存在しないはずのライスシャワーの娘に転生しました   作:雅媛

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閑話 タイキシャトルとデート(デートではない)

 珍しくトレーニングの予定が入っていない朝だった。

 正確にはブルボンさんから『休養日』と指定されている。

 軽いストレッチ程度なら構わないが、走り込みは禁止。

 筋力トレーニングも禁止。

 当然、誰かと競走するのも禁止である。

 なので今日は久しぶりに、何の予定もない一日。

 のはずだった。

 

「ピュアー! Readyデスかー!」

「まだです」

「Oh……」

 

 露骨に残念そうな声。

 振り返る。

 タイキはすでに出かける準備を完全に終えていた。

 普段から開放的な服装を好むタイキらしく、今日もかなりアメリカンな格好だ。

 短いホットパンツ。

 お腹の見える丈の短いトップス。

 その上から軽い上着。

 健康的と言えば健康的なのだが、スタイルがいいせいで非常によく目立つ。

 

「……寒くないんです?」

「TodayはWarmデース!」

 

 くるりと回ってみせる。

 長い脚。

 細い腰。

 服装そのものに本人は何の抵抗もないらしい。

 

「どうデス?」

「似合ってますよ」

「Really!?」

「はい。タイキっぽいです」

「Yes!」

 

 ものすごく嬉しそうだ。

 朝からずっとこんな調子である。

 昨日の夜から、

 

『Tomorrow、何時に起きマス?』

『どこから行きマス?』

『Lunchは何食べマス?』

 

 と何度も聞かれた。

 今朝に至ってはボクより先に起きて準備していたらしい。

 そんなに遊びに行くのが楽しみなのだろうか。

 少し寂しがり屋なのは知っているが、人と出かけること自体が相当好きらしい。

 

「早く行きマショー!」

「その前に」

「?」

「タイキ、昨日の国語の課題終わりました?」

「……」

 

 ぴたり。

 タイキの動きが止まった。

 耳がゆっくり伏せられる。

 

「終わってないんですね」

「……Littleだけ」

「どこまで?」

「名前は書きマシタ」

「何もやってないじゃないですか」

 

 ボクの言葉に、今度は尻尾までしょんぼりと下がった。

 

「Japanese難しいデース……」

「国語そのものはともかく、古文でしょう?」

「Yes! Why!? 昔のJapaneseなのに、今と違いすぎマース!」

「そこはボクも同意します」

 

 異世界へ転生してまで古文に再会するとは思わなかった。

 前世でも決して好きな教科ではなかったが、一度習っている分だけこちらでは随分楽だ。

 

「今日帰ってきたらやりますよ」

「……」

 

 タイキがこちらを見る。

 

「一緒に」

「!」

 

 伏せられていた耳が跳ね上がった。

 

「ピュア、教えてくれマス!?」

「自分で一回は考えてくださいね。そのあと分からないところを教えます」

「Yes! Promiseデース!」

「はいはい」

「ピュア、優しい! 大好きデース!」

 

 勢いよく抱きつかれた。

 

「ぐえ」

「Then、安心してDate行けマース!」

「宿題を忘れていいとは言ってませんよ」

「帰ってからピュアとStudy! 今はDate!」

「切り替えが早いですね」

 

 まあいい。

 遊ぶ時まで宿題のことで暗い顔をされても困る。

 タイキがやると言うなら、帰ってから付き合えばいいだろう。

 

「ところでピュア」

「はい?」

「服、それデスか?」

 

 タイキがボクの格好をじっと見る。

 母が買ってくれたシックなワンピース。

 それなりにかわいい。

 当然である。

 ボクが着ているのだから。

 

「何か問題でも?」

「Cuteデス」

「でしょう?」

「でも、もっとCuteにできマース!」

「嫌な予感がしますね」

「Wait!」

 

 タイキが自分のクローゼットへ飛んでいった。

 ごそごそ。

 何やら探している。

 そして戻ってきた時、その手には服があった。

 

「これ着てクダサイ!」

「……」

 

 見る。

 短いへその出るトップス。

 丈の短いプリーツスカート。

 ライン入りのハイソックス。

 全体的にアメリカのスクールガールを思わせるデザインである。

 かわいい。

 確かにかわいい。

 ただ。

 

「短くないです?」

「American School Styleデース!」

「学校へ着ていったら怒られそうですけど」

「今日はSchoolじゃないデース!」

「そういう問題でしょうか」

 

 タイキが服をこちらへ押しつけてくる。

 

「ピュア絶対似合いマス!」

「まあ、似合うでしょうね」

「Yes!」

「そこは否定しません」

「Then、Change!」

「なんでそうなるんです?」

 

 だがタイキは期待に満ちた目でこちらを見ている。

 ここまで楽しそうにされると断りにくい。

 それに服自体は悪くない。

 少々派手なだけで、デザインはかわいい。

 

「……分かりました。一回だけですよ」

「Yes!」

 

 着替える。

 鏡を見る。

 

「……」

 

 似合う。

 困ったことに、とても似合う。

 白い髪。

 赤い瞳。

 白を基調にしたトップスとスカート。

 確かにアメリカのスクールガールっぽい。

 

「Perfectデース!」

「でしょう?」

 

 タイキは大絶賛だった。

 

「これで行きマショー!」

「本当に?」

「Yes! ワタシとMatchingデース!」

 

 言われてみれば、タイキと並ぶと雰囲気は合う。

 タイキはアメリカンカジュアル。

 ボクはアメスク風。

 別におかしくはない。

 

「まあ、いいでしょう」

「Yes!」

 

 この時のボクは、一つ重要なことを忘れていた。

 鏡の前で似合う服と。

 人通りの多い街中で平然と着て歩ける服は。

 必ずしも同じではないということである。

 トレセン学園を出て十分後。

 

「……タイキ」

「Yes?」

「着替えてきていいです?」

「Why!?」

 

 視線を感じる。

 ものすごく感じる。

 そもそも白髪赤目の時点で普段から多少目立つのだ。

 そこへこの格好である。

 すれ違う人が見る。

 振り返る人までいる。

 

「みんなピュア見てマース!」

「分かってますよ!」

「Because、Very Cute!」

「分かってるから困ってるんです!」

 

 自分がかわいいことには何の問題もない。

 褒められるのも好きだ。

 ただ。

 普段以上に注目されるのは話が違う。

 前世男性だった頃の感覚が変なところで蘇り、

 ああ、こういう格好で歩いている女の子は確かに目を引くよな、

 などという余計な理解まで発生する。

 

「……帰りたい」

「No! Date始まったばかりデース!」

 

 タイキに腕を取られる。

 しかもぴったりと身体を寄せてきた。

 

「もっと見られるでしょう!?」

「Cuteだから仕方ないデース!」

「タイキは恥ずかしくないんです?」

「全然!」

 

 強い。

 文化の違いだろうか。

 それとも単にタイキが強いだけだろうか。

 

「ほら、ピュア」

「何です?」

「胸張って! Very Beautifulデース!」

 

 耳元で囁かれた。

 

「……っ」

 

 顔がさらに熱くなる。

 

「だから! その言い方やめてください!」

「Why?」

「なんでもです!」

 

 タイキが楽しそうに笑う。

 絶対この人、ボクがこういうのに弱いと分かってやっている。

 ただ抱きつかれるだけでも結構恥ずかしい。

 そこからさらに、妙に近い距離から美人に褒められたりすると、どうにも調子が狂う。

 

「ピュア、今日もっとCuteデース」

「タイキ」

「Yes?」

「ゲームセンター行きましょう」

「Yes!」

「そして服のことはもう触れないでください」

「努力しマース!」

「信用できない」

 

 タイキに腕を引かれ、二人で休日の街へ歩いていった。

 最初に入ったのはゲームセンターだった。

 

「Shoot Game!」

「いきなりですか」

「Let's Go!」

 

 銃型コントローラーを持ったタイキは異様に生き生きしていた。

 

「Yeehaw!」

「楽しそうですね」

「Very Fun!」

 

 画面へ現れる敵を次々撃ち抜く。

 上手い。

 というより、反応速度が普通ではない。

 

「ピュアも!」

「いいですよ」

 

 銃を受け取る。

 前世以来なので久しぶりだ。

 一人。

 二人。

 三人。

 

「Behind!」

「え?」

 

 撃たれた。

 ゲームオーバー。

 

「……」

「One More?」

「当然です」

 

 負けたまま終われるわけがない。

 二回目。

 三回目。

 タイキは横で笑いながらも、手を抜いている様子は一切ない。

 こちらも当然本気である。

 

「ピュア、EyesがRaceの時とSameデース」

「勝負事に手を抜く理由があります?」

「Gameデスよ?」

「ゲームだからですよ」

 

 四回目。

 ようやく僅差でタイキのスコアを上回った。

 

「ふふん」

「Oh! Loseしました!」

「ボクの勝ちですね」

「NextはBasketball!」

「受けて立ちます」

 

 次。

 バスケットボール。

 これはタイキが強かった。

 高さもある。

 投げる速度も正確さも上。

 普通に負けた。

 

「Yes!」

「むう」

「もう一回?」

「やります」

 

 二回目も負けた。

 三回目。

 惜しい。

 でも負けた。

 

「……タイキ、上手ですね」

「AmericaでいっぱいPlayしました!」

「なるほど」

 

 なら仕方ない。

 経験値が違う。

 負けを認めることにする。

 

「次行きましょう」

「ピュア、負けず嫌いデスね」

「タイキに言われたくありませんよ」

「ワタシは負けてもFunデース!」

「ボクも楽しいですよ」

「Really?」

「楽しくなかったら三回もやりません」

 

 タイキが嬉しそうに笑った。

 そこからレースゲーム。

 パンチングマシン。

 ダンスゲーム。

 気づけばかなり遊んでいた。

 タイキは本当に何をするにも全力だった。

 勝てば喜ぶ。

 負ければ悔しがる。

 それでも不機嫌にはならない。

 次はどうすれば勝てるのかを考えて、また挑戦する。

 こういうところはレースと変わらないのかもしれない。

 

「ピュアー!」

 

 クレーンゲームの前から呼ばれた。

 見ると大きな犬のぬいぐるみが入っている。

 

「これCuteデース!」

「取ればいいでしょう」

「取れマセン……」

 

 すでに何度か失敗したらしい。

 しょんぼりと耳が伏せられている。

 表情だけでなく耳も尻尾も感情豊かなので非常に分かりやすい。

 

「貸してください」

「ピュアできます?」

「やってみます」

 

 アームの強さを見る。

 ぬいぐるみの重心を見る。

 一度で持ち上げるのは難しい。

 なら動かせばいい。

 一回目でずらす。

 二回目。

 さらに寄せる。

 三回目。

 

「Oh!」

 

 落ちた。

 

「取れましたよ」

「Amazing!」

 

 勢いよく抱きつかれた。

 

「うわっ」

 

 突然だったので一歩後ろへ下がる。

 

「ピュア、Thank You!」

「分かりましたから」

 

 近い。

 また顔が近い。

 タイキの青い瞳が、妙に嬉しそうにこちらを見ている。

 

「ピュア、Very Coolデシタ」

「そうですか?」

「Yes。Smartで、優しくて、Cuteデース」

「最後は今関係ないでしょう」

「全部関係ありマース」

 

 なぜか最後だけ少し声を落として言われた。

 

「……」

 

 やめてほしい。

 そういう言い方は本当に困る。

 

「どうしました?」

「なんでもありません」

「Face Red?」

「ゲームセンター暑いですね」

「Coolデスよ?」

「タイキ」

「Yes?」

「ぬいぐるみ大事にしてください」

「Yes!」

 

 話題を変えた。

 絶対面白がられている。

 昼食はタイキの希望でハンバーガー店へ入った。

 ボクはブルボンさんから休日の食事内容まで指定されているので、それを思い出しながら注文する。

 

「ピュア、そんなに食べるんデス?」

「食べるのもトレーニングですからね」

「Training Dayじゃないのに?」

「休養日こそ回復のために食べろとのことです」

「Bourbon、Very Seriousデース」

「本当に」

 

 そんなことをしゃべりながらタイキは大きなバーガーを豪快に食べる。

 

「Delicious!」

「口についてますよ」

「Where?」

「ここです」

 

 紙ナプキンで拭いてやる。

 

「Thanks!」

 

 するとタイキが少し大人しくなった。

 

「何です?」

「ピュア、優しいデス」

「これくらい普通でしょう」

「そういうピュア、ワタシ好きデース」

「ありがとうございます」

 

 さらっと返す。

 タイキは本当によく『好き』と言う。

 食べ物にも言う。

 ゲームにも言う。

 人にも言う。

 英語圏では日本語より気軽にそういう表現を使うと、前世で聞いた覚えがある。

 なのでこれも単純に友人として好かれているという話だろう。

 

「ピュアはワタシ好きデス?」

「好きですよ」

「!」

 

 タイキの耳が勢いよく立った。

 

「友達として」

「……Oh」

 

 なぜか急にしぼんだ。

 

「なんです?」

「Nothing」

「ポテト足りません?」

「違いマース!」

 

 じゃあ何なのだろう。

 タイキは難しい。

 明るくて分かりやすそうなのに、時々よく分からない反応をする。

 食べながらレースの話にもなった。

 

「ピュアのRace、Very Amazingデシタ」

「選抜レースです?」

「Yes! Suzukaより前、ずっと走ってマシタ」

「ブルボンさんに教わった通りですよ」

「それがAmazingデース」

 

 さっきまで楽しそうに食べていたタイキの雰囲気が、少し変わる。

 笑顔は消えていない。

 でも目は真剣だった。

 

「RaceでPlan通り走るの、Easyじゃないデス」

「まあ、そうですね」

「ワタシももっと勉強しマス」

「タイキは感覚で走るタイプだと思ってました」

「Feelingも大事デース。でも、勝ちたいならTrainingもStudyも大事デス」

 

 やっぱり。

 この人は真面目だ。

 普段は底抜けに明るい。

 誰とでも話す。

 思いついたらすぐ動く。

 その印象が強い。

 でも授業はちゃんと聞く。

 トレーニングにも真面目。

 レースについてなら、分からないことは自分から調べる。

 国語のように苦手な科目も、嫌がりながら逃げはしない。

 思っていたタイキシャトルとは少し違う。

 前世で知っていた競走馬タイキシャトル。

 ゲームの中で知っていたタイキシャトル。

 そして目の前にいるタイキ。

 もちろん似ている部分はたくさんある。

 陽気。

 人懐っこい。

 少し寂しがり屋。

 ただ、アプリで見た印象ほど、その寂しさが危ういものには感じない。

 人と遊ぶのが好き。

 それくらいだ。

 そして何より。

 思っていた以上に真面目である。

 

「何デス?」

「タイキを見直してました」

「Oh?」

「雰囲気よりずっと真面目ですよね」

「雰囲気より?」

「かなり真面目です」

「Yes!」

 

 嬉しそうだ。

 

「レースに真摯なところは、普通に尊敬してますよ」

「……」

 

 今度はタイキが固まった。

 

「どうしました?」

「もう一回言ってクダサイ」

「嫌です」

「Why!?」

「一回で聞いてください」

「ピュアに褒められるとVery Happyデース!」

「なら国語の課題も頑張ったら褒めてあげます」

「Yes!」

 

 簡単である。

 いや、素直なのだろう。

 昼食後は買い物へ。

 ボクはすでにタイキに選ばれた服を着せられているので、特に欲しいものはなかった。

 タイキはあちこちの店へ入る。

 服。

 小物。

 雑貨。

 見つけたものを片っ端から見ていく。

 

「ピュア、これ!」

「また服です?」

「Hat!」

 

 キャップを被せられた。

 

「どうデス?」

「悪くないですね」

「Cute!」

「でしょう?」

 

 鏡を見る。

 似合う。

 買った。

 次。

 

「これも!」

「サングラス?」

「Americanデース!」

 

 かける。

 鏡を見る。

 

「……ちょっと怪しくないです?」

「Cool!」

「これはいいです」

 

 戻す。

 タイキは何でもボクへ試したがる。

 何がそんなに楽しいのだろう。

 

「タイキ、自分のものは買わないんです?」

「買いマスよ。でもピュア選ぶのもFunデース!」

「着せ替え人形じゃないんですが」

「もっとCuteにしたいデース」

「元から十分かわいいですよ」

「もっとはGoodデース!」

 

 一理ある。

 しばらくして写真を撮れる機械を見つけた。

 

「Photo!」

「撮ります?」

「Of course! DateのMemoryデース!」

 

 またデートと言っている。

 まあいい。

 二人で出かけた記念という意味なのだろう。

 最初は普通に並ぶ。

 

「Smile!」

 

 ぱしゃり。

 二枚目。

 タイキが肩を組んできた。

 

「近いですね」

「Friendデスから!」

「まあいいですけど」

 

 三枚目。

 

「もっとCloser!」

「まだ?」

「Yes!」

 

 頬を寄せられる。

 

「……タイキ」

「Smile!」

 

 ぱしゃり。

 嫌な予感がした。

 出来上がった写真を見る。

 満面の笑顔のタイキ。

 そして少し顔を赤くしたボク。

 

「これBestデース!」

「ボクの表情がよくないですよ」

「Very Cute!」

「普段からかわいいですよ」

「照れてるピュア、もっとCute!」

「そこを評価しないでください」

 

 タイキはその写真を大事そうに自分の分へしまった。

 何がそんなに気に入ったのだろう。

 ボクも一枚だけもらう。

 普通の写真の方をしまおうとしたら、なぜかタイキに赤くなっている方を渡された。

 

「こっち?」

「Yes!」

「まあいいですけど」

 

 財布へ入れる。

 夕方。

 遊び疲れて電車へ乗る。

 行きより空いていたので二人並んで座れた。

 タイキは犬のぬいぐるみを抱えている。

 

「Funデシタ」

「ですね」

「Date大成功デース!」

「友達と遊んだだけでしょう」

「それがDateデース!」

「そういうものなんです?」

「Yes!」

 

 海外ではそうなのだろうか。

 タイキが肩へ頭を乗せてきた。

 

「眠いんです?」

「Little」

「寝ていいですよ」

「ピュアがいるから安心デース」

 

 目を閉じる。

 数分後。

 本当に寝た。

 無防備だなあ。

 車窓の向こうへ景色が流れていく。

 肩は少し重い。

 でも嫌ではない。

 今日はよく遊んだ。

 タイキのいろいろな顔も見た。

 ゲームで本気になるところ。

 負けてもすぐ笑うところ。

 ぬいぐるみ一つで大喜びするところ。

 誰とでも気軽に話すところ。

 レースについて話す時だけ少し表情が変わるところ。

 ゲームや史実を知っているせいで、どうしても最初は『知っているタイキシャトル』として見てしまっていた。

 でも。

 少しずつ変わってきた。

 今隣で寝ているのは。

 ルームメイトで。

 友達で。

 一緒に走るライバルである。

 そして。

 ボクはどうやら、このタイキシャトルのこともかなり好きらしい。

 友達として。

 もちろん。

 寮へ戻った。

 夕食。

 ブルボンさんへ食事内容を報告すると、

 

『摂取量に問題ありません』

 

 との返事。

 遊んだ日の食事まで報告するのは少しおかしい気もする。

 そして。

 約束を忘れてはいない。

 

「さて」

「……」

「国語やりますよ」

「Oh……」

 

 タイキが露骨に嫌そうな顔をした。

 

「朝はやるって言ったでしょう」

「覚えてマス」

「なら始めます」

「Yes……」

 

 机へ並ぶ。

 古文。

 問題を読むタイキの眉間に、ものすごく深い皺が寄る。

 

「Why……」

「まだ何も説明してませんよ」

「読んでもMeaning分かりマセン」

「まず単語からですね」

 

 一緒に読む。

 一問目。

 間違い。

 説明する。

 二問目。

 また間違い。

 

「主語が違います」

「書いてないデス!」

「前後から読むんです」

「Unfair!」

「古文に言ってください」

 

 三問目。

 今度は自分で考える。

 時間はかかった。

 でも。

 

「これ?」

「正解です」

「Yes!」

 

 タイキが両手を上げる。

 喜び方が大げさだ。

 

「やればできるじゃないですか」

「ピュアTeacherのおかげデース!」

「自分で考えたからですよ」

「もっと褒めてクダサイ!」

「調子に乗らない」

「Please!」

「……ちゃんと最後まで投げ出さなかったのは偉いですよ」

「!」

 

 また止まった。

 耳がぴんと立つ。

 

「ピュア」

「はい?」

「もう一回」

「やりません」

「Why!」

 

 やっぱり褒められるのは嬉しいらしい。

 結局、最後まで宿題を終えた。

 

「Finished!」

「お疲れさまでした」

「Thanks、ピュア!」

 

 抱きつかれる。

 今日はもう何回目だろう。

 まあ。

 これくらいなら慣れた。

 

「Today、Very Funデシタ」

「ボクも楽しかったですよ」

「Really?」

「嘘をつく理由があります?」

「No!」

 

 タイキがさらに嬉しそうに笑う。

 

「Next Dateも行きマショー!」

「休日が合えば」

「Promise?」

「はいはい。約束です」

「Yes!」

 

 そして。

 タイキが少し顔を近づけた。

 

「?」

 

 なんだろう。

 また抱きつくのだろうか。

 そう思った次の瞬間。

 

 ちゅっ。

 

「……」

 

 一瞬。

 本当に一瞬だけ。

 唇へ柔らかな感触が触れた。

 

「……え?」

 

 タイキは何事もなかったように笑っている。

 

「Good Night、ピュア!」

「……今、何しました?」

「Kissデース」

「それは分かってます!」

 

 思わず唇へ手を当てる。

 顔が熱い。

 ものすごく熱い。

 

「なんでキスしたんです!?」

「Greetingデース!」

「挨拶?」

「Yes! AmericaではKissで挨拶することありマース」

「……そうなんです?」

 

 前世の知識を探る。

 確かに。

 海外ではキスを挨拶に使う文化がある。

 頬だったような気もするが。

 でもタイキはアメリカ育ちだ。

 ボクより詳しいだろう。

 なら。

 

「……なるほど」

 

 そういうものなのか。

 びっくりした。

 いや。

 普通にびっくりするでしょう。

 美少女にいきなりキスされたのだから。

 

「次から先に言ってください」

「Surpriseじゃなくなりマース」

「挨拶にサプライズはいらないでしょう」

「HAHAHA!」

 

 笑われた。

 タイキは非常に満足そうである。

 何がそんなに面白いのだろう。

 

「ピュア、Face真っ赤デース」

「不意打ちだったからです!」

「Cute」

「……寝てください」

「Yes!」

 

 タイキが自分のベッドへ戻る。

 ボクもベッドへ入る。

 まだ顔が熱い。

 唇の感触まで妙に残っている。

 前世が男だった影響なのだろうか。

 美少女からこういうことをされる耐性だけは、どうにも身につかない。

 タイキも最近それに気づいたらしく、時々面白がっている。

 困ったルームメイトである。

 でも。

 海外では普通の挨拶らしい。

 なら深い意味はない。

 

「……挨拶ですからね」

 

 誰に言うでもなく、自分へ言い聞かせる。

 隣のベッドから声が返ってきた。

 

「Yes! Greetingデース!」

「聞いてたんです?」

「聞こえマシタ!」

「寝てください!」

 

 タイキの笑い声が響く。

 今日一日。

 デートと呼ばれ。

 服まで選ばれ。

 腕を組んで歩き。

 一緒に遊んで。

 食事をして。

 写真を撮り。

 最後にはキスまでされた。

 それでも。

 まあ。

 友達同士である。

 海外育ちの距離感というものは、ボクにはまだよく分からないらしい。

 ともあれ。

 タイキと遊ぶのは楽しかった。

 また遊びに行くのも悪くない。

 それに。

 前世で大好きだった歴史的名馬と友達になって、一緒に休日を過ごせる。

 これだって、十分すぎるほど幸運なことだ。

 ボクは布団をかぶる。

 

「おやすみなさい、タイキ」

「Good Night、ピュア!」

 

 返ってくる声は、いつも以上に機嫌が良さそうだった。

 その理由だけは。

 最後までよく分からなかった。

 




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