伏黒恵に転生したから魔虚羅をブン殴る 作:鈍い
目の前には書生風の着物を身に纏った男がいた。
毛先だけ黒く残した緑がかった金髪。
切れ長の目に整った顔立ちのイケメン。
しかし妙に柄の悪い雰囲気が漂っている。
「すみません。貴方は誰ですか?」
「そういや初対面やったな。僕の名前は禪院直哉や。よろしゅうな」
「禪院……ですか」
「つまり親戚やね」
禪院直哉は俺の実父である伏黒甚爾の従弟だ。
「それで俺に何の用です? 怪我があるのなら反転術式で治療しますが……」
「ちゃうちゃう。別に怪我なんて負っとらんよ。ただ恵くんの様子を見にきただけや」
伏黒甚爾は生前、多額の金銭と引き換えに俺を禪院家へ引き渡すという契約を禪院直毘人と結んでいた。
しかし五条先生が間に入ったことで、その契約は無力化されている。
だからこそ禪院家は何とかして契約を履行させようと狙っているはずだ。
とはいえ俺は五条先生の庇護下にある。
なので滅多なことは出来ないだろう。
「君の噂はこっちにも届いとるで。ガキの頃に魔虚羅以外の式神を全て調伏したバケモンやって」
確かに俺ってマジで強いよな。
しかし特級には遠く及ばない。
この程度の実力では魔虚羅を調伏など夢のまた夢だろう。
早いところ領域展開と術式反転を習得する必要がある。
「どんな顔しとんのやろと思って来たわけやけど、甚爾くんと瓜二つやね。甚壱くんに似いひんで何よりやわ」
「褒め言葉として受け取っておきます。ですが今は百鬼夜行の始末でお互いに忙しいはず。積もる話は後にしましょう」
「ちょい待ってや」
次の瞬間、直哉の姿が消える。
そりゃ会話だけでは終わらないよな。
俺は反射的に身構えた。
予想通り目では追えない。
なので呪力の流れを捉える。
右……と見せかけて後ろ!
直感に従って身体を動かす。
すると目の前を直哉の掌が通り過ぎた。
「いきなり何するんですか」
「……今のは僕の術式を知っとった動きやね」
「投射呪法は禪院家の相伝が1つですからね」
「なんで僕が使えるって分かったん?」
「山勘です」
「山勘?」
もちろん大嘘だ
俺には原作知識があるので禪院直哉が投射呪法を使えると知っている。
そのことを知らなかったら確実に被弾していただろう。
「ほーん、思ったよりも面白いやんけ。流石は甚爾くんの息子やね」
「特別1級術師に褒められるなんて光栄です」
「そっちも1級やないかい」
まあ将来的には魔虚羅を調伏して特級になる予定だけどな。
……流石に強い式神を使役するだけでは厳しいか?
でも解呪後の乙骨先輩も特級に返り咲いてるんだよな。
「ところで、今日の後始末が終わったらどうするん?」
「京都高専で休憩するつもりです」
「それならウチの屋敷で泊まるんはどうや? あんな場所よりも飯は上手いし、布団の寝心地もええで」
絶対、碌でもないことしてくるぞ。
食事に毒を入れて暗殺、なんてことは五条先生がブチ切れるので流石にやらないだろう。
だが女性の親族を使った色仕掛けくらいは平気でやりそうだ。
俺は津美紀一筋なので何も問題はない。
だが万が一ということもある。
「お断りします。五条先生に怒られてしまうので」
「そんな硬いこと言わんでええやん。僕ら親戚やで」
そういや何で五条先生は俺を京都に送ったんだよ。
秤さんのフォローが必要とはいえ禪院家とトラブルを起こすのなんて目に見えていただろ。
どうせ「恵なら大丈夫っしょ」とか思ってるんだろうな。
本当にあの人は……。
「おい、恵が困ってんだろ」
突如として横から声が飛んできた。
すると秤さんが禪院直哉の前に立ちはだかる。
「振られたら素直に引き下がるのが男だぜ」
最高にカッコいいな。
俺が女だったら惚れてたね。
「なんやねんオマエ」
「秤金次。金ちゃんって呼んでもいいぜ」
「で、恵くんの知り合いなん?」
「アイツは俺の後輩だ」
「要するに他人やん。身内やない人間に口出されると困るなぁ」
「五条さんに何も言えない癖にイキってんじゃねぇよ」
「あ゛?」
すると禪院直哉の口元から笑みが消えて目が鋭くなった。
一瞬でブチ切れるとかレスバ弱すぎるだろ。
それはともかくとして、ここで2人が激突するのは非常に困る。
戦いそのものは千日手になるだろう。
秤さんは禪院直哉の速度を捉えきれない一方で、禪院直哉も秤さんの無制限に溢れ出す呪力を突破するのは難しいからな。
だが問題は戦った後だ。
直哉は禪院家の次期当主であり特別1級術師。
対する秤さんは強いとはいえ後ろ盾の無い高専生に過ぎない。
実際にどちらが悪いかなんて関係ない。
上層部は間違いなく立場の弱い秤さんを問題視する。
最悪の場合、停学処分だってあり得る。
せっかく秤さんの停学を回避したのに、ここで処分されるなんて冗談じゃない。
禪院直哉め……。
本当に余計なことをしてくれるな。
とりあえずヘイトを俺に向けることにするか。
呪力が枯渇しそうだが何とか頑張ろう。
「直哉さん、本当に俺が禪院家にお邪魔しても良いんですか?」
「……どういうこっちゃ?」
「仮に俺が禪院家に取り込まれたら次期当主の地位を失うんじゃないですか? 失礼ですが貴方よりも俺の方が強いと思いますよ」
「あ゛?」
禪院直哉の怒りのボルテージが更に上昇した。
俺には五条家の後ろ盾があり1級術師という立場がある。
だから今ここで直哉と戦ったとしても厳重注意程度で終わるだろう。
「随分と生意気やん。なまじ実力があるせいで勘違いしたみたいやね。身の程を教えたるわ」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「伏黒、加勢する必要はあるか?」
「いりませんね。俺1人で十分です」
そう言うと禪院直哉の姿が消えた。
呪力で探った限り、さっきよりも圧倒的に速い。
まさしく疾風迅雷だ。
これでは式神を顕現させる余裕がない。
まあ顕現させるだけの呪力は残っていないわけだが。
投射呪法は視界を画角として1秒間を24コマに分割し、その中で作った動きをトレースする術式だ。
その速度は圧倒的だが欠点もある。
作った動きに失敗した場合、術者自身が一秒間フリーズしてしまう。
そして、この術式は術者に触れられた相手にも同じ効果を適用する。
つまり触れられたら終わりだ。
特殊な訓練でもしていない限り、24コマの動きを正確に作るなんてことは出来ない。
だからこそ直哉の掌に触れられることだけは絶対に避けなければならない。
「余りにも隙だらけや……」
すると禪院直哉が真正面から迫ってくる。
そして彼の手が俺に触れようとした瞬間、呪力が弾けた。
「っぅ……!」
禪院直哉の動きが止まる。
その左手からは血が流れていた。
「……落花の情を使えるんやね」
「御三家の血を引いていて、御三家の庇護下にありますからね」
御三家秘伝の落花の情。
攻撃が触れた瞬間に呪力を解放し相手を迎撃するカウンター技。
つまり相手の攻撃を目で捉えられなくても問題ない。
触れられた瞬間に自動的に迎撃できる。
「そんなら、こっちも落花の情で相殺すればええ話や」
「そう簡単にはいきませんよ」
相手が負傷した隙をついて俺は額に手を当てる。
付与したのは蝦蟇の能力だ。
「なんで額に沖津鏡の紋様があんねん」
「敵に助言するわけないじゃないですか。普通の理解力があれば分かるはずなんですけどね」
「……口の減らんガキやな。どうせ式神の能力を自分に付与しとるとか、そんなところやろ。なんで雑魚の蝦蟇を付与してるのかは分からんけどな」
次の瞬間、またしても直哉が消えた。
そして奴の右手が俺の身体へ伸びてくるが触れる寸前に勢いよく滑った。
「なっ!?」
蝦蟇の呪力特性は油だ。
なので触れただけの攻撃なら簡単に滑らせることができる。
もちろん強すぎる攻撃には通用しない。
「今だ!」
想定外の事態により相手の動きが一瞬だけ止まった。
その隙に俺は鳩尾へ膝蹴りを叩き込む。
「ゴハッ!」
禪院直哉の身体が吹き飛び、そのまま地面を転がっていく。
しかし気絶はしていない。
俺も鍛えているのだが、やはりパワーが圧倒的に足りないな。
「脱兎!」
「ウララララ!」
俺が命令すると秤さんを捜索していた時から顕現させていた脱兎が一斉に直哉へ殺到した。
大量の白い毛玉が直哉の視界を埋め尽くしていく。
投射呪法は視界を画角として成立する術式だ。
ならば視界そのものを潰してしまえばいい。
これは俺の推測に過ぎないが、禪院直毘人が領域内で陀艮と戦っていた時は、大量の式神によって視界が覆われたことで、投射呪法が使えなくなっていたはずだ。
ならば同じことを禪院直哉にもやってしまえばいい。
大量の脱兎によって視界を塞がれた直哉は投射呪法をまともに使えない。
「これでトドメだ!」
俺が追撃を加えようとした瞬間、猛スピードで何者かが俺の前に立ちはだかった。
「少し待ってくれんか?」
あまりにも突然のことだった。
一瞬で間合いに入り込まれた。
おそらく禪院直哉よりも速い。
俺は警戒しながら目の前に立つ乱入者を見る。
それは和服を身に纏い立派なカイゼル髭を蓄えた老人だった。
この尋常ではない速度。
……とうとう彼が現れたな。
「俺の名前は禪院直毘人。禪院家の当主にして直哉の父親だ」
息子に加勢する為にやってきたのか?
だとすると非常にマズいぞ。
正直、呪力は今にも枯渇しそうだ。
秤さんがいるので死にはしないだろうが多少の手傷は覚悟しなければならない。
そう思ったが直毘人さんは俺ではなく吹き飛ばされた禪院直哉へ視線を向ける。
「双方、矛を収めろ」
もしかして俺たちの私闘を止めに来たのか?
直毘人さんは禪院家の人間の中ではマシな方だ。
だから彼の言葉に従って脱兎を影に戻すことにした。
「それで、何があった?」
「しつこく勧誘してきたので拒否したら襲われました」
俺は事実を簡潔に伝える。
直毘人は僅かに眉を動かした。
「後で総監部が当事者と目撃者から聞き取りを行う。お互いに帰還して頭を冷やせ」
「分かりました」
俺は素直に頷く。
これ以上ここで揉める必要もない。
「オトン! ふざけんなや! ここまでコケにされて引き下がれんわ!」
禪院直哉が口から血を吐きながら吠える。
しかし直毘人さんは冷静だった。
「あのままでは負けていたのはオマエの方だ。大人しくしてろ」
万全な状態なら話は別だが、今は呪力が枯渇しかけているので割と危なかった。
もう一度戦ったら、結果はどうなるか分からない。
優勢だったのも初見殺しによるところが大きいしな。
「……覚えとけやッ!」
そう言って直哉は俺を睨みつけながら去っていく。
というわけで俺も京都高専へと帰ることにする。
こうして百鬼夜行の後始末は終わりを告げた。
直哉のエミュがマジで難しいです。
違和感があったら遠慮なく指摘してください。