伏黒恵に転生したから魔虚羅をブン殴る 作:鈍い
12月24日の京都。
街の至る所に呪術師たちが集まり、普段とは明らかに異なる緊張感が漂っていた。
日没が近づくにつれて人の気配は増えていく。
それに反比例するように会話は少なくなっていった。
「凄まじい数だな」
思わず独り言が漏れてしまう。
遥か遠くでは姿形もバラバラな大量の呪霊が蠢いている。
まさしく百鬼夜行と呼ぶに相応しい光景だった。
「これは勝てるか怪しそうだ」
夏油傑本人の技量によるところも大きいだろうが、呪霊操術は6000を超える呪いを使役できる上に、その術式範囲は東京から京都にまで及ぶ。
どれを取っても規格外だ。
呪霊を取り込む際の味が最悪という面にさえ目を瞑れば、最強の術式の一角と称しても過言じゃないだろう。
「そろそろ始まるな」
とはいえ十種影法術だって負けてはいない。
魔虚羅さえ調伏できれば大抵の相手は蹂躙できる。
ただでさえ強力なのに右腕には正のエネルギーを纏った退魔の剣まで備えている。
仮に宿儺の指15本分の強さを持つ呪霊がいたとして、一瞬で消し飛ばせるだろう。
まあ奴を調伏するのは無理難題に近いわけだが。
しかし現実的に調伏できる式神の中にも十分に優秀な奴はいる。
「円鹿」
「ぬん」
影絵を結ぶと足元の影が揺らめき、そこから円鹿が姿を現した。
コイツは反転術式を扱うことが出来る。
「怪我人が来たら連絡してください」
「はい!」
補助監督がキビキビとした様子で返事をする。
今回の俺の役割は後方支援。
負傷した術師を円鹿と一緒に治療する。
なので戦闘に参加するつもりはない。
呪力を消耗すれば、その分だけ反転術式を使える回数も減る。
百鬼夜行が終わるまで治療を続けるなら無駄な消耗は避けるべきだ。
そんなことを考えていると遠くから轟音が響いた。
地面まで揺れるような衝撃。
どうやら戦いが始まったらしい。
しばらくの間、俺は何もせずに待機していた。
遠くから聞こえてくる爆音や呪霊の咆哮も次第に増えていく。
そして戦闘が始まって数分ほど経った頃だった。
「伏黒さん、怪我人が出ました!」
「了解です。すぐに治療します」
補助監督の声に応じて負傷者が運び込まれている場所へ向かう。
そこでは既に何人かの術師が応急手当を受けていた。
「円鹿、向こうを頼む。こっちは俺がやる」
「ぬん」
円鹿が別の負傷者へ向かって歩いていく。
俺も手近な術師の傷へ手を当てた。
そして呪力を反転させると傷口が塞がっていく。
俺自身も反転術式をアウトプットできる。
習得したきっかけは式神の能力だけを自分へ付与する応用技だ。
円鹿の能力を自分へ付与し、その状態で反転術式を使った。
その時に感じた呪力の流れを参考に少しずつ自分の技術として身につけたわけだ。
なお術式反転は習得していない。
これと領域展開が無いと魔虚羅を倒せないから早く習得したいものだ。
「さあ、頑張るぞ!」
その後も俺はひたすらに治療を続けた。
やがて戦場から聞こえてくる戦闘音も少なくなっていく。
どうやら京都方面での勝利が確定したらしい。
もう重傷の人間が運ばれてくることもないだろう。
俺自身の呪力にも少しだけ余裕がある。
ここからは別の仕事をするとしよう。
「脱兎」
「プルヤッ!」
影絵を結ぶ足元の影から脱兎の群れが飛び出した。
「秤さんを見つけてくれ」
命令を受けた脱兎たちが一斉に散っていく。
街のあちこちへ駆け出して建物の隙間や路地裏へ潜り込んでいく。
やがて、そのうちの1匹から見つけたと連絡が来た。
視界を共有すると秤さんの姿が映る。
なにやら誰かと揉めているらしい。
おそらく相手は保守派の術師だな。
……これは非常にマズい。
なので俺は急いで現場へと向かう。
「よくも儂の頭にゴミのような情報を流し込んだなぁ!」
「そういう術式なんだから仕方ねぇだろ」
どうやら保守派の術師は戦いの中で坐殺博徒に巻き込まれて必中効果を受けたらしい。
たぶん今回の件で相手を殴ったことが問題になって、秤さんは停学処分を受けたのだろう。
「というか金ちゃんの領域に入って来たのはアンタの方じゃん!」
「黙れ! 男の癖に女の格好をしている気狂いが!」
保守派の術師は綺羅羅さんを明確に侮辱した。
すると面倒くさそうにしていた秤さんが一瞬で真顔になる。
「……おい。今、綺羅羅に何て言った?」
「何度でも言うぞ。呪術師の風上にも置けぬ気狂いがッ!」
「そうかい」
完全にブチ切れている。
このままだと本当に停学になってしまう。
渋谷事変では秤さんたちに加勢して欲しい。
何とかして、ここで止めなければ。
そう思った俺は秤さんの目の前に立ちはだかった。
「待って下さい。秤さん」
「伏黒か。お前は下がってろ」
「気持ちは分かりますが下がるわけにはいきません。このままじゃ停学になりますよ」
「黙れ」
「黙りません」
「……仕方ねぇな」
すると秤さんが弁財天の印を結ぶ。
俺は呪力の殆どを術師たちの治療に使ってしまっている。
例え万全の状態でも秤さんに勝てるかどうか分からない。
この状態で止めるのは、かなり厳しいぞ。
これはマジでヤバいな。
そう思いながら秤さんの目を見る。
怒っているのは間違いない。
だが熱に任せて我を忘れているわけでもなさそうだ。
むしろ妙な冷静さが残っている。
……なるほど、そういうことか。
意図を察した俺は大人しく道を開けることにした。
周囲の風景が一瞬にして塗り替わり、俺の近くにいるのは秤さんと綺羅羅さん、そして保守派の術師だけになった。
直後、ゴミのような情報が脳内へ流れ込んでくる。
パチンコとか分かんないからマジで意味不明だ。
ちょっと保守派の人間に同情してしまう。
「貴様、またしてもッ!」
「オラァッ!」
秤さんが保守派の術師をブン殴る。
身体が何回転もしながら吹き飛び鼻から血が噴き出す。
直後、領域が解除された。
「こ、この儂を殴ったな! 貴様、ただではすまさんぞ!」
保守派の人間は顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
あの一撃を受けても気絶しないのは流石だな。
カス野郎ではあるが雑魚ではないようだ。
「証拠はあんのかよ」
「証拠などいらん! 目撃者は周りに大勢いるわ!」
「で、どこの誰が見たんだ?」
領域の中で殴った以上、外にいた連中は何も見ていない。
あの場にいたのは俺たちだけだ。
つまり口裏を合わせれば幾らでも誤魔化せる。
「グヌヌ……そうだ! 呪力の残穢が儂の顔に……顔に……」
そう言った後に保守派の術師は気づく。
自分の顔に呪力の残穢が無いことに。
さっきの殴打は呪力強化を使っていないのだ。
「しかし儂は現に怪我をしておる!」
「転んだだけだろ」
「確かに転んだだけですね。傷が痛むようでしたら反転術式で治しますよ」
「金ちゃんとは何も関係ないよ♪」
「き、貴様らぁ!」
こうして秤さんは停学処分を受けずに済んだ。
本来なら熱の赴くままに行動していたところを、俺が一瞬だけ止めたことで冷静になる時間が生まれた。
その結果が領域の中でブン殴るという証拠隠滅作戦である。
ともあれ京都での戦いでは円鹿の反転術式も大いに役立った。
戦闘に直接参加したわけではないが、負傷した術師たちを治療できたのは大きな功績だろう。
これだけ働いたんだから報酬も期待できそうだ。
そんなことを考えていた時だった。
「君が恵くんか」
俺は声がした方向を振り向く。
……そりゃ京都だからいるよな。
ここからが正念場だ。
領域展開の演出は某二次創作をリスペク……パクりました。
あの人の作品がマジで好きなんですよ。