわふわした声。

 にこにこした顔。

 でも内容は

 完全に喧嘩を売っている。

 

「ブライト」

「はい~?」

「今日もいい性格してますね」

「褒めてくださってありがとうございます~」

「褒めてません」

「まあ~」

 

 一番人気。

 ホープフルステークス。

 スプリングステークス。

 距離が伸びれば伸びるほど怖い。

 

「でも」

「はい~?」

「一着は渡しませんよ」

「私も、そのつもりです~」

 

 笑う。

 この人やっぱり。

 今日一番危険。

 

「ホワイト」

「スズカ」

 

 さらにサイレンススズカ。

 こちらも勝負服。

 

「スズカも初めてちゃんと見ましたけど、似合いますね」

「ありがとう」

「軽そう」

「走りやすいです」

「やっぱりそこ重視なんですね」

「はい」

 

 スズカらしい。

 

「今日も前?」

「前」

「早い」

「弥生賞より上手く走ります」

「それも早い」

「練習しました」

「知ってます」

 

 弥生賞で前半を少し使いすぎた。

 そのせいで最後ボクに抜かれた。

 本人も当然分かっている。

 

「今日は最後まで逃げます」

「じゃあボクは今日も捕まえます」

「楽しみです」

「はい」

 

 ブライト。

 スズカ。

 ステゴ。

 ボク。

 

 前世で知っていた皐月賞とは

 もう全然違う。

 

「豪華ですね」

「自分も入れて?」

 

 ステゴ。

 

「当然」

「知ってた」

 

 パドックをもう一周。

 もう一度観客へ手を振る。

 

『ピュアホワイトー!』

『一番人気取れー!』

「そこじゃないんですよねぇ」

 

 人気は結果じゃない。

 欲しいのは一着。

 

 それだけ。

 

 

 

 ゲートへ。

 中山芝二千メートル。

 弥生賞と同じ舞台。

 だから分かっている。

 コーナーが多い。

 直線は短い。

 三百メートル少々。

 

 前で運べる方が有利。

 そして最後。

 

 二百メートルを切る辺り。

 心臓破りの急坂。

 最後の最後で脚を奪う。

 そこまで含めて中山。

 

「ピュアホワイトさん」

 

 ゲートへ向かう途中の地下道でブルボンさん。

 

「はい」

「サイレンススズカさんを追走しすぎないでください」

「はい」

「前方有利なコースですが、オーバーペースへの同調は不要です」

「了解です」

「メジロブライトさんとステイゴールドさんは後方から進出すると予測します」

「でしょうね」

「直線へ入る前に、可能な限り前方へ」

「はい」

「坂での出力低下を想定してください」

「そこは」

 

 笑う。

 

「パワーで押します」

「合理性のある回答です」

「でしょう?」

 

 ゲートへ。

 全員入る。

 静か。

 

 

 そして

 

 

 スタート。

 

 

 

「っ!」

 

 出る。

 悪くない。

 すぐに前。

 先行位置。

 そしてもっと前。

 

「やっぱり」

 

 栗色のスズカ。

 

『サイレンススズカが行った! 今日も迷いなく先頭へ!』

 

 速い。

 でも弥生賞とは違う。

 

「抑えてる」

 

 遅いわけじゃない。

 ほとんど速度は変わっていない。

 

 でも、気持ちいいから全部出すではなく

 最後まで持たせる。

 

 そのための逃げ。

 

「上手くなりましたね」

 

 ボクが言ったからかもしれない。

 本人が見つけたからかもしれない。

 

 どちらでもいい。

 強い。

 だから面白い。

 

 第一コーナー。

 ボクは先行集団。

 無理にスズカへ近づかない。

 前には数人。

 さらに先にスズカ。

 このままなら悪くない。

 後ろ。

 ブライト。

 ステゴ。

 いる。

 でもまだ気にしない。

 こちらからあの二人の得意な展開へ近づく必要はない。

 

 中山の直線は短い。

 ならこちらはその短い直線へ

 先に入ればいい。

 

 向こう正面。

 スズカ先頭。

 差は数バ身。

 弥生賞より

 ずっとのびのびとしている。

 

「……」

 

 このまま行かせすぎるのも危ない。

 三コーナー直前。

 ボクは少しずつ上げる。

 一人を内から抜く。

 前へ。

 さらにもう一人。

 

『ピュアホワイトが動いた! 二番人気ピュアホワイト、前との差を詰めていく!』

 

 まだ全開じゃない。

 でもここから止まらない。

 中山の短い直線まで待ってそこから後ろと一緒に勝負する必要はない。

 

 周りのスピードも上がる。

 バ群がばらける。

 

 先に行く。

 四コーナーを回りながら

 

 視界が

 

 開く

 

 

「来ましたね」

「来ました」

 

 スズカが聞こえる。

 スズカももう一段上げる。

 

「っ」

 

 速い。

 弥生賞より全然。

 全く違う。

 あの時ならここから苦しくなっていた。

 今日はまだ逃げる。

 

『サイレンススズカ先頭! ピュアホワイトが追う! 二人が四コーナーを抜ける!』

 

 直線。

 短い。

 残り三百少々。

 

「ここ!」

 

 踏む。

 加速。

 スズカが前。

 でも

 差が縮む。

 

 一バ身。

 半バ身。

 

「ホワイト」

「はい!」

 

 並ぶ。

 

「今日は」

「はい」

「まだ走れます」

「分かってます!」

 

 分かる。

 だからこちらも全部出す。

 

「でも!」

 

 前へ。

 

「ボクも前より強いです!」

 

 スズカを抜く。

 

『ピュアホワイト先頭! サイレンススズカをかわした!』

 

 残り二百。

 

「っ……!」

 

 ここから坂を登る。

 急に身体が重くなる。

 

「来た……!」

 

 中山。

 最後の坂。

 平坦のまま勢いで走らせてはくれない。

 

 脚が苦しい。

 心臓が速い。

 呼吸が熱い。

 

 でもここが正念場。

 

 後ろから迫る轟音。

 

『外からメジロブライト! メジロブライトが伸びる! ステイゴールドも来た!』

「やっぱり!」

 

 来る。

 ブライト。

 ステゴ。

 

 直線へ入って一気に差を縮めてくる。

 

 特にブライト。

 一歩ごとに伸びる。

 まだ伸びる。

 

 でも直線は短い。

 しかも坂。

 

 ブライトの速度が

 上がる。

 上がる。

 上がる。

 

 けれど

 それまでみたいに

 際限なくではない。

 

 ……鈍った

 

 坂。

 脚が削られる。

 ステゴも来る。

 でも同じように

 一瞬勢いが緩む。

 

 ボクは踏む。

 力こそパワー。

 身体ごと坂へぶつける。

 

 速さだけじゃない。

 ここまでどれだけ鍛えたと思っている。

 

「っ……あああっ!」

 

 坂を跳ねる。

 前へ

 一歩。

 もう一歩。

 

 ブライトは近い。

 ステゴも外にいる。

 

 でも追いつかせない。

 

『ピュアホワイト粘る! メジロブライト迫る! ステイゴールドも追う!』

 

 残り百。

 坂を越える。

 

「はぁっ……!」

 

 苦しい。

 脚が重い。

 

 でも後ろも同じ。

 むしろあの二人は後ろから

 一気に速度を上げてここまで来た。

 その勢いを坂が削った。

 こちらは先に前へ出ていた。

 

 あとは押すだけ

 押す。

 押す。

 

「ボクが!」

 

 ゴール板を抜ける。

 

「一着です!」

『ピュアホワイト! ピュアホワイト先頭!』

 

 ゴール。

 

「っ……!」

 

 駆け抜ける。

 そのまま減速。

 

「はぁ……っ、はぁ……」

 

 振り返る。

 近い。

 ブライト。

 ステゴ。

 スズカ。

 

 でも

 

『一着――ピュアホワイト!』

「……よし!」

 

 拳を握る。

 

『ジュニア年度代表ピュアホワイト! 無敗のまま皐月賞制覇! クラシック一冠目を手にしました!』

 

 一着。

 欲しかったもの。

 

『二着メジロブライト! 三着ステイゴールド! 四着サイレンススズカ!』

「……ステゴ」

「何?」

 

 少しして息を整えたステゴが来る。

 

「二着で勘弁してって言ったじゃないですか」

「三着だけど」

「ブライト邪魔ですね」

「私に言われても」

「でもシルバーコレクターにはなれませんでしたね」

「さっきも言ったろ」

 

 ステゴが笑う。

 

「その称号は返上だな」

「まだ分かりませんよ」

「君、私に何を期待してるの?」

「伝説」

「嫌な伝説だね」

 

 その隣。

 

「ホワイトさん~」

「ブライト」

「おめでとうございます~」

「ありがとうございます」

 

 一番怖かった。

 本当に。

 

「もう少しでしたのに~」

「もう少しで十分です」

「次はもっと頑張りますね~」

「勘弁してください」

 

 ブライトが笑う。

 

「でもホワイトさん」

「はい?」

「先ほど仰ってましたものね~」

「何を?」

「欲しいのは一番人気ではなく、一着だと~」

「はい」

「ちゃんと一着でしたね~」

「でしょう?」

「でしたら今日は、ホワイトさんの勝ちです~」

「今日は?」

「はい~」

 

 嫌な言い方。

 

「次はダービーですから~」

「……」

「東京は、直線が長いですわね~」

「……知ってますよ」

「今日より、たくさん走れそうです~」

「……」

 

 それをブライトが言うと本当に怖い。

 今日の中山三百メートル少々の直線。

 

 こちらは先に前へ出て

 坂をパワーで押し切った。

 

 でも日本ダービーは東京二千四百。

 

 直線は倍近く長い。

 後ろから来るブライトには今日よりずっと時間がある。

 

「……ブライト」

「はい~?」

「わざと言ってますよね」

「何がでしょう~?」

「それ」

「ふふ~」

 

 やっぱりこの人怖い。

 

「ホワイト」

「スズカ」

「また負けました」

「はい」

「でも、今日は最後まで前を走れました」

「かなり良かったですよ」

「次はもっと」

「まだ言います?」

「はい」

「……」

 

 スズカも強くなる。

 ステゴも史実なんてもう関係なく走っている。

 ブライトは距離が伸びる次こそさらに怖い。

 

「……」

 

 一着ピュアホワイト。

 

「一冠」

 

 まず一つ。

 でも次はどうなるかわからない。

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