存在しないはずのライスシャワーの娘に転生しました   作:みやび(雅媛)

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3 友情トレーニング

 トレセン学園に入学して数日。

 ボクは重要なことに気づいた。

 

「タイキ、もう一回お願いします」

「Of course! 何回でもWelcomeデース!」

 

 タイキシャトルが楽しそうにスタート地点へ戻っていく。

 場所はトレセン学園のトレーニングコース。

 距離は短い。

 スタートからおよそ400メートル。

 

 純粋な加速と速度を比べるため、余計な駆け引きは一切なし。

 ただ並んで走るだけのトレーニングである。

 

「Ready……Go!」

 

 タイキの声と同時に地面を蹴る。

 

 身体を前へ。

 脚を回す。

 身体が軽い。

 悪くないスタートだ。

 

 だが。

 

「っ!」

 

 スタートのタイミングでは若干ボクの方がよかったはずなのに、タイキが一歩前へ出る。

 

 速い。

 

 二歩。

 三歩。

 

 こちらだって遅くはない。

 むしろ相当に速い自信がある。

 それでも僅かずつ差が開いた。

 最高速度に入る。

 ここからなら。

 そう思ったところで、タイキもさらに伸びた。

 

「Come on! ピュアー!」

「言われなくても!」

 

 追う。

 だが縮まらない。

 そのまま先にタイキがゴール地点を駆け抜けた。

 

「Yes! Winデース!」

「……むう」

 

 減速しながら隣へ並ぶ。

 

 これで三回目。

 三回やって三回負けた。

 しかも偶然ではない。

 

「ピュアもVery Fastデス! Again?」

「いえ、もう十分です」

「Oh……」

 

 露骨に残念そうな顔をされた。

 

「別にもう走らないとは言ってませんよ」

「Really!?」

「今やっても結果は変わらなそうなので」

「?」

 

 タイキが首を傾げる。

 ボクは先ほどの走りを思い返した。

 スタート直後の加速で負けている。

 最高速度でも、おそらくタイキの方が上だ。

 何度やっても同じようなところで差をつけられる。

 

 つまり。

 

「短い距離で単純に速度勝負をしたら、今のボクではタイキに勝てないですね」

「Yes! でもピュアもFastデース!」

「ありがとうございます」

 

 素直に受け取っておく。

 負けたことは悔しい。

 でも、不思議と嫌な気分ではなかった。

 

 むしろ。

 

「ふふ」

 

 笑ってしまう。

 さすがタイキシャトル。

 前世で好きだった馬の一頭。

 日本競馬史に残る最強のマイラーと名高い歴史的名馬。

 そのタイキシャトルと実際に走って。

 

 負けた。

 当たり前と言えば当たり前である。

 相手はあのタイキシャトルなのだから。

 

 驚いたところは負けたところではない。

 その歴史的名馬を相手に、ボクは思ったより普通に競走になっている。

 それだけでも十分すぎるのだ。

 

「何笑ってマス?」

「いえ。ボク、結構強いなと思いまして」

「Yes! ピュアVery Strongデース!」

「でしょう?」

 

 タイキと笑い合う。

 実に気分がいい。

 どうやらボクは、自分で思っていた以上に恵まれた身体をもらったらしい。

 

 さて。

 タイキとの勝負で得られたものは大きかった。

 なら、もっと知りたい。

 自分がどれくらい走れるのか。

 自分に何ができて。

 何ができないのか。

 

 幸いここはトレセン学園。

 比較対象には困らない。

 

「何で私まで付き合うことになってるのよ」

「いいじゃないですか。ちょっとだけですよ」

「ちょっとって……」

 

 ドーベルが少し面倒そうな顔をする。

 その隣ではブライトがいつものようににこにこしていた。

 

「楽しそうですねぇ~」

「ブライトまで……」

「せっかくですし~」

 

 数日過ごして分かったことだが、ドーベルは見た目ほど付き合いが悪くない。

 むしろ押せば割と付き合ってくれる。

 ブライトの方が一見何でも聞いてくれそうなのに、嫌なことはいつの間にかするりと避けている。

 大変興味深い。

 でも興味深いのはそれだけではない。

 

「短く競うだけですから」

「それはいいけど……何で?」

「興味です」

「興味?」

「はい」

 

 そう説明すると、ドーベルは呆れたような顔をしながらも了承してくれた。

 

 

 まずはドーベル。

 メジロドーベルといえば、あの前世でも有名なメジロで代表的な名馬である。

 特にその速度に関しては世代トップクラスといわれていた。

 

「行くわよ」

「どうぞ」

 

 スタートからおよそ400メートル。

 タイキシャトルと同じ条件の駆け引きなしの競争だ。

 

「っ!」

 

 ドーベルの身体が前へ出た。

 速い。

 いや。

 タイキとは違う。

 

 最高速度に入ってからなら、タイキほど差があるわけではない。

 だが最初の一瞬。

 

 速度を切り替える瞬間が鋭い。

 並んでいたはずなのに、一気に半身前へ。

 こちらが同じ速度まで加速するまでの間に、その差ができる。

 

 そのままゴール。

 

「どう?」

「なるほど」

「何が?」

「ドーベルさんの方が切れますね」

「……え?」

「ボクよりずっと一瞬の加速が鋭いです」

 

 ドーベルが目を瞬く。

 

「何よ、急に」

「事実を言っただけですが」

「いや……そういう意味じゃなくて」

 

 なぜか少し顔を逸らされた。

 褒められ慣れていないのだろうか。

 かわいい。

 

「かわいい」

「なによもう」

 

 思わず口に出したら余計照れてしまった。かわいい。

 まあからかうのは少しだけにしておこう。

 

「もう一回いいですか?」

「別にいいけど」

 

 二回目。

 同じ。

 

 三回目。

 むしろ切れが増している。

 

 偶然ではない。

 加速を始めた瞬間の切れ味ならドーベルが上。

 

 ボクも十分速いとは思うが、あちらの方が明確に鋭い。

 

「ありがとうございました」

「もういいの?」

「はい。分かりましたから」

「何が分かったのよ……」

「今のままでは勝てないということです」

 

 不思議そうに首をかしげるドーベル。

 ボクの次の視線の先はブライトである。

 

「よろしくお願いします」

「はい~」

 

 こちらは少し距離を伸ばした。

 600mという直線を使い、最後まで全力で走る。

 いままで見ていて気になっていたことがある。

 

 ブライトの末脚。

 ドーベルとは種類が違う。

 

「それでは行きましょうか~」

「はい」

 

 走り出す。

 最初はこちらが前。

 というより、ブライトが遅い。

 この人、大丈夫なのだろうか。

 そう思ってしまうくらいのんびりしている。

 けれど。

 

 徐々に。

 

 徐々に。

 

 ブライトの速度が上がる。

 

「……来た」

 

 こちらも加速する。

 まだボクが前。

 速度そのものなら負けていない。

 残り400。

 まだ前。

 300。

 

「っ……」

 

 差が縮む。

 200。

 隣に来た。

 

「ホワイトさん、速いですねぇ~」

「ブライトさんも……ね!」

 

 さらに踏み込む。

 しかし。

 こちらはもうほとんど最高速度だ。

 それなのにブライトはまだ伸びる。

 

 まだ。

 

 まだ。

 

 まだ前へ行く。

 

「なんですかそれ!?」

「あらぁ~?」

 

 ゴール直前。

 ついに前へ出られた。

 抜かれた。

 

「ふぅ~」

 

 ブライトがゆっくり減速する。

 ボクもその横へ並んだ。

 

「……おかしいですね」

「何がですかぁ?」

「最後まで伸びてませんでした?」

「そうでしょうか~?」

 

 本人に自覚がないらしい。

 怖い。

 切れ味は一切ない。

 だがその最高速度は恐らくタイキすら上回る。

 

 こちらが速度を上げきったあとも伸び続けてくる。

 末脚の長さ。終盤の伸び。

 そこでは完全にブライトの方が上だ。

 

「もう一回お願いします」

「いいですよぉ~」

 

 もう一度。

 同じだった。

 

 三回目。

 やはり最後に追いつかれる。

 

「……なるほど」

 

 面白い。

 本当に面白い。

 

 タイキシャトル。

 メジロドーベル。

 メジロブライト。

 

 全員違う。

 

 そして、それぞれ明確にボクより優れているところがある。

 さすがだ。

 さすが歴史に名前を残した名馬たち。

 ゲームのステータスや映像で見るのとは違う。

 自分で一緒に走るとよく分かる。

 

 タイキの速度は怖い。

 ドーベルの切れ味は鋭い。

 ブライトの末脚は気持ち悪いくらい長い。

 

「ホワイト、大丈夫?」

 

 ドーベルが少し心配そうに覗き込んでくる。

 

「何がです?」

「いや……負けてばっかりだから」

「ああ」

 

 三人と競って、三人にそれぞれの得意分野で負けた。

 確かに結果だけ見ればそうなる。

 だが。

 

「楽しいですよ?」

「……そう?」

「はい」

 

 むしろ。

 自信がついた。

 相手が誰なのか、ボクだけは知っている。

 

 タイキシャトル。

 

 メジロドーベル。

 

 メジロブライト。

 

 全員、前世で競馬史に名を残した名馬である。

 そんな相手と。

 今のボクは普通に競えている。

 突出した部分では負ける。

 けれど何もできないほどではない。

 タイキに速度で負けても、少し距離が伸びれば差は縮まり、逆転する。

 ドーベルの切れ味には負けても、加速しきってからなら追える。

 ブライトには最後に抜かれたが、そこに至るまではこちらが前だった。

 

 つまり。

 戦える。

 

 ボクにはこの先、もっと強くなる時間がある。

 

「ふふふ」

「……何か企んでない?」

「失礼ですね、ドーベルさん」

「その顔、絶対何か考えてるでしょ」

「自分の将来について前向きに考えているだけですよ」

「それならいいけど……」

 

 本当である。

 前向きも前向き。

 これからもっと速くなればいい。

 タイキより鋭く加速できるように。

 ドーベルより鋭く脚を使えるように。

 ブライトより長く伸び続けられるように。

 

 全部。

 今より上げればいい。

 実に簡単な話である。

 そのために何をすればいいか。

 

 そこから先は専門家に聞けばいい。

 

 

 

 

 

「トレーナーを紹介してください」

 

 その日の夜。

 家へテレビ電話をかけて、開口一番そう告げた。

 画面の向こうで父が少し目を瞬く。

 

『急だな』

「そうですか?」

『この前まで、自分で適当に鍛えてれば何とかなるみたいな顔してただろ』

「そこまで傲慢ではありませんよ」

『……』

「そうです」

 

 少なくとも今は。

 

『何かあったのか?』

「メジロブライトさんたちと競いました」

『ああ』

「ボクを上回っているところがある人が何人もいます」

『……随分楽しんでるな』

「楽しいですよ」

 

 本心だ。

 

「ボク、もっと強くなれそうなので」

『それでトレーナーか』

「はい」

 

 自分一人で試行錯誤するのもいい。

 

 父から教わるのもいい。

 

 けれど父は今、中央のトレーナーではない。

 子供向けに走り方を教えてはいるが、ボクを担当するつもりもないときいている。

 

 なら別の専門家を頼るべきだ。

 

「誰かいい人いませんか?」

『条件は?』

「厳しい人で」

『本当にそれでいいのか?』

「どういうことですか?」

 

 母にも父にも甘やかされている自覚はある。

 それだから甘い相手をねだると思われていたのだろうか。

 ならば心外である。

 

「強くなりたいので」

『楽な方がよくないか?』

「楽をしてみなさんより速くなれるならそうします」

『無理だな』

 

 父は一瞬考えを巡らせた後断言した。

 入学試験のレースで才能あふれるウマ娘たちを思い浮かべたのだろう。

 

「じゃあ厳しい方で」

 

 即答する。

 手段はどうでもいい。

 効率よく強くなれるなら、それが一番だ。

 

 父が少し考える。

 

『そうだな……』

 

 向こうで何か物音がした。

 どうやらママも近くにいるらしい。

 

『ホワイトちゃん?』

「ママ」

『ご飯ちゃんと食べてる?』

「食べてますよ」

『無理してない?』

「してません」

『そっか。よかったぁ』

 

 安心したような声。

 かわいい。何だこの母親。

 ボクの母親だった。

 

『でも、もっと強くなりたいの?』

「はい」

『そっかぁ』

 

 少しだけ間があった。

 

『じゃあ、いっぱい食べないとね』

「そこなんです?」

『身体ができないと走れないから』

 

 これは経験者の言葉なのだろう。

 

『ホワイトちゃん、まだ身体小さいし』

「胸はママより大きいですよ」

『えっ』

『その情報はいらない』

 

 父に切られた。

 失礼な。

 

『まあ、ライスの言うことも間違ってない。鍛えるなら食事も込みだな』

「分かりました」

『それでトレーナーだけど』

 

 父の声が少し変わった。

 

『一人、心当たりがある』

「優秀ですか?」

『間違いなく優秀だよ』

「厳しいですか?」

『私が知る限り一番』

「素晴らしい」

『普通はそこで嫌がるんだぞ』

「ボクを誰だと思ってるんです?」

『性格の悪い俺の娘』

「ライスシャワーの娘です」

『俺の娘でもあるからな?』

「性格は父親似の自覚があります」

『いや、中身もライスにそっくりだよ』

「つまり性格もかわいいってことですね」

『いい性格してるってことだよ』 

 

 心外そうな顔をするボク。

 後ろで聞いている母も心外そうな顔をしていた。

 父はどちらもスルーして話を進める。

 

『昔の知り合いでな。黒沼ってトレーナーがいる』

「……」

 

 黒沼。

 聞き覚えがありすぎる名前だった。

 

『どうした?』

「いえ」

 

 知っている。

 もちろん知っている。

 ミホノブルボン。

 ライスシャワーが菊花賞で三冠を阻んだ相手。

 そのブルボンを徹底的なトレーニングで鍛え上げたトレーナー。

 よりによってそこに繋がるのか。

 

「お父様」

『ん?』

「その人にしてください」

『まだ何も説明してないぞ』

「優秀で厳しいんでしょう?」

『間違いなく』

「なら十分です」

『……本当にお前、そういうところだけ思い切りいいよな』

 

 当然だ。

 迷う理由がない。

 ボクが今競っているのは、歴史に名を残したウマ娘たち。

 

 なら。

 こちらだって、それに相応しいことをする必要がある。

 

『連絡してみる。向こうが受けてくれるかは分からないからな』

「お願いします」

 

 電話を切る。

 ベッドの向こうではタイキが何やら楽しそうに荷物を整理していた。

 

「ピュア! Tomorrowも走りマス?」

「もちろんです」

「Good!」

 

 タイキが笑う。

 ボクも笑った。

 今は負ける。

 加速でも最高速度でも負ける。

 ドーベルより切れない。

 ブライトより長く脚を使えない。

 

 それでいい。

 

 だって。

 まだ始まったばかりなのだから。

 

 伸ばすところがこんなにある。

 これを才能と呼ばずして何と呼ぶのだろう。

 

 そして才能があるなら。

 あとは鍛えるだけだ。

 

 翌日。

 放課後に指定された場所へ向かうと、一人の男が待っていた。

 

 大柄な身体。

 日に焼けた肌。

 腕を組んで立っているだけなのに、妙な圧がある。

 

 こちらを見る目も鋭い。

 

「ピュアホワイトだな」

「はい」

「話は聞いている」

 

 低い声。

 

「黒沼だ」

 

 知っています。

 

「君が本気で強くなりたいなら、楽なトレーニングをさせるつもりはない」

 

 望むところである。

 ボクは笑った。

 

「よろしくお願いします、トレーナーさん」

 

 歴史的名馬が相手なら。

 こちらも歴史に残るくらい強くなればいい。

 なんとも単純な話だった。




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