スイートプリキュア♪ -ArrangeScore- 作:おとともの
「うわあああぁぁぁぁぁっ!!」
ネガシンフォニーの放つ破壊の音に、キュアメロディは為すすべもなく吹き飛ばされ、キュアリズムの隣に同じように倒れ込んだ。
「なんだぁ、もう終わり? つまんないよメロディ?」
「じゃあ、この音符は頂いていくわね」
ネガシンフォニーが音符を浮かび上がらせ、それをセイレーンが奪い取る。
「オーホホホホ! 完璧! プリキュアは手も足も出ないみたいね!」
「あのォ、セイレーン様……それはいいのですが、あの二人、もう帰ってますよ」
「……え?」
ファルセットの言葉で、セイレーンは自分の周囲から二人の黒きプリキュアの姿が消えている事に気がついた。セイレーンが振り返ると、ネガビート、ネガシンフォニーらが飛び去る姿が見える。
「あ、あの二人、相変わらず言う事聞かないで……お、覚えてらっしゃい!」
「せ、セイレーン様、今日の我々は勝ち逃げです!」
「負け癖が完全に染み着いてる……」
プリキュアを倒し、音符を回収したにも関わらず、逃げ帰るようにあたふたと去っていくマイナーランド勢。
後に残されたのは、ボロボロになって倒れ伏せるメロディ・リズムの二人と、それを介抱しようと慌てふためくハミィやフェアリートーンらの姿。
「う、う……だ、大丈夫だよハミィ……」
「あの破壊の音を受けても、なんとか意識だけは……保っていられた」
よろよろと立ち上がるメロディとリズムの二人。しかし、本当に意識を保っているのがやっとという所で、あのまま戦いが続いていたとしたらどうなっていたか分かったものではない。
「また、音符を奪われちゃった……」
「……あの二人も、いつも出てくるって訳じゃないから、音符は全部奪われずには済んでるけど……」
力なくその場に腰を下ろし、黒いプリキュア達が現れてからの最近の戦いを振り返る二人。『ネガトーンプリキュア』の登場によって、二人は戦いに敗北し、音符を奪われて終わる事も多くなった。それどころか、悪のプリキュアとの戦いによる疲労のために、通常のネガトーンとの戦いでも苦戦する事が多くなっているのが現状だ。
しかし、理由は二人には良く分からなかったが、ネガトーンプリキュアは毎回必ず現れる訳では無かったので、ギリギリの所で二人はプリキュアとしての役割を果たす事が出来ている。
もし音符争奪戦の度に必ずあの黒いプリキュアが現れていたら……二人は既に限界を超えていたに違いない。
「はは、あの二人にも生活があるって事かね、はは、ははははは……」
「…………」
乾いた笑いを漏らすメロディと、そんな荒んだ様子のメロディに突っ込む気力もないといった様子のリズム。
「音符が奪われてしまった以上、仕方がないニャ。二人とも、今日の所はもう帰って休んでニャ……」
ハミィに促され、傷ついた体を立ち上がらせた二人は、変身を解除してそれぞれの家へ帰っていくのだった。
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「ご覧下さいメフィスト様! 今日もまた音符を奪って参りました」
鏡に映し出された映像の相手――メフィストに対してセイレーンが嬉しそうに報告する。後ろにはいつものようにトリオ・ザ・マイナーの姿があった。しかし、調子良く言うセイレーンとは裏腹に、メフィストは不服そうな顔でセイレーンの指すビン詰めの音符を見つめている。
「ま、俺様が与えたフェアリートーンのおかげだな。……それにしては集まり方が今ひとつな気がするが?」
「うっ……」
メフィストの言葉に、セイレーンは痛い所を突かれたといった感じに顔を引きつらせる。
ビンの中には内容量の半分を埋める程度の音符が入っていた。セイレーン本人の見立てでは、本来ならばこのビンに一杯になるほどの音符が集まっているはずだったのだ。
何故それが足りていないかといえば……
「それは、その……あの二人の黒いプリキュアは確かに強いんですが、呼びだそうとしても上手くいかない事がありまして……それにあいつら、戦いになっても全然言う事を聞かないんですよ!」
「あー? なんだぁ? この俺様がせっかく厚意であのフェアリトーンを与えてやったというのに? お前はそれに問題があるとでも言いたいのか? 言う事を聞かないだとか言うその二人の黒いプリキュアを見つけ出したのはお前だろうが!」
セイレーンが引きつった頬をピクピクと痙攣させる。
メフィストの言葉は正しい。フェアリートーンのドドリーと、その力によって生まれたネガトーンプリキュアの力がなければ、セイレーンは今まで通りプリキュアに負け続けで、音符の回収も全然進んでいなかったに違いない。
しかし、セイレーンはやはり納得がいかない様子だ。
「しかしですねメフィスト様。あの二人の使う、あの滅茶苦茶な音はなんなのですか? あんな音楽……いや音楽なんて呼べる代物じゃない。あんな音の力を使うのは、あたし達マイナーランドの流儀に反するのでは……ないかと…………」
語尾を強めて主張しようとしていたセイレーンだったが、いつの間にか映像の中のメフィストが、それまで見せた事の無いような冷徹な表情をしているのに気づき、途中で言葉を引っ込める他なかった。
ネガトーンプリキュアの使う音に対してセイレーンと同じように反感を持っていたトリオ・ザ・マイナー達も、途中まではうんうん、とセイレーンの言葉に合わせて頷いていたものの、メフィストの視線によって場の空気が凍りついている事に気づくと、すぐさま顔を伏せて自分達はセイレーンの主張とは無関係だという風に装った。
「流儀、だぁ? お前達に流儀がなんだとこだわっている余裕があるのか? そんなに音楽が大事だ、流儀を貫きたいだの思っているのなら……セイレーン、今すぐメイジャーランドに帰れば良かろう」
「そ、それは…………」
セイレーンは答える事が出来ない。
……かつてセイレーンは、メイジャーランドの歌姫だった。喝采を浴び、賞賛を受け、彼女は歌の妖精の頂点だった。
その栄光が、ある者の手によって一瞬にして奪われたのだ。
…………ハミィ。現在の歌姫の名。
自分達と対立するプリキュアの指導者役でもある。その相手の名前や顔を思い出す度にセイレーンの心に浮かぶのは、屈辱。その感情が、彼女に故郷を捨てさせた。
「メイジャーランドには、もう……戻れない。あたしはもう、負けたくない」
「そーだ、それがお前の本音だ。マイナーランドの歌姫としてメイジャーランドの歌姫を叩き潰し、お前の力を世界中に知らしめる! そのためには手段など考えるな。あの二人のプリキュアはお前に確実な勝利を与えてくれる。メイジャーランドで敗れ、そしてマイナーランドでまで敗者となったのならお前は……どうなるか分かるな?」
「え、ええ……勿論です」
「だったら余計な事など忘れて、プリキュアを倒して音符を集める事だけ考えていろ。いいな?」
そこまで言い終えた後、メフィストの映像は消え、その後に映し出されるのは、本来の性質を取り戻した鏡が反射して見せるセイレーン自身の姿。
その後ろから、トリオ・ザ・マイナーが心配そうな顔でセイレーンを覗き込む。メフィストの冷徹な態度に、自分達の先行きの不安を感じている様子で、その中のバスドラが、恐る恐るセイレーンに質問する。
「せ、セイレーン様。大丈夫なんですか、このままあの二人を使って? あの音を聴き続けていたら私達も……」
「……何の問題も無いわ。あんな滅茶苦茶な連中にだって、“使い方”ってものがある。今度こそ、プリキュアは確実に終わりよ。そして、あたしは勝利する……」
そう言い放つセイレーンの目には、満月の下で決意した時の覚悟の輝きが蘇っていた。
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「声出せ声!」
「ヘイ、パス! パーーーース!」
ある日の放課後。校舎を出てグラウンド近くを歩いていた響は、女子達の声かけを耳にして足を止めた。
「あ、和音……」
視線をグラウンドに向けた響の目に映ったのは、女子サッカー部の皆と一緒にサッカーをしている和音の姿。
響は……参加していない。
あの日の一件以降、響が声をかけても、和音は不機嫌そうに一瞥するだけで去ってしまうようになり、そういった気まずい空気から、響は声をかけるのも躊躇するようになってしまった。
そんな状態で一緒に部活の助っ人になど出れる訳もなく、プリキュアの活動や、戦いによる疲労などもあって、響は部活に参加する事自体が少なくなっていた。
「あっ……和音、そこでパス!」
ボールを持ち、ゴールは目の前という状況で、和音は二人のディフェンダーに挟まれる形となってしまった。しかし、開けたパスコースの先には絶妙の位置に陣取った味方がいる。
ここでパスを出せば……そんな考えが思わず口をついて出てしまった響だったが、そんな響の予想と期待は裏切られた。
「……ゴール」
響はぽつりとつぶやく。和音は味方にパスを出す事なく、敵ディフェンダーを押し退けるかのように強引なドリブルで防御を突破し、ゴールネットにボールを叩き込んだのだ。
味方からの声援を受ける和音。あそこではもっとチームプレイを意識するべきだったのではないか……そう響は考えたが、結果を出してしまえば誰も文句は言わない。
味方の声援に手を振って応えていた和音が、ふと響の方に視線を向けた。一瞬、二人の目が合うが、和音は冷ややかな表情を見せただけで、そのまま響を無視して自軍陣地に引き返していった。
「……帰ろ」
頭を垂れ、熱気を感じる女子サッカー部の声を背に受けながら、響は帰っていった。
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「奏、今日は来るのかな」
スイーツ部の活動で使っている調理実習室のドアに手をかけた奏は、中から聞こえてきた声にその動きを止めた。
人一倍道徳や正義感といったものにうるさい奏には、立ち聞きをする趣味などない。しかし、自分の名前を聞いて躊躇してしまった今、もうそのままドアを開ける事など出来なかった。
「今日もまた響と一緒にピアノのレッスンでもするんじゃない?」
「スイーツコンテストに参加するって話をした時はあんなに真剣な表情してたのに、なんだか騙された気分だよね」
ドアを掴んでいる奏の手が震える。自分の陰口を言っている部員達に対する怒りは当然あった。しかし、プリキュアの活動のために、部の活動がおろそかにしてしまったのは事実であり、そこに奏は少しの負い目を感じている。
だが、決して遊び目的で部活動を離れた訳ではないのだと、奏は今すぐに戸を開けて部員達に弁解をしたかった。
奏はドアを掴む手に力を入れようとする。
…………出来ない。
プリキュアの活動の事を話す事が出来ないのに、一体どうやって弁明すればいいと言うのだろう。嘘に嘘を塗り重ねるだけだ。
「さぁみんな、作業を始めましょう」
聖歌がパンパンと手を叩いて指示を出すと、皆がスイーツ作りの作業に取り掛かっていく。和気藹々とした様子で。
それは、いつものスイーツ部の光景だ。……奏がいない事を除けば。
……もう、自分があの中に加わる事はないのだろうか。奏はそう思った。
窓からスイーツ部の活動風景を見ていた奏は、そのうちドアから手を離し、踵を返してその場を立ち去るのだった。
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「……ふ~ん、それじゃあ、今日もスイーツ部には出なかったんだ」
「…………うん」
帰宅路を並んで歩く響と奏の二人。部活動への参加が減っていた二人は、学校から家までの帰宅路が同じであるために、自然と途中で合流し、そのまま一緒に帰る事が多くなっていた。
そしていつの間にか、これまた自然に、最近のお互いの上手く行かない近況を確認し合うようになっていた。
「でもさ、聖歌先輩もちょっとキツすぎない? 突然部活への参加態度にどうこう言うなんてさ」
「でも、嘘をついちゃったのは確かだし、聖歌先輩は責められない。……それを言うなら西島さんだって、一緒に部活参加出来ないだけで、いちいち怒る必要なんて無いんじゃないの?」
思わぬ所で切り返しをされ、一瞬驚いて見せた響は、ばつの悪そうな表情でポツポツと話す。
「……和音とわたし、奏と仲が悪くなってから、ずぅ~っと仲良しで一緒にスポーツやってたし、わたしがピンチの時には和音はいつも助けに来てくれた。……だから、和音が怒る理由も、なんとなく分かるんだよ」
「響……」
響は下を向いて、奏は空を見上げ、それぞれため息をついた。
とぼとぼとゆっくりとした歩調で歩き続ける二人だったが、突然背後から声がかけられた。
「ちょっと、二人並んでそんなノロノロ歩いてたら邪魔なんだけど」
二人がのっそりとした動きで振り返ると、そこに居たのは、口の悪さで(響と奏の間では)有名な小学生女子のアコと、奏の弟である南野奏太の二人組であった。
「よう姉ちゃん!……なんだよ、ま~たそんなだるそうな顔してさ、最近なんかそういうの多くない?」
「もう年なんじゃないの」
軽い調子ながら、二人を心配そうに見る奏太と、眼鏡の奥のツンとした表情でさらっと嫌味を言うアコ。
ここで奏がアコの態度に対して怒り出す、というのがいつものパターンなのだが、今の響と奏には怒る気力すら無いようで、二人の言葉を視線を逸らしてやり過ごすのがやっとのようだった。
「……そ、そういやさ、今日は行かねーの、しらべの館」
その場に生まれた微妙な空気に焦った奏太が慌てて話題を変える。
今までどうでも良さげに退屈そうな顔をしていたアコが、奏太のその話に少し関心を示したようだった。
「……しらべの、館?」
「そうそう、知ってんだろ? あのお化けでも出そうなボロっちい館。あそこって色んな楽器が置いてあるんだけどさ、ねーちゃん達あそこでピアノの演奏してんだよ!」
「ピアノの演奏……? ふぅん」
『本当に演奏なんて出来るの?』と言わんばかりに二人に目を向けるアコを見て、余計な事を言い出す前に話を進めてしまおうと奏太は続けた。
「あ、でもさ、最近なんか早く帰る事が多いけど……行ってないのか、ねーちゃん達」
「あ、うん、最近は……ちょっとね」
控えめな調子で答える奏。
奏太が二人に気を遣って明るい話題を提供してくれたのだという事は奏には良く分かっていたが、同時に、今『ピアノの演奏』という話題は彼女にとって最も避けたいものでもあった。
奏の心配した通り、隣にいた響は思い悩んだような表情をしている。
響は奏に口にした事がある。和音と聖歌、それぞれとの仲違い。それは、「あの時、自分がピアノ演奏に誘ってしまったせい」なのではないかと。
表情は晴れぬまま、そのうちに響が独り言のようにつぶやいた。
「わたし達、もうピアノの演奏なんて、しない方がいいのかな」
「響っ……! それは…………」
響のその一言に、奏は驚き、奏太は焦ったような表情になった。自分が軽く出した話題で、こんな言葉が飛び出して来るとは、彼には思ってもみなかったのだ。
アコの方は、眼鏡越しに黙って響の方を見つめている。……まるで睨みつけるかのように。
「響ねーちゃん、もしかして、また……ピアノが嫌いになっちまったのか?」
奏太は姉である奏から、響との関係や過去をある程度聞いている。響の今の心境を彼なりに察したようで、奏太は心配するように言った。
「違うんだよ奏太。ピアノも、演奏するのも……今は嫌いじゃない。むしろ…………好き、だよ。でも、それでもやっぱり、わたし達は、やらない方が……いいのかなって」
ピアノと、その演奏の事が、好き。その言葉は、プリキュアの活動を始める前の響だったら絶対に口にしない言葉だった。
響がピアノ演奏に積極的になった後も、照れ隠しなのか、響は「音楽が好き」というような言葉の言い回しを避けているような所があったのを、奏は知っている。
そんな響が、せっかく“音楽が好き”、と言ったのに、それがこんな場面でとは……と奏は悲しい気持ちになった。
湿っぽい空気に全員が押し黙っている中、その沈黙を破ったのはアコだった。
「あんた達、バッカじゃないの?」
二人の間をすり抜けるように移動しながら、アコが言う。その言葉は、いつものように嫌味ったらしい口調ではあったが、それ以上に、『怒り』の篭ったような雰囲気であった。
二人を追い越して数歩歩いた後、アコは振り返って言い放った。
「音楽が好きなのにやめた方がいいだとか、意味分かんない。好きなら続ければいいし、やめたいなら、それって嫌いって事でしょ」
アコはそのまま前を向いて、何も言わずに歩き出した。それを奏太が慌てて追いかける。
「わ、悪ぃねーちゃん達、また今度! お~いアコ、お前何怒ってんだよ!」
「……怒ってないわよ」
「怒ってんだろ」
「……怒ってない」
あれこれ言い合いながら進んでいく二人の後ろ姿を、あっけに取られて見送っていた響と奏だったが、そのうち響が突然思い出したかのように怒り始めた。
「な、なんなのよも~! こっちには子供には分からない複雑な事情ってもんがあるのにぃ~!」
「…………」
そんな様子を隣で見ていた奏は、響が怒るのも無理はないと思う一方で、アコがあんな言い方をした理由も、なんとなく自分には分かるような気がしていた。
好きだと思うのなら、続ければいいはずなのだ。本来ならば。
それに……発端となったあの日、響が自分をピアノ演奏に誘ったあの日。響が見せたあの笑顔。
それを、奏は忘れる事が出来ないでいた。
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「あれっ、なんだろう、この声……」
アコや奏太と別れ、言葉少なく道を進んでいた二人は、周囲の妙な騒がしさに気づき、周りに意識を向ける。
二人はカップケーキショップである奏の家『ラッキースプーン』の近くまで来ていた。そのラッキースプーン周辺に人だかりが出来ていて、その人達が口々に何かを話し合っている。
「うわっ、奏のお店、大繁盛!?」
「嘘、なんでこんな時間にこんなに沢山……」
二人が慌てて人混みの側に近寄り、人々の背に隠れた店の中の様子をなんとか覗き見ようと背伸びをすると、不思議な事に店の中も外も席には余裕がある。人々は店に並んでいる訳ではなく、室外席にある“何か”を覗いている野次馬の群のようだった。
「ねぇねぇ、あれ何? 女王様?」
「すっごーい、どこの国の人?」
注目を集めている人物について、人々が話しているのが聞こえる。『女王様』などという言葉がそこかしこで聞こえるが、どこぞの国の王族が日本に来ているなどというようなニュースは、響も奏も耳にした覚えがなかった。
状況を確認するため、二人は野次馬を押し退けて進んでいく。
「すみません! 通してください!」
「んもう、なんなのよー! この日本のこんなカップケーキ店に女王様なんているわけ……」
人混みを潜り抜けた二人の視界に映ったのは、野外席でケーキを食している女性。だが、それは街中に溶け込めるような普通の女性ではなかった。
ウェディングドレスを思わせる純白の衣服に身を包み、頭部には真っ赤な花を敷き詰めた花束のようなものをあしらった冠をかぶり、ウェーブのかかった金色の髪を足元まで届かんばかりの勢いで伸ばしている。一言で言うのなら、そう、その姿はまさに『女王様』だった。
「「居たーーーーーーーーーーっ!?」」
「まぁ美味しい! ハミィ、この食べ物はなんと言うの!?」
「ラッキースプーン今日のお勧めまろやかチーズカップケーキニャ」
「ラッキースプーンキョウノオススメマロヤカチーズカップケーキ……帰ったらさっそく宮廷のシェフに作らせましょう!」
“女王様”がカップケーキ店でカップケーキを食べているという事実はもちろんの事、それ以上に二人が驚いたのは、その“女王様”と楽しそうに会話をしていたのが、猫――ではなく、歌の妖精のハミィだったからだ。
人混みを抜け、ハミィの姿を確認した響と奏は大急ぎでその会話に割り込んだ。
「ちょっとちょっと!」
「ハミィ、何やってんの!?」
自分達の体でハミィの姿をなんとか隠そうとする響と奏。
幸いな事に、野次馬の人々のざわつきのおかげでハミィの言葉も彼らの耳には届かなかったようで、『猫が喋った!』などというような騒ぎは生まれていない。問題のハミィは、響達が慌てた調子で、群衆の注目の的となっていても、少しも気にしていない様子だ。
「あ、響に奏、おかえりニャ」
「おかえりじゃないでしょ! こんな所で堂々と喋って……」
「っていうかこの人だれ!?」
「まぁ、あなた達が響と奏なのね!」
ハミィと当然のように話をしていた“女王様”が席を立ち感嘆とした様子で響達を見た。いきなり見ず知らずの人、それも“女王様”に名指しされ、響と奏は目をぱちくりさせている。
「あらごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私の名はアフロディテ。メイジャーランドの女王です」
響と奏はぱちくりさせていた目を今度は点にし、しばらくの沈黙の後、同時にその声を周囲に木霊させた。
「「アフロディテ様~~~~~~~~~~~~~っ!?」」
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「驚かせてしまってごめんなさいね。こちらの世界には慣れてないものだから」
「思いっきり満喫してたような気がするけど……」
「こっちに来て最初に行くのがうちのお店って……」
海辺近くの屋根付きの休息所。普段響と奏が二人でくつろぐ時に来る場所なのだが、今回は人目を避けるため、ハミィとアフロディテを連れ添ってやって来た。
メイジャーランドの女王との対面という場面に、響と奏は最初こそ緊張している様子だったが、女王様と休息所のテーブルで向かい合っているという状況が実に馬鹿馬鹿しいものに思えてきて、二人のそんな緊張もいつの間にかどこかへ飛んでいってしまったようだった。
「改めて、メイジャーランドの女王、アフロディテよ。二人の活躍はハミィから聞いているわ。二人とも、プリキュアとして世界を守ってくれて、本当にありがとう」
「活躍、と言っても、最近は……」
アフロディテの言葉に、響の表情が暗くなる。その気持ちを察して、奏が言葉を繋げた。
「アフロディテ様もお聞きになっているんでしょう? 最近になって、黒いプリキュア二人組が現れて、私達、あの二人には負け続けで……」
「もしかして、それでアフロディテ様がわざわざ?」
「ええ、もちろんそれもあるわ。今日私が来たのは、私の口から、あなた達に今この世界で起こっている事を説明しなければならないと思ったからなの」
「この世界で起こっている事……」
『世界』というあまりにも想像の範疇を超えたスケールの話に、響と奏が顔を見合わせる。
「二人とも、『幸福(しあわせ)のメロディ』については聞いているわね?」
「ええと、確か、一年に一度メイジャーランドで歌われる歌で……」
「世界の幸せを約束する、伝説の楽譜の音符を定着させるために行う儀式みたいなもの……でしたっけ」
「その通り! ハミィ、よく二人に説明していたみたいね、偉いわ」
「ハニャ~、それほどでもないニャ~」
机の上に座って話を聞いていたハミィが片前足を上げて照れたように言う。
「この世界にはね、様々な音が存在するの。人間、生き物が生きる鼓動。木々のざわめき。風のささやき……それは世界が生きる音」
アフロディテは、手のひらで自分の左胸、周辺にある木、空を順々に指していった。
「それら一つ一つが正しく音を鳴らす事で、世界全体が大きなメロディを奏でるの。それこそが、世界の生きている証。そのメロディが乱れてしまわないよう、世界の音を管理するのが私たちメイジャーランドの住人の役割なの」
「ハミィ達歌の妖精の役割でもあるニャ!」
アフロディテの語りに、響と奏は「へぇ~」と感心している様子だ。
「そして、この世界の命の音を生み出し、同時に世界の音の安定のために伝説の楽譜を作り出したと言われるのが、“クレッシェンドトーン”様……」
「「クレッシェンドトーン?」」
「そうドド!」
「ボク達を」
「生み出したのも」
「クレッシェンドトーン様なんだファファ」
いつからそこにいたのか、フェアリートーンの「ドリー」「レリー」「ミリー」「ファリー」が順番にアフロディテ側のテーブルの下から飛び出した。……当然ながら、「ソリー」「ラリー」「シリー」の姿はそこにはない。
「クレッシェンドトーン……様って、そんなに凄い人なんだ……その人も、メイジャーランドにいるんですか?」
響の質問に、アフロディテが顔を曇らせる。
「クレッシェンドトーン様は、メイジャーランドの宝、『ヒーリングチェスト』に宿る大精霊なの。でも、そのヒーリングチェストは……今は失われてしまった。クレッシェンドトーン様が最後のフェアリートーン、『ドドリー』を生み出す前に」
「ドドリーって、もしかして、黒いプリキュアと一緒に居た、紫のフェアリートーンの事ですか?」
奏の言葉に、アフロディテはゆっくり頷いてみせる。
「ヒーリングチェストは、メフィストによって奪われてしまったの。だから、メフィストはドドリーを手に入れる事が出来た。そして、あの男はドドリーに不幸の音の力を注ぎ込んだのよ。そして、高い「ド」の音符の精、ドドリーに近い音階のフェアリートーンもその不幸の音の影響を受けてしまった」
「そうだったんだ……」
「ソリー達が心配だレレ……」
普段元気で明るいフェアリートーン達が沈痛な面持ちで顔を伏せている。今の状況を辛く感じているのは自分達だけではないのだ……と響と奏は胸を締め付けられるような気分になる。
「……今回、私がこちらに降りて来たもう一つの理由は、このかのん町に大きな音の歪みを探知したからなの」
「音の歪み?」
「さっき仰っていた、世界の奏でるメロディの話ですか」
アフロディテが再び頷く。
「おそらく、例の黒いプリキュアが使うという“破壊の音”の影響で、この付近に存在する音に少しづつ歪みが生じているのよ。世界全体に存在する音から比べたら、彼女たちの発する破壊の音なんて微々たるものだけど……このまま続けば、その小さな歪みが少しづつ広がっていき、世界全体のメロディにまで歪みが生まれてしまうわ。そうなれば世界に存在する命の音そのものが危険に晒されてしまい、それを修正する事も難しくなってしまう」
「そんな……」
「わたし達が思っている以上に、世界は大変な事になってたんだ……」
響と奏の表情がより一層沈む。ただでさえプリキュア・日常生活両方の問題で頭を抱える二人が、更に『世界の危機』という事態を自分達が背負わされているのだという責任を目の当たりにしてしまったのだ。
アフロディテはそんな二人の様子を見て申し訳なさそうな顔をしながらも、話を続ける。
「それに、あの“破壊の音”は、周囲の人や自然の音を壊すだけではなく、それを扱う者自身の命の音をも破壊してしまうはず……」
「えっ? 扱う者自身って、あの黒いプリキュアの二人が?」
「ちょっと待って! じゃあ、あの二人は、自分の体を傷つけながら戦っているって事!?」
響が思わず席を立ち上がる。響や奏も、ハミィも、味方のはずのマイナーランド一同をも苦しめる破壊の音を扱いながら、平然としていたネガトーンプリキュア。
その彼女達自身にも破壊の音は悪影響を与えている。今まで考えもしなかった事実に、響と奏は混乱を深めた様子だった。
「あの二人はその事を知ってるのかな……」
「知っているんだとしたら、どうしてあの子達は、自分達を傷つけてまで私達の邪魔をしようとするんだろう……そこまで私達に恨みがあるって事なの?」
二人の黒いプリキュアは、メロディとリズムの二人の「邪魔をする」事が目的だと言っていた。それが強く印象に残っている二人は、初めてあの二人の襲撃を受けた時からずっと考えていた問題を改めて考え直している。
『何故あの二人は自分達の邪魔をするのか?』
人間のはずのあの二人が、世界を不幸で包もうとするマイナーランドの住人に加担する形になってまで、自分達の邪魔をする理由はなんなのだろうか。二人は何度考えてもその答えを見つける事が出来ない。
奏は自分を標的として来たネガシンフォニーから、自分に対する敵意、怒りのような感情を読み取っており、響も同様にネガビートから個人的な敵意を感じ取っていた。
しかし、それほどまでに自分達が誰かに恨まれているのかと考えると、二人はどうにも思い当たる節が無いのだった。
しばらく考えを巡らせた後、響は顔を上げた。
「とにかく、このままじゃいけないよね。わたし達自身も、あの二人も」
「アフロディテ様、あの二人の使う破壊の音に対抗するためには、一体どうしたらいいんですか?」
響、奏の二人から寄せられる期待の視線に、アフロディテは柔らかな笑みで応える。
「秩序を混沌に変える破壊の力に対抗出来るのは調和の心だけ。そして調和の心は、プリキュアの力の本質でもあるわ」
「「調和の心……」」
「二人ならきっと大丈夫よ。ハミィから聞いてるわ、二人ともピアノのレッスンを続けているんでしょう?」
「えっ!? ああ……はい、一応……」
またピアノレッスンの話だ、と奏は内心複雑な心境になった。今一番聞きたくないと二人が思っている話題。それをどうして会う人会う人が次々に言ってくるのだろうと。
奏が心配した通り、隣の響はピアノという単語を聞いただけで若干暗い表情になっている。
「ピアノ……の、レッスン…………あの、それを続ければ、わたし達、あの二人に勝てるって事ですか?」
響の、暗い調子のたどたどしい言葉を聞いて、どういう訳か今度はアフロディテの顔が暗くなった。
「どうしたの、響? ピアノの演奏が……嫌なの?」
「あ、その……嫌って訳じゃないですけど、ピアノじゃなくて別の方法があるなら、別にそれでもいいんじゃないかな~……って」
響の曖昧な言葉に、アフロディテは残念そうな表情を浮かべた。
「……響、奏? あなた達は何故、ピアノの演奏を続けていたの?」
「え? 何故って……」
「それってどういう……」
アフロディテの言葉に疑問を感じた響と奏だったが、アフロディテが二人の疑問に答える前に、その場に乱入する声があった。
「アフロディテ様~! こんな所にいらっしゃったんですか! みんな探してたんですヨ!」
ばっさばっさと羽音を響かせながらその場に現れたのは極彩色のオウムだった。
「うぇぇっ! 喋る猫の次は喋るオウム!? ……って、オウムは喋るか」
「オウムだってこんな流暢には喋らないわよ!」
響のボケに突っ込みを入れる奏。
そんな二人などお構いなしな様子で、アフロディテの名を呼んだオウムは、クチバシでアフロディテの服の裾をくわえると、その体を引っ張り始めた。
「ハヤクハヤク! 帰りますヨ! 今日中に目を通して頂かないといけない書類がわんさかあるんですから!」
「ああもう、分かってます! ……響、奏、またね。ハミィ、後を頼んだわ!」
「分かりましたニャ!」
「え、あ……ちょっと!?」
「アフロディテ様~!?」
結局最後に二人が感じた疑問に答える間もなく、アフロディテは慌ただしくその場を去った。
残されたのは、すっきりしない気持ちのまま取り残された響と奏、いつも通りにのほほんとした笑顔のハミィ、そして落ち込んだ様子のフェアリートーン達だった。
その場の沈黙に耐えられなくなったのか、響がのほほんとした様子のハミィに話しかける。
「あのさハミィ、アフロディテ様の言っていた『何のためにピアノを演奏していたのか』ってあの言葉、どういう意味なの?」
「ハニャ? う~ん、ハミィには良く分からニャいけど、きっと楽しくピアノの演奏をすればいいって事だと思うニャ!」
「ハミィに聞いたわたしがバカだった……」
ガックリと肩を落とす響に、奏が遠慮がちに声をかける。
「ピアノの練習……行く?」
「……そんな気分じゃない」
「……だよね」
アフロディテのこぼした言葉が気になった二人ではあったものの、今の心境での二人の結論は同じ。結局そのままそれぞれの帰路についた。
---
「何のために、ってそれは……ハーモニーパワーを高めるためだと思うけど」
海を見渡せる所にあるベンチで、奏は一人考え事をしていた。家にそのまま帰る気にもなれなかった彼女は、響と別れ、アフロディテの言葉の真意を自分なりに探ろうとしていた。
プリキュアとして世界の平和を守るため戦う事を決めた二人は、指導役でもあるハミィから『ハーモニーパワーを高める』というある種の課題を出された。
ハーモニーパワーとは心を合わせた時発揮されるプリキュアの力の源であり、それを高めるためには音楽の練習を一緒にする事が一番だとハミィは語った。そこから、二人のピアノレッスンが始まったのだ。
「もっともっと練習して、二人で上手に演奏出来るようになったら、あの黒いプリキュアにも勝てる……?」
世界のためにも、自分達自身のためにも、あの黒いプリキュアに打ち勝てるようにならなければいけない。しかし、ではそのためにピアノの演奏をするのか、というと、響と奏の二人ともに尻込みをしてしまう。
響も……そして自分自身も、恐れているのではないかと奏は考える。
和音や聖歌との一件に、響は責任のようなものを感じていた。
自分がピアノの演奏に誘ったせいで。
自分がピアノの演奏をしたせいで。
ピアノのせいで。
そんな気持ちを抱えたままピアノに触れてしまうと、また音楽を嫌いになってしまうのではないか。響が躊躇する理由はおそらくそれだ。奏はそう推察し、そして自分自身も、響が再び音楽嫌いになるきっかけを与えてしまうかもしれないという事を恐れているのだと気づく。
響が次にピアノを前にした時、どんな顔をするのか、奏でる音楽はどんなものになってしまうのか。
それが……怖い。
「あれ、南野さん? どうしたの、こんな所で」
考えを続けながらぼうっと海岸線を眺めていた奏はその言葉に驚いて顔を上げる。ベンチの側に立って奏を見下ろしていたのは、『音楽王子隊』という音楽隊を率いる、アリア学園一のアイドル、王子正宗だった。
「あっ! お、おおお王子先輩! こ、こんにちは!」
「あぁ、ごめん、驚かせちゃったかな」
ベンチからバッと立ち上がり、顔を赤面させてろれつが回らない言葉で喋る奏。学園のアイドルである王子は、奏にとっての憧れの人でもある。
「お、王子先輩はど、どうしてこんな所に!?」
「ちょっとピアノの演奏練習で行き詰っちゃってね、気分転換に来たんだ」
――ピアノ。
普段王子を目の前にしてしまうとあがりっ放しでまともに口が回らなくなる奏だったが、その単語を聞いた瞬間、スッと頭から熱が冷めていくように、奏は冷静さを取り戻した。
奏は今更ながらに思い出す。目の前にいる王子も、王子隊の中でピアノを担当するピアノ演奏者なのだと。
「王子先輩でも、演奏に行き詰まる事があるんですか?」
「そりゃもちろんあるさ。今回はそこまででもないけど、教えて下さっている北条先生はああ見えて音楽に対しては厳しいからね、自分には才能が無いんじゃないか……そんな風に思ってしまう事だってあるよ」
王子の言う『北条先生』とは、北条響の父であり、アリア学園での響や奏達の音楽担当教師でもある北条団の事だ。
そして、響とその父、団との間に起こった気持ちのすれ違いが、響が音楽嫌いになった原因でもあった。
ピアノに迷う響と、ピアノに迷う王子。奏は直感を覚えた。目の前にいるこの人なら、響の――いや自分達の問題に道を示してくれるのではないかと。
「そんな時、王子先輩ならどうします? ピアノに……音楽に対する気持ちに迷ってしまった時、王子先輩なら……一体どうするんですか?」
「えっ、南野さん……?」
普段は見せない追求するような奏の態度に王子は面食らった様子だったが、彼は奏のその態度がとても真剣な気持ちから来ている事を感じ取った様子で、少し考えた後、静かに語りだした。
「そんな時は……やっぱり、ピアノを弾くよ。ただ……何も考えずに」
「何も、考えずに……?」
「そう。練習だとか、自分の将来だとか……そんな事は一切考えずに、楽譜すらも見ずに、ただピアノを弾くんだ」
「楽譜も見ずに……なんて、そんな事が出来るんですか?」
にわかには信じられないといった表情を浮かべる奏に、王子は優しく笑いかけた。
「まぁ、滅茶苦茶な演奏になっちゃう事もあるけど……ずっと指を鍵盤に乗せて練習していたんだ、自然に指が動くものだよ」
王子は海岸線を見つめる。奏にはその姿が、迷いのあった自分の過去を見つめているかのように見えた。
「何も考えず、指の動きに従って音を楽しんでいるとね、自分がピアノに対して本気で向き合おうと思った理由、音楽をする上で本当に大切な事を思い出せるような気がするんだ」
「本当に、大切な……事」
奏も王子と同じように海岸線を見つめ、自分の内面に意識を向けた。自分にとって、自分と響にとって、本当に大切な事とはなんなのだろうかと。
今、自分達は様々な問題に直面している。しかし、そのひとつひとつの問題に気を取られているせいで、“本当に大切な事”を自分達は見失っているのではないだろうか?
「南野さんは、思い出せそう? ……本当に大切な事」
「……えっ!?」
気がつけば、さっきまで海岸線を見ていた王子が自分の顔を見つめている。奏はまた顔を真っ赤にし、まとまらない考えで一杯だった頭の中は更に混乱の中に埋もれていく。
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。休憩もほどほどにしないとね」
「あっ、王子先輩……っ」
奏は、今この瞬間が憧れの王子と一対一で会話が出来る機会だという事を思い出し、王子の事を引き留めようかと一瞬考えた。しかし途中で、話を切り上げて去っていく王子が、自分の思考を邪魔してしまわないように気を遣ってくれたのだという事に気づき、言葉を止めた。
奏は果てしなく続く海岸線をもう一度目に焼き付けた後、自分の家へと引き返した。
---
「はぁぁぁぁぁ~~~~~~~~……」
「響、最近は学校が終わってもすぐ家に閉じ篭っちゃうニャ」
「その理由ぐらい、ハミィだって分かってんでしょ」
自宅の居間で、響は椅子に座って上体をテーブルの上に投げ出していた。その体は脱力しきっており、顔には一切の覇気がない。
「響からピアノとスポーツを取ったら大食いしか残らないニャ」
「うっさいわねー! 放っといてよ!」
響はガバッと上体を起こしてテーブルの上のハミィに文句を言い、またぐったりと体を倒した。
「響、本当にこのままでいいのニャ?」
「…………」
響は顔を背ける。響にも分かっているのだ。ハミィが嫌味でこんな事を言っているのではなく、ハミィなりに自分の事を想って言ってくれているのだという事を。
響自身も、『このままで良いのか』とずっと悩んでいた。しかし、彼女が何かしようかと考えた時、真っ先に浮かんでくるのが、自分に対し怒りをむき出しにしていた和音の表情。
そして次に浮かぶのは、『あの時、自分がピアノの演奏になんて誘わなければ』という後悔の感情。自分だけならばまだいい、だが、自分の行動のせいで奏と聖歌の二人の関係まで悪くなってしまった……響は延々と繰り返すこの思考から脱する事が出来ないでいた。
「たっだいま~……おや響、何してるんだい、そんな所で」
「……パパ? 今日は早いんだね」
解錠音とドアの開閉音の後、居間に入ってきたのは響の父、北条団だった。家族の帰宅に気づいてハミィは一足先にその場を離れている。
「ああ、今日は夜からまた演奏会があるからね。響も聴きに来るかい?」
「……いい。音楽なんて……聴きたい気分じゃない」
テーブルから顔も起こさずだらっと答える響の姿を見て、団は肩をすくめる。
「おやおや、最近は音楽に興味が戻ったのかと思ったけど、今はまた音楽への気持ちもディミヌエンドなのかな」
「ああ~もう! またその変な喋り方! 今わたしの前で音楽の話をしないで!」
我慢できなくなり両手でドン、と机を叩いて起き上がった響だったが、直後の団の言葉を聞いて絶句した。
「……ピアノの演奏の仕方でも迷ってるのかな」
「なっ……!?」
響は、奏と一緒にしらべの館でピアノの演奏をしている事は団には話していない。そして、今の会話の中で響は“音楽”とは言っても“ピアノ”とは一言も言っていない。
「響が最近、家のピアノにちょくちょく触れている事、気づかないとでも思ったのかい」
「な、なんで……パパが絶対に帰ってこない時間にしか触ってなかったのに」
「だって響、鍵盤の蓋を開けっ放しにしてたじゃない」
「あ…………」
あまりにも間の抜けたミスに響は恥ずかしくなり顔を赤くする。
響は、父との気持ちのすれ違いという過去の出来事から一度音楽嫌いになっており、そんな父に対する気恥ずかしさと、『音楽嫌い』を公言していた事から来る妙な意地もあってか、奏以外の人、特に父である団にはピアノ演奏をしている事を黙っていた。
それが、よりにもよってこんなタイミングで追求される事になろうとは……と、響は自分の軽率さを後悔していた。
だが、響がピアノの状態に注意を払わなかったのにも理由はある。
北条家の中でピアノが置いてある部屋は、幼い頃響がレッスンをするために用意された専用の部屋で、ピアノに用が無ければ行く場所では無い。団が家でピアノ演奏する事はあまり無かったと響は記憶しており、その部屋にあるピアノの状態がどうあったとしても、団にそれが分かる訳がないと響は考えていたのだ。
(もしかして……いつもチェックしてたの? わたしがピアノに触っているかどうか……)
五年前のあの出来事から、自分とピアノの繋がりを欠かさず意識し続けていたのなら……響は目の前でにこやかな笑顔を浮かべる父の底の知れなさに驚くのだった。
「響、一度、演奏を聴かせてくれないかい?」
「えっ、わたしは、その……」
「ほら、いいからいいから」
「ああ、ちょっとー!?」
戸惑う響の背中を団が押し、二人はピアノの部屋へと向かって行く。そんな様子を、期待を込めた視線でハミィは見つめていた。
---
(うう~、押されるがままに結局ここまで来ちゃった~…………)
北条家・ピアノの間でピアノの前に座らされている響。団は少し離れた所で椅子に座り、笑顔を浮かべて響の演奏を待っている。
響は、鍵盤に指を置く事も出来ず硬直を続けている。いざピアノを前にすると、恐れと戸惑いの感情がより深く彼女の心を締めつけて来る。
だが同時に……ピアノを前にして響が感じる事が別にあった。
ピアノを前にした喜び。演奏する事への期待。
団に強引に押されたとはいえ、本当に嫌だったのなら逃げ出す事も響には出来たのだ。
それをしなかったのは、彼女自身の心の中に、「またピアノの演奏をしたい」という気持ちがあったからに他ならない。その事に、響自身も気付き始めていた。
(わたし、ピアノを弾いても、いいのかな……)
迷いを持ちながらも、響はピアノに放置されたままだった、普段演奏している曲の楽譜を開き、鍵盤に指を置いた。
そして……すうっと大きく息を吸った後、鍵盤を叩き始める。
音が跳ねる。踊り出す。心の中に、心地よい旋律が流れ始める。何度続けても変わらない……いや、変わり続けるからこそ感じる新鮮な気持ち。
……音楽と、遊ぼう。
……音楽を、楽しもう。
かつて、音楽嫌いになる前に感じていた気持ち、音楽への真っ直ぐな気持ち。それを、響は既に取り戻していたのだ。
……しかし。
――ドゥン。
音がおかしな方向に跳ねる。その瞬間、響の心に浮かんでいたのは、あの日、あの時の和音が見せた怒りに満ちた顔。そして、自分のせいで聖歌と仲違いしてしまった奏の悲しそうな表情。
『わたしなんかより、南野さんと一緒に居る方が、響は楽しいんでしょ』
『ピアノを演奏している方が、響は楽しいんでしょ』
(違う、違うんだよ、和音…………!)
修正しようとする。忘れようとする。集中しようとする。
しかし、一度響の中に生まれた迷いは消える事なく、歪んだ音楽は変わらないまま……そのうち曲が終わった。
---
「…………」
ピアノの音が止み、部屋の中が重い沈黙に包まれた。響の視線は楽譜に落とされたまま。
やはり、弾かなければ良かった、と響は思った。自分でもはっきりと分かる、最低の演奏。こんな演奏をしてしまうくらいだったら、最初からピアノの演奏なんてしなければ良かったと。
しばしの沈黙の後、腕を組んで何事か考えていた様子だった団が口を開いた。
「今日の響は、音楽を奏でていないね」
「…………っ!」
バァン、と、鍵盤に叩きつけられた手によって、響の心を代弁するかのような怒りに満ちた音をピアノが発する。響は握り拳を作り、その肩は小刻みに震え始めた。
「分かってるよ……そんな事…………」
響は顔を上げて団を睨めつける。
「“音”を“楽しむ”と書いて“音楽”! 今のわたしは音を楽しむ事は出来てない! でも……出来るわけないじゃない…………こんな悲しい気持ちの時に、音楽を楽しむなんて!」
響が一度視線を床に落とし、力を込めた言葉と共に再び団に目を向けたその時……団はいつの間に取り出したのか、携帯電話をプッシュして電話しようとしている所だった。
あまりの事に、響は怒りすら忘れて目を点にしてしまった。
「……って、人の話を聞けっ!」
「ああもしもし、北条ですが……南野さんかい? 今大丈夫かな? 家で響がピアノの演奏をしてるんだけど……」
「えっ…………奏……?」
会話の内容から、話している相手が奏だと気づく響。戸惑う響をよそに、団は相変わらず底の見えない笑顔を浮かべたまま、電話の向こうの奏に話を続けていた。
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「え~っと、どうしてこういう事になっちゃうんでしょうか……」
十数分後、ピアノの前に座る響と奏の姿がそこにはあった。奏の至極もっともな質問に、団はさらりと答える。
「どうしてって、響と南野さん、一緒にピアノの連弾をしてたんじゃないのかい?」
「えっ!? なんでそんな事まで知ってるの!?」
「うん、響と南野さんがまた付き合い出すようになったのと、響がピアノに触れ出すようになったのは同じ頃だったからね。そんな事なんじゃないかと思って」
驚きの声を上げる響に、団は当然の事のように言う。響も奏も、普段はおとぼけた顔しか見せない団の予想外な洞察力に、ただただ驚くばかりだった。
よもや今度は『ふたりはプリキュアなんだろう?』などと言って来るのではないかと二人は冷や冷やしていたが、団の暴き出す事実はそこまでのようだった。
団は変わらぬ位置、変わらぬ表情で二人が演奏するのを『いつでもどうぞ』と言わんばかりに待っている。
「はぁ~ぁ、もうなんでもいいから早くやろう?」
「う、うん……」
真意の読めない父の行動に振り回され、怒る気力すら失っている響は、とにかくこの状況をとっとと流してしまおうと奏を促し、演奏を開始した。
無気力な態度をしている響ではあったが、内心では淡い期待もあった。奏と一緒に演奏すれば、先ほどよりもまともな演奏が出来るのではないか……と。
しかし、響のそんな淡い期待はあっさりと裏切られた。響も奏も、奏でるその旋律にはどこか不安定なものがあり、演奏している一人の不安や混乱が、相手の不安を煽り、それがまた演奏の中に歪みを呼び起こす。
どこかズレていて安定せず、落ち着きのない演奏。先ほどの響単独演奏よりかはまともな音楽になっていたのかもしれないが、どちらにせよ誉められたような演奏では無い事だけは確かだった。
「響……」
「…………」
演奏が再び終わり、響はがっくりと頭を垂れている。そんな響の様子を、隣で心配そうに見ている奏。
再びピアノの間が沈黙に包まれる。演奏を聞き終えた団は……何かを考え込んでいる様子で黙り込んでいる。
そして、響と一緒に演奏をし終えた奏も、ある事を考えていた。先ほど、海岸線近くのベンチで出会った王子が言っていた事。自分達にとって“本当に大切な事”……
団が何かを口にしかけたその瞬間、一足早く奏が行動を起こした。
パタン。
と、ピアノに乗せられた楽譜を閉じたのだ。その奏の行動に、響と団からの注目が集まる。
響は奏のその行動を見て、自分と同じく、団の真意が見えないおかしな行動、そしてこの場での演奏に嫌気が差したのだと捉えた。
そうだ、こんな事をしたって、嫌な気分になるだけで、一つもいい事がない。もう、やめてしまおう、ピアノの演奏なんて……
響が頭に思った事を口に出してしまいそうになっていたその時、やはり一足早く奏が言葉を発し、響の言葉を遮った。
「響、こうなったらもう、何も考えずに演奏しよう」
「え……何も考えずにって、どういうこと……」
「聖歌先輩や西島さんの事とか、そういうの何も考えずに、ただ心のおもむくまま演奏するの。楽譜も……必要ない」
「そんな、無茶苦茶だよ! わたし達、最近ようやくこの一曲を演奏出来るようになったばかりなのに!」
響の訴えに、奏の表情が曇る。
奏がやろうとしている事は、王子が言っていた事を自分達がそのまま再現しようというものだ。だが、王子と同じような事を、自分が、自分達が出来るのかどうか、そんな事は彼女自身にも分からないのだ。だからこそ、奏も不安になる。
しかし、奏は己のその迷いを振り切り、決意を込めた表情で響を見つめる。
「迷いながらじゃ、どんな事だって上手く行きっこない。……それだったらいっそ、何も考えないでぶつかってみよう? 失敗したっていいから、ね?」
「……そ、そこまで言うんなら…………もう、どうなっても知らないんだからね!」
響と奏はピアノに向き直る。
何かを言おうとしていた団は、二人の様子を見て口を閉じ、椅子に座り直して聞き手としての立場に戻ったようだ。
仕方ない、とにかくやってみようか……と思って響が鍵盤に指をかけた瞬間、彼女は軽々しく奏の提案にOKを出した事を後悔した。
いつものように呼吸を合わせて弾き始めようと考えても、楽譜をちゃんと覚えているか、失敗はしないかといった不安が焦りと混乱を生み、最初に動かす指がどれであるかという事すら忘れてしまいそうになっている。
(な、何も考えずにどころか、始まる前から余計な事考えちゃってるよ~!)
響が混乱の中に居たその時、奏が一足早く音を奏で始めた。しかし、それはどこかおそるおそるといった感じで、安心して聴けるような雰囲気では無い。
だが、おそるおそるとはいえ演奏が進んでいるのは確か。響は奏の後を追うように、慌てて自分も弾き始める。
(ええと、こうだったかな……?)
奏と同じように、たどたどしい感じではあったが響のパートも演奏が続く。
(……あれ? なんでだろう)
弾き始める前は物凄く混乱していたのに、いざ奏に合わせて弾き始めると、響の指が迷って止まるような事は不思議となかった。
(この音……そうだ、ここはこうして……)
(この流れ……ここで私が合わせて……)
奏が生み出す音色が、響の指を導き、そしてまた、響の生み出す音が、奏の指を導く。
いつの間にか、お互いがお互いの“道”を示し合っていた。
あれほどまでに、先の見えない道だと思っていたのに――今はその道がはっきりと目の前に続いているように二人は感じている。
――ポゥン!
「……いっ!?」
「…………ぷっ!」
響の奏でる音が突然おかしな方向に跳ね、奏が思わず吹き出す。
鳴らす音を間違えたのだ。完全な失敗…………演奏ミス。
そう、先ほどまでの二回の演奏と同じ、失敗。
なのに何故か二人の心に影が差す事はなく、演奏が崩れていく事もなかった。いや、元から崩れていたから気にならなかっただけなのかもしれないが、明確な失敗の後でも二人は変わらず演奏に集中し続けていた。
――トトゥン!
「あっ……!」
「……ぶふっ!」
今度は奏の方がテンポのズレた音を出し、響が吹き出す。
奏の顔は赤くなり、お互いに恥ずかしい場面を見られた響と奏は、ムキになったように必死で演奏を続ける。
その後も何度も失敗があった。しかし、どちらかが失敗して躓きそうになっても、もう一人の演奏がそれを立て直す。まるで、転んだ相手の手を掴んで起き上がらせるように。
必死になって演奏しながらも、同時にそれぞれがお互いの事を想いながら演奏していた。
(なんだろう、この気持ち……)
響は、自分が真っ白な光に包まれた世界に居るかのような感覚を覚えた。
真っ白な世界で、隣には奏が居て、自分達はそんな世界をただ一直線に歩いている……
和音や聖歌との問題も、黒いプリキュアの事も、世界の危機についても、忘れた訳ではない、頭から消えた訳ではない。だが、そういった様々な問題があっても、不思議とその白い世界の中では、不安や恐れといった感情は浮かんで来なかった。
(ずっと、この世界を歩いていたい…………奏と、そしてみんなとも一緒に……)
そうは願っていても、いつかは演奏は終わるもの。
しかし、曲が終わっても、しばらくの間は、響はその「白い世界」を歩いたままで……曲が終わったという事実に気づくのにも随分と時間がかかったのだった。
---
パチパチパチ……と、静寂を破ったのは団の拍手の音だった。
「……二人とも、とても素晴らしい音楽を奏でていたね」
団の先ほどとは打って変わった賞賛の言葉に、響と奏は逆に戸惑った様子だった。
「え、いや……でも、今回も失敗多かったし、ちゃんとした演奏には……」
「ん? 誰が“失敗のない演奏”をしろって言った?」
まだ良く分からないという顔をしている響に、団は続ける。
「響の言う通り、楽しい気分の時に音楽を奏でれば、そりゃ楽しい音楽になるだろうさ。……でも、悲しい気持ちの時に、楽しい音楽を演奏すれば、楽しい気持ちになる事もあるんじゃないかな?……今の二人みたいね」
「えっ、今の……わたし達?」
響は思わず隣の奏の顔を見た。ちょうど奏も響の顔を見た所で、二人は見つめ合う形となった。
奏は団の言葉に戸惑ったような表情をしているものの、その顔には自然なほころびが生まれていた。
そしておそらく、自分自身も同じような表情を浮かべているのだろうと響は思った。
「それに南野さんっ」
「あっ……は、ハイ!」
いきなり団に指差されながら自分の名前を呼ばれた奏は飛び上がりそうになる。
「さっきの、“何も考えずに弾く”あれはいいアイディアだったね~」
「あ、はぁ……でもあれは……」
「何も考えずに行動した時、表に現れるのは今まで続けてきた自然な形だ。二人が無心になって、その結果楽しい音楽を奏でたという事は、二人はいつも、とても楽しい音楽を奏でていたという証拠だよ」
実はあの考えは王子からの受け売りで、という事を奏が言う前に話をどんどん進めていく団。一方通行な話ではあったが、そんな団の言葉は、響と奏の二人の心を揺り動かすものがあった。
「私達が……」
「いつも楽しい音楽を……?」
「おっといけない、もうこんな時間だ。それじゃ二人とも、またね!」
団は言いたい事を言い終えると、二人を残してさっさとその部屋を飛び出してしまった。部屋の外からドタドタと荷物を纏めているらしい音が響き、そしてその後ドアの開閉音、施錠音が続く。
……団はそのまま家を後にしたようだ。
「……えっ!? っていうか、結局何がしたかったの!?」
「北条先生って、何考えてるか良く分からない所あるから……でも」
自分の父の良く分からない行動に、口をあんぐりと開けて唖然とする響。
その隣で、困ったような表情を浮かべながらも、どこか満足げな口調で奏が続ける。
「私達の道は……なんとなく見えたんじゃないかな」
「わたし達の……道」
響は視線を落とし、人差し指で鍵盤を押す。ポン、と軽やかな一音が響き、彼女はその一音に聞き入るように、瞳を閉じ顔を上げる。
「わたしが鍵盤を押して、ピアノが音を出す。……ただそれだけの事なのに、どうしてこんなに楽しいんだろう」
音がゆるやかに消え去っていくのに合わせて、響は瞳を開いた。その瞳はどこか潤んだような輝きを見せていて、しかしそれに反して響の顔に浮かんでいるのは心の底からの喜びの表情だった。
「……そうだよね。わたし達がピアノの演奏するの、もうハーモニーパワーがどうだとか、プリキュアがどうだとか、そんな事、関係無いんだよね!」
奏は響のそんな様子を黙って見つめている。
やがて響は奏に向き直った。
「奏! わたし、やっぱり奏と一緒に演奏を続けたい! ……だって、こんなに楽しいと思える事、やめらんないよ!」
「響……うん、そうだね。私もそう思う」
「だからさ……」
照れも隠しもない、満面の笑みで、響は口を開いた。その表情は、響が奏をピアノに誘ったあの日、響が見せていた表情そのものだった。
「和音や聖歌先輩にも聞いてもらおうよ! わたし達の演奏!」
「えっ、先輩達に……?」
突然の響の提案に、奏は面食らった様子だ。
「うん。それも、わたし達の一番の、とびっきりに最高な演奏! それを聞いたら、二人にもきっと分かってもらえるよ、音楽の凄さや楽しさ!」
「う、う~ん、どうかな……」
「それでそれで、和音や聖歌先輩も巻き込んで、一緒に音楽の演奏するの! それって、きっとすごく楽しいよ!」
「そ、それは……本当にそうなれたら素敵だと思うけど、そんな簡単に行くかな……」
テンション高く話を続ける響にちょっと戸惑ったような様子の奏に対し、響はその笑顔を崩す事なく続けた。
「奏が言ったんだよ、『迷いながらじゃ何も上手くいかない』って」
「響……」
「和音や聖歌先輩との事……やっぱり、このままにしてちゃいけないよ。わたし、二人の事も、音楽の事も、どっちも諦めたくない!」
「……そっか。このままじゃ、いけないんだよね」
響に対して力強く頷いてみせる奏。
自分の進むべく道を見つけ出し、よ~っし、と気合を見せている響の一方で、奏の心の中にも一つの道筋が生まれていたようだった。
(本当に大切な事って……何かを捨てなくちゃ手に入れられないものだと思った。でも……違うんだね。私達にとっては、どれも全部、本当に大切なものなんだもん)
二人の表情にはもう、少し前の、先行きの見えない道に迷う様子は一切無い。
そんな姿を……庭先から見守っていたハミィが笑みをこぼした。
「二人とも、元気になって良かったニャ~」
---
「――和音!」
ジャージ姿で肩から荷物を下げた、部活帰りの和音の姿をようやくの事で見つけて、響は後ろから声をかけた。
「……何か用?」
和音はゆっくりとした動作で、体半分だけ振り返った。その動作は緩慢で、どこか疲れを感じさせるようなものであり、その瞳はかつて響が拒絶された時と同じ、怒りや苛立ちの篭ったものだった。
和音の態度を見て、躊躇や迷いの感情が頭をかすめる響だったが、彼女はそれを無理やり押し込めて、最初に決めていた通りの行動をする事にした。
「和音、聴いて欲しいんだ」
「……わたしは響と話す事なんてない」
「違う、そうじゃないよ! 聴いて欲しいの! 和音に、わたし達の……演奏!」
体勢を前方に戻し去ってしまおうとする和音の体を、肩を掴んで引き止めながら響は言った。
その言葉を聞き、和音は響を見つめながら怪訝そうな表情を浮かべる。
---
「あなた達の……演奏?」
「そうです。聖歌先輩に……聖歌先輩だからこそ聴いて欲しいんです、私達の演奏!」
同じような光景が、アリア学園内の廊下でも展開されていた。帰りがけの聖歌を捕まえた奏は、聖歌と正面から向き合って話を続けている。
「音楽の演奏なら、北条さんと二人で続ければいいんじゃないかしら?」
「だから言ってるじゃないですか、聖歌先輩に聴いて欲しいんだって」
「……どうして?」
聖歌のきっぱりとした口調に、奏は少し言葉に迷う。
「聖歌先輩は響とのピアノ演奏を遊びみたいに言ってましたけど……私達にとって、あの演奏は遊びなんかじゃないんです。ちゃんとした意味がある事なんです!」
奏の必死な言葉に、聖歌は冷淡な表情を見せながらも、どこか心動かされたような様子だった。
---
「そんなに大切な事なら、それこそ南野さんと二人だけでやってればいいんじゃないの……」
「違うよ! 大切な事だから、和音には誤解されたままでいて欲しくないの!」
視線を逸らして突き放すような事を言う和音に、響は必死で訴え続ける。
「わたし達にとっての音楽を演奏する『意味』って……多分言葉で言っても理解してはもらえないと思う……だから、演奏を聞いて欲しい! それで、何も感じなかったって言うんならそれでもいい。でも……」
響は掴んだ肩を回して無理やり和音を自分の方に向き直らせ、両肩を掴みながら、和音を見据えて言葉を放つ。
「絶対に和音達を感動させるような演奏にする! 和音達が……『自分も音楽をやってみたい』って思えるような。……わたし、奏とだけじゃなくて、和音達とも一緒に、音楽を演奏したいって、そう思ってるから!」
「響…………」
響は掴んでいたその両手を降ろす。
和音は驚いた様子で開きかけた口を一度閉じ、そのまま黙って下を向いてしまった。
響は焦らずに、ただじっと和音の答えを待ち続ける。
---
「“音楽”……」
「……え?」
下を向いたままの聖歌がぽつりとつぶやいたその一言に、妙な響きが篭っているのを奏は察知した。その声色は今まで彼女から聞いた事が無いほど低く、暗いもので、そして同時に、奏にとってはどこかで聞き覚えのあるものだった。
「音楽……なんて、下らない…………」
「聖歌、先輩……?」
顔を上げた聖歌の両の瞳に、怪しげな光が宿っている。それは、今まで自分に対して向けていた怒りや苛立ちから来る表情とは全く違う、異質な『力』を感じさせるものだと、奏には思えた。
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「音楽? そんなもの…………誰がするもんか。音楽なんて……壊してあげるよ、このわたしが」
「和音……何言ってるの……?」
和音が邪悪な光を湛えた瞳で響を睨みつける。その瞬間、和音の全身から邪悪な波動が発散されているのを、響は確かに目にした。
「音楽も、二人の関係も、みんなみんなわたしが破壊してあげるよ……“キュアメロディ”?」
「…………ネガ……ビート!?」
黒い波動に包まれた和音の姿は、響の記憶の中にある『ネガビート』の姿とはっきり重なった。
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「ま、まさか……聖歌先輩が、ネガシンフォニー!?」
「あなた達がプリキュアの活動を続ける限り……私はあなた達の邪魔をするわ。あなた達が、壊れてしまうまでね……“キュアリズム”?」
聖歌……いや、ネガシンフォニーと言うべきなのか……奏の目の前に立つ邪悪な波動を身に纏う少女は突然踵を返して走り始めた。突然の行動に意表を突かれ、奏は一瞬行動が遅れてしまう。
「っ……待って! 聖歌先ぱ……」
急いで聖歌の背を追いかけた奏だったが、廊下の角を曲がった所で聖歌はこつ然と姿を消してしまった。
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「はぁ、はぁ……和音、一体どこに行ったの…………?」
追い掛け回した挙句、和音の姿を見失ってしまった響。
「和音が、ネガビートだったなんて……でもそれじゃあ、和音はあの破壊の音で……」
響は、先ほど声をかけた時の和音の緩慢な動きの事を思い出していた。
誰も……響も、和音本人でさえも気づかぬうちに、和音の体は“破壊の音”によってどんどん蝕まれていたのだとしたら。
響は自分達の妨害をする敵の正体が和音だったという事に対してショックを受ける以上に、和音の体の状態に不安を感じているのだった。
---
「あっ、響!」
「奏、大変なんだよ、和音が……!」
「!……それじゃやっぱり、西島さんがネガビートだったのね!」
「えっ!? 奏、なんでそれを……」
街中で合流した響と奏。響は奏に会った途端慌てた調子で話し始めたのだが、奏の方はむしろ落ち着いた様子で響の言葉に対応している。
「聖歌先輩が……ネガシンフォニーの正体だったの。それで、もしかしたら西島さんも……と思って」
「聖歌先輩がネガシンフォニー……そうか、そうだったんだ…………大変だよ! 二人とも、あの自分達が使う破壊の音のせいで、きっと体が大変な事になってる!」
「二人とも、どうして悪のプリキュアなんかに……」
光明が見えたはずの二人の道の先に、再び暗雲が立ちこめ始めた。仲の良い友達や仲間が、自分達の敵として現れた悪のプリキュアの正体だったのだ。
何故? どうして……理解に苦しむ状況に迷う二人に、その場にはそぐわない脳天気な調子で話しかける者がいた。
「ハニャ? 二人ともどうしたニャ?」
「あ、ハミィ……!」
ハミィだった。深刻そうな表情を浮かべている二人に対して、ハミィの方はまるでお散歩をしているかのようなお気楽さで二人を見ており(と言うより、実際に散歩をしていたのだろう)、響と奏の二人は、その表情に不安を覚えながらも、プリキュアの事情にこの場で一番詳しいであろうハミィに、疑問をぶつけてみる事にした。
「ハミィ、大変なの。和音と聖歌先輩が、ネガビートとネガシンフォニーの正体だったんだよ」
「ニャ、ニャんですとーーー! 一体どういう事かニャ?」
「それが分からないのよ。どうして二人は悪のプリキュアになんてなっちゃったの?」
二人の告げた事実に驚いたハミィは、後ろ足で立ち上がると、前足を組んでハミィには珍しく深刻な面もちで考え込んだ。
「う~ん、あの二人の体からはもの凄~く濃い不幸の音の力を感じたニャ。こっちの世界の人がそんなに強い不幸の音の力を生み出せる訳ニャいし……プリキュアなら尚更ニャ。もしかしたら、ドドリーと同じように、誰かに不幸の音を注ぎ込まれて、操られているのかもしれないニャ」
天然ボケ気味のハミィからまともな話が出るのかどうかと不安になっていた二人だったが、そこはさすが地上の平和を任された歌の妖精。納得の行く、筋の通った推察をハミィは聞かせてみせた。
「そうか……聖歌先輩達、今までずっと、セイレーンの不幸の音で操られてたんだ……!」
「…………」
ハミィの言葉に納得し、聖歌と和音の二人を利用しているマイナーランドの住人に対する怒りと、二人を助けようという想いを強める奏。しかしその一方で、響の方は変わらずどこか不安そうな表情を浮かべていた。
奏はそれに気づき、不思議そうに響に声をかける。
「響、どうしたの? 何か納得が行かない?」
「あ、いや……二人が操られている、っていうのは、確かにそうなのかもしれないけど……わたし、なんだかそれだけじゃないような気がして」
「えっ? どういうこと?」
ピンと来ない様子の奏に対し、響はためらいがちにぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「和音と……それに聖歌先輩が、わたし達に言ったことさ、たぶん、嘘じゃ無いんだと思う。なんとなくだけど……そんな気がする。プリキュアに変身してた時の態度は、操られてたせいなのかもしれないけど、二人がわたし達に言った言葉って、二人の心の奥底にあった本当の気持ちなんじゃないかって」
「二人の心の奥底の……本当の気持ち」
ハミィの言葉であっさり納得してしまいそうになっていた奏は、一度思考を区切り、再び振り返って聖歌の事を考え始めた。
頭に浮かぶのは、「やる気が無いのなら帰れ」と突き放すように言った聖歌の姿……いや、考えるべきはそれよりももっと前にある。奏は更に過去まで記憶を遡る。
ケーキコンテストで自分が優勝した事。今まで見た事がない、聖歌のあっけに取られたような姿。
自分のケーキの事を誉めてくれた聖歌。スイーツコンテストに出場しようと言い出した聖歌。その時の、信頼を込めた聖歌の表情。
そうか、そうだったんだ……と奏は合点がいった。
聖歌は、自分に、ケーキコンテストで聖歌を破った自分に、強い信頼を寄せて……それが裏切られたと感じたから酷いショックを受けて、そして……
奏が顔を上げると、響は難しそうな顔でう~んと唸っている。自分が聖歌の事を考えているのと同じように、響も和音との関係を考えているのだろうと、奏は思った。
「奏と一緒にいるのが楽しくて、和音の事をほったらかしにしたのは事実だもん。和音が怒っても無理ないよね……」
「二人が悪のプリキュアになっちゃったのは、もしかしたら私達に責任があるのかも……」
再び深刻そうな空気が漂うその場で、唯一深刻さの欠片もない表情で首を傾げているハミィが、何の気なしにつぶやいた。
「二人とも、せっかく元気になったと思ったのに、今度は何をそんなに悩んでるニャ?」
「だから、和音達が悪のプリキュアだったから……」
「二人は操られてるだけニャ! 二人で頑張って助け出すニャ!」
「だから、その操られているのも、私達に対する気持ちが原因なんじゃないかって……」
「それでどうして悩むニャ?」
「「だ~か~ら~~~!」」
ハミィの態度に苛立ちを感じながら、言葉を返そうとする二人だったが、こんな事を続けても話が空回りするだけだと感じ、はぁ、とため息をつくだけでその後の言葉は出てこなかった。
そんな二人の様子を見て、ハミィは少し考えた後、やはりいつも通りの軽い調子で口を開いた。
「二人とも、和音と聖歌って子と喧嘩しちゃった事を悩んでるニャ?」
「え、まぁ、そうと言えばそうだけど……」
「そんな事、悩むような事じゃないニャ」
「ハミィ、一体何が言いたいの?」
「だって、喧嘩なんて、響と奏がいつもやってる事だニャ」
「「あ……」」
ハミィの言葉に困惑させられ、苛立ちまで感じていた響と奏だったが、その一言に、スッと……頭の中の混乱や激情が引いていくのを感じた。
「響なんてこの前、家で『奏は頭に血が上ると顔が真っ赤になって、まるでタコみたい』って言ってたニャ」
「ちょっと! タコとは何よ!」
「あ、タコみたい……ああいや! ちょっとハミィ、今その話は関係ないでしょ!」
「奏の方はこの前、『響の食欲は妖怪並み。妖怪ケーキ食いだわ』って言ってたニャ」
「よ~う~か~い~?」
「ちょ、ちょっとハミィ、それ言わないでって言ったじゃない!」
お互いの陰口を聞かされてそれぞれ食ってかかるような態度を見せる響と奏だったが、怒り、怒られながらも、その様子に危うさや不安を感じさせるようなものは無かった。
……それが普段通りの二人の姿だったからだ。
その様子を見届けて、納得したようにハミィは頷いた。
「ハミィは最初、二人がプリキュアになっても喧嘩ばかりしているのを見て、『こんな二人がプリキュアでいいのかニャ?』『こんな二人が守るんじゃ世界はもうおしまいだニャ』って、そんな風に思ってたニャ」
「ハミィ~……」
「あんたも言う事言ってくれるじゃない……」
本人達の目の前でしみじみと話すハミィを、半ば呆れたような表情で見つめる響と奏。
「でも、音吉さんとの一件で思ったんだニャ」
「音吉さんの事って……」
「ああ、音吉さんに財布を渡そうと探し回ったあの時」
ハミィが語るのは、伝説の楽譜の音符に関わる過去の事件のひとつ。
町の有名人、しらべの館で巨大なパイプオルガンを作ってる不思議な老人、調辺音吉がしらべの館に残していった人形型の財布を、二人が届けようとして一騒動が巻き起こったのだ。
響と奏の二人はその事件の最中で、お互いの心の底からの気持ちをぶつけ合い、そしてより深くお互いを理解し、信頼し合える関係となったのだ。
「二人がプリキュアになったのは何かの間違いでも偶然でもなくて、『この二人だからこそ』プリキュアになれたんだって」
「…………」
「いつも話は聞いてるニャ。和音って子は響の大切な友達ニャ?」
「う……うん、そうだよ」
「聖歌って子は、奏にとっての大切な友達ニャ?」
「友達っていうか……先輩だからアレだけど……うん、大切な人である事は間違いない」
二人の返事を聞いたハミィは満足したようで、両前足を広げて明るく話を続ける。
「その気持ちがあるなら大丈夫ニャ。口では色々言っていても、心の底ではちゃんと相手の事を想っていたからこそ、響と奏は仲直り出来たんだニャ。和音や聖歌って子との事も、きっと大丈夫。悪いプリキュアの事も、きっと大丈夫。響と奏の二人がプリキュアだから、ハミィはな~~~んにも心配してないニャ」
「「ハミィ…………」」
あの強敵プリキュアが現れて以降も、少しは危機感を感じたらどうなのかと二人に思わせるほどお気楽な態度を続けていたハミィだったが、その態度も、本当は響達の事を信じているからこそのものだった。
もちろん、普段お気楽な様子なのはハミィ自身の性格によるものだろうが、そんなハミィからここまで強く信頼されていたという事実に、響と奏は励まされるような気持ちだった。
しかし、その時。
「オ~~~ホホホホホ! 天然ボケもそこまで行くといっそ清々しいわねぇ、ハミィ?」
「ハニャ? この声は?」
「「セイレーン!?」」
マイナーランドの幹部であるセイレーンの声があたりに響き、響達はその声がどこから聞こえているのかと周囲を見渡した。
そんな風に響と奏の意識が周囲に散っていたその瞬間に、ハミィを取り囲むようにして3つの黒い影がドスン、と音を立てて落下して来た。
「「トリオ・ザ・マイナー!?」」
響と奏の二人が気づいた時には、トリオ・ザ・マイナーの一人、バスドラがハミィを両腕で捕らえて、バリトン、ファルセットの二人と共にその場から飛び立っている所だった。
トリオ・ザ・マイナーが着地した家屋の屋根の上にはセイレーンが居て、響と奏の二人を挑戦的に見下ろしている。
「プリキュア、この天然ボケの子猫ちゃんを助けたかったら、かのん町北コンサートホールに来なさいな。アンタ達にその勇気があるのならねぇ? オーホホホホホ!」
「ま、待ちなさいセイレーン!」
奏の制止の言葉などに聞く耳持たぬ様子でセイレーン達が屋根から屋根へと飛び移っていき、その場を去った。
……取り残される二人。
二人には分かっていた。二人をおびき出そうとするこの行動の先に待っているのは罠。そしてセイレーンがここまでするのは、必勝を確信しているからに他ならない。
つまり……おびき出された先には二人を完封する力を持つネガトーンプリキュアが待ちかまえているに違いない。
真剣な表情のまま、並び立ってセイレーンの去った方角を見つめていた響と奏の二人だったが、その時ふいに響が笑みをこぼした。そして奏に向き直って言う。
「ハミィの言う通りだよね……心配なんてする必要ない」
「響……うん。たとえセイレーンが何を企んでいても、私達のする事は変わらない」
奏も笑顔を見せ、明るい表情で、響と同時に力強く頷いた。
「悪のプリキュアを倒して、そして……和音と聖歌先輩に、わたし達の気持ちをぶつける! 行こう、奏!」
「オッケー、響!」
どちらともなく二人は走り出した。進むべき道に迷う事なく、ただ真っ直ぐに。
---
「休館日ともなると、流石に誰もいないね」
闇に包まれた館内を手探りで進みながら、奏がつぶやいた。
コンサートホールに辿り着いた際、『休館』という看板が立ててあったために二人は慌てふためいたのだが、少し調べてみた所、鍵のかかってない入り口を発見し(あらかじめセイレーンが開けておいたのだろうと二人は考えた)、二人はそのまま館内に侵入、明かりのない中をゆっくりと少しづつ進んでいる。
二人手分けしてそれぞれの部屋を確認するものの、あるのは物置や控え室だけで、人の気配すら感じられない。そんな状況に二人が焦りを感じ始めていた時、扉の一つを開いて中を覗いていた響が小声で奏を呼び、手招きをした。
奏が響と同じようにその部屋を覗き込むと、そこにあったのは演奏を披露するコンサートホール会場。
「……あいつらが待ち構えてるとしたら、きっとここだよね」
「うん、入ってみよう」
奏に促され、響は一緒にステージ内へと入っていく。
座席が並ぶ合間にある移動スペースを通って歩く二人がステージの手前まで来た時、突然ステージがライトで照らされた。咄嗟に身構える響と奏だったが、待っていても何かが出て来る気配は無い。
「……これ、ステージの上に上がれってこと?」
「何がしたいんだか分からないけど、いいわよ、乗ったろうじゃん!」
響はステージの上へとよじ登った後、奏を上から引き上げ、二人はステージの上へと立つ。すると、それを待ってましたと言わんばかりに、ステージ上にセイレーンの声が木霊する。
『よく来たわねぇ。逃げなかった事だけは褒めてあげるわ。だけどアンタ達はもう二度とここから出る事は出来ない。……さあ、あたしの用意した逃げ場のないステージで、地獄のコンサートの始まりよ!』
セイレーンの一声と共に、響達の立つステージが、床が、建物全体が振動を始めた。あまりの揺れに二人は立っている事が出来なくなり、その場で尻餅を付く。
「なに!? この揺れ! ……地震!?」
「いや、違うわ……これってまさか、コンサートホールそのものが……」
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「ネ~~~~ガト~~~~~~~~~~ン!」
コンサートホールに骨のような手足が生え、地面から“立ち上がった”コンサートホールは巨大なネガトーンへと変化した。壁面に浮かび上がった両目が、周囲の建物を鋭く睨みつけている。
そしてそんな姿を、遠くの屋根の上に立っているファルセット……の頭の上から見ていたのがセイレーン。
トリオ・ザ・マイナーのバスドラが、黒いもやのようなものを映し出す球状の『結界』に包まれたハミィを片手で抱えており、結界の中から見つめるハミィの視線の先、セイレーンが宙に映し出した映像の中に、振動の中で慌てふためく響と奏の姿があった。
「オ~~~ッホッホッホ! 今まで集めた音符を全て使って生み出した超特大防音型ネガトーン! こいつの腹の中に入ったら最後、どんな音も、どんな人間も逃しはしない! そう、“誰”であろうと逃げる事は出来ない!」
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振動が収まり、響と奏はその場にゆっくりと立ち上がる。響は頭上を見上げながら、姿の見えない相手に叫んだ。
「ハミィはどこ!? それに和音と聖歌先輩も! 二人はここにいるんでしょ!」
『アラ、気づいていたのねあの二人の正体に。でもそれが分かった所でどうにもならない。あの二人はアンタ達と戦いたくてうずうずしてるんだから』
セイレーンの言葉を聞いて、響と奏はお互いを見つめ合い、うん、と一回頷きあった。
「二人の事を……」
「これ以上利用しようとするのは……」
「「私達が絶対に許さない!!!」」
「ドドッ!」「レレッ!」
声をハモらせながら二人はキュアモジューレを前方に突き出し、二人の声に応えて現れたフェアリートーンの『ドリー』と『レリー』がキュアモジューレに合体する。
「「レッツプレイ! プリキュア・モジュレーション!」」
キュアモジューレにセットされたドリーとレリーの力、そして響と奏のハーモニーパワーが一つとなり、響と奏の二人は音の力の光に包まれながらその姿を変えていく。
「爪弾くは荒ぶる調べ! キュアメロディ!」
「爪弾くはたおやかな調べ! キュアリズム!」
「「届け! 二人の組曲! スイートプリキュア!」」
変身が完了し、キュアメロディとキュアリズムの二人がステージの上に立つと、ライトに照らされていない暗がりの中から二つの影が歩み出て来た。照らし出されたその姿を見ても、メロディとリズムは動揺する事無く相手に向かい合う。
そこには二人の想像した通りの相手――ネガビートとネガシンフォニーが立っていた。
「ネガビート……いや、和音!」
「ネガシンフォニー……いいえ、聖歌先輩……!」
ネガビートとネガシンフォニーの二人は、それまでと変わらず、悪意の込もった表情でメロディとリズムを睨みつけていた。それは、響が和音に、奏が聖歌に見た邪悪な気配と完全に一致するものだった。
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「フフ、ついにプリキュアも最後の時が来たわねぇ? あ、戦いが終わった後には“あたしの”プリキュアは残るんだから、最後って訳じゃないか? ハミィ、アンタはそこで何も出来ないまま、あいつらの最期を見届けなさい。オ~~~~~ッホッホッホッホ!」
結界の中に閉じ込められ身動きの取れないハミィに対して意地悪そうに言い、セイレーンは高笑いをした。
ハミィは、映像の中の対峙し合うプリキュア達の姿を見て、一瞬不安そうな表情になるが、すぐに顔を引き締め直した。
(メロディ、リズム…………ハミィは……信じてるニャ)
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「和音、もうやめて! わたし達が戦うなんておかしいよ!」
「そんな事ないよ、メロディ。メロディが苦しんでる姿を見るのが凄く楽しいんだよ、わたしはさ」
メロディの言葉に動じる事もなく、ビートはニヤリと笑って当然の事のように言う。
「聖歌先輩も、西島さんも、これ以上戦っちゃいけないわ! あなた達の使う『破壊の音』は、あなた達自身も傷つけているの! これ以上あの力を使ったら、二人の命に関わるかもしれない!」
「そんな事、関係が無いわ。あなた達を苦しめる事が出来れば、私達はそれでいい」
黒いプリキュア二人の見せる異様な執念に圧倒されそうになるメロディとリズム。その尋常ならざる様子は、二人がマイナーランドの力に操られている事を明確に示している。
「メロディ、やっぱりあの二人が邪悪な音の力で操られているのは間違いない! ベルティエの技で……その邪悪な音を浄化するのよ!」
「うん、分かった……!」
「そんな事……させないよ!」
ネガビートとネガシンフォニーの二人が武器を出現させ、ビートのギター、シンフォニーのトランペットからそれぞれ破壊の音が放たれる。身構えてそれを受け、堪えようとする二人だったが、破壊の音の力は凄まじく、二人は堪えきれず吹き飛ばされてしまった。
そして、二人の立っていた位置を通り抜けた破壊の音はそのままステージの壁を突き破り、更には建物の壁面をも突き破って風穴を開けてしまう。
建物そのものがネガトーンになっている今、その壁面はネガトーンの皮膚とも呼べるもの。それが破壊された事で、コンサートホールのネガトーンがうめき声を上げる。
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「げっ!? 完全防音のはずなのに穴空いちゃってんじゃない!」
その様を直接目の当たりにしていたセイレーンは思わず悲鳴を上げた。後ろで共に見ていたトリオ・ザ・マイナーの三人もおろおろとうろたえ出す。
「ど、どーするんですか!? これじゃ作戦が!」
「プリキュアに逃げられてしまいますよ……」
「だから、私は最初からこの作戦は良くないと……!」
「お、お黙りっ! まだ作戦が失敗した訳じゃない! ようはあの二人がプリキュアどもを逃さなければいいのよ!」
マイナーランドの住人達があれこれと言い合っている間に、映像の向こうの戦いの現場では新たな動きがあったようだった。
『ほうら、あなた達二人にはどうする事も出来ない。……どう? 今なら逃げる事も出来るわよ?』
『ほらほら、尻尾を巻いて逃げ出すなら今のうちだよ?……またいつでも遊んであげるからさ』
「ってコラァッ! 何言っとんじゃいお前らはァ!」
自分の思惑とは全く逆に、逃げる事を促す二人の映像に、噛みつかんばかりの勢いで叫ぶセイレーン。しかし、映像内でビート、シンフォニーの二人に対峙するメロディ達が示した答えは、ある意味でセイレーンの望んだ通りのものだった。
『わたしは……逃げない』
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崩れ落ちそうになる体を踏ん張らせ、メロディとリズムはゆっくりと立ち上がる。その姿を、ビートとシンフォニーは不満そうに見つめていた。
「そうだよ……わたし、ずっと、逃げてたんだ…………ホントはすぐ和音と仲直りしたかったのに……仲直りしようとしてもっと喧嘩しちゃうかもしれない、もっとお互いを傷つけ合うかもしれない。そうしたら……二度と前みたいな関係には戻れなくなるんじゃないかって、そんな風に心配して、怖がって……逃げてた」
顔をうつむかせながら話すメロディの言葉を、ビートは無表情になって聞いている。
やがて、決意したような表情でメロディがグッと顔を上げた。
「でも、このまま何もしないでいるなんて嫌!……わたしはもう和音から逃げない! 全力でぶつかって、そして、和音を助けだす!」
「私だって同じ。もう、聖歌先輩からも、スイーツ部のみんなからも……絶対に逃げない!」
ビートとシンフォニー、二人の心にその言葉が届いているのかいないのか、二人はただ無感情な顔で二人を見つめて……いや、その視線は二人から逸れて、どこか宙を泳いでいる。
ビートとシンフォニーの意識がメロディ達から離れていたその少しの間に、メロディとリズムは行動を開始した。
「奏でましょう、奇跡のメロディ……ミラクルベルティエ!」
「刻みましょう、大いなるリズム……ファンタスティックベルティエ!」
メロディ達は必殺技を繰り出すべく武器を出現させる。
ビートとシンフォニーがそれに気づき、破壊の音を再び放とうとして……一旦それを止めた。二人が繰り出してくる技を見て、恐れる事などないと判断し、逆に自分達が強力な一撃で反撃するために力を溜めようと考えたのだ。
「「駆け巡れ! トーンのリング! プリキュア・ミュージックロンド!」」
放たれた二重の光のリングが、ビートとシンフォニーの周囲を囲う形で宙に静止する。それを見ても、ビート達は不敵な笑みを漏らすだけで動じる様子が無い。
「無駄だよ、無駄!」
「そんな音の力なんて、消し飛ばしてあげる」
ビートは弦を弾き鳴らし、シンフォニーは管を一気に吹き鳴らす。
再び放たれた破壊の音が、武器を構えるメロディとリズムの二人を飲み込まんと襲いかかった。
暴風のような破壊の音の力を受け、メロディ達は自分達のその体が、木の葉のように吹き飛ばされてしまいそうな感覚に囚われる。
あまりにも暴力的で危険な破壊の音の力。その力は二人の体に大きなダメージを与え、そして当然ながら二人の耳にも影響を及ぼしている。
鼓膜を突き破らんばかりの凄まじい音。一瞬聞いただけでもしばらくは残響が残るその音に、二人は何秒間も包まれ続けている。その音は脳内にも響き渡り、二人の意識を消し飛ばそうとする。更に、破壊の音が生む凄まじい“風圧”によって、二人の体はじりじりと後ろに押し出されていた。
だが、二人は消し飛びそうになる意識を必死で繋ぎ止め、片足を半歩後ろにずらして踏ん張り、体をその場に固定する。そして、破壊の音に包まれ、他には何も聞こえないはずのその空間の中で、二人は一言ずつの言葉を交わした。
「……分かってるよね、リズム?」
「ええ、勿論」
メロディとリズムは瞳を閉じ、ゆっくりとベルティエを頭上に掲げる。耳の奥で破壊の音が反響を続けているにも関わらず、その動きの間に、二人の頭の中から破壊の音の響きは消え去っていた。
(目で見えるもの、耳で聞こえる音に惑わされちゃ駄目)
(音楽は…………)
((心で奏でる!))
二人がカッと目を開く。
「「三拍子!」」
その声は寸分の狂いなく揃っていて、周囲が破壊の音に包まれている状況の中でも、はっきりと響くものとなっていた。
「「いち!」」
ベルティエを振り下ろす動き。
「「に!」」
右に向け払う動き。
「「さん!」」
左に払いながら、頭上に戻す動き。
「「フィナーレ!」」
二人は振り返り、終演の宣言と共に再びベルティエを頭上高く掲げる。その一連の動きは、二人の声と同じように、寸分の狂いもなく“ハモって”いた。
二人の刻んだ三拍子のリズムによって、ネガビート、ネガシンフォニーを囲っていた光のリングが一点に収束し、音の力を爆発的に周囲に広げる。
メロディ達を倒さんと破壊の音を鳴らし続けていたビート達は、音の力の爆発エネルギーをまともに受け、今度は自分達が宙高く吹き飛ばされる事になった。
「「……ぁぁああああああああああ!!!」」
ドタン、とビートとシンフォニーの二人がステージ床に叩きつけられ、二人はヨロヨロとその場に立ち上がる。
「そ、そんなバカな……」
「あ、あの破壊の音に包まれた中で、三拍子を刻むなんて……!」
ビート達が体勢を立て直そうと、メロディ達に向き直ろうとしていたその間に、メロディとリズムの二人は既に行動を起こしていた。
立ち上がろうとしていた二人の側に、メロディとリズムは既に急接近していたのだ。メロディはビートの持つギターを思いっきり蹴り上げ、リズムはシンフォニーのトランペットを横に蹴り飛ばし、それぞれステージの外に送ってしまう。
「……なっ!?」
「もう、その破壊の音は使わせない!」
ビートとシンフォニーが自らの武器を回収しようと動こうにも、メロディとリズムはそれより先に二人と武器とを繋ぐ直線上に立ち塞がっており、ビート達は動く事が出来ない。
メロディ達に大打撃を与え、そしてビート達の体をも蝕む危険な破壊の音を封じるための行動だった。
メロディ達は破壊の音を受けて消耗し、肩で息をしながらも、その表情に宿る闘志が揺らぐ事は無く、むしろ強まっているようにさえ見える。
その様子を見て、ビート達はじりじりと後退し、少しづつステージ端へと追い詰められていく。
「メロディ、この一撃で決めよう!」
「うん、分かった! ……ミラクルベルティエ、セパレーション!」
メロディとリズムはそれぞれの持つベルティエを分離させ、4体のフェアリートーンを合体させた状態にする。
例えビート達を追い詰めた状況とは言っても、二人が消耗している事に変わりはない。最大の大技で勝負を決めようと、二人が技の体勢に入ろうとしたその時、ビートとシンフォニーが走り込んでくる。
必殺技を繰り出す前の大きな隙。そのタイミングを狙っての攻撃だ。そう考え、迎撃しようと身構えた二人は不意を突かれた。ビートはメロディに、シンフォニーはリズムに、それぞれの相手に直線的に向かってきていたのに、目の前でビートとシンフォニーは交差し、逆の相手に飛び掛かったのだ。
思いがけないフェイントにメロディとリズムは不意を突かれ、一瞬行動が遅れる。しかし、飛び掛かった相手に咄嗟に蹴りを放つ。その一撃が決まり、宙を舞うビートとシンフォニーの二人。その二人が空中でくるりと体位を変え、着地したその時、メロディ達はハッとある事に気づいた。
「えっ……ミラクルベルティエ!?」
「ファンタスティックベルティエが……いつの間に!?」
ビートがファンタスティックベルティエ、シンフォニーがミラクルベルティエ、それぞれ片方ずつを手に構えていたのだ。驚いてメロディ達が自分の手元を見ると、メロディとリズム、それぞれの腕の片方からベルティエが消えている。
ビート達は蹴りを食らう一瞬、隙のあった腕からベルティエをもぎ取っており、ビート達がメロディ達に突撃してきた狙いも、最初から武器を奪い取る事であった。
「こいつは……貰ったよ」
「ほら、暴れないで大人しくしなさい?」
奪われた方のベルティエに合体していたドリーとレリーがベルティエから分離しようとしたが、ビートとシンフォニーがベルティエに力を込めると、ドリー達の体が黒い波動に包まれ、そして動かなくなる。
ビート達は武器を構え、そして再びメロディ達に襲いかかった。
「メロディィィッ!」
「くっ……ビート!」
「リズム……覚悟しなさい!」
「シンフォニー……!」
ビートがファンタスティックベルティエを振り下ろし、メロディがミラクルベルティエでそれを受ける。ベルティエに込められた音の力がぶつかり合い、反発し、両者の体を弾き飛ばす。
リズムとシンフォニーの間にも同じ事が起こり、やがてメロディとビート、リズムとシンフォニーそれぞれ一体一の戦いが始まった。
---
「ビート……いや和音! こんな事もうやめよう!?」
「うるさい!」
ビートの振り回すベルティエを、自分のベルティエで受け、時にかわし、メロディはステップで少しづつ後ろに下がりながらも、必死に訴えかけた。
「どうして……そんなに、わたしの事が憎い!? わたしの事が……嫌い!?」
「メロディに……!? 響に……!? わたしの、気持ちなんか、分かるもんか……!」
ビートは攻撃の手を休める事無く、まるで苦しみに満ちたうめき声を搾り出すかのように、声を発する。
その顔には、今までと同じ、怒りや憎しみに満ちた表情。しかしそれだけではなく、今までのネガビートには見られなかった悲しみや苦しみの感情が混じり始めていた。
メロディの目には、邪悪な音の力に操られたネガビートの姿と、本来の西島和音の姿、二つの姿が交錯しながら表に出ているように見える。
そしてその様子は、リズムと戦うシンフォニーにも。操られるまま、憎しみをリズムに向けていたシンフォニーの顔と、スイーツ部の事で奏にわだかまりを感じていた聖歌の顔、それが交錯していたのだ。
ビートとシンフォニー自身も気づいていない。メロディとリズムが放った浄化の音の力が、二人の体に宿る不幸の音の力を弱め、そのために二人の奥底に隠されていた感情が少しづつ浮かび上がって来ていた事を。
「リズム……!? 南野さん……!? あなたに、『スイーツ姫』という名の意味が分かるっ!?」
「!? 一体、何をっ……」
鋭く繰り出される左右からの往復攻撃を、ベルティエを器用に操りながらいなしていくリズム。
「『スイーツの事ならなんでも知っていて当たり前』『スイーツ作りが他の人より上手くて当たり前』……そういう人間に付けられた肩書きよ!」
「…………!」
今シンフォニーが自分に向けて放っている言葉は、今までのただ操られるままに襲いかかってきた“ネガシンフォニー”のものとは違う。聖歌自身の心の奥底から搾り出されている言葉であると、リズムは気づいた。
シンフォニーの猛攻を受けながらも、その一語一句を聞き逃してはいけないと、リズムは神経を集中させる。
「その『スイーツ姫』が、同じ部の……それも後輩に負けたの!」
「それが、そんな事が、一体なんだって言うんですか!」
「みんなが見てくる! 悪意は無くとも、『“あの”スイーツ姫が負けた』『“あの”スイーツ姫よりスイーツ作りは上手い人がいる』って、そういう目で見てくる! みんな勝手な呼び名を付けて、勝手に期待して……! それに応えようと、スイーツ姫って名に恥じない活躍を見せようとしても、結局負けてしまった……あなたに!」
「聖歌先輩、あなたの求めていた事ってなんですか!? ケーキコンテストに優勝したって結果!? それとも……スイーツ姫って肩書きを守る事ですか!?」
シンフォニーが力を込めて振り下ろすミラクルベルティエの一撃を、リズムはベルティエを横からぶつける事で無力化する。守勢に回っていたリズムの思わぬ一撃に、今度はシンフォニーが一歩後ずさる。
「私も……私も同じでした。コンテストで優勝して、みんなに認められて、そこからプロへの道が開けたらいいって、そんな馬鹿げた事ばかり考えていて……!」
「馬鹿げた事なんかじゃないわ! プロになりたいって、それはあなたの真剣な気持ち、夢そのものでしょう!?」
シンフォニーの回し蹴りを、リズムが体を後ろに逸らしてかわす。
「違います! 私の夢、本当に望んでいた事……それは、私の作ったケーキを食べた人に笑顔になってもらう事! その気持ちを忘れてしまったら、例えプロになれたとしても、何の意味もない!」
上体を戻す体の勢いを利用して、リズムはベルティエごとその拳をシンフォニーに叩きこむ。シンフォニーはそれを左腕でガードしながらも、拳の勢いによる衝撃と、ベルティエから発せられる音の力を受け後ろによろめいた。
「……っ! 南野、さん……! あなたは、どうしていつも……そんな風に真っ直ぐでいられるの……!」
再びシンフォニーがリズムに向かっていく。
リズム達の戦いのそばで続くメロディとビートの戦いは、両者が睨み合った形で動きが見られなくなっていた。
「分かんないよ……わたしには、今の和音の気持ち…………言ってくれなきゃ、何も分かんない!」
「……響、覚えてる?」
ビートは顔をうつむかせ、語り始める。それは、今から一年以上前の話。
響と和音が、初めて出会った時の話――
---
汗まみれになった顔を、西島和音がタオルで拭いている。そこに近づいて声をかけたのは、北条響だった。
「こんにちは。わたし、北条響。……あなた凄いね、部の三年生も全然敵わないって感じだったよ」
「そんな、凄いのはそっちの方だよ。わたしなんて全然追いつけなくて。今までスポーツで同じ女子に負けた事なんて無かったのに。あ……わたし、西島和音」
部活見学で来ただけだというのに、この響と和音の二人組は、正部員が霞んでしまうほどの活躍、運動の冴えを見せていた。部の人々からの強い勧誘を受け、二人はそこから逃れて来た所だった。
「ねぇ、その……西島さん」
「和音でいいよ。その代わり、わたしもそっちのこと、響って呼んでいい?」
「あ、うん、和音……」
響はそこで言葉を区切り、なんだか照れているように手をもじもじさせてから、気恥ずかしさの残ったままの表情で話を続けた。
「あの……さ、和音、わたし達…………親友に、なれるかな」
「えっ?」
突然の響の言葉に、和音はキョトンとした表情になった。
「あっ、ごめん、いきなり変な事言っちゃって。なんだかわたし、入学してからこの中学校での生活に不安を覚えて来たっていうか……和音みたいな、一緒にスポーツ出来て、気を許せそうな友達……親友がいたら、いいなって」
一緒に部でスポーツをしていた時とは正反対の、もじもじとした響の姿を見て……妙な言い草だとは思ったが、女の子らしいな、と和音は感じた。
表面的には凄く強そうに見える一方で、どこか脆さを感じさせる今の響の姿。和音は、これまた妙な話だとは感じたものの、そんな響の姿を見て、「守ってあげたいな」と思ったのだった。
「いいよ。わたしもちょっと学校の新生活には不安があるし……うん、わたしと響は、これから親友!」
「ほ、ホントに!? ありがとう和音!」
響は喜びのあまり、そのまま和音に抱きついた。和音はその響のあまりにも大げさな行動に面食らい、自分に抱きついて来ている響の瞳に涙が溜まっている事に気づいて、更に驚くのだった。
「ひ、響……」
「和音、わたし達、これから先ずっと、最高の親友同士でいようね!」
強そうに見えてどこか脆く、初対面の自分をここまで慕ってくれる北条響という不思議な女の子との出会い。
和音は響の態度に戸惑いを覚えながらも、この子との関係がいつまでも続いたらいいな……とそんな事を考えていた。
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ビートの語る二人の出会いの話に、メロディは真剣な表情で聞き入っている。
「『これから先ずっと、最高の親友同士でいよう』……わたし、あの言葉が凄く嬉しかった。……人からあそこまで頼りにされた事、必要とされた事なんて今までなかったから。だから、これから先、ずっと響を支えて、そしてずっと響と最高の親友で居たいって、そう思った! ……なのに、響にとっては、もうわたしなんてどうでもいいの!? 南野さんと一緒にピアノ弾いている方がいいの!?」
真剣な表情のまま、ビートの言葉に聞き入っていたメロディの表情が……突然ふにゃっと崩れた。
「えっ?……わたし、そんな事言ったっけ?」
「……………………」
一瞬あっけに取られたような表情をした後、下を向いて体を震わせ、そして顔を上げたビートは叫びながらメロディに向かって突進した。
「なんだよそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
あまりの勢いに避ける事も受け止める事も出来ず、メロディはビートに押し倒される形となった。馬乗りの状態になったビートがベルティエを振り下ろし、メロディが自分のベルティエで受け止めて押し返そうとする。
それぞれのベルティエに込められた音の力がぶつかり合い、周囲に奇妙な二つの反発する音が広がっていく。
「……嫌いな訳ない。わたし、響の事が大好きだよ。……なのになんでわたし、響の事何にも知らないの? 南野さんと幼馴染みだった事も知らない! 響があんなに楽しそうに音楽を演奏するだなんて事も知らない!……どうして、どうして響は、わたしには何も教えてくれないの!?」
「和音……」
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反発し合う音、ぶつかり合う音。それらはネガトーンの体の穴を通じて外へと漏れ広がっていた。
戦う両者の映像を見ながら、その漏れ聞こえる音を聞きながら、セイレーンが不敵に言う。
「ほら見なさいハミィ。友達同士、仲間同士がぶつかり合い、傷つけあう様を! アンタにも聞こえるでしょう? あいつらのぶつけ合う音が……」
「ハモって来たニャ!」
「そうそうハモって……はぁ? アンタ何言って……え?」
ハミィがにこやかな表情で言う言葉に合いの手を入れそうになったセイレーンは、それを否定しようとして、そこで気づいた。
今まで噛み合わない音同士が反発し、滅茶苦茶な音を周囲に発している……そんな不協和音を響かせているだけだった両者の音が、重なり合う一つの音へと変わっていく様に。
一定のテンポで刻まれるその音は、まるで一つの音楽であるかのように、その様相を変えていく。
「な、何!? なんなの!? さっきまであんな滅茶苦茶な音を出してたのに、なんで突然こんな……!」
うろたえ出すセイレーンとトリオ・ザ・マイナー達の中で、ただ一人ハミィだけが動じる様子なくその“音楽”に聴き入っていた。それぞれの心がぶつかり合い、やがて一つの調和へと向かっていく。
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「ごめん、和音……」
「えっ……」
ビートが押し付けようとするベルティエを受け止めながら、メロディは何かを堪えるように瞑った目を震わせている。メロディがまぶたを開いた時、その目には涙が溜まっていた。
「和音の言葉を聞いて分かった……わたし、いつも誰かに甘えてばかりだ……小さい頃は奏に、奏なら私の事なんでも分かってくれるって甘えて、奏との仲が悪くなったら今度は和音に甘えて……ごめん、和音……こんなわたしなんかのために、苦しませて……」
「ひ、びき……」
瞳を潤ませながら、それでも響は涙を溜めたまま流さず、今度は力強い表情でビートを見据えた。
「もう、そんな風に誰かに甘えるのはやめる。もう二度と、わたしの自分勝手な気持ちで、和音を苦しませたり……しないからっ!」
決意の篭ったメロディの意思に応えるように、メロディのベルティエからひときわ大きな力が発せられ、馬乗りになっていたビートが弾き飛ばされる。
そしてその横では。
「どうして……そんなに真っ直ぐな気持ちを持ってるのに、あなたは脇道に逸れようとするの!?」
「聖歌先輩、もう分かっているはずです! あの日部活を早退したのは、遊ぶためじゃありません! プリキュアとして、みんなの事を守らなくちゃいけない! そのために私達は戦わなくちゃいけなかったんです!」
「同じ事よ!」
リズムとシンフォニーの戦いが続く。一方がベルティエで攻撃すると、もう一方がベルティエでそれを受け流し、そして反撃を相手が受け流す。攻撃と防御が交互に入れ替わる一進一退の戦いだった。
「本気でスイーツ作りをしたいと思うなら、プロになりたいと思うなら! 音楽なんて、プリキュアなんて……世界の平和を守るなんて! そんな事は止めてしまいなさい!」
シンフォニーがベルティエを横薙ぎに振るう。
「やめません!」
リズムはその攻撃を膝の打ち上げで跳ね飛ばし、ベルティエを正面から突きつける。
「どうして!?」
シンフォニーはベルティエを左手で受け止め、そのままベルティエごとリズムの体を自分に引き寄せる。
「プリキュアの活動も! ピアノの演奏も! 響と繋がってる……大切な絆の証だから!」
シンフォニーは引き寄せたリズムの体へ向けベルティエを上から叩きつけようとするが、リズムは自分の足をシンフォニーの足に引っ掛け相手のバランスを崩すと、シンフォニーの左腕を掴み返して相手の体を大きく振り回し、上空へと投げ飛ばした。
「そして、スイーツ部のみんなでスイーツコンテストに参加する事は……聖歌先輩や、部活のみんなと繋がる……大切な絆の証にしたいと思ってます!」
空中から体勢を立て直し、落下しながらベルティエを振り下ろそうとするシンフォニーに対し、リズムは避けようともせずベルティエをシンフォニーに向け構える。
「私は……大切な仲間と一緒にやる事を、何一つとして、中途半端にして終わらせるつもり、ありません!」
空中からの一撃をリズムは両手で構えたベルティエによって受け止め、そして跳ね除けた。シンフォニーの体は再び宙を舞い、そして着地する。
無音になったステージの中央。リズムとシンフォニーが、そしてメロディとビートが、同じように向き合っていた。
「……和音だけじゃないんだ。わたしだって、和音の事、全然知らなかった。和音が抱えてた気持ち、分かってなかった……」
「……響、わたし達、また、元みたいな親友に、戻れるのかな……?」
「戻るんじゃないよ、わたし達、ずっと親友のままだよ!……でも、これからはもっと、お互いの事を知っていこう?」
「響……」
「南野さんは、いつも誰かの事を想っているのね。だからかしら……あなたのカップケーキを食べていると、自然と笑顔になってしまうのは……南野さん、私、あなたの作るスイーツが大好きよ」
「私だって、聖歌先輩の作るスイーツ、大好きです。聖歌先輩も……同じなんでしょう? 誰かの事を想っているから、あんなに素敵なスイーツを作れるんですよね?……お互いが、その気持ちを知る事が出来れば、私達の作るスイーツ、きっと、もっと美味しく、人を笑顔に出来るものになると思うんです」
「南野さん…………」
スッ……と、一瞬体勢を低くして、そして向かい合う両者は、それぞれの相手へ向けて走りだした。
「わたしは!」
「私は!」
「わたしは!」
「私は!」
突き出す拳、その手に握られたベルティエが、一点でぶつかり合う……
「「「「あなたの事を、もっと知りたい!!!」」」」
ぶつかり合ったのは……拳やベルティエの一撃ではなかった。
攻撃がぶつかり合うはずのその一点で、メロディのミラクルベルティエとビートのファンタスティックベルティエ、そしてリズムのファンタスティックベルティエとシンフォニーのミラクルベルティエがそれぞれ繋がっていた。
いつの間にか逆手の状態になっていたベルティエは、接合部でそれぞれ繋がっていて、それを握る両者の姿はまるで、ベルティエを通じて互いに握手をしているかのように見える。
メロディとリズムは感じる。繋がるベルティエを通じて、自分達の体の中に流れこんでくるものがある事を。
(伝わってくる……和音の気持ち……そして、この力は……)
(ハーモニー……パワー……?)
プリキュアの資格ある者同士が、心を重ねた時溢れ出す力、それがハーモニーパワー。
そのハーモニーパワーが、悪のプリキュアとして立ちはだかっていた目の前の二人から送り込まれてくる。そして二人の内で膨れ上がるそれは、今までメロディとリズムの二人で生み出して来たものより遥かに上を行くものだった。
ビートとシンフォニーはゆっくりとその手をベルティエから離す。メロディとリズムは、新たな姿となったベルティエを持ち直すと、体から沸き上がる力に突き動かされるようにそれを頭上高く掲げ、そして叫んだ。
「「クロスロッド!!!」」
二人が“クロスロッド”を宙で一回転させると、ロッドの両端のフェアリートーンが描いた輪の軌道によって宙に4つの光のリングが形成される。
「「四つの心を、一つの力に! プリキュア・ミュージックロンド・スーーーーーパーーーーーーーー…………カルテット!!!」」
その掛け声と共に、四つのリングの中心部分から音の力の濃縮された光線が天井に向けて放たれた。
天井を貫く光の帯は空中で一つとなり、四つの心の重なりが生み出した“カルテット―四重奏―”を町へと響かせる。
「ネッ! ネガッ!? ………ネムイネムイ……」
凄まじい音の力に体を内部から貫かれ、優しげな音楽に包まれたネガトーンは、瞳を閉じ、安らかな表情を浮かべて本来の建物の姿へと戻っていく。
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そして、その様子を見ていて慌てふためく者も居た。
「ね、ネガトーンがっ!? ま、マズイっ! あ、あれはあたしの音符! あたしの音符よっ!」
ファルセットの頭に乗っかっていたセイレーンが慌てて何かをしようとするが、あまりにも慌てていたせいでファルセットの頭から滑り落ちそうになる。
それを見たバスドラがセイレーンの体を受け止めようと手を伸ばしたために、彼が右手に持つハミィを封じ込めた球体がセイレーンの顔面にゴツンと直撃。衝撃によって弾かれた球体とセイレーンが一緒に落下。
セイレーンは背中から屋根の上に叩きつけられる。一方、ハミィの入った結界は落下した衝撃で弾け飛び、その拍子に宙に飛び上がったハミィが、くるりと体を一回転させながら両前足を眼前で合わせる。
「ニャップニャプー!」
ハミィの手から放たれたハートの光がコンサートホールの建物に注ぎ込まれ、コンサートホールに吸収されていた大量の音符が建物から吹き出す。そしてその音符達は、建物内のフェアリートーンの体に次々と吸収されていく。
自分達の生み出した四重奏の音の光に包まれながら、メロディ達はその様子を見届けていた。
やがて、光の中でひときわ輝くように、ネガビートとネガシンフォニーの二人の体から閃光が広がり、輝きの中に溶け込んでいく。
黒い衣装は消え去り、光の下から現れたのは、音楽を愛し、世界の平和のために戦う伝説の戦士、プリキュアの真の姿だった。
「爪弾くはほとばしる調べ! キュアビート!」
「爪弾くは煌く調べ! キュアシンフォニー!」
新たに生まれた……いや生まれ変わったプリキュアに呼応するかのように、不幸の音の力に包まれていた「ソリー」「ラリー」「シリー」、そして「ドドリー」達フェアリートーンも、その身を包む黒い力から解放される。
「あれ?」
「一体今まで」
「何をしていたんだシシ?」
「元に戻ったドド!」
「良かったレレ!」
仲間のフェアリートーンらに囲まれ、良く分からない表情をしているソ・ラ・シの三人のフェアリートーン。
またドドリーも、初めて見る『仲間』の姿に混乱しているようだ。
「……あれ? 君たちは誰ドド?」
「キミもこれから新しい仲間だミミ!」
「よろしくファファ!」
仲間との再会と、新しい仲間との出会い、それを喜び分かち合うフェアリートーン達。
そしてその一方で、自分達の奏でた音楽に包まれながら、今度は笑顔で向きあう四人の姿があった。ビートとシンフォニーのその瞳にも表情にはもはや邪悪な色は無く、安らかな笑顔で音楽に聞き入っている。
「とても優しい音楽……二人とも、いつもこんな素敵な音楽を奏でていたのね」
「え、あはは……実を言うと、まともな演奏が出来るようになったのって、結構最近だったりするんですけど……」
優しげに微笑むシンフォニーに、リズムがちょっと困ったような表情で答える。
「あらそうなの?……ねぇ、私も、こんな風に素晴らしい音楽を奏でる事が出来るようになるかしら……“奏”?」
その言葉にリズムは一瞬ハッとして……そして優しげな表情を浮かべた後、力強い言葉で答える。
「もちろんです。だって、この音楽は聖歌先輩が奏でているものでもあるんですから……」
「あら? 私の事、“聖歌”って呼んで下さらないの?」
「あ、いや……そうは言っても先輩はやっぱり先輩だし、呼び捨てっていうのも……聖歌さん、っていうのも何かしっくり来ないような……」
「うふふ、冗談よ。これからもよろしくね、奏」
「あ…………はい!」
笑い合うリズム……奏と、シンフォニー……聖歌の二人。
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「わたし……たぶん、羨ましかったんだと思う。響達が、すっごく楽しそうにピアノの演奏してて……自分もそこに入りたいって思ったのに、でもわたしは音楽なんてちゃんとやった事なかったから、どうしたらいいか分からなくて……」
音楽に聴き惚れながら、どこか遠い目をしながら語っていたビートがメロディに視線を移すと、そこには涙をボロボロと流し、鼻をずるずるとすすっているぐしゃぐしゃのメロディの顔があり、ビートはギョっとする。
「ええっ!? ちょっと響、どうしたの!?」
「わ゙お゙ぉぉ~~~~~ん! よ゙がっだよ゙ぉぉぉ~~~~~~~~~!!!」
濁った鼻声で泣き喚きながらビートに抱きつくメロディ。ビートはそれに驚いたものの、避けるでもなくそのままメロディの体を受け止める。
「響……ごめんね、本当にごめん……」
「ぇぐっ……いいんだよもうそんな事……もう、謝らなくっていいから……これから、もっと二人で……ううん、みんなで、色んな事をしていこう?」
「響……うんっ」
泣きじゃくるメロディ……響と、そんな響を優しげな笑顔で受け止めるビート……和音。
奏と聖歌は、そんな二人の様子を微笑ましそうに見守っていた。
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「なんなのよ……この茶番はぁぁぁぁぁ~~~~~~!?」
映像で一部始終を見て、爪で屋根を引っ掻きながら憎々しげな声を上げたのはセイレーン。
作戦は大失敗、頼みの綱の黒プリキュアは敵に寝返り、音符も奪われた……この状況に怒りを爆発させているセイレーンを見て、トリオ・ザ・マイナーはオロオロするばかりだった。
「なんで!? なんでなのよ!? あの二人に不信感を持ってて、苛立ちを感じてて、さっきまではあんなに恨めしげにしてたのに、なんで仲直りなのよ!? 親友?……親友って一体なんなのよ!?」
「口では色々言っていても、心の底ではお互いの事を想っているから仲直り出来る、それが親友だニャ。……だから、ハミィとセイレーンも親友ニャ!」
ハミィが相変わらずの天然な調子で、ひどく親しげな口調でセイレーンの肩に前足を置いた。
セイレーンはそれを払いのけると、バッと飛び退いてハミィから距離を置く。
「フザッけんじゃないわよ! 誰がアンタの親友よ! 親友だのハーモニーパワーだの、あたしは絶対に認めないわ! ……いい? このままで済むと思ったら大間違いよ! 覚えてらっしゃい!」
捨て台詞を残し、屋根を飛び移って去っていくセイレーン。それを見て、トリオ・ザ・マイナーが大慌てで追いかける。
「ああ、ちょっと!」
「お待ち下さいセイレーン様!」
「トホホ……こりゃみんなまとめておしおきかな…………」
マイナーランド一同の賑やかな去り際を、ハミィは「ハニャ?」と小首をかしげて見送るのだった。
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「二人とも、自分達で調和の心の意味を見つけ出せたみたいね」
大量に積まれた書類と格闘しながら、地上でのプリキュアの戦いを映像を通じて見守っていたアフロディテだったが、事態の収拾を確認して映像を中断させ、書類整理の方も一旦手を止めて一呼吸ついた。
「やっぱり、伝説の戦士、プリキュアに選ばれし者だわ」
アフロディテは一人納得する。そして、頭の中に今度は別の人物の姿を浮かべ、アフロディテは表情を暗くする。
「それにしても……『音を破壊する音』……あんな力を使おうとするなんて…………メフィスト、あなたは一体、何を考えているの?」
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「フン、セイレーンの奴失敗しおったか。……ま、そんな事だろうとは思っていたが」
アフロディテと同様に、映像を通じて自分の部下達とプリキュアとの戦いを見守っていたメフィスト。
しかし、作戦の失敗、悪のプリキュア、ドドリー、音符までをも奪われるという悲惨な結果を見ても、メフィストには落胆するような様子は一切無く、全く動じる様子がない。
「まぁいい。こんな事は大した問題ではない」
ゆっくりと立ち上がるメフィスト。その右手には、黒い靄に包まれた“あるもの”を持っている。それは、白地に金の装飾が施された、宝石箱のような物体だった。
「そう……俺様の勝ちは揺るがん! この俺様の手に“ヒーリングチェスト”がある限りはな……ふふふ、わーっはっはっはっは!」
“ヒーリングチェスト”を頭上高く掲げ、マイナーランドの中で一人、メフィストは高笑いを続けていた。
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「響! いけーーーーーっ!」
部員達の声を背に受けながら、響はドリブルでフィールドを駆け上がっていた。
目の前に迫るディフェンダー。響の猛攻を止めるべく立ちはだかった相手は、響の一挙一動を見逃すまいと意識を集中させていたが……響の動きを止める事は出来なかった。
響は体の向きも、視線も一切逸らさぬまま、左側にパスをしたのだ。
相手ディフェンダーが驚いて視線をそちらに向けると、駆け上がっていた和音の元にボールが転がっている所だった。そして、相手が視線を逸らしたその一瞬の隙に、響は相手の防御を潜りぬけ、そんな響にワンクッション置かずに和音がボールを蹴り返す。
見事なワンツーでディフェンスをくぐり抜けた響は、そのままゴールへと突っ走り、そして見事シュートを決めた。
「わーお、さすが響、あそこからボール持ってっちゃうか!」
「相変わらず和音との連携も凄い!」
アリア学園のサッカー部員達が感心した様子で響と和音の二人を見ている。
「最近、和音一人だけで出る事も多かったし……それに最近の和音のプレイの仕方、なんか乱暴な印象あったからさ、もしかしてあの二人、喧嘩してるんじゃ、なんて思ったけど……」
「……ま、あの二人に限ってそんな事ある訳ないか」
シュートを決めた事で、その喜びを分かち合うように抱きあう響と和音を見て、サッカー部員達はそんな事を話している。
やがて、試合終了の笛が響き渡り、助っ人の仕事を終えた響と和音は、部員達に挨拶した後、二人一緒に校門へと駈け出していた。
「お、おーい! 今日のスタープレイヤー達が、もう行っちゃうわけ?」
女子サッカー部の部長の呼び止める声に、響と和音は一緒に振り返る。
「ごめん、みんな!」
「わたし達、これから行く所があるからさ!」
やけに楽しそうに言う二人を引き止める理由もなく、女子サッカー部員達はその後姿を見送った。
そう、二人が向かう先は――
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「「「ごめ~~~~ん、奏ぇぇ~~~~!!」」」
「えっ……どうしたのみんな?」
久しぶりの部活参加にと調理実習室にやって来た奏を迎えたのは、目を潤ませて謝罪の言葉を言う部員達の姿。
「聖歌先輩から聞いたよ~~~~! 響のトラウマ克服のための特訓に付き合ってたんでしょ!?」
「ピアノを演奏したいのに、ピアノを前にするだけで倒れそうになる……まさか響にそんな辛いトラウマがあったなんて!」
「理由も聞かないで奏をのけ者にしたりして、ホントにごめん!」
「と、トラウマ克服…………」
おそらく聖歌が部員達に上手い事説明してくれたのだろうな、と奏は推測する。
そうは言っても“トラウマ克服”とは……部員達は響の事をどんな風に捉えている事だろうかと、奏は顔を引きつらせる。しかし響の過去を考えればあながち間違った話でもなく、奏はなんとも言えず曖昧な表情を浮かべるのだった。
「でも、響が昔ピアノコンクールとかに出てたなんてびっくりだよね!」
「そうそう、“神童”って言われてたとか! あのちゃらんぽらんな響が!」
「ピアノ演奏中に野球のボールが頭に直撃して、今の性格になっちゃったんだって!?」
「えー、私はピアノの演奏に引き寄せられた猛獣から逃げていた時にずっこけて転んで頭打ったって聞いたけど?」
部員達があれこれと話す噂を聞いて、奏の方がずっこけそうになった。
(な、なんか、どんどん話に尾ひれがついて行ってるみたいだけど……)
彼女たちの話す噂は様々だったが、一貫しているのは『響が頭を打って今の性格になった』という部分だった。
……響がピアノを演奏していて、しかもコンクールにまで出ていたという話が、彼女たちにはどうしても信じられないようだ。奏は話の内容を修正する気にもなれず、ただ頭を抱えていた。
そんな騒ぎも、聖歌が部室に入ってきた事で収まった。みんな噂話を止め、聖歌の元に集まっていく。
もちろん、奏も。
「……奏。おかえりなさい」
「はい、聖歌先輩」
笑顔で向かい合う聖歌と奏。他の部員達は、聖歌が“奏”と呼んだ事に意外そうな顔をしていたが、彼女らが何かを言うよりも先に、聖歌が少し沈んだ調子で話し出した。
「奏。それにみんなも。……今回、私の勝手な思い込みで部活を混乱させてしまったわ。責任は全部私にあります。……本当に、ごめんなさい」
「いやいやいや私達だって! 奏、ごめん!」
「ごめんなさい!」
「ごめんね」
「み、みんな! 聖歌先輩も、もういいんです、過ぎた事ですから。……それより、スイーツコンテストに出品する作品の話って、今どうなってるんですか?」
「ええ、それはね……」
聖歌や部員達から活動の進み具合を聞かされ、やがてスイーツ部のみんなと楽しげに語り合い始める奏。
奏と、聖歌と、部員達が、一つの輪となって部活動を続けていき……その日の部活は盛り上がるだけ盛り上がって……終わりを迎える。
「あれ? 奏と先輩、一緒に帰るんですか?」
「え、うん……まあね」
「これから、二人で行く所があるの」
並んで歩き去っていく奏と聖歌を不思議そうに見送るスイーツ部員達。奏と聖歌はくすりと笑いあい、二人並んで歩いて行く。
---
響と和音、そして奏と聖歌。それぞれの向かう先は同じ。
そう、彼女達が向かうのは……
――『しらべの館』。
つづく