伏黒恵に転生したから魔虚羅をブン殴る 作:鈍い
これから行う調伏は今までの調伏よりも圧倒的に難しい。
なにせ相手になる式神たちが非常に厄介である。
だが俺の式神たちだって負けてはいないはずだ。
「さあ、出て来い!」
「シャーッ!」
「ぱおーん!」
2つの影絵を結ぶと鳴き声と共に大蛇と満象が影の中から姿を現した。
コイツらこそが脱兎を倒す為の最適な組み合わせである。
「それでは、調伏の儀を始めます!」
続けて脱兎の影絵を結ぶ。
すると遠くにある影が大きく波打った。
次の瞬間、その中から大量の白い毛玉が飛び出してくる。
「ウララララ!」
「イヤァーッハ!」
「プルヤッ!」
脱兎は単体での戦闘力が皆無に等しい。
しかしコイツには他の式神にはない厄介な能力がある。
それは分裂だ。
分身が倒されても次々と数を増やし、あっという間に戦場を白い毛玉で埋め尽くしていく。
ただし弱点がないわけではない。
大量にいる脱兎の中には1体だけ腹部に紋様を持つ本体が存在する。
そいつを見つけて倒せば他の脱兎もまとめて消滅する。
裏を返せば本体を見失えば奴らの呪力が切れるまで相手にし続ける羽目になる。
今回の俺にとって、それはかなり厄介な問題だ。
なにせ脱兎だけを倒して終わりではない。
休憩を挟むことんく次の式神との調伏が控えている。
無駄に時間と体力を使えば、そのツケは後の戦いで払うことになる。
なら出来るだけ早く本体を見つけて仕留めるしかない。
「満象、薙ぎ払えッ!」
「ぱおーん!」
満象が鼻を高く掲げて凄まじい水流を放つ。
地面を削る勢いで水が押し寄せ、脱兎の群れを次々と飲み込んでいった。
「ウラッ!」
「ヤハッ!」
大量の脱兎が水に押し流されて地面を転がっていく。
だが全てを倒し切ることはできない。
残った脱兎がいる以上、時間を置けば再び数を増やしてしまう。
このままではいたちごっこだ。
しかし俺には策がある。
実は連続調伏に挑む前、脱兎や円鹿たちとは何度か戦っている。
もちろん五条先生や夜蛾学長に途中で介入してもらったので儀式としては失敗扱いだ。
それでも実戦を繰り返したことで脱兎の行動パターンは把握している。
奴らは分身の数が多い時ほど好戦的になる。
逆に数が減ってくると途端に逃げ始める。
ならば逃げにくい環境を作ればいい。
今回の戦場に選んだのは耕作地だ。
つまり地面は土。
そして今は満象の水流によって大量の水が撒き散らされている。
土と水が混ざり合い辺り一面が泥濘と化していた。
これでは脱兎も思うように走れないだろう。
まあ俺も思うように動けないわけだが。
……今更だが鵺と満象を戦わせた時も環境を利用すればよかったな。
例えば鵺は空を飛ぶ。
なら室内に閉じ込めてしまえばもっと楽に倒せたはずだ。
我ながら、まだまだ戦い方が甘い。
「シュルルルッ」
大蛇が泥濘の上を這っていく。
コイツの元ネタはヘビ。
細長い身体を広げて地面と接するので体重が一カ所へ集中しない。
そのおかげで、これだけ泥が深くても身体が沈みにくい。
こうして殆ど速度を落とすことなく脱兎の群れへ迫っていく。
続けて2つ目。
ヘビには熱を感知するピット器官がある。
その性質を術式へ取り込み大蛇に呪力量を感知する能力を与えた。
その結果、何度か脱兎と戦う中で分かったことがある。
分裂するのは本体だけ。
そして本体が分裂する時だけ呪力量が大きく跳ね上がる。
「そこだ!」
「シャーッ!」
大蛇が1匹の脱兎へ飛び掛かった。
牙が腹部へ食い込み毒が一気に流し込まれる。
ウサギの天敵はヘビ。
その関係性を考えれば相性が悪いのは当然だ。
「ハァ?」
脱兎の本体が間の抜けた声を漏らす。
次の瞬間、その身体が黒い影へと溶けていった。
それと同時に周囲に残っていた脱兎たちも次々と姿を消していく。
……満象の時も思ったけど哺乳類を攻撃するのは心が痛むな。
「よし!」
これで終わりだ。
脱兎の調伏は成功した。
次は円鹿の調伏だ。
「ぬん!」
すると珍妙な鳴き声と共に円鹿が姿を現した。
こいつの厄介さは反転術式にある。
自らの肉体を治癒するだけでなく、他者の傷まで治すことができる。
しかも他者の呪力を中和して術式の効果を無効化することも可能だ。
要するに滅茶苦茶タフな式神である。
強いというより面倒な相手だ。
反転術式は途轍もなく呪力を消費する。
それ自体は円鹿も例外ではない。
ただし奴の呪力効率は異常だ。
普通の術師なら呪力操作によって反転術式を扱う。
対する円鹿は術式そのものに反転術式が組み込まれている。
この違いは大きい。
呪力を電気に例えるなら術式は電気を流して動かす家電のようなものだ。
同じ電気を使うにしても、そのまま利用するより家電を通した方が効率よく使える。
つまり円鹿は反転術式を使うために必要な呪力が普通の術師よりも少ない。
現に呪い王たる宿儺でさえ万の液体金属に流れていた呪力を中和していた際、自らの手で反転術式を使わず円鹿を利用していた。
……まあアレは伏黒の魂を更に深く沈める為のパフォーマンスかもしれないが。
とはいえ円鹿の呪力効率が優れていること自体は事実だ。
呪力切れまで待つのは得策ではない。
つまり別の方法で仕留める必要がある。
「玉犬・渾」
「わんわんおっ!」
俺は満象を影へ戻して玉犬を顕現させる。
戦場は未だに泥だらけだ。
円鹿も玉犬も足を取られて満足に動くことが出来ない。
「ぬぬん!」
そう言って円鹿が正の呪力を放つと地面に残っていた満象の呪力が中和され、泥濘が急速に元の状態へ戻っていった。
ここまでは想定通りだ。
円鹿を倒すために満象を残しておく必要はない。
あの程度の範囲攻撃では円鹿を削り切れないからな。
「玉犬を軸にして攻めろッ!」
「ガウガウッ!」
玉犬が一気に距離を詰めて円鹿の喉元へ爪を叩き込む。
肉が裂けて黒い影が噴き出した。
しかし傷口がみるみる塞がっていく。
「ぬぬっ!」
円鹿が立派な角を振り上げて玉犬を押しのけた。
流石に反転術式が使えるだけの式神ではないな。
とはいえ玉犬を跳ね除けるので精一杯らしい。
その隙を逃さず大蛇が背後へ回り込む。
「シャーッ!」
「ぬんっ!?」
大蛇の牙が円鹿の身体へ食い込んだ。
直後、円鹿が口から黒い影を吐き出して苦しみ始める。
なにせアイツの牙には毒が宿っているからな。
そして反転術式には毒という厄介な弱点が存在する。
単純な欠損なら傷を塞げば済む。
だが毒の場合は体内へ侵入した有害物質を特定し、それを除去しなければならない。
その分だけ高度な呪力操作が必要になるし当然ながら時間も掛かる。
おそらく円鹿は正の呪力で毒を中和してくるだろう。
しかし処理を実行するには相応の時間が掛かるはずだ。
「グルルルッ!」
玉犬が再び飛び掛かる。
今度は円鹿の胴体を爪で大きく切り裂いた。
しかし奴は必死に身体を捻じり抵抗する。
そこへ大蛇が追い打ちを掛けた。
「シャーッ!」
再び牙が食い込み毒が注ぎ込まれる。
外側からは斬撃、内側からは猛毒。
その両方を同時に治療するのは容易ではないだろう。
「ぬぬぬん!」
円鹿は必死に攻撃へ耐えている。
こちらも決定打を欠いているが向こうも回復に追われている。
状況は拮抗していた。
ただし俺はまだ攻撃に参加していない。
ならば、ここでダメ押しといこう。
俺は影の中から1本のサバイバルナイフを取り出した。
コイツは呪術師になる前から使い続けてきた愛用品だ。
調伏の儀は術師本人の力だけで行わなければ成功しない。
これは式神へ干渉している呪力が術師自身のものかどうかで判定される。
要するに呪具を使って倒すのはアウトだ。
なにせ術師と呪具では纏っている呪力が別物だからな。
だがコイツの場合は俺が長年使い込んだことで呪具化している。
つまり術師と呪具の纏っている呪力が同じなので持ち込みOKだ。
「今だッ!」
俺は円鹿へ向かって駆け出す。
そして玉犬と大蛇が作った隙を利用して懐へ潜り込む。
相手は必死に攻撃から頭部を守っていた。
ならば狙う場所は決まっている。
「喰らえッ!」
ナイフを振り上げ、そのまま頭部へ突き立てた。
1度、2度、3度。
怒涛の勢いで刃を叩き込む。
反転術式使いの倒し方は毒だけじゃない。
呪力は腹だが術式は頭で回す。
それは式神でも変わらないだろう。
つまり頭を破壊すれば解決だ。
「ぬん……」
とうとう円鹿の身体から力が抜けた。
その巨体が黒い影へと変わり地面へ溶けていく。
いくらタフな円鹿でも、これだけの攻撃が重なれば流石に耐え切れなかったようだ。
……それにしても満象や脱兎と同じ哺乳類を倒したわけだが全く罪悪感が湧かないな。
円鹿くんは顔がアカンわ。
※サバイバルナイフ
玉犬・白、鵺、円鹿を屠った。
かなり強い呪具になってそう。