スイートプリキュア♪ -ArrangeScore-   作:おとともの

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ep5.「ギ・ギ・ギ!? 不協和音は終焉の兆しニャ!」

「ネーーーガトーーーーーーーーーーーン!」

 

雄叫びを上げる乾電池型のネガトーンを前に並び立つ四人のプリキュア。その中で、最初に行動を起こそうと声を出したのはキュアビートだった。

 

「先手必勝! 一気にやっつけちゃおうメロディ!」

 

「よ~し、わかった!」

 

その声に相棒であるキュアメロディも応え、二人はネガトーンへと走り出そうとする。

 

「待って! あのネガトーン、さっきから動きが見えないわ! うかつに飛び込むのは危険よ!」

 

「シンフォニーの言う通りよ、二人ともここは待って!」

 

「で、でも…………」

 

キュアシンフォニーとキュアリズム、二人の声がビートらの足を止めた。しかし、メロディとビートがどうするべきかと迷っているその間に、動きの無かったネガトーンの方が逆にプリキュアへ向けのっしのっしと歩き出す。

 

「あれっ、動き出した?」

 

「ほら、今度はあっちの方からやってきた! 行こう、メロディ!」

 

「……オッケー!」

 

「あ、待って!」

 

今度はシンフォニーの制止も聞かず、二人でネガトーンを迎え撃ちに行くメロディとビート。

 

二人は同時に飛び上がり、空中から繰り出される鋭いキックの一撃がネガトーンに炸裂した。……のだが。

 

「だああぁぁぁぁ、あっ!?…………だだだだだだだだ!?」

 

「しびれびれれれれれれれ!?」

 

乾電池の体を持つネガトーンの体表には電気が流れており、攻撃をヒットさせた二人の方が逆に電撃のダメージを受けてしまった。相手が最初動きを見せなかったのも、体内に電気エネルギーを蓄えていたがためだったのだ。

 

「チューニング1! ブラストトランパー!」

 

シンフォニーの構えるシャイニングトランパーから放たれた虹色の旋風がネガトーンを吹き飛ばし、メロディとビートを電気の束縛から救い出す。力無く落下した二人を、リズムとシンフォニーがそれぞれキャッチした。

 

「ビート、あまり無茶をしては駄目よ」

 

「うぅぅ…………はい」

 

電撃のダメージで少々焼け焦げている上に、体の痺れのせいで手足が妙な向きで固まっているビートの身を起こしながら、変わらず冷静な態度で、シンフォニーはビートをたしなめるような事を言う。

 

「シンフォニー…………ホント、呆れるほど冷静ですね」

 

「えっ、何か言った?」

 

「いや、別に」

 

自分の失敗の気恥ずかしさからばつの悪そうな表情をしているビートの漏らした、言葉の通りの呆れたような一言には、シンフォニーは気づかなかった様子だ。

 

その日の戦いも、シンフォニーの冷静かつ的確な指示によって、プリキュアはネガトーンに勝利を収めたのだった。

 

 

--

 

 

美しい旋律が流れている。

メイジャーランド宮殿内の大音楽堂で、女王アフロディテの指揮の下、合奏が行われていた。

 

その中には地上――つまり、響達の住む世界――の住民がよく見知った『人間』の姿をしたフルート吹きもいれば、頭部のみが犬のそれと入れ替わったような半獣半人(地上の人間を基準にした場合の表現だ)のホルン吹きもおり、更には自らの“手”で握った弓によって、自分の“体”に張られた弦を弾き鳴らしている『生きたヴァイオリン』までいた。

 

地上の人間からすれば一種異様な光景……その音楽堂には様々な種族が一同に会し、一つの音楽を奏でていたのだった。

 

「…………皆さん、今日もとても素晴らしい演奏でした」

 

「しかし、相変わらず音の歪みは変わり無しですな。まだまだ……あの力の影響が残り続けているという事なのでしょう」

 

演奏を終えて一呼吸置き、演奏家達の中心に居るアフロディテが周囲を見渡しながら言葉を発すると、奏者の一人、犬頭の男(?)が威厳のある声で言った。

 

その言葉に、演奏者達がお互いの視線を交わし会う。犬頭の男が言う“あの力”の意味を、その場にいる全員が理解していた。

 

一人の女性――この人物は、地上の住人のよく知る“人間”の姿をしていた――がぽつりとつぶやく。

 

「……破壊の音」

 

「我々が何度となく繰り返している演奏によっても、あの破壊の音によって生まれた音の歪みは除去出来ておらん」

 

髭を生やした“ヴァイオリン”が続いて言う。初老の男性……なのだろうか。

 

「何より、今年はまだ『幸福(しあわせ)のメロディ』が歌われておりませぬ」

 

「それもこれも、あのメフィストの奴めが! なんという事をしてくれたのだ!」

 

「…………」

 

次にホルンの体を持った女性(?)、そして恰幅のいい中年男性が続けざまに言う。

 

男の口にした“メフィスト”という名に、今まで表情を変えず静かに皆の声を聞いていたアフロディテの顔が少し曇る。

 

「伝説の楽譜を奪って不幸のメロディを歌わせようとするなど……なんたる不徳!なん何たる蛮行!」

 

「ヒーリングチェストを奴が奪った時点で、もっと手厳しく追及していれば……アフロディテ様、奴の居場所は、未だに?」

 

「……ええ、私の部下が調査を続けていますが、あの男が居城にしているという『マイナーランド』の場所は、未だに掴めていません」

 

アフロディテの言葉に、演奏家達の間に落胆の混じったざわめきが広がる。

 

『ヒーリングチェスト』とはメイジャーランドに伝わる、大精霊『クレッシェンドトーン』の宿る至宝の事だ。メフィストはそれを盗み出して姿を消し、更に大音楽会に乱入して伝説の楽譜をも奪い去った。

 

メイジャーランドの二つの宝を奪い取った許されざる存在。メフィストに対する怒りの籠った侮辱の言葉が様々な方向から飛び交う。

 

アフロディテはそんな罵声の渦の中、目を伏せて黙っていた。

 

「許せません、破壊の音などというものまで持ち出して! 世界のメロディは滅茶苦茶です! この上もし不幸のメロディまで歌われるような事があれば……」

 

「プリキュア達の活躍は皆の耳にも届いているはず。彼女達が居る限りは大丈夫です」

 

アフロディテのその一言は、穏やかなものではあったが、同時に一方的に切り捨てるかのような鋭さを持ったものだった。

 

しかし、怯まずにそれに異を唱える者も。

 

「ですが、プリキュアのうち二人は、操られていたとはいえ破壊の音を使った張本人。どこまで信用できる事か……」

 

長い顎髭を生やした男性の悲観的な言葉に、今度はアフロディテもすぐには言葉を返せなかった。

 

破壊の音を扱った二人――西島和音と東山聖歌が操られていた時の事――プリキュアの持つ強大な音の力が悪用された場合の危険性を示したあの事件は、アフロディテ自身にとっても簡単に頭から振り払う事の出来ないものだった。

 

「私は……信じています。彼女達の、“調和の心”を」

 

 

---

 

 

白い靄がかかったようにぼやけた世界の中に、響は居た。

 

居た……という表現も妥当なのかどうか分からない。

 

響の視界は宙から室内を見下ろしたような状態だったのだが、視点をどんな風に動かしても、自分の体の一部すらも視界に入れる事が出来ないのだ。宙に浮かび、見えない体……まるで自分が幽霊になったかのような気分で響は世界を見下ろしていた。

 

これは夢だ……と曖昧な意識の中で響は結論づけた。しかしそれが夢だと気づいたからといって何かが出来る訳でもない。

 

体の感覚も頭の中も、ただひたすらぼやけていて、はっきりした感覚が何も無い。夢だと気づけたのが不思議なくらいだ、と響は思った。

 

ふと、ぼやけた視界の中に、最初は曖昧なシルエットのように、そこから徐々にはっきりとした形となって浮かび上がってくる存在があった。

 

響の目の前に現れたのは……響自身、それも幼い頃の響だ。

 

“小さな方の響”はピアノに向かって――ピアノが置いてあるのは、“しらべの館”のように思えた――演奏をしている。

 

あまり上手な演奏ではなく、夢の中にいる小さな響本人もそれが分かっているようで、不満げな、苛立ったような表情を浮かべている。

 

そんな時、“小さな響”の横から、鍵盤を指差す手が入って来た。夢の中の響は、その手の主から演奏の仕方について指導を受けている様子だ。

 

しかし、夢の世界を眺めている方の響は……その手の人物が誰なのか、分からなかった。靄のかかった世界にかろうじて浮かぶ映像の中には、その人物の腕しか入っていない。

 

その腕は大人の、それもおそらく男性のものに見えたが、自分の父、北条団のそれとも違う。

 

そもそもここはしらべの館のはず。響は父と一緒にここに来た覚えもないし、しらべの館で父に指導されたとも思えない。ならば……しらべの館という事を考えると相手は音吉さんだろうか? 響がそんな風に思っていると、ぼやけた夢の映像が少しずつ霧散していく。

 

フェードアウトする夢と反比例するように響の頭の中で大きくなっていくのは、彼女を呼ぶ誰かの声……

 

 

---

 

 

「………………びき! ……響! 起きて!」

 

「ん、うぅ~~ん?」

 

夢の世界が消え、代わりに現実世界での意識が覚醒し始めると、響は椅子に座った状態で首をかくんと下に向けて眠っていた自分に気づく。声と共に体を揺さぶってくる誰かに対して若干の煩わしさを感じながら響が首を起こすと、横目に見えたのは南野奏の姿だった。

 

ここはしらべの館で、彼女が座っていたのはピアノの鍵盤の前。両手の指は鍵盤にかかったままで、響はちょうどピアノの演奏をする体勢で眠りこけていたのだった。

 

「……んにゃ……奏? ああ、おはよ……ふぁぁぁぁ~……」

 

寝ぼけ眼で奏に挨拶を……しようとした所で、響は大口を開けて欠伸をした。

 

「んもう、こんな所で寝てたら風邪引くよ?」

 

「いや、なんか今日は凄く早く目が覚めちゃってさ、先に来て練習してようと思ったんだけど、そのうちに眠くなっちゃって……」

 

「まったく、慣れない早起きなんてするから……」

 

やれやれ、と肩をすくめる奏ではあったが、響の行動に完全に呆れているという様子でもなく、むしろその表情にはどこか嬉しそうな所もあった。

 

「……ま、それはいいんだけど……」

 

「……ん?」

 

奏が響の目線の下を指差す。

 

「……響、ピアノによだれ垂らしてる」

 

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

奏に指摘された先、ピアノの鍵盤には小さな水溜りが出来上がっていた。響は大声を上げて大慌てでハンカチを取り出すと、必死になってその汚れをぬぐい取る。

 

よだれを綺麗にふき取り、ピアノをあやすかのように手でなでていると、響の頭の中に、目覚めると同時に頭から消え去っていたある情景が浮かび上がって来た。しらべの館、ピアノを前にして座っている自分。同じだ、と響は思った。そう、まどろみの中で見た夢の世界の光景……

 

「ねぇ奏、わたし達って昔っからこのしらべの館で一緒に遊んでたよね?」

 

「うん? ……そうね、ここで一緒にレコードを聞いたり、歌を歌ったり、ピアノを弾いたり…………そんな風に遊んでたと思う」

 

レコードの件については今更言うまでもない。幼い頃、このしらべの館で聴いていた一枚のレコードは二人の思い出の品となっており、それは、喧嘩ばかりの仲になっていた二人が一緒にプリキュアとして戦うきっかけとなったものでもあった。

 

一緒に歌を歌った記憶も響にはちゃんとある。そして最後の……ピアノを弾いていたという話。

 

今まで曖昧なままだった響の記憶が、奏の言葉を受けてはっきりとした輪郭を作り出していく。そう、自分は昔ここで、ピアノの演奏をしていた。

 

夢の中の曖昧な情景が真実を映し出していた事を知るのと同時に、響の中で新たな疑問が浮かぶ。

 

――“あの手の主”は、一体誰なのか?

 

「奏。昔ここでわたしがピアノの演奏をしてた時さ……誰かが、指導してくれてた気がするんだけど、誰だったか分かる?」

 

「え……指導してくれてたって、北条先生じゃないの?」

 

響はそうじゃない、と首を振る。それは彼女が最初に思い当たり、そして否定した可能性だった。

 

「違う……パパはこのしらべの館の事知らないと思う。昔、わたし達が二人で来てた時、『ここはわたし達の秘密の場所だよ』って、そんな風に話してたはずだから。それに……多分あれは、わたしがコンクールとかに出るよりもずっと前の事のはず……」

 

「だったら、音吉さんじゃないの? このしらべの館に出入りしてる人で、私達以外って言ったらもう音吉さんしかいないじゃない」

 

ごくごく当たり前の奏の結論に、響は反論が出来なかった。その結論は響自身も考えた事だったし、筋が通っていて否定する根拠もない。

 

だが……響にはどこか腑に落ちない所があるようだった。

 

「おお、お前さん達、今日は早いのう」

 

入り口から、今まさに話題に挙がっていたしらべの館の主――と思われる存在、調辺音吉が姿を現す。歩み寄る音吉を見て、響は自分の中にある疑問に答えを出すには今しかないと思った。

 

「あの、音吉さ……」

 

「そうじゃお前達、全員集まるまでの間、少し手伝ってもらえんか? 昨日は一箇所音ズレを直せんまま帰る事になってしまっての。せめてそこだけは調整しておきたいんじゃ」

 

「あ、はい」

 

響の言葉を遮るように音吉が言葉を発し、それに奏が反射的に答えてしまう。手伝いというのは、このしらべの館で音吉が制作している巨大なパイプオルガン制作の手伝いの事だ。

 

偶然になのかはたまた意図的になのか、音吉に質問するタイミングを潰されてしまった響は、そのまま上手く切り出す事も出来ずに、黙って奏と一緒に音吉について行く。

 

 

---

 

 

響と奏の支える脚立の上に立った音吉が、大型パイプを木槌で軽くカン、カンと何度か叩き、鳴り響く音に耳を傾けている。

 

「フム、思ったより厄介かもしれんな……のう、倉庫から大きめの工具箱を持って来てもらえんか? Bと書いてあるヤツじゃ」

 

「あ、はい、私が行ってきます!」

 

音吉の言葉に奏がいち早く反応し、その場を離れて奥の倉庫部屋へと向かった。

 

意図せず音吉と二人っきりの状況となった響。音吉は脚立の上で何やら考え込んでいる様子で、その作業は止まっている。

 

その静寂の中で、響は一度引っ込めた疑問を再び浮上させた。今なら邪魔も無く聞く事が出来るかもしれない……

 

「音吉さん? ちょっといいですか?」

 

「……ん、なんじゃ?」

 

「あの、わたし……昔からこのしらべの館に遊びに来てたんですけど、その時…………わたしにピアノを教えてくれた人が居たと思うんです。音吉さんは知りませんか?」

 

いつも質問をはぐらかす音吉のこと、この質問も曖昧に誤魔化されて終わりだろう……とダメ元で言った響だったが、音吉の反応は響の予想したものとは大きく異なっていた。

 

音吉は、響のその質問に対してすぐには何も言わなかった。それだけでなく、いつも飄々とした態度を崩さない彼が、響の言葉に心底驚いた様子で彼女をまじまじと見つめている。

 

「……あの、音吉さん?」

 

「…………あ、ああスマンスマン、さてな、誰じゃったか……一昔前まではこの館も人の出入りが多かったからの。ワシは覚えてないのう」

 

……また誤魔化された、と響は思った。沈黙に我慢出来ずに口を開いた響の言葉で音吉が我に返った時には、既に音吉は普段の飄々とした態度に戻っていたからだ。

 

音吉は『一昔前まではこの館も人の出入りが多かった』と口にしたが、それも怪しいものだと響は考えた。

 

子供の頃に奏と一緒に来ていた時からこの場所は寂れている印象が響にはあり、だからこそ『二人だけの秘密の場所』と響と奏は考えていたのだ。それに、そもそもこの館は何の目的で建てられた施設なのかも分からないし、だからこそ人の出入りが無いはずで……

 

謎めいた館にまつわる問題を考えていくうちに混乱し始める響だったが、今の音吉とのやり取り、音吉の反応で一つだけ彼女にもはっきりと分かった事があった。

 

昔、しらべの館で自分にピアノを教えていたのは音吉ではない、という事だ。

 

「すみませ~ん、これでいいですか?」

 

「おおそれじゃそれじゃ。助かったよ、ありがとう」

 

奏が道具箱を持ってきた事で音吉は作業を再開し、響もそれ以上質問をする事が出来なくなった。といっても、これ以上何か聞いても、音吉の口から何かを知る事は出来なかっただろう。

 

響は考える。自分がピアニストを目指そうとした最初のきっかけは両親に演奏を誉めてもらったからだ。だが、両親に演奏を披露する前、そこに至るまでに空白がある。両親に聴かせるための演奏、それが出来るように指導してくれた相手。

 

”きっかけ”の前に、まだ自分でも気づいていない何かがある。

 

そんな意識に沈む中、音吉の作業を続ける音だけが彼女の耳に響く……

 

 

---

 

 

「みんな、おっはよー!」

 

音吉が音ズレの調節作業を終えた所で、タイミングよく和音がホール内に入って来た。

 

「おはよう!」

 

「和音、おはよう。……あれ? そういえば……聖歌先輩、まだ来てないのね」

 

しらべの館の中央ホールにて定例の音楽活動をしようと朝早くから集まった響達。しかし、集合の時間になったというのに、そこには聖歌の姿がなかった。

 

時間にしっかりとした聖歌が遅れるなんて珍しいな……と奏達が考えた矢先、当の聖歌本人がホール内に現れる。

 

「みんな、おはよう」

 

「おはようございます、聖歌先輩。……今日はちょっと遅かったですね」

 

「遅れてごめんなさい。“彼”と待ち合わせしていたものだから」

 

「……彼?」

 

響達がきょとんとした表情を見せていると、聖歌が道をあけ、そこに一人の男が歩み出て来た。

 

「お……おおおおおおおお、王子先輩!?」

 

「やぁみんな、おはよう」

 

王子正宗。音楽王子隊という楽団を率いるアリア学園のスターで、奏の憧れの相手。そんな王子の突然の登場に、奏は顔を真っ赤にして混乱し、響や和音も意外な人物の登場に驚いている。

 

響が尋ねた。

 

「なんでまた王子先輩がここに?」

 

「聖歌さんから四人で音楽をやっているって話を聞いてね。みんながどんな音楽を演奏しているのか、興味があって」

 

「あっ……そっか、王子先輩と聖歌先輩って同じクラスなんでしたっけ」

 

王子の言葉に、和音は合点がいったようにポンと手を打つ。響は、今度は和音のその言葉に驚いたようだった。

 

「ほぇっ、そうなの?」

 

「うん、わたしも最近知ったんだ。王子先輩は王子隊の、聖歌先輩はスイーツ姫としての活躍が目立つから、みんなピンと来ないみたいなんだけど」

 

響がへぇ~と関心している。一方の奏はというと、赤面して口をぽかんと開けたまま硬直している。

 

「南野さん、もしかして、邪魔だったかな、僕が来るのは」

 

「……えっ!? そ、そそ、そんな事、あ、ありませんっ! む、むしろ、嬉しいくらいで……!」

 

王子に声をかけられた奏は、高まる鼓動をなんとか抑えて王子に言葉を返す。少し不安そうな顔をしていた王子は、奏の返事を聞いて安心したように笑みをこぼした。

 

「そうか、良かった。みんなの演奏、是非とも聞いてみたいと思ったんだ」

 

「は、はい……」

 

そんな王子の無邪気な表情を向けられ、奏は硬直させていた身体を今度はふにゃふにゃに脱力させる。

 

「みんな、揃ったようじゃな」

 

「あなたは……音吉さん、ですよね。あなたがみんなに演奏を教えているとか」

 

「まぁ、そんな所じゃな」

 

町の人間の誰もが存在を知ってはいても、町の人間の誰も正体を知らない謎の老人……音吉という人間の存在にはさすがに王子も少し戸惑っているようだ。素っ気ない態度を見せている音吉の存在にどうしたものかと困っている王子に助け船を出すように、聖歌が口を開く。

 

「ふふ、音吉さんは本当に演奏の仕方を教えるのが上手なのよ。私も音吉さんに教えてもらうのが楽しくて」

 

「そうなんだ。いい先生なんですね、音吉さんは」

 

二人の言葉に、音吉は髭を指でさするだけで何も答えなかったが、誉められてまんざらでも無い様子だ。

 

一方、話題の中心になった音吉の方ではなく、笑い合う二人の方に意識を向けていたのが奏だった。

 

(聖歌先輩と王子先輩、あんなに仲が良かったんだ……)

 

王子ととても親しげに接している様子の聖歌の姿に少し嫉妬心が芽生えてしまう奏だったものの、その二人の姿は恋人と言うよりは気心の知れた友人といった感じのもの。

 

奏は、自分がアガらないで王子と話せるようになるのはいつの日だろうかと、ため息をつくのだった。

 

「ん、どうしたの奏、そろそろ演奏準備始めないと」

 

「え!? ああうん、分かってる、分かってるって!」

 

ボーッとしていた所で響に声かけられ、大慌てでドラムセットの位置調整を始めようとする奏。

 

しかし、勢い良く振り返った奏は、ドラムセットのバスドラムの縁にスネをぶつけ、同時に奏のつま先がドラムヘッドを蹴りつける。バスドラムが低音を響かせるのに合わせるように、スネを両手で抱えて飛び跳ねる奏の姿を見て、響は首を傾げるのだった。

 

 

---

 

 

「よし、じゃあやってみよう!」

 

四人それぞれが楽器を用意し、音の調整、自分のパートの再確認して、全ての準備が整った。

 

王子が来た事で平静を失っていた奏も、一旦楽器の音の調整に集中した事で、緊張した面持ちながらも冷静さは取り戻しているようだ。

 

「いち、にぃ、いちにぃさんはい!」

 

奏のドラム打ちから演奏は始まる。そこに加わる和音のベースがリズムを作り、色鮮やかな音色の響のピアノと、高らかに吹き鳴らされる聖歌のトランペットも混ざり合って一つの音楽を構築する。

 

演奏している四人それぞれが、確かな手応えを感じていた。

 

始めたばかりの、音をまともに出せていなかった頃とは違う。大きなミスもなく、浮ついた様子もない安定感のある演奏が続き、そしてそれは完走した。

 

「…………」

 

音の響きがまだ耳に残っている状態で余韻に浸る四人。今までは一人一人のミスや音のズレから「上手く行かなかった」という印象で終わる事の多かった演奏。今回の演奏もとても完璧と呼べるようなものでは無かったが、四人それぞれが自分達の確かな成長を感じる事の出来た演奏だった。

 

それを感じたのは王子も同じだったようで、四人の演奏に対し賞賛の拍手を送ろうと手を上げた……その時だった。

 

「……ズレとる」

 

腕を組み渋い顔をしている音吉の、はっきりとした一言が、演奏後の余韻を消し飛ばした。その言葉に、隣に居た王子は面食らった様子で、響達四人も戸惑った様子を見せる。

 

完璧と言えるような演奏では無かったとは当人達も自覚していたが、同時に、今までの練習の成果を出せた演奏ではあったとも確信していたので、音吉も少しは良い反応を示してくれるのではないかという淡い期待が彼女達にはあった。

 

しかし、演奏を自分達に指導している音吉当人がこう言うのでは響達には返す言葉が無い。

 

自分の演奏のどこが悪かったのだろうか、とそれぞれの意識が反省に向き始めた頃、音吉と同じく聴き手に回っていた王子が物言いをつけた。

 

「音吉さん、彼女達の演奏はまだ荒削りな所もありますが、僕にはとてもいい演奏だったと思います。それに、始めて数ヶ月でこれだけ出来るなんて、凄い事じゃないですか」

 

いつも物静かで大人しげな王子が少し強い口調で音吉に反論した事に、演奏した側の四人は驚くと同時にフォローを嬉しくも思ったが、王子の言葉を聞いても音吉は平然としている。

 

やがて、音吉の方もゆっくりと語り出した。

 

「……確かに。四人それぞれの演奏技術の向上は見事なものじゃ。驚異的と言ってもいいじゃろう。……じゃが、この曲はソロではない。アンサンブルじゃ。お前さん達の演奏にはハーモニーが無い。自分の演奏の上達に酔って周りが見えておらんのじゃ」

 

王子に対して発せられた言葉は、途中からはっきりと響達に向けられたものへと矛先を変えていた。演奏に対する意外な指摘に響達は衝撃を受け、王子も今度は何も言い返す事が出来なかった。

 

(そっか、奏と一つのピアノを演奏してた時とは違うんだ……)

 

ピアノの鍵盤を指でなでながら響は考える。一つのピアノを使い、『呼吸を合わせる事』そのものを目的として演奏していたピアノ連弾の時とは違い、今やっている演奏はそれぞれが違う楽器を使って違うパートを担当している。

 

自分のパートを上手く演奏するのはもちろんの事、それを他のみんなの演奏と合致させなければいけないのだ。

 

「う~ん、意識して演奏してるつもりだったんだけどなぁ……」

 

ベースの弦をちょこちょこと弾きながら、和音が視線を横に向ける。

 

「どうして上手く行かなかったのかしら……」

 

自分の顔を反射するトランペットのボディを眺める最中、聖歌はふと視線を横に向けた。

 

ステージ前面両翼で演奏していた和音と聖歌の視線が、ステージ中央でぶつかり合い、両者の間に一瞬の“間”が生まれる。

 

「……ん?」

 

「えっ……?」

 

一瞬生まれたその空気に、側にいた響と奏の二人はすぐに気が付いた。

しかし、和音と聖歌が動きと言葉を止め、視線をぶつけていたのは本当に一瞬の事で、響と奏が気づいた直後には二人は視線を外し、自分の楽器へと意識を戻していた。

 

「「………………」」

 

今度は響と奏が目を合わせる。お互いに、何やら意外そうな表情を見せていた。

 

……今の、見た?

 

……見た。でも、まさかあの二人が?

 

……気のせい……じゃ、ないよね?

 

お互い考えている事は一緒だったようで、言葉を交わすまでもなく二人はそれぞれの考えを読み取っていた。

 

響は和音を、奏は聖歌を改めて見る。二人とも、変わった様子もなく楽器を眺めている。しかし、先ほどの一瞬の“間”は確かに存在した。

 

では、一体何故この二人の間で……?

 

四人の間に流れている微妙な空気に気づいているのかいないのか、王子は心配そうな顔で四人を見つめ、音吉はいつものように表情の読めない顔を見せながら髭をさすっていた。

 

 

---

 

 

「それでね、あの時はカナとマナのナイスコンビネーションが決まって、ハルナ部長も鉄壁のディフェンスで……」

 

「うんうん」

 

「スイーツコンテストの予選は通過出来たけれど、大変なのはここからね」

 

「そうですよね」

 

響と奏を中心に、響の隣に和音が、奏の隣に聖歌が並んで四人で歩いている。

 

楽しげに会話する四人……いや、響と和音、奏と聖歌の“二人ずつ”。中央で隣り合う響と奏は、お互いの間に見えない“壁”のようなものが生まれているような気がしてならなかった。

 

それぞれ、付き合いの深い組み合わせ。共通した話題もあり、こういった形で分かれて会話になるのは珍しい事ではないのだが、響と奏はしらべの館での一件のせいで妙な感覚に囚われている。

 

何より、しらべの館を出て以降、今の四人共通の話題である「音楽」の話が一度も出ていない。

 

聖歌と和音はその事について一言も口にしないし、響と奏もその話題を持ち出せずにいる。ただの偶然かもしれない。しかし、響と奏の二人の場合、その話題を口にした瞬間、先ほどの“間”が再び生まれてしまうのではないか……そんな想像によって自分から話題を出すのを避けていた所があった。

 

「お~っす! ねーちゃん達!」

 

声に振り返ると、そこには響達にとっては“いつもの二人”、奏の弟である奏太とその友人(?)のアコが並び立っていた。にんまりと楽しそうな顔をしている奏太に対して、アコの方はいつもの不機嫌そうな顔で、両者はあまりにも対照的だ。

 

「……相変わらず、邪魔。人数が増えて鬱陶しさも倍増だわ」

 

そして、アコがその不機嫌そうな顔にぴったりな言葉を放つ。

 

「あなたねぇ……そういう言い方はいい加減に…………」

 

「わ、わ、そう怒るなってねーちゃん! アコもちょっとは気ぃつけろって!」

 

売り言葉に買い言葉といった調子で奏が食いつくが、奏太が慌てて奏とアコの間に割って入る。奏太の体越しにアコと奏はにらみ合い、そんな様子を見て響、和音、聖歌の三人は困ったような笑みを浮かべている。

 

「そ、そうだ、ねーちゃん、今日もアレ行って来たんだろ、演奏の練習」

 

「演奏の……練習?」

 

にらみ合いに挟まれる状況に耐えられなくなったのか、奏太が話題を切り替える。奏太のその言葉に、アコが不機嫌そうな顔を更に渋くした。

 

「そういや、いつもどんな音楽を演奏してんの? ねーちゃん、まだまだ練習中だから、って言って今まで聴かせてくんなかったし」

 

「どんな音楽って……」

 

アコが渋い顔をしてそっぽを向き、奏太の質問を受けて奏がようやくにらみ合いを止め顔を上げる。奏太の問いには、奏ではなくその後ろに居た響が答えた。

 

「う~ん、ポピュラー……とは言えないよね。私たちの楽器の編成、結構特殊な型だし。『ワンホーンカルテット』って言って、ジャズでは見る組み合わせなんだけど」

 

「ジャズ?」

 

音楽の専門的な用語の並ぶ響の言葉に、あまり詳しくない和音が疑問の声を上げた。

 

「ジャズって言うのは、アメリカで生まれた黒人音楽の一種ね」

 

「でも、ジャズって言うんならもっとムーディな空気が欲しいよね~!」

 

「ムーディ?」

 

奏の説明の言葉に続いて、響が手振りでラッパを吹き鳴らす動作を見せながら喋り、それに対して和音が再び疑問の声を上げる。

 

「ムードがある、って事かな……」

 

「それに、やっぱアレンジを効かせた演奏じゃないと!」

 

「アレンジって……演奏をアレンジするってこと?」

 

今度は響の表現にやや自信無さげな解説をする奏。その後は先ほどと同様、響の言葉に和音の疑問が続いた。

 

「ジャズの特徴の一つね。その場の空気やノリに合わせて即興のアレンジをするの」

 

「おぉ~! それって何かおもしろそう!」

 

それまで響と奏の言葉に良くわからないといった表情を見せていた和音が、最後の奏の解説には強い興味を示す。

 

「響、わたし達もやってみようよ、演奏の……アレンジ!」

 

「うん、いいかもね! ノリを合わせて曲調にアレンジを入れて……」

 

「駄目よ」

 

それまで、優しげな笑みを湛えながら皆の事を見守っていた聖歌が、その微笑みは絶やさず、しかし同時にきっぱりとした口調で言い切った。

 

「スイーツ作りでも、音楽でも、どんなものにでも言える事だと思うけど、基本がしっかりと出来てもいないのにアレンジなんてしてしまったら、方向性を見失ってしまうわ」

 

「そ、そうですよね、わたし達、アンサンブルでつまづいたばっかりだし……」

 

スイーツ作りという一つの分野で自分を高め続け、それが周囲の人間にも認められている聖歌の言葉には説得力がある。響はそれもそうだ、と聖歌の言葉に同意したが、一方で和音の方は引き下がろうとしなかった。

 

「……そうかな。基本に忠実、って聞こえはいいけど、それが正しいとは限らないと思う」

 

「……和音?」

 

「和音、私はアレンジする事が悪い事だと言うつもりはないわ。ただ、今の私達はそれをするには早すぎるのよ」

 

少しムッとした様子で話す和音の様子に驚く響。聖歌は「そういう事じゃない」と自分の言葉を補足したが、和音はそれでは納得出来ない様子だった。

 

「わたしは、始めの頃から自分達で色々考えて行く事が大切だと思います。自分にとっての基本って、自分で作り上げて行かなきゃいけない事ですよ。今日のアンサンブルだって、わたし達一人一人が、自分のパートを間違いなく演奏しようって、変な所にこだわってたから、上手く音が合わせられなかったんじゃないですか?」

 

「私は、これから先も地道な練習を続けて、少しづつ音を合わせて行けば必ず上手く行くと思っているわ」

 

いつの間にか、ムッとした表情の和音と、平静を崩さない一方で引く様子もない聖歌とが睨み合う形となっていた。響と奏はこの不可解な状況に困惑しており、また同時にどちらの言っている事もそう間違っていないように思えたため、口を挟む事が出来ずにいる。

 

「……バッカみたい」

 

その膠着した状況を破ったのは、いつの間にやら蚊帳の外となっていたアコの声だった。隣にいる奏太は、何故自分の広げた話題でこんな事になってしまったのかとおろおろしている。

 

「そんな風に意見もまともに合わないんじゃ、一緒に演奏する演奏も滅茶苦茶なんでしょうね」

 

「う……」

 

「それは……」

 

あからさまに嫌味な口調で言うアコの言葉を、否定する事が出来ない響と奏。アンサンブルで失敗があったのは事実ではあるし、聖歌と和音の静かな睨み合いの続くこの状況では、自分達の仲やチームワークについて弁明出来るはずもない。

 

響と奏の煮えきらない態度がまたアコを苛立たせたのか、アコは「ふん」と鼻を鳴らすとそのまま歩き去ってしまった。

 

「あっ、おい! ……奏ねーちゃん、話が違うじゃねーかよ、みんなで楽しく演奏してる、って前に話してくれたのに」

 

「えっと、上手く行ってない時も、あるのよ……」

 

少々歯切れの悪い奏の返事に奏太は溜息を漏らすと、アコの後を追って去った。

 

残されたのは微妙な空気のまま視線をぶつけ合っている聖歌と和音、その二人への対応に困る響と奏。

 

「わ、和音、これからサッカー部の練習でしょ、もう行こうよ……」

 

「う、うん……」

 

「聖歌先輩、スイーツ部のみんなも待ってると思いますし、もうラッキースプーンに行きましょう」

 

「ええ……」

 

和音は響に、聖歌は奏に引きずられ、それぞれの予定に向かって別れて行った。

 

 

---

 

 

「ふ~~~……いい汗かいた~~~~~~~~!」

 

「う~ん、もう部活の助っ人をする気はなかったのになぁ……」

 

響が、和音と同じサッカー部用のゼッケンをつまみ上げながら言う。

 

「いいんじゃない? 今日は試合じゃなくてただの練習だし。響みたいな“強敵”がいるとやっぱり練習が引き締まるよ! これからも、たまにでいいから練習につき合ってくれないかな? 響が良かったら……だけど」

 

「いや~、ははは、そう言われちゃうと断れないな~!」

 

ベンチに座ってグラウンドを見渡しながら、快活に笑う響と和音。お互いタオルで汗を拭き、スポーツドリンクを飲んで一息ついた所で、響がさりげない感じで和音に切り出した。

 

「ねぇ和音、聖歌先輩と……何かあったの?」

 

「え……別に、何もないよ。どうして?」

 

こういう質問をする場合、逆に聞き返されると答えに詰まってしまうもの。響はえ~っと、と一間隔空けてから和音に言葉を返した。

 

「なんか、今日の聖歌先輩に対する態度、和音っぽくないかな、って思って」

 

「そうかな。……そうでもないと思うよ」

 

何でも無い風を装ってはいるが、和音は少し表情を曇らせて、視線も響から外している。

 

「……今日の演奏さ、わたしも何か……“ズレてる”とは思ったんだよ」

 

視線を外したまま、今度は和音が喋り出した。

 

「聖歌先輩は基本に忠実に、って言ってたけど……先輩のトランペットの吹き方さ、ちょっと……自己主張が激しいと思わない?」

 

「……へ? いやだって、トランペットって元々自己主張の激しい楽器だし……」

 

響からすると予想外の和音の言葉に、彼女は少し困った風に答えた。しかし、その言葉を待ってましたと言わんばかりに、和音がばっと振り向いて話に食いつく。

 

「それだよそれ! なんでトランペットなの?」

 

「え、なんで、って……?」

 

「トランペットみたいな自己主張の激しい楽器って、聖歌先輩のイメージに合わなくない?」

 

「う~ん、言われてみればそう……なのかな?」

 

腕を組みながら、響は首をひねらせた。

 

「……響、知ってる? スイーツ部って、聖歌先輩が入学するまでは存在しなかったんだって。先輩が同級生の仲間を集めて説得して、自分で部として設立させたんだよ」

 

「へぇ~、そうなんだ、知らなかった」

 

感心した様子の響に対し、和音は再び視線を外し、拗ねたような表情を浮かべる。

 

「聖歌先輩、おっとりしているようで、実は何でも自分が仕切らないと気が済まない性格なんじゃないかな」

 

響は、和音が聖歌について自分の知らない事をここまで知っていて、そして自分とは全く違う印象を聖歌に対し持っている事に驚く。それと同時に浮かび上がる疑問。

 

「……だから、聖歌先輩の事が好きになれない?」

 

「それは、…………」

 

最後の問いに、和音は答えなかった。

 

 

---

 

 

「まさか本当に予選を通過しちゃうなんてね!」

 

「本戦に出場出来るんだ、私たち……あ~なんかドキドキしてきた!」

 

カップケーキ店『ラッキースプーン』の屋外席にスイーツ部の面々が集っていた。

 

奏の同学年で、スイーツ部の中でも特に奏と仲のいい二人……頭頂部で髪をまとめてお団子のような髪型にしているアヤと、ショートヘアのケイコがスイーツ部の近況について話し合っている。

 

彼女達スイーツ部は、一丸となって挑んでいるスイーツコンテストの予選を、見事突破した。

 

予選通過までの経緯、これから先の活動、本戦で出すスイーツのアイディア……あれやこれやとみんなが話をしている。

 

部長である聖歌も、同学年の部員と話し込んでいる。その様子を奏はつぶさに観察していたが、特別おかしな様子も、不機嫌そうだとかいう気配も見えない。とはいえ、聖歌には普段から考えの読めない所があるので、その自分の印象もどこまでが信用出来るものか……とも奏は思っていた。

 

「奏はどう思う?」

 

「……えっ、何?」

 

「もう、聞いてなかったの? 予選通過のスイーツ、私はやっぱり、奏のひと味の工夫が決め手になったんじゃないかな~って思ってるんだけど」

 

「う、う~ん、どうかなぁ?」

 

アヤとケイコに話題を振られた事で、聖歌の観察は中断させられてしまった。今はスイーツ部の活動中だ。聖歌と和音の事について考えるのは後にしようと、奏は自分の頭の中の引っ掛かりを無理矢理追い出した…………

 

---

 

「あの、聖歌先輩」

 

解散していくスイーツ部員達の後ろ姿を見送り、奏は最後に席を立った聖歌の事を呼び止めた。

 

「うん? どうしたの、奏」

 

「その、なんて言ったらいいか……和音と、何かありました?」

 

和音の名前を聞いて、聖歌は少し目を細めて視線を外した。こんな風に露骨に話題を嫌がる態度を取るのは、聖歌にしては珍しい事だ、と奏は感じた。

 

「心配しなくても大丈夫よ、何も無いわ」

 

本当に何も無いのだろうか、無いのならば何故“話題を嫌がる”のだろうか……奏は訝しげに聖歌を見る。

 

「でも、さっきの音合せについての話……」

 

「あれは、単純な意見の食い違いよ。……ただ、この件については私も自分の考えを曲げたくなかったの」

 

聖歌は平静を見せているが、今の聖歌の姿、和音と向かい合っていた時の聖歌の姿、そのどちらにも奏は違和感を覚えている。

 

「私も、どちらかと言うと聖歌先輩の意見に賛成です。でも、もう少し和音の話を検討してあげても良かったんじゃ……」

 

「和音が担当するベース、私達の音楽の土台になる部分じゃない?」

 

聖歌が奏の方に向き直って話し出す。

 

「まだまだ発展途上の私達の音楽。ここで土台となる人が揺らいでしまったら、根本の部分から全てが崩れ去ってしまうわ。それだけは避けたいのよ、私は」

 

言い終えて、聖歌は奏に背を向ける。まるで、表情を読ませまいとするかのような行動。

 

「そう、“彼女のため”にも、それは避けないといけないわ。……私に出来るのは、それくらい」

 

後ろを向いたまま口にした言葉は、奏に言ったのか、それともただの独り言のつぶやきなのか……聖歌の意図は読めない。

 

“彼女のため”……というのは、和音の事について言っているのか。聖歌の真意は、奏には分からなかった。

 

 

---

 

 

窓から差し込む光以外は照らす物のない室内で、暗がりの中から三つの影が歩み出て、片膝をついて頭を垂れた。

 

「……トリオ・ザ・マイナー、ここに」

 

「いつでも作戦行動に入る事が出来ますよ……」

 

「……セイレーン様、なんなりとご命令を」

 

それはバリトン、ファルセット、バスドラの三人、マイナーランドの先兵であるトリオ・ザ・マイナーだった。きりりと引き締まった顔つきで指示を仰いでいる彼らの前方には、上司であるマイナーランドの歌姫、セイレーンが……

 

「て~~~~~~~~~~~~きとうにやっとけばいいんじゃないのォ?」

 

……だらけていた。

 

セイレーンは床に寝そべり、後ろ足でけだるそうに顔を掻きながら欠伸をしている所だった。

 

いつになく真面目な表情を見せていたトリオ・ザ・マイナーも、セイレーンのその様子を見たとたんに表情を崩す。その中の一人、バスドラはそのまま顔を伏せ、わなわなと肩を振るわせている。

 

「う、ぬぬぬぬぬぬ……なぁ~んだその態度はぁ!? お前はそれでもマイナーランドの歌姫なのか!?」

 

「……ハァ? アンタなにいきなりマジになっちゃってるワケ? あぁ全く暑苦しい……」

 

勢い良く立ち上がって怒りの言葉を投げかけるバスドラに対し、セイレーンは面倒くさそうに小馬鹿にした言葉で返した。

 

「マイナーランドでも屈指の実力者であるお前が、そんな風にだらけていていいのか! その力で世界中の人間を悲しみに包み! 世界の人間達にマイナーランドの音楽の偉大さを知らしめる! それが我々の目的だろうが!」

 

「うっさいわねぇ……あたしの本領が発揮されるのは不幸のメロディを歌う時よ。あたしが早く歌えるように、音符を探してくるなりなんなりしなさいな」

 

激怒するバスドラを意に介さない様子で、その場から微動だにせずしっぽでしっしっと追い払うような動作をするセイレーン。そのやる気の無い態度を見てまたバスドラが怒りの声を上げた。

 

そんな様子を後ろから見つつ、バリトンとファルセットは小声で会話をしている。

 

「なんだか妙にムキになってますね、バスドラの奴」

 

「この前のセイレーン様の活躍を見てから、一目置いたといった様子でしたから……」

 

セイレーンとバスドラの口論は尚も続く。

 

「大体お前はいっつもそうだ! 能力はあるクセにそれを使おうともせずぬくぬくとして……」

 

「あたしのように能力のある者が、無駄な労力を使わないためにアンタ達みたいなのがいるんでしょーが!」

 

「もしもーし」

 

セイレーンとバスドラの口論が激化するのに呼応するように、最初は小声で続けていたファルセットとバリトンの話にも熱が入って来る。

 

「私達もセイレーン様のあの姿には驚いたんですけどねぇ……」

 

「あれ以降ず~っとぐうたらしっぱなしですからね……バスドラが怒るのも無理ないかと」

 

「ちょっとー?」

 

セイレーンとバスドラの口論はひたすらに平行線を辿っていた。

 

「リーダーとして、部下に示しの付く行動をしてみろ!」

 

「部下として、リーダーを苦労させないくらい働いて見せなさい!」

 

「………………」

 

バスドラとセイレーンの口論が激化し、怒声の大きさに比例してバリトンとファルセットの会話のトーンも大きくなり、部屋全体を騒々しさが包んでいたその時だった。

 

「聞こえておらんのか貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

部屋の喧騒を一瞬で吹き飛ばすその声が発せられたのは、バリトンとファルセットの後ろ、壁際に置かれた立て鏡の中からだった。一同が鏡の方を振り返ると、そこには彼らにとってはもはや懐かしい存在となっていた、マイナーランド国王のメフィストの姿が映し出されていた。

 

「げっ…………メフィスト様!?」

 

「何だセイレーン、『げっ』とは?」

 

自分達の主の突然の出現に、トリオ・ザ・マイナーは慌てて横並びに整列し、再び片膝を付いたポーズを取る。セイレーンの方は、寝そべらせていた体は起こしていたものの、その場を動かずトリオ・ザ・マイナーらの後ろに居たまま。

 

「あー……いえいえ、あまりにもお久しいものでしたので、ついついあらぬ声が漏れてしまい……」

 

「…………まあ、良かろ」

 

自分達の主の登場だというのに、その場から動こうとしないセイレーンにトリオ・ザ・マイナーは違和感を覚えており、そこをメフィストが責めるのではないかと三人は想像していたのだが、意外にもメフィストは何も言わずセイレーンの態度を流していた。

 

「こちらの作業が終わったので久しぶりに顔を出してみたが……プリキュアとの戦いや音符集めはどうなっておるのだ?」

 

静かにメフィストが口にしたこの言葉に、その場の誰もが答える事無く、室内は再び静寂に包まれた。

 

(…………沈黙が重い)

 

(……誰か何か言って下さいよぉ~!)

 

(こういう報告はリーダーであるセイレーン様の役目だろうが!)

 

バリトン、ファルセット、バスドラの三名は心の中で状況を打開してくれる存在を求め、ちらっとセイレーンに振り向いて無言の圧力を飛ばした。

 

「ぐっ…………え~、プリキュアは……未だ倒せていませんし、音符も……あんまり集まっていません……」

 

仕方なく、といった調子でセイレーンが現在の状況を……投げやり気味に報告する。

 

重い沈黙状況からは脱したものの、全くと言っていいほど成果の出せていない自分達の現状の報告に、メフィストが怒りを爆発させるのは時間の問題だと思え、鋭い緊張がトリオの間に走った。

 

メフィストの怒号で包まれるかのように思われた時計塔内部の一室は、彼らの想像とは裏腹に、再び沈黙に包まれている。

 

トリオやセイレーンがメフィストの顔色を伺っていると、メフィストは顔を上げると同時に勢いよく口を開いた。

 

「くっくっくっく……………だ~~~~~~~っはっはっはっはっは!」

 

いきなり高笑いを始めるというメフィストの予想外の反応に、トリオもセイレーンも目を丸くした。

 

「は~っはっは、くっく……ここまで予想通りとは……全く期待を裏切らない奴らよ」

 

「え、あの……メフィスト様、では我々はこの先……」

 

実に愉快そうに笑うメフィストに向かって、バスドラが恐る恐るといった具合で、どう捉えるべきか分からないメフィストの言葉の真意を問う。

 

「心配するな、愛しきお馬鹿どもよ。お前達はこれからも働いてもらうぞ。我がマイナーランドのためにな。……時にセイレーン」

 

ひとまずは職にあぶれるという事もなさそうでホッと胸をなで下ろすトリオ・ザ・マイナーの後ろで、セイレーンがピクッと耳を立てて反応した。

 

「……なんでしょうか、メフィスト様」

 

「お前やその部下達の出した成果は惨憺たるものだったが、俺様はそれをお前達の無能のせいとだけ思っている訳ではないぞ」

 

「……どういう意味でしょうか」

 

珍しく淡々とした事務的口調で受け答えするセイレーン。セイレーンは自分達の失敗に対するメフィストの対応に戸惑いを感じていた。普段のように、血管が切れそうなくらいの勢いで叱ってくればまだ分かりやすいものを……とセイレーンは対応に迷っている。

 

しかしてそのメフィストの変わりようは、突然部下への親愛の情に目覚めた、などというような心境の変化によるものともセイレーンには思えなかった。

 

「プリキュアは着実に力を付けて来ている、という事だ。俺様が、それに対抗出来る力を授けてやろう、セイレーン。……そら!」

 

「……うっ!?」

 

メフィストの手のひらに紫がかった光が浮かび、ボールを投げ渡すかのような動作によって、その光の塊は映像の向こう側から鏡面を通り抜け、セイレーンの身に付けるネックレスチャームに入り込んだ。

 

両者の間にいたトリオ・ザ・マイナーは、飛んできた光を避けて左右に崩れ、怪しく光り輝くセイレーンのネックレスに目を向けている。

 

「セ、セイレーン様……」

 

「な、何なんですかぁ!? 今の?」

 

「…………破壊の音の力さ」

 

「はっ、破壊の……っ!?」

 

セイレーンとトリオ・ザ・マイナーが同時にメフィストに向き直る。バスドラはメフィストの口にした忌まわしき単語を繰り返そうとしたようだったが、あまりの驚きのために途中で言葉を詰まらせた。

 

「お前が人間界で暗躍するために俺様が与えたその『変化のチャーム』は、今や音の力の増幅機となった。お前の悲しみの歌声をそのチャームに向かって放てば、その歌は破壊の音へと“変化”してネガトーンを最強の魔獣へと変える!」

 

メフィストの説明の間中ずっと、トリオ・ザ・マイナーは口をぽかんと開けたまま呆然としていたが、やがてバリトンとファルセットが口をパクパクさせながらやっとの事で言葉を吐いた。

 

「メ、メフィスト様……今、なんと……」

 

「は、破壊の音って、またあんな危険な音の力を使うなんて……!」

 

「……冗談じゃないわ!」

 

ファルセットが言い終わる前にセイレーンが勢いよく立ち上がろうとして一瞬体をフラつかせ、前足を踏ん張らせてその場に留まる。

 

その様子をトリオ・ザ・マイナーは特別気にとめる事無く見ていたが、メフィストの方はセイレーンの様子を見てニヤリと笑っていた。

 

「破壊の音……またあんな滅茶苦茶な音を、それもこのあたしに使えって言うんですか!?」

 

「その通りだ。今やこの力だけがプリキュアに対抗しうる力!……しかも前と違って言う事を聞かない部下に悩まされる事もない! 破壊の音を、全てお前が操る事が出来るのだ」

 

得意げに語るメフィストの顔を、セイレーンは険しい表情で睨みつける。やがてセイレーンはくるりと背を向けると、顔だけをメフィストの方へ向けて言い放つ。

 

「あたしは……あたしは、こんな力が無くったってプリキュアを倒してみせます」

 

「……ほ~う、“今のお前”にそれが出来るのかな?」

 

セイレーンはメフィストをキッと一睨みすると、不安げな顔をしたトリオ・ザ・マイナーに見送られながらその場を去った。その足取りはフラフラと不確かで、セイレーンは重い体を引きずるように歩いて行く。

 

残されたトリオ・ザ・マイナーは互いに顔を見合わせ、メフィストはその背後の鏡の奥で不敵な笑みを浮かべ続けていた。

 

 

---

 

 

「奏、部活の集まり、終わったんだ」

 

「……響。うん、まぁね。……響もサッカー部の練習に付き合ってたんでしょ? お疲れ様」

 

響は和音と別れ、ラッキースプーンの野外席の奏の元へとやって来た。奏はスイーツ部の集まりを終えた後も、この場でスイーツコンテストへ向けてのアイディアを練っていたようだ。

 

響は奏と同じテーブルに向かい合って座り、そのまましばしの沈黙があった。

 

気まずい空気が生まれていた……という訳ではない。ただ、お互いに何か言いたい事、聞きたい事があって、それについてどう切り出すか考えているようだった。

 

「どう思ってる?」

 

「……どうって?」

 

先に切り出したのは響の方だった。聞き返す奏だったが、響の言わんとする事は大方予想が付いている。

 

「……聖歌先輩と、和音の事」

 

「……やっぱり、その話?」

 

若干ため息混じりの言葉になってしまった奏。お互い、その話が嫌という訳では無く、むしろその事を話したがっていたのだが、本人達のいない所でこういった話をするのは、陰口を言うようであまりいい想いはしない。

 

「う~ん……あの二人、意外と相性が良くなかったのかなぁ」

 

「そんな風には思えないんだけど……」

 

和音と聖歌の間に生まれた意外な不和について、頭を悩ませる響と奏。

 

「……あの後の聖歌先輩、いつも通りに見えたけど、やっぱりどこか変だった。……でも、聖歌先輩が和音と何かあったなんて、私には想像出来ないけどなぁ」

 

「和音の方は、聖歌先輩に何か思う所あるみたいだったけど、別に嫌ってるって感じでもなかった」

 

「私達の知らない所で、二人の間に何かあったのかな……」

 

「分からないけど、でも……」

 

伏し目がちにしていた響が目線を奏へと向け、それに気づいた奏も響と目を合わせる。

 

「二人の間で起こった事なら、二人の間で解決するしか無いのかも」

 

「……そっか。私達二人も、そうだったもんね」

 

お互いに、心の底では仲良くしたいと考えていたのに、変な言いがかりをつけては喧嘩ばかりしていたかつての響と奏。今の聖歌と和音があの時の自分達のような関係になっているのなら……

 

「あの二人にも、お互いに思う所があるんだと思う。……もう少し、様子を見守ろうか」

 

「そうだね。ハミィも『口では色々言っていても、心の底ではお互いに想いあっているからこそ仲直り出来たのニャ』って言ってたし。……おっ、噂をすれば!」

 

ハミィの口まねをしていた響の目が、道をトボトボと歩くハミィの姿を捉えた。遅れてその姿に気づいた奏が、ハミィに声をかける。

 

「ハミィ! こっちこっち!」

 

「ハニャ? ……響、奏」

 

ちょこちょこと二人のいるテーブルまで駆けて来て、テーブルの上に飛び乗って座るハミィ。ハミィの顔は相変わらずの脳天気顔ではあったが、その表情にはどこか元気が無いように見えた。

 

「今日はどうしたのハミィ? 今朝の演奏練習にも来てなかったし」

 

「そういえば、最近一人でどこかに行く事が多いよね」

 

「……ず~っと、探してたのニャ」

 

ハミィには珍しい、落ち込んだ表情からの言葉に、響と奏は不思議そうに顔を見合わせる。

 

響がハミィに疑問を投げかけた。

 

「探してたって、何を?」

 

「見つけられないものニャ……」

 

どこか詩的な表現の言葉ではあったが、聞いた側からすれば意味が分からない。……とはいえ、このような禅問答のような状態になる事はハミィとの会話では珍しくないので、辛抱強く奏が質問する。

 

「う、う~ん、それってどうやったら見つけられるものなの? 私達も一緒に探そうか?」

 

「ハミィでなきゃ見つけられないニャ! ううん、ハミィが見つけないといけないものなのニャ」

 

強情に自分の目的を隠しているだけなのか、それともただ単に天然な性格故にこういう分かり辛い言い回しになっているのか、今のハミィの言動は慣れている二人が聞いても全く理解が出来ないものだった。

 

一つ言える事は……どうやら今のハミィからその目的を聞き出すのは無理らしいという事だった。

 

「……んもう、ワケ分かんないよハミィってば」

 

「ハミィらしいと言えばらしいけど……」

 

「…………ニャ?」

 

話始めて間もないそのタイミングで、ハミィは突然顔を上げ鼻をツンと前に突き出した。そして、少しの間何かの臭いを探るような動作をした後、テーブルから飛び降りて駆け出した。

 

「あぁ、ちょっと、ハミィ!?」

 

「どうしたのよ~!」

 

「ハミィの探しているもの、見つかるかもしれないニャ~!」

 

あっと言う間にハミィは走り去ってしまった。後に残されたのは、あっけに取られたまま目をパチクリさせる響と奏の二人。

 

 

---

 

 

音楽の町という通称もあるかのん町では、町中で人々が演奏をしている事も珍しくない。時計塔前にあるモニュメントを中心とした広場では、複数の楽団が思い思いの演奏をしていた。

 

そして、音楽と、音楽を楽しもうとする心が集う場所には、他にもまた集まる物がある。

 

「フッ、あったわ……伝説の楽譜の音符」

 

狭い路地の中から、広場をうかがう猫の姿……その正体はセイレーン。彼女は、その歌の妖精としての力によって、楽団の中の一人が持っているギターの中に宿る音符を確認していた。

 

「さぁ、邪魔者の来ないうちに音符を奪って……」

 

「セイレーン! 見つけたニャ!」

 

邪魔者が居ない内にやる事を済ませてしまおうと考えるセイレーンの想い虚しく、早速邪魔者が現れた。背後からの聞き覚えのある声に驚いてセイレーンが振り向くと、そこに居たのは彼女の宿敵であるハミィ。

 

「ハミィ! な、なんでアンタがここに……!」

 

「わずかにだけど、音符の臭いがしたのニャ。音符がある所に、セイレーンは現れると思ったニャ」

 

その言葉に、セイレーンは怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「アンタ……このあたしを探してたってワケ?」

 

「そうだニャ。ここ最近はセイレーンが顔を見せてくれなかったから寂しかったのニャ」

 

屈託のない笑顔で話すハミィを前にして、セイレーンは視線を逸らす。

 

そう……『えれな』として響達の間に潜り込んだ事件以降、セイレーンは戦いの場にもずっと姿を見せていなかった。あの事件が終わってからというもの、セイレーンはずっと時計塔内部に居座って動かなかった。

 

いや……動けなかったのだ。

 

歌の妖精にとって、自分の体に宿る命そのものとも言える音の力をネガトーンに注ぎ込んだセイレーンは、激しく消耗、衰弱し、しばらくの間ほとんど動きを取らず休憩をしていたにも関わらず、未だに完全な回復に至ってはいない。

 

今この場でも、立っているだけでセイレーンは軽い疲労を感じているのだ。

 

「ハン、アンタ達を潰すための作戦を練ってたのよ。それより……アンタ、あたしに用でもあるの?」

 

「お礼が言いたかったのニャ」

 

「……ハァ? 礼ですって?」

 

意味の分からない様子のセイレーンに、ハミィは楽しそうに語りかける。

 

「ハミィや響、聖歌にあんな素敵なピアノ演奏を聴かせてくれた事に、ずっと感謝したかったのニャ。セイレーン、ピアノまで演奏出来るなんて本当に凄いニャ」

 

「当たり前でしょ、あたしは最高クラスの歌の妖精。それにこの変化のチャームが加われば、人間のどんな楽器だって完璧に演奏出来る……って」

 

ハミィの言葉に乗ってつい得意げに話してしまったセイレーンだったが、言い終えた所でようやくハミィの口にした言葉の意味に気づき、ハミィを睨み付けて叫んだ。

 

「アンタ、あの時あたしが変身して潜り込んでいた事に気づいてたのね!?」

 

「……え? それはそうだニャ。ハミィはセイレーンの親友だから分かっちゃったんだニャ」

 

「…………フッ、フフフフ」

 

ハミィは、セイレーンが音符を奪うべくやむを得ず行なっていた潜入作戦を……セイレーンの必死の演技を、全て見抜いていたのだ。

 

脳天気に笑うハミィに対し、セイレーンの方は突然高笑いを始めた。しかしそれは決して楽しげなものでは無く、どこか自嘲的な雰囲気を含んだものだった。

 

「あーーーーーっはっはっは! 親友ですって? そうね、アンタはあたしと“親友”だった頃から、天然のフリして相手を欺くのが得意だったもんねぇ!?」

 

「セイレーン……?」

 

高笑いをするセイレーンを不安そうに見つめるハミィ。セイレーンは尚も自嘲気味な笑みを含んだまま続ける。

 

「そう……歌姫として歌の妖精の頂点に居た頃、あたしには“親友”が沢山居た! あたしには分かってたわ、そいつらが『親友になりたい』という口実で近づいて、あたしを蹴落とす隙を狙ってる連中だって事はね!」

 

まるで自らが喜劇の舞台の主人公であるかのように、セイレーンは高らかに語り続ける。ハミィは何も言えずにそれを見つめていた。

 

「……あたしはそれでも構わなかった。あたしに才能の差を見せつけられて絶望し、“親友”という仮面を置いて去っていく連中の姿を見るのは愉快だったからね! ……でも」

 

それまで、居もしない観客達に語りかけるように遠くを見つめていたセイレーンの視線が、目の前に居るハミィへと突然移った。

 

「あんたは本当に巧みだったわ。天然ボケの、な~んにも知らない子猫ちゃんのフリをして『“親友”になろう』だなんて言ってあたしに近づき、そして気がついてみれば、あたしの技術を全て盗み、歌姫の座をも奪い取った!」

 

「………………」

 

「あたしの人生で初めての敗北……それからあたしは『幸福のメロディの歌姫』という歌の妖精最大の栄誉を失い、あたしの周囲に群がっていた“親友”もみんな姿を消したわ!」

 

「セイレーン、セイレーンは……寂しかったのかニャ」

 

やっとの事で口にしたハミィの言葉を、セイレーンは一笑に付す。

 

「ハッ、馬鹿言ってんじゃないわよ! 親友なんてのはね、所詮口先だけの紛い物。そんな連中がどうなろうと知った事じゃないわ! 今のあたしにとって大事なのはね、あたしから“勝利”の栄光を奪い取ったハミィ、アンタに勝つ、それだけなのよ!」

 

「セ、セイレーン……!」

 

セイレーンが自分に対して敵意を剥き出しにしている事にハミィがようやく気づいた時にはもう遅かった。ハミィが止めようとする間もなく、セイレーンは人々を不幸に貶める怪物を呼ぶ呪いの言葉を口にしていた。

 

「いでよ、ネガトーーーーーーーーーーーン!」

 

 

---

 

 

「……響、今の!」

 

「うん、間違いない!」

 

ネガトーンが誕生と共に吐き出した悲しみの音の産声。それを響と奏の二人は耳にしていた。

 

 

---

 

 

「……! まずい……ハルナ部長、わたしちょっと行って来ます!」

 

「お、お~い! 和音?」

 

それは、部活の仲間と練習していた和音の耳にも……

 

 

---

 

 

「……大変だわ!」

 

自宅で、スイーツ作りに勤しんでいた聖歌の耳にも届いていた。

 

 

---

 

 

「さぁ……やってしまいなさい、ネガトーン!」

 

「ネ~~~~~ガ~~~~ト~~~~~~~ン!」

 

「セイレーン、やめてニャ~!」

 

ネガトーンの出す悲しみの音の波動が、広場で演奏していた人々、音楽を聴いて楽しんでいた人々の心を悲しみに染めていく。

 

ハミィはその行いを止めさせようと、ネガトーンに指示を出すセイレーンの元に駆け寄ったが、セイレーンはそれを尻尾で軽く跳ね飛ばした。

 

「言ったでしょうハミィ! 今のあたしにとって一番大事なのは、アンタに勝つ事! あたしがこれをやめる事があるとしたら、それはあたしがアンタに勝った時よ!」

 

「セイレーンは、ハミィに勝てたらみんなを悲しませるのを止めてくれるのニャ? ……セイレーンにとって、幸福のメロディの歌姫になる事が勝つ事なのかニャ?」

 

体を起こしながらセイレーンに問いかけるハミィ。

 

「……? アンタ何を言って…………」

 

「ハミィは、ハミィは……セイレーンに歌姫の座を譲ってもいいニャ! ハミィの負けでもいいから……セイレーンに、ハミィの『親友』にもう一度、楽しそうに歌を歌って欲しいのニャ!」

 

「…………!」

 

ハミィの訴えかけに、セイレーンは一瞬驚いた後、目を伏せて体を震わせる。

 

不安そうに見守るハミィに対してセイレーンが顔を上げた時、そこに浮かんでいた表情は明確な“怒り”であった。

 

「歌姫を譲る……? 自分の負けでいい……? アンタの……アンタにとっての歌姫ってのは、その程度のものなの……? あたしは、こんな奴のために……」

 

「セイレーン、ハミィは……」

 

ハミィは何か弁明しようとしているのだろうが、言葉が続かない。

 

「うるさいわよ! あんたに譲られる歌姫なんてまっぴらごめんだわ! あたしは不幸のメロディでこの世界を悲しみの底に突き落とし、マイナーランドの歌姫として君臨する! ……さぁ、ネガトーン!」

 

「ネ~ガトーーーーーーン!」

 

ギターのボディを持つネガトーンが手に掴んだ巨大なピックで体の弦を弾くと、そこから周囲に悲しみの音が放射され、人々に悲しみを生んでいく。

 

「……待ちなさい!」

 

悲しみの嘆きに包まれていた広場に駆け込んだのは、各々でネガトーンの出現に気づき、合流して駆けつけた響、奏、和音、聖歌の四人だった。

 

「フン、来たわねプリキュア。ネガトーン、やっておしまい!」

 

「ネ~~~~~~ガ~~~~~~~~!」

 

迫り来るネガトーンを前にして、変身アイテム・キュアモジューレを取り出す四人。響と奏の二人は今日の一連の出来事を思いだし、一瞬躊躇するも、目の前のネガトーンは待ってはくれない。

 

「「「「町のみんなを悲しませる事は……絶対に許さない!」」」」

 

「ドドッ!」「レレッ!」「ララッ!」「ドドーッ!」

 

桃・白・青・紫の四色のフェアリートーンが飛び出し、四人それぞれのキュアモジューレに合体する。

 

「「「「レッツプレイ! プリキュア・モジュレーション!」」」」

 

キュアモジューレからハートマークのト音記号が飛び出し、四人の体から溢れ出す音の力の奔流が、彼女たちの姿を変えていく。

 

「爪弾くは荒ぶる調べ! キュアメロディ!」

 

「爪弾くはたおやかな調べ! キュアリズム!」

 

「爪弾くはほとばしる調べ! キュアビート!」

 

「爪弾くは煌めく調べ! キュアシンフォニー!」

 

「「「「届け! 四人の組曲! スイートプリキュア!」」」」

 

四人のプリキュアが揃い、かけ声と共にその場に舞い降りた。

 

響の変身したキュアメロディ、そして奏の変身したキュアリズム。二人は安堵する。最悪、和音と聖歌の間に生まれる不和によってハーモニーパワーに障害が生まれ、変身出来なくなるかもしれないと考えていたからだ。

 

だが、和音の変身したキュアビートにも、聖歌の変身したキュアシンフォニーにも、おかしな様子はない。メロディとリズムがそんな風に考えている間にも、ネガトーンがどんどん四人に迫ってくる。

 

「ネーーーーーーーーーガッ!」

 

「ビートバリア!」

 

ネガトーンが振り下ろした拳を、ビートが専用武器・ラブギターロッドから発したバリアで受け止める。

 

その後ろから、メロディとリズムが左右に飛び出し、ネガトーンへ向け大きく跳躍する。

 

「「たああああああああああっ」」

 

「ネガッ!」

 

ネガトーンがそれを叩き落とそうと左腕を振り上げたが、ネガトーンのその動作を先読みしていた者がいた。

 

「チューニング1! ブラストトランパー!」

 

シンフォニーの必殺武器・シャイニングトランパーのラッパ口から放出された虹色の光の渦が、ネガトーンの体に命中し、その体をよろけさせる。

その直後のタイミングで、メロディとリズムは急降下からのキックをネガトーンに浴びせかけた。

 

「ネ~ガ~~~~~~!」

 

「チッ、やっぱりネガトーンに任せてちゃ無理か……! でもこういう展開になる事も分かってんのよ! ネガトーン! 狙いは後ろの紫のヤツ!」

 

「ネガッ!」

 

上体を起こしている所だったネガトーンは、セイレーンの指示に反応し、握り込んだ手のひらの内から巨大なギターピックを出現させると、それを手裏剣のように投げ飛ばす。

 

宙で回転しながら、巨大なギターピックはキュアシンフォニーへ向け飛んで行く。しかし、その攻撃を遮ったのはまたもキュアビートだった。

 

「ビートバリア!」

 

ビートの作り出したバリアがギターピックを弾き飛ばす。

 

体を起こしたネガトーンは再びシンフォニー達へ向けギターピックを投げ飛ばそうとするが、メロディとリズムがネガトーンの前に飛び出す。

 

「そうは……」

 

「させない!」

 

「そうはさせない……を、させないっ!」

 

「ネッガ!」

 

真正面から同時にパンチの一撃を叩き込もうとしたメロディとリズムだったが、セイレーンの声を受けてまたもネガトーンが反応する。ギターネガトーンの体に張られている弦の上部の留め金が二つ外れ、引っ張ったゴムを放した時のように、二本の弦が勢い良くメロディとリズムへ向かって振り下ろされたのだ。

 

「…………嘘っ!?」

 

「そんなのアリ……あいだっ!」

 

ムチのように振るわれた弦によって二人は地面へと叩きつけられる。

 

弦が自動的に元の位置に戻ると、ネガトーンは再びギターピックをシンフォニー達へ向け投げつけ、同時に自らもシンフォニー達へ向け突撃した。

 

「ビートバリア! ……って、ええ!? ちょっと!?」

 

「ネ~~~~ガ~~~~ト~~~~~~~~ン!」

 

ギターピックの連続攻撃を防ぐビートだったが、矢継ぎ早に続くギターピックの手裏剣攻撃に加え、走り寄って来たネガトーンのダッシュストレートによって体勢を崩された事でバリアが掻き消えてしまう。

 

「ビート!」

 

「あっ、まず…………うわぁっ!」

 

バリアが消えた所にコンビネーションの左ストレートが決まり、ビートとシンフォニーは一緒に殴り飛ばされてしまった。

 

「セイレーンさまぁ~~~~!」

 

「いつの間にか、戦いが始まっていたんですね……おおっ、なかなか優勢ではないですか!」

 

「アンタ達……」

 

セイレーンの元へと集まって来たのは、セイレーンの部下であるトリオ・ザ・マイナーの三人。息を切らせながら言葉を吐くファルセット、バリトンに、バスドラも続く。

 

「あなた自身が再び出たからには、今度こそプリキュアに遅れを取る事もありませんな」

 

「………………」

 

今まで通りだったなら、不満のあるリーダーに対し嫌味や文句のひとつも言っていたバスドラだが、今回のその言葉は嫌味として言ったのではなく、かつての壮絶な戦いを繰り広げたセイレーンの姿を見た事から来る期待と信頼を込めたものであった。

 

……しかし、バスドラは知らない。あの時のような、ネガトーンに自らの体に宿る音の力を注ぎ込みパワーアップさせるような戦い方は、今のセイレーンには出来ないのだ。

 

そして、一見優勢に見える現在の戦いにあっても、セイレーンは余裕の高笑いなど一切見せていない。このまま行けばプリキュアを倒す事が出来る……などとは、セイレーン自身少しも考えていなかったのだ。

 

「ネ~~~~~ガ~~~~~~!」

 

倒れるシンフォニーとビートに追い打ちをかけようと近づくネガトーンだったが、その背後から体勢を立て直したメロディとリズムが駆け込んでいた。

 

「待てぇぇ~~~~~~~~い!」

 

「ネガトーン! 後ろよ!」

 

「ネガ? ……ット~~~~ン!」

 

セイレーンの声で振り返ったネガトーンの体の弦の留め具が弾けていき、再び二人へ向けムチのようにしなる弦が襲いかかる。

しかし、先ほどは左右からの挟撃を狙っていた二人が、今度はメロディを先頭に縦の陣形を取っていた。

 

「見せる、女の、ど根性~~~~~~~~~~~っ!」

 

一足先に飛び上がり、両腕をクロスさせて弦の鞭攻撃を受け止めるメロディ。しかしネガトーンが全ての弦を攻撃に放った事で、耐えしのいでいたメロディもついに弾き飛ばされてしまう。

 

だが、メロディが攻撃で弾かれたのと入れ替わりに、今度はリズムの方がネガトーンへ向け飛び上がっていた。

 

「ごめん、メロディ……ありがとう! …………やぁああああああああっ!」

 

弦が全て外れて地面に垂れ下がった状態になり、更にメロディを迎撃完了した事で油断していたネガトーンは、続けて来たリズムの攻撃に反応する事が出来ず、空中回し蹴りをまともに顔面に受ける。

 

「ネ~~~ガ~~~~!」

 

よろめく体を踏ん張らせようとしたネガトーンだったが、今度は後ろから来た衝撃によって前のめりに倒れ伏す事になった。

 

「……ビートソニック!」

 

「……ブラストトランパー!」

 

メロディ達の攻撃の合間に、ビートとシンフォニーの方も体勢を立て直していたのだ。

 

キックの反動から着地したリズムの側にメロディも駆け寄り、倒れるネガトーンを四人が二人ずつの組み合わせで挟む形となる。力を合わせた今の四人には、ネガトーンは敵ではなかった。

 

「ああっ! 不味いですよぉ~~~~~~!」

 

「このままでは負けてしまいます!」

 

「セ、セイレーン様、このまま黙って見ていていいのですか!」

 

「…………くっ」

 

ファルセット、バリトン、バスドラが慌てふためき、セイレーンの次の行動に期待を寄せたが、今のセイレーンに出来る事は無い。

 

……いや?

 

「…………!」

 

セイレーンは怪しい色を帯びたネックレス・チャームをちらりと下目で見た。与えられた新しい力。これを使えば、あるいは……

 

セイレーンの頭に浮かんだその考えは、結局実行される事は無かった。

 

 

---

 

 

「「プリキュア・ミュージックロンド!」」

 

「プリキュア・ハートフルビート・ロック!」

 

「プリキュア・シンフォニックレインボー・ファンファーレ!」

 

前後それぞれから放たれた二対のトーンリングが、ネガトーンの体を囲うようにして固定される。

 

「「「「三拍子! いち、にぃ、さん!…………フィナーレ!」」」」

 

「ネガ……ネガ……ネムイネムイ…………」

 

四人の刻む三拍子のリズムにより音の力が爆発、ネガトーンが浄化の安らぎの中で眠りに付き、元のギターに戻ったのを確認して、ハミィがその場に飛び出した。

 

「みんな、やったニャ! ニャップニャプ~!」

 

ハミィが両前足を合わせると、そこから放たれたハート型の光がギターの元へと飛んでいく。

 

……しかし。

 

「よっこいせっと」

 

ハートの光がギターに命中しそうになったその瞬間、そのギターが“何者か”の腕によって持ち上げられ、その場を見守っていたプリキュア四人、ハミィ、そしてマイナーランド一同も一斉に驚きの声を上げた。

 

「えっ!?」

 

「……なに? あのおじさん!?」

 

メロディの言葉に答えられる仲間はいなかった。

 

ハミィが音符を取り出す作業に入るまでの一連の工程の間も、プリキュアの四人がギターを取り囲んでいたのだから、誰かがそこに紛れ込むなど不可能な状況のはずだったのだ。

 

だが、その男は“現れた”。赤い長髪、赤い口髭に顎髭、動物の骨のような意匠が施された服を身に纏った男。そう、それは……

 

「「「メフィスト様~~~~~~~~~~!?」」」

 

メロディ達の疑問に対し答えを出したのは、トリオ・ザ・マイナーの合唱だった。

 

トリオ・ザ・マイナーは驚愕の表情を浮かべ、一方のセイレーンは……驚きや困惑以上に、メフィストがこの場に現れた事に対する苛立ちのような表情を見せていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! メフィストって、あのマイナーランドの王様だって言う……!?」

 

「ハミィ、本当にあれが……!?」

 

「そ、そうだニャ……確かにあの日、メイジャーランドの大音楽会に現れた人だニャ!」

 

ビートとメロディの驚きの声にハミィが答える。

リズムとシンフォニーも動揺を隠しきれないといった様子だ。

 

敵味方問わず混乱を生んでいるこの状況で、混乱の渦の中心にいる当のメフィストは、ギターを左肩に担ぎ、その混乱を楽しむかのようにニヤニヤと笑って見せている。

 

「メフィスト様……一体どうしてこのような場所に?」

 

「おいおい、その言いぐさはなかろう? 上司自らが部下のピンチを救いに駆けつけてやったと言うのに!」

 

セイレーンが苛立ちを押さえながら絞り出した言葉に、メフィストはおどけた調子で答える。

 

「まったく危機一髪だったよなぁ? 俺様が来ていなかったら音符をまた奪われる所だったぞ」

 

「くっ……」

 

相手を憎々しげに睨め付けたまま何も言い返せないセイレーン。

 

セイレーンとメフィストが対峙し、マイナーランド間での会話が続く中、いきなりビートがそれに割り込んだ。

 

「ちょっと待ちなよ! あなた……本当にマイナーランドの王様のメフィストなの!?」

 

「……おっとこりゃ失礼、プリキュアの諸君。自己紹介を忘れていたなぁ。そう、俺様こそがマイナーランド国王のメフィスト様だ。……で? だとしたらどうだというのだ?」

 

メフィストの挑発的な自己紹介を聞いて、ビートは一歩踏み出した。余裕の表情を崩さないメフィストに向け強い意志の篭った視線を投げかける。

 

その動作、表情の険しさに、隣に居たシンフォニーが気づいたその時……

 

(ビート…………?)

 

(こいつが敵の親玉……全ての元凶……こいつを捕まえる事が出来れば、戦いは終わる……もう誰も、苦しまないで済むんだ……!)

 

……ビートはメフィストに向け駆け出していた。

 

「でやぁあああああああああああああっ!」

 

「ビート! 待って!」

 

止める間もなく突っ込んでいったビートを、シンフォニーが追う。

 

メフィストはギターを担いだまま余裕の表情を崩さず、それは目の前にビートの拳が迫ったその瞬間も変わらなかった。

 

「ふう、やれやれ…………そらっ」

 

「うっ!?」

 

メフィストがビートの拳を右掌で軽く受け止める。いや、ビートの拳はメフィストの手に届いておらず、宙で静止している。メフィストの手から発せられる何らかの力が、ビートの拳を押し留めているのだ。

 

「“メイジャーランドの音の力”が俺様に通じるか。……馬鹿め」

 

(えっ…………?)

 

後ろから駆け込んでいたシンフォニーが、メフィストの口にした“妙な言い回し”に気を取られた直後、シンフォニーは真正面から突っ込んできたビートに巻き込まれて吹き飛ばされていた。

 

「きゃあああっ!?」

 

「うっ…………これは……っ!?」

 

二人の体が宙で絡みながら飛んで行ったかと思うと、空中で突然静止する。その二人の体の周囲には、二人を捕らえるように囲う光のリングが存在していた。

 

ビート達には見覚えのある、それは音の力を宿した光のリング。

 

(トーンのリング…………!?)

 

「ほぅらよ!」

 

「うわああああああっ!」

 

メフィストが右手を振り上げると、リングに拘束されたビートとシンフォニーがメフィストの頭上を弧を描くように飛んで行き、逆側からメフィストの元へ駈け込んでいたメロディとリズムに向かって墜落した。

 

「プリキュアか……強大な音の力を持っていても、足並みが揃わねばこの程度のものよ。ハーモニーパワーが聞いて呆れるな…………さて」

 

四人積み重なって倒れるプリキュア達の姿を確認し、メフィストは再びセイレーンに向き直った。

 

「聞こうかセイレーン! 何故お前は、確実に敗北するあの状況に至っても、俺様が渡した力を使おうとしなかった?」

 

「………………」

 

「「「セイレーン様……」」」

 

セイレーンは目をつむってメフィストの言葉を聞いている。上司直々の登場と追及に、トリオ・ザ・マイナーらも、セイレーンがどう答えるのか不安げに見つめている。

 

瞳をスッと開いたセイレーンから出た言葉は、上司のメフィストに対して弁明する時の言い訳がましいものではなく、どこか強い決意を込めたものであった。

 

「……メフィスト様。あたしは確かにあのハミィやプリキュア達に勝ちたい。でも……あたしにだって最低限のプライドというものがあります。もうあたしはあんな音楽そのものを否定する力は使わない。マイナーランドの不幸の音楽で、正々堂々とハミィやプリキュアを倒す。きっとそれが、あたしにとっての本当の勝利……!」

 

「……セイレーン」

 

遠巻きにその様子を見ていたハミィは、音楽に対する強い想いを、自分達に対する敵対心によって示すセイレーンの姿に、複雑そうな表情を見せる。

 

一方、セイレーンの決意を聞いたメフィストは、しばらくの間黙りこくっていたかと思うと、突然右手で顔を覆い、くっくっく……と低い声で笑い始めた。

 

「メフィスト様……?」

 

「くっくっく…………だぁ~~~~っはっはっはっは! プライドだ? 正々堂々だ? ……ぶわぁぁ~~~~~かかお前は!」

 

「…………なっ!?」

 

いきなりの直球の罵倒に驚くセイレーンに対し、メフィストは右手でびしっと指差した。

 

「何を勘違いしとるんだ、お前は? お前は歌姫の座をハミィと奪い合い、そして負けた。お前がハミィに“勝つ”為には、もう一度幸福のメロディの歌い手としての座を、同じ舞台で争わなければならん。それが“正々堂々の勝利”というものだ!…………だがお前はマイナーランドへと下り、不幸のメロディの歌姫の座についた! 何故だ?」

 

「そ、それは……」

 

言い淀むセイレーンに向け、メフィストが「俺が代わりに言ってやる」とばかりに大声で言った。

 

「歌姫としての実力では“自分はハミィには敵わない”と気づいてしまったからだろうが! マイナーランドに下った時点でお前はただの負け犬……いや負け猫だ! “本当の勝利”など最初から無い! そんなお前がハミィに対して出来る事といえば……『ハミィに自分と同じ敗北感を味わわせてやる』事くらいだ!」

 

「…………」

 

メフィストの言葉に責められながら、セイレーンは横目でハミィを見た。

 

セイレーンがどうするつもりなのか、不安そうに見つめているハミィの姿……それを見て、セイレーンの脳裏に、先ほど交わしたハミィとの会話が浮かぶ。

 

自分から奪い取った栄光を、あっさりと捨て去ろうとしたハミィ。それも『親友に楽しく歌を歌って欲しいから』などという理由で。

 

……敗北感と勝利への渇望。

 

セイレーンは、自分が望むものを思い描いた。

 

(あたしはずっと失った勝利を追い求めていた。…………でも、今あたしが本当に求めているものは……)

 

セイレーンのネックレスに、邪悪な色が宿っていく。

 

それを見てメフィストは口元を歪め、左肩に担いだギターを放り投げる。

 

「さぁ…………やれ! セイレーンよ!」

 

「……いでよ! ギガトーーーーーーーーーーーーン!!!」

 

セイレーンの声をネックレスが吸収、黒い稲妻のような光を周囲に放出し、それがギターへ向かって一気に結集する。

 

ギターに骨のような腕、足が生え、巨大化したその体には二つの目が出現する。そこまでは先ほどのネガトーンと同じ姿。

 

しかしその変化はそこでは終わらなかった。

 

体の各部から突き出た骨は黒く染まり、背中からは鳥の羽の骨格のような部位……左右に大きく広がる異形の翼が伸びていた。見開かれた瞳もより鋭いものへと変化し、全身には黒い光が宿っている。

 

「ギ・ギ・ギ……………………ギ~~~~~~ガトーーーーーーーーーーン!」

 

「う……な、何!?」

 

「ネガトーンが……パワーアップした!?」

 

立ち上がったメロディ達の前には、新たに邪悪な装いを見せる“ギガトーン”が立ちはだかっていた。

 

「くっくっく……これでいい、セイレーン。後はあのギガトーンの力を存分に振るうがいい」

 

「………………」

 

ギガトーンの姿を確認し、満足したようにメフィストは虚空へと姿を消した。

 

後には鋭い表情でプリキュアを見据えているセイレーンと、メフィストの登場・ギガトーンという新たな怪物の誕生に怖じ気づいているトリオ・ザ・マイナーが残された。

 

「せ、セイレーン様……」

 

「ほ、ホントにこんなのを使うつもりなんですかぁ~!?」

 

「……………」

 

「見ての通りよ。嫌なら、アンタ達はとっとと帰る事ね。…………さぁ、行け、ギガトーン!」

 

「ギ……ギガ~~~~ギ~~~~!」

 

戸惑うトリオを置き去りして、セイレーンは歌声による指示をネックレスへと吹き込み、邪悪な色を宿したネックレス・チャームからの波動を受けたギガトーンが、不快な鳴き声を轟かせて宙に飛び上がった。

 

その鳴き声は空中で更に高まり、ネガトーンが悲しみの音を広げるのと同じように、ギガトーンは不快な騒音を周囲にまき散らせる。

 

「うわぁあああああああ!…………あ……ぁ……」

 

悲しみの音によって暗く悲しい気持ちに沈んでいた人々は、ギガトーンの出す騒音に、最初こそ耳を塞ぎ、大声を上げて苦しんでいたが、そのうち力を失ったようにその場に倒れていった。

 

「ああっ、町のみんなが!?」

 

「い、今までのネガトーンとは、違う……!?」

 

ビートとシンフォニーが騒音にその耳を塞ぎながら、周囲の人々の様子を見て言った。

 

ギガトーンの出す音の力によってダメージを受けるのと同時に、プリキュアの一同は過去のある忌まわしき記憶が呼び起こされるのを感じていた。そう、それは……

 

「この……不快な音は…………」

 

「『破壊の音』…………!」

 

「えっ……破壊の、音……!?」

 

「そ、そうだ……この頭の中を引っ掻き回されるような嫌な感じ、確かに覚えが……!」

 

メロディとリズムの言葉にビートとシンフォニーが驚いている間に、宙に飛び上がっていたギガトーンが重力に従って落下を始めていた。その落下地点は、破壊の音の波動を受けて苦しむメロディ達の立っている場所。

 

メロディ達がそれに気づいて飛び退いた直後、ギガトーンがその重量を伴って地面に着地、巨体が生み出す衝撃を周囲に轟かせた。

 

ギガトーンは間髪入れぬまま振り返り、次の行動へ移る。仁王立ちした状態で、その背から生えた骨組みの羽を細かに振動させ始めたのだ。その振動は少しづつ大きなものへと変わっていき、それと比例するように、周囲に鳴り響く不快な音も徐々に大きくなり、ギガトーンはその体に黒い雷光を纏っていく。

 

「まずい! あいつ、何かを始める気だ! 早く止めないと!」

 

「分かった!」

 

「……待って!」

 

不気味に鳴動を続けるギガトーンに対し、行動を止めるべきだとビートが行動を促したが、動き出したメロディとビートの二人をシンフォニーが呼び止める。

 

「あのギガトーンは、今までの相手とは根本的に何かが違う! 今うかつに仕掛けたら命取りになりかねないわ!」

 

「た、確かに……」

 

「でも……!」

 

慎重に行動すべきと諭すシンフォニーの言葉に頷くリズムと、難色を示すメロディ。

 

仲間の顔、敵であるギガトーン、それぞれが視線を泳がしながら行動に迷ったその一瞬、ビートはある事に気づいて目を見開き、その直後にはギガトーンへ向け走り出していた。

 

「まずいっ!」

 

「!? …………ビート!」

 

次に動き出し、ビートの背を追ったのは、直前にビートに視線を向けていたシンフォニーで、視線をギガトーンへと向けていたメロディとリズムは一瞬行動が遅れた。

 

「っ…………間に合えっ!」

 

全速力で走るビートの視線の先にあるのはギガトーンではなかった。後ろから追うシンフォニーにもようやく確認出来た。ビートが目指しているのは、ギガトーンの数メートル後方に倒れる少年。

 

ギガトーンの出す破壊の音波を受けてその場に倒れてしまったのだろう。今この瞬間にも、何らかの力を体に集中させているギガトーンが、そのままその力を解放したら…………

 

ビートはギガトーンの足下をスライディングでくぐり抜け、その勢いのまま少年を脇に掴み、素早く立ち上がって逃げようとした。しかしその時には既に、ギガトーンは行動を開始していたのだ。

 

「ギ・ギ・ギギ………ガガガガガガーーーーーーーーーーーーッ!」

 

体に走る雷光と振動が最高峰に達した瞬間、ギガトーンの体から黒い衝撃波が前方に向けて放たれた。ギガトーンと距離があったメロディとリズムは、とっさの判断で大きく飛び上がり、それをかわす。

 

子供を抱えたビート、そしてそれを追う形でギガトーンの足下を潜り抜けていたシンフォニーは、ギガトーンの放つ衝撃波攻撃とは逆方向に居たものの、放たれた衝撃による余波を近くで受けた事で大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「うあっあああああああああっ!」

 

「ぁあああああああああ!!!」

 

地面に転げるビートとシンフォニーの二人。ビートは地面を転げながらも、両腕で少年の体を包み、衝撃を自分の体で受け止めていた。

 

「ギギ……ガガ…………」

 

ズシン、ズシンと足音を鳴らしながらビート達の方に振り返るギガトーン。そしてギガトーンは再びその両羽を広げ、鳴動を開始させる。

 

再度高まる振動と雷光。だがその力が高まる速度は、先ほどよりもずっと速かった。

 

「まずい、はやくっ……!?」

 

「うっ……!?」

 

今まさに二度目の破壊の音の衝撃が来ると察知して、ビートとシンフォニーはその場を飛び退こうとしたが、先ほどの衝撃で受けた破壊の音の力の影響か、一瞬足に痺れが走り、二人はその場にへたりこんでしまった。

 

「ギ・ギ・ギギギギギギギギギギギギギ!」

 

再び放たれる破壊の音の衝撃。回避のタイミングを失った二人は、ビートは自分の背で、シンフォニーは自分の体で、少年を庇おうと体を動かした。

 

しかし、二人が覚悟したような痛みは起こらない。破壊の音の衝撃は、二人の手前で止まっていた。

 

「……メロディ!」

 

「……リズム!」

 

先ほどの攻撃を回避していた二人が駆けつけ、自らの体を盾に二人をかばっていたのだ。

 

「あ……ぐ……」

 

「ぐ……うう…………」

 

破壊の音の衝撃を受け後ずさりながらも、ビート達を庇って耐え続ける二人。やがて衝撃は途切れ、攻撃を受けきった二人はその場に膝を突く。

 

「……メロディ! 大丈夫!?」

 

「う、うん、なんとかね…………」

 

「リズム、こんな無茶をして…………!」

 

「二人とも……その子も、無事ですか…………?」

 

破壊の音の余波による一時的な痺れから抜け出したビートとシンフォニーは、慌てて二人の側に駆け寄った。

 

リズムの視線の先、ビートが抱える少年は、破壊の音の影響で意識を失ったままだったが、先ほどの混乱の中でも奇跡的に傷一つ負っていない。四人が安堵の表情を見せそうになったその時、再びギガトーンが動き出す気配を見せていた。

 

「…………今は一旦隠れましょう!」

 

「……うん、分かった…………」

 

そのシンフォニーの提案には、ビートも反論する事は無かった。

 

「あいつら……逃げた…………ッ! ハァッ、ハァッ……!」

 

戦う相手を見失ったセイレーンは、その瞬間自分の体にかかる大きな負担を感じ、荒く息を吐く。ギガトーンの発する破壊の音の力は、それを操るセイレーンの身にも跳ね返っていた。

 

破壊の音の反動を、消耗した体で受けるセイレーンの疲労は並々ならぬもの。

 

「「「…………」」」

 

そんな必死の状態のセイレーンの姿を、かつてセイレーンがネガトーンに力を与えて戦っていた時と同じように、トリオ・ザ・マイナーは畏怖と驚嘆の感情を持って見守って居たのだった。

 

 

---

 

 

「みんなー! 大丈夫かニャ!?」

 

ビートとシンフォニーは相手からは死角となる路地裏で、少年と、メロディ、リズムを地面に寝かせていた。

 

ハミィが駆け込んで来たその状況は、楽天家のハミィが不安の色を隠せないほどに深刻なものだった。

 

「はぁ…………はぁ……体が…………痺れたみたいに、動かない…………」

 

「まさか……破壊の音を使うネガトーンだなんて…………」

 

「メロディ……リズム……こんニャ事になるニャんて……」

 

破壊の衝撃を真正面から受けた二人の体は、破壊の音の力によってボロボロになり、痺れる体は動かす事もままならない状態。それを見てハミィは顔をうなだれ、ビートとシンフォニーの顔にも不安と焦燥が浮かぶ。

 

「ギ・ギ・ギ・ガ・ギ・ガ……」

 

シンフォニーが外を伺う。ギガトーンは不快な鳴き声を上げながら、変わらず町中を闊歩している。先ほどの破壊の音の衝撃を使ってくる様子は無いとはいえ、ギガトーンがただ動いて鳴きわめいているだけで、町中に破壊の音の力は広がっていくのだ。

 

ビートは横たわる少年を見る。このまま放置していては、当然この少年一人だけでなく、大勢の人間に被害が及ぶ。

 

「なんとか……しないと……」

 

「わたし達で……やるしかない…………!」

 

緊迫した面持ちのシンフォニーとビートを見つめていたメロディとリズムは、その時気づく。

 

二人それぞれの視線。シンフォニーは怪音波を発しながら町をうごめくギガトーンの姿を、ビートは固く握らせた自分の拳を見ている。

 

いや、視線の問題では無い。今ギガトーンに立ち向かわんとしている二人、肩を並べ、力を合わせなければならないはずの二人が、どちらも共に戦うパートナーに対して心を向けていないのだ。

 

ギガトーンに挑むべく踏み出すビートとシンフォニー、二人の手を、メロディとリズムがそれぞれ掴んだ。全身に破壊の音のダメージを受けた今の二人の、精一杯の行動だった。

 

「えっ…………」

 

「メロディ、リズム…………?」

 

「二人とも、聞いて……!」

 

メロディは力強い眼差しでビートとシンフォニーを見つめ、話し始める。

 

「あのギガトーンの使ってる“破壊の音”は……自然や、人々を傷つけて……それだけじゃなく、自分自身の体を流れる命の音を破壊してしまう危険な音なの」

 

ビートとシンフォニーが、町を歩くギガトーンへ再び視線を向ける。

 

ギガトーンは敵であるプリキュアが見つかっていないというのに、突然地団太を踏み始めたり、腕を振り回したりと突発的で奇怪な行動を起こしていた。その体から発せられる不安定なリズムの鳴き声も相まって、その様は壊れた音楽プレーヤーを彷彿とさせた。

 

「そういえば、あのギガトーンって、なんだか苦しんでいるようにも見える……」

 

ビートがどこか哀れみを含んだような目線をギガトーンに向ける。

 

「アフロディテ様が言ってた。『秩序を混沌に変える破壊の力に対抗出来るのは調和の心だけ』だ、って」

 

「調和の心……」

 

リズムの言ったその言葉を、シンフォニーが反芻するように繰り返した。

 

「調和の心って言葉の意味、わたし、ちゃんと理解出来てる訳じゃないけど……それって多分、凄く単純な事だと思う。凄く単純で、凄く難しい事……それは、自分の仲間と、大切な親友と、心と心で向き合って、ちゃんと理解し合うって事」

 

「親友と、理解し合う事…………」

 

今度のメロディの言葉を繰り返したのはハミィだった。

 

ビートとシンフォニーに二人が必死で訴えかけるその光景は、周囲が破壊の音に包まれる中で、そこだけ別空間になっているかのように浮いていて、隣で見ているハミィにはとても不思議で、幻想的な光景に映っていた。

 

実際、不思議だったのだ。その光景は。

 

ハミィが初めて出会った時は、何かと理由を付けては喧嘩ばかりをしていた響と奏の二人。そんな二人が、今は逆に、心に不和を抱えた者達に、調和の心の意味を説いているというのだから。

 

「和音、聖歌先輩、私達には二人の間に何かあったのかは分かりません。でも…………」

 

「二人になら、調和の心の意味を見つけ出せるって、信じたい……ううん、信じる!」

 

「響…………」

 

「奏…………」

 

二人の言葉を聞き終えて、ビートとシンフォニーは互いを見合わせる。未だ不安の残る二人の表情ではあったが、少なくとも先ほどとは違って、お互いがお互いを見ようとしている。

 

今自分達に出来るのはここまでだと悟って、メロディとリズムは手を離す。

 

「行こう、シンフォニー……」

 

「ええ……ビート」

 

送り出されたビートとシンフォニーは路地裏から飛び出し、その存在を察知したギガトーンとの攻防が始まる。

 

そんな光景を、メロディとリズムは戦う事の出来ない自分達の体を呪いながら、二人の勝利を強く、強く願いながら見守っていた。

 

それはもちろん隣にいるハミィも同じ。

 

しかし、ハミィの心の中には、二人の勝利を願う気持ちとはまた別に、メロディとリズムの言葉を受けた二人が何を見せてくれるのか……そんな期待と不安の入り混じったような気持ちも含まれていた。

 

 

---

 

 

「ビートソニック!」

 

ビートがラブギターロッドを弾き鳴らすと、ビートの周囲に音符をかたどった光の矢が出現し、ギガトーンへ向け飛んでいく。

 

「ギ・ガガ!」

 

ビートソニックはギガトーンに命中してその破壊力を炸裂させるが、ギガトーンはひるまない。

 

「このぉ!」

 

ビートはギガトーンへと接近し、パンチ、キックの乱打で攻撃を加える。しかしギガトーンはへこたれる様子もない。

 

「ビート! 私達二人の力では、この相手を抑え込む事は出来ないわ! 遠距離からダメージを与えていくしか……!」

 

「それじゃだめだよ! こいつを自由にさせちゃ……!?」

 

ビートがシンフォニーを一瞥したその隙に、ギガトーンは羽を広げて、再三となる準備行動を開始した。ギガトーンが力を溜める速度は、初めに破壊の音の衝撃を放って以降、どんどん速まっている。

 

ビートが安全圏内に逃げる間もなく、ギガトーンは力を最大限にまで高めていた。

 

「しまっ……!」

 

「……! チューニング1! ブラストトランパー!」

 

ギガトーンが行動を開始する直前、シンフォニーはシャイニングトランパーの第1ピストン部にシリーを合体させ、技を放っていた。

 

しかし、その技の狙いは敵であるギガトーンではなく、今まさにギガトーンの攻撃に晒されそうになっていたビートの方だった。

 

プリキュアの扱う浄化の力は、プリキュア自身にダメージを及ぼす事は無い。ビートを巻き込むように空中へ向かった虹色の旋風は、ビートの体を宙へと舞い上がらせ、破壊の音の衝撃から彼女を間一髪救ったのだった。

 

シンフォニーは空中で体勢を崩しているビートの体を抱えると、再び別の路地裏へと逃げ込んだ。

 

「あいつら、逃げてばかり……これで終わりなの? この程度なの? アンタ達の力は…………」

 

ギガトーンを操り、疲労感に蝕まれながら、セイレーンはどこか不満そうな表情を見せていた。

 

 

---

 

 

「…………ありがとうございます、シンフォニー」

 

「……どうしてあんな無茶をしたの? あなたにも分かっていたはずよ、あんな戦い方では、自分が持たないという事くらい」

 

自分の失敗をシンフォニーがフォローしてくれた事に対し、ビートには自分を恥じる想いと感謝の気持ちが確かにあった。しかし、そのシンフォニーの言葉にビートは反論せずにはいられないようだった。

 

「いいや、駄目だ! あのギガトーンは無茶でもしないと倒せない、いや、無茶してでも倒さないといけない!」

 

「……何故なの? 和音…………サッカーの試合を見ていても分かる。あなたは周囲の状況を見て的確な行動の取れる人。……それなのに、最近のあなたは無用な危険を冒してばかりでらしくない。分からないわ、和音……どうしてなの?」

 

「……分からないのは聖歌先輩の方だよ!」

 

“和音”の叫びに、“聖歌”はたじろいだ。こんな風に感情を発露させる和音の姿に、聖歌は覚えがない。

 

いや、無いわけではない。ネガトーンプリキュアとして響達に対峙していたあの時……響に思いの丈をぶち撒けたあの時。あの時の姿と今の和音は重なる。

 

「なんで……なんでいつもそんなに冷静なんですか! ……あの音、『破壊の音』を聞いても、まだそんな平気な風だなんて……」

 

「和音……?」

 

和音は体を震わせている。それは怒りによるものか、悲しみによるものか、もしくはその両方か。

 

「わたし達はセイレーンに操られて……ううん、そそのかされて、悪のプリキュアとして『破壊の音』を使って響達を苦しめた。……今でも忘れられない。自分勝手な気持ちで響を縛ろうとして、苦しめた時の事……ずっと、あの時の事が頭を離れない……」

 

「和音、あなたは今まで……ずっと、それを恐れていたの?」

 

「そうだよ! 怖いよ! 今はプリキュアの仲間入りして、人を守るなんて言ってるけど、また……あの時みたいに、自分勝手な気持ちで響を傷つけちゃうんじゃないかって、それが怖い……! だからしばらくは、響と一緒に居る事も、少し怖かった……」

 

聖歌はそこでハッと気づく。

 

「!……和音、もしかして、あなたがサッカー部に入部したのは……」

 

「見つめ直したかったんだ、自分を……響の居ない所で。それが出来なかったら、もう一度、響と向き合う事も出来ないんじゃないかって……」

 

うなだれて話す和音。

 

聖歌は知っている。和音が前に進んだからこそ生まれた、響の苦悩を。だが、響の心を動かした和音の決断の裏にも、彼女の苦悩があった……

 

「あなたは、色んな事に焦っていたのね。響との関係にも、プリキュアとして人を守る事にも……」

 

聖歌の言葉に和音が小さく頷き、そしてまた強い感情を込めた言葉で言う。

 

「わたし達は悪のプリキュアとして『破壊の音』を使って二人を苦しめた。それなのに……また! わたし達のせいで二人は『破壊の音』を受けて苦しんでる! こんな状況で、冷静になんてなれない!……分からないよ、なんで聖歌先輩は平気なの!?」

 

心の中のわだかまりを全て吐き出した和音。

 

聞き終えた聖歌は、尚も冷静な態度は崩さず、しかし柔らかな笑みを浮かべて言った。

 

「違うのよ、和音。平気なんかじゃない。私も……同じなの」

 

「えっ……」

 

激しい感情に捕らわれていた和音の表情が戸惑いの色に変化する。

 

「私も……あの時の事を何度となく思い出すの。自分の勝手なプライドのために、奏を追い詰めていた自分。忘れる事は出来ない。ううん、忘れてはいけない事だと思う」

 

聖歌の儚げな表情の中に少し自虐的な様相が浮かぶ。

 

「でもね。奏達に救われて、プリキュアの仲間として戦う事を決めた時、私はその過去に囚われ続けてはいけないと思った。自分のやった事にちゃんと向き合い、人を助けようと思うのなら……自分にしか出来ない事、自分がやるべき事をやらなければならないと思ったの」

 

「聖歌先輩にしか……出来ない事……」

 

「ええ。戦いの中で、常に冷静に状況を見つめて、皆を正しい方向へと導く事……これはチームの中でわずかながらも先輩である私にしか出来ない事だと思ったし、それを続ける事で、みんなを守る事が出来ると思ったの」

 

「聖歌先輩、は……いつもそんな想いを持って戦ってたんですか……」

 

そこで一度聖歌はゆっくり首を振った。

 

「ううん、やっぱり駄目ね。『冷静に状況を見る自分』という役割に固執し過ぎて、結局は周りの事がちゃんと見えてなかった。さっきの男の子も、あなたの心の迷いも、気づいてあげる事が出来なかった。……これじゃ、『スイーツ姫』って肩書きを必死で守ろうとしてた時と、何も変わらないわね」

 

聖歌の秘めたる決意を目の当たりにして、和音は体をわなわなと震わせた。それは、今度は聖歌に対してではなく、自分自身に対する怒りから来るものだった。

 

「違う……そんな事ない! 聖歌先輩はいつも、みんなの事を考えて、みんなのために指示を出してくれてた! わたし、知ってたはずだったのに……! それなのに、苦しんでるのは自分だけみたいに思い込んで……!」

 

自責の念で表情を歪ませる和音の顔を聖歌が両手で支え、優しくその顔を引き上げる。

 

「たぶん、どちらかだけじゃ駄目なのよ。私一人だけではだめ。……和音、あなたはみんなの支えになって。みんなが、自分の立っている場所を見失わないように。私が気づけない事、見落としてしまった事を、あなたが受け止めて」

 

「そして、聖歌先輩が、みんなの進むべき道を示す……?」

 

聖歌は少し苦笑する。

 

「私の出来る範囲でね。……うん、和音が迷いそうな時、和音が道を間違えそうな時、その時は私がなんとかする。だからあなたも、私の事を……私の弱さを、ちゃんと見ていてね」

 

「それは……“わたしの出来る範囲で”って事ですよね」

 

今度は二人揃って声を出して笑い合った。

 

「破壊の音で苦しめられている人々のために、仲間のために……力を合わせましょう。今こそ、本当の意味で! ねぇ、キュアビート!」

 

「……はい、キュアシンフォニー!」

 

今、二人は並んで立って、一つの目標を見上げている。それは、戦う相手であるギガトーンのような……形のある存在を超えたもの。目の前に視線を向けながら、一方の心ではお互いを見つめ合い、共に歩んでいく事で見えてくるもの。

 

決意を新たにした二人は、再びギガトーンの前へと立ちはだかった。

 

 

---

 

 

「……逃げ回るのは止めたのかしら? どちらにせよ、たった二人じゃアンタ達に勝ち目はない……やれっ! ギガトーン!」

 

「ギッ………ガ」

 

セイレーンの歌声による指示を受けて、ギガトーンがプリキュアに迫る。

 

「ビートソニック!」

 

「ブラストトランパー!」

 

無数の光の矢と、虹色の旋風がギガトーンを襲うが、その攻撃を受けても一瞬ひるむだけで、ギガトーンはなおも巨体を揺らめかせて接近して来る。

 

「駄目だ! やっぱり力が……!」

 

「ビート、足よ!」

 

「足……? そうか……! 分かりました! ビートソニック!」

 

「ブラストトランパー!」

 

再び放たれた二つの技は、今度はギガトーンの巨体の足下へ向かった。ビートソニックは左足、ブラストトランパーは右足を襲い、左右の足それぞれに、不揃いな衝撃を受けたギガトーンは体勢を崩す。

 

「「今だ!」」

 

その一瞬を見逃さず、ビートとシンフォニーは同時に駆け出し、ギガトーンの体に鋭い蹴りを浴びせる。今度は完全にタイミングの一致した一撃に、ギガトーンは後ろに体を大きくよろめかせた。

 

「ガッ…………ガガガ!」

 

「なっ……!」

 

だが、ギガトーンはそのまま倒れる事は無く、両足を踏ん張らせて、身体を起こすのと同時に二人へ向け右拳を振り下す。

 

「……! シンフォニー、後ろに! ビートバリア!」

 

空中でシンフォニーの手を掴んで体勢を変更し、後ろに廻ったシンフォニーを庇いながらバリアを発生させるビート。

 

ギガトーンの拳から身を守る事は出来たが、ギガトーンの拳の勢いは止まらず、二人はバリアに包まれた状態で地面に叩き付けられた。

 

「……ハァッ、ハァッ…………!」

 

苦悶の声が上がったのはプリキュアの側からではなく、ギガトーンを操る歌声を発しているセイレーンからだった。

 

体から多量の汗を流し、消えない疲労と破壊の音の反動による苦痛から、セイレーンは体を支える事も難しくなり、地べたに這いつくばりそうになりながら歌声を発している。

 

「セイレーン様……!」

 

「……あ?…………アンタ達、まだ……そんな所に居たの? 帰りたいなら……ハァッ……帰れって………ハァッ、ハァッ……言ったでしょ…………!」

 

「「「………………」」」

 

バスドラの心配するような声に、苦悶を露わにしながら突き放すような事を言うセイレーン。

 

トリオは顔を見合わせた。三人の表情にはもはや、破壊の音に対する恐怖も、セイレーンに対する畏怖も消えている。

 

「「「……アアァァ~~~~~~~~~~♪」」」

 

「……アンタ達、何をやってんの……!?」

 

セイレーンの後ろで合唱を始めるトリオ・ザ・マイナー。その声は、セイレーンのネックレスチャーム、つまりはギガトーンを操るための音の力の増幅器へ向かって放たれている。

 

驚きの声を上げるセイレーンに対し、セイレーンと同じように破壊の音の反動を受け始め、それによる苦痛の表情を見せながら、バリトン、ファルセット、バスドラが順番に言葉を発する。

 

「わ、我々はセイレーン様のバックコーラス隊ですから……」

 

「セイレーン様ほどの力は無くとも……せ、セイレーン様の負担を軽減する事くらいなら……できますよぉ……」

 

「あんたは俺達のリーダーだ……こんな所で力尽きてもらっちゃ困る……!」

 

「……馬鹿な奴ら……見返りなんか求めるんじゃないわよ……あたしはアンタ達を使い捨てるつもりでやるからね!」

 

「「「よ、喜んで~~~~~~~!」」」

 

憎まれ口を叩きながらも、トリオの加勢により幾分か負担の軽くなったセイレーンが力を取り戻し、ギガトーンの力が増幅される。

 

その力強い拳によって、ビート達はバリアごと地面に押し込まれていく。

 

「うっ……!」

 

「な、なんてパワー……!」

 

尚も凄まじいパワーで、ぎりぎりと拳をバリアに押し付けるギガトーン。

 

「考えがあるわ! ビート、もう少し耐えて!」

 

「……了解!」

 

シンフォニーは武器を構え直すと、シリーに指示を出して第三ピストン部へと合体させ、そのままビートへ向けトランパーを吹きかけた。

 

「チューニング3! ブリルランテ・チャージ!」

 

トランパーから放たれた虹色の帯が、ビートのラブギターロッド先端に合体するラリーの体に吸収される。

 

「力出てきたララー!」

 

ラリーの力の増大によって、ビートのバリアがより強い光を放ちながら拡大し、ギガトーンの拳を少しだけ押し戻す。

 

シンフォニーは間髪入れずシリーを第二ピストン部へ合体させ、再びビートへ向けトランパーを吹き鳴らした。

 

「チューニング2! アレグロ・コン・ブリオ!」

 

光の帯が今度はビートの体に吸収され、ビートの体に輝きが宿る。しかしシンフォニーの行動はまだ終わっていなかった。

 

シンフォニーは最後に、シリーを第一ピストン部へと合体させ、自らはバリアの外へと後退、そして三度ビートに向けトランパーを吹き付けた。

 

「チューニング1! ブラストトランパー!」

 

「……はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

吹き荒れる虹色の帯は、ビートを包むバリアを浮き上がらせ、そして前方へと加速させていく。虹色の暴風によって押し出されるビートバリアは、ギガトーンの拳を押しのけ、強化加速された勢いのまま、弾丸のようにギガトーンの体に激突した。

 

「ギッ! ガ…………」

 

「ぐぅっ! ……ギガトーンが!?」

 

シンフォニーとビートの最大連携攻撃によってついに背から倒れこんだギガトーンを見て、セイレーンが驚愕する。

 

攻撃の反動で跳ね返ったビートは、バリアを解除してシンフォニーの隣へと着地した。倒れるギガトーンに向かい合い、それぞれの武器を消失させた二人が起こした次の行動は……

 

「……あ! あれって!?」

 

「……まさか!」

 

痺れる体を壁で支えながら移動し、路地裏から戦いを見守っていたメロディとリズムは、ビートとシンフォニーの見せる“その動き”に驚く。それは、二人もよく知る動き、しかし、二人にとっては初めて“見る”動き。

 

ビートとシンフォニー、それぞれが頭上で手を鳴らし、シンメトリーなステップの後、指を絡ませた手を前方に突き出すと、宙に『ハートマークのト音記号』が浮かび上がり、そこから聖なる音の力が溢れ出す。

 

「「プリキュア! パッショナート…………ハーモニーーーーーーーー!」」

 

二人の心が重なった時生まれる力、ハーモニーパワーを力に変えて放つ技。かつてメロディとリズムの二人が使った、二人が心を通わせた証として放ったその技を、今度はビートとシンフォニーの二人がやってみせたのだ。

 

「ギッ! ガッ! グググ…………」

 

パッショナートハーモニーが身体を貫き、今までとは違い明確にダメージを受けた様子のギガトーンだったが、奇怪な音を発して動くその様は今までと変わりがない。

 

「まだまだ堪えてないって感じだ……!」

 

「さすがに……今までとは違う……!」

 

「二人とも!」

 

立ち上がるギガトーンを見上げていたビートとシンフォニーの目の前に飛び出して来たのは、音符の精の一人であるラリーだった。続いて、ソリー、シリー、ドドリーも飛び出して宙に並ぶ。

 

「二人のハーモニーパワーの高まりを感じるララ!」

 

「ここはボク達も協力するソソ!」

 

「きっと、今までにない新しい力を生み出す事が出来るはずシシ!」

 

「さぁ、二人とも!」

 

フェアリトーン達の言葉を聞いて、ビートとシンフォニーが互いの顔を見て頷き合う。

 

二人は両手に光の音符を出現させると、それを胸の前で合わせ、溢れる光の中から音の力を解放させる武器を生み出す。

 

「弾き鳴らせ! 魂のビート! ラブギターロッド! ……おいで、ソリー!」

 

ビートの生み出したギター型武器・ラブギターロッドの先端に、ソリーが合体する。

 

「吹き鳴らせ! 輝きのシンフォニー! シャイニングトランパー! ……おいで、ラリー、シリー、ドドリー!」

 

シンフォニーの生み出したトランペット型武器・シャイニングトランパーの一・二・三番ピストン部に、ラリー・シリー・ドドリーが順番に合体する。

 

ビートはラブギターロッドの弦を弾き鳴らし、シンフォニーはピストン部のフェアリートーンらを押し込んでシャイニングトランパーを吹き鳴らす。二つの音色が、二人の体の周囲に聖なる音の力を結集させ、それを高めていく。

 

「ギ・ギ・ギ・ギ・ギ…………」

 

立ち上がったギガトーンも、破壊の音の衝撃を発しようと体に力を集中させたが、その様を見ても目の前の二人は一切臆する事は無かった。邪悪な破壊の音の力、聖なる調和の音の力、対峙するそれぞれの力が最大限まで高まり、そしてビートとシンフォニーが叫ぶ。

 

「轟け! この魂!」

 

「導け! その輝き!」

 

「「プリキュア!」」

 

「ツインビート!」「シンフォニア!」

 

ギガトーンと二人の技は同時に放たれ、黒い破壊の音の衝撃がビートとシンフォニーに迫ったが、その破壊の力が二人まで届く事は無かった。

ビートのギターとシンフォニーのトランペットから放たれる音の力の奔流が、二人の周囲を渦巻き、そこに光のドームのような空間を生み出している。

 

その音の力によって満ちる空間が、破壊の音の衝撃をかき消し……いや、破壊の音の歪んだ音を分解、聖なる音の力の流れの中で再構築し、それらを一つの美しい音楽の流れであるかのように周囲に放射させていた。

 

「ギッ……ギッ……!?」

 

ギガトーンの破壊の音を“吸収”しながら巨大化していくその光の空間は、ギガトーンをも飲み込み、町中を浄化の音の力によって包んでいく。

 

「ウッ……なんなの、この、光と音楽は!?」

 

「わ、我々の嫌いなとても幸せそうな音楽なのに」

 

「なんだか癒されるようです~~~~~!」

 

「バ、馬鹿! 影響されるんじゃない!」

 

幸せの力の篭った音楽は、マイナーランドの者にとっては本来嫌悪するもの。しかし、ビートとシンフォニーが鳴り響かせた音楽は、セイレーンやトリオ・ザ・マイナーにも癒やしを与える安らぎに満ちたものだった。

 

浄化の音の光は、町中で破壊の音を受けて倒れていた人々を癒し、苦しみ倒れていた人々の顔に安らぎの表情が生まれる。

 

それは、路地裏で寝かされていた少年も同じで、そしてメロディやリズムも……

 

「か、体の痺れが……」

 

「消えていく……体が、動く!」

 

メロディ達の体を蝕んでいた破壊の音の力を、ビートとシンフォニーの音楽が浄化したのだ。

 

町中で、目の前で広がる光景に、ハミィは目を潤ませながら、感嘆の声を漏らした。

 

「凄いニャ……メロディとリズムを破壊の音で苦しめていた二人が、今度は破壊の音の力を浄化して、みんなを救ってる…………」

 

ハミィの目の前でメロディとリズムが立ち上がる。破壊の音によるダメージは消え失せ、それどころか、戦いを始めた時以上の力の高まり、溢れ出るエネルギーを二人は感じた。

 

「動けるだけじゃない……力が沸き上がって来る……!」

 

「この力……“あの時”と同じ! 行こう、リズム!」

 

「ええ!」

 

路地裏から飛び出し、光と音楽の中心に居るビートとシンフォニーの間に並び立つメロディとリズム。

 

目の前には、浄化の音の力の中で身動きの出来ないでいるギガトーンの姿。浄化の力で癒されながらも、内に篭る破壊の音の力によって体を突き動かされているギガトーンは、暴れる事も安らぐ事も出来ずにただ苦しみ続けている。

 

メロディとリズムは同時に光の音符から武器を出現させた。

 

「奏でましょう、奇跡のメロディ!ミラクルベルティエ! セパレーション!……おいで、ドリー、ミリー!」

 

「刻みましょう、大いなるリズム!ファンタスティックベルティエ! セパレーション!……おいで、レリー、ファリー!」

 

一対に分離し、ドリー、ミリーの合体したミラクルベルティエ、レリー、ファリーの合体したファンタスティックベルティエを、メロディとリズムは一つずつ交換し、互い違いになったベルティエを、再び……合体させる!

 

「「クロスロッド!」」

 

メロディとリズムはクロスロッドを手首の動きにより頭上で回転させ、ロッドの両端の描く軌跡が四つの光のリングを出現させる。

 

「「四つの心を、一つの力に! プリキュア! ミュージックロンド……」」

 

メロディとリズムがクロスロッドを突き出すのと同時に、ビートが強くギターを弾き鳴らし、またシンフォニーも一層強くトランパーを吹き鳴らした。

 

「「「「スーパーーーーーーーカルテットーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」」

 

その瞬間、ビート、シンフォニーの生み出していた光と音楽の空間のエネルギーも四つのリングの中心へと濃縮され、リングの中心部から放たれた桃、白、青、紫、四色の音の力の光が、空中で螺旋を描きながら一筋の光となり、ギガトーンの体を貫いた。

 

「「「「フィナーレ!」」」」

 

「ガガッ! ギギッ! …………グーグーグー……」

 

破壊の音の力によって突き動かされていたギガトーンは、浄化の音の力の輝きに包まれながら、眠るように動きを止め、その体を本来のギターの姿へと変えていく。

 

「ニャップニャプー!」

 

「……ソソッ! ソリー!」

 

ハミィの力によってギターから音符は抜け出し、音符はそのままソリーの頭に吸収されるのだった。

 

プリキュア達は武器を消失させ、周囲に弾けて広がった光の飛沫が舞い散るその場所で、お互いの顔を見合わせた。

 

「やった……やったんだね、ビート、シンフォニー!」

 

「二人共、とても凄いハーモニーパワーでした」

 

「へへへ……まぁね!」

 

「ふふ、二人が私達を信じてくれたおかげよ」

 

メロディ、リズム二人の言葉にビートとシンフォニーが応え、四人はみんなで笑い合う。

 

そんな姿を遠目で見ながら、ハミィもまた笑った。

 

(響、奏、和音、聖歌…………みんなにはいつも、教えてもらってばかりだニャ……)

 

ハミィは思う。

 

最初自分が地上にやって来た時、プリキュアとして選ばれた響と奏は喧嘩ばかりして、ハミィ自身が指導者として二人を引っ張っていかなければいけなかった。しかし、気がついてみればどうだろう。

 

響と奏、それだけではなく、当初は敵として立ちはだかっていた和音と聖歌までもが、今は手を取り合い、力を合わせて戦っている。そんな四人の姿が、ハミィの瞳にはとても大きな存在に映っているのだった。

 

(ハミィも、ハミィも…………『親友』の事をもっとちゃんと知りたいニャ……)

 

ハミィが想いをはせる相手、ハミィの想う”親友”は、そんなプリキュアやハミィ達の様子を、屋根の上から伺っていた。

 

「…………キュアビートとキュアシンフォニー……あの二人、今までの戦いじゃ、あそこまでのコンビネーションを見せる事なんて一度も無かった」

 

「あわわわわ……そんなぁ! ギガトーンでも勝てないなんて!」

 

「プリキュアの力……一体どこまで成長するというのでしょう…………」

 

「くっ、あそこまでやって…………」

 

セイレーンの後ろにいたトリオ・ザ・マイナーのファルセット、バリトン、バスドラが、それぞれ悔しそうに呻いていたが、そんな三人をセイレーンが一喝する。

 

「アンタ達、何をウダウダと泣き言言ってんの!?」

 

「「「……えっ!?」」」

 

驚くトリオ・ザ・マイナーに、セイレーンは続ける。

 

「確かにあたし達は負けた。だけどそれは、『今日は負けた』ってだけの話よ。あたし達は勝つまで、戦いを続けるだけ。……いいわね?」

 

「え、えっと……」

 

「まぁ……」

 

「セイレーン様が、そう言うんなら、なぁ?」

 

普段ならプリキュアに負けると見苦しく負け惜しみを言うセイレーンが、あまりにも潔い態度を見せたためにトリオ・ザ・マイナーは戸惑った。しかし、セイレーンの身振りの指示を受けて、アジトへと引き返し始める。

 

自らも撤収しようとする最中、セイレーンは一瞬だけ振り返り、もう一度プリキュアとハミィの姿を見た。

 

「プリキュア…………ハミィ……あたしは、アンタ達の”何”に勝ちたいのか、ようやく分かった気がするわ」

 

 

---

 

 

「よくやってくれました、プリキュア……」

 

再び出現した破壊の音の力を察知して、プリキュア達の戦いを映像を通じて見ていたアフロディテは、戦いの結末を見届けて胸を撫で下ろした。

 

「ギガトーンの生み出した破壊の音の歪みは除去され、それどころか、今まで私達メイジャーランド人が必死に修復しようとしていた世界のメロディの歪みまでも、プリキュアの力によって治りつつある……」

 

世界が生きる証となる世界のメロディ……それを守るべく、今まで破壊の音によって生まれた歪みを矯正しようとしてきたアフロディテとメイジャーランド人達だったが、彼女達の数ヶ月かけての成果を、プリキュアの四人は一瞬で追い抜いてしまったのだ。

 

アフロディテの表情に笑顔が浮かぶ。自分達の不甲斐なさに少し自嘲の篭った笑みを、そしてプリキュア達の活躍に大きな祝福の笑みを。

 

しかし、そことはまた別の場所で、事の顛末を見届けて笑う者も一人……

 

 

---

 

 

「ほほう、ギガトーンをも撃退したか、プリキュアめ……」

 

宙に浮かぶ映像を手振りによって操作して消滅させる。メフィストは自らが渡した力……ギガトーンさえも敗れ去るという光景を見て、落胆するどころか、むしろ嬉しそうに口角を釣り上げた。

 

「プリキュアが、ギガトーンを浄化するほどの力を蓄えて来ている。フッ、フフフ……それでいい、戦い続けろプリキュア。俺様の望むままにな。フッフッフ……ハーーーーーッハッハッハッハ!」

 

ただ一人だけのマイナーランドで、メフィストの高笑いが続く。

 

 

---

 

 

……キュアメロディ、キュアリズム、キュアビート、キュアシンフォニー……プリキュアの四人。

 

……ハミィ、ドリー、レリー、ミリー、ファリー、ソリー、ラリー、シリー、ドドリー……プリキュアを助ける音の精達。

 

……セイレーン、バスドラ、バリトン、ファルセット………マイナーランドの手先達。

 

そして、戦いを遠方から見守っていた、アフロディテとメフィスト。

 

誰一人として気づく者はいなかった。

 

音の力の資質を持たない町の人間達が、悲しみと破壊の音によって苦しみ、倒れている中、プリキュア達とマイナーランド勢の戦いを隠れて見つめる第三者の姿があった事に。

 

ネガトーンが現れて暴れだし、それをプリキュアが倒し、メフィストが乱入し、ネガトーンがギガトーンとして復活し、そのギガトーンをプリキュア達が倒す……その一連の光景を、“彼女”は全て見ていた。

 

その小さな心と体で、全てを受け止めようとしていた。

 

マイナーランドの者達が退散し、プリキュア達が変身解除してその場を去り、町の人々が元気を取り戻して自分達の生活に戻り始める様を見て……“彼女”もまた、その場を後にした。

 

 

---

 

 

「さぁ、みんな行くわよ!」

 

今回も演奏始めは奏のドラムからだった。一週間ぶりの、四人揃った上でのしらべの館でのアンサンブル。

 

今回も、聴き手として音吉と王子がその場に居た。音吉はずっと変わらず読めない表情を見せているが、王子の方は、前回での手厳しい音吉の指摘を聞いたせいか、やや緊張の面持ちだった。

 

だが、実際に演奏している響達はというと……前回の失敗のために緊張したり、縮こまったりするような様子も無く、伸び伸びとした演奏をしている。

 

演奏の流れに身を任せながら、和音と聖歌がちらりとお互いの顔を見合い、笑顔を見せる。和音のベースが音楽の土台を作り、聖歌のトランペットが力強くも華やかに皆の演奏を引っ張る。

 

楽譜の流れを追いながら、互いの呼吸を合わせ、一つの音楽を演奏する……それは今までにない一体感だった。

 

(そうだ……これだ…………)

 

演奏の流れに身を委ねながら、響は自分の周りに白く輝く世界が広がるのを感じた。それは、奏とピアノの連弾をした時に感じたものと同じ。その白く輝く世界の中に、自分と、奏と、和音と、聖歌とが一緒に肩を並べて存在し、眼前に広がる道を一歩一歩踏みしめていく。

 

まだ不完全なビジョンではあったが、響は確かな手応えを感じていた。

 

(音楽が繋ぐ世界……みんなと一緒に、手を取り合って進む世界…………)

 

喧嘩をし、仲違いをし、遠回りしながらも手を取り合うようになった響達四人。

 

それは、プリキュアと……音楽が繋いだ絆。だが、それはきっと、ここで終わりなどではないのだと、響は思った。

 

(幼馴染とか、学校の友達とか、プリキュアとか…………きっとそれだけじゃない。この世界は、きっと……もっともっと遠くまで広がっていく……)

 

プリキュアの活動が、音楽が教えてくれた事。人と、理解しあうという事。

 

響にはまだ見ぬ地平ではあったが、きっとこの世界は……これから先も広げていけるのだろうと響は思った。

 

自分が、この手を広げて行くのをやめない限り。

 

 

---

 

 

「………………」

 

演奏が終わって、余響が完全に消え去るその瞬間まで、その場に居る全員が沈黙していた。余響も消え、ホール内に生まれた静寂を破ったのは音吉だった。

 

皆、この空気の中、誰が一番に口を開くべきなのか無意識に理解していたのかもしれない。

 

「ズレ……」

 

出だしの言葉に、周囲の緊張は一瞬高まったが、演奏した当人の響達は動じなかった。

 

「……とらん。……うむ、お前達、とてもいい演奏じゃったな」

 

音吉の今までにないその言葉は、同じく今まで見た事の無い、音吉の満面の笑顔から発せられた。

 

響達四人が顔を合わせ、そして一緒に笑う。

 

「音吉さんが……褒めてくれた……!」

 

「私達、本当にやったのね……!」

 

響と奏が喜びの声を上げたが、苦笑いをして少々居心地悪そうにしていたのが和音だ。

 

「えへへ……で、でも、良かったのかな。実はちょっとだけ楽譜通りじゃなかった所があったんだけど」

 

楽譜通りではない、フレーズを繰り返すような形を挟んだアレンジ演奏。

 

意識してそうやった訳ではなく、音楽を演奏する中での四人の勢いから自然に生まれたもので、あまりにも自然だったために、演奏している響達自身、演奏が終わるまではっきりとは気づかなかったほどだ。

 

音吉は笑顔のまま、ゆっくり首を横に振る。

 

「ふふ。いいじゃないか。アレンジをしていても、お前さん達はその中で完全に息を合わせていた。……楽譜は演奏の道標になるものだが、決して演奏者を縛るものではない」

 

「音吉さん……改めて、ありがとうございます」

 

聖歌が深々と頭を下げ、顔を上げると同時に和音にウインクして見せた。和音はにっこりと笑顔で返す。

 

「「「「「すっ……ごぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~い!」」」」」

 

音吉と四人の会話を聞き終え、王子は改めて賛辞の拍手をしようとしたが、彼の後ろに居た“女子達”が物凄い勢いで響達の周辺に集まり、取り囲んで騒ぎ始めたために、その行動は妨害された。

 

「凄いよ凄いよ和音! こ~んな演奏出来ちゃうなんて!」

 

「ちょ、ちょっとマナ、はしゃぎすぎだって!」

 

そこには、マナやカナを始めとした、和音の所属する女子サッカー部の面々。

 

「奏も東山先輩も、スイーツ作りだけじゃなくて、音楽もこんなに出来るんですか!?」

 

「私、驚いちゃいました!」

 

そして、アヤやケイコを始めとするスイーツ部の面々が居た。

 

「な、なんでこんな大人数集まっちゃったんだろ……サッカー部から人が来るとは和音から聞いてたけど、まさか部の全員なんて……しかもスイーツ部の皆まで!」

 

「わ、私も、スイーツ部の皆が来るのは知ってたけど……!」

 

歓声を上げながら周囲を取り囲むスイーツ部とサッカー部の皆に、響や奏はたじたじである。

 

「……そうだ! ねぇねぇ和音、あたし達もみんなと一緒に演奏してみたい!」

 

「聖歌先輩、私達も!」

 

「えっ、みんな……」

 

「あなた達も……楽器の演奏が出来るの?」

 

「「「「もっちろん!」」」」

 

女子サッカー部、スイーツ部の面々が、ハモった声と共に、一体どこから取り出したのか、それぞれ自分の楽器を掲げてみせていた。

 

トロンボーン、ホルン、木琴、シンバル、ヴァイオリン……よりどりみどりの様相だ。

 

「ハルナ部長も……何か出来ます?」

 

「ん?……ああ、ギターなら使えるけど」

 

「おおーっ、流石部長! かっこいい!」

 

少し遠巻きに見ていた女子サッカー部部長のハルナも、カナとマナに乗せられた形ではあるものの、割とやる気な様子だ。皆の溢れ出る元気に、響達は押されっ放しで会話に割って入る事も出来ない。

 

「み、みんな……楽器演奏出来たんだ……」

 

「さすがはかのん町住人……」

 

自分達自身は少し前まで音楽にほとんど触れた事がなく、ここにいる部員仲間達の事も基本的に部活動の中でしか知らない和音と聖歌には、この展開はなかなかの驚きだったようだ。

 

「な、何だかオーケストラか、ビッグバンドか、って勢いになって来たけど……」

 

「しかも、楽器も皆バラバラだし……」

 

今度は響達そっちのけで自分達の楽器とパート分けで盛り上がっているスイーツ部、女子サッカー部の面々を見て、響と奏はあっけに取られている。

 

「ははは、なんだか、本当に凄いな。みんな、心の底から音楽をやりたいって気分になったんだね。……僕もそう。四人とも、素晴らしい演奏だったと思うよ」

 

「王子先輩……!」

 

「王子くん、ありがとう」

 

女子達に気圧され、集まりの外に追いやられていた王子と音吉がようやくの形で響達の側にやって来た。

 

「僕も、王子隊の活動が無ければ、一緒に組んで演奏してみたかったな」

 

「ふふ……そんな大掛かりな活動として捉えなくてもいいんじゃないかしら。音楽を続けてさえいれば、ここに居る皆、もしくは誰かと、一緒に演奏する時が来る事もあると思うわ……ね?」

 

「えっ!?……ああ、はい、私もそう思います!」

 

自然に会話する王子と聖歌の二人に一瞬見とれていた奏は、いきなり聖歌から自分に話を振られ、ドギマギしながら言葉を返した。その二人の言葉に、王子が微笑む。

 

「うん……そうだね。いつか、一緒に演奏しよう。奏さんとも」

 

「あっ、はい……王子先輩……」

 

奏にナチュラルな殺し文句を決める王子の横では、無言で佇む音吉の姿があった。

 

響は、音吉がこの騒ぎで不機嫌になったのではないかと心配し、恐る恐る声をかける。

 

「あ、あの……音吉さん、ごめんなさい、しらべの館にこんなに大勢の人呼んで、騒がしくしちゃって……」

 

「……いいや。構わんよ」

 

響の方を向いて答える音吉。その声色は、いつもとそんなに調子が変わらず、そこまで不機嫌な印象ではない。

 

いや、むしろ……いつもより機嫌が良さそう……?

 

「わしの先祖、調辺音衛門が生きていた頃は、ここにはもっと沢山の人が集まり、もっと大きな賑わいを見せていたはずじゃしな」

 

「えっ……!?」

 

普段から黙々とした態度で、特に自分の事については一切語らない『謎の老人』調辺音吉が、かのん町の歴史に名を残す人物、『調辺音衛門』との関係をあっさりと自分で口にした事に、響と和音、そして奏に聖歌と王子は驚いた。皆の視線が音吉に集まる。

 

「音衛門がこの町にしらべの館の前身となる施設を建てた時、音衛門は全国各地から様々な楽器を集めた。……だかそれは、コレクションのためのものではなく、音衛門は興味を持ってやって来た町の者に、自分の集めた楽器を自由に使わせたという」

 

今まで黙して語らずを続けていた音吉からは信じられないほど饒舌に語られる話に、響達は聞き入っている。

 

「興味を持って色々な楽器を演奏し、そのうちにお気に入りの楽器を見つけ出す者が現れ、演奏する者も少しづつ増えていき……気づいた時にはそこに集まった者達は皆で一つの音楽を演奏していた。…………しかも、その音楽には、楽譜すら無かったという」

 

「それだけの……いや、どれだけかは分からないけど、とにかく凄い人数だったはずなのに、楽譜も無く音楽を演奏したんですか!?」

 

「本当に……そんな事が出来るのかな?」

 

音吉の途方も無い話に、響と和音が疑問の声を上げ、それに対し音吉は頭を振る。

 

「さぁなぁ。これは一つの伝説のようなものなんじゃよ。話だけは伝えられているが、それ以上の記録が残っておらん。何せ、楽譜そのものが存在しないのだからな」

 

「本当にあったかどうか、私達には知りようも無いけれど……」

 

「本当だとしたら、素敵な話ですね……」

 

聖歌と奏の言葉に、音吉は今度は頷いて答えた。

 

「わしはこの幻の演奏の事を『ホワイトスコア<白紙の楽譜>』と呼んでおる」

 

「『ホワイトスコア』……なんだか凄い。そんな音楽が、また生まれる事って、あるのかな……」

 

「わしは、きっと再びそんな日が来ると信じておる。人々に音楽を愛する心がある限りは、きっとな…………」

 

響は音吉の言葉から、『ホワイトスコア』とはどんな音楽なのだろう、と思いを馳せた。楽譜もなく、聞いた事もない音楽なのだから、当然想像した所で旋律が浮かぶ訳でもない。

 

しかし、それを演奏していた人たちがどんな表情をしていたかは、簡単に想像する事が出来た。……笑顔。

 

音楽が繋ぐ気持ち、音楽が繋ぐ絆、音楽が生む笑顔……

 

白く輝く世界に、『ホワイトスコア』……響は音吉から聞いた話から、自分が合奏の中で垣間見たあの不思議な世界を思い浮かべていた。

 

そうだ、と響は思う。あの白く輝く世界を最初に見たのは、奏とのピアノ連弾の中で、楽譜を見ずに演奏をした時だった。

 

楽譜の無い演奏……不思議な共通点がそこにある。響は、自分の進む音楽の道の先に、自分の目指す場所に、音吉の語る幻の音楽が存在するのではないかと、そう思った。

 

女子サッカー部とスイーツ部の皆の声で盛り上がるしらべの館。

 

この熱は、いつまでも冷める様子がなかった。

 

 

 

 

 

 

つづく

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