存在しないはずのライスシャワーの娘に転生しました   作:みやび(雅媛)

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閑話 ドーベルのスカウト

 選抜レースが終わってからというもの、トレセン学園では少し空気が変わった。

 正確には、ボクたちの周囲の空気が、である。

 タイキ。

 ブライト。

 ドーベル。

 スズカ。

 入学前から名前の知られていた子もいるし、選抜レースで一気に注目された子もいる。

 そしてボクも。

 ライスシャワーの娘。

 白いウマ娘。

 選抜レースでサイレンススズカを破った。

 そういう話が広がっているらしい。

 実際、最近は廊下を歩いていても視線を感じる。

 まあ、かわいいので仕方ない。

 加えて、選抜レースが終わった時期はトレーナーのスカウトも活発になる。

 才能があると判断されたウマ娘には、あちこちから声がかかる。

 

 ボク自身には最近ほとんど来ない。

 当然だ。

 ボクにはもう黒沼トレーナーがいる。

 実際の指導はブルボンさんに任されているが、所属としては黒沼トレーナーの担当。

 少なくともボクはそう認識している。

 お父さんから紹介され。

 本人にも鍛えてもらうことを認められ。

 ブルボンさんへ引き継がれた。

 これで担当でなければ何なのだ。

 なので最近は、声をかけてきたトレーナーにも、

 

『黒沼トレーナーに見てもらっています』

 

 で終わる。

 問題は、まだ担当を決めていない子たちだった。

 

「……ドーベル?」

 

 放課後。

 廊下の向こうに見慣れた緑色の髪を見つけた。

 ドーベルだ。

 その前には一人の男性。

 二十代後半くらいだろうか。

 トレーナー用の服を着ている。

 どうやらスカウト中らしい。

 それだけなら珍しくない。

 ドーベルはメジロ家。

 しかも選抜前から才能を評価されていた。

 声をかけるトレーナーなどいくらでもいるだろう。

 そのまま通り過ぎようとした。

 けれど。

 

「……ですから、まだ決めてません」

 

 ドーベルの声が聞こえた。

 小さい。

 普段と明らかに違う。

 足が止まった。

 

「だからこそ、今のうちに話だけでも聞いてほしいんだ」

 

 男性トレーナーは穏やかな口調だった。

 声を荒らげているわけでもない。

 脅しているわけでもない。

 

「君ほどの才能なら、早い段階から専門的な指導を受けた方がいい。メジロ家からも期待されているんだろう?」

「それは……」

「僕なら君を勝たせられる」

 

 そこだけなら普通だ。

 自分の能力を売り込む。

 スカウトなのだから当然である。

 ただ。

 

「……」

 

 距離が近い。

 ドーベルが一歩下がる。

 男性も少し詰める。

 ドーベルがまた下がる。

 また距離が縮まる。

 本人に悪気はないのかもしれない。

 逃げられているという認識が薄いのだろう。

 でも、ドーベルの耳は完全に伏せていた。

 尻尾も動いていない。

 顔色が悪い。

 

「専属になれば長い付き合いになる。レースだけじゃない。進路も、生活も、将来も、一緒に考えていくことになる」

「……」

「担当とトレーナーが、競技以外でも特別な関係になることだって珍しくないだろう?」

 

「……っ」

 

 ドーベルの肩が大きく跳ねた。

 あ、まずい。

 完全に駄目なやつだ。

 この世界では、トレーナーと担当ウマ娘が交際すること自体は珍しくないらしい。

 ママとお父さんがまさにそうだ。

 だから男性の発言自体が、とんでもなく異常なわけではない。

 本人としては、

 

『将来的にそれくらい大切にする』

 

 という好意的な売り文句なのかもしれない。

 相手がドーベルでなければ。

 

「今すぐそういうことを決めろって意味じゃない。ただ、僕ならそこまで含めて君を大切に――」

「……いや」

 

 小さな声。

 

「え?」

「そういうの……嫌」

 

 十分だろう。

 

「もちろん今すぐじゃなくて」

「嫌……です」

「だから、まずは話を――」

「嫌だって言ってるでしょう」

 

 気づいたら割り込んでいた。

 二人がこちらを見る。

 

「ホワイト……」

「ああ、君は」

 

 男性トレーナーもボクを知っているらしい。

 

「ピュアホワイトさんだね」

「はい」

 

 ドーベルの横へ行く。

 近くで見ると、思った以上にひどい。

 手が震えている。

 呼吸も浅い。

 

「何か?」

「いや、メジロドーベルさんと担当契約について話をしていただけだ」

「見れば分かります」

「なら」

「でも嫌だって言ってますよ」

 

 男性の表情が少し硬くなる。

 

「誤解されるようなことはしていない」

「そうですか」

「将来の担当候補として真剣な話をしている」

「それも分かってます」

「だったら――」

「真剣なら断られた時も真剣に聞いてあげればいいでしょう」

 

 黙った。

 

「ドーベル、さっきから何回か嫌って言ってますよ」

「……」

「それに」

 

 男性を見る。

 

「ドーベルが下がるたびに近づいてます」

「そんなつもりは」

「つもりはどうでもいいです。実際下がってるので」

 

 さらに一歩。

 ボクが間へ入る。

 これなら男性からドーベルが直接見えにくい。

 

「距離、取ってください」

「……随分はっきり言うね」

「よく言われます」

 

 父にも言われる。

 ブルボンさんにも遠回しに言われる。

 性格が柔らかいとは自分でも思っていない。

 

「彼女はメジロ家の期待を背負っている。才能もある。中途半端な相手を選んで時間を無駄にすべきじゃない」

「そこは同意します」

「なら」

「だからこそ本人が選ぶんでしょう」

 

 誰と走るか。

 誰に教わるか。

 重要だからこそ本人が決める。

 当たり前だ。

 

「能力が高くても、相性が悪ければ意味ないですよ」

「僕はまだ相性を判断してもらえるほど話も」

「今の時点では悪そうですね」

「……」

「少なくとも、嫌がってるのに距離を詰める人はドーベルに合わないと思います」

 

 男性が一度息を吐いた。

 少し苛立ったようにも見えたが、それでも怒鳴ったりはしなかった。

 

「分かった。今日は引くよ」

 

 そこで初めて一歩下がる。

 

「メジロドーベルさん」

「……」

「怖がらせたなら申し訳なかった。僕としては、君を高く評価していることを伝えたかっただけなんだ」

 

 ドーベルは答えない。

 男性トレーナーは少し黙っていた。

 それから、一歩後ろへ下がる。

 

「……分かった。今日は引くよ」

 

 ようやく距離が開いた。

 

「メジロドーベルさん」

「……」

「怖がらせるつもりはなかった。そこは謝る」

「……はい」

「ただ、君を高く評価しているのは本当だ。もし気が変わったら、その時は改めて話をさせてほしい」

 

 ドーベルは答えなかった。

 男性もそれ以上は続けない。

 軽く頭を下げ、そのまま廊下の向こうへ歩いていった。

 姿が角へ消える。

 足音も聞こえなくなる。

 そこまで確認した瞬間。

 

「……っ」

 

 ドーベルの身体が崩れた。

 

「ドーベル!?」

 

 慌てて腕を伸ばす。

 何とか受け止めた。

 しかし、腕の中の身体にはほとんど力が入っていない。

 

「大丈夫です?」

「……大丈夫じゃない」

「でしょうね」

 

 正直に答える。

 ドーベルが弱々しく睨んできた。

 

「足……動かない」

「腰抜けました?」

「言わないで……」

 

 震えている。

 緊張している間は無理に身体を支えていたのだろう。

 安心した途端、一気に力が抜けたらしい。

 

「少し座ります?」

「……うん」

 

 近くの椅子まで連れていこうとして。

 一歩。

 ドーベルの膝がまた崩れる。

 

「無理ですね」

「……ごめん」

「謝らなくていいですよ」

 

 仕方ない。

 片腕を背中へ。

 もう一方を膝の下へ。

 

「え?」

「よいしょ」

 

 持ち上げる。

 

「――っ!?」

 

 ドーベルの耳が一気に立った。

 

「ホ、ホワイト!?」

「はい?」

「何してるの!?」

「運んでます」

「なんでお姫様抱っこなのよ!」

「歩けないからです」

「肩を貸すとかあるでしょ!」

「さっき試して無理だったじゃないですか」

「それは……そうだけど!」

 

 顔が真っ赤になる。

 さっきまで青かったので、多少血色が戻ったのはよいことだ。

 

「降ろして!」

「立てます?」

「……」

「降ろします?」

「……今はいい」

 

 小さくなった。

 

「じゃあ行きますよ」

「……うん」

 

 さっきまでの勢いはどこへ行った。

 ドーベルはおとなしくボクの首へ腕を回す。

 そして誰かが廊下の向こうから来るのを見つけた瞬間。

 

「ホワイト」

「はい?」

「顔、隠していい?」

「どうぞ」

 

 ボクの肩口へ顔を埋めた。

 

「恥ずかしいんです?」

「当たり前でしょ……」

「別に悪いことしてないですよ」

「そういう問題じゃないの!」

 

 難しい。

 とりあえず人の少ない方へ向かう。

 だが、夕食の時間が近い。

 そのせいで廊下を歩く生徒は増えている。

 ちらちら見られる。

 中には二度見する子もいた。

 

「……」

「ドーベル?」

「何も言わないで」

「はい」

 

 肩口へ顔を隠したまま、腕だけが少し強くなる。

 恥ずかしいなら早く移動した方がいいだろう。

 歩調を速める。

 

「揺れる」

「速い方がよくないですか?」

「走らないで!」

「注文多いですね」

 

 それでも、最初ほど嫌がってはいない。

 むしろ途中からは、すっかり身体を預けられている気がする。

 慣れたのだろうか。

 食堂の手前まで来る。

 

「さて」

「……」

「一回降ろします?」

「……」

 

 返事がない。

 

「ドーベル?」

「……このままでいい」

「いいんです?」

「だって、まだ足に力入らないし」

「じゃあこのまま行きますね」

「……うん」

 

 さっきあれだけ嫌がっていたのに。

 まあいい。

 合理的である。

 食堂へ入る。

 

「……」

 

 視線。

 

「……」

 

 ものすごく視線。

 

「ドーベル」

「何」

「さっきより見られてます」

「言わないで!」

 

 また顔を隠された。

 当然だ。

 食堂のど真ん中を、ボクがドーベルをお姫様抱っこして歩いている。

 目立たない方がおかしい。

 

「空いてる席ありますよ」

「そこ行って」

「了解」

 

 椅子まで運び。

 ようやく降ろす。

 ドーベルが椅子へ座る。

 まだ少し足が震えていた。

 

「何食べます?」

「……あんまり食欲ない」

「駄目です」

「即答?」

「怖い思いして、ずっと緊張してたんでしょう? 何も食べない方がよくないです」

「……」

「軽いの取ってきます」

「待って」

 

 制服の袖を掴まれた。

 

「一人にしないで」

「……」

 

 声が小さい。

 さっきのことを考えれば当然か。

 

「分かりました。一緒に行きましょう」

「でも歩けない」

「じゃあ」

 

 腕を伸ばす。

 

「……また?」

「嫌なら待っててください」

「……」

 

 ドーベルが腕を見る。

 ボクを見る。

 少し迷って。

 

「……お願い」

「はい」

 

 完全に受け入れた。

 もう抗議すらない。

 再び抱き上げる。

 むしろ今回は向こうから自然に首へ腕を回してきた。

 

「慣れました?」

「うるさい」

「はいはい」

 

 片手でドーベルを運びながら料理を選ぶ。

 スープ。

 柔らかめのパン。

 少し肉。

 果物。

 自分の分は当然もっと多い。

 ブルボンさんに食事までトレーニングだと言われているので、量を減らすという選択肢はない。

 席へ戻る。

 

「食べられそうです?」

「……多分」

「じゃあスープから」

 

 スプーンを渡そうとする。

 だが。

 ドーベルの指はまだ少し震えていた。

 スプーンがカップへ当たって音を立てる。

 

「……」

「貸してください」

「でも」

「こぼしますよ」

 

 受け取る。

 スープをすくう。

 少し冷ます。

 

「あーん」

「……」

 

 ドーベルがこちらを見る。

 

「何です?」

「いや……」

「食べないんです?」

「食べるけど……」

 

 少し頬を赤くしながら口を開ける。

 

「あーん」

 

 ぱくり。

 

「どうです?」

「……おいしい」

「よかった」

 

 次。

 

「あーん」

「……」

「あーん」

「分かってるわよ」

 

 食べる。

 一口。

 また一口。

 最初は恥ずかしそうだったが、だんだん普通に口を開けるようになった。

 

「次パンにします?」

「うん」

「はい」

「あーん」

「あーん」

 

 もぐもぐ。

 妙に素直だ。

 

「ドーベル」

「何?」

「ちょっと楽しんでません?」

「楽しんでない!」

「そうですか」

「……ただ」

「ただ?」

「楽だから」

「なるほど」

 

 確かに自分で手を動かさなくていい。

 合理的。

 そういうことにしておく。

 

「次、お肉」

「はい」

「あーん」

「あーん」

 

 ぱくり。

 また顔が少し赤い。

 でも今度は何も言わない。

 むしろ食べ終わると、少しだけこちらへ顔を向ける。

 次を待っているように見える。

 

「……」

「何よ」

「いえ、ずいぶん慣れたなと」

「手が震えてるから仕方ないでしょ!」

「はいはい」

 

 食べ終わる頃には顔色もかなり戻った。

 震えも弱くなっている。

 

「少し楽になりました?」

「うん」

「ならよかった」

 

 自分の分も食べ終える。

 さて。

 次。

 夕食が終われば風呂だ。

 

「歩けそうです?」

「……ちょっとなら」

「じゃあゆっくり」

「でも」

「?」

「また途中で駄目になるかも」

 

 ちらりとこちらを見る。

 なぜか視線がボクの腕へ行く。

 

「……抱っこの方がいいです?」

「っ!」

 

 耳が跳ねた。

 

「ち、違う!」

「じゃあ歩きます?」

「……」

「ドーベル?」

「……今日は、特別だから」

「何が?」

「抱っこでいい」

 

 まんざらでもなくなってません?

 まあ。

 怖い目に遭った直後だ。

 安心できるなら何でもいいだろう。

 

「はい」

「……お願い」

 

 抱き上げる。

 今度は最初から自然に身体を預けてきた。

 つい一時間ほど前、

 

『何でお姫様抱っこなのよ!』

 

 と騒いでいた人と同一人物とは思えない。

 

「ホワイト」

「はい?」

「何か考えてる?」

「別に」

「絶対嘘」

「ドーベル、素直になったなって」

「降ろして!」

「はい」

「……やっぱり降ろさなくていい」

「どっちです?」

「うるさい!」

 

 難しい人だ。

 そのまま大浴場まで行く。

 入口で降ろす。

 

「ここからなら大丈夫です?」

「うん」

「じゃあボクも入ってきます」

「……一緒に?」

「ボクもお風呂まだなので」

「そ、そう」

 

 なぜかまた顔が赤くなった。

 何なのだろう。

 大浴場なのだから、他にも何人かいる。

 別に二人きりでもない。

 着替えて中へ入る。

 身体を洗い。

 湯船へ。

 ボクが先に入っていると、少し遅れてドーベルもやってきた。

 

「……」

 

 思わず視線を逸らす。

 

「何?」

「何でもありません」

「今見たでしょ」

「見てません」

「絶対見た」

「大浴場なんだから多少は視界に入りますよ」

 

 困る。

 普段制服姿で見ている時とは、当然印象が違う。

 ボクだって前世の記憶がある。

 こういう状況への耐性が完全にあるわけではない。

 まして相手はかなり整った容姿の美少女。

 意識するなという方が無理がある。

 

「……ホワイト」

「はい?」

「顔赤いけど」

「お風呂なので」

「入ったばっかりで?」

「お湯が熱いんですよ」

「ふーん」

 

 にやり。

 笑った。

 さっきまで弱っていたのに。

 もうそんな顔ができるなら大丈夫そうだ。

 

「何です?」

「別に」

「絶対何かありますよね」

「ホワイトって、こういうの弱いんだ」

「何がです?」

「さあ?」

 

 楽しそうだ。

 何だ。

 完全に元気になってきている。

 

「人が心配してるのに」

「心配してくれたから元気になったの」

「それならいいですけど」

 

 隣へ入ってくる。

 距離が近い。

 肩が触れそうだ。

 

「もう少し向こう空いてますよ」

「ここでいい」

「そうですか」

 

 しばらく並んで湯へ浸かる。

 静かだ。

 食堂の時よりさらに緊張が抜けたのか、ドーベルの表情も柔らかい。

 

「……ホワイト」

「はい?」

「今日」

「はい」

「来てくれてありがとう」

「どういたしまして」

「本当に」

 

 今度はふざけていない声だった。

 

「怖かった?」

「……うん」

「まだ?」

「少し。でも今は大丈夫」

「ならよかったです」

 

 少し迷う。

 頭を撫でる。

 濡れているのでいつもと感触が違う。

 

「子供扱いしないで」

「嫌です?」

「……別に」

「じゃあ続けます」

「……うん」

 

 素直である。

 お風呂から上がる。

 髪を乾かす。

 自分の分を終えると、横でドーベルがドライヤーを持っている。

 まだほんの少し手が震えていた。

 

「貸してください」

「自分でできる」

「できます?」

「……」

「貸してください」

「……はい」

 

 大人しく渡された。

 椅子へ座らせる。

 後ろから髪を乾かす。

 

「ドーベルの髪、綺麗ですね」

「……」

「どうしました?」

「そういうこと急に言わないで」

「思ったので」

「ホワイトって時々ずるい」

「何がです?」

 

 答えてくれない。

 耳だけ赤い。

 乾かし終える。

 

「はい、終わり」

「……ありがとう」

「今日はいっぱい言いますね」

「何回言っても足りないから」

「そこまで大したことしてませんよ」

「私には大したことだったの」

 

 そう言われると返しづらい。

 寮へ戻る。

 今日はタイキがいない。

 外泊するとだけ聞いていて、理由までは知らない。

 なので部屋は静かだった。

 本来ならここでドーベルを自分の部屋へ送るべきなのだろう。

 でも。

 

「……ホワイト」

「はい?」

「今日、ここにいていい?」

「いいですよ」

「……いいの?」

「タイキもいませんし」

「そうじゃなくて」

 

「?」

 

「……一人で寝るの、ちょっと嫌」

「ああ」

 

 なるほど。

 なら簡単だ。

 

「ボクのベッド使います?」

「ホワイトは?」

「タイキのベッドでも借りて」

「駄目」

「何でです?」

「駄目なものは駄目」

「じゃあ床?」

「それも駄目」

「難しいですね」

 

 ドーベルが黙る。

 少し迷って。

 

「……一緒でいいじゃない」

「ボクと?」

「他に誰がいるのよ!」

 

 怒られた。

 

「別にいいですよ」

「……本当に?」

「二人くらいなら寝られるでしょう」

「……うん」

 

 ベッドへ入る。

 壁側にボク。

 外側にドーベル。

 当然狭い。

 でも寝られないほどではない。

 

「大丈夫?」

「はい」

「……もう少しそっち」

「壁です」

「あ」

 

 これ以上行くと壁へ埋まる。

 仕方ないのでこちらを向く。

 ドーベルもこちらを向いた。

 近い。

 顔がすぐそこ。

 

「……」

「……」

 

 お互い黙る。

 

「ドーベル」

「何?」

「近いですね」

「ベッド狭いんだから仕方ないでしょ」

「そうですね」

 

 その割には。

 向こうからさらに少し近づいてきた。

 

「……ホワイト」

「はい」

「手」

「手?」

「握って」

 

 布団の中で手を差し出す。

 握られる。

 まだ少し冷たい。

 

「こんな感じ?」

「うん」

 

 しばらく。

 静か。

 でも少しすると、ドーベルがこちらへ身体を寄せた。

 額が胸元へ触れる。

 

「ドーベル?」

「……もうちょっとだけ」

「はい」

 

 軽く抱き寄せる。

 腕の中へ収まった。

 

「これなら?」

「……うん」

 

 息を吐く。

 身体から力が抜けるのが分かった。

 

「ホワイト」

「はい?」

「私、情けない?」

「全然」

「即答」

「だって怖いものは怖いでしょう」

「……」

「それでも嫌って言えましたし」

「ホワイトが来てからだけど」

「それでも言ったでしょう」

「……うん」

「十分ですよ」

 

 髪を撫でる。

 さっき乾かしたばかりなのでさらさらしている。

 

「今後は安心できるトレーナーを探せばいいです」

「……女の人の方がいいかな」

「その方がいいんじゃないです?」

「ホワイトみたいな?」

「ボクはトレーナーじゃないですよ」

「分かってる」

 

 少し笑う。

 

「でも」

「?」

「ホワイトみたいな人ならいいなって」

「性格いいですからね」

「自分で言うんだ」

「事実です」

「……そういうところはどうかと思う」

「ひどい」

 

 くすくす。

 ようやく完全にいつもの調子へ近づいた。

 

「ホワイト」

「はい?」

「今日……本当に来てくれてよかった」

「はい」

「一人だったら、多分もっと酷かった」

「じゃあ運が良かったですね」

「……うん」

 

 腕の中で少しだけ顔を上げる。

 

「私も、運よかったのかも」

「それはいいことです」

 

 ボクの幸運が伝染したのならなおいい。

 そのまましばらく撫でていると。

 だんだんドーベルの目が閉じていく。

 

「眠いです?」

「……少し」

「寝ていいですよ」

「ホワイト、いる?」

「いますよ」

「朝まで?」

「朝まで」

「……なら寝る」

 

 本当に数分で寝た。

 さすがに疲れていたのだろう。

 寝顔は普段よりずっと幼く見える。

 もう震えてはいない。

 よかった。

 

「おやすみなさい、ドーベル」

 

 小さく呟く。

 返事はない。

 ボクも目を閉じた。

 翌朝。

 

「ピュアー! ただいまデース!」

 

 元気な声で目が覚めた。

 

「……ん」

 

 まだ眠い。

 扉が開く。

 

「Good Morning――」

 

 声が止まった。

 

「……」

 

 目を開ける。

 タイキがいる。

 そして。

 ボクの腕の中にはまだドーベルがいる。

 昨日の夜とほとんど同じ姿勢。

 タイキが瞬きをする。

 

「Oh」

 

「おかえりなさい」

「ただいまデース」

 

 タイキがベッドへ近づく。

 ドーベルも声で起きたらしい。

 

「……ん」

「おはようございます」

「……おはよ」

 

 寝ぼけている。

 タイキは二人を見る。

 それから。

 

「Dober、ずるいデース」

「……何が?」

「ピュアと一緒にSleep!」

 

 頬を少し膨らませた。

 

「事情があったんですよ」

「ワタシも一緒に寝たいデース!」

「今度にしてください」

「Promise?」

「何を約束させようとしてるんです?」

「ワタシもピュアにHugされて寝マース!」

「はいはい」

 

 適当に返す。

 タイキはそれだけで機嫌を直した。

 

「Yes!」

 

 軽い。

 そしてドーベルは。

 ようやく状況を理解したらしい。

 ボクに抱きしめられたまま。

 タイキに見られている。

 

「……」

 

 顔が真っ赤になった。

 

「ドーベル?」

「……ホワイト」

「はい?」

「もうちょっとだけ、このまま」

「いいですよ」

「Dober! やっぱりずるいデース!」

 

 朝から賑やかである。

 でも。

 昨日あれだけ震えていたドーベルが。

 こんなふうに恥ずかしがったり。

 タイキへ言い返したりできるなら。

 もう大丈夫なのだろう。

 それなら十分だ。




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