伏黒恵に転生したから魔虚羅をブン殴る 作:鈍い
俺の最終目標は襲い掛かる理不尽を捻じ伏せることだ。
その為に必要なのは圧倒的な強さ。
そこへ至るには魔虚羅の調伏が欠かせない。
魔虚羅を調伏するには3つの要素が必要になる。
貫牛、術式反転、そして領域展開。
貫牛は既に調伏済み。
術式反転も反転術式を使える俺なら、いずれ習得できるはずだ。
問題は領域展開。
それを習得するには結界術を極める必要がある。
「血塗、苦労をかけさせるな」
《加茂憲倫を倒す為に必要なことなんだろぉ。なら仕方ねぇよぉ》
「だとしてもだ。今から行うことは気に食わないと思うが我慢してくれ」
《分かったぜぇ》
血塗は本当に良い子だ。
だからこそ今から行う取引が無駄にならないように頑張らなければ。
「ここにいるんだな?」
「ワフッ!」
玉犬が力強く吠える。
現在地は神奈川県川崎市、里桜高校の近くにある地下水道。
俺たちは案内に従って奥へと進んでいく。
しばらくすると前方から異形の怪物が姿を現した。
彼らは呪いではなく魂を改造された元人間である。
「良い機会だし、新技を試そうか」
《いいぜぇ!》
俺は足元に影を広げ、両手で印を結ぶ。
「血塗蝦蟇」
すると影から血塗のような見た目の蝦蟇が姿を現した。
これは拡張術式によって血塗の魂を式神へ付与したものだ。
俺は虎杖とのスパーリングで魂を捉える打撃を何度も受けた。
その影響で血塗との結合が一時的に緩み、魂を肉体から切り離すことが可能になった。
《ブッシャア!》
血塗蝦蟇が口を大きく開き改造人間たちに向けて血を吐き出す。
彼の血には兄たちほどではないが毒性がある。
それに加えて蝦蟇をベースにしたことで油の呪力特性まで付与されている。
つまり相手の動きを阻害しながら毒を撒き散らすことができるわけだ。
《蝕爛腐術・朽》
術式が発動すると改造人間たちの身体が崩れ始める。
肉が腐り、皮膚が溶け落ち、数秒も経たないうちに跡形もなく融解した。
「流石に相手が弱すぎたな」
《たなぁ》
血塗蝦蟇が残念そうに呟く。
これからの活躍に期待だな。
俺たちは改造人間を蹴散らしながら地下水道の奥へ進んでいく。
すると物陰から何者かが現れた。
それは人の形をしているが顔には不自然なツギハギがあった。
原作知識から、その正体はすぐに分かった。
彼の名前は真人。
人が人を恐れる感情から生まれた呪霊だ。
「たぶん呪術師だよね?」
真人が俺の姿をジロジロと見ながら首を傾げる。
「それにしても凄く大きな魂だね。キミ、本当に人間?」
「半分は人間だな」
俺は転生者だ。
元から存在していた伏黒恵の魂に前世の俺の魂が融合している。
その結果として生まれた今の魂は、普通の人間とは比べ物にならないほど強大なエネルギーを秘めている。
「改造人間にした時が楽しみだね!」
そう言って真人が笑いながら襲い掛かってくる。
距離を一気に詰め、その掌を俺へ伸ばしてきた。
だが触れる寸前、呪力によって奴の手が弾かれる。
「なにこれ?」
「御三家秘伝の落花の情だ」
真人の疑問に俺は端的に答えた。
俺は魂の輪郭を知覚しているので呪力で魂そのものを防御できる。
なので無為転変を無効化できるわけだ。
とはいえ魂に直接干渉されるのは非常に不愉快である。
だから触れられる前に弾いた。
ちなみに落花の情は自動で対象を動く意思の無いプログラムだ。
なので相手の魂を捉えて攻撃することまではできない。
「少し待て。俺は戦いではなく、取引しに来た」
「取引?」
「まずは自己紹介だな。俺の名前は伏黒恵だ」
「確か漏瑚に勝った術師だっけ?」
「そうだ」
そう言うと真人は一歩後ずさる。
まあ今のコイツは漏瑚よりも弱いからな。
警戒するのも当然だろう。
「……取引の内容は何かな?」
「夏油傑に会わせろ」
「ゲトウ、スグル?」
真人が首を傾げる。
やはり知らないふりをするか。
「連絡用の携帯くらい持ってんだろ。祓われたくなければ早く取り次げ」
その瞬間、場に緊張が流れた。
真人は俺をじっと見つめる。
「……仕方ないなぁ」
根負けした真人が口を開いてスマホを吐き出す。
「はい」
吐き出されたスマホが目の前に差し出された。
呪霊の唾液付きとか最悪だな。
俺は出来るだけ触れたくない気持ちを抑えながら受け取る。
「番号はこれだよ」
真人から番号を聞き、俺はその番号へ電話を掛ける。
数回のコール音が響くと何者かの声が聞こえた。
『真人、どうしたんだい?』
「残念ながら俺は真人ではありません」
『……じゃあ、誰なんだい?』
「始めまして羂索さん。俺の名前は伏黒恵です。息子の虎杖くんとは仲良くさせてもらってます」
『……その名前は真人たちにも教えた覚えがないんだけどね。それに悠仁のことまで。なんで知っているのかな?』
「気になるんでしたら術式で身体を乗っ取れば良いんじゃないですか?」
『そこまで知っているとは驚いたよ』
羂索は脳を入れ替えることで他者の肉体を乗っ取る術式を持つ術師だ。
それを利用して千年以上も生き続けている。
いや、乗っ取った肉体の記憶まで引き継ぐなら、実際にはもっと長く生きていることになるのか?
まあ今はどうでもいい。
『それで、用件は?』
「俺を弟子にしてください」
『……は?』
「俺を弟子にしてください」
羂索への弟子入りは血塗からしたら本当に嫌なはずだ。
なにせ自分たちの母親を弄んだ張本人。
それでも彼は羂索を倒す為なら仕方ない、と言って了承してくれた。
感謝してもしきれない。
『どういう風の吹き回しで弟子になろうと?』
「大した理由はありませんよ。ただ、強くなる為ですね」
『本当に伏黒恵かは分からないけど、君が狂っているのは確かだね』
確かに驚くのは当然だよな。
敵の首魁に弟子入りを志願するとか頭おかしい。
だが俺としては至って真面目だ。
『具体的に何を教えて欲しいのかな?』
「領域展開について教えてください」
『領域展開ね』
「はい」
『習得できなかった時はどうなる?』
「習得に失敗した場合のペナルティはありません。もちろん真面目に指導してくださいね」
東京校の教師陣はボンクラしかいない。
五条先生は天才すぎて他人に呪術を教えるのが下手だ。
日下部さんは門弟以外に簡易領域を教えられない。
だったら別の人間から学べばいい。
羂索は閉じない領域という神業を使える。
原作では漏瑚たちに領域展延を教えていた。
師としては呪術界でも屈指の腕前を誇るだろう。
『真面目の定義は?』
「指導中は直接的間接的に関わらず、故意の殺害と無力化の禁止。最低でも12時間は教える。期限は五条悟の封印決行日の1週間前までです」
『……君は何でも知っているね』
ガバガバな縛りを結べば抜け穴を突かれる。
それを考えれば当然の要求だろう。
『代わりに君は何を差し出してくれるのかな?』
「五条先生を獄門疆に封印しようとしていることを口外しません。ただし期限は封印決行日の翌日までとします」
俺は五条先生が封印されるべきだと思っている。
なので端から誰かに伝えるつもりはない。
つまり不要なカードで大きな利益を得ようとしているわけだ。
『改めて条件を確認してもいいかい?』
「①羂索は伏黒恵と血塗に領域展開を教える。習得に失敗した場合のペナルティは無い。指導中は直接的間接的に関わらず、故意の殺害と無力化を禁ずる。最低でも12時間は教える。期限は五条悟の封印決行日の1週間前まで。
②伏黒恵と血塗は羂索が五条悟を獄門疆に封印しようとしている情報を誰かに伝えない。ただし期限は五条悟を封印決行日の翌日まで。
この2つです」
『血塗?』
「呪胎九相図のことです。加茂憲倫だった頃に製作したでしょう」
『ああ、あれか。特級呪物を取り込んでも自我を保ったと聞いた時は驚いたよ』
血塗は式神化したことで俺の身体から離れて動けるようになった。
つまり俺たちは別々に領域展開を使える。
領域の押し合いに負けても追加で領域を展開できるわけだ。
まあ習得できる前提の話なんだがな。
『これは縛りかい?』
「もちろん縛りです」
『それなら交渉成立だね』
「ありがとうございます」
とりあえず前提条件はクリアできたな。
成功する可能性は高いと思っていたが、実際に返事を聞くまでは緊張した。
後は頑張って領域展開を習得するだけである。
ここで失敗すれば全てがパァだ。
『教える時間や場所については日を改めて連絡させてもらうよ。やりとりは今使っているスマホでしようか』
「分かりました。これからよろしくお願いします。メロンパン師匠」
『メロンパン? ……もしかして元ネタはトリビアの泉かい?』
「そうです」
『アハハハッ! 君は本当に面白いね!』
メロンパン師匠が楽しそうに笑う。
原作知識を活用しているだけなので俺自身は面白い存在ではない。
どちらかというと真面目な男だ。
「それでは失礼します」
俺は通話を切った。
そして真人へ視線を向ける。
「というわけでスマホは貰っておく」
「それ、俺の物なんだけど」
「後でメロンパン師匠に代わりを支給されるだろ」
「……仕方ないなぁ」
そう言って奴は不満げな顔をする。
確かに自分の持ち物を奪われるのは嫌だよな。
「ところでさ、今ここで君を殺せば縛りは効力を失うよね」
「おいおい」
次の瞬間、真人が笑いながら襲い掛かって来る。
しかし奴の掌が俺へ届く寸前に拳を叩き込んだ。
「ガハッ!」
真人の身体が大きく吹き飛び地下水道の壁へ激突する。
俺の打撃は魂を捉えるので、かなり効いたはずだ。
もちろん殺してはいない。
彼には大事な役割があるからな。
「じゃあな」
《バイバイ》
俺たちは短く別れを告げる。
こうして地下水道を後にした。
羂索のエミュが難しい。