スイートプリキュア♪ -ArrangeScore- 作:おとともの
メイジャーランド。王宮の傍らに浮かぶ構造物である音楽堂内で、メイジャーランド人による合奏が行われていた。
メイジャーランド人の持つ音の力を演奏によって強化し、終焉のメロディが生み出す破壊の力を抑え込み、世界のメロディを少しでも活気付かせるための演奏。
演奏の中心で指揮を執るアフロディテは、メイジャーランド人の演奏の中にある不協和音を感じ取っていた。
(……ここにいるメイジャーランド人は皆音楽の技術は非常に高い…………だけど、この演奏には、プリキュア達のようなハーモニーが無い……)
不安、恐れ、恐怖……終焉のメロディによってそれぞれの奏者の心に落とされた影が、演奏に僅かな歪さを生み出していた。
(プリキュア達、お願い……クレッシェンドトーン様を、早く……)
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メフィストの放った赤髭兵を全て蹴散らし、メロディとアコ、ハミィが島の中央に向かう。
破壊の音の衝撃から回復したビートとシンフォニー、二人を助けたメイジャー3が島の中央に向かう。
島の両端からそれぞれ両チームは中央に向かって走り、音符の塵が晴れて剥き出しになった広場の更に中心部分で合流する。
そこには、マイナーランドの王たるメフィストと、空中高い場所で伝説の楽譜と共に浮かぶデクレッシェンドキュアリズムの姿があった。
キュアメロディ、キュアビート、キュアシンフォニー、ハミィ、アコ、シャープ、ナチュラル、フラット。……セイレーンを除くマイナーランド攻略の決死隊が、メフィストの前に揃った。
「ようこそ諸君。我がマイナーランドへ。歓迎しようではないか。……ここまで来れなかった者は、もてなす事が出来ないのが残念だがな」
セイレーンを指したメフィストの言葉に、彼女を想ってメロディ、ビート、シンフォニーが怒りに顔を歪める。さすがのハミィも険しい表情を見せている。
メフィストは自分を睨みつけるメロディに対して冷たい怒りの視線を返した。
「本来の歌姫が終焉のメロディを歌っておれば、とっくに世界の音は破壊尽くされていたものを……だが、貴様らに俺様の計画を止める事など出来ん!」
メロディ、ビート、シンフォニーは目配せをした。終焉のメロディを止め、奏を救い出すには……デクレッシェンドキュアリズムという、奏を覆う偽りの姿を浄化すればいい。
「ビートソニック!」
「チューニング1! ブラストトランパー!」
ビートが飛ばす音符の矢とシンフォニーの放つ光の竜巻がリズムに向かう。しかし、リズムはその翼を一回羽ばたかせると、その羽ばたきの音すらも歪んだ不快な音へと変わり、周囲に撒き散らされたその音波が音符の矢を砕き、光の竜巻を掻き消してしまう。しかも、その余波が地上の皆を襲い苦痛を与える。
「くっ……!」
「メロディ、ベルティエを! チューニング3! ブリルランテ・チャージ!」
シンフォニーがシャイニングトランパーから力を放出し、ミラクルベルティエ、ファンタスティックベルティエそれぞれに合体するミリーとファリーが光を吸収する。
「力充填ミミー!」
「やってやるファファ!」
「フルチューニング! ミュージックロンド!」
右手にミラクルベルティエを、左手にファンタスティックベルティエを持つメロディが全身を回転させ、ベルティエの先端についたミリーとファリーが光の軌跡を描くと、メロディを囲うように二つの光のリングが形成される。
「……ドッピオコーロ!」
メロディがベルティエを振り上げる事で囲っていた二つのリングが浮き上がり、更にベルティエを振り下ろすと、トーンのリングの二重奏がリズムに向け飛んでいく。
リズムはすっと右手を持ち上げると、手のひらを自身に向かう攻撃に対してかざす。二つのトーンのリングは手のひらから発せられる障壁によって抑え込まれ、リズムには届かない。
「その程度の音の力はデクレッシェンドトーンの力の前では無力だ。やれい、デクレッシェンドキュアリズム!」
メフィストの言葉に反応し、リズムが口を開き、終焉のメロディを再び歌い始める。音が奈落に落ちていくような旋律が、不快で絶望を呼び起こすような音色が、二重のトーンのリングを一瞬で拡散・消滅させ、その力がメロディ達を襲う。
「うっ、あああぁぁぁぁぁ………っ」
破壊の音による衝撃のダメージ、力を奪う終焉のメロディの力。それらが襲いかかり、皆の力を奪っていく。メロディ達プリキュアはなんとか体勢を維持しているが、それ以外のメンバーは片膝をついて今にも倒れ込みそうになっている。
「……う、うぅ…………パパ! もうこんな事はやめて!」
へたり込んで両手を突きそうになっていたアコが、必死に破壊の音の圧力に抗いながらメフィストに向け訴えかける。
「言ったはずだ。お前がどう言おうと、今更引き返すつもりはないと! 性懲りもなく俺様の前に現れるとは……!」
自分の娘を前にしても、メフィストはその行いをやめるつもりはなく、もはや加減もするつもりがないようだ。
「アコちゃんの、自分の娘の声も、届かないっていうのか……!」
「駄目だわ、ヒーリングチェストを……クレッシェンドトーン様を取り戻さなくては……!」
娘からの言葉を無下にするメフィストに怒りを見せるビート。アコの言葉には心を動かさなかった様子のメフィストだったが、シンフォニーが言った言葉には反応を見せた。
「ほう、なるほど。お前達はこのガラクタを取り返しに来たというわけか?」
メフィストが片手を上げる動作でリズムの終焉のメロディの歌唱を停止させる。そして、黒い靄のような球体に包まれた、華やかな宝石箱のような物体がメフィストの手のひらの上に出現する。
「あれは……ヒーリングチェスト!?」
「そんなに欲しいのならほれ、返してやろう。受け取るがいい!」
ヒーリングチェストを覆う靄が掻き消え、手で受け止めたそれをメフィストはメロディ達に向けて投げつける。ガランガラン、と音を立てながら地面を転がるヒーリングチェストを、慌ててメロディが駆け寄って掴み上げた。
メロディはヒーリングチェストを持ち直すと、その上蓋を開く。中には、色とりどりの鍵盤がアーチ状に配置され、その中央に桃色の巨大な宝石が埋め込まれている。
中央の宝石が弱々しく明滅したかと思うと、そこから浮かび上がるように半透明な姿が出現する。フェアリートーンに酷似した姿。金色の身体と左右に広がる金の翼。フェアリートーンの生みの親であるクレッシェンドトーンの姿がそこにあった。
「あ、あなたがクレッシェンドトーン様……!?」
「あなたは響ですね……プリキュア、あなた達に会えるのを心待ちにしていました」
マイナーランドに来た目的。音を生み出す力を持つ伝説的な存在クレッシェンドトーン。皆の期待の籠った目がクレッシェンドトーンの姿に集中する。
「クレッシェンドトーン様、お願い! この世界の音を、破壊されてしまった音を元に戻して!」
メロディのヒーリングチェストを持つ手に力が入る。しかし、メロディの必死の訴えに対し、クレッシェンドトーンは申し訳なさそうに、弱々しく身体を横に振った。
「ごめんなさい、響……今の私は、その力の全てをデクレッシェンドトーンを生み出すために使われてしまい、新たな音の力を生み出す余力は残っていないのです……」
「そ、そんな……」
「じゃあ、あたし達は、何のために……!」
沸き上がった期待は一瞬で打ち砕かれ、アコはがっくりと両手を突く。
自分達の戦いが、セイレーンの犠牲が、無意味なものだったのかと、ビートやシンフォニーも悔しそうに肩を震わせている。
「だぁーっはっはっは! 骨折り損だったなぁ、プリキュア諸君? もはや誰にも……お前達プリキュアにも、あのアフロディテにも、俺様は止められん! この世界から間もなく、全ての音が消えてなくなるのだ!」
「どうして……」
「ん?」
「どうして…………音を、音楽を、全て消してしまおうなんて、そんな事が出来るの!? あなたも、セイレーンと同じなんでしょう!?」
地面に跪き、グッと両手でヒーリングチェストを掴んでいたメロディが、そっとヒーリングチェストを地面に置き、立ち上がってメフィストを怒りと悲しみが入り混じった目で睨む。
「ハミィとセイレーンの歌を聞いて分かった。マイナーランドの音楽って、本当は他人を悲しみに落とすためのものなんかじゃない。自分の中の、音楽への抑えきれない強い想いを音に変えたものなんだって!」
結界を破る時の、ハミィとセイレーンの重唱が思い起こされる。二人の歌には、それぞれの音楽への思いが込められていた。それは、メイジャーランドとマイナーランドの対比であり、マイナーランドの音楽の源泉、音楽への悲しみがセイレーンの歌には宿っていた。
「セイレーン……」
響の言葉を聞いて、ハミィの心がちくりと痛む。あの重唱の中で、ハミィは響と同じようにセイレーンの心の奥底にあるものを感じ取った。そして、その心を理解出来たと思った矢先に、セイレーンは……消えてしまった。
「音楽が大好きなのに、その音楽に素直に向き合う事が出来ない。そんな辛さと、悲しみで生まれる強い想い……それがセイレーンの歌にはあった。メフィスト、あなたもそうなんでしょう? 誰よりも音楽への強い想いを持ってるから、挫折した時、その気持ちが憎しみにまで変わってしまう……」
自分自身の想いを重ねながらメロディは語る。音楽を捨てたあの時。想いを背負った演奏で挫けた時。二つの演奏会の記憶が重なって心を揺るがす。胸に刺さったままの棘が、音楽への想いを呼び起こす度に痛みを誘発する。
「わたしにも分かるよ、その気持ち…………でも、どんなに悲しくても、どんなに苦しくても、音楽そのものを無くしちゃったら、もう二度と、大好きな音楽と向き合う事が出来なくなっちゃうんだよ!? あなたは本当にそんな事を望んでいるの!? 本当は、音楽を楽しみたいって、そんな気持ちがあなたにも残ってるはずだよ!」
必死で訴えるメロディの表情には、最終的には怒りよりも悲しみの感情が強く現れていた。自分も同じ過ちをした。音楽を憎みたくなる気持ち、遠ざけたくなる気持ちも、メロディにはよく分かる。
でも……だからこそ、その気持ちが分かるからこそ、それで終わってはいけないのだと、メロディは訴える。もう一度向き合って、その想いを再確認出来なかったら……自分はきっと今も苦しんでいただろうと、そう思うからだ。
アコもその言葉が父に届いてくれるのではないかと、期待と不安の入り混じった表情を浮かべている。
「どこまでもおめでたい奴だな、お前は……メイジャーランド人に、音楽を楽しむ気持ちなどと……」
「え……?」
メフィストの口から返されたのは肯定でも否定でもなかった。メロディが想像していたような、音楽を愛するが故の苦しみや怒りではない。もっと、別の角度から生まれる苛立ち……
「メイジャーランドという国がなぜ存在するか分かるか? ……メイジャーランドは世界のメロディの調律のために存在する。音楽を操る能力そのものが存在価値となる国。だからこそ音楽の才を持つ者、能力が高い者は称賛され、権威を持つ。……メイジャーランドでは音楽とは力そのもの! 競い合い、上下関係を決めるためのものなのだ!」
「そんな事って……」
メフィストの話すメイジャーランドという国の在り方に、地上の出身であるメロディとビート、シンフォニーの三人は戸惑いを隠せない。
メロディがふと気づいて後ろを向く。メイジャーランドで近衛兵をやっているというメイジャー3。彼らは複雑な表情をして、やや視線を外している。そして、メフィストの言葉を否定しない。
「そんニャ、そんニャの……」
同じくメイジャーランド出身であるハミィはその言葉を否定する言葉を言おうとしたようだったが、言葉が最後まで続かない。ハミィ自身も、先ほどのセイレーンとの合唱で、その想いの内を理解してしまった。だから、メフィストの言葉をはっきりと否定が出来ない。
「俺も同じだ。先代王の息子である俺は、生まれた時から周りの人間と競うように音楽を学んでいた。俺様にとっての音楽は、とっくの昔に、王になるためだけの手段に変わっていたのだ!……そして、アフロディテとの競争に敗れた後、俺は知った。王を選定する者達の中に、この俺様を王にさせないようにする動きがあったという事をな」
「まさか! 王を決めるための儀式に、不正があったってこと!?」
「それは……聞き捨てならない話だな」
メフィストの語る内容。メフィストはメイジャーランド王となるための手段として音楽を振るって来た。しかしその話はメフィスト個人の恨みの話では終わらず、メイジャーランドという国の負の側面にも繋がっていた。メフィストの言葉にビートが驚き、先ほどの話には口を挟まなかったメイジャー3のシャープが反応する。
「ああそうさ! 奴らは言ったよ。王を決める儀式の遥か以前から、アフロディテを王とする事はとっくに決まっていたとな! 先代王の息子という俺の立場に擦り寄って来た連中もいたというのに、奴らは俺様が王として目指している理想を知った途端、自分たちの権力が脅かされるのではないかと考えて手のひらを返した!……俺様が『メイジャーランドの調和を乱している』などと言ってな!」
その語りに力が入ると共に、メフィストは顔の前で拳を握りしめて震わせている。
「音楽の国メイジャーランドだぁ? 笑わせてくれる。音楽の実力が全てを決める……あの国ではそれすらもただの建前でしかない!…………そして、俺様が敗北した時の屈辱や無念すらも……紛い物だったのだ!」
握りしめる拳の震えが一層大きくなったかと思うと、メフィストは怒りも含めた自身の感情を投げ捨てるかのように手を振り払った。
「じゃあ、あなたが音楽を消そうとしているのは、メイジャーランドへの復讐のため……」
メフィストのこれまでの発言から、その行動の意図を探るシンフォニー。メフィストからは、音楽に対するものと同じかそれ以上に、メイジャーランドへの怒りが感じられる。
「復讐? 復讐か。確かに……音楽がこの世から消えれば、メイジャーランドに存在意義などなくなる。あの国に対してはこれ以上ない最高の復讐になるな。だが……そんな事すらもはやどうでもいい」
急に怒りの感情が抜け落ちて、無気力になったような様子のメフィストのその言葉に、一同は戸惑う。しかしそれは、次の大きな波が生まれる前の静けさだった。
「耳障りなんだよ何もかも全てが! 上辺だけの言葉、見せかけだけの声! メイジャーランドの形だけの言葉も音楽も、何のしがらみもなく楽しそうに演奏している連中の音楽も!……何もかも、全て!」
その言葉を聞いて、ビートは何かを察してメフィストの身体のある部位に意識が向く。顔の左右、耳を覆うように取り付けられた蓋のようなアクセサリ。
「……だから、だからそうやって耳を塞いでるの!? 周りの人の言葉や音楽が、自分を傷つけたりしないように!」
ビートの言葉を聞いて、シンフォニーは哀れみを含んだ表情でメフィストを見る。
「可哀そうな人……そんな風に耳を塞いだ所で、あなたの目の前に存在する世界が、変わる訳じゃないのに……!」
「ああその通りだ! どんなに塞いでも聞こえてくる、耳障りな音が、音楽が!……だから俺様は、全てを消してやる事にしたのだ! もうすぐ、お前達のその声も聞こえなくなる! そしてもう二度と、音楽を奏でる事など出来なくなる!」
メフィストの怒号と共に、リズムが再び口を動かして終焉のメロディを歌い始める。空中から放射状に破壊の音の力が一気に広がり、メロディ達はその圧によって押し返されてしまう。
破壊の音の力に抗おうとしている一同の中で、一番力が弱いアコは強力な音の力の前に地面に転げてしまう。しかし、それでも必死に身体に力を込めて立ち上がり、前に進もうとする。自分の想いを、父に届けるために。
「……パパが、音楽のせいで苦しんだのはよく分かった…………でも、だったらなんで!? そこまで辛いんだったら……音楽も、メイジャーランドも、みんな捨ててしまったって良かったじゃない!」
アコの心の底からの叫び。その訴えを聞いて、メフィストが顔を伏せる。リズムの歌唱が再び止まり、一瞬静寂が生まれる。
「……パパと音楽が出来なくなったとしても、あたしはパパやママと一緒にいられるんだったら、それで…………それだけで良かったのに!」
アコが言い切った後、しばらく無音の空間が広がった。破壊の音で音の力が掻き消されたのともまた違う、重苦しい沈黙。やがてメフィストが口を開く。
「やはり親子だな……お前もあいつと同じ事を言う」
「えっ…………?」
その言葉に籠っていたのは、怒りでも、悲しみでもなかった。メフィストがゆっくり顔を上げる。その表情は、今まで見せたどれとも似ていないものだった。
「…………この俺から音楽を取って、後に一体何が残る?」
そこには感情がない。感情の波がない。激情のような怒りも、深く沈み込むような悲しみも。全てが抜け落ちて、どこまでも通り抜けるような空虚さだけがそこにあった。
「あいつは言っていたよ。『あなたの音楽を愛しています』『あなたの音楽と共にありたい』と。……それが、それを言ったのと同じ口で…………『音楽なんて捨ててしまってもいい』だと!?………………クッ、ククッ……はっはっは、はは…………」
「パパ…………」
メフィストは右手で顔を覆い、乾いた笑いを途切れ途切れに発する。一体何に笑っているのか。妻の言葉に対してか、それとも自分自身に対してか。
アコには、そんな父親に対してかける言葉がもはや見つからない。
「どれだけ苦しくても、どれだけ憎く思っても! それでも俺の人生には『音楽』しかなかったのだ……!」
顔から手を剥がした時には、再びメフィストのその表情に色が戻っていた。失望から来る怒りの感情という名の色が。
「最初から存在しなければ良かったのだ、こんなものは! 全て初めから存在しなければ、俺はこんなものにこだわる必要も、苦しめられる事も無かったっ!」
メフィストを再び怒りの感情が覆うと共に、リズムは終焉のメロディを再開する。メフィストの感情のボルテージが増大するのに合わせるかのように、リズムの歌う終焉のメロディの破壊の力が高まっていく。
「ま、まずい!」
「この力は……!」
「そうだ、消えてしまえ! 音など、音楽など………全部!」
終焉のメロディが、破壊の音の力が一気に高まって周囲に広がり、メロディ達はその力に吹き飛ばされた。爆風のような轟音が響いたかと思えば、その音が奈落に落ちるように遠ざかり、周囲の音と共に消えていく。メロディ達は、自分達が地面に叩きつけられた音すらも聞く事がなかった。
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その頃。地上――――しらべの館で。
「なんとか間に合った……これで、全ての調整が完了じゃ」
響達を見送ってから、しらべの館でパイプオルガンの最後の調整を続けていた音吉。終焉のメロディの残響が音の力を掻き消し、地上から、世界からも音の力が消えそうになっていた今この瞬間に、音吉はついにその調整を終え、しらべの館に備え付けられた……いや館と一体化したパイプオルガンを完成させたのだ。
音吉はホール中央奥の席に座り、左右を見渡す。各パイプを有効にするためのストップノブを確認していくつかを引く。
パイプオルガンを演奏する準備と共に、音吉も己の身体の呼吸と脈動のリズムを整える。パイプオルガンと自身を一体にするように、両手両足を所定の位置に置く。両手の指先は手鍵盤に、両足はペダル鍵盤に。
そして、演奏を始める。両手両足がそれぞれ動き、それぞれが主旋律、伴奏、低音とそれぞれの音を扱う、一人の人間が合奏団の役割を全身でこなすかのような演奏。
鍵盤が押し込まれる事によってパイプの弁が開き、送り込まれた空気が通り抜け音を響かせる。それはまるで、パイプオルガンが大きく呼吸しているかのよう。
そう、音吉はその演奏によって、パイプオルガンに命を吹き込んでいるのだ。
無数に並んだパイプから、音が、音楽が広がる。その場の空気を、壁を、天井を揺らし、その音色は大きく広がっていく。……はずだった。
しらべの館の外。音の力が破壊されて、静寂に包まれる世界では、音吉の奏でる荘厳なパイプオルガンの演奏も、周囲に僅かにかすれた音を発するだけだった。
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(……何も、聞こえない)
メロディは暗闇と絶対の静寂が支配する世界に居た。
まぶたが上がらない。地面に倒れたまま、起き上がる力が湧かない。
……いや、自分が本当に倒れているのかすらも、分からない。冷たい感触はあるが、地面を伝わって来るような振動が一切ない。どこまでも深い沈黙だけがそこにある。
周囲が静かだと、自分の心臓の鼓動の音が逆にうるさいほど響いて来るものだが……今の彼女には、そんな音も聞こえない。自身の鼓動の音が聞こえないと、自分が本当に生きているのかどうかも分からない。
ふと、仲間に手を伸ばそうと思った。しかし、周囲に音はない。仲間の声も、仲間の鼓動も聞こえない。手を伸ばそうにも、どこに伸ばせばいいのか、分からない。
自分がどこにいるのかも、仲間がどこにいるのかも、何もわからない。音も、心も、何も響かない空間。
(音が消えるって、こういう事なんだ…………もうわたし、本当に……)
もう、何も聞く事が出来ないのか。仲間の声も、心に響く音楽も。そんな風に思って、メロディの心が闇の中に沈んでいきそうになった時だった。
(…………?)
沈み込みそうになった闇の向こう。倒れている地面の下、いや……浮島を突き抜けた、空中を挟んだ地上から、ほんの僅かに、ほんの少しずつ、ドアをノックして呼びかけるように……メロディの胸を叩くものがあった。
今にも掻き消えてしまいそうな、とても小さい振動。それが、トン、トン……と一定の間隔で身体を僅かに揺らす。そこには……リズムがある。
胸を叩く振動に、高さが生まれる。高く伸び、そして落ちる、振動の力の揺らぎが、無色の揺れに色を与える。そこには……メロディがあった。
消えたはずの音。何も響かないはずの静寂の世界で、メロディは確かに”音楽”を聴いた。ほんの僅かにだが、空気を揺らして身体に音を響かせる演奏。
(これは、パイプオルガン?……音吉さんの……?)
そうだ。とても小さく、今にも消えてしまいそうな音だったが、それは確かにパイプオルガンの音だ。
音吉さんが、遂に完成させたのか。メロディはそう考えた。その考えは正しかったが、何かが欠けていた。メロディの胸を叩き、身体に響く音。それは、パイプオルガンの音色だけではない。
パイプオルガンの音が、それと共に別の音を、旋律を運んできている。いや、複数の重なる音が、協力し合って、増幅し合って、その音楽をメロディに届けている。
音吉のパイプオルガンだけではない。それだけでは、メロディの身体に、耳に、音楽が届く事などなかったのだ。
(これは、この演奏は…………!)
重く沈んでいたメロディのまぶたが持ち上がった。
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「……王子くん。こんな所で座ったままでいいのかな」
……地上。町中のベンチに身を預けてぐったりとしていた王子正宗に、北条団が話しかける。団の隣には、妻であるまりあも共に居た。
不気味な静寂に包まれたかのん町の中で、不思議と普段通りの様子の団だったが、その話し声もかすれたように弱々しく聞こえる。
「……先生。……僕にも、何故こうなっているのか分からないんです。……元気が出なくて。……いつものかのん町なら、どこからともなく音楽が聞こえてくるのに、今は、何も聞こえない…………」
弱々しい王子の様子に、団は場違いな満面の笑みを見せた。
「聞こえない……なんて事はないだろう?」
「ほら、よぉ~く耳を澄ませて。聞こえてくるはず。楽しげな音楽が……」
団の隣に居るまりあは瞳を閉じ、片手を耳に当てる。音が消えゆく世界で、僅かに残った音を取りこぼすまいとするかのように。
王子は背もたれに預けていた身体に力を込めて背筋を伸ばすと、まりあに倣って瞳を閉じた。
瞳を閉じると、暗闇の世界で静寂が襲い掛かり、自身がこの世界に一人残されたような感覚になる。
……だが、そこは孤独な世界ではなかった。この闇の中で一人ではない事を示そうと、伝えようと、どこかから聞こえてくるものがある。
「…………本当だ…………聞こえる。かすかにだけど、音楽が!」
王子がそれに気づいて目を開き、立ち上がるのを見て、団はうん、と一回頷く。
「王子くん。僕らもうかうかしていられない。皆で奏でようじゃないか。素晴らしい音楽を!」
「はい!」
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メロディが上半身を勢いよく起こす。
「聞こえる……音楽が……! 音吉さんの、パパの、ママの、王子先輩の音楽も!」
マイナーランドの中心。周囲は相変わらず静けさが広がっている。しかし、今のメロディには確かに、身体を揺らし、心に響く音楽が届いていた。
耳に、胸に、全身に広がる音楽は、演奏する人たちの姿を心の中に描き出す。
しらべの館でパイプオルガンを演奏する音吉の姿があった。
ピアノを演奏する団。その隣でヴァイオリンを弾くまりあの姿があった。
また別の場所で、王子が集めた仲間達……音楽王子隊が王子のピアノ演奏に合わせて旋律を響かせている。
ビートとシンフォニーもメロディと同じように体を起こした。
「これは……女子サッカー部のみんなの音楽だ!」
マナとカナ、ハルナ部長、女子サッカー部のメンバーが各地で演奏している。
「スイーツ部のみんなも……!」
アヤとケイコ、スイーツ部のメンバーも、思い思いの演奏を行っている。
プリキュアの三人に続いて、アコも起き上がった。自分を包むように、支えてくれるように響く音楽に力をもらって。
『アコ……どこにいるか分かんねえけど、きっと聞こえてるよな、この音楽……』
「奏太……!」
奏太がリコーダーで演奏している。届けたい想いを響かせるために。
『アコちゃん!』
『また一緒に演奏しよう!』
「みんな……」
そして、サトルとユイのリコーダーも。共に音を合わせ、演奏した時の想いが蘇る。
「こいつは一体……」
「地上の人達が、演奏してるのか……」
「みんなの音楽が、みんなの想いが、伝わって来るニャ!」
メイジャー3やハミィも、地上から立ち上る不思議な音楽に押し上げられるように身を起こす。メイジャー3は状況に戸惑っているが、ハミィは地上の人々の想いを感じ取って、元気に飛び跳ねて見せる。
「………………………………」
仮面のように硬直していたリズムの表情が、僅かに揺らぐ。意識が深く沈んでいても、その心の奥底に、皆の音楽は届いている。両親の南野美空と南野奏介、弟の奏太、そして……王子の音楽が。
一つの音の広がりが別の人の演奏を引き起こし、その音がまた誰かの演奏のきっかけとなる。かのん町の中で小さな灯が一つずつ灯っていくように、音の、音楽の輝きが町全体へと広がっている。
スイーツ部や女子サッカー部。更に合唱部の合唱や管弦楽部が集まったオーケストラ。アリア学園の生徒達に、商店街の人々も。音楽の繋がりが生んだ、広げていった想いが集って音楽となる。
ほんの僅かしか響かなかった、音吉のパイプオルガンの音色。その小さな音から少しずつ、少しずつ広がった演奏の輪、その共鳴……
その演奏には指揮者もおらず、楽譜もなく、それぞれが思い思いに、バラバラに演奏しているはずなのに、どこか調和が取れており、その光景は、まるで……町全体が一つの大きな音楽を奏でているようだった。
「ホワイトスコア<白紙の楽譜>…………!」
メロディが目を見開く。音吉が語った、幻の演奏。楽譜も残らない、形のない演奏。それが、今かのん町で再び一つの像を描き出した。過去にも未来も存在しない、この瞬間が作り出す、たった一度の、楽譜に刻まれない演奏。
「馬鹿な……何も聞こえるはずがない! 音の力は全て消え失せたのだ!」
狼狽するメフィスト。口では否定しているが、彼自身も、伝わって来る音楽を感じていた。耳を塞いでいても、身体を通じて響いて来る音楽。
「だったら、わたし達のこの声も聞こえてないはずじゃない?」
「音の力が…………蘇っているんだわ!」
ビートが得意げに語り、シンフォニーが驚きと歓喜の混じった声を発する。その時には既に、メロディ達は立ち上がり、力強く大地を踏みしめていた。そして、踏み締めた大地から、強く、確かに響いて来る音楽を感じる。
「何故だっ!? クレッシェンドトーンが力を失っている今、新たに音が生み出される事などないはずだ!」
「メフィスト…………あなたは大きな思い違いをしています」
衝撃によって地面に転がっていたヒーリングチェストが浮き上がってメフィストの前に移動する。ヒーリングチェストの上にはクレッシェンドトーンの透けた像があった。
「私が地上に産み落としたのは音の種。それは最初、小さな波紋のようなものでしかなかった。しかしそのごく小さな“響き”は反響し、共鳴しあい、少しずつ大きく広く広がっていった」
クレッシェンドトーンはこの世界に音の力を生み出した。0の段階から1へ。しかし、この世界に溢れる音や音楽を、クレッシェンドトーンが全て生み出した訳ではなかった。
「最初は自然のざわめき。やがて生き物が声を上げ、人間が言葉を発し、想いと心を重ねていき、そしてついに音楽が生み出されたのです」
誰かに届けたい想いが、伝えたい気持ちが、音を介して人から人へ伝わっていき……それが反響して高まり合う中で、音楽が生み出された。それは、今かのん町の人々が音楽でメロディ達に力を与えているのと同じ道筋。
「地上から音を消したつもりになっても、音楽が心に刻んだ響きまでも消す事は出来なかった。……私には分かる。これはプリキュア達が育てた心の響き。それが反響となって、今、彼女たちに帰ってきた」
響と奏から、和音と聖歌から、女子サッカー部から、スイーツ部から。四人の活動の中で広がっていった響きが、町全体に広がり、今また一つの音楽を作り出した。
「メフィスト、あなたにも聞こえるはずです。どれだけ耳を塞いでも、心の奥底に響く音楽を消す事は出来ない……!」
「やめろ……やめろ! 俺は、俺は…………こんな音楽は聴きたくない!」
蓋をするように塞いだ耳を、更に両手で覆って隠そうとするメフィスト。だが、音楽は聞こえる。今はもうはっきりと。メフィストの心の中で、強く、明瞭に響くのは、彼の父、音吉のパイプオルガンの音色。そのパイプオルガンに音吉が込める想いが、メフィストの脳裏に、過去の思い出を蘇らせた。
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しらべの館の観客席の片隅で、メフィストが腰を下ろしている。表情はどこか生気がなく、やつれているように見える。
「ずいぶん、疲れておるようじゃな。メフィスト」
そこにはいつものように音吉がいた。メフィストの父であり、新たな王の即位を待たず退いた先代のメイジャーランド王。
「ああ、親父か……ここに来ると、いつも心が癒やされるよ。静かだが、よく耳を澄ませると、町から楽しげな音楽が聞こえるんだ」
「お前にはすまないと思っている。父親のわしのせいで、こんな重圧を背負わせてしまった事を」
申し訳なさそうな表情を見せる音吉に対し、弱々しい表情ながらも、メフィストは父を不安にさせないように笑顔を作って見せる。
「いいんだ。俺には夢がある。……今のメイジャーランドは音楽を権威を示す道具みたいに扱ってる。もっと音楽は自由じゃなきゃあ。俺はメイジャーランドを、皆が音楽を心の底から楽しめる国にしたい。そのためにも、頑張らなきゃな」
己を奮い立たせるように言うメフィストを見て、音吉は安心した様子だった。
「……そうか。ワシにも夢がある。このパイプオルガンの完成じゃ」
「このパイプオルガンか?」
音吉の視線に合わせ、メフィストも壁を見上げる。まだ本体部分と足場が組まれているだけの状態のパイプオルガン。
「うむ。……地上も同じじゃ。音楽を純粋に楽しもうと言う気持ちが失われかけておる。いつかパイプオルガンが完成し、その音色が鳴り響いた時……きっとみんな音楽の素晴らしさに気づく。ワシはそう信じておるんじゃ」
「そっか。親父はあの幻の『ホワイトスコア』を復活させたがってたもんな。もし……そんな音楽が本当に生まれるんだったら、俺も聴いてみたい……」
そこには、音楽について、互いの夢について語り合う親子の姿があった。
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『思い出せ、メフィスト。……お前の音楽への想いを。純粋に音楽を愛していたあの時のお前を!』
全身を操ってパイプオルガンに息を吹き込み、演奏を空まで広げている音吉の姿と言葉が、メフィストの脳裏に確かな形となって浮かび上がる。
音吉の音楽が、音吉の想いが、心の中で響いている。だが今のメフィストは、それを受け止める事が出来なかった。
「やめろ! 思い出したくない、そんな事は!…………俺は、俺はもう……音楽を楽しむ事なんて、出来ないんだぁっ!」
「パパ…………」
頭を抱え嘆き苦しむメフィストを……自分の父を、悲しげに見つめるアコ。
「ああ……私が生み出した音が、私の元に還ってくる……!」
ヒーリングチェストの巨大な宝石の中に光が沸き上がり、外に弾けるのを待つかのように明滅する。地上の人々の演奏が、ヒーリングチェストの、クレッシェンドトーンの失われた力を蘇らせようとしている。クレッシェンドトーンは、ヒーリングチェストごと自身の身体をメロディへと向けた。
「……さあ響、今こそここに集った音の力を解放し、世界に響き渡らせるのです!」
ヒーリングチェストの宝石を囲うように扇状に配置されたミニ鍵盤から、虹色の光の枠組みが浮かび上がり、それが真っすぐな板の形状に長く広がると、宙に88鍵盤が構築された。
「えっ……わたし、が……?」
「この音の力は、あなたと奏が生み出し、広げていったもの。これを解放できるのは、あなたを置いて他にはいません」
クレッシェンドトーンの言葉に戸惑いを覚えるメロディに、クレッシェンドトーンが優しく、しかし確かな声で語りかける。この役目は、響以外には出来ない事なのだと。
メロディは、恐る恐る両手を鍵盤に伸ばす。
手が、指先が、震えている。
指を鍵盤に乗せた時、視界に映る光景が、昨日の出来事の記憶を呼び起こす。コンクールの舞台上のピアノで、同じように指をかけたあの時。皆の想いを背負いながら、不安と恐怖が心を乱し、自分の音楽を、自分の演奏を見失った。
……また、同じだ。
みんなの想いを、共に戦う仲間やかのん町の皆の想いを背負って……演奏する。それも、今度は世界の命運までもが双肩にのしかかって来る。
胸の奥に刺さったトゲが、抜けない。むしろ、より強く、深く刺さっていくのを感じる。
指の震えが強くなり、力が入らなくなる。
……また、失敗したら。
……また、上手く出来なかったら。
……また、みんなの想いを、無にしてしまったら。
メロディは、目の前の光景から目を背けたくなる気持ちを抑えきれず……ぎゅっと目をつむる。
「おのれ、させてなるものかぁっ!」
クレッシェンドトーンの思惑を察し、メフィストは腕を振るってリズムに指示を出す。リズムの手のひらから、破壊の音の衝撃波が放たれる。終焉のメロディによるものとは違う、確実にダメージを与えるための集中的な攻撃。
周囲に響いた衝撃にメロディが目を開けると、目の前にはメロディを庇って立つビートとシンフォニーの姿があった。
ビートがラブギターロッドによるバリアを、シンフォニーがシャイニングトランパーによる光の暴風を、それぞれ展開して破壊の音の衝撃を押し留めている。
「和音! 聖歌先輩!」
ビートとシンフォニーが攻撃を防ぎながらもメロディに振り返る。
「響、聴かせてよ! 響のあの演奏!」
「思い出して、響! 音楽に興味のなかった私達に、音楽の素晴らしさを教えてくれたのは、あなたと奏の演奏だったじゃない!」
二人の信頼を寄せた表情。
「ええい邪魔だあっ!」
再度放たれた攻撃によって、ビートとシンフォニーは衝撃波の圧力を抑えきれなくなり、メロディの後方に吹き飛ばされる。
防御が消えた後の追撃。それを今度防いだのは、アコとハミィの二人だった。
「アコちゃん! ハミィ!」
二人は虹色鍵盤を盾のように展開して防御を張り巡らし、集まったフェアリートーンがその強度を高める事でなんとか衝撃波を防いでいる。
「響さん! パパに、響さんの演奏を聴かせてあげて欲しいの! 」
小さな身体で衝撃を必死で受け止めながら、アコは響に訴えかける。
「音楽に対して素直になれなかったあたしに、パパと向き合えなかったあたしに、勇気をくれたのは響さんの演奏だったんだよ! きっと、パパの心にもあの演奏は届くはず!」
ハミィも必死で力を振り絞りながらメロディに言葉を発する。
「今のハミィには、歌うのが楽しいだけじゃニャいって、なんとなく分かるのニャ…………でも響、忘れないで欲しいニャ! 奏と一緒に、みんなと一緒に、楽しく演奏した時の気持ち!」
しかし、二人は力を完全には防ぎきれず、ビート達と同じように体が宙を舞う。
続けて放たれた衝撃波が着弾し、爆風がメロディを包むように広がる。しかし、煙が晴れた時、メロディは無傷だった。メロディの前に、メイジャー3が並んで立っている。
音の力で障壁を作り防御したのだろう。だが、完全に防ぎきる事は出来ておらず、服や髪が乱れており、肌は煤けて傷が無数に出来ている。
「やめて! わたしのために皆が傷つくなんて、見てられないよ! わたしは、わたしには……出来ない…………!」
メロディの悲痛な声を聞いても、自分達がボロボロになっても、メイジャー3はキザな態度を変えなかった。
フラットのオールバックが一部溶けて前に垂れ下がっており、眼鏡にもヒビが入って角度がズレている。
「やれやれ、自慢のヘアスタイルが台無しだ。……でも、ここは体の張りどころだよね」
フラットが前髪をかき上げ、眼鏡の位置を指で直しながら言う。
「なあお嬢ちゃん、こういうの、『ここで決めなきゃ男がすたる』って言うんだけどさ、女の子にもあるんじゃない?……譲れない時っていうのがさ!」
シャープがジャケットを両手で整えつつ、気取った笑みをメロディに向けながら言った。
「僕も、お嬢ちゃんの演奏、是非とも聴いてみたいね!」
ナチュラルがメロディにウィンクしながら言った。
しかし、余裕そうな態度を見せているメイジャー3も、次に放たれた破壊の音の衝撃は耐えきれず、やはり同じように吹き飛ばされる。
だが、メロディの前が開ける度に、防御が消える度に、メロディを守ろうとする姿が次々と現れる。
ビートが、シンフォニーが、アコが、ハミィが、メイジャー3が、代わる代わるにメロディの前に立ち、攻撃から彼女を守る。
全てはメロディの……彼女の演奏のために。
(ここで決めなきゃ、女がすたる……)
メロディは再び目を閉じた。今度は、目の前の光景から逃避するためではない。自分の心と、向き合うために。
衝撃波と爆風の波、戦いの激しい音が遠ざかっていき、再びメロディは静寂の闇の中に落ちる。
音楽に対する、ピアノに対する、様々な思いが去来する。楽しい時もあった。辛い時もあった。
音楽が、ただの手段となってしまっていた幼少期。音楽嫌いと自分を偽り、否定して、逃げ続けた日々。
コンクールで、人々の想いを背負いながら、それを演奏に乗せられなかったあの時……
自分一人で楽しめばいい訳じゃない。みんなの想いがそこにある。肩が……重い。失敗するのが、皆の気持ちに応えられないかもしれないと考えるのが怖い。
そして……音楽を演奏する中で、また音楽に絶望してしまうかもしれない。それが……怖い。
……でも、それだけでは無いはずだ。
奏が叱りながらも、一緒に連弾してくれた。
和音や聖歌に想いを伝えて、演奏を聴いてもらった。
二人も一緒になって、演奏を続け、その中で色んな人が加わって、応援して、一緒に演奏してくれた。
一人で見えない所に閉じこもっていただけだったのが、二人での演奏になって。それが四人になり、どんどん広がって。
そこにあるのは、重荷じゃない。皆と一緒に歩いて来た軌跡。それが、押しつぶされそうになっている彼女を、響を支え始める。前に踏み出せない響の手を取って、前に引っ張ってくれる。
『響。…………アンタは、ピアノを弾きなさい』
メイジャーランドを出る前、孤独な後ろ姿が語った言葉が胸に響く。
セイレーンの後ろ姿が幼い少女の姿に移り変わる。『えれな』の涙をこらえた悲しい後ろ姿。それが振り返ると共に笑顔に変わって。
そして……最後に響の心に浮かび上がったもの。心の奥底から響く、想いの籠った言葉。
『響! 私はっ――――――――』
届かなかった声、途切れてしまった言葉。聞こえなかったはずの言葉が、心の底の方から少しずつ、強く、明確な形を持って、広がり始める。
『――――――響の演奏するピアノを、もう一度聴きたい!』
その言葉と共に、胸の奥に突き刺さっていた棘が抜け……そこから闇に包まれた世界に光が差し、白く輝く世界へと塗り変えていった。眩いくらいに溢れ出すその光を内側から解き放つように、響は、メロディは目を開いた。
「………………聞こえた! 奏の言葉!」
次の瞬間、メロディの指先は鍵盤の上を駆け巡り始めた。その手の動きに、メロディの心に、もはや何の迷いもなかった。
指先と共に、心が躍る。恐れも迷いもない、ただ無心に、音楽へと全身を投じていく。
奏と楽譜なき連弾を行ったあの時のように。
「音の力の解放などさせるものか! こうなれば……!」
メフィストはリズムに指示を出して破壊の音の衝撃波を放たせると共に、自身もメロディに向かって飛び掛かっていく。なりふり構わず、ピアノの演奏を止めにかかろうとする。
「そうは……」
「させないわ!」
破壊の音の衝撃をメイジャー3が自らの身体を張って防ぎ、更にビートとシンフォニーが変形させた自らの武器、ソウルロッドとシャイニングロッドを構えて前に飛び出す。
「プリキュア! ハートフルビート・ロック!」
「プリキュア! シンフォニックレインボー・ファンファーレ!」
ロッド先端のフェアリートーンで宙に描いた軌跡が音の輪を作り上げ、それを射出する。縦に並んで飛んでいった二つのトーンのリングが、メフィストを囲う形で停止し、同時にメフィストの身体をその場に縛り上げた。
「おのれ、離せ、離さんかぁぁぁぁぁぁ!」
メフィストは宙で足もつかないまま、手足を必死に動かしてもがいて脱出を試みるが、二人の音の力に抗えず、脱出が出来ない。
解放されつつある音の力が、トーンのリングの強度を高めている……それに気づき、メロディの音楽を止めるため、リズムへの攻撃の指示を出すため、ヒーリングチェストの前で演奏しているメロディにメフィストが目を向けたその時。メフィストの動きが止まった。
「あ…………?」
演奏するメロディの姿が目に映る。そして同時に、塞いだ両の耳に音が浸透し、音楽が身体に響き始める。
メフィストにとっては、受け入れがたい、拒絶したくなるような楽しげな音楽なのに、何故か、それに対して拒絶がない。そばにある事が自然な事のように、抵抗せずそれを身体が受け入れてしまう。
だがメフィストの動きを止め、視線を釘付けにしたのは……メロディの、演奏するその姿と表情だった。
鍵盤の上を指が軽快に駆け、ステップを刻むと共に音が跳ね、並び、メロディを引き連れて行く。そして、踊るような軽やかな動きは、指先だけではない。手の平、腕、肩、身体で。全身で音楽を奏でている。
自身の生み出す音楽の中に自らも身をゆだね、その中で歌うように、踊るように音の世界を駆けて行く。
そんなメロディの顔に浮かぶのは、弾けるような笑顔。音楽と共にある事への、しがらみを超えた純粋な喜び。
(なんで…………あんなに、楽しそうなんだ……?)
リズムを刻む道筋の上を駆け抜けていくメロディ。掻き消えそうになっていた音の力が蘇り、ヒーリングチェストの宝石の輝きが増していく。
「音の力が……ハーモニーパワーが高まっていく……さあ、今こそ全ての音の力を、キュアメロディの元へ!」
半透明なクレッシェンドトーンの姿がヒーリングチェストに吸い込まれるようにして消えていく。そして、宝石の中で高まっていた輝きが内部から溢れ出し、解き放たれるのと同時に、宝石部がヒーリングチェストから分離する。
クレッシェンドトーンの宿る宝石がメロディの胸のキュアモジューレに装填され、光に溶けて内部に吸収されると、キュアモジューレ中央部から、荘厳な輝きを持ったハートマークのト音記号が飛び出し、音の力の渦がキュアメロディを包んでいく。
キュアメロディの姿が変わる。衣装と髪の色が発光するような明るい色に変わり、スカートが大きく広がる。純白と薄桃色のドレスに、羽のような装飾が展開していく。
「受け取ったわ。……みんなの、心のハーモニー!」
光の中でメロディが瞳を開き、その背から金色の翼が伸びる。繭から羽化する蝶のように、金色の翼が開かれるのと同時に、メロディを包む輝きが拡散していく。そして、その下から新たな姿を得たキュアメロディが現れた。
「爪弾くは、心の調べ…………クレッシェンドキュアメロディ!」
その名を周囲に響かせたクレッシェンドキュアメロディは、頭上に無表情に佇むデクレッシェンドキュアリズムを見据えた。そして、その翼を大きく羽ばたかせると、地上から空へ飛び立つ。
「……………………」
自身を狙う相手への防衛反応なのか……メフィストの指示もないままリズムは破壊の音をメロディに向けて次々と放っていく。
「クロスロッド!」
メロディが両手に持っていたミラクルベルティエ、ファンタスティックベルティエが手から離れ、宙で分離すると互い違いに再合体、再びメロディの両手に収まる。
右のクロスロッドで破壊の音を切り裂く。左のクロスロッドで破壊の音を振り払う。そして、強く放たれた更なる破壊の音を、二つのクロスロッドを交差させて防御し、そのままバツの字に切り捨てる。
今のメロディは……かのん町の人々のハーモニーが生み出した音の力を全身に宿すメロディは、破壊の音になど止められる事はない。砕かれ、拡散した破壊の音は、無害な音となって周囲に放射していった。
クロスロッドに合体していたドリー、レリー、ミリー、ファリーが分離し、メロディの向かう先、リズムの方角へ向け飛んでいく。
「いっけぇーーーーー! 響ぃーーーーー!」
「その想いを、奏に!」
ビートとシンフォニーがメロディを見上げ叫ぶ。二人の武器に合体していた、二人の傍にいたフェアリートーン、ソリー、ラリー、シリー、ドドリーも、ドリー達を追って空へ舞う。
「響さん!」
「響!」
アコとハミィも声を上げる。メイジャー3もその姿を見守っていた。
ドリーが空中で円を描くと、その軌跡が光のリングを作り出す。そしてレリー、ミリー、ファリー、ソリー、ラリー、シリー、ドドリーも同じように続き、リズムに向かう道筋を形作るように、八つのトーンのリングが宙に並んだ。
――ド。
一つ目をメロディがくぐると、トーンのリングが収縮してメロディに吸収され、その身体に光が宿り、リズムに向かう勢いが加速する。
――レ。
遠く、小さく見えていたリズムの姿が、少しずつ大きくなっていく。
――ミ。
「全ての心を、一つの力に!」
――ファ。
冷たい表情のリズムの顔が見える。だが……メロディには見える。その奥の、彼女の本当の心が。
――ソ。
メロディが一つの輪をくぐるごとに、力を吸収するごとに。
――ラ。
「プリキュア! ミュージックロンド!」
――シ。
リズムに向かうその速度と、その身に纏う輝きは……だんだんと速く。…………”だんだんと強く”!
――ド。
「…………クレッシェンド!」
神々しい光を纏ったクレッシェンドキュアメロディの身体が、光の矢のようになって、邪悪な力が包むデクレッシェンドキュアリズムを貫いた。
瞬間、音の力が爆発的に広がって周囲を照らし、マイナーランドを……いやメイジャーランドの離島を覆っていた影を取り払う。
周囲に金色の羽根が無数に拡散し、舞い落ちていく。やがてそれが音符の姿へと姿を変え、色を失った世界に音色を落としていく。
光の中で最初に浮かび上がったのは、光を映さぬ漆黒のフェアリートーン。その闇のボディが淡く輝き、黒い身体が滲んで光に溶けていく。本来の音の力に戻り、クレッシェンドキュアメロディが広げた音と共に、世界へと還っていく。
そして、天を覆い尽くすような眩い光が晴れた時、そこに居たのは……本来の姿に戻ったキュアメロディとキュアリズムの二人。メロディがリズムを両手で抱えながらゆっくりと降下していく。
「……聴こえたよ。響の演奏。…………絶対、助けに来てくれるって、信じてた」
リズムが穏やかな笑顔をメロディに向ける。
「わたしも……聞こえたよ、奏の言葉……!」
そんなリズムに笑顔を返そうとして……一気に様々な気持ちが込み上げてきた結果、顔をくしゃっと皺だらけにして目に涙を浮かべるメロディ。
「おかえり…………奏!」
涙をこらえながらも、リズムを離すまいとメロディは自分の身体に抱き寄せる。リズムは自身もまた涙を流しそうになりながら、メロディの涙を手で拭って見せる。
「うん。…………ただいま、響!」
島の地面へと着地するメロディとリズムに、ビートとシンフォニーが駆け寄っていく。
「奏……奏!」
「良かった……本当に良かった!」
「二人とも。……心配かけちゃったね」
降りてきたリズムとメロディと、駆け寄ったビートとシンフォニーとで、四人で存在を確かめ合うように抱き締め合う。
そんな光景を見て、表情を暗くする者もいた。
「終わった…………これで、何もかも……」
デクレッシェンドキュアリズムが浄化され、デクレッシェンドトーンが消え……己の全ての計画が打ち砕かれ、終わりを悟ったメフィストは、がっくりと膝を落としてそのまま両手を突く。
「……あ! 伝説の楽譜!」
キュアリズムがデクレッシェンドトーンの力から離れた事で、力を失って落下してきた伝説の楽譜をハミィが飛び上がってキャッチする。
「やっと、終わったんだニャ……」
身体に余るサイズの伝説の楽譜を大切そうに胸に抱き、周囲を見渡すハミィ。
抱き締め合うプリキュアの四人と、力なく顔を落とすメフィスト。その光景は、全ての戦いの終わりを意味していた。メイジャーランドからプリキュアを導く者という役目を与えられていたハミィは、戦いの終わりを見届けた事で、ついに自分の役目が果たされた事を理解する。
「……これもみんな、セイレーンのお陰だニャ。セイレーンは、もう……いニャいけど、きっと、天国から見守ってくれてるニャ……」
ハミィの心にあったのは喜びだけではない。この戦いで失ったもの。去って行ってしまった”親友”を想い、空を見上げる。雲の上にあるこの土地から見上げる空には雲はない。晴れ渡った青空に、セイレーンの姿が浮かび上がったようにハミィは感じた。
「………………誰が天国から見守ってるって?」
「ニャ?」とハミィが後ろを振り返ると、そこには、今青空に浮かび上がったように感じたのと全く同じ姿……セイレーンの顔があった。
「ハニャニャニャ~~~~~~ッ! セイレーンが化けて出て来たニャ~!………………ニャンマイダブ、ニャンマイダブ~……」
「人を勝手に殺すなァッ!」
両手を合わせて必死に拝むように手を上下させるハミィに、セイレーンが全力で突っ込みの声を上げた。
二人のそんな騒がしい様子に気付いたメロディ達は、セイレーンの姿がそこにある事に笑顔を見せる。
「セイレーン! ……無事だったんだ!」
「それに……あなた達は……」
ビートの視線がセイレーンの奥に向く。セイレーンの後ろには、良く見知った三人の姿があった。
「「「「トリオ・ザ・マイナー!?」」」」
「アハハ、どうも~……」
頭を掻いて愛想笑いを浮かべているファルセット。バリトンは居心地悪そうに視線を泳がせ、バスドラは腕を組んでそっぽを向いている。セイレーンの……かつての部下であった三人組の姿がそこにはあった。
「あなた達、一体どうして?」
リズムが意外な登場人物に疑問を投げかける。
「いやですね、我々もあの後、このままではいかんと、三人でマイナーランドへと向かっていたのですが……」
バリトンがまるで友人に世間話をするかのように事情を語り始めた。
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――プリキュア達とメフィストの戦いが起こるより少し前。
トリオ・ザ・マイナーは三人乗りの連結自転車をキコキコと鳴らしながら、空中をフラフラと進んでいた。マイナーランドへ向かうため浮上はしているのだが、その上昇速度は非常に緩やかだ。
「ねぇどうするんですかぁ? 私達が行った所で何も出来ませんよぉ~?」
「ええい、あんな風に騙されたまま、おめおめと逃げ帰れるか! なんとしてもメフィストに一矢報いねば!」
乗り気でない様子のファルセットに喝を入れるようにバリトンが告げる。明らかに三人の中で一人だけ気合の入れようが違う。
「ハァ……セイレーン様もいつの間にやらどこかへ行ってしまわれましたし……」
ため息を漏らすバリトンが不意に顔を上げると、宙から何かが落下している様子を確認して驚愕する。
「ちょ、ちょっと待ってください、何ですかあれは!?」
「あれは……ま、まさかマイナーランドの一部か……!?」
崩れ落ちる地面の欠片。事態が呑み込めず、狼狽の色を隠せないバスドラとバリトン。動揺はファルセットも同じだったが、視界に何か小さな影が映ったように感じて目を凝らす。そこに見えたのは……
「「「せ、セイレーン様!?」」」
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「あなた達がセイレーンを助けてくれたんだ!」
「フン、助けた訳じゃない。たまたま通り道に居たから拾っただけだ!」
三人の話を聞き嬉しそうに言うメロディに、本意ではなかったという態度を見せるバスドラ。
「まぁバスドラはそうは言っていますが、その後終焉のメロディの影響か、我々も危うく落下しそうになりましてね。セイレーン様の力でなんとかここまでたどり着いたのです」
バリトンが何やらしみじみとした様子で直前のハプニングを語っている。
「いやぁ、しかしあの時は驚きましたよねぇ、まさかあのセイレーン様があんな風に涙を……ミギャアア~~~ッ!」
ファルセットが口を滑らせそうになったその時、セイレーンの前足の動きがその顔に鋭い爪の跡を作った。
「アンタ達、あの時の事を喋ったら命は無いと思いなさい……!」
「「「は、はい~~~~~~~!」」」
セイレーンの鬼の形相に震えあがって恐怖の合唱を上げるトリオ・ザ・マイナー。
「一体何のことだニャ?」
「……なんでもないわよ!」
そんなトリオとセイレーンのやり取りに、ハミィは不思議そうに首を傾げている。
(ったく…………そもそも破壊の音の圏内から離れたら鍵盤の架け橋が使えるんだから、あんな風に泣く必要も無かったッ……)
内心で自分の恥ずかしい早とちりを後悔し歯噛みをするセイレーン。
自身の恥ずかしい失敗を他の者に……特にハミィに知られていないという事で問題なしと納得し、気を取り直したセイレーンは、力なく跪くメフィストの元に歩み寄っていく。
「セイレーン……」
そこにはかつての高圧的な上司の姿はなく、全ての気力を失って表情にも力のないメフィストの姿があった。
「ハッ、なぁ~~んて情けない顔なの!……そうそうこれよ! アンタのそのなっさけない面が拝みたかったのよ!」
メフィストのしょぼくれた顔を見て愉快そうに話すセイレーン。ひとしきりその顔を楽しんだ後、セイレーンはメフィストに背を向ける。
「……アンタもあたしも、所詮は同じ負け猫よ。敗北が認められず、ただ逃げていただけ。…………でも、少なくともあたしは、音楽からは逃げなかった。……これまでも、これから先も、ずっとそう」
「…………」
言いたい事を言い終えたセイレーンは、メフィストを背にして歩き出すと、今度はメロディの前で歩みを止めた。
「……響。アンタの演奏……悪くなかったわよ」
「セイレーン……!」
メロディを見上げるセイレーンは小さく笑みをこぼす。とても簡素な、素直とも言えない感想の言葉だったが、今の二人にそれ以上の言葉は必要なかった。メロディは、ついに”あの子”に自分の演奏が届いたと知り、感極まった表情を浮かべる。
セイレーンと入れ替わりになるように、今度はアコがメフィストに歩み寄る。
「……ねえ、パパ」
「ミューズ……」
身をかがめて、父に対して娘は穏やかな表情を向ける。
「あたしもね、音楽に対して素直になれなかったパパの気持ち、分かるんだ。……パパがいなくなった後、あたしもメイジャーランドや、音楽に関わること全部が嫌になって、逃げ出してたから」
当時の事を思い出してるのであろう、アコは目を細めて少し悲しそうな表情を見せる。しかし、そこからまた笑顔を作って見せた。
「無理にとは言わないけど、また、家族一緒になれたなら……その時は、また、パパと一緒に歌いたい。パパと、それにママも一緒に。…………あたしもね、あれからちょっとは歌も上手くなったんだよ」
「ミューズ、お前のその笑顔が、音楽への純粋な気持ちが、今の俺にはとても眩しい。眩しすぎるのだ……」
アコの、娘の澄んだ瞳を正面から見る事が出来ず、メフィストは視線を地面に落とす。
「すぐに、って訳にはいかないかもしれないけどさ」
声に、アコとメフィストが共に顔を上げる。二人の傍にメロディが立っていた。
「時間をかけて……そのうちに、また音楽をやりたいって気持ちが出てきたら、その時、演奏してみればいいんじゃない?……きっと、そう簡単には忘れられないはずだよ。音楽を奏でる楽しみって」
敵対していたプリキュアからかけられる穏やかな言葉に、メフィストは戸惑いを隠せない様子で口を開く。
「…………お前たち、この俺を許すというのか?」
「ちょっと! 何勝手な事言ってんの!? 奏やママにあんな酷いことしたのに、そんな簡単に許せる訳ないじゃない!」
「ひぃぃぃぃ~~~~~~~!」
先ほどまでの威厳や威圧感はどこへやら、メロディの剣幕にメフィストはすくみ上っている。
しかしメロディも、威圧感のある怒りの表情をすぐに収め、複雑そうな顔を見せる。
「……でもやっぱり、他人事みたいには思えない所もあるっていうか……」
メロディの、響のこれまでの歩みは、音楽とのぶつかり合いの記憶である。
音楽とぶつかり合い、喧嘩し、顔を背け……メフィストと同じように、自分の世界から音楽を追い出そうとした事もあった。
……好きだから、衝突した。……真剣だから、簡単じゃなかった。
メフィストの音楽への気持ちを、響は無視してそれで終わりという風には考えられなかった。
「だから、わたしもあなたには……音楽を捨てて欲しくないって、そう思う。あなたの音楽は、わたしにとっても大事なものだから……」
その妙な言い回しに、メフィストは不思議そうにメロディの顔を見た。そしてメロディは、にっこりと微笑んで言った。
「ね、……”赤いおじさん”!」
「なっ……?」
メロディの口にしたその呼び名に、リズム達、アコやメフィスト本人も含めた皆が戸惑った表情を浮かべた。
「赤い……」
「おじさん?」
「響、なによその呼び方?」
メロディはリズム達に向けて、いたずらの種明かしをする子供のように愉快そうな笑みを向ける。
「さっきの演奏をしてる時に、わたし、やっと思い出したんだよ。最初にピアノ演奏をした時、それを教えてくれた人の事!」
靄がかかったようにおぼろげな記憶の中から浮かび上がって来た”始まりの記憶”を、メロディは語り始める。
それは、響が幼少の頃、初めてしらべの館にやって来た時の事……
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階段を上がって、石造りのアーチをくぐった先。馴染んだ町並みから少し離れた、木々が立ち並び自然が広がる空間の中に、それはあった。
崩れて傷んだ塀、塀も建物そのものも苔むして緑がかっており、植物が無造作に壁から垂れ下がる。
閑散とした空間に浮かぶ古びた屋敷。人によっては不気味さを感じる外観だったが、それを見た少女は……幼き日の北条響は、怖がるどころか自分の新しい発見に目を輝かせ、中に何があるのかと好奇心に誘われるまま中に入っていく。
建物の中も外と負けず劣らず静まり返っており、響は恐る恐るといった様子で……しかしそれは恐怖から来るものではなく、これから飛び出して来るものへの期待を自分の中で盛り上げるための態度で……顔を少しずつ部屋の中へと覗かせる。
期待を込めてその空間を覗き込んだ響は、最初ひどくがっかりした。一見、ただ広い空間が広がっているだけ。
その館の……しらべの館のホール手前側は膝の高さ……幼い響の背では腰の高さほどだが……くらいの段が奥に下がっていくように並んでおり、中央がなだらかな坂になっている。
そして……奥に向かって下っていく構造のために、その先にある物が印象的に視界に入り、響の落胆の感情は興味と関心に一気に塗り替えられた。緩やかな坂を大股で走り降りていく響。
黒い光沢を持ち、側面に美しい曲線を持つボディが、三つの足によって支えられている。屋根と鍵盤蓋は開いたままで、白と黒の鍵盤が薄っすらとした灯りを反射して輝いていた。
両親が有名な音楽家である響は、ピアノを見た事はあったはずだ。しかし、『ピアノ』や『楽器』といった概念をちゃんと認識していた訳ではない。ただ、注目を集めるようにホールの中央で強い存在感を放っていたそれに引き寄せられただけだった。
「うわぁ~~~~」
椅子の上によじ登り、その上に立ってぺたぺたと鍵盤に触る響。ただ見た目の綺麗さに惹かれただけだったのだろう。しかし、ピアノに対して体重がかかった時、手が鍵盤を押し込み、ピアノが音を発する。
好奇心の塊となっていた響は、鍵盤を押し込むと音が出る、という反応が楽しくて仕方ない様子で、両手でバンバンと鍵盤を叩いてピアノから飛び出す音を楽しんでいる。
「あはは、おもしろーい!」
「あ~こらこら、やめなさい!」
響がピアノを叩いて楽しんでいると、奥の部屋から男性が現れた。赤い髪と赤い髭。日本には似つかわしくないゆったりとした宮廷風衣装を身に纏った男……メフィストだった。その後ろには別の人物、音吉が予想だにしない珍客に驚いている。
「え~、なんで? 面白いのに!」
「そんな風にしちゃあ、ピアノが可哀そうだろう?」
やんちゃさそのままの声で楽しそうに話す響に、メフィストはなだめるように語りかける。
「……ピアノ? ……可哀そう?」
よく分からないといった様子の響。
「そう。これはピアノ……音楽を奏でるためのものなんだ」
「おんがく……」
優しいメフィストの語りに、響は少しずつ興味を惹かれた様子で、今までとは別の関心をピアノへ寄せる。
「例えば…………こう!」
メフィストの右手がピアノに伸び、三つの鍵盤を同時に押し込む。和音になる組み合わせ。これまで適当な位置をでたらめに押していた時の音とは違い、三つの音が協調して心地よい響きを広げる。
「わぁ……」
「更に……同じ音でも……」
今度は左手で一か所の鍵盤をトン、トン、トン……と一定のテンポで押す。当然ながら発せられる音も一定のテンポで続き、音によって生まれるリズムに響は引き込まれ、肩を、身体を縦にリズムに合わせて上下させる。
「そして……こう!」
リズムを継続して続け、響がそれに惹きつけられたタイミングで、右手を鍵盤に伸ばし両手で演奏を開始する。左手がリズムを刻み、右手がメロディを作り出す。
指先の動きによって音が一つの秩序を作り上げ、目に見えない何かを形作っている光景を、響は幻想的なものとして感じ取っていた。
短い簡単な演奏であったが、それが終わる頃には響は目を輝かせて興奮していた。
「すごいすごい!」
「どうだ、面白いだろう? これが音楽さ」
音楽の素晴らしさを一人の子供に伝える事が出来た事を確信し、メフィストはどこか誇らしげに笑う。
「おんがく……同じ音なのに、なんだか魔法みたい! すごいね、赤いおじさん!」
「あ、赤いおじさん!? あのなぁ君、俺の名前は……」
髪と髭の赤が印象的だったので赤いおじさん。あまりにも単純な呼び名にメフィストが名前の訂正をしようとするが、幼い女の子の勢いは止まらなかった。
「ねえねえ、赤いおじさん! わたしにも、教えてよ、おんがく!」
「だから俺の名前は…………はぁ、分かったよ。いいかい、まず手をこういう風に……」
自分の演奏で女の子が音楽に興味を持ってくれたのが嬉しかったのだろう。メフィストは自分の名前は置いておいて、響に演奏の仕方をレクチャーし始める。
響の小さな手ではこのサイズのピアノで演奏するのは難しいが、今の響でも出来る範囲で演奏のやり方を順番に教え込んでいく。
そんな様子を、音吉は少し離れた場所から微笑ましそうに見守っていた。
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「じゃあ、響さんに初めて演奏を教えたのって……」
「メフィストだったの!?」
響の語る過去の真相を聞いて、アコも、リズムも、他の皆も驚いている。
「うん。しらべの館の存在をあの日初めて知って、それから奏も誘って一緒に行くようになったんだよ。……でも、”赤いおじさん”には結局、その後は会えなかったんだけどね」
過去の記憶の寂しげな想いを込めた視線をメロディはメフィストに送る。メロディの話に驚いていたのは当人であるメフィストも同じだった。
「た、確かに……俺は一時期、疲れた時はしらべの館に行っていた……親父以外に人はいなかったのに、あの日だけは、小さな子供が迷い込んで……」
メフィストも過去の記憶を辿る中で同じ景色に辿り着いた様子だ。
「そうか……あの時のがきんちょが……あんな……あんな素晴らしい演奏を出来るように、なっていたのか…………ふ、ふふっ……」
顔を伏せ、自嘲するように笑うメフィスト。痛々しさを感じる姿ではあったが、その笑いは、どこか誇らしげで、満ち足りたような感情が宿っているようだった。
「さぁ、皆さん」
皆の輪の中心に、ヒーリングチェストが浮かび上がる。宝石は元の位置に戻っており、クレッシェンドトーンはそこから再び自らの透明な像を浮かび上がらせている。
「伝説の楽譜を取り戻す事が出来ました。メイジャーランドへと参りましょう」
クレッシェンドトーンの姿から、ハミィの持つ伝説の楽譜へと皆の視線が移る。
「そっか。伝説の楽譜を取り戻せた、って事は……」
「メイジャーランドでハミィが幸福のメロディを歌えば、それで全てが終わるのね」
メロディとリズムも、戦いの終わり、自分たちの役目の終わりが近づいている事を知る。長く曲がりくねった道のりだったが、ようやくそれも終結の時が来た。
浮遊してきたヒーリングチェストをメロディが受け取ると、クレッシェンドトーンの姿が消えると共に上蓋が閉じる。
一通りの話が終わった所を見計らってなのか、メイジャー3がメフィストに近づき、取り囲むように立つ。
「メフィスト、あんたを拘束させてもらう。……メイジャーランドで、裁きを受けてもらわなければいけないからね」
「ああ……好きにするといい」
シャープの宣告に、メフィストはもう抵抗する意思も言葉も持たなかった。ナチュラルとフラットに脇を掴まれて立たされ、メイジャー3がメフィストの手首と、身体を覆うような音の力のリングを形成した。
その様子を、悲しげな表情で見ながらも、止めはしないアコ。
アコ自身、よく分かっていたのだ。父が大罪人である事を。父を止めた結果、彼が裁かれる事になる事を。
「メイジャー3。……メイジャーランドに着くまでの間、パパと一緒に居てもいい? あたしは、パパがどうなるか、最後まで見届けなくちゃいけない。でもせめて、少しの間だけでもいいから、パパの傍に居てあげたいの」
「ミューズ……」
アコの優しさと、強さの籠った言葉だった。父を想いながらも、その行いに言い訳をしようとはしない。その誠実な態度に、メフィストと、そしてメイジャー3の三人も心を動かされた様子だ。
「君は強いんだね、お嬢ちゃん。……いいさ。帰りは急ぐ旅でもない。親子でゆっくり話す時間くらい、あるはずさ」
「……ありがとう」
キザっぽい態度だが確かな心配りの含まれたシャープのその言葉に、アコは素直に感謝の言葉を述べる。
「さてと、じゃあ君達もメフィストと一緒に……ん?」
「おい、残りの四人がいないぞ!」
眼鏡のブリッジを指で上げながら、先ほどまでマイナーランドの配下達が居た方向にフラットが振り返るが、そこには誰もいない。ナチュラルの声に皆がその姿を探すと、トリオ・ザ・マイナーは三人漕ぎ自転車で既に飛び上がって遠ざかっており、ファルセットの頭にはセイレーンが乗っかっている。
「ハニャニャ、セイレーン! どこに行くのニャ~?」
「言ったでしょ、アンタ達との決着はお預けだって!」
ハミィがセイレーンに届くように大きな声で言った言葉に、セイレーンが遠ざかる声で応える。
「こ、こんな風に逃げちゃっていいんでしょうかぁ!?」
「ふん、利用された挙句捕まってなるものか!」
「……でも、この先の事は全く考えてないですよね、セイレーン様」
「……黙らっしゃい!」
ファルセット、バスドラ、バリトンが各々勝手に喋り、セイレーンがバリトンのツッコミをぴしゃりと払いのける。
「「「じゃ、さよなら~~~~~~♪」」」
トリオ・ザ・マイナーの最後の合唱は、遠くからでも皆によく届いた。
「あいつら、全くしょうがないな……」
「だけど今は、ヒーリングチェストに伝説の楽譜、皆をメイジャーランドに送り届けるのが先決だ」
ナチュラルの呆れたような言葉に、シャープは優先順位を明示化して、皆に振り返る。
シャープの視線を合図と捉えて、メロディ、リズム、ビート、シンフォニー達がゆっくり歩み出し、メイジャー3が先導するように前を歩き、ハミィ、アコ、メフィストも歩みに加わる。
メロディの手にはヒーリングチェスト、ハミィの手には伝説の楽譜。
マイナーランドとの戦いは、ここに終結した。
つづく