伏黒恵に転生したから魔虚羅をブン殴る 作:鈍い
2011年の3月に東日本を襲った大震災。
その影響は凄まじく全国的に負の感情が膨れ上がり、呪霊が各地で大量発生している。
現在の呪術界は一時的にキャパシティを超え半ばパンク状態だ。
当然、特級呪術師である五条先生も今まで以上に多忙になった。
俺の修行に付き合う時間すら取れないほどに。
もっとも未来の知識を持つ俺にとっては予想通りの展開だ。
今のうちにやるべきことは既に決めてある。
まずは俺たちが暮らす場所を埼玉県のボロアパートから、東京にある五条家が所有する屋敷へと移した。
順当に進めば津美紀は羂索に呪われて身体を万に乗っ取られてしまう。
一応、治療する方法が存在しないわけではない。
来栖華と虎杖悠仁の術式によって宿った呪物を引き剥がすというものだ。
しかし成功は保証されておらず、そこへ至るまでの道のりも険しい。
だったら最初から呪われないよう立ち回る方が遥かに楽だし確実だろう。
というわけで呪術的な防備が整った五条家へ身を寄せることにした。
非術師とはいえ御三家の庇護下にある人間へ手を出すのは余りにもリスクが高い。
それなら警戒の薄い別の受肉体候補を選ぶ方が合理的だろう。
ついでに八十八橋の呪いも回避できるので一石二鳥だ。
まあ万の行動が予測不可能になるというデメリットもあるわけだが。
俺の選択のせいで別の誰かが犠牲になるのは理解している。
もちろん思うところがないわけではない。
それでも俺は津美紀を救う道を選ぶ。
赤の他人よりも家族の方が大事だからな。
ちなみに引っ越しの名目は呪霊の活発化に備えた安全確保である。
後は震災の影響で住んでいるボロアパートが限界を迎えていた。
そんなわけで津美紀は別の小学校へ転校した。
一方の俺は学校へ通うこと自体を辞めた。
今さら小学校の授業を受け直すより、その時間を修行へ回した方が有意義だからだ。
しかし津美紀から「ちゃんと勉強しなさい!」と怒られたので、五条家に仕える家庭教師から学業を教わっている。
登下校の時間は存在せず、完全な個別指導で、呪術に関する知識まで学べる。
強くなるのを優先する俺にとっては、今の環境の方が遥かに効率的だろう。
思いっきり教育を受けさせる義務に反しているわけだが、そこら辺は呪術師なので色々と融通が利くとのことだ。
そもそも呪術師の家系では子供を普通の学校へ通わせないことも珍しくない。
なぜなら呪力を扱える子供を呪力を持たない子供たちの中へ放り込む方が危険だからだ。
普通の喧嘩なら軽傷で済んでも、そこに呪力が加われば命に関わる事故へ発展しかねない。
虎の子は虎の家族と触れ合うことで牙の鋭さを覚える。
それは呪術師の子供も同様だろう。
だからこそ五条家には子供を教育する為の家庭教師や指導役が用意されている。
とはいえ閉じた世界で価値観を育み、同じ常識を持つ者だけで完結する環境は不健全だと思う。
外からの視線も異なる常識も入り込まない。
そんな閉鎖性を千年以上も積み重ねた結果が今の呪術界の腐敗なのだろう。
まあ今の俺には関係ないことだ。
少なくとも今は自分が強くなることの方が重要である。
その為の環境は整えた。
津美紀の安全も確保した。
修行に専念できる場所もある。
後は己の限界を引き上げるだけだ。
そこで目を付けたのが『浴』である。
これは家宝として秘蔵する器物を呪具へと変えて外敵から守る為に行う儀式だ。
具体的には蟲毒で厳選した生物を潰し、濾した呪力の溶液に器物を十月十日漬け込む。
宿儺は自らの身体に浴を施すことで、魔へ近づき伏黒恵の魂を深く沈めていた。
魔に近づくことは人間から遠ざかるということでもある。
禪院直哉は呪霊へと変じたことで生前を凌ぐ強さを手に入れた。
ならば俺も同じことをすれば更なる力を得られるかもしれない。
普通の人間が行えば心身に深刻な悪影響を受けるだろう。
だが伏黒恵は宿儺の指という特級の猛毒に耐性を持つ。
単なる呪力の溶液に浸かる程度なら何も問題は無い。
しかも俺が暮らしているのは五条家の屋敷だ。
呪いの儀式を行う為の環境にも恵まれている。
というわけで実際に浴を試してみた。
結果は上々。
呪力の総量も出力も並の1級術師と遜色ない水準まで上昇した。
転生による魂の融合で俺は元々かなりの呪力量を持っている。
それでも浴による強化は想像以上だ。
このまま研鑽を積み重ねれば特級の領域にも手が届くだろう。
そして2012年になり震災後の混乱も落ち着き、久しぶりに五条先生へ修行の成果を披露する機会が訪れた。
「キッショ」
俺の姿を見た五条先生は顔を歪ませながら言い放つ。
確かに以前よりも呪力は禍々しくなったけど教え子へ向ける言葉じゃないだろ。
もう少し中身を見てから評価して欲しい。
「恵……何したの?」
「自分に浴を施しました」
「浴って呪具作るやつ?」
「はい」
「キッショ」
まあ虫の死骸を濃縮した呪力のエキスを全身に染み込ませたからな。
言われてみれば見た目も中身も何もかもがキショかったわ。
でも教え子のスカートを履く28歳よりはマシだと思うんですよ。
「そういえば今、お時間あります?」
「キッショ」
「そうですか。じゃあ中庭で待ってます」
「キッショ」
こうして五条先生から許可を取り付けた俺は、そのまま屋鋪の中庭へ向かった。
「それでは始めますね」
「キッショ」
「いい加減しつこいですよ」
「……で、今日は何やるの?」
「もちろん調伏です」
今回も普通に調伏するつもりはない。
せっかく命懸けで挑むのだから少しでも多くの見返りを得たいところだ。
「今回も同時調伏?」
「未だに調伏していない式神は厄介なのしか残ってないので無理です」
脱兎は分裂しまくる。
円鹿は反転術式による再生力。
貫牛は圧倒的な火力を誇る。
虎葬はドリブルが上手い。
流石にアイツらを同時に相手取るのは無謀だ。
まとめて襲ってこられたら確実に勝てない。
「じゃあ普通の調伏かい?」
「それはワクワクしないので却下です」
「というと?」
「脱兎、円鹿、貫牛の連続調伏です」
「……連続?」
「はい」
今回の縛りは単純だ。
休憩を挟まず連続して複数の式神を調伏する。
その代わり戦闘中に式神を1度だけ修復できる権利を得る。
ただし何でもかんでも元通りに出来るわけではない。
破壊された式神を復活させることはできない。
あくまで傷を負った式神を回復させるだけだ。
要するにザオリクではなくベホマである。
まあ本当に効果があるかは分からないけどな。
同時調伏の縛りと違って今回は初めて試す。
もしかすると思ったほどの回復量が出ない可能性もある。
最悪の場合、ベホマではなくホイミだった、なんてことも十分あり得る。
こればかりは実際に使ってみなければ分からない。
とはいえ損にはならないだろう。
今は出来ることをやるだけだ。
必ず成功させてみせる。
※新たに課した縛り
・連続調伏
休憩を挟まず連続して複数の式神を調伏する。
その代わり戦闘中に式神を1度だけ修復できる権利を得る。
完全に破壊されたら修復できない。
要するにザオリクではなくベホマ。