伏黒恵に転生したから魔虚羅をブン殴る 作:鈍い
夏の日差しが眩しい。
蝉の鳴き声がそこかしこから響き渡り、照りつける太陽が容赦なく肌を焼いていく。
立っているだけだというのに額からはじわじわと汗が滲んでくる。
「それじゃあ始めましょうか!」
グラウンドに俺の声が響く。
目の前には2年の先輩たちと釘崎がいる。
現在は姉妹校交流会に向けて実戦形式の修行中だ。
ちなみに3年は任務で不在。
虎杖は五条先生の個別指導を受けている。
「動くな!」
狗巻先輩が喉を枯らしながら呪言を使う。
そのせいで俺の動きが止まってしまった。
「
「
続けてパンダ先輩と釘崎による連撃が撃ち込まれる。
後者はともかく前者は防御不能だから割と痛い。
……なんというか小学生の頃を思い出すな。
「敵は俺だけじゃありませんよ」
「ジュアアッ!」
顎吐の雷を纏った回し蹴りが3人まとめて吹き飛ばした。
これで当分の間は痺れて動けないだろう。
その隙に蝦蟇でヌルヌルにしてから拘束する。
「残るはマキパイだけですね」
「誰がマキパイだ。悪意のある略し方すんな」
「じゃあ……ゴリラ?」
「せめて先輩を付けろ」
「ゴリラ先輩と呼ばれるのは許容するんですね」
そう言うと真希先輩は青筋を立てながら突っ込んでくる。
近接戦闘を鍛えたいから今回は式神を使わないようにしよう。
「蝦蟇、顎吐。手出しするなよ」
「舐めやがって!」
真希先輩が呪具化した薙刀を振り下ろす。
俺は身体を捻じって躱し、そのまま懐へ踏み入る。
そして拳を叩き込もうとするが逆に勢いを利用されて受け流された。
やはり純粋な格闘技術では向こうの方が一枚上手か。
それに真希先輩には呪力が殆ど存在しない。
なので呪力の流れから動きを読むことが出来ない。
慣れるまでは全ての攻撃が不意打ちのように感じる。
「流石に強いですね。でも俺を倒すには至りませんよ。そろそろ切り札を見せて下さい」
「クソ生意気な後輩だな!」
真希先輩が薙刀を地面へ突き刺す。
すると地面に円形の呪力が広がった。
これは簡易領域だ。
乙骨真剣のように呪具の呪力を利用して展開している。
俺は五条家に残されていた古文書を参考にして彌虚葛籠を再現した。
そこで真希先輩にも教えてみたのだが最初は会得できなかった。
なにせ奥義と称されるほどに難しい技術だからな。
しかし真希先輩は諦めなかった。
担任の日下部さんが使う簡易領域を見様見真似で盗み、そこに俺から教わった彌虚葛籠のコツを組み合わせる。
その結果、真希先輩は独自に簡易領域を会得した。
「前よりも精度が上がっていますね。純粋な実力は準1級と同じくらいでしょうか。日下部さんみたいに簡易領域を極めれば1級も目指せそうじゃないですか?」
「あのボンクラと同じことすんのは癪だけどな」
簡易領域の大家であるシン・陰流は腐敗している。
現に当主は門下生から寿命を奪い自らの延命に利用。
挙げ句の果てには呪術総監部の乗っ取りまで画策する始末だ。
これを放置するわけにはいかない。
問題となるのはシン・陰流の当主がどこにいるのか分からないことだ。
原作では天元に居場所を教えてもらっていた。
しかし俺が歴史を大きく変えている以上、同じように情報を得られるとは限らない。
天元が現世へ干渉するには死滅回遊などの特殊な状況が必要だ。
もし死滅回遊が開催されなければ当主の居場所を知る手掛かりは途絶える。
呪胎九相図を取り込んだ影響で俺は老化の速度が極端に遅くなっている。
少なくとも俺や五条先生が健在な間は呪術界を乗っ取られることはないだろう。
とはいえ万が一ということもある。
なので簡易領域の流派を自らの手で作り出すことにした。
シン・陰流に頼る必要がない環境を整えておけば影響力は確実に落ちる。
その為に俺は以前から簡易領域の研究を進めていた。
栄えある被検体1号に選んだのが真希先輩だ。
現在は狗巻先輩とパンダ先輩にも教えている。
いずれは虎杖や釘崎にも教える予定だ。
もちろんシン・陰流に悟られないように水面下で進めている。
こちらの存在を知られれば全力で潰しに来るだろうからな。
表に出るのは十分な勢力と実績を築いてからだ。
「なに、ボーッとしてるんだ?」
「すみません。少し考えごとをしてました」
「本当に舐めてやがんな」
簡易領域は簡易とはいえ領域であることに変わりはない。
なので術者のステータスも引き上げられる。
更に領域内へ侵入した相手を全自動で迎撃するプログラムまで備わっている。
突破するのは一筋縄ではいかないだろう。
ならば遥か上を行く身体能力と呪力強化で捻じ伏せるだけだ。
「こっちも本気を出しますね」
俺は影の中から大量のダンベルを吐き出した。
影の中に収納した物体の重量は自分で引き受けなければならない。
つまり持ち歩かなくても常に負荷をかけた状態で生活できる。
「なんだそりゃ?」
「俺は普通の人間では耐えられない程の重りを影の中に仕込んで日常生活を過ごしています」
「随分と古典的なトレーニング方法だな」
筋繊維が負荷に耐えきれず破壊される度に反転術式で修復する。
破壊と再生を繰り返すことで筋繊維は次第に太く、頑丈になっていく。
その結果、呪力による強化を使わなくても人間の領域を超えた身体能力を手に入れた。
具体的には真希先輩よりも少し劣るくらいだろう。
もちろん実戦では、その上から呪力で肉体を強化する。
そうなれば単純な肉体強度だけでも並の術師とは比較にならない。
「最高速度でブチ抜きます!」
「なっ!?」
俺は真希先輩へ向かって一気に蹴りを放った。
フィジギフと比較できるくらいの身体能力。
そこへ特級相当の呪力強化を重ねる。
これだけの速度と威力を正面から受け止められる相手は数少ない。
碌に迎撃する暇もなく真希先輩の身体が吹き飛んだ。
「ふぅ……ここらで模擬戦は終わりにしましょうか」
周囲を見渡すと満身創痍の先輩たちと釘崎が転がっていた。
まさしく死屍累々である。
反転術式が使えるからこそ許されている模擬戦だ。
「真希先輩は呪霊を見えるようになれば更に強くなれますよ」
「このダセェ眼鏡がねぇと呪いが見えないの知ってんだろ。新手の嫌味か?」
真希先輩は本来持って生まれるはずの呪力を持たない代わりに、常人離れした高い身体能力を持つという天与呪縛を課されている。
なので普段から呪いを視認する為の特殊な眼鏡を掛けており、戦闘では呪具を使って戦う。
「なんで見えないと決めつけてるんですか?」
「……どういうことだ?」
「呪術師という生き物は大なり小なりイカれてます。そうじゃなきゃ現代社会で呪霊と殺し合うとかいう激ヤバな職業を選びませんからね」
「それはそうだな」
「そしてイカれてる術師ほど強い。常識から外れているからこそ、普通じゃ思いつかない戦い方もできる。自分の価値観を他人に押し付けられるほどの我の強さがある。五条先生が良い例ですね」
「……特級呪物を取り込んだ恵も大概だと思うけどな」
言われてみればそうだな。
俺自身は原作知識があるから成功する確率が高いと分かっている。
しかし客観的に見れば十分異常者だ。
「要するに頭がおかしくなったら呪霊が見えるってことか?」
「まあ間違っていませんね。具体的には呪い以外の全てが見えるようになってください。そうすれば呪いが見えているも同然ですからね」
「なんじゃそりゃ」
大道鋼は非術師でありながら呪霊を視認できた。
真希先輩にも同じ境地に至って欲しい。
そうなれば1級術師の中でも上澄みの実力者になれる。
禪院家の当主になることだって決して夢ではない。
「話を戻しましょうか。次の訓練なんですが……狗巻先輩と釘崎には死んでもらいます」
「おかか」
「既に死にかけだっつーの」
「いえ、比喩じゃなくて本当に死んでもらいます」
「オマエ、本当に何を言ってるんだ?」
真希先輩が呆れた顔で俺を見る。
まあ事情を知らないなら当然の反応だ。
「かつて五条先生は俺の実父に殺されかけたことで反転術式に目覚めて最強になりました」
「……その情報は初耳なんだが」
「つまり死に際で呪力の核心を掴んでください」
死とは呪術にとって重要なファクターだ。
禪院直哉が呪霊になって強くなったのも、死を経験したことが関係しているのかもしれない。
そして俺は転生者なので実際に死を経験している。
落花の情や彌虚葛籠、そして式神の能力だけを引き出す応用技。
こうした高等技能を身につけられたのも、その影響なのかもしれない。
「具体的には心臓を潰して殺します。それと同時に反転術式で一気に治癒するつもりです。ちゃんと生き返るので安心して死んでください」
「無茶苦茶言ってるわね……」
これは原作で乙骨先輩が虎杖の死を偽装した方法と同じだ。
「俺は反転術式をアウトプットできます。そこに顎吐の反転術式を重ねれば腕を生やす程度なら問題なく行えます」
「それって安全性とか大丈夫なのか?」
「非術師の死刑囚で何人か試しましたが問題ありませんでした。生命力の高い術師なら絶対に安全なはずです」
なお協力してくれた死刑囚たちは実験を終えた後に速やかに刑が執行された。
つまり呪いに関する情報を漏洩しない為の口封じである。
平気で人を殺すようなクズ共に慈悲はいらない。
……まあ呪術師だって呪詛師を殺しているわけだが。
「で、どうします? もちろん無理強いするつもりはありませんよ」
「……やってやるわよ! アンタより弱いままじゃ気に食わないしね」
「しゃけ!」
……俺を超えてやると言われると少し嬉しいな。
五条先生の気持ちが少し分かった気がする。
ちなみに他の先輩たちを選ばなかったのには理由がある。
まずパンダ先輩は人間と身体の構造が違いすぎる。
おそらく俺の反転術式では蘇生できないだろう。
次に真希先輩は核心を掴むだけの呪力が無い。
「というわけで早速、2人には死を経験してもらいます」
「本当に死んだら呪うわよ」
「呪術ノ発展ニ犠牲ハツキモノデース」
「不穏なこと言うな!」
「おかか!」
渋谷事変まで残された時間は少ない。
戦える人間を増やす。
使える技術を増やす。
それが今の俺に出来る最善の準備だ。
天才すぎて呪術を教えるのには向かない五条。
簡易領域を門弟以外に教えられない日下部。
1年と2年の担任が教育者として致命的な欠陥がある東京校。