夏が来た。
そして、今年もまた、合宿の季節がやってきた。
「というわけで、今年も無人島へ行きます」
「はい」
「異論はありますか」
「ありません」
ブルボンさんはいつもの無表情で頷いた。
去年、無人島で建物を建て、野菜を一晩で育て、海賊と海上レースをして仲良くバーベキューまでして、ラーメンも作ったという意味不明な実績が、学園内ではどういう扱いを受けたのかよく分からないけれど、とにかく結果として今年も申請は通ったらしい。
しかも、今年は去年と違って一度前例があるので、話が通るまでが異様に早かった。
「学園の審査、ゆるくないですか?」
「昨年度、問題なく帰還しています。不本意ですが」
今回の目的は、当然ながら菊花賞へ向けた強化である。
距離は三千メートル。
皐月賞とも日本ダービーとも違う、スタミナと持久力と精神力が問われる舞台であり、しかもライバルにはメジロブライトがいる。長距離のメジロにふさわしい彼女がいる以上、体も心も鍛え上げなければならない。
そんな風に合宿の準備をしていたのだが……
「ワタシも行きマース!」
「はい?」
寮の部屋へ戻るなり、タイキが勢いよく宣言した。
「夏合宿! 無人島! ホワイトと一緒デース!」
「何ですか、そのテンション」
「Summerデス!」
「知っています」
「Islandデス!」
「それも知っています」
「そしてワタシとホワイト、デース!」
「そこは若干知りませんでしたね」
タイキが胸を張る。
いや、胸だけではない。いつ見ても大きい。身長も高い。脚も長い。全体的に派手で、明るくて、アメリカっぽい。
それでいて中身は結構真面目なのだから困ったものだ。
「でも、いいんですか?」
「何がデス?」
「路線が違うでしょう」
「だからデース」
「だから?」
「今は一緒に走れる時に走るべきデース!」
なるほど。
その理屈は分かる。
ボクはクラシック三冠路線を走っていて、次は菊花賞を見据えている。
一方のタイキは、完全にマイル路線だ。秋はスプリンターズステークスにマイルチャンピオンシップだろう。
朝日杯で一度は勝ったけれど、あの一勝は、いい意味でも悪い意味でも、勝ち逃げだ。
マイルで今のタイキと走って勝てる気はしないし、たぶんタイキ自身もそれを分かっている。
それでも、だからこそ一緒に走る価値がある。ボクはボクの得意分野を伸ばし、タイキはタイキの得意分野をさらに磨く。その中で、互いに刺激し合って強くなっていく。
そういう相手として、タイキは本当にありがたい存在だった。
「ブルボンさんは?」
「もう許可もらいマシタ!」
「早い」
「書類も出しマシタ!」
「早い」
「荷物もまとめマシタ!」
「本当に早い」
いつの間にか準備済みだった。
「それに」
「はい?」
「DoberとBrightはいないデス」
「いませんね」
「Great chanceデース」
「何の?」
「何でもないデース!」
ちょっと怪しいけれど、まあいいだろう。
タイキが何か企んでいたところで、大体ろくでもなくて、でも大体悪意はないのだから。
そして当日。
船を降り、去年と同じ浜辺へ降り立った瞬間、タイキは両手を広げて叫んだ。
「Sea! Sun! Island!」
「元気ですね」
「Vacation!」
「合宿です」
「Training!」
「ようやく正解が出ましたね」
「And love!」
「何て?」
「Nothing!」
去年作った拠点へ向かってみると、予想外なことに、建物はきれいに残っていた。
多少の劣化はあるけれど、ブルボンさんが軽く点検した限りでは問題なく使えそうだ。
去年のボクたちは案外ちゃんとしたものを作っていたらしい。
「再利用可能です」
「さすがホワイト!」
「半分以上ブルボンさんのおかげです」
「設計はブルボン、現場の勢いはホワイトなのでは?」
「そこは認めます」
「デハ今年は増築しマショー!」
「何でです?」
「二人の愛の巣を」
「却下です」
「No!却下を却下シマス!」
結局、愛の巣かどうかはともかくとして、今年は去年の拠点へ小屋を一つ増設することになった。
木を切り出し、骨組みを作り、壁を張り、屋根を載せる。
去年も思ったことだが、ウマ娘の身体能力はこういう時に本当に便利だ。
普通の建築現場なら怒られそうな勢いで資材が運ばれ、普通の土木作業なら止められそうな速度で柱が立っていく。
「ホワイト、こっち持つデス!」
「はい」
「三、二、一!」
「せーの」
丸太を運ぶ。
タイキと二人で持つと、笑ってしまうくらい軽い。
「息ぴったりデース!」
「ですね」
「やっぱり相性バツグンデース!」
「建築の?」
「……」
「タイキ?」
「そういうところデース……」
何がだろう。
数日後、水泳のトレーニングをすることになった。
タイキは待ってましたと言わんばかりに荷物から水着を取り出した。
着替える。
先に出てきたタイキを見て、ボクは一瞬、言葉を失った。
「……派手ですね」
「でしょう!」
星条旗柄のビキニだった。
赤白青を大胆に使った、いかにもアメリカといったデザインで、布面積もだいぶ少ない。タイキは元々スタイルがいいので、こういう露出の多い格好が恐ろしく似合う。健康的で、明るくて、堂々としていて、妙に嫌味がないのがずるいところだった。
「Very sexy?」
「かなり」
「やったデース!」
満足そうに胸を張るタイキ。
いや本当にすごい。さすがにちょっと負けた気がする。
「ホワイトも見せるデス!」
「はいはい」
そしてボクも更衣用の小屋から出る。
今回選んだのはシンプルなビキニである。無難に色は白である。
かなりかわいいとは思うが、タイキのと比べると無難すぎたか。
「……」
「どうしました」
「ホワイト」
「はい」
「Cuteすぎマース」
「知ってます」
「Sexy tooデース」
「それはあまり自分で言いづらいですね」
「ワタシが言いマス! Very sexy!」
「ありがとうございます」
頬が少し熱い。
でもまあ、言われて悪い気はしない。
鏡で見た時点で、自分でも似合っていることは分かっていたし、せっかくならちゃんと着こなしたい。
「似合ってます?」
「Perfectデース! 世界がホワイトを見るデス!」
「そこまで?」
「はい!」
「じゃあよし」
海へ入る。
水が気持ちいい。
去年も泳いだけれど、やっぱり夏の海というのはそれだけで楽しい。
「Raceしマス?」
「泳ぎで?」
「No」
「でしょうね」
タイキが背後から近づいてくる気配がした。
次の瞬間、予想通り抱きつかれる。
「うわっ」
「Catch!」
「やっぱりやるんですね」
「水着のホワイトが悪いデース」
「何でです?」
「Cuteだからデース!」
「理不尽ですね」
背中へやわらかい感触が当たる。
星条旗ビキニの破壊力が高すぎる。
しかも水着なので、普段より余計に距離が近く感じられるのが困る。
「ちょ、近いですって」
「Friendshipデース」
「最近その言い訳、便利すぎません?」
「Americaでは普通デース」
「多分普通じゃない」
逃げる。
追いかけられる。
捕まる。
また逃げる。
「ホワイト、顔赤いデース」
「暑いからです」
「Really?」
「海で追い回されたらそりゃ暑いでしょう」
「ふふーん」
タイキはすごく楽しそうだった。
たぶん最初からこれが目的だったのだろう。
ちなみにブルボンさんは少し離れたところから、
「水中運動としては有効です」
とだけ言っていた。
助ける気はなさそうである。
トレーニングとしてはやはり走り込みが多い。
ボクの菊花賞向けメニューとは別に、タイキとの併走も入れる。
距離は一六〇〇メートル。
正式なレースではないし、舞台も海沿いの特設コースだけれど、タイキとボクの間では確認するまでもない。
「行きマス?」
「行きます」
「今日も勝つデース」
「勝てる気がしないんですけど」
「私の方が速いデース」
「認めるんですね」
「認めマス」
笑い合う。
この辺は、互いにもう分かっているのだ。
朝日杯では確かにボクが勝った。
でも今、マイルを走れば勝つのはタイキだ。たぶん何度やってもそうなる。
「じゃあ、確認しましょうか」
「Yes!」
「ブルボンさん」
「計測します」
スタート。
一歩目から、速い。
いや、本当に速い。
以前にも散々味わったはずなのに、やっぱりタイキのマイルでの走りは別格だった。加速が鋭いとか、トップスピードが高いとか、そういう要素ももちろんあるのだけれど、それ以上に、一六〇〇メートルという距離の中でどこへ脚を使い、どこでため、どこで出し切るのかという感覚が完成されている。
「っ……!」
ついていける。
ただ、抜けない。
前半は並べるし、中盤も離されすぎはしない。
でも最後の勝負どころになると、タイキがほんの少し前へ出て、そのほんの少しが最後まで埋まらない。
「Finish!」
「……負けました」
「Yes!」
タイキが振り返って笑う。
悔しい。
でも納得感はある。
「もう一回」
「Of course!」
二本目も負けた。
三本目も負けた。
翌日も、その次の日も、マイルでやれば負けた。
逃げても駄目、先行しても駄目、マークしても駄目、最後だけ狙っても駄目。
全部駄目で、その全部にちゃんと理由があるから余計に悔しい。
「ホワイト」
「はい」
「悔しいデス?」
「悔しいですよ」
「でも笑ってマス」
「そりゃ、強い相手と走るのは楽しいので」
「……」
「何です?」
「そういうこと言うのズルいデース」
「褒めただけですけど」
「もっと言っていいデース」
「マイルではもう勝てる気がしません」
「それは褒めてないデース!」
でも事実である。
ボクの中では、もうかなりはっきりしていた。
朝日杯の一勝は大きい。とても大きい。たぶん今後もずっと自慢できる。
けれど、現時点のマイルならタイキが上だ。
そしてタイキもまた、それを分かった上で、ボクに勝ち続けて慢心するのではなく、もっと強くなろうとしている。おそらくこの差が縮まることはない。
でも、だからこそ、こちらも手を抜けない。
「次、二千ならどうです?」
「うーん」
「今の間は何ですか」
「Maybe負けマス」
「素直ですね」
「得意なところは違うデース。でも、だから面白いデース」
「同感です」
夜は、去年以上に何でもありだった。
トレーニングが終わった後、なぜか石像を作る流れになったのである。
「何で急に石像なんです?」
「記念デース!」
「何の?」
「二人の愛を」
「却下」
「じゃあ友情デース」
「急に無難になりましたね」
結局、海岸近くの大きな岩を削って、ダチョウの石像を作ることになった。
理由は、去年この島で遭遇したあの謎のダチョウが、今年も普通にその辺を歩いていたからである。
「いたんですね」
「いたデース」
「去年の子でしょうか」
「判別は困難です」
「ブルボンさん、真面目に分析しないでください」
そういうブルボンさんは去年以上にダチョウに囲まれていた。
石像作りは妙に盛り上がった。
ボクが大まかな形を削り、タイキが派手さを足し、ブルボンさんが無駄に精度の高い修正を入れる。
出来上がったそれは、どう見てもダチョウだった。いや、ダチョウすぎた。
「無駄に完成度高いですね」
「Good workデース!」
「記念碑として機能します」
「何の記念碑なんですか」
「無人島合宿です」
「汎用性が高い」
その後は、去年の流れを踏襲してラーメンも作った。
島なのに。
無人島なのに。
なぜか麺から作った。
去年より手際がいいのが少し腹立たしい。
「ホワイト、湯切りお願いしマス!」
「任せてください」
「スープは私が担当します」
「建築して石像作ってラーメンまで作る合宿って何なんでしょうね」
「楽しいデース!」
「それは否定できません」
しかも、去年と同じく野菜を植えてみたら、今年もなぜか一晩で育った。
「……」
「……」
「……」
「ホワイト」
「はい」
「これはおかしいデース」
「今年はタイキもそう思いますか」
「思いマス!」
「成長速度が異常です」
結局、その野菜もラーメンに入った。
美味しかった。
妙に美味しかった。
そして寝る時間になると、タイキは昼間以上に距離感がおかしくなった。
布団へ入った後、当然のようにこちらの部屋へやってくる。
「……タイキ」
「Yes?」
「何してるんです?」
「寝に来マシタ」
「自分の部屋は?」
「ありマス」
「じゃあそっちで寝てください」
「No」
「何で?」
「今のうちに先行するデース」
「また分からないこと言ってますね」
「恋のRaceは位置取りが大事デース」
「……?」
よく分からないけれど、とにかく布団へ潜り込んでくる。
ぴったりくっつかれる。
近い。暑い。柔らかい。いろいろよくない。
「ちょっと、近いですって」
「Nightは寂しいデース」
「昨日は平気だったでしょう」
「Todayからデース」
「便利な理屈ですね」
「ホワイトがいないと寂しいデース」
「……」
「……」
「そういうの、ずるくないです?」
「Yes!」
認めるのか。
でも、こういうところがタイキらしいとも思う。
明るくて、遠慮がなくて、でも変に陰湿じゃない。欲しいものに素直で、隠す時も隠しきれなくて、だからこそ一緒にいて疲れない。
「今日だけですよ」
「Good!」
「毎日言ってません?」
「毎日Todayデース」
「詭弁ですね」
そのまま眠る。
翌朝起きると、当然のように目の前にタイキの顔があった。
「近い!」
「Good morningデース」
「おはようございます」
「Morning kiss?」
「しません」
そういったのにされた。
「Americaでは」
「それはもう騙されません」
「Oh……」
残念そうにしつつ、どこか嬉しそうでもある。
本当に何なんだろう、この子は。
合宿後半になると、もはや練習と遊びの境界がかなり曖昧になっていた。
朝は長距離走、昼は建築の続き、午後は海で泳ぎ、夕方はタイキとマイルの併走、夜はラーメンや石像作り、合間にダチョウがうろつく。
合宿として正しいのかは知らないけれど、少なくとも身体はしっかり鍛えられていたし、精神的にもかなり充実していた。
「ホワイト!」
「はい」
「また負けるデース!」
「その言い方だとボクが勝つみたいじゃないですか」
「違いマス、ホワイトが負けるデース」
「性格悪いですね」
「おそろいデース!」
「否定できないのが困ります」
走る。
負ける。
また走る。
また負ける。
でもその中で、タイキはボクのスタミナや地力に驚き、ボクはタイキのマイルでの完成度に舌を巻く。
得意分野が違うからこそ、互いに学べることが多かった。
「ホワイト」
「はい?」
「もしまた朝日杯みたいに走ったら、今度は負けないデース」
「でしょうね」
「即答!?」
「だって今のタイキ、すごいですし」
「……」
「何です?」
「その言い方、うれしいデース」
「本音ですから」
「じゃあ、ワタシも言いマス」
「はい」
「ホワイトはLongでとっても怖いデース。菊花賞、絶対勝ってほしいデス」
「ありがとうございます」
「でもMileでは勝たせマセン」
「それも知ってます」
笑う。
やっぱりいい。
こういう関係は。
合宿最終日、去年作った建物の前で、ダチョウの石像と本物のダチョウが並んでいた。
しかも本物の方が、なぜかこちらを見ていた。
「似てますね」
「Familyデス?」
「それは違うと思います」
「無人島産ダチョウです」
「カテゴリ名みたいに言わないでください」
本物のダチョウは、そのまますたすたと通り過ぎていった。
何だったのだろう。
でも、そういう意味不明さも含めて、この島は妙に居心地がいい。
「帰りますか」
「Yes」
「ホワイト」
「はい?」
「楽しかったデス?」
「はい」
即答だった。
「タイキは?」
「Very funデース」
「それはよかった」
「でも」
「はい?」
「まだ先行し足りないデース」
「何の?」
「Secretデース」
最後までよく分からない。
でもまあ、いいだろう。
今年の夏合宿は、去年以上に騒がしくて、去年以上に意味不明で、でも去年以上に充実していた。
建物を増築し、石像を作り、ラーメンを作り、野菜がなぜか一晩で育ち、ダチョウが普通に歩き回り、その合間にボクはタイキへ何度もマイルで負けた。
悔しい。
でも、納得している。
あの朝日杯の一勝は、今となっては本当に大きな一勝だ。
そして、その勝ち逃げみたいな形になった一勝を、タイキも、ボクも、ちゃんと理解している。
だからこそ今は、それぞれの道で、互いを認めながら強くなっていけばいい。
「タイキ」
「Yes?」
「またマイル、付き合ってください」
「もちろんデース」
「今度こそ勝ちます、とは言いませんけど」
「言わないデス?」
「現実は見ます」
「えらいデース」
タイキが笑う。
ボクも笑った。