スイートプリキュア♪ -ArrangeScore- 作:おとともの
しらべの館に、ピアノの音色が響く。二人の四本の手が鍵盤上で踊り、心地の良い音色が館内の空間に広がっていく。響と奏、互いの演奏が互いを引き立て、二つの音色の調和は一つの音楽を形作る。
和音と聖歌、そしてハミィも音楽に合わせて体でリズムを刻んでいる。少し離れた場所では、八体に揃ったフェアリートーン達がピアノの演奏に合わせてドレミ……のそれぞれの高さの音を発している。
演奏が終わり、響と奏がふぅ、と小さく息を吐く。二人ともに、確かな手ごたえを感じていた。今までの練習の積み重ねによる技術の向上と、北条団の前で弾いた時に生まれた心の調和。それらが一つになった、今まで最高の演奏だった。
和音が立ち上がって大きく拍手し、聖歌もそれに続いて上品に手を叩く。
「とっても素敵な演奏だったわ。上手く弾けるようになったのは最近だって言っていたけど、とても信じられない」
「うんうん。連弾……っていうんだっけ。あんまり詳しくないけど、二人でそれぞれ弾いてるのに、音が一つに纏まっていく感じっていうか……これが音楽、なんだね」
響と奏が振り返り、照れくさそうに笑う。
「あはは、ちょっと恥ずかしいかも……でも、この演奏を二人に聞いてもらえて良かったぁ。今まで、やって来た甲斐があったっていうか」
「私達が連弾を始めたのって、ハーモニーパワーを高めるためだったものね。人に聴かせる事なんて、考えてなかったもん」
これまでの二人の演奏は、ハーモニーパワーを高めるための一つの手段でしかなかった。それを和音と聖歌に聴かせる形になった事で、連弾という二人のためのものだった行為に、二人に音楽を聴かせ、楽しませるという意味が生まれた。
「ハーモニーパワー……二人のピアノ練習も、プリキュアとして戦う事になってから始まったのよね」
「あっ、そこそこ。気になってたんだ。響達が今までやって来てたこと」
「それはハミィが説明するニャ!」
聖歌と和音の疑問に、一緒に座っていたハミィが飛び上がってピアノの上に着地。これまでのプリキュアの歩みを語り始める。
メイジャーランドで起こった伝説の楽譜を巡る騒動。音符が地上にばら撒かれた事。響と奏がプリキュアになった事。そしてハーモニーパワーを高めるためにピアノの連弾を続けていた事。
「という訳で~響と奏は伝説の楽譜を完成させるため、世界の平和のため戦っていたのニャ~」
「そういう事だったの……」
「響達は、世界平和のために戦う正義の変身ヒロイン……か~っこいいなぁ~!」
ハミィの語りが終わると、内容に聞き入っていた聖歌と和音は感心した様子を見せる。
「えへへ、まぁねぇ~」
「和音、聖歌先輩、一緒に……プリキュアとして戦ってくれますか?」
奏の期待と不安の入り交じった言葉に、和音と聖歌は答えた。
「もっちろん!」
「私達で役に立てるのなら、喜んで。でも……本当に私達で良いのかしら?」
聖歌が少し不安そうな様子を見せる。悪のプリキュアとして、二人の前に立ちはだかった過去が彼女を不安にさせているのだろう。
しかしハミィは聖歌の不安そうな様子など全く気にも留めず、明るい調子だ。
「そ~んな心配しなくても大丈夫ニャ! 響と奏がプリキュアになった時ニャんて、それはもう酷い……ムググ」
「わーっ! ハミィ!」
「それ以上言わないでーーっ!」
自分達の恥ずかしい過去を暴露されそうになって、響と奏は慌ててハミィの口を塞ぐ。
聖歌と和音はその様子を見ただけで大体の事情を察した様子で、二人一緒にクスクスと笑い出す。
「わたし達が、プリキュアか……」
「なんだか、不思議な感じね」
和音と聖歌が、変身アイテム『キュアモジューレ』を取り出して見つめる。それを見た響と奏も、自身のキュアモジューレを取り出した。
「今はもう、当たり前みたいになっちゃったけど……」
「不思議よね、喧嘩ばかりしていた私達が、プリキュアに変身して、一緒に世界の平和を守るようになるだなんて」
「これからは、この中の二人以上が揃ってる時に、ハーモニーパワーが高まれば変身出来るようになるニャ」
ハミィの説明を聞き、お互いのキュアモジューレを差し出しあう四人。一カ所に、四つのキュアモジューレが集う。それは、四人の少女が新たな道を歩み出した事の証明。
四人はそれを確認すると、うん、と頷き合い、キュアモジューレを仕舞った。
「ところで……ちょっとよろしいかしら、ハミィ?」
「なにかニャ?」
聖歌はハミィに近づくと、その前足を手で取って肉球をぷにぷにと押し始めた。
「やっぱり! この感触……ハミィ、あなたの肉球は素晴らしいわ!」
肉球をいじくり回す聖歌の幸せそうな顔を見てギョッとした奏は、自分も慌ててハミィのもう片方の足を掴んで、肉球を堪能し始めた。
「ず、ズルいです聖歌先輩! ハミィの肉球の素晴らしさは私が先に見つけたんですからね! ふにふに……ああ~ステキ……」
「ハニャニャ~、二人とも、くすぐったいニャ~」
「か、奏だけじゃなくて聖歌先輩も肉球マニアだったなんて……」
「あらら~、意外な一面見ちゃったなこりゃ……」
そのまましばらくの間、奏と聖歌は肉球の感触を楽しんでいたが、その状況に業を煮やした和音が、じれったそうに二人に言う。
「あ~もう、二人ともいつまでやってんの! 今日ここに来た目的忘れてない!?」
「あら?」
「あっ、いっけない、すっかり忘れてた……」
今回彼女たちが『しらべの館』に集まった理由、それは四人の約束。“皆で音楽を楽しむ”こと。
ハミィがピアノの上から飛び退くと、響と奏が並んで座るピアノ奏者の椅子に、更にその左右から和音と聖歌が座ってギュウギュウ詰めの状態になった。
「よ~っし、じゃあやってみよう!」
「まずは、何をすれば良いのかしら」
「いや、あの、二人とも……」
「流石に四人でひとつのピアノを弾くっていうのは無理があるような……」
和音と聖歌の二人に音楽を聴いてもらう、というのが響と奏の当初の目的。和音と聖歌にも一緒に演奏してもらうというのは、演奏を聞いた二人が音楽に興味を持ってくれたら、という仮定の話だった。
そのあたりの段階を大きく飛び越えてしまったために、響や奏も四人でどう演奏するのか、などというビジョンはまだ持ってはいなかった。
四人で一つの椅子に座って狭っ苦しい思いをしながらあれこれ考えていると、一同が思いもしない所から提案の声が挙がった。
「……だったら、四人でそれぞれ別々の楽器を使って演奏してみたらどうじゃ?」
「「音吉さん!」」
声の主の姿を確認して、響と奏が驚きの声を上げる。そこに居たのは、ここ、しらべの館内で巨大なパイプオルガンを制作している謎の老人、『調辺音吉』だった。
謎の老人……というのは、かのん町では知らぬ者のいない、町の名物であるかのような存在感を持った人でありながら、誰もその詳しいプロフィールを知らないためにそういう呼び名が定着している。
無類の音楽・楽器好きであり、前後の車輪のサイズが大幅に違う旧時代の自転車を乗り回して町中に現れる、神出鬼没な人物という事は町の人間なら皆知っているのだが、それ以上の事が分からないため、「音吉さんって何者?」と聞かれても、皆「謎の老人」としか答えようが無いのだ。
「音吉さん……?」
「調辺音吉、調辺……音衛門?」
町の人間である和音と聖歌も音吉の存在は当然知っている。そして、かのん町の歴史に名を刻む、かのん町を音楽の町にした先駆者「調辺音衛門」という楽器職人と苗字が同じ事から、その人の子孫なのだろうか……という、多くの人と同じような推測に思考を巡らせる。
しかし、実際にどうなのかという話になると結局分からない。
響と奏はしらべの館に何度も出入りしているので、音吉がここでパイプオルガンを作っている事を知っている。そのため、この館の所有者なのではないか……と推察する事は可能だ、だがそれも定かではない。詳しい話を本人から聞こうとしても、大抵の場合はその謎めいたトークで誤魔化されてしまうために、確かめようがないのだ。
そんな事を考えたり聞いたりするうち、音吉さんの正体を知りたいと考えても、そのうちに諦め、どうでも良くなってしまう。多くの人はそうだったし、響や奏も同様だった。
「なにも、一つの楽器にみんなの想いを押しつける事はないじゃろう。この館には様々な楽器がある。その中から、自分の気に入ったものを選んで、演奏してみたらどうじゃ?」
音吉の提案に、四人は顔を見合わせる。
「そっか、確かに、一つのピアノにこだわる必要は無いのかも」
「う~ん、私達は楽器の事とかは詳しくないし……」
「響達はどうするの?」
和音と聖歌は音楽の素人。そのため、この場で話を進める主導権を任されるのは響と奏だ。
和音に聞かれた二人はちょっと考える仕草をする。
「そうね……響は、演奏するとしたらやっぱりピアノだよね?」
「あ、うん。もちろんそうだけど、奏はどうするの?」
「ふふ~ん、それはね……」
奏は得意そうな笑みを浮かべ、響達を招いてしらべの館の奥に入っていった。
少しして、奏が他の三人と協力して、ある楽器を“小分けに”持ってきて、ピアノの近くに配置した。
「これって……ドラムセット!?」
「じゃ、ちょっと見ててね……」
奏が皆に揃えてもらったのはドラムセット。奏は後から持って来た椅子に座ると、スティックをくるっと一回転させた後、軽快な動きでドラムを叩き鳴らしていく。
響達がそれに見とれている中、奏はまるで踊るようにドラムでリズムを刻んでいき、最後にダララララ……とドラムロールをした後、シンバルをジャジャーン、と叩き鳴らして演奏を終えた。
ドラムスティックを斜めにシュッと構えてポーズを決める奏に、響達が賞賛の拍手を送る。
「すっご~い! 奏ってドラマーだったんだ!?」
「なんかかっこいい~!」
賞賛の拍手にフフン、という得意げな笑みを見せる奏。
「ふふふ、驚いたでしょ? ドラムのこのスティックさばきと、スイーツ作りのかき混ぜ器の動きには通ずるものがあるのよ!」
「へぇー! そうなんだ!」
「……そうなの、聖歌先輩?」
「たぶん、関係ないと思うわ」
得意げな奏の言葉に素直に驚く和音と、半笑い顔で聖歌に尋ねる響と、真顔で答える聖歌の、四者四様の姿があった。
「それじゃ、私達二人はとりあえずこれとして、聖歌先輩と和音の楽器も、決めていこうか?」
「じゃ、わたしは和音と行くから、奏は聖歌先輩をよろしくね」
響と和音、奏と聖歌が二組に分かれ、それぞれしらべの館の奥に楽器を探しに行く。
和音と聖歌の二人にとって、楽器の演奏は学校の音楽の教科で少し触れていた程度のものだ。知識もなく、選ぶ余地もないはずだが、不思議と二人は自分の中に思い描く楽器の姿があるように思えた。
悪のプリキュアとして立ちはだかった二人は、それぞれ楽器型の武器を用いていた。二人にとっては忌まわしい記憶。しかしそれらの武器は、二人の心に眠る音楽への才覚が形を持ったものでもあった。悪の武器ではなく、音楽を楽しむための道具へ。二人の中には、すでにイメージが浮かび上がっている。
奏から立ち並ぶ楽器の説明をあれこれと聞いている中、聖歌は一目見て”それ”に惹きつけられている事に気付き、手を伸ばす。
左手で構え、右手でピストンを操り、唇から息を通す。僅かにかすれた音が出るだけだったが、聖歌は気にしない。心の中で、広がる音をイメージできたからだ。聖歌が手にしたそれは『トランペット』だった。
一方の和音も、聖歌と同じように、響に楽器の説明を受けていく中で、あるものに意識を引き寄せられる。
しかし、和音が手に取ったのは、“二つ”の楽器だった。
「響、これ……分けられてるみたいだけど、別の楽器なの? なんか、弦の数が違うみたいなんだけど……」
和音が両手に持つ二つの楽器のうち、片方は弦楽器の一種である“ギター”。
そしてもう片方は、ギターに良く似た……別の楽器。
「ああ、それはギターと、もう一つは……ベースだよ」
「ギターは分かるけど、ベースって?」
和音は響が“ベース”だと指差した方の楽器をしげしげと眺める。
「うん、ベースは低音を出す楽器なの。バンドの中で一番低い音を鳴らす事で、他の楽器の音がどう響くかが決まるっていうか……縁の下の力持ちみたいな役で、これがあると音に凄い深みが出るんだよ」
「ふ~ん、じゃあこの楽器はあったほうがいいんだ?」
「う~ん、確かに今の楽器の組み合わせだとあった方がいいだろうけど、わたし達別にバンド活動する訳じゃないし……それにベースってちょっと地味な感じだしね。和音がやりたいと思った楽器にした方が……」
響があれこれと話している間に、和音は何かを考えて決めたようで、ベースを響に向けて突き出しながら、笑顔で言った。
「ううん、わたしはやっぱりこれにする!」
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「ほう、そういう組み合わせになったか。結構結構。では、まずはこれの演奏を目指してみてはどうじゃ?」
四人がそれぞれの楽器を準備して元のホールに戻って来ると、それぞれの楽器を確認して……いや確認する前から分かっていたかのような手際の良さで、音吉は古めかしいファイルのようなものから楽譜を取り出し四人に渡した。
「え、ええっ!?」
「音吉さん、いつの間に用意してたんですか?」
驚いた様子の響と奏の言葉にも、音吉は表情の見えない顔のまま佇むだけで答えない。音吉の行動に謎は残るが、楽譜が用意された事は響や奏にとって渡りに船であった。
楽器を四人で好き勝手に選んだはいいものの、それを使って一緒に演奏する曲がなければ意味がない。それを探す手間が一瞬で省かれたと考えれば、音吉の謎の行動などを気になどしていられない。
響達は音吉の施しを素直に受ける事に決め、渡された楽譜を覗き込む。内容を見て把握出来ているのは響と奏だけで、和音と聖歌はとりあえず形だけの確認となっている。
響は少し見ただけでその旋律を頭の中で組み立て、それを演奏する事を思い浮かべて気持ちを弾ませた。
しかし同時に、確認した楽譜には妙な部分がある事に気付く。楽譜は楽器ごとにそれぞれ一枚だけで終わっており、それに何かの本に載せられた譜面のコピーなどでは無いようで、全て手書きで記されていた。
響は奏に小声で話しかける。
「ねぇ、音吉さんって……もしかして作曲家だったのかな」
「え……? さぁ……確かにこの楽譜は誰かの手作りのものみたいだけど、音吉さんのものかどうかは……音吉さんに聞いてみる?」
「……やめとこ。たぶんまたはぐらかされるだろうし」
表情の読めない音吉さんの顔をちらりと見て、響は頭に浮かんだ疑問をとりあえずは引っ込める事にした。
「よぉし、じゃあまずはこの一曲合わせられるよう練習してみよう!」
腕を振り上げ宣言する響の言葉に、他の三人は「うん」「おおー!」「ええ」とそれぞれ応えた。
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「それじゃ、一度試しにやってみよっか」
一時間ほど経過して……聖歌と和音は響と奏の協力を得ながら、一応の楽器の使い方を一通り知る。和音の使うエレキベースにはアンプも必要であり、準備段階でも手間取ったが……四人それぞれがなんとかある程度までの練習が出来たという所で、とりあえず一度それを合わせてみる事になった。
「さん、はい!」
奏がスティックでカンカンカンカン……とリズムを取った後、ドラムを打ち鳴らして演奏が始まった。
……演奏とは言っても、数フレーズだけの短い音楽。
しかし、その短い間の中でも、つい先ほど使い方を知った程度の二人……聖歌のトランペットは音がちゃんと出ておらず、和音のベースの刻むリズムは完全にズレていた。
それだけならまだしも、響のピアノと奏のドラムも今一つ噛み合っておらず、四人の演奏はバラバラな音の並びを周囲に響かせるだけとなった。
演奏を一旦終え、四人は顔を見合わせて苦笑いをする。
「……ズレとる!」
演奏を聴いていた音吉が一言漏らした。
「いや、それはまぁ……」
「どう考えてもズレてる演奏だったけど……」
困ったように笑い合う響と奏の近くで、ベースの弦を一本ずつビン、ビンと鳴らしながら難しい顔をしていた和音が、音吉に顔を向ける。
「音吉さんって、やっぱり楽器の演奏、上手なんですよね?」
「ああ、もちろん。ワシに使いこなせん楽器はないぞ」
音吉の言葉を聞いて、和音の顔がパッと明るくなる。
「だったら、わたしにこの楽器の演奏の仕方、教えてください!」
「……もし良かったら、私にも」
意気込んで音吉さんに頼み込む和音の後ろから、控えめな調子で聖歌も進み出た。和音と聖歌から寄せられる期待の視線を受けて、音吉は「ふむ」と顎髭をさすって少し考える。
「いいじゃろう。暇な時にでもこのしらべの館に来なさい。その代わり……」
「「その代わり?」」
「ワシのパイプオルガンの制作を手伝ってもらうぞ」
音吉が目線の上の方を指差し、和音と聖歌が振り返って見上げると、そこには壁に一体化するような形で存在する制作途中の巨大なパイプオルガンの姿があった。
「ほえー、このでっかいパイプオルガン?」
「私達なんかで、何かお手伝い出来る事があるのかしら」
「ワシはもう年じゃからな。作業道具を運ぶだけでも一苦労なんじゃ。時間が空いた時にでも、荷物運びを手伝ってくれるだけでいい」
「それくらいだったら、喜んで!」
「ええ、私も、出来る限りの事をします」
再び振り返って音吉さんに笑顔を向ける聖歌や和音の後ろで、奏が響に小声で話しかけていた。
「ねぇ、音吉さん、ひょっとして最初からこうなる事を予想してたんじゃ……」
「だとしたら、音吉さんって結構ちゃっかりしてるかも」
「でもよくよく考えてみると……この館ってたぶん音吉さんのものなんだろうし、その場所で勝手に演奏してる私達って問題なんじゃ……」
「う、う~ん、そう言われると……これからは、わたし達も暇な時に音吉さんの手伝いしよっか!」
「そうだね」
その日はもう時間も遅くなっていたので、響達は最後にもう一度だけと音合わせをした。……やはり、今ひとつ不揃いな演奏だ。
しかし、今の響達にとってはそれでいいのだ。四人で何か一つの事を一緒に続けていく……そのうちに、きっと演奏も素敵なものになっていく。
「これから、休みの日とか、開いた時間にでもちょこちょこ集まってさ、四人で一緒に演奏していこう!」
響の言葉に他の三人が笑顔で相槌を打ち、その日はそれで別れた。
響達の、しらべの館での新たな活動の始まりであった。
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「セイレーン、どうやら作戦は大失敗だったようだな。フェアリートーンや音符は奪われ、プリキュアは四人に増えた。この状況、お前はどう……」
マイナーランドから時計塔内の鏡に映像を繋げたメフィストはいきなり話し始めたが、自分の見る映像の先――時計塔内部で、トリオ・ザ・マイナーがいつものように片膝を付いた状態でいるのに対し、問題のセイレーンが床に寝そべったまま瞳を閉じ、自分の方を少しも見ていない事に気づき、言葉を止めた。
「おい、聞いておるのかセイレーン!」
メフィストの咎める言葉にも、セイレーンは耳を貸す気配がない。そのうち、セイレーンが急に口を開いた。
「ンニャ~~~ン」
「……は?」
セイレーンは猫なで声……というより、猫そのものの鳴き声を発した。寝そべったまま、ごろごろと横に転がり始める。
「ごろごろにゃ~んごろにゃ~ん♪」
「……おい、セイレーンはどうしたのだ」
「おお! なんとおいたわしやセイレーン様!」
トリオ・ザ・マイナーがバッとセイレーンの元に駆け寄り、バリトンが声を上げた。ファルセット、バスドラがそれに続く。
「セイレーン様は、命運をかけた作戦を失敗したショックで心まで完全に猫になってしまったんです!」
「おおー、なんということだ、われらのリーダーが! おお~んおお~ん」
「ふにゃにゃ~ん、ふにゃ~~ん」
「…………」
メフィストは顔を伏せた。メフィストもこのセイレーンの変わり果てた姿には大きなショックを受けたようで、悲しみのあまり体を震わせていた。
震わせて…………
「……そんなんで誤魔化されるかーーーーーーっ!!!」
「「「あ、やっぱり~~~~~」」」
メフィストの叫びを受けて、セイレーンは床を転がってそのまま勢い余って壁に激突した。
トリオ・ザ・マイナーは元の位置に戻って片膝を付き、セイレーンも彼らの前に移動して、いつものマイナーランド部下上司の立ち位置へと戻った。
「あ、あららメフィスト様、これはこれはご機嫌麗しゅう」
「今更取り繕ってももう遅いわ! あれだけの大失態をしておいてそれを誤魔化そうとは……一体どういうつもりだ?」
メフィストに追求され、セイレーンは視線を泳がせて言い訳を考えている。
「いや、その……ねぇ? 今回の事はまぁなんと言うか……失敗でしたけど。こ、これで終わりという訳じゃないんですよ!? あたしにはちゃあんとこの後の作戦の考えが……」
「……………………」
メフィストは目を瞑ってセイレーンの言い訳を無言で聞き、後ろのトリオ・ザ・マイナーは冷めた目でセイレーンを見ている。
セイレーンが言い訳を続けながらも、前後からの無言の圧力に耐えきれなくなってきていたその時だった。
「……そうか、分かった」
「……ひぃぃっ! ごめんなさいっ!……って、アレ?」
頭を抱えて顔を背けるセイレーンだったが、怒りの言葉を吐き出してくるかに思われたメフィストがとても穏やかな雰囲気でいるのに気づき、恐る恐るメフィストの映像の方を向く。
「ちゃんと先の事まで考えているのなら構わん。そのまま音符集めに励めば良かろ」
「え、あの……え~っと、フェアリートーンとか、音符を奪われた事についてお叱りのお言葉などは……?」
「いいやぁ~ないぞ。……あ、そうそう、俺様はこれからマイナーランドでする事があるからな、しばらく音符集めの事はお前達に任せる。それじゃ」
普段とは打って変わったにこにこ顔を浮かべるメフィストの様子にセイレーン達があっけに取られている間に、メフィストは言いたい事を言い終えると映像を終了させ姿を消した。
残されたセイレーン達は尚もぽかんとした表情のままだったが、そのうちにトリオ・ザ・マイナーが慌てたように騒ぎ出した。
「な、なぁーーんなんですかあのメフィスト様のにこやかな表情は! 気色悪いですよ!」
「こちらの事は任せる、と言っていましたが、もしかして前回の失敗のせいで愛想を尽かされたのでは……」
「ちょ、ちょっと! どうするんですかセイレーン様!? 我々はお払い箱かもしれないんですよ!」
「う、うう……」
ファルセット、バリトン、バスドラの慌てふためく声に、セイレーンも今度ばかりは言葉に窮した様子で、情けない表情のままただ呻いていた。
しかし、その内に気持ちを切り替えたようで、セイレーンはくるっと振り返るとキッとトリオ・ザ・マイナーを睨み付け、三人はすくみ上がって言葉を止めた。
「ど、どーって事ないわ。あたしはマイナーランドの歌姫なのよ? そのあたしがお払い箱になるなんて、そんな事はあり得ない……!」
自信満々に言っている風なセイレーンだったが、その言葉はどこか自分に言い聞かせるかのような口調だ。
「口出しされないのならその間は好きにやらせてもらうだけ。次連絡されるまでにプリキュアは倒され、あたし達は大量の音符をゲットしているって寸法よ!」
「し、しかし前にもお話したように、プリキュアは四人になってしまった訳で……」
「二人相手でも勝てないのに四人になったらお手上げなんじゃないですか?」
「いい案が浮かばないから猫のふりして誤魔化そうって言ったのはセイレーン様じゃ……」
「ああもう、黙らっしゃい! さっき壁に頭をぶつけて色々吹っ切れたわ。四人になったとはいえ、あいつらはついこの前まで争い合っていた仲。きっとどこかに亀裂が生まれているはず。ハーモニーパワーなんて、その亀裂があるだけでもうボロボロよ!」
鏡を見て自信満々な表情を浮かべるセイレーンだったが、その後ろのトリオ・ザ・マイナーはお互いの顔を見合わせて、不安そうにしているのであった。
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「お~い、和音!」
下校口で見つけた和音に声をかけた響は、同時に和音が誰かと話をしている事に気が付く。それは響も良く見知った相手、女子サッカー部の部長である三年のハルナであった。
「あれっ? 部長じゃないですか! ……あ、もしかして、またわたし達に助っ人依頼?」
「あっ、響、今日はそういう話じゃなくて……」
「なんだ和音、響には話してなかったのか?」
和音とハルナの反応に、響はきょとんとした表情になる。
「あのな響、実は和音は……」
「あ、ああっと、ハルナ部長! これはわたしの口から言わせて下さい!」
「……ん、そうか」
ハルナの言葉を慌てて止めさせる和音の姿を「?」という表情を浮かべて見ている響に向き直り、和音はコホン、と一息ついた後、照れくさそうに話し始めた。
「その……響、わたしね、女子サッカー部に入部する事にしたんだ」
苦笑しながら話す和音の言葉を聞いても、響はしばらくの間はその意味を呑み込めなかった。
「和音が……入部……?」
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「和音が女子サッカー部に入部!」
響の不必要に大きな声での宣言に、奏と聖歌も、その周囲の人々も皆耳を塞いで顔をしかめる。
「んもぅ、響、声大きすぎ!」
「だってだって、わたし本当にびっくりしたんだもん!」
「響、そんなに驚かなくても……」
「それにしても和音、どうして急に部活に入るなんて決めたの?」
聖歌の言葉に、和音は照れくさそうに話し始める。
「この前の事があって、わたしなりに考えてみたんだ。甘えてたのは、わたしも同じ。何も考えず響に付き添って、一緒にスポーツ出来ればそれでいいって……そんな風に響の存在に甘えてた。……そうじゃなくてさ、自分が本当にやりたかった事って何だったんだろうって、それをもう一度考えてみる事にしたんだ」
「それで、サッカーを……?」
「うん。最初はサッカー部に入ろうと思って部活見学に行ったんだし。……あ、クッキーいただきま~す。……んぐんぐ」
言いたい事を言い終えて、和音はテーブル中央のバスケットに入れられたクッキーをつまんで口に含んだ。
「そっかぁ~。なんだかちょっと寂しい気もするけど、和音が本当にやりたいって思える事が見つかったんなら、それをやるのが一番だと思う! ……あむっ、んぐんぐ」
響もクッキーを手に取りそれを頬張った。
「自分の道を見つめ直したのね。素晴らしい心がけだと思うわ」
「……私も、和音の話は素晴らしいと思う。思う、けど…………」
柔らかな笑みで言う聖歌の隣で、奏が肩を震わせていた。
「……二人とも、なんで当然のようにスイーツ部に居座ってるの?」
そう、ここはスイーツ部が活動に使っている調理実習室。調理テーブルで席を囲うのは聖歌と奏、そしてその他のスイーツ部員と……部外者二名。
奏の言葉を聞いても、響と和音は良くわからないといった表情で顔を見合わせて、そのまま手に取ったスイーツ部のクッキーを順々にゆっくり食べ続けている。
その間にも、奏の肩の揺れは少しづつ大きくなっていき、その顔はどんどん赤くなっていく。
「……なんでって、ねぇ? だってわたし、もうスイーツ部の名誉部員みたいなもんでしょ!」
クッキーをごっくんと飲み込んだ後、響はグッと親指を立てて自分の顔を指した。
遅れてクッキーを飲み込み終えた和音も同じポーズで続く。
「あっ、じゃあわたしは名誉部員第二号で!」
「あんた達ねぇ~……」
「あらあら、これじゃ作るスイーツの量を増やさないといけないわね」
わなわなと体を震わせる奏の横で脳天気な事を言う聖歌に、奏が食いついた。
「聖歌先輩! スイーツ作りもタダじゃないんですよ!? こんな大食らい二人のために作ってたら部費があっと言う間に底を突いちゃいます!」
尚も危機感を感じさせない論調を続ける聖歌に必死で訴えかける奏。そんな二人の姿を、スイーツ部の面々は苦笑しながら見守っていた。
「そういえば和音、女子サッカー部って来週、対抗試合があるんじゃなかったっけ?」
都合良く奏の矛先から逃れられた響達は二人で話し始めた。
「うん、部活に正式参加するのは明日からだけど、何度も助っ人参加してみんな見知った仲だからね、なんとか調整してその試合にも出るつもりだよ」
「そっかぁ~、今度もまた助っ人に呼ばれるかな?……そうすればまた和音と一緒にサッカー出来るし! 助っ人と部員で立場はちょっと変わっちゃうけどね」
「え、ああ、うん、そうだよね……」
楽しそうに話し合う二人ではあったが、和音が最後に発した言葉だけは、どこか影を感じさせるものである事に、響は気づかなかった。
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「よ~し、和音も正式にメンバーに加わった事だし、次の対抗試合、気合い入れて行くぞ!」
「「「「おおーーーーっ!」」」」
部長の声に合わせ、和音含む女子サッカー部の面々は声を上げる。
その日は、今まで何度も助っ人として参加していたとはいえ、途中参入という形になる和音と他のメンバーを慣れさせるため、ABグループに分かれての練習試合をする事となった。
和音は今まで助っ人として参加していた時と同じ、ツートップのフォワード。響がパートナーとして反対側にいないというのが今までとは違っていた所だったが、その位置には普段部でフォワード担当をしているマナという部員が収まる事となった。
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(よしよし、絶妙の持ち運び!)
逆サイドをボールを持って駆け上がっていくマナの姿が和音には良く見えた。
上手いパス交換でボールを運び、マナはディフェンスを潜り抜けてゴール前に一直線。相手グループのディフェンダーは和音の動きを気にしているようで、防御に穴が出来ている。
相手側の選手も必死でマナの方に向かってはいるが、このまま進めばキーパーと一対一の形になる。これは決まったか……と和音が思ったその時だった。
「和音、パス!」
「……えっ、ええっ!?」
絶好のチャンスを流し、マナは和音にパスを出した。胸でトラップしてボールを受けた和音だったが、即座に自分の危機的状況に気づく。
自分が進む側を守備するディフェンダーがひとり、右手には和音の側からマナの方に向かう途中だったディフェンダーがひとり、後ろからは自陣に戻って来た別の相手選手がひとり。
(……囲まれてる!? 他の場所は出せないし、戻せない!)
相手の防御網が徐々に縮まっていき、ボールを通すスペースがどんどん減っていく。
(……仕方ない、こうなったら……!)
和音は距離的に無理があると思いながらも、まだ余裕のあるスペースを通して相手グループのゴールへ向けてシュートを放った。思いがけないタイミング、ゴールに入るかどうかギリギリのシュートコース。
しかしそれらの悪条件が逆に働いたのか、そのボールに相手グループのキーパーは反応する事が出来ず、ゴールポストギリギリの所をかすめてそのシュートは決まった。
「ゴーーーーーーーーーーーーール!」
「……うそ、入っちゃった」
「いえーい! やったね和音!」
「え、ああ……うん」
自分にパスを出して来たマナからのハイタッチに答えながらも、釈然としない気持ちの和音。しかしそんな自分の気持ちとは裏腹に、ゴールを決められた相手グループも含め、女子サッカー部員達は期待のニューフェイスの活躍に沸き上がっている。
(そういえば、前にもこんな風に強引にシュートを決めちゃった時があったっけ。……あの時も、みんな凄く盛り上がってた)
和音が思い出すのは、かつてセイレーンの力で悪のプリキュアにされていた時、響を遠ざけて一人で部活の助っ人に参加していた時の事。自分でも制御する事の出来ない苛立ちや苦しみをスポーツにぶつけて、その強引なプレイで一人突き進み、点も取った。
あの時とは状況が全く違うが、それでも和音は思い出さずにはいられない。黒い影に取り付かれていた時の自分の姿を。
(正式な部員になったんだから、点を取って部に貢献出来るんならそれが一番なんだろうけど、でも…………)
盛り上がっている部員達の中で、和音と、部長のハルナだけが複雑な表情を浮かべていた。
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「あ、和音にハルナ先輩だ。お~~~い!」
和音とハルナが二人で話している所を発見するという、奇しくも先日と同じ状況で、響は二人に話しかけた。下校途中で歩いていた二人は立ち止まると響に振り返る。
「いや~、今日のわたしはテニス部で強烈なスマッシュを決めて来たよ! 和音はどうだった?」
激しい運動をした帰りのはずなのに、疲れを感じさせない笑顔を見せている響とは対照的に、和音の表情は優れなかった。
「わ、わたしは、ぼちぼち、かな……」
「あ、あれ……もしかして、調子悪かった?」
「いいや。入部初日だっていうのに、和音は練習試合で見事にゴールを決めてたよ。部員達も大歓迎って感じだった」
「???」
和音が初日の活動を大活躍で飾ったという事を話すハルナも、大活躍した張本人であるはずの和音自身も、その表情はどこか晴れない。二人の様子に響は困惑している。
「あのさ、響……」
「ん? 何?」
視線を下に落として、響に対して何か口にしようとして言い淀む和音。それを何度か繰り返した後、和音は決心したように響を真っ直ぐ見据えて、そして言った。
「響、今度の対抗試合、部のみんなは響に助っ人を頼むと思うんだけど、でも……助っ人には、来ないで欲しいんだ」
「え……和音、それってどういう……」
「……ごめんっ!」
和音はそのまま、響が止める間も無く逃げるように走り去った。
訳も分からずその場に残された響の脳裏に不安がよぎる。話す間もなく去っていく和音の姿。これではあの時と同じ……
暗い思考に沈みそうになっていた響の意識を現実に引っ張り戻したのは、同じくその場に残されたハルナの声だった。
「響さ、響達が助っ人に入った時の試合の事、部のみんながどんな風に話してるか知ってる?」
「えっ……?」
響が振り返ると、ハルナは和音の走り去った方角を見て、腕組みをしながら渋い表情をしていた。
「『私のパスから響がシュートした』とか『私のアシストのおかげで響がゴール出来た』とか……まぁだいたいそんな感じだね」
ハルナの最初の口ぶりから、実は見えない所で陰口を言われているのだろうか、と一瞬不安になっていた響は、その言葉を聞いて少し安心する。
しかし、ハルナの見せる表情から、その話があまり愉快なものではないらしいという事も響には分かっていたので、何も言わずハルナの言葉の先を待つ。
「サッカーってのはさ、敵と味方に分かれて……どっちが勝ったか負けたか、結局はそういうスポーツだよ。勝ったら嬉しいし、負けたら悔しい」
「……うん」
「響が助っ人にいるとね、勝っちゃうんだ、他の部員が大した活躍しなくても。……逆に、響が助っ人に来ない試合だと……負ける事が多い」
ハルナの言葉に、響はドキッと、心の一点を鋭く突かれたかのような感覚になり、そしてそこから……“気持ち悪さ”のような感情が滲み出て来るのを感じた。
色んな部活から引っ張りだこになって、助っ人を頼まれて……助っ人に呼ばれたのだから全力を尽くして勝てばいい、そんな風に響は単純に考えていた。しかし、ハルナの言葉を聞いた今の響には、自分がやって来た今までの助っ人活動へ疑問が生まれていた。
「それでいいと思ってるんだ、部の一年や二年は。入った時から『響の力で勝つ』っていう旨みを知っちゃってるから」
「先輩……わたしが助っ人に入るの、良くなかった……のかな」
ハルナは頭を振る。
「どうかな。私だって、試合をやるからには勝ちたいし、だからこそ響に助っ人を頼んでた。でも……今日の和音への部員達の反応を見て、なんか、納得のいかないものがあったのも事実だ」
「和音への……? 和音、活躍して、みんなからも歓迎されてたんじゃ……」
「そう、『試合に勝つための手段』として歓迎されてたね。和音は響といつも一緒にプレイしてたから、部のみんなは和音に、響と同じような“点取り屋”としての役割を求めてる。……和音は、響じゃないのにね」
「…………」
今の響には、先ほどの和音の態度の意味が分かるような気がした。和音は『響に関係なく、自分で本当にやりたい事』をやりたいとサッカー部に入った。なのに、そこで和音に求められたのは“響と同じ活躍”。
自分の存在が、また和音を苦しめている。響は居たたまれない気持ちになった。
「響に頼れば勝てる。だから響に頼る。……じゃあ、響がいなくなったら、あの部はどうなるんだろうね?」
ハルナはふっと軽くため息をついた。
「中学の部活なんてさ、みんなでわいわい騒いで三年間楽しめたら、それでいいのかもしれない。……でも、どんな事だって、全力でぶつからなくちゃ、本当に楽しむ事って出来ないと思う」
「先輩、わたし……今度の対抗試合、やっぱり出ない方が……」
「今回は私から助っ人を頼む事はないよ。もし後輩達が頼み込むような事があったら……その時どうするか決めるのは、あんただよ、響」
ハルナは言い終えると、じゃ、と手を上げて歩き去っていった。
その場で難しい表情を浮かべながら悩んでいた響だったが、しばらくして歩き出す。
……そして、一部始終を見てニヤリと笑う影もひとつ。
「ンッフッフッフ……いい感じにこじれて来てるじゃな~い? これは……チャ~ンス」
塀の上から覗き込んでいたセイレーンは、ピョンと道路に飛び降りると、何事か企みながら走り去って行った。
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かのん町にあるサッカーグラウンドに、アリア学園女子サッカー部と対戦相手のミナモ学園女子サッカー部、そしてそれぞれの応援に来た人々が集まっていた。
グラウンドのサイド片側には、アリア学園側の観客スペースがあり、そこには応援のためクッキーを作って来たスイーツ部の面々と、女子サッカー部員の友人家族、教員などが集まっていた。
備え付けのベンチに座った奏の、そのまた膝の上に座ったハミィが、奏や聖歌に向かってこっそりと話し出した。
「今日は和音の晴れ舞台ニャ、頑張って欲しいニャ~」
「それはちょっと大げさな気もするけど……」
「でも、いい結果が残せるといいわね」
奏達がそのまま雑談をしながら試合の開始を待っていると、奏達とは逆サイドのミナモ学園の応援スペースから、ドンドンという太鼓の音と共に、奏達の耳の奥まで突き刺さるような凄まじい声量の応援が響いて来た。
「フレー! フレー! ミナモ学園! 負けるなー! 負けるなー! ミナモ学園!」
反対側に居てもはっきりと伝わって来る熱気に奏達は驚かされた。
「うわ、まだ試合も始まってないのに凄い気迫……」
「あちらの女子サッカー部には、とても熱心なサポーターが付いているのね」
奏達からは遠目になって良く見えていなかった。用意された大太鼓を両手で打ち鳴らしながら、怒号に近い声を張り上げて応援している者の姿が。
真っ黒な学ランと真っ黒なサングラス、日の丸が描かれた白いハチマキを巻いた、紺色のストレートヘアーの女性……
「フレー! フレー! ミナモ学園! アリア学園なんてぶっ飛ばせー!」
「あの、セイレーン様、これは……」
「おら! アンタ達も声出しなさいよ!」
それは、人間の姿に化け、変装してミナモ学園の応援団になりすましているセイレーンだった。……いや、それは変装というよりも気分を出すためのコスプレと言った方が正しい。
セイレーンと全く同じ学ラン姿をしたバスドラが控えめに声をかけるが、セイレーンは相手を見もせずに必死に太鼓を叩き続けている。
「し、しかし……マイナーランドの我々が人の応援をして元気付けるなどと……」
「なんのためにこんな事するんですかぁ~!?」
同じ衣装を着たバリトン、ファルセットの言葉に、セイレーンが太鼓を叩くのを一旦止め、後ろを振り返ってトリオ・ザ・マイナーをキッと睨みつける。
「……いい!? あの和音って奴は、自分が活躍したいがために今回の試合で響が助っ人に来れないようにした! そんな試合で負けてみなさい。和音の心はどんより曇り空、響との関係は更にギクシャク! あいつらは力を出せずコンビネーションはボロボロ! だから相手チームを応援してあいつらを負かせるって寸法よ! それに、これはあたしを裏切ったあの和音に対する復讐にもなって一石二鳥!」
「「「はあ……」」」
とりあえず返事の声は出してみたものの、今一つ乗り気になれない様子のトリオ・ザ・マイナー。そんな三人には構わず、太鼓を叩いて応援の声を上げるセイレーン。
「フレー! フレー! ミナモ学園! さ~皆さんご一緒にー!」
「「「フレー、フレー、ミナモ学園~……」」」
「声が小さい!」
異様なテンションで応援する一名と、ローテンションで続く三名。そんなおかしな応援団の姿を、ミナモ学園の応援スペースの人々はあっけに取られつつ、やや引き気味で見ているのであった。
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「……そういえば、今日の試合、響は助っ人に入っていないのよね?」
「ええ。なんでも、和音に止められたとかで。部員からの誘いも断ったみたいです」
「でも響、今朝見た時も何だかそわそわしてたニャ。和音の事、気になってるんじゃないかニャ」
ハミィの言葉を聞いて、奏は考える。助っ人を断った人間が堂々と観戦に来るというのは問題だ。しかし、だからといって家で黙って一人で居るというのは響の性格からして考えづらい。
「もしかして、響もこっそり応援に来てるのかも」
「そうね。あの子の事だから。どこか目立たない所から応援するつもりなのかもしれないわ」
どこかに響が居るかもしれない、という話の流れから自然に、奏と聖歌、ハミィは周囲を見渡そうとして……すぐにその動きが止まった。
三名が同じように見つめる視線の先には、観戦席に座っている一人の女(?)生徒の姿。大きな作り物の“鼻”が付いた丸縁メガネに、ど派手なカラーリングのアフロカツラを被った異様な人物。
言葉を交わすまでもなく、奏達にはその変装……いや、変装などと呼べる代物ではなかったが……をしている人物が“彼女”であるとはっきり分かった。
(((物凄く目立ってる…………)))
とてつもなく目立つ格好で周囲の視線を集めながら、響は真剣そのものといった表情で試合の開始を待っている。本人は大真面目なつもりなのだろうが、その真剣な表情と変装とのギャップがまたおかしな空気を生み出している。
奏達はその光景から目をそらし、話題を変えた。
「でも和音、どうして響に助っ人参加して欲しくないなんて言ったんだろう?」
「それは……この試合を見れば、その意味が分かるんじゃないかしら」
聖歌のその言葉は直感的なもののようだったが、奏はその言葉に不思議と説得力を感じていた。もしかすると、響も同じような期待を持ってこの試合の観戦に来ているのかもしれないと、奏は考える。
「あっ! 奏、聖歌先輩、試合が始まるみたいですよ!」
スイーツ部員の一人がそう言い、一同はグラウンドに目を向ける。アリア学園とミナモ学園、それぞれの女子サッカー部員がハーフラインを挟んで向かい合い、正々堂々とした勝負を誓って礼をする。
そして、それぞれのチームのメンバーは自分のポジションへと散っていく。その様子を見ていた奏が突然声を上げた。
「あれっ!? 和音、いつもとポジションが違くない?」
奏は和音が響と一緒に女子サッカー部の助っ人をやっていた時、そして入部して以降の練習風景も何度か見た事がある。どちらの場合も、和音は最前列の攻撃的ポジションに立ってプレイをしていた。
しかし、試合開始前のこのポジショニングでは、和音は一歩手前の中盤の位置で、部長のハルナらと共に並んでいる。和音が抜けた最前列は、元からその位置に居たマナと、反対側にカナという部員が並ぶツートップになっていた。
「どうしたんだろう、和音……もしかして調子が悪いのかな」
「どうかしら……」
セイレーンとトリオ・ザ・マイナー、奏、聖歌、ハミィ……そして響。それぞれの想いがグラウンドの選手達に向かう中、試合開始のホイッスルが吹き鳴らされた。
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「誰か! 止めて!」
何度目になるか分からない、敵の攻撃チャンス。アリア学園側はなんとかその攻撃を防いでいるが、自分達がボールを奪った後の攻撃で上手く攻め切る事が出来ず、チャンスをものにする事が出来ていない。
攻め切る事が出来ていないのは相手側も同じだったが、相手の方に勢いがあるのは明白で、攻め込み方も相手の方がずっと深かった。
「させるかっ!」
部長のハルナが相手と競り合ってボールを弾いた。飛んでいったボールの先に素早く駆け込んだのが和音で、ボールをキープしてドリブルしながら和音は前方の敵陣を見る。
(敵がかなり攻め込んでる……あまり長くは持っていられない!)
和音が狙うは前方にいる味方、マナかカナへのパスだが、既に二人にはマークが付いている。それでも、和音は迷わずにパスを出した。
(カナなら……きっと…………!)
和音の蹴ったボールがフィールドを鋭く突き抜ける。
「えっ、あれ!? パス!?」
ボールはカナと彼女をマークしていた選手の1メートルほど横を通り過ぎていき、反応が遅れたカナは相手選手に抑え込まれた状態でボールを簡単に奪われてしまう。
その様子を見て、観戦していた奏達が驚く。
「うそっ、パスミス? 和音が?」
「何だか無理のあるパスだったみたいだけど、やっぱり調子が良くないのかしら……」
観戦席の人間達も、アリア学園側のサッカーが噛み合っていない事を感じていた。そして、ムードが相手に大きく傾いていたその時。
「ゴーーーーーール!」
パスミスからの相手の切り返しを防ぎ切る事が出来ず、アリア学園は失点を許してしまった。
それを見て、アリア学園側の元々良くなかったムードが更に落ち込む。それに対し、一気に盛り上がり始めるミナモ学園側の人々。そして……
「よっしゃーーーーーーーーッ! 得点よ得点! さすがあたしの見込んだチームだわ!」
天まで突き抜けんばかりの声でハイテンションに叫ぶセイレーンの姿があった。その様子を、周囲の人々と、トリオ・ザ・マイナーが冷ややかな視線で見つめている。
「なんか、だんだんただのサポーターみたいになってません?」
「見込んだチームって言ったって……」
「アリア学園の対戦チームだから応援してるだけなのに」
そんな部下達の言葉に気にも留めず、セイレーンは一人盛り上がって応援を続けていた。
その後、勢いに乗って来たミナモ学園の厳しい攻撃を、なんとか防御を固めて耐え抜くアリア学園だったが、攻撃に繋がるような気配も一切無いまま、そのまま前半戦が終わり、ハーフタイムとなった。
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「あいつら、かなり調子付いてるね」
「ねぇ、このまま相手を勢い付かせたらまずいよ!」
自分陣地に集まり、アリア学園女子サッカー部は部長のハルナを中心に作戦会議を行っていた。
どの部員の表情にも焦りと不安が浮かんでいる。
「ね、ねぇ和音、やっぱり、あたしと代わって和音が前線に出た方がいいんじゃないかな……」
「確かに、こんな急ごしらえのフォーメーションじゃ、上手く波に乗れないのも仕方が無いのかも……」
「それは……」
カナの提案と、マナの言葉に和音は迷う。
和音が一歩引いた位置に来るこのフォーメーションは、和音が対抗試合の数日前にハルナに提案し、変更されたものだった。練習は可能な限り行ったものの、和音が前に出るやり方とは違って、実戦経験のあまりない型で、それぞれの動きにはギクシャクとしたものがあったのも事実。
それが自分でも分かっているからこそ、和音は今どうするべきか迷いを抱えている。
部長のハルナは何も言わず、和音の事を黙って見据えていた。
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アリア学園側の戦い方に対する疑問の声は、観戦席からも。
「ねぇ、なんで和音が前に出ないんだろう?」
「確か、いつもはもっと前に出てたよね、和音」
スイーツ部の部員達が不安そうに口々に疑問を声に出す。
神妙な面持ちだったのは奏と聖歌も同じだったが、二人が抱く和音やアリア学園サッカー部に対する疑問は、他のスイーツ部員のそれとは少し異なっているようだった。
「奏。和音は……本当に調子が悪いんだと思う?」
「最初は、そうなのかと思ってましたけど、守りに攻めにと忙しく走り回ってるし、違うのかもしれません。……むしろ、何かに挑戦しようとして足掻いているような……」
「私も、何だかそんな気がして来たわ。何かをしたいのに、それが出来なくて苦しんでいる……」
「和音……頑張って欲しいニャ」
奏達は、和音の今日の行動に一貫した何かを感じてはいたが、それが上手くいかないでいる様子を心配する事しか出来ない。
そう、和音のやろうとしている事が、成功する事を祈るしか出来ない……
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「こんな時、響がいればなぁ」
「響がいたら、こんな一点差なんて簡単にひっくり返せるのに」
スイーツ部員のこの言葉も、今までの言葉も、奏達の言葉も、“響”はずっと聞いていた。何か言いたくなる衝動にかられながらも、それでも黙って試合を見続けていた。
(和音…………)
響は考える。確かに、今からでも自分が助っ人に参加して、中心的に動けば、この点差をひっくり返す事が出来るかもしれない。
(でも……それじゃ駄目なんだよね、和音)
和音といつも一緒にプレイしていた響には、今日の試合で和音が何かをする、という意識を持ってプレイしている事に早い段階から気がついていた。そして、それが上手く行かない理由が、おそらく他の部員達の“響に頼ろうとする意志”に起因するものである事にも。
(わたしがいない所でも、和音は、わたしの存在のせいで苦しんでる……)
自分のせいで自分の親友が苦しんでいる。なのに、自分には何も出来ない……いや、何かをしようとすればそれが和音を苦しめる事になってしまう。
だから……何も出来ない?
(ううん。違う……)
響はゆっくりと立ち上がり、両手を口の左右にそえた。
(今のわたしにだって、和音を、応援する事くらいは…………出来る!)
すぅっ、と大きく息を吸い、そして響は叫んだ。
「フレー! フレー! アリア学園!」
突如としておかしな格好をした人が大声を張り上げて応援を開始した事に、周囲の人間はあっけに取られた。
しかし、周囲の目など気にせず必死に声を出す“響”の姿を見て、奏と聖歌、そしてこっそりハミィも一緒に、続いて声を出す。
「「「「フレー! フレー! アリア学園!」」」」
その声に同調する者がだんだんと増えていき、その応援の声も大きくなる。
皆、アリア学園女子サッカー部を応援に来た人々。この嫌な空気を払拭したいという気持ちは同じで、それを行動に変えるきっかけを響が与えたのだった。
「みんな! 音楽の町、かのん町住人の力を見せてやろう! 声を合わせて! せ~の!」
「「「「フレー! フレー! アリア学園!」」」」
響の指示によりぴたりと合わさった人々の声は一つの合唱へと代わり、その力を何倍にも高めて周囲に音を響かせた。
「ちっ、生意気にもあんな応援を……こっちも負けてられないわ、フレー! フレー! ミナモ学園!」
負けじとセイレーンが声を張り上げるが、綺麗にハモって力を何倍にも高めているアリア学園側の応援に一人の応援でかなう訳もなく、その声はかき消された。
---
「「「「フレー! フレー! アリア学園!」」」」
「……あたし達に向けて、あんなに応援してくれてる……」
マナやカナを始め、女子サッカー部の面々がその光景に驚く。
和音は感じていた。その応援の中心に、“響”の声がある事に。
(響…………ありがとう)
アリア学園のみんなの声に、響の声に後押しされた和音は決意を固め、マナやカナ、部員達に向き直る。
「みんな、あの声援に答えよう! ……確かに、このフォーメーションはまだ慣れてないから不安に感じるかもしれないけど、わたし、マナやカナの力を信じてる! だから、このポジショニングでわたし達はもっと強くなれると思った! マナとカナも、この試合の間だけでもいいから、わたしの事を……信じて!」
「和音……」
「……そこまで言われて、出来ませんなんて言える訳ないか」
マナとカナが頷き合い、他の部員達も同じ様に首を縦に振る。今の彼女たちには、先ほどのような不安や焦りに呑まれた表情は無かった。
「ポジションはこのままで! ……それでいいですよね、部長?」
「……当たり前だ。このポジションで行ける、って和音の考えを信じたから、私はこのフォーメーションにするのを許したんだから。……みんな、後半戦、気合い入れて行くよ!」
「「「「おおーーーーーっ!」」」」
---
後半戦。
一点リードという余裕のあるミナモ学園は、アリア学園側の応援の声などものともせず、強気の攻めを仕掛けて来た。
しかしそんな攻撃も、観客席からの力強い応援という後押しから来る気迫と集中力によって跳ねのけ、アリア学園側のディフェンダーが相手のボールを弾き飛ばす。
そのこぼれ球を拾ったのは和音。カウンターのチャンス、奇しくも前半戦に点を取られた時と同じ状況になった。
それは見ている人間も気づいており、応援席の人々にも緊張が走る。響も、応援は続けながらも、心の中で強く、強く願った。
(…………和音!)
---
和音は前を見据える。やはり前方の状況も先ほどと同じで、マナにもカナにも既にマークが付いている。
状況を判断するまでの一瞬の間に、和音はカナと視線が合い、和音は相手と通じ合ったように感じた。
……いや、本当に一瞬の出来事だったので、実際に目が合ったかどうかは分からない。しかし、和音は“その感覚”を信じる事に決めた。
「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
和音の蹴ったボールは、前半戦の時と同じように、カナと彼女をマークする相手選手の1メートル横をすり抜けた。
……が、前半と大きく違っていたのは、そのボールに、和音が蹴ったその瞬間からカナが真っ先に反応し、マークしていた選手が抑える間もなく走り出していた所だ。
タイミング良く飛び出したカナは相手ディフェンダーに追いつかれる間もなくボールを奪取し、そのまま相手ゴールへ向かい、シュートを放った。しかし、そのボールは惜しい所でキーパーに弾かれてしまう。
その一連の流れに、観客席のスイーツ部員達が声を上げた。
「あ~! 今の惜しかったな~!」
「でも、通ったからいいけど、和音ってばまたあんなパスミスして……」
こちら側のチャンスが流れたものと思ってあれこれ言っているスイーツ部員達の横で、奏と聖歌は冷静に状況を見ていた。
「違う……和音は最初からああいうパスをするつもりだったんだ……!」
「……それに、チャンスはまだ終わって無いわ!」
「行け行けニャー!」
キーパーの弾いたボールに向け、パスすると同時に走り込んでいた和音が急接近する。マナやカナ、それぞれにマークを付けた相手チームの選手も集まり、ゴール前に選手が密集状態となる。
和音はそのままシュート体勢に入れる位置に居たが、そこでの和音の行動はシュートでは無かった。
和音は弾かれたボールのバウンドを利用してボールを宙に蹴り上げただけだったのだ。一見するとキックミスにしか見えない和音の動きに反応した敵キーパーはバランスを崩しており、そのタイミングで浮き球に食いつくように飛び込んで来たのはマナだった。
「入れぇぇぇぇっ!」
飛び上がったマナが相手選手を抑えてヘディングを決め、勢いよく飛んでいくボールはがら空きのゴールネットに突き刺さった。
……一瞬の静寂。
「「「「やったぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」」
一斉に盛り上がる観客、そしてその歓声の輪の中で腕を振り上げるアリア学園の女子サッカー部。
「やった、やったニャー! 和音もみんなも凄いニャー!」
「あの流れるような動き……和音、最初からこういう展開になる事が分かっていたみたい……」
「和音のやりたい事って、もしかして……」
聖歌と奏は、和音がこの試合でやらんとしていた事に、少しずつ気づき始めていた。
「ぐ、ぐぐ……一点追い付かれたからって何よ、また突き放せばいい事だわ! おらー! アンタ達シャキっとしなさい! フレー! フレー! ミナモ学園!」
「「「フレー、フレー、ミナモ学園~」」」
後半入っての切り替えしによる一失点にミナモ学園チームのムードがローテンションになる中、唯一観客席のセイレーンのみがハイテンションに応援を続けていたが、試合再開からの展開は彼女の望んだ物にはならなかった。
ミナモ学園の攻撃を勢いに乗るアリア学園のディフェンダーがカットし、再び和音へとボールが渡された。
(今度は……こっちだ!)
今度の和音のパスはマナに向けてのもの。マナは即座にそのパスに反応するが、そのパスの通った先は敵のディフェンダーとかち合う位置。
しかし、マナは相手ディフェンダーを押し退けるような形で再び落下ボールに飛び込んでヘディングシュートを放った。
さすがに位置が遠すぎるシュートで、敵のキーパーによってボールは弾かれ、ヘディングの勢いで地面に倒れたマナだったが、地面に落ちた際の痛みなど全く気にしていない様子で顔を上げ、悔しそうな顔をする。
「ああもうっ、もう一発決めるつもりだったのに!」
……その頃には、敵方のミナモ学園の選手全員が気づいていた。二度に渡る決定的なシュートチャンスを生んだキラーパス。それを放った和音。
最初のミスなど問題にならない。
“こいつにボールを持たせるのは危険”なのだと。
---
「ひぇ~、またギリギリのパス! 和音ってばちょっと無茶苦茶じゃない?」
「でも、和音のあのパスのおかげで、さっきも点を取れたんだよ!」
和音の行動、働きに懐疑的だったアリア学園応援席の面々も、少しづつその認識を改めていく。
奏達は、その周囲の空気の変化を感じ取りながら、同時にフィールドの外の観客席にいるからこそ見える“大きな試合の流れ”を見て取っていた。
「……いつの間にか、試合全体が和音を中心に動いているみたい」
その奏の言葉は真実だった。
味方側は和音の動きによって攻撃、防御のはっきりとした切り替えを行なっており、敵側は和音の動きによって揺さぶられ、防御を危うくされている。
直接的に防御や攻撃を行なっているのは和音ではなかったが、この試合を支配しているのは間違いなく和音だった。
「相手チーム、和音の動きやパスに警戒してる!」
「でも、パスばかりに気を取られるようになれば……」
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再度ボールを持った和音に素早く相手選手が立ちはだかる。しかし和音は、その相手選手に生まれている隙を一瞬にして見抜いていた。
和音を目の前にディフェンスをしながら、その意識が和音に集中出来ていない。『和音がどこに向けてパスをするのか?』そればかりを気にして、視線が定まっていない。
(……これなら行ける!)
和音は一瞬ボールを蹴り飛ばすような動きでフェイントを入れ、相手選手の意識が完全にパスへと向いた瞬間に素早くすり抜け、相手ゴールへ向けて走りだした。
まずい、と相手チーム全体が反応する。その反応こそが、和音の待っていたものだとも知らずに。
自分に向け走りこんで来た別の相手ディフェンダーをすり抜けるように、和音は斜め前方へ向けてパスを出す。ディフェンダーをすり抜けて転がっていったボールの先に、反応してしまったディフェンダーが直前までマークしていた選手、カナが走りこんでいた。
一瞬の出来事。
鋭いパスで味方の攻撃を組み立てていた和音が、今度は自分で切り込んで来る、という動きに驚いて相手選手が一斉に反応してしまったその一瞬。和音のパスからのダイレクトシュートで、カナは敵ゴールにボールを叩きこんでいた。
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 逆転だぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」
逆転の一撃に、前回以上に観客と選手達は湧き上がる。
---
「……そうか!」
歓声の中、自らも声を上げていた奏が、突然ハッと表情を変えた。膝の上に乗っていたハミィと聖歌の視線が奏に集まる。
「分かった、和音が今日の試合でやろうとしていた事……和音は自分で点を取りに切りこんで行くんじゃなくて、必ず仲間へ繋ぐ動きをしていた。……和音は今までずっと、響の滅茶苦茶なプレイをフォローして来たから、他人の動きに合わせるのが凄く上手いんだ!」
(……えっ、なに、滅茶苦茶な、って……)
歓声の中、奏達の言葉を盗み聞いていた響が、えっ、と顔を向けるが、構わずに聖歌が続ける。
「周りの人をフォローする動き……和音は元々、響みたいにボールにかじりつくようなプレイスタイルは合わなかったって事ね」
(かじりつくって、聖歌先輩まで……二人とも、わたしが聞いていないと思って好き放題言ってぇ~……)
実際には響が聞いている事を知って話している奏達であった。
「和音にしかない、和音だけの良さって事だニャ!」
「うん、自分がどんどん前に行って仲間を引っ張るんじゃなくて、一歩引いた所からみんなを押し上げていく……これが和音のやろうとした事だったんだ」
「……和音、本当の意味で、自分を活かせる場所を見つけたのね」
---
(……やっぱり、思った通りだ)
ゆっくりと自軍陣地に戻りながら、同じく自軍陣地に引き返して来るマナとカナの動きを和音はつぶさに観察する。
「カナ、や~るじゃん! あのタイミングで間に合うなんて! 普段から走りこみをしっかりやっていたおかげだね!」
「うん、どうなるかと思ったけど、信じて走ってよかった!……まだちょっと、胸がドキドキしてるよ~」
「ちぇっ、あたしもさっきのヘディングバッチリ決めるつもりだったのにな!……あ、でも、そっか。カナと私がシュート決められたのも……お~い、和音!」
マナとカナが足を早めて和音の横に並ぶ。
「和音、ありがとう! あたしがシュート決められたの、和音のおかげだもんね!」
「あたしも……和音を信じて良かった。ありがとう」
「ううん、二人の力があったから、ゴール出来たんだよ。わたしの方こそ……ありがとう」
二人の言葉に笑顔で応えながら、和音はカナの顔を見て考える。
(カナは少し引っ込み思案な所があるけど、ダッシュ力はバツグンで、ここだと一度決めたらその足を活かして全力で走り込んで来る)
次に、マナの顔を見て考える。
(マナは響との実力差を見せつけられすぎたせいで裏方に回ろうとしていた所があったけど、本当は自分がシュート決めたくて仕方がないタイプ。ここぞ、ってタイミングがあったら必ず飛びついてくれる)
(わたし一人じゃ出来なかった。サッカー部の皆がいてくれたから出来たんだ……)
和音は改めて、自分のチームメイト達と、フィールドの外から自分を後押ししてくれた大切な親友に感謝した。
(ありがとう、みんな。ありがとう、響…………)
---
自分達の元へ帰って来る笑顔の三人を部長のハルナが満足げな表情で見つめていた。彼女の脳裏に思い出されるのは、数日前の、今回のフォーメーションに変更する事を提案して来た和音の姿。
ハルナは、最初は他の部員同様、大事な試合の数日前にフォーメーション変更するなど考えられないと思ってたし、ついこの前正式な部員として参加した和音の言葉をそのまま受け入れるのは抵抗もあった。
しかし、和音のその提案は『自分』ではなく、『自分達』がもっと強く、輝くための提案だという事を必死で訴えられ、それを語る和音の真っ直ぐな気持ちの伝わってくる瞳を見て、ハルナは和音の案を通す事に決めた。
一方で、和音の案で挑んだこの試合で、何の結果も出せなかったのなら、入ったばかりで大それた提案をした和音の部活内での立場は悪くなるだろうし、何より和音自身の心が挫けてしまう可能性もある。
その懸念をハルナから説明を受けても尚、和音はこの案を通したいと言ったのだ。
(和音ほどの運動神経があったら、点取り屋として活躍する事だって出来ただろうにね)
前線の一番目立つ位置に自分を押しやろうとする皆の声に反発する形となった和音の提案。しかしそれは、自分を日陰者にするような、控えめな提案とはまるで違っていたのだった。
(パスワークで皆の実力を活かし、輝かせ、そして自分自身をも輝かせる……大したもんだよ、和音)
ハルナは観客席の方を見た。
(これは、あんたには出来ない芸当だね、響)
ハルナも和音ほどでは無かったものの、観戦席からの応援の中に“響の気配”を感じ取っていた。……いや、今回のこの試合を、響が見に来ないはずがないと、ハルナには最初から分かっていたのだ。
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観戦席の響は、目を潤ませながらも、その表情はほころんでいた。自分自身の持ち味を活かし、試合の中で輝いてプレイする和音の姿を見て、響は心の底から喜んでいたのだ。
チームプレイを意識し、全体を見通しながらプレイするようになった今の響でも、一番に力を発揮できるのは最前列。試合の“主役”として自分の実力を遺憾なく発揮し、それがチームを盛り上げる結果となる……それが響。
そんな響と同じ事は――“響の代わり”は、和音には出来なかった。
しかし、今の和音が見せた動き、チームの中央から、周りのみんなを支え、持ち上げていく動き。チームの『土台』となる働き。これはおそらく、響には出来ない事。
和音にしか出来ない、和音だけのプレイ。
響とは違う、和音だけが持つ価値。
それを、和音は自らの力で見つけだしたのだった。
(すごい……すごいよ、和音……!)
響の胸を込み上げてくる熱い気持ち。それは和音と一緒にスポーツをしている時に感じるものと似ていて、そしてそれ以上に熱く燃えたぎるような感情だった。
和音と響は今は離れた場所にいる。一緒にスポーツをしてもいない。
しかし、その二人の心の結びつきは、これまでより確かなものとなっているようだった。
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アリア学園の後半からの信じられないような勢いの追い上げに押し切られ、逆転されたミナモ学園側の選手は、最初の勢いから一転して覇気を失いつつあった。
しかし、そんな選手達の背を叩くように、観客席から怒声が上がった。
「こらーーーーっ! アンタ達、何負けムードになってんのよ! 試合はまだ終わってないわよ!」
必死になって声を張り上げている横で、バリトンが遠慮がちに声をかける。
「お言葉ですがセイレーン様、この試合、勢いは相手のものです。もう逆転は無理かと……」
「なんですってぇ!?」
セイレーンの憤怒の表情に怯みつつも、バスドラとファルセットが続く。
「もう時間の無駄ですから撤収した方がいいんじゃないですかぁ?」
「そうそう、せめてこの後の時間を音符探しにでも費やした方が……」
「このヘタレどもが! あたしが応援するチームが負けて終わるなんて、そんな事は許されないのよ!……フレーフレー! ミナモ学園! まだまだ時間は残ってるわ、ここから逆転よ~!」
そのセイレーンの応援の言葉は、酷く自己中心的な感情から来るものだったのだが、事情を知らないミナモ学園の生徒には純粋に応援の声と受け止められた。
その後の試合展開の間も、アリア学園側の声の揃った応援は続いていたが、それに対し一人で必死に対抗するセイレーンの姿に引っ張られてなのか、ミナモ学園側の応援席も、いつの間にかセイレーンを中心とした応援の声一色となっており、グラウンド内は中学生の対抗試合とは思えないほどの盛り上がりを見せていた。
「「「「フレー! フレー! アリア学園!」」」」
「「「「フレー! フレー! ミナモ学園!」」」」
その応援の声に突き動かされ、アリア学園のチームも、ミナモ学園のチームも、互いに一進一退の攻防を見せる。
和音を中心としたアリア学園の波状攻撃に翻弄されていたのは変わらないミナモ学園だったが、その攻撃を紙一重の所で抑え、反撃からの攻撃チャンスも何度か作った。
選手達も、観客も、みんながみんな全力を出し尽くし、熱い熱気に包まれたまま…………その試合は終了となった。
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「やったぁぁぁぁぁ! 勝ったぁぁぁぁぁ!」
結果は2ー1でアリア学園の勝利となったが、ミナモ学園側の選手も顔を伏せる事なく、清々しい表情をしていた。どちらともなく差し出した手に相手が応え、アリア学園とミナモ学園、互いが互いの健闘を称え合う。
観客席からは、自然と拍手が上がっていた。
そして、そんな拍手の渦の中、一人サングラスを取って、潤んだ瞳で選手達を見つめている者が一人……セイレーン。
「お互いが全力を出し合う、悔いの残らない、本当に素晴らしい感動的な試合だった…………ってそんなんで納得出来るか!」
セイレーンはサングラスを地面に叩きつけた。
「あんのバカ共~! あたしがせっかく応援してやったのに! 勝たなきゃ何の意味も無いのよ!」
握りしめた拳を震わせるセイレーンは、キッと反対側の観客席に居るハミィの方を睨み付ける。そんなハミィの視界には、セイレーンが同じタイミングで発見していた“あるもの”が写っていた。
「あっ、音符だニャ!」
「えっ、音符!?」
「どこにあるの?」
伝説の楽譜を完成させるために必要な、かのん町に潜む音符。その一つが、試合を終えてグラウンド中央に集まっている選手の一人が持っているボールに潜り込んでいた。
隠れ潜んでいる音符はハミィ達音楽の国の出身の者にしか見る事は出来ない。
「やったニャ! きっとみんなの声を合わせた応援合唱に引き寄せられたんだニャ! ニャップニャ……」
「待ちなさい!」
ハミィがいつものように両前足を合わせて音符を呼び出そうとしたその時、ハミィの……正確にはハミィがその身を置いている膝の持ち主、奏の前に立ちはだかる者がいた。
「あっ、あなたはあっちの応援団長……じゃなくてセイレーン!?」
「応援合戦に負けて、その上音符まで取られてなるもんですか!」
何故セイレーンが相手チームの応援を? などと一同が考える間もなく、セイレーンは応援団の衣装を脱ぎ捨てると同時に猫の姿へと変身し、そして叫ぶ。
「いでよ! ネガトーーーーーーーン!!!」
セイレーンの声を受け、音符に邪悪な音の力が宿る。
音符の潜り込んでいたサッカーボールに赤黒い稲妻のような光が走ったかと思うと、その場にはサッカーボールから骨の手足が生えたような姿をした怪物、『ネガトーン』が誕生していた。
「なっ!? ネガトーン!?」
フィールド内でネガトーンの誕生を目の当たりにした和音は驚き、周囲の選手達もその存在に気づき、慌ててその場から散っていく。
「さぁ、ネガトーン! ここに居る連中全員、不幸のどん底に突き落としておやり!」
「ネ~~~~~~ガ、トッ……!?」
セイレーンの指示を受け、人々の心を悲しみに包む『悲しみの音』を周囲に放とうとしたネガトーンだったが、その行動は飛び込んで来た別のサッカーボールの命中によって中断された。
セイレーンや奏達が驚いてボールの飛んできた方角を見ると、そこには鼻眼鏡やカツラの変装衣装を脱ぎ捨て、片足でボールをキープしながら挑戦的な表情でネガトーンを見据える響の姿があった。
「奏、聖歌先輩! ここはわたしと和音に任せて、みんなを避難させて!」
「響……ええ、分かったわ! みんな、早く逃げて!」
響の言葉に迷い無く答え、スイーツ部の面々を初めとする観客達の避難誘導を開始する奏。二人の間で完璧な意志疎通が出来た上での、流れるような行動であるかのように見えたが、響はそこに少々腑に落ちない所があったようで、くるっと奏の方を振り返る。
「あれ……奏、わたしがここに居る事、驚かないの?」
「さぁみんな、急いで!」
「えっと、聖歌先輩も……ちょっとー?」
今度の響の言葉には反応する事も無く、奏と聖歌はさっさと人々を連れて去って行く。一人寂しく取り残される響ではあったが、今はそんな事をいちいち気にしている時ではない。響は再び動き出そうとしていたネガトーンに再びサッカーボールをお見舞いすると、今度は自分自身がネガトーンの前へと躍り出た。
フィールド上に居た選手達は響の時間稼ぎの間に逃げ延びたようで、集団から上手く抜け出して来たのだろう、戻って来た和音が、響と共にネガトーンの前に並び立つ。
二人は視線と言葉を交わす。
「和音!」
「響!」
「みんなが全力を出して戦った最高の試合を」
「最後の最後で滅茶苦茶にするなんて……」
「「絶対に許せない!」」
「ドドッ!」「ララッ!」
二人はハモった言葉と共にキュアモジューレを突き出し、そこにフェアリートーンのドリーとラリーが合体する。
「「レッツプレイ! プリキュア・モジュレーション!」」
キュアモジューレから放たれた光に響と和音が包まれ、その光が晴れる頃には二人の姿は伝説の戦士“プリキュア”のものへと変わっていた。
「爪弾くは荒ぶる調べ! キュアメロディ!」
「爪弾くはほとばしる調べ! キュアビート!」
「「届け! 二人の組曲! スイートプリキュア!」」
変身完了して並んで口上を決める二人。ネガトーンに立ちはだかる二人の戦士の姿を見て、トリオ・ザ・マイナーに動揺が走る。
「あわわ、やっぱり出て来ちゃいましたよ!?」
「ああ、いつものパターンだぁぁ~~~!」
「どうするんですか、セイレーン様!」
バリトン、ファルセット、バスドラ三名が慌てふためく姿を見せている横で、セイレーンは不敵な笑みを見せていた。
(フン、なんで響がここに居たのかは分からないけど、これは好都合ってもんだわ)
セイレーンはネガトーンと睨み合うメロディとビートの二人に向け、嫌みったらしく言葉を放った。
「フフフ、あ~ら和音、良かったわねぇ? 響をチームから追い出したおかげで今日の試合、大活躍する事が出来て。……響、和音はもうあんたなんか邪魔でいらないってさ? これでもう、サッカー部の連中を踏み台にして活躍する事も出来ないわねぇ?」
セイレーンの言葉を聞いて反論するでもなく、メロディとビートは黙ってセイレーンとネガトーンの姿を睨み付けていた。一方でセイレーンは余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
(ハン、いつもベタベタして仲良さそうにしていても、結局は皆同じ。自分が一番になりたくて仕方が無いのよ。勝つか負けるか、それが全て……)
メロディとビートは何も言わず、お互いの顔を見合わせると、うん、と一回頷き合い、ネガトーンへ向けて駆け出した。その二人の動作を一瞬不思議に思うセイレーンではあったが、その余裕の表情が崩れる事は無かった。
「今のあの二人にハーモニーパワーなんて生まれるはずがないわ! ネガトーン、叩き潰しなさい!」
走り寄る二人に向け、ネガトーンが振り上げた拳を叩き込む。拳の一撃による衝撃で周囲に土煙が上がり、セイレーンはこの戦いの勝利を確信する。
「アハハ、やったわ! このまま残りの二人も……えっ!?」
土煙が晴れた後に見えたのは、ネガトーンの拳に叩き潰されるメロディ達の姿では無かった。ネガトーンの拳は地面よりも高い位置で静止しており、その攻撃はメロディ達の周囲に張り巡らされた青い透明の膜に受け止められていた。
「ビートバリア!」
キュアビートが専用武器である『ラブギターロッド』を出現させ、その力によりバリアを発生させたのだ。
メロディを庇うように立つビートがビィン、と一回弦を引き鳴らすと、二人を囲うバリアは弾け飛び、ネガトーンの拳も弾かれる。と同時に、ビートの後ろに控えていたメロディが飛び出してネガトーンの懐に潜り込み、そのまま両拳の乱打を浴びせかける。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ネッ、ネッ、ネガッ…………!?」
ネガトーンが一方的に押される状況に、今度ばかりはセイレーンも冷静ではいられなかった。
「な、何してるの! そんな奴握り潰してしまいなさい!」
セイレーンからの声を受け、ネガトーンは両腕で懐のメロディを掴み取ろうとする。しかしそれより早くビートが動いていた。
「ビート……ソニック!」
ビートが再びラブギターロッドを弾き鳴らすと、今度はビートの周囲に青色の音符の形をした光の矢が出現し、一斉にネガトーンに向け飛んでいった。二手に分かれた光の矢はネガトーンの両腕を射抜き、その衝撃でよろけたネガトーンをメロディは思いっきり蹴り飛ばす。
「ネッ、ネ~ガ~~~~!?」
ボールの体をしたネガトーンは地面をゴロゴロと転げていく。
「なっ、あいつらなんであんな……まるで示し合わせたようなコンビネーションを……!?」
慌てふためくセイレーンを余所に、メロディとビートは華麗なコンビネーションでネガトーンを追いつめていく。二人は、最初に目を合わせて頷き合った後は、一度も顔も合わせず言葉も交わしていない。
しかしその二人の攻撃は一糸乱れぬ完璧な動きであった。
(メロディが前にいるから……!)
(ビートが後ろにいるから……!)
((何も迷わず……戦える!!!))
セイレーンの余裕は脆くも崩れさり、一方のトリオ・ザ・マイナーは、慌てるを通り越して半ば諦めの心境に至っているようだった。
「ああ……やっぱりいつもの流れだ……」
「なんだか悲しくなって参りました……」
「……セイレーン様?」
「ぐ……くく……こうなったら…………」
バスドラからの冷ややかな視線を受けたセイレーンは苦しそうに呻きながらも、尚諦めないという表情を見せた。セイレーンが何を言い出すのかと、小さな期待と大きな不安を抱いてセイレーンを見つめる三人。
「…………応援よ!」
「「「は?」」」
「もうこうなったらヤケよ! アンタ達、死ぬ気でネガトーンを応援しなさい! あたし達の応援で、ここから奇跡の逆転ホームランよ!」
「セイレーン様、それは野球です!」
「なんだっていいっつーの! さぁ、みんなで声を合わせて~、フレー! フレー! ネ・ガ・トーン!」
セイレーンの応援が始まった頃、ネガトーンはメロディとビートの協力攻撃によって仰向けに倒されている所だった。メロディとビートが最後のトドメの動作に移ろうとしたその時。
「ネ~~~~~~ガト~~~~~ン!」
セイレーンの応援に後押しされる形で……なのかどうかは分からなかったが、ネガトーンは勢い良く立ち上がり、がむしゃらにメロディ達へと向かっていく。
「うわっとと、あれだけ攻撃を受けたのに!」
「このネガトーン、かなりタフだね!」
「ほら見なさい! あたしの応援がネガトーンに届いたのよ! さぁ、もっと気合入れて応援するわよ! フレー! フレー! ネ・ガ……」
セイレーンが応援に声を張り上げようと大きく口を開いたその時だった。
「「でやああぁぁぁぁ!」」
空中からの鋭い一撃が、ネガトーンを再び地面に叩き付けた。
ネガトーンを蹴り飛ばした衝撃で宙に舞い上がり、メロディとビートの二人の間に着地したのは、プリキュアの姿に変身した奏と聖歌……つまりキュアリズムとキュアシンフォニーの二人だった。
「「リズム、シンフォニー!」」
「二人とも、お待たせ!」
「さあ、行きましょう!」
応援の声を途中で妨げられたセイレーンは、口をあんぐりと開いたまま固まっていた。
「あ……が、がが…………」
「あ~あ、こりゃコールドゲームかな……」
「セイレーン様も完全に凍り付いてますね」
バスドラとファルセットの言葉。冷めきっているマイナーランド陣営の空気に反して、ネガトーンは戦意を失う事なく立ち上がり咆哮を上げる。
それを見て身構えるメロディ達。迎え撃たんと最初に飛び出したのはシンフォニーとリズムだった。
「相手がサッカーボールなら……私達もサッカーで対抗よ! リズム!」
シンフォニーはネガトーンに急接近すると、若干の弱りを見せているネガトーンのパンチ攻撃を華麗にかわし、キックでその巨体を蹴り飛ばした。ネガトーンの飛んで行った先には、あらかじめ走り込んでいたリズムの姿。
「メロディ! ビート! 後は任せたわよ! せーの、えぇい!」
リズムはネガトーンを飛んで来た勢いのまま空中高く蹴り上げる。そして打ち上がったネガトーンを待ち構えるのは、シンフォニーとリズムの二人の動きに合わせ空中に飛び上がっていたメロディとビート。
二人はそれぞれの片足を後ろに大きく降りかぶると、お互いの足がネガトーンの体の中央で交差するように振り抜いた。
「「プリキュア・ツインハーモニー…………シューーーーーート!」」
二人の息がぴったりなキックによって、ネガトーンの体は勢いよく地面と言う名のゴールに突き刺さった。
「「今だ!」」
「奏でましょう、奇跡のメロディ……ミラクルベルティエ!」
「弾き鳴らせ、魂のビート!……ラブギターロッド!」
地面に着地したメロディとビートは、手のひらに浮かび上がった光の音符から、それぞれの専用武器を出現させる。
「おいで、ミリー!」
「チェンジ! ソウルロッド!……おいで、ソリー!」
ビートはギターのボディ部をスライドさせ、ラブギターロッドを『ソウルロッド』へと変形させる。ミラクルベルティエとソウルロッドのヘッド部にフェアリートーンのミリーとソリーが合体する。
メロディとビートはそれぞれの武器で宙に大きく輪を描き、音の力によって作られた光のリングを作り出す。
「「駆け巡れ! トーンのリング!」」
「プリキュア・ミュージックロンド!」
「プリキュア・ハートフルビート……ロック!」
二人の武器から光のリングが放たれ、縦に並んだ二つのリングはネガトーンを囲う形で静止する。
「「三拍子! いち・にぃ・さん!……フィナーレ!」」
三拍子のリズムによって光のリングに込められた音の力が爆発し、ネガトーンは聖なる音の力の奔流の中で浄化されていく。
「ネガネガ……ネムイネムイ……」
「ニャップニャプー!」
ネガトーンは本来のサッカーボールの姿に戻り、ハミィは歌の妖精の力でボールの内部から音符を飛び出させた。
「ララッ、ラリー!」
ラリーが音符を吸収し、ラリーの喜びの声がネガトーンとプリキュアの戦いの終演を告げる。
「お、おのれプリキュア!」
「今回は負けてしまいましたが……」
「次こそは負けないからな! 覚えてろよ!」
「「「じゃ、そういう事で~~~~~~~」」」
口を開けたまま放心状態となっていたセイレーンをファルセットが素早く抱え上げ、バスドラ、バリトンらと一緒に逃げ口上を行った後去っていった。
プリキュア達四人はにっこりと微笑み合い、メロディとビートは何も言わず、一回ハイタッチを交わした。
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「最後の最後でなぁ~んか大変な事になっちゃったけど、楽しかったね、今日の試合」
「うん、あたしも! ……あたし、もちろんサッカーが好きだからこの部活入ったんだけどさ、なんか……今日みたいな試合を続けられたら、もっともっと、サッカーの事、好きになれそう!」
先頭を歩くマナとカナが、今日の試合の内容の事をしきりに話している。
ネガトーン出現騒ぎが収束し、サッカー部の面々は並んで帰宅路の途に就いていた。最後列にハルナ、和音、響が並び、サッカー部の集団の後ろには奏達スイーツ部の姿もあった。
和音が響に話しかける。
「響、ありがとね。……ちゃんと聞こえたよ。響の応援の声」
「わたしにも届いたよ、今までちゃんと聞こえてなかった、和音の想い。それに……」
響は照れ臭そうに続ける。
「ありがとう、って言うならわたしも。今日の和音の試合を見て、わたし、決めたんだ」
「……え? 決めたって、何を……」
和音が響の言葉を促そうとしたその時。
「あれ? そういえば響、いつの間に来てたの?」
響達の前にいたサッカー部員の一人が何の気なしに言った。それに合わせ、前方を歩く部員達が一斉に響の方を振り向く。
「あ、ああ、ええっと、用事が済んだから急いでグラウンドに来てみたんだけど、もう試合も終わりそうな所でさ~!」
「なーんだ、そうだったんだ」
ドギマギした様子で話す響の言葉を、特に疑うでもなくそのまま納得するサッカー部員達。
「ね、ね、響、また助っ人に来てよ!」
「そうそう、今の私達に響が加われば、まさに鬼に金棒って感じだよ、きっと!」
「あ、ああ、うん。そうだね……」
はしゃいだように言う部員達の言葉に、曖昧に答える響だったが、響はその時既に決めていた。その日、その時の和音との会話では有耶無耶のまま終わってしまった、響のひとつの決意。
――自分はもう、サッカー部の助っ人に入りはしないのだと。
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サッカー部員達は途中でぱらぱらと別れて自宅へと帰っていき、サッカー部員で最後まで残ったのはハルナと和音の二人。ハルナは清々しい表情でしみじみと話し始めた。
「“楽しかった”、だってさ」
突然の言葉に、響と和音は不思議そうにハルナを見つめる。
「マナとカナが言ってたろ、『今日の試合、楽しかった』って。……意外と難しいんだよな。“楽しい試合”って。チーム全員が、となると尚更だ」
「「部長……」」
ハルナの言葉を聞きながら、響と和音は何やら感極まったような表情になっていた。その二人の顔を見て、ハルナがプッと吹き出して肩を小さく上下させる。
「バカ、そんな感動的な話じゃないっての。……私もだ。私も楽しかったんだよ、今日の試合。……ううん、私だけじゃなく、きっと、みんなが楽しかった。……和音、これからもよろしくな」
「……はい、部長!」
言い終えると、ハルナもその場を去っていった。
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「じゃあ行くよ、いち、に、さん、はい!」
奏の声かけにより再び始まった音合わせの演奏は、以前と同じく短いフレーズだけの演奏で、以前と同じく今ひとつまとまりの無い音の集合体だった。
「……ズレとる!」
そして、以前と同じく音吉からの厳しい指摘。演奏をしていた響達も、以前と同じく顔を見合わせて苦笑していた。
「……じゃが」
以前と一つ違っていた事は、音吉の言葉に続きがあった事。
「『土台』がしっかりして来たようじゃな。音に安定感が出て来た」
相変わらずの感情の読めない表情ではあったが、音吉は明確に、ある一人の事を指して言っている。
……和音だ。
「確かに、演奏をしている時はあまり意識していなかったけれど、前より音に落ち着きがあったように思うわ」
「和音のベース、前よりしっかりとしたリズムになってた気がする……」
周囲の皆が感心した様子で和音を見つめ、和音は照れ臭そうに言った。
「サッカーの対抗戦の練習をしながら、開いた時間で自分なりに練習してみたんだ。音吉さんに借りたメトロノームでリズムを刻んで……最初は難しいかな、って思ったけど、だんだんリズムを刻むのが楽しくなって来て」
「うむ、『楽しくなってきた』……というその時の感覚、忘れてはいかんぞ」
「……はい!」
響も口にこそ出していなかったが、演奏の中で和音の刻むリズムの後押しを感じ取っていた。自分も和音も演奏はまだまだだとは思っていたが、演奏する者同士が同じように感じ合う“その感覚”が大事なのだと響は思っていた。
……あの時、音楽への気持ちを再確認したあの時、奏と行った、でたらめなようでいて、互いに支え合うかのように続いたあの演奏。その時、響の心の中で生まれた不思議な“白い世界”の感覚。
あの中を、この四人でなら、一緒に歩いて行く事が出来るのではないかと、響はそう感じ始めていた。
「響、もう一度やろう!」
「…………うん、和音!」
四人の演奏は続く。……いや、ここから本当の演奏が“始まる”のかもしれない。
つづく