スイートプリキュア♪ -ArrangeScore- 作:おとともの
「試合終了ーーーー!!」
ホイッスルの音が鳴り響き、試合終了を告げる。それは、女子サッカー全国大会本選の第一回戦の終了と共に、アリア学園女子サッカー部の全国大会が終わった事をも意味していた。
試合結果は0-2のアリア学園の敗北。
フィールド中央で膝に手を付き、荒く息を吐いていた和音は、視線の先にあるグラウンドの芝を見つめながら、悔しさに表情を歪めていた。自分も、チームも、出せる全てを出し切った。その点で、やり残したことはない。ただ、その上で……負けた。単純に、相手の力が上回っていた。
フォワードとして走り回っていたマナとカナは全身汗だくになりながら、瞳に涙を溜めてそれを堪えていた。
「あたし達さ、去年なんて本選行く前に負けちゃって、そんなの、気にもしてなかったのに……」
「響の助っ人もなしに本選まで上がれたなんて、凄い事のはずなのに。でもっ……去年よりずっとずっと悔しいよ……!」
マナとカナが嗚咽を漏らしながら口にする。フォワードとして攻撃を続けながら、一点も奪えなかったという形になった彼女達の悔しさは、和音以上のものなのかもしれない。
アリア学園女子サッカー部の面々で、この結果に満足の行っている者は一人もいない。それぞれがそれぞれの表情で悔しさを表現している。だが……今はその結果を飲み込まなければいけない。特に、今年で卒業となる上級生は。
「……和音」
体を起こした和音の肩を叩く手。和音が振り返ると、そこに立っていたのはハルナ部長だった。
「……部長」
「悔しいな。本当に。あんた達と一緒に、もっと高みを目指したかったよ」
落ち着いている様子だが、和音にはすぐ分かった。こらえ切れない気持ちが、震える握りこぶしからにじみ出ている事を。
「あたしもこの最後の年まで、結局、本気になれてなかったんだ。でも……それを変えてくれたのがあんただよ。和音。お前のおかげで、この部は変わった。みんなが、変わったんだ。……来年、よろしく頼むぞ、新部長!」
ハルナが和音に向け持ち上げた手を開く。和音はその言葉と想いを……ハルナからのバトンを受け取るようにその手をバシッと掴む。
「…………はい! ハルナ先輩!」
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「よっ、響!」
アリア学園の校門を通った響と奏が後ろから声をかけられ振り返る。そこには響の知る上級生の姿があった。
「あっ、部長!」
部長……とはいっても響は長い間様々なスポーツ部で助っ人を行っていたので、顔見知りの部長は多々存在する。今響に話しかけた女生徒は柔道部の部長だった。
「柔道部のみんな、響のピアノコンクールの結果、楽しみにしてるって。んじゃ!」
言いたい事だけ軽く言って、追い抜くのと同時に軽く手を振って歩き去っていく柔道部部長。
「いつの間にか、響の応援をしてくれる人達、増えたよね」
「あはは……しらべの館、今は結構な人数が出入りしてるもんね」
応援の言葉に対して照れた様子で曖昧な笑みを浮かべる響。実際、しらべの館には響のピアノ演奏を聴きに来たり、一緒に演奏したりといったアリア学園の生徒がどんどん増えている。最初は女子サッカー部やスイーツ部の面々だけだったのが、その部員に誘われて、噂を聞きつけて……といった風に連鎖的に人が集まって来るようになった。奏達はもちろん、常にしらべの館にいる響ですら、今のしらべの館にどれだけの人が出入りしているのか、正確には把握しきれていない。
「…………響!」
「時は来たようね!」
響と奏が校舎に向け再び歩き出そうとしたその時、二人の女生徒が仁王立ちで並んで響と奏の前に立ちはだかった。
「うえっ、今度は何……と思ったら、管弦楽部と合唱部の部長じゃないですか」
二人の女生徒もまた部活動の部長だった。音楽の町かのん町の、歴史あるアリア学園において特に高い伝統的地位を持つ、音楽の部活、管弦楽部と合唱部。
「そう……歴史と伝統あるアリア学園を代表する至高の音楽部……それが合唱部!」
ふんわりとしたボブカットの女生徒……合唱部の部長が両手を広げ、オペラ歌手のように高らかに声を鳴り響かせた。
「ふっ……歴史と伝統あるアリア学園を代表する至上の音楽部……それが管弦楽部!」
セミロングヘアーで、真面目な雰囲気を感じさせる角ばったスクエア型の眼鏡をかけた女生徒……管弦楽部の部長が、存在しないヴァイオリンを持つかのように手を動かし、弓を弦に滑らせる動作でクールに決める。その優雅な動きは目に見えないヴァイオリンを鳴り響かせているように感じさせた。
「「……んっ!?」」
大仰な態度で響と奏達に語りかけたはずなのに、二人の部長は隣に居る音楽部の片割れの部長を睨みつけ、両者の視線がスパークを発生させる。
「ちょっと、なんでそっちがアリア学園を代表する事になってるのよ! 腹、喉、口、身体全体を楽器へと変え自らの肉体で音楽を奏でる……合唱部こそ最高の音楽部よ!」
「何を言い出すのかと思ったら……かのん町は楽器作りが盛んだった事から音楽の町になったのよ? 無数の楽器の組み合わせが作り出すハーモニー……管弦楽部こそ最上位の音楽部。……いい? 西暦1779年、楽器職人の調辺音衛門がこの町に住みついてから……」
「あなた毎回毎回一言一句全く同じ説明してるわよね? 言ってて飽きないわけ!?」
相手に噛みつくような勢いの合唱部部長と、涼し気な態度でそれをあしらう管弦楽部の部長との間で激しい火花が巻き起こる。
いきなり目の前を塞がれた上、勝手に喧嘩を始めて置いてきぼりを食らった響と奏はあっけに取られていたが、おそるおそる響が話に割り込む。
「あの~……どういったご用件なんでしょうか……」
「おっと、そうだったわね。……響。あなたのピアノ演奏は私達管弦楽部も認めるところ」
「合唱部は他の誰よりも評価しているわ。うちの部員達も、あなたのピアノ演奏に合わせて歌うととてもいい声が出せると言っていたもの」
合唱部の部長が”他の誰よりも”という部分で対抗意識を出して見せた事で、再び両者の目線がぶつかる。
「歴史と伝統を背負う管弦楽部が認めた奏者なんですもの。コンクールでみっともない所を見せたら承知しないわよ」
「響に限ってそんな事がある訳がないわ。アリア学園の歴史を担う合唱部が保証する。わたし達は声なき合唱で常にあなたの事を応援しているわ」
あまりにも大きな回り道をしていたが、どうやら響のコンクールに対して激励をかけに来たという事らしい。しかし、合唱部部長の言葉が管弦楽部部長の神経を逆なでし、再び響と奏をそっちのけで睨み合いが始まってしまう。
「あなた、どうしても私に無駄な挑発をしなければ気が済まないらしいわね? それとも、自分の声が大きすぎて周りの声が聞こえていないのかしら?」
「あらやだ! わたしが挑発しただなんて! わたしの美しい声からそんな悪意を感じ取るなんて、あなたの方こそ耳を検査してもらった方がいいんじゃないの?」
もはや完全に響と奏をそっちのけでヒートアップしている部長たちに、響は乾いた笑いを浮かべる他ない。
「響、応援してるのは」
「私達もだよ!」
二人の様子に戸惑っていた響と奏の横からひょっこりと顔を出した四人の姿。それは、いつぞやの時に四人で響に助っ人を頼みに来た野球部、テニス部、バレー部、バスケ部の部長達だった。
「うちらの助っ人断って始めたピアノなんだからさ、バシッといい所見せてきてよね!」
「そんな事言って、あなた達もしらべの館で響と一緒に演奏してたでしょ」
「そっちだって同じじゃない!」
バレー部部長とバスケ部部長がお互いに指摘し合う。響としらべの館で演奏しているのは野球部やバレー部の部員も同じようで、四人共に笑い合っている。
「……応援、ありがとうございます。わたし、きっと素敵な演奏にしてみせますから!」
満面の笑みで響が返し、隣に居た奏も微笑みを見せる。
歩き出す響と奏。四人のスポーツ部部長が解散しても、響と奏が校舎に消えても、合唱部の部長と管弦楽部の部長はしばらくその場で言い争っていた。
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しらべの館に美しい旋律が流れている。鍵盤の上を十本の指が左右に駆け巡り、そのステップに合わせて飛び上がる音が無数に重なり合い、列を成し、音の道筋を形作っていく。
ピアノから解き放たれる旋律が、その場にいる者達……奏、和音、聖歌、ハミィを先導し、音楽の世界へと引き込んでいく。
今のこの演奏の奏者に迷いはない。何故なら、彼女は音楽を聴く者を導く存在なのだから。そこにはこれまでに積み上げてきた練習に裏打ちされた技術がある。自分自身が蓄積してきたものだからこそ、自分自身で世界を構築できる。その世界で迷いなく前を歩ける。
今の彼女は……北条響は、音楽の世界における皆の案内人となっていた。
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しらべの館に、いつものメンバーがいつものように集まっていた。響、奏、和音、聖歌、ハミィ。しらべの館のアンサンブルの中心であり、プリキュアとして活動するメンバー。響が座るピアノを中心に、それぞれが椅子に座って円形に向かい合い、奏の膝上にハミィが居座っている。
「和音。女子サッカー部の全国大会……残念だったね。外から見てても、みんなの悔しさが伝わって来るみたいでさ……」
響がやや遠慮がちに和音に語り掛ける。和音は、視線を落とし、敗退する事になった試合を思い出すように目を細める。
「やりきれなかった悔しさじゃないんだ。あれはあの時のわたし達の出せる全力だったと思う。……でもだからこそ、それが相手に通用しなかったのが悔しいんだ」
和音は、自分が試合の中で見た事実と、あの時感じた悔しさを再び確かめるように一言一言声を発する。再び湧き上がって来た感情にきゅっと口を結んでいたが、やがてそれを緩めて、微笑を浮かべ顔を上げる。
「でも、この気持ちがあるからこそ、もっと前に進めると思うんだ。ハルナ先輩達は今年で卒業しちゃうけど……先輩達と一緒にやった事が意味ある事だったって、胸を張って言えるように、来年はもっと頑張りたい!」
最後には皆を安心させるような逞しい笑顔を見せる和音。
「スイーツ部のスイーツコンテストも終わって、女子サッカー部の全国大会も終わった」
「……後は、響のコンクールだけね」
「うん。……なんだか、ここ半年くらい、あっという間だったような、凄く長かったような……不思議な気持ち」
聖歌と奏の言葉に、響がしんみりとした気持ちで答えた。
「それにしても、響と最初に連弾した時はどうなる事かと思ったわよね……響ったら、ピアノ演奏の事なんて完ッ全に忘れてたんだから」
「も~、だからそれはしょうがないじゃない! 五年間もずっと触ってなかったんだからさぁ!」
プリキュアとしての活動初期、ハーモニーパワーを高めるための特訓としてピアノの連弾を行った時の事。あの時は何かと理由をつけて特訓のための連弾を響は避けようとしていたが、それはピアノ演奏が下手になっている事を知られたくない気持ちから来るものだった。
自分の恥ずかしい記憶を突かれて響は頬を膨らませる。
「でも、響はそこからここまで成長したんだよね!」
「本当に、私達でもはっきり分かるくらい、響は上達したわよね」
和音と聖歌。この二人も最初は音楽の素人であり、この半年近い間で目覚ましい成長を遂げた人間でもある。しかし、そんな二人から見ても、今の響の演奏は目を見張るものがあるものだった。
「二人共、ありがとう! …………でも、なんでかな。今まではこんな事、感じた事なかったけど」
響は少し気恥ずかしそうに、四人の仲間達を見渡す。
「ここまで来れたの、本当に……みんなのおかげだと思う。みんなが居てくれたから、ここまで来れた。自分一人の力でなんとか出来るなんてさ、そんな事……無いんだよね」
響が見渡す先に居るのは、奏達だけではない。女子サッカー部やスイーツ部のみんな、王子、父の北条団、音吉、アコや奏太、そして、これまでの活動の中で、しらべの館で音を重ねた無数の仲間達。みんなの気持ちが、重ねた音が、このしらべの館に、自分のピアノに宿っている。響はそんな風に感じた。
「まぁ、それが分かっただけ、響も成長したって事ね」
ふっ、と吐息を漏らして、何やら奏が得意げに腕を組む。
「も~! 奏、相変わらず一言多い!」
それに突っ込みを入れる響。怒りからの言葉ではない。お互い分かり合った上での、売り言葉に買い言葉。二人の目線が重なり、共に笑みを見せる。
「でもホントに、みんなすっごく成長したと思うニャ!……プリキュアとしても」
言葉尻が、普段のハミィと少し違う神妙な声色だったのに気づいて、響達の視線がハミィに集まる。ハミィの言わんとする事を察したのか、八体のフェアリートーンがハミィの周辺に集まって来る。
「伝説の楽譜を完成させるための音符が、ついに残り一個になったんだニャ。それもこれも、プリキュアとしてのみんなの頑張りのおかげだニャ」
マイナーランドとの戦いの中で、時に町の中を探して、そうしてフェアリートーンの中に集めてきた音符が、残り一つ。プリキュアとしての活動にも、終わりが見え始めている。
「伝説の楽譜そのものは、メフィストが持っているのよね?」
聖歌が改めて確認を行う。伝説の楽譜の所在については、響達はハミィからの伝聞で知っているだけだ。
「そうだニャ。アフロディテ様が音符を地上に避難させた時、奪われてしまったんだニャ……メフィストはマイナーランドに居るみたいニャんだけど、それがどこにあるのかも分からニャくて……」
ハミィが肯定しつつも、その先の対処法を説明する事は出来ない。響達だけでなく、ハミィやメイジャーランドの人間から見ても、メフィストの存在や行動は謎めいていて掴みどころがない。
「楽譜そのものがないと、幸福(しあわせ)のメロディは歌えないのよね……」
「でもさ、音符さえ全部手に入れちゃえば、ギガトーンはもう生み出せないはずだよね?」
奏の懸念する声に、和音が前向きな予測を提供する。和音の言う通り、ギガトーンは伝説の楽譜の音符の力を利用して生み出される存在。音符を確保してその召喚を止めてしまえば、人々が悲しみに包まれたり苦しむ事も無くなるのだ。
「セイレーン達の悪事を止めるためにも、まずは最後の音符を手に入れよう、って事だよね!」
「そうニャ! それが先決だニャ! その後は、メイジャーランドのみんなと協力して……」
響の方針にハミィが肯定の意を示し、その先を話そうとした所で、入り口側から人の気配を感じて口をつぐむ。
「よっす、ねーちゃんたち! 今日も頑張ってる?」
「……コンクール、もう少しだね」
「奏太、アコちゃん、来てくれたんだ!」
やって来たのは、奏太とアコの二人だった。この二人も、気がついてみればしらべの館の常連となっていた。響にとって、自分を応援してくれた大切な人たちの一部。
「アコ、最近ずっとそわそわしててさ~、マジでコンクールが待ちきれない、って感じなんだよ」
「……何か悪い?」
「これこれ。響ねーちゃんのピアノの話だとアコってすっげー素直なんだよな!」
「……いいでしょ、別に」
ふてくされたようにそっぽを向くアコに、悪かったって、となだめるように言う奏太。二人のそんな様子も見慣れたもので、響達はくすくすと笑いだす。
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その日のしらべの館にやって来ていたのは、響達だけではなかった。しらべの館の屋根の上、窓の傍で聞き耳を立てるように座っていたのは、マイナーランドの歌姫たるセイレーン。
「伝説の楽譜の音符はあと一つ……か。これであいつらともついに決着がつくって訳ね」
和音が口にしていた通り、音符がなければ、ギガトーンを生み出す事は出来ず、ギガトーンという手駒を失ったセイレーン達にプリキュアに対抗する手段はなくなる。つまり、それはプリキュア側の実質的な勝利を意味する。
音符は最後の一個しかない。そして、これまでも負け続けて来たからこそ、残る一個以外の音符はプリキュア側に奪われている。完全に追いつめられている状況のはずなのに、セイレーンはそれに焦る様子もなく、どこか達観している風だった。
……セイレーンは、これまでずっと”親友”などというものは全く信じていなかった。所詮はお互いの都合で付き合っている、利用し合っているだけの関係。少しの綻びで簡単に崩れるもの。そんなものを信じるなど馬鹿げていると。
だからこそ、プリキュアがハーモニーパワー……仲間同士が心と心を重ねた時に発揮するそれを力の源にしていると知った時、プリキュアの力など簡単に崩せるとセイレーンは思っていた。
友人、親友など所詮口先だけ。どこかに挟まる負の感情で、簡単に決壊してしまうものだと、そう思っていた。……それなのに。
喧嘩ばかりをしていた響と奏はいつの間にか互いを信頼するようになり、セイレーンが変身能力で仲を引き裂こうとしても通用しなくなる。二人に対して疑念を抱いていた和音と聖歌を悪のプリキュアにしてぶつけたのに、戦いの中で両者は和解し、やがて手を取り合って大きな力を発揮するようになった。
簡単に崩れるものだと思っていたのに、セイレーンが叩けば叩くほど、亀裂を入れようとすればするほど、より強固に、強くなって自分を押し返してくる。
それまでセイレーンは失った勝利への渇望で動いていた。ハミィを、プリキュアを負かす事で、過去の栄光を取り戻せると思っていた。
だが今は違う。親友、絆の力、ハーモニーパワー。そんな得体のしれない、理解できない力で自分は何度となく敗れてきたというのか。セイレーンは、それを確かめずにはいられなかった。敗北の屈辱の中から生まれた、セイレーンの望み。今のセイレーンの戦いは、彼女達の絆の力への挑戦だった。
「アンタ達が、本当に勝者としてふさわしいのかどうか、確かめてあげようじゃない。残った一つの音符を手に入れ、奴らに最後の挑戦を叩きつける!」
セイレーンは思い描く。彼女達の心を揺さぶり、その力を試すに相応しい舞台はどこか。
「そう、さっきも話していたわ。響のピアノコンクールが間近だったわね? その日にギガトーンを呼び出してしまえば……」
そこまで考えた所で、セイレーンの頭の中によぎったのは、かつての屈辱の日の記憶だった。「えれな」という少女に化けて響と一緒に演奏をした時の事。
「………………………………」
それは、セイレーンにとっては忌まわしい記憶のはずだった。響達を騙そうと変身して近づき、都合のいい背景を騙っていただけだったのに、響に釣られて楽しい音楽を演奏してしまった。マイナーランドの歌姫として、この上ない屈辱。
本来なら、その屈辱を与えた響に復讐するためにも、コンクールの日にギガトーンを暴れさせようと考えるべきだ。そのはずなのに、セイレーンの脳裏に、あの日の響の音楽へ誘う時の表情、泣き崩れていた時の表情、そして今日の……演奏に打ち込んでいた時の響の表情が代わる代わるに浮かんで、そして、どうしてかそれを壊そうと思う事が出来ない自分が居る事に気付く。
一時思考停止していたセイレーンの耳に、しらべの館内部から響くピアノの演奏が届く。奏太とアコの二人が新しくやって来た事で、響が再びピアノ演奏を披露しているらしい。
「あいつ、あの時はあんなにへたっぴだったのに、いつの間にかここまで腕を上げていたのね……」
えれなとして響の隣で聞かされた時の演奏は、セイレーンからするとあまりにもお粗末な出来栄えで、そのせいでついセイレーンは自らの演奏を披露してしまった。
しかし、今の響の演奏であれば……”えれな”もきっと口を挟む事はしなかっただろう。
「……って、何を考えてんのよあたしは!?」
思わぬ方向に逸れた思考を振り払い、セイレーンは再びプリキュアとの最後の戦いへと思いを巡らす。
セイレーンが一人で勝手に浮き沈みをしている間に、気が付けばしらべの館から聞こえてくる演奏が変化していた。無数の楽器が音を重ね、周囲に美しい音色を響かせている。セイレーンが気づかぬ間に、しらべの館にスイーツ部や女子サッカー部の面々が集まり、皆で合奏を始めていたのだ。
「騒がしくなって来たわね…………ホント、耳障りだわ、こいつらの楽しそうな演奏は……」
耳に、身体に響いて来る楽し気な音楽に背を向け、セイレーンはしらべの館を去っていく。
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「おばちゃん、いつものやつ残ってる?」
自宅への帰り道、商店街で総菜を見て回っていた響は、行きつけのお店……ミートデリカ「モーモー」で顔馴染みの店主に声をかけた。
「あら響ちゃん。ええ、ちゃんと残ってるわよ。ピアノコンクールも近いし、いつもより安くしちゃおうかしらね!」
「えっ、おばちゃん、わたしがピアノコンクールに出るの、知ってたっけ?」
予想外の言葉に響が不思議そうな顔を見せる。響は、モーモーの店主にその事を話した覚えがない。
「知ってるも何も、商店街では最近その話で持ちきりよ。おばちゃんもね、秋の文化祭の時から響ちゃんのピアノのファンでね~」
「秋の文化祭……あっ、おばちゃん、あの時来てくれてたんだ!」
二人が話しているのは、アリア学園における秋の文化祭の話だ。アリア学園の文化祭は、文化祭と言いつつも音楽祭という意味合いが強く、地域でも有名な恒例行事でもあった。
毎年、文化祭の締めくくりとして、学園内の様々なグループが演奏を披露していくという一大イベントが存在し、その中で響達四人が演奏を披露した事があったのだ。
「いやぁ、俺達も楽しみにしてるよ」
八百屋のおじいさんがカラッとした態度で笑う。
「商店街のみんなで応援してるよ、響ちゃん」
パン屋の男性が笑いかけた。
他にも、鮮魚店のおじさん、駄菓子屋のおばあちゃん、商店街の人々がこぞって響に応援の言葉を投げかける。
皆の注目の的になった恥ずかしさやこそばゆさこそあったものの、この皆の応援はそれだけ響の演奏が認められ、期待されているという事でもある。
響は照れる気持ちを喜びに変え、みんなに笑いかける。
「ありがとう、商店街のみんなの気持ちも、一緒にコンクールに持っていくから!」
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「ええーーーーっ!? ママ、コンクール見に来てくれるの!?」
『当たり前でしょ。響がまたピアノに本気になって、コンクールに参加するっていうのに、黙って待ってなんていられないわ』
北条邸にて。パソコンのモニター越しに、響は母である北条まりあと通話をしている最中だった。まりあは世界的なヴァイオリニストであり、今も海外でコンサートツアーの最中だ。
とはいえ、今の時代はインターネットを通じて顔を見ながらの通話も難しくない時代。響や響の父である団とも日々こうやって会話をしている。今も、パソコンの前に座る響の後ろに団が一緒に居る。
『まあ、到着するのはコンクールの当日になっちゃいそうだけどね』
「気にしなくていいよ、来てくれるだけで嬉しいもん! …………わたし、頑張るから! パパやママのためにも、ここまで応援してくれたみんなのためにも!」
なんて事はないように振舞うまりあだったが、今の響には、母が忙しい仕事のスケジュールの合間を縫って予定を空けてくれたのだという事が想像できていた。そしてそれが、自分の演奏に期待して応援に来てくれるという事が、今の響にとっては大きな励みとなる。
後ろで会話を見守っていた団が、響の肩にポン、と手を置く。
「響、ここまでよく頑張ったね。今の響なら、どんな場所でも、どんな相手にでも、きっと素晴らしい音楽を聴かせられるはずさ」
かつては父である団の言葉でピアノをやめた響。ピアノに再び向き合い出した後も、ピアノのレッスンを行う時の団は厳しい事も突き放す事も言って来た。それだけ響が真剣に向き合おうとしていたからだ。だからこそ、団はそんな響の成長をよく知っていたし、父としてそれを誇らしく感じている。
『私も、響の音楽が聴けるのを、楽しみにしてるわ』
「うん、パパもママも、本当にありがとう!」
――みんなが応援してくれる。みんなが見守る、そんな中で、自分はコンクールで演奏するんだ……
緊張もあった。不安もない訳ではない。しかし、それ以上に今の響の胸の中にはこの舞台に立つ大きな喜びと、演奏する事への期待があった。
その想いを、見に来てくれる人たちにも届けたい。そんな気持ちが、響の胸に浮かんだ時……いつか見たおぼろげなイメージが頭に浮かぶ。
遠い昔。しらべの館で、自分にピアノの演奏を教えてくれた”誰か”。未だに、その記憶は判然としない。相手が誰だったのかも分からない。
(いつかあの人にも、私の演奏、届くかな……)
顔も名前も分からず、どこに居るのかも分からない相手。だが、コンクールでいい結果を残し、そして、色んな場所で演奏出来るようになれば、いつか……顔も名前も知らないその誰かが演奏を聞く可能性もあるかもしれない。
そして、それは……
(えれなちゃんにも……)
ピアノに向き合うきっかけをくれた少女。今、響がピアノに打ち込み、コンクールへの歩みを進めて来れたのは、あの子のおかげだ。誰よりも、あの子に……今の自分の演奏を聞いてほしい。響はそう願っていた。
音楽を、ピアノの演奏を続けていけば、きっと、あの子にもまた自分の演奏が届く。そのためにも、このコンクールで一歩を踏み出すのだと、響は改めて決意した。
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それから時間は過ぎて……コンクール当日。
参加者である響は、皆よりも前に会場に赴いていた。コンクールが行われるシティホールの前で、響はそれを見上げる。空はどんよりとした雲が覆っており、小雨がぱらついていた。予報によると、午後から雨は強くなるとの見通しだ。
(……あの日も、こんな曇り空だった)
五年前、当時小学三年生だった響は、その日、父である団と遊園地に遊びに行く予定だった。しかし、急遽他の人の代わりにピアノの演奏会に出る事になってしまった。
響本人は、間違いもなく、上出来な演奏が出来たと思っており、父も褒めてくれると思っていた。だが。
『今日の響は音楽を奏でていないね』
早く終わらせて、遊園地に遊びに行きたい。そんな気持ちで挑んだ響の演奏には、心が籠っていなかった。
『わたし、もうピアノも歌もやめる!』
それから響は全てを投げ出し、音楽との関りは途絶えた。奏と一緒に、プリキュアになるまでは。
父の言葉の真意を知り、ハーモニーパワーを高めるために最初は嫌々始めた奏との連弾。そして、和音や聖歌との関係に亀裂が入った中で、ピアノを楽しむ気持ちを思い出して……えれなとの演奏で、ピアノへの真剣な気持ちを取り戻した。
五年前のあの日と同じシティホール。空が暗く淀んでいても、過去の記憶が呼び覚まされても、響は臆する事はなかった。これまでの自分の歩みが、自分を支えてくれる。
響は、一歩踏み出す。あの日途絶えた音楽と歩む道を、再び踏み締めて形作るように。
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プシュー、と自動ドアが開き、中に足を踏み出す。北条まりあは、かのん町行きのモノレールに乗り込む所だった。
内部を見渡して、空いている席がないか見回す。二人用シートが並ぶ中で、一人分開いている席を一つ見つけて、先に座っている男性に「失礼します」と一言入れてから腰を下ろす。
「……かのん町まで行くのですかな?」
隣に座っている男性、赤い長髪で赤い髭を貯えた男性が、まりあに尋ねる。
「ええ。娘がピアノのコンクールに出るんです。その応援に」
男の質問に、まりあは微笑んで答える。その返答を聞いて、男は口角を上げる。
「そうですか。…………音楽とは、実にいいものですなぁ。本当に。ふふふ……」
その笑いに、その言葉に、見た目からは想像できない無数の含みが隠されている事に、隣に座るまりあは気づかなかった。
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控室の白いテーブルの前で両手を広げ、頭の中で楽譜をイメージして響は指先をテーブルの上で踊らせていた。実際に楽器はなくとも、頭の中で自分が奏でる音楽はイメージが出来る。
コンコン、と控室の扉の向こうからノックの音が響き、「失礼します」という声と共にガチャリと扉が開いた。響がそれに気づいて振り返ると、奏達の姿がそこにあり、響はぱあっと顔を明るくして席を立った。
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控室前の廊下で、響、奏、和音、聖歌、そしてハミィが揃っていた。ハミィは奏が肩から提げる専用のキャリーバッグから顔を覗かせている。
響はコンクール用のドレス衣装に着替えた状態であり、それを和音が足先から頭までまじまじと見つめる。
「ほぇ~~~~~、響、なんだかかっこいい!」
「ちょ、ちょっとちょっとぉ、そこは可愛いとか、綺麗とかでしょ!」
和音のズレた感想に、ガクッと一瞬肩を落としてツッコミを入れる響。和音は「あ、そっか!」と笑う。
「響の演奏はいつも聞いてるけどさ、こういう場所だとまた違うよね! 楽しみだな」
「……響、よくリラックス出来てる。今日はいい演奏が聴けそうね」
「まっかせといてよ! バッチリ決めて来るから!」
和音と聖歌の言葉に、握り拳で胸をドン、と叩く響。
「ハミィも楽しみだニャ! 響のピアノには、ハミィも太鼓判を押しているのニャ!」
「あはは、歌の妖精にそう言われると心強いな」
ハミィの言葉に、照れたような表情を見せる響。そして……真っすぐ自分の事を見つめている奏に視線を向ける。
「……響」
「……奏」
交わしたその視線に、お互いを呼ぶ一言に、色んな想いが含まれている。最初は足元がおぼつかなかった二人の歩みから始まった演奏が、色んな人達を巻き込んで大きく広がり、そして今、響の演奏に集約される。
「もう、今更言う事もないよね。今日は、思いっきり音楽を楽しんで来て」
「……うん!」
多くの言葉は必要なかった。お互いの気持ちは分かっている。そして、それ以上の事は……演奏が語るのだ。
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響が控室の中へと戻り、奏達も客席に向かうためロビーへと引き返していく。
そんな後ろ姿を、廊下の曲がり角から覗き込む小さな影が一つ。
「……まったく、なんでこんな所にまで来ちゃったのかしら」
セイレーンだ。響の演奏、ピアノコンクールへの参加がどうしても頭に引っかかってしまい、気が付いたら彼女は建物内に入り込んでいた。
「いや、待てよ……ピアノのコンクールなんて、音符が現れる絶好のスポットじゃない! ここで最後の音符を見つけて……見つけたら……」
以前にも頭に浮かんだ考え。響のピアノコンクールの会場。そこでギガトーンを暴れさせれば、響の想いや演奏は確実に台無しになる。それを想像して……いや、想像しようとして……セイレーンはその考えに対する意欲を衰えさせてしまう。
「……とにかく! 音符をゲットするのよ!」
気持ちを切り替えて――肝心な所からは目を逸らして――セイレーンは決意を固める。
セイレーンが一人で自問自答をしていると、ロビーに向かって歩いていた奏達の前に、北条団が駆け込んできた。
---
「みんな、ここに居たのか!」
団は息を切らして肩を揺らしている。どうやら奏達を探していたらしい。
「北条先生、どうしたんですか、そんなに慌てて」
不思議がる一同の代表として奏が問い掛けた。
「どうやら町に、またあの怪物が現れたらしい!」
「「「「えっ!?」」」」
団のその言葉に、奏と和音、聖歌、キャリーバッグの中のハミィ、そして……様子をうかがっていたセイレーンも驚きの声を上げる。
「なんですって……?」
セイレーンにも呑み込めない状況。団はかつてないほど深刻そうな表情を浮かべている。
「それも、どうやら駅のあたりに現れたらしくてね。……妻にも連絡が取れないし、何か嫌な予感がするんだ」
「北条先生、まさか、駅に向かうつもりなんですか!?」
「……僕には何も出来ないかもしれないが、でも妻の危機に黙っている訳にもいかない」
奏の言葉に答える団の表情には硬い決意が浮かんでいる。止めようとしても無駄である事はその場の全員が分かっていた。
「きっとまた、プリキュアがやって来てくれるだろうし、ここまでは被害は広がらないだろう……だからお願いだ。みんなは、僕の代わりに響の演奏を聴いてあげて欲しい。……それじゃ!」
言いたい事を言い終えると、返事も待たず団は踵を返して走り出す。本当は会話する時間も惜しいと思っていたのだろう。
「プリキュアが……来てくれる、って言っても……!」
「私達が行くしかない……でも、響には……」
団が活躍を期待するプリキュアは、今この場に全員揃っているのだ。和音と聖歌は、自分達が行くしかないと分かっていても、ある一つの問題を前に顔を歪ませる。
響に……知らせるべきかどうか。
苦渋の決断を迫られる一同。プリキュアとしての使命と、友人に対する想い。その二つの板挟みに一同が迷う。
「みんニャ……」
ハミィがバッグの中から不安そうに皆を見渡している。
和音と聖歌が行動を決めあぐねている中、押し黙っていた奏が、きっぱりとした口調で言葉を発した。
「響には……黙っていよう」
「奏、でも……」
「四人揃わないと、スーパーカルテットは使えないんだよ!?」
躊躇する二人の気持ちは、奏にもよく分かっていた。ギガトーンの恐ろしさは、奏自身も何度も目の当たりにしているのだから。
「ただのコンクール、チャンスはまた来る……今響に知らせたら、響はきっとそう言って、一緒に行こうとする」
奏には、響の気持ちが、響がこの状況でどんな反応をするのか、目の前で見ているかのようによく分かった。
「……でも響は、このコンクールで演奏するために、すっごい頑張ってきた! みんなも、知ってるでしょ? ……その想い、簡単に次の機会に、って捨てていいものじゃないと思う」
ここに居るメンバーは全員、響の活動に最も深く関わって来たメンバーであり、だからこそ、響がこのコンクールにかける想いも知っている。ずっと一緒に演奏に関わって来たからこそ、響の演奏への想いというものを、ここに居るメンバーは皆肌で感じている。
「私はもう、響にあんな顔、して欲しくないの……!」
奏の脳裏には、響がピアノをやめようと決めた五年前のあの日の表情が浮かんでいる。『わたし、もうピアノも歌もやめる!』そう言って、自分に抱き着いて号泣した響の表情。
唇を震わせる奏に対し、奏の言葉を聞いた和音と聖歌の表情からは迷いが消えていた。
「……大丈夫よ、とにかく響の演奏が終わるまで、なんとか持ちこたえればいいんだから」
「そうだね。響のためにも、ここはいっちょやってやろう!」
力強く頷く聖歌に、拳を振り上げて力こぶを作ってみせる和音。
「……うん。行こう、みんな!」
決意を固めて走り出す奏達。それを見届けるや否や、廊下の角から飛び出したセイレーンは、奏達の後を追うように自分も現場に向けて走り出す。
「あたしは何もしていないのに、まさかギガトーンが……? どういう事なの!?」
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コンクールの演奏ホール。観客席ではコンクール参加者の関係者、音楽関係者、純粋に演奏を聴きに来た人など、様々な人が演奏を今か今かと待ちわびている。
響の応援に来た皆も観客席の一角に集まって座っていたが、いくつか歯抜けになって開いた席もある。奏達や響の両親の席だ。
「おっせぇなぁ、ねーちゃん。もう演奏始まっちゃうぞ」
「………………」
一向に姿を現さない姉や他のメンバーにそわそわした様子を見せる奏太。その隣に座るアコは空きっぱなしになっている五人の席を見て、不安そうに表情を曇らせる。
やがて、照明が暗くなり、コンクール開始のアナウンスがホール内に響く。コンクール参加者達が順番に入れ替わりで舞台に現れ、演奏を披露していく。
そして……何番目かの演奏が終わった後、北条響の名前と曲目が読み上げられ、響が舞台袖から姿を現した。観客席に一礼し、そしてピアノの前に座って――
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「きゃああああああっ!」
キュアリズムの身体が宙を舞う。リズムの身体を弾き飛ばしたのは、骨の手足と羽を持ち、先頭に鋭い目を持つ巨大なモノレール。
降りしきる雨の中、モノレールを素体としたギガトーンが、三人のプリキュアを追い詰めていた。リズムの身体が濡れた地面の上に叩きつけられる。
モノレールは本来レールにぶら下がってそのルート上を移動する事しか出来ないはずだが、モノレールのギガトーンはそのレールをぐにゃぐにゃと変形させて自由自在に宙を動き、そのスピードのためにリズム達は動きを捕らえる事が出来ず、その突進力は着実に三人にダメージを与えている。
「ギーーーーギギ・ギギッギッギ!」
リズムに続いて、ビートとシンフォニーにもギガトーンが迫る。ビートとシンフォニーは左右に飛んで回避しようとするが、ギガトーンは両腕を広げて、ラリアットのような形で二人を絡め取り吹き飛ばす。
「うわぁっ!?」
「きゃあっ!!」
地面を転がり、途中で手足を使って地面を弾くように飛び上がり、それぞれの武器を構えるビートとシンフォニー。ラブギターロッドのビートソニックと、シャイニングトランパーのブラストトランパー。遠隔攻撃でダメージを与えて弱らせる、その行動を起こそうとした時だった。
「プリキュア! あの中には人が囚われているんだ! 僕の妻も……お願いだ、助けてくれ!」
北条団の悲痛な叫びがビート達に届く。団は驚くべき事に、ギガトーンの発する破壊の音の中でも意識を保っていたが、それでもとても苦しそうな足取りで、顔には疲労の色が浮かんでいる。
「中に……人が!」
内部に乗客を捕らえたまま暴れまわるギガトーン。破壊の音を発し続けるギガトーンの内部に留まり続けるのは非常に危険な状態だ。しかし、一刻も早く救い出さなければいけないというのに、今は四人揃うまで耐え忍ばなければいけない。
「捕らわれた人達は、必ず助け出します! だからあなたは、逃げ遅れた人を……!」
「……分かった。頼むよ」
シンフォニーに促され、団は破壊の音で弱ってへたり込んでいる人間に肩を貸し、戦いの場から離れるように歩き出す。
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「ちょっと、アンタ達!」
プリキュアとギガトーンの戦いを、離れたビルの上から見ていたトリオ・ザ・マイナーの姿をようやく発見し、声を荒げるセイレーン。
「まさか、アンタ達がギガトーンを操っているの!?」
「えぇぇ~!? 私達にはそんな力ありませんよ!?」
「我々は、セイレーン様が生み出したのだとばかり……」
「だから私達もずっと探していたのですが……」
セイレーンの疑問に、ファルセット、バスドラ、バリトンが困惑した様子で答える。
当然の話ではあった。ギガトーンをセイレーンが生み出す事が出来るのは、メフィストから変化のチャームに破壊の音の力を与えられたからであり、トリオ・ザ・マイナーがギガトーンを生み出す事も、その力を操る事も出来るわけがない。
マイナーランドの面々にも理解が及ばない状況。しかし、その状況のおかげでセイレーンには一つの道筋が見えてくる。
「あたし以外にギガトーンを生み出す事が出来るのは……もしかしなくてもこれは……」
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リズム達を蹴散らして走り抜けたギガトーンの姿が淡い光を放って変化し始める。腕が足に、足が腕に、翼の向きが反転し、反対側に目が開く。逆向きになったモノレールの身体が、再びレールを上下にくねらせて、ジェットコースターのような勢いで急降下しながら襲ってくる。
「……だったら! てぇぇぇやあああぁぁぁっ!」
リズムが攻撃のため飛び上がる。しかし、それはギガトーン本体を狙った行動ではなかった。自分達への攻撃の道筋を作ろうとしているギガトーンの前方のレール部分。それを思いっきり蹴り上げたのだ。
「ギッ、ゴゴッゴ!」
急降下しようとしていた所で急に軌道が上に跳ね上がった事で、ギガトーンは勢いにブレーキがかかり、うめき声を上げながら空中で身体が停止する。
「ビートソニック!」
「チューニング1! ブラストトランパー!」
ビートがラブギターロッドを弾き鳴らすと、無数の音符の矢が空中のギガトーンに向け飛んでいき、シンフォニーがシャイニングトランパーを吹き鳴らすと、光の帯が渦巻いて飛んでいく。
「ギ・ギッ! ゴーーーーーーッガァ!」
しかし、一瞬静止し無防備に見えたギガトーンは、レールごと自身を叩きつけるように、真下へと急降下してくる。音符の矢と光の帯を突き破って、地面に落下したギガトーンは、その際の風圧と共に破壊の音の衝撃波を周囲に拡散する。
「うああぁぁぁっ!」
落下地点の周辺にいたリズム、ビート、シンフォニーが吹き飛ばされる。そして、三人が地面に転げている間に、ギガトーンは地に手足をついたまま、骨組みの羽を細かく振動させ、その不快な音の力を増幅させていく。
「あれは!」
「……まずい!」
ギガトーンの顔の部分に黒いエネルギーが集中していく。その身体が向いている先には、身体を起こしている所のリズム。
リズムが回避しようと身体を跳ね上げさせようとした所で、身体にピリリと振動が走って踏み込もうとした足がもつれてしまう。先ほどの破壊の音の衝撃を受けた影響だ。リズムのカバーに行こうとしたビートとシンフォニーも同様に、体を起こそうとして痺れによって動きがワンテンポ遅れてしまう。
「ギ・ギ・ギ・ギ・ギ……ギーーーーーーギガガガガガッガ!」
破壊の音の衝撃が集中されてリズムに向かって飛んでいく。リズムの飛びのこうとする動きが……間に合わない。
「レッツプレイ! プリキュア・モジュレーション!」
その時、掛け声と共に輝く光を纏ったシルエットが飛び込み、リズムを抱えて破壊の音の射線から飛びのいた。その一瞬後に破壊の音の衝撃波がリズムの居た場所を突き抜けていく。
リズムを救出したそのシルエットから光が弾けると、そこには四人目のプリキュア……北条響が変身したキュアメロディの姿があった。
「「「メロディ!」」」
「ごめん、待たせちゃって!」
「メロディ、ピアノのコンクールは……」
メロディが救出したリズムを立たせる。リズムが一瞬、不安の混じった表情を見せるが、メロディはそんな不安を吹き飛ばすように親指をグッと立てる。
「うん、大丈夫! バッチリ決めてきたから! ……みんなに余計な心配かけちゃったね」
その言葉にリズムと共に、ビートとシンフォニーも安堵の表情を浮かべた。メロディを中心に四人が集い、ギガトーンと対峙する。
「あの中に、ママが……絶対に許さないんだから!」
メロディが表情を引き締め、そして、リズムに目配せをする。
「リズム! 一緒にやるよ!」
「ええ!」
レールを動かして再び空中に浮き上がろうとしていたギガトーンへ向け、メロディとリズムが走り込む。そして、足音がシンクロして重なり合い、跳躍のタイミングも完全に同じ。いつもの、息を合わせた完璧なコンビネーション。……少なくとも、メロディとリズムの二人はそう思っていた。
「えっ!」
タイミングの合致した二人の一撃によって、ギガトーンの巨体が揺さぶられるはずだった。しかし、叩きこまれた拳はメロディのものがワンテンポ遅れ、その衝撃による音もリズムのものより小さい。
「ギ~~~~~ギッガ!」
同時攻撃の威力が不完全で、大きなダメージも受けなかったギガトーンはその腕を大きく振るって二人纏めて殴り飛ばしてしまう。攻撃を受け落下するメロディとリズムを、ビートとシンフォニーそれぞれが受け止める。
「おっと!……大丈夫、二人とも!」
「ご、ごめん、タイミングしくじった……リズム、もう一度!」
「え、ええ……」
メロディが再び攻撃を促し、リズムは再びメロディとの連携に動き出す。しかし、リズムはその時すでに、大きな違和感を覚えて戸惑っていた。
空中に浮かび上がったギガトーンに向け、メロディとリズムの二人が左右に分かれ挟撃を狙う。地面から跳躍し、ビルの壁面を更に蹴って、二人で左右から挟み込むように蹴りを叩き込む。……はずだった。
「あっ……!?」
タイミングは合っていたように見えた。しかし、リズムの跳躍に対してメロディの跳躍の高さが低い。リズムはギガトーンの側面に蹴りを叩き込むが、メロディは高さが足りず、その足が空を切る。
「うわっ、っと……」
自分が想定したような動きにならなかったために、メロディはバランスを崩した状態で宙から落下し、着地の際も危うく転げそうになる。
「メ、メロディ……」
その時にはリズムだけでなく、ビートとシンフォニーも気づいていた。メロディとリズム、二人の呼吸が合っていないのではない。メロディのパワーがリズムより大幅に低いために、両者のバランスが取れず、攻撃のテンポがズレてしまっているのだ。
「と、とにかく相手を弱らせないと! リズム、行くよ!」
「えっ、メロディ……!」
メロディはリズムの手を取って行動を促す。戸惑うリズムだったが、メロディに合わせる形で、攻撃の動作に移る。頭上で手を叩き、ステップを踏んで、シンメトリーな動きの後に、二人の拳を絡めて前に突き出す。
「プリキュア! パッショナート・ハーモニーーーー!」
しかし、その掛け声は周囲にむなしく響いた。ハートマークのト音記号も出現する事なく、何の力も発せられない。雨が地面を叩く音だけが冷たく広がる。
「そ、そんな……」
「パッショナート・ハーモニーが……出ない……」
敵に攻撃を放つべく構えた二人は……構えただけで終わった二人は……敵から見れば格好の標的だった。急降下と共にギガトーンが突進してくる。左右に分かれて回避しようとする二人だが、巨体がかすめて弾き飛ばされてしまう。
リズムは着地の際に受け身を取ってすぐに立ち上がるが、メロディは地面にゴロゴロと転がっていき、ようやく動きが止まった後は、うつぶせの状態のまま必死で上体を起こそうとしている。
メロディから、普段のような力が全く感じられない……
「メロディ! 危ない!」
身動き取れないでいるメロディに向け、再びギガトーンが迫っていた。ビートはメロディを抱えて攻撃範囲から脱出し、リズムとシンフォニーと共に路地裏へと避難した。
---
「メロディ~! 大丈夫かニャ!」
プリキュア四人が身を隠した路地に、ハミィが駆け込んでくる。メロディは尚も立ち上がれない様子で、濡れた地面に両膝と両手を突いて顔を伏せている。
「響……やっぱり、コンクールで……」
リズムには覚えがあった。ハーモニーパワー以前に、心が弱っている状態ではプリキュアはその力を発揮する事が出来ない。メロディの力ない姿に、リズムは彼女が戦いに来る前の事を察する。
「……わたし、ダメだな……いつもいつも、肝心な時に限って失敗しちゃう……奏がわたしのためを想ってくれて、みんながわたしのために頑張ってくれたのに……それなのに、ちゃんと演奏出来なくて……」
メロディが地面についた手をきゅっと握りしめる。しかし、その拳もどこか弱々しい。
「響、あの時の私達の会話、聞いていたのね……」
メロディの言葉から、シンフォニーは控室近くの廊下での団との会話をメロディが聞いていたのだという事に気付く。
「…………ごめん! 響……こんな事、黙っておくべきじゃなかったのに……わたし達のせいで……」
自分達の判断ミスを後悔し、悲痛な表情を見せるビート。
「……もっとちゃんと考えるべきだった……お母さんが危ないって……響がこれを知ったら、演奏を楽しむ事なんて出来る訳なんかないのに……」
もっとも後悔の感情が顔に現れていたのは、響には知らせないで行こうと提案した張本人であるリズムだ。自分の責任だと、重く受け止めようとしているのが、強張った身体の反応から見て取れる。
「違うんだよ!」
そんな三人の罪悪感を否定して、メロディが振り絞った声を上げた。雨音が一瞬、掻き消されたかのような空気。
「音楽は楽しむものだって、それは勿論そう…………でも、それだけじゃない。今のわたしは、色んな人の想いを背負って演奏してる……」
雨が全身を濡らし、雫が流れ落ちる中で、メロディは己の想いを吐き出していく。
「練習につき合ってくれたパパや、この日のために日本に帰ってきてくれたママ、一緒に演奏したり、応援してくれたみんな……そして、わたしのコンクールのために、体を張ってくれた奏達……」
メロディが、これまでのピアノ演奏の中で関わって来た人々を思い返し、振り返っていく。それは、今の彼女の肩に乗っている無数の想い。
「パパに誉めてもらいたかったって、自分のためだけに演奏してたあの時とも違う……わたしは、色んな人の想いを受けて、それに後押しされて、それでコンクールで演奏する……」
歯を食いしばり、地面に置いた拳を、全身を震わせているメロディ。
「だからっ! みんなの想いに応えられるような、そんな演奏をしなくちゃいけなかった!……なのに!………………出来なかった……」
必死で想いを吐き出しながら、しかし最後の声は雨音に消え入るような弱々しいものだった。
メロディの声を吸収した雨音すらも、遠くに遠ざかるように……メロディを囲う一同は立ち尽くし、その周囲を冷たい静寂が包んでいた。
---
「…………」
ビルの上からそんな様子を見下ろしていたセイレーン。
メロディの苦悩の言葉を聞いて、何故か、セイレーンの胸中に、伝説の楽譜の歌姫としての座をハミィに奪われた時の気持ちが蘇っていた。
――悲しみ、苦悩、失望、怒り。
音楽への想いが、音楽にかける気持ちが。それら全てが油となって、心の中を焼き尽くす感情に注がれる。行き場のない気持ち。自分という存在は、自分の気持ちからだけは絶対に逃げられない。
そこから逃げ出すためには、その感情に蓋をして、見ないフリをするしかない。そしてセイレーンは、かつての歌姫は、そうした。屈辱の中で、自分の感情を封じ込めた。
それが……セイレーンの感情を封じ込めた蓋が、今のメロディの姿を見て、開け放たれようとしていた。
---
「またこんな風にみんなの足を引っ張って……ママを助ける事も出来ない」
メロディはまるで肩の重荷に押し潰されるかのように上半身を沈め、頭が地面につきそうになっている。
「ごめんなさい、奏、みんな……」
「響……」
メロディのそんな様子に、仲間達はかける言葉が見つからない。
メロディを追い詰めてしまった事、それに責任を感じ、自身も苦悩の気持ちに苛まれながら、瞳を震わせていたリズムは、目を閉じてそんな自分の気持ちを振り払い、そして再び目を開けた時にはその瞳には再び強い意思が宿っていた。
リズムは地面に這いつくばるメロディに向け手を差し伸べ、メロディがゆっくり顔を上げる。
「辛い想いを、無理矢理隠す必要なんてないよ、響。……辛いならどんどん話して。力が出ないならどんどん頼って。私達、友達じゃない」
「……奏」
リズムの様子に、リズムの言葉に、ビートとシンフォニーも心を揺さぶられたようだ。ビートは少し照れたような笑みを見せ、同じように手を伸ばす。
「響の調子が出ないんだったら、その分わたしがフォローするよ! いつもの事じゃない!」
「……和音」
シンフォニーも穏やかな笑みを浮かべながら手を伸ばす。
「今までもそうやって乗り越えてきた。助け合うのはお互い様よ。……ね、響?」
「……聖歌先輩」
ハミィがメロディの身体に寄り添うように歩み寄る。
「みんながいるニャ、響。プリキュアは、いつだって、手と手を取り合って戦って来たんだニャ!」
「……ハミィ」
メロディが上体をゆっくり起こし、リズムの手を掴む。そこにビートとシンフォニーの手も重なり、メロディの身体を引き上げる。
立ち上がったメロディの表情は晴れてはいなかった。雨粒と涙が混ざって濡れた悲しげな表情。メロディは心の痛みも一緒に拭い去ろうとするように目元を拭い、表情を引き締める。
「……みんな。ありがとう。……こんな所でしょげてる場合じゃないよね。ママや……捕まってる人たちを、助けないと!」
メロディの手に繋がる三つの腕。そこから伝わって来る想い。それがメロディを奮い立たせた。四人は頷き合い、路地裏から駆け出して再びギガトーンと対峙する。
「ギッギッギッ……ギーーーーガーーーー!」
四人の姿を発見したギガトーンが、再度レールを歪ませてプリキュア達に向けて突き進んでくる。
「メロディ!」
「……うん!」
リズムはメロディの手を取り、呼吸を合わせて飛び上がる。メロディの跳躍力が足りない分、リズムの腕に引っ張られて上昇する形となる。そして、今度は空中から二人で急降下する。
「ギッ、ガッ!」
急降下キックが突き刺さり、ギガトーンがうめき声を上げた。メロディとリズムの二人の力に差があるため大きな衝撃とはならなかったが、タイミングの合わさった攻撃で確かにダメージは生まれている。
「グッギーーーーーゴッガ!」
ギガトーンを吊るすレールが跳ねあがり、上で足をついていたメロディとリズムが振り払われる。リズムはすぐさま体勢を立て直すが、メロディは着地の際に足元がよろめいてしまう。
「ギ・ギギギーーーーー!」
メロディの隙を狙ってギガトーンが両腕を開いて挟み込むように腕を振るう。
「ビートバリア!」
ビートがメロディの前に割り込んでバリアを展開し、ギガトーンの手のひらに挟まれそうになっていたメロディを攻撃から守る。
「でえええぇぇぇぇぃ!」
バリアの解放と共にギガトーンの腕が弾かれ、メロディは前に踏み出してギガトーンの顔面に拳を叩き込む。……軽い。攻撃を受けたギガトーンも平気な顔をしているように見える。
「だあああああぁぁぁぁぁぁっ!」
しかし、それで終わらない。左、右、左、右と拳を繰り返し打ち付けていく。
「ビートソニック!」
「ギッ!? ギッギッ!ギギッ!?」
更にビートがラブギターロッドを弾き鳴らして、放たれた光の音符の矢がメロディの拳と共に次々とギガトーンに突き刺さった。ダメージの蓄積と連続によってギガトーンが徐々に後方に押し込まれていく。
「ギィィィィィッ!」
ギガトーンがたまらず空中に退避。そして宙で静止し、羽を振動させて歪んだ音の力を増幅させていく。
「ギ・ギ・ギィィィィィィガァァァァァァ!」
メロディ達に向けて破壊の音の衝撃波が放出されるが、その道筋は途中で途絶えて、衝撃波が空中で拡散していた。
「プリキュア! ファンタスティックミキサー!」
リズムが投げつけたファンタスティックベルティエが衝撃波の道を塞ぐ位置で高速回転し、破壊の音を拡散、無力化していたのだ。
「メロディ!」
後ろからシンフォニーの呼びかける声。メロディは相手の考えを察して、シンフォニーの正面側に移動する。
「チューニング2! アレグロ・コン・ブリオ!」
シャイニングトランパーから広がる光の帯がメロディの身体に絡みつき、吸収されていく。身体に淡い光を纏ったメロディが、加速して駆け込んでいく。
「だあああぁぁぁぁぁぁ!」
「はああああぁぁぁぁぁ!」
加速した勢いのままビルの壁面を駆けあがったメロディが、ギガトーンの頭上まで飛び上がり、落下しながら拳と蹴りの乱打を繰り返していく。そしてリズムも壁を蹴って跳躍し、側面から攻撃、再び壁を蹴って、今度は逆側からの攻撃……という事を繰り返していた。
メロディは未だ力を失ったままだ。しかし、それによってメロディが足手まといになる事はなかった。他の三人がメロディの戦いをカバーし、メロディを想う三人の想いが重なって大きなハーモニーパワーを生み出していた。
「ギ・ギ・ギ…………」
ギガトーンを吊り下げるレールが力を失ってたわんでいき、ギガトーンの身体が地表近くまで降下していく。
「チューニング1! ブラストトランパー!」
「ビートソニック!」
弱って動きが鈍っているギガトーンに、シンフォニーとビートの集中攻撃が襲い掛かる。その間に跳躍して離れた位置に着地したメロディは、身体をかがめて、クラウチングスタートのような体勢の後、ギガトーンへ向け弾丸のように突っ込んで行く。そして、その攻撃のタイミングを見計らってリズムも反対側からダッシュする。
「「たあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
リズムの全速力、力が弱った状態でシンフォニーの力で加速したメロディ、その両者は速度に大きなズレが生まれていたが、ギガトーンを挟み込むように叩き込まれたその二人の攻撃は、寸分違わぬタイミングでギガトーンに突き刺さり、その身体を左右からきしませていく。
「ギ・ギギ……ギ」
「今だ! ……おいで、ソリー!」
「おいで、ラリー、シリー、ドドリー!」
ダメージによって力を失ったギガトーンを見て、好機と見たビートとシンフォニーがフェアリートーンに呼び掛けて最後の準備に入る。ビートがラブギターロッドを弾き鳴らし、シンフォニーがシャイニングトランパーを吹き鳴らして浄化の音の力を高めていく。
「轟け! この魂!」
「導け! その輝き!」
二人は掛け声の後、最大限に高まった浄化の音の力を解放する。
「「プリキュア!」」「ツインビート!」「シンフォニア!」
ラブギターロッドとシャイニングトランパーの重なり合う音色が周囲に浄化の音の流れを広げていき、それがギガトーン、そしてメロディとリズムを包み、二人に力を与えていく。
「刻みましょう、大いなるリズム……ファンタスティックベルティエ、セパレーション! ……おいで、ファリー! レリー!」
リズムが左右の手に出現させた光の音符を一点に合わせ、自らの武器を再度出現させる。そして、二つに分離させた武器それぞれにフェアリートーンが合体。後は、メロディが同じように出現させたミラクルベルティエを、互い違いに合体させてクロスロッドを完成させれば技の最終段階に入る……はずだった。
「……ミラクルベルティエが、出ない……!?」
「えっ!?」
リズムが視線を向けると、メロディの両手の平の中で、収束しきらない光が明滅している所だった。メロディはいつもと同じように、リズムと同じように光の音符を合わせて自身の武器であるミラクルベルティエを出現させようとしたのだが、今の不完全なメロディの力は、武器の生成をも不可能にしていた。
「駄目! このままじゃ……!」
メロディがなんとか拡散しそうになっている音の力を抑え込もうとするが、光が漏れ出て力を分散させていき、光が少しずつ弱まっていく。
しかし、漏れ出る光をメロディと一緒に包むように、リズムの手がその上にそっと添えられた。
「足りない分は、私達が補う!」
駆け寄って来たビートも、同じように手を伸ばし、リズムの上に手を重ねる。
「心配しないで、響!」
そしてシンフォニーも。
「私達が付いているわ!」
更に、ハミィが飛び上がって皆の手の上に両前足を乗せる。
「ハミィも力を貸すニャ!」
「みんな…………!」
掻き消えそうになっていた光が再び力を取り戻し、重ねられた手の隙間から眩い光が溢れ出る。そしてついにそれが一つの形状を形作る。光が棒型の形状に収束し……ミラクルベルティエがメロディの手に収まった。
「ミラクルベルティエ、セパレーション! おいで、ミリー、ドリー!」
分離したミラクルベルティエそれぞれにフェアリートーンが合体。そして、メロディとリズムは互いのベルティエの一つずつを交換し、互い違いのベルティエを再び合体させる。
「「クロスロッド!」」
二人は掲げたベルティエを手首のスナップで回転させ、両端のフェアリートーンが描く軌跡が、二対の音のリングを形成する。
「「四つの心を、一つの力に! プリキュア! ミュージックロンド……」」
そして、メロディとリズムがクロスロッドを突き出すのと同時に、ビートがラブギターロッドを弾き鳴らし、シンフォニーがシャイニングトランパーを吹き鳴らす。
「「「「スーパーーーーーーーカルテットーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」」
全ての音の力が四つのリングに収束し、四色の音の力が光線のように放たれる。四つの光が混ざり合い、巨大な光のエネルギーとなったそれがギガトーンの身体を貫いた。
「「「「フィナーレ!」」」」
「ガガッ! ギギッ! …………グーグーグー……」
浄化の音の力がギガトーンの破壊の音を解きほぐし、怪物は安らかな眠りにつく。それと同時に、ギガトーンの身体が本来のモノレールの形へと戻り、モノレールを支えていたレールも本来の位置と形を取り戻した。
「みんな……やったニャ! これで、これでやっと……」
そのギガトーンの撃破は、今までのそれとは意味するものが違う。伝説の楽譜の音符は最後の一つだった。つまり、このギガトーンの音符を回収すれば全ての音符がプリキュア側に揃う。
ハミィが声によって音符を取り出そうとするより前にメロディが動いていた。地面から跳躍してモノレールに飛びついて、その入り口を無理やりこじ開ける。
「ママ! 大丈……!?」
ギガトーンに捕らわれていた母を心配し、救い出そうという一心からの行動だった。
しかし、メロディが扉を開けて中をうかがおうとした瞬間、内側から発せられた鈍い音の衝撃によってメロディが勢いよくビルの壁に叩きつけられる。
「うぁぁぁっ!」
「なっ……」
「メロディ!」
「なにが……きゃあっ!」
突然の事で混乱し、吹き飛ばされたメロディと衝撃波の発生したモノレールとの間で視線が行き来していたリズム、ビート、シンフォニー達も、メロディと同じように衝撃波によって吹き飛ばされていった。
「ニャニャニャ!?……一体ニャにが……」
「やあやあプリキュアの諸君! これまでご苦労だったな」
開かれたモノレールの入り口から一つの影が歩み出て、そこから飛び降りると地面に着地した。
「お……お前は、メフィスト……!」
ビートが震えながら体を起こす。モノレールの中から姿を現したのは、かつてプリキュアが一度だけ対峙した事のある、マイナーランドの王を自称する男、メフィストの姿だった。
「「「メフィスト様~~~~~!」」」
「…………」
建物の屋上から飛び降りてその場にやって来たトリオ・ザ・マイナーが驚きと歓喜のコーラスを上げる。セイレーンも後に続いたが、その表情にはトリオとは違って喜びの感情はない。
「メフィストですって……? ……あっ!?」
シンフォニーが身を起こし、敵の姿を確認するが、その時気付く。手元にあるべきものがない。メロディ、リズム、ビートもそれぞれ遅れて気付き、手元を見るが、そこには何も存在しない。
「こいつをお探しかな?」
メフィストが得意げに言う。メフィストの周囲に、邪悪なオーラの球体に包まれた、二つのクロスロッド、ラブギターロッド、シャイニングトランパーが浮遊している。武器と共に内部に捕らわれたフェアリートーンが脱出しようともがいているが、自由になる事が出来ない。
「伝説の楽譜の音符は全てフェアリートーンの内部に納められている!」
メフィストが右腕を大きく広げて大仰な手振りと言葉で高らかに語り出す。
「ギガトーンを倒すためには、八つのフェアリートーンの力を合わせた技が必要!」
更に左腕も。肩から下がるマントが翼のようなシルエットを作り出す。
「そして最大の技を放ち、敵を倒したその瞬間……フェアリートーンが一カ所に集まった状態で、消耗して隙だらけのその瞬間!」
両腕を広げ、浮遊する武器とフェアリートーンを両腕で包み込むかのような姿で、メフィストは高らかに宣言する。
「……音符を奪うのにこれほどまでに都合のいいタイミングは他にあるまい?」
ニヤリと笑って、メフィストは締めくくった。
「ま、まさか……最初からこれを狙って……」
シンフォニーが気づく。これまでプリキュア側がギガトーンを全て浄化し続け、音符をすべて回収してきた。それを今まで自分たちの勝利が続いていたものだと彼女達は考えていたのが、実際にはこの男、メフィストの思惑通りだったのではないか。
「お、音符は絶対に渡さないドド~!」
クロスロッドに装填された状態のドリーが、抵抗の意思を示す。他のフェアリートーンもメフィストが作り出した結界の中でもがいている。
「フフフ……お前達がどう足掻こうと、生みの親には逆らう事は出来まい?」
「えっ! どういう事レレ!?」
メフィストの意味深な発言に、レリーが疑問を発する。
「さぁ、いでよ!」
メフィストの呼びかけに答えるように、宙に黒い瘴気のような淀んだ力が渦を巻いて集中していき、力が集まる一点に何かのシルエットが形作られていく。
その形が固定され、周囲の黒い靄が収まると、その下からフェアリートーンと瓜二つの姿が浮かび上がった。しかし、その体色は光を吸収して逃さないような漆黒で、左右に一対の黒い翼が生え、二つの瞳の奥には底知れぬ闇が広がっていた。
「く、クレッシェンドトーン様ファファ!?」
「い、いや、これは……」
ファリーがその姿に自分達の生みの親、フェアリートーンの元となった存在、クレッシェンドトーンの面影を見出すが、ミリーはそこにクレッシェンドトーンとは全く異なる邪悪な力を感じ取った。
「これは俺様がクレッシェンドトーンの力を使って生み出した破壊の音の精、“デクレッシェンドトーン”だ!」
「デクレッシェンドトーン……!?」
「やれい、デクレッシェンドトーン!」
「――――――――――――」
デクレッシェンドトーンが口を開くと、デクレッシェンドトーンを中心に不快な音波が広がり、結界の中に捕らわれていたフェアリートーン達がその音を受けて乱れた音の反響を発する。
そして、八体のフェアリートーンの頭部の宝石部から、内部に収納されていた無数の音符が一気に飛び出した。
どこから取り出したのか、メフィストが伝説の楽譜を掲げ、その譜面に音符が次々収まっていく。ページが埋まると次へ、また次へと、ページがパラパラとめくれていき、やがて最後のページまで音符が楽譜を埋め尽くす。
フェアリートーンが確保していた全ての音符が抜き取られ、そしてモノレールに宿っていた最後の一個もまた、飛び出して楽譜に吸収される。
「……伝説の楽譜の完成だ」
「メフィスト様、お見事です!」
トリオ・ザ・マイナーがメフィストの元に駆け寄り、バリトンが楽譜の完成を称賛する。
「ついにやったんですね! これで不幸のメロディをセイレーン様が歌えば……」
「あん? 不幸のメロディだぁ? …………ふっふっふ、はっはっは、だぁーーーーーーーーっはっはっは!」
ファルセットもマイナーランドの勝利を期待する言葉を口にするが、メフィストがそれを大声で笑い飛ばしたのを見て、トリオ・ザ・マイナーはあっけにとられる。
「不幸のメロディなど、もう歌わせる必要はなぁい! この楽譜に記されている音楽はな、究極の破壊の力で全ての音楽と音をこの世界から消し去る、その名も“終焉のメロディ”だ!」
「しゅ、終焉のメロディ? 音楽の破壊?」
「な、何を言っているのですかメフィスト様!」
「わ、我らの目的、それは不幸のメロディでこの世を不幸で満たし! 全世界の人間達に我々の力を認めさせる! それがマイナーランドの悲願なのではなかったのですか!」
メフィストの語る内容に、ファルセット、バリトン、バスドラが口々に疑問の言葉を並べ立てたが、メフィストはそれを鼻で笑った。
「そう……メイジャーランドの落ちこぼれであるお前達に聞こえのいい理想を語ってやったのよ。勝者を妬むお前達は、俺様の目的を果たすのに都合のいい駒だった訳だ!」
「そ、そんな……」
「メフィスト……! アンタあたしを裏切るつもり!?」
メフィストの語る真実に、声をしぼませ消沈するトリオ・ザ・マイナー。セイレーンが前に走り出て、怒りを込めた鋭い目でメフィストを睨め付けた。
「裏切るぅ? 笑わせるなセイレーン! マイナーランドの歌姫などと言われて思い上がったのか? 所詮お前は歌姫から脱落したただの負け猫だ! お前達はただの噛ませ犬……いや噛ませ猫だったのだよ。……プリキュアを成長させるためのな!」
「プリキュアを……成長させる?」
セイレーンはメフィストの言葉の意図を掴みかねている。
「そうさ!俺様がお前に不幸のメロディを歌わせようとしたのはなセイレーン……不幸のメロディの力に抗う事の出来る者……つまりプリキュアを見つけ出すためだったんだよ! だが、アフロディテとハミィがプリキュアを探してくれたおかげで手間が省けた。後はセイレーン達を使ってプリキュアの力を高めていくだけで良くなったのだからな」
メフィストが語る真実。伝説の楽譜の音符がばら撒かれたのはメフィストからしても想定外だったが、そこからの展開はむしろメフィストの望むものであり、そして、これまでの戦いは全てメフィストの期待した通りのものとなっていた。
「そう……終焉のメロディの歌い手はセイレーンなどではない! ましてやハミィでもない!」
メフィストの視線がトリオ・ザ・マイナーそれぞれとセイレーンとで順番に動き、更にハミィを見据える。
「終焉のメロディの歌い手に相応しい者、それは、音楽に対する喜びと苦悩を知る者!」
しかしハミィからも視線を外し、その目はプリキュアに向けられる。弱って膝を落としているキュアシンフォニーへ。
「歌の妖精と同じように、音の力を操る能力を有した者! たぐいまれなる音楽の才を持ち、その才を開花させた者!」
片膝立ちで歯を食いしばっているキュアビートへ。
「そして今また、音楽に対して深い絶望を感じた者!」
壁際に寄り掛かっているキュアリズムへ。そして……
「…………北条響! お前こそが終焉のメロディの歌姫に相応しい!」
最後に、その目が突き出した指と共に射抜いた相手は、仰向けの状態でなんとか上半身を起こして様子を見ていたキュアメロディだった。
「なっ……!」
「響が……」
「終焉のメロディの歌い手……!?」
リズム、ビート、シンフォニーが予想外のメフィストの言葉に驚きの声を上げる。
「ふ、ふざけないでよ! 誰がそんな歌を……!」
「お前に拒否権など無いのだよ。……デクレッシェンドトーン!」
「――――――――」
デクレッシェンドトーンが再び不快な音波を発すると、メロディの身体に破壊の音の振動が広がる。それは身体を痺れさせ、弱らせる力のはずだったが、その振動が全身を包んだ時、メロディは弾かれたように立ち上がる。
メロディ本人の意思ではない。起き上がる際の動作も、腕を突き、足に力を入れて……というような自然なものではなく、まるで操り人形が糸に引っ張られるような動き。
操り人形のように、糸で無理やり引き寄せられるように、メロディはおぼつかない足取りで一歩、一歩前へと足を進めていく。……デクレッシェンドトーンに向かって。
「か、体が勝手に……!」
「響!」
「くそっ、動け……!」
シンフォニー、ビートが身体を起き上がらせようともがくが、ギガトーンとの戦闘で疲労する身体。そこにメフィストから受けた攻撃は強烈な破壊の音が濃縮されたものだった。それに加え、デクレッシェンドトーンが放つ音波が重なり、身体を痺れさせて身動きを封じている。
(い……いや…………)
メロディは自分を前に引き寄せていく力に抗おうとした。しかし、全身を蝕む破壊の音の振動は、メロディに一切の抵抗を許さない一方で、その歩みを確実に前に進めていく。
メロディが抵抗しようとすればするほど、デクレッシェンドトーンの怪音波の不快な響きが全身に広がっていく。
そして、身体の奥まで響き、反響する苦痛を伴う音が、彼女の脳内に、今までの人生の中で生まれた、音楽への様々な想いを湧き上がらせていく。
初めて両親にピアノ演奏を披露し、二人から褒められた時の事。
演奏会で『音楽を奏でていないね』と父に言われ、音楽を捨てた日。
音楽を遠ざけ続けた日々。
父の言葉の意味に気付いた日。
奏と一緒に連弾を始めたあの時。
奏との楽譜なき連弾の中で、白く輝く世界を見たあの瞬間。
えれなと共にエチュードを演奏し、ピアノへ向き合う気持ちを取り戻したあの日。
……そして、コンクールの会場で、みんなの想いを背負いながら、それを演奏の形として見せる事が出来なかった今日という日。
繰り返される奇怪な音が、身体を貫く嘆きの音が、メロディの心を掻きむしっていく。
成し遂げる事が出来なかった。やり遂げる事が出来なかった。今まで繰り返して来た練習の果て。積み重ねてきた、受け取って来た想いが形を成さず、霧散した。
その後悔と嘆きの感情が、メロディの心の中で何度も、何度もリフレインし、メロディの瞳から光が消えていく。
(ああ……わたし、もう…………)
デクレッシェンドトーンがゆっくりとメロディに向かって近づいていく。
(ピアノの演奏なんて……出来な……)
メロディは誘われるがまま、右手をゆっくり前に伸ばしていく。メロディの手がデクレッシェンドトーンに触れそうになった、その時だった。
「えっ……」
メロディを後ろに突き飛ばし、デクレッシェンドトーンとの間に割り込んだ存在が居た。
キュアリズムだった。
片手でメロディを押しのけ、デクレッシェンドトーンの前に立ちはだかっている。
「あいつ、この破壊の音の中で……!」
メフィストがその行動に驚く中、瞬間的に振り向いたリズムとメロディの視線が交差する。
悲痛さと必死さが混ざり合った表情。リズムは口を開き、メロディに言った。いや、言おうとした。
「響! 私はっ――――――――」
言葉は最後まで紡がれず、リズムを包むように広がった黒いエネルギーの渦が、破壊の音の力の奔流が、リズムとメロディを引き裂いた。
リズムに突き飛ばされたのに加え、爆発的に広がった破壊の音の渦が、メロディを後方に弾き飛ばし、メロディは地面に叩きつけられる。
「かっ、奏っ!」
メロディが上体を起こした時、その視線の先にあったもの。破壊の音の渦が黒い稲妻の塊のように分解していき、それが広く細く広がり、明滅しながら消えていく。その奥から現れたのは、キュアリズム。いや、先ほどまでキュアリズムだったもの。
「爪弾くは、終焉の調べ…………デクレッシェンドキュアリズム……」
キュアリズムの衣装は黒く染まり、各部が華やかながら禍々しい装飾で彩られており、その背からは漆黒の翼が一対広がっている。そして、その顔には一切の表情がなく、両の瞳には深い闇を湛えている。
「奏……!」
「そんな……!」
「ちっ、邪魔が入ったか……不完全ではあるが仕方がない。さあデクレッシェンドキュアリズムよ! プリキュアの力を破壊の音に変え、終焉のメロディを歌い上げるのだ!」
メフィストが伝説の楽譜を差し出すと、それがリズムの正面に浮き上がり、リズムが左腕を払うような動作に合わせ楽譜のページが開かれる。
「――――――――――」
リズムが伝説の楽譜に記された内容を、終焉のメロディを歌い始める。
周囲を悲しみに包むマイナーランドの音楽とも、乱れた音が飛び交う破壊の音とも違う。一つ一つの旋律が地の底に滑り落ちていくような音の流れ……音が死に絶えていくような音の繰り返し。一節歌われるだけで乱れた音が広がって、周囲に居るプリキュア達も、そしてメフィスト以外のマイナーランドの一同もその圧倒的な音の力の圧によって吹き飛ばされる。
「こ、この力は!」
「ギガトーン以上……!? まずいわ!」
焦るビートとシンフォニー。リズムが放った音の衝撃は、激しく上下した後弱まっていき、それによって、周囲の振動を、鼓動を、掻き消して消失させていく。ただでさえ戦いの疲労と破壊の音のダメージのあるプリキュア達は、立ち上がるための力を奪われて、身動きが取れなくなっている。
更に、終焉のメロディによって起こった変化は音や力の波だけではなかった。リズムが歌を発し続ける中、リズムが歌い終えた部分の譜面に並ぶ音符が楽譜から浮き上がり、水ににじんだインクのように形を崩し、そして空中に霧散していく。
「音符が! 消えていくニャ……」
「そういうこと……! 音楽を終わらせる終焉のメロディは、音楽としてのそれ自身をも共に消滅させていく……!」
その光景の意味にいち早く気づいたのは歌姫であるハミィとセイレーンだった。破壊の音が音を破壊する音であるならば、終焉のメロディは、音楽を終わらせる音楽。その対象は、音楽である自分自身をも含んでいる。
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「いけない! このままではプリキュアが!」
「アアーッ!? アフロディテ様!?」
これまでにない異様な音の力を感知し、プリキュアの危機を感じ取ったアフロディテは、自らの執務室の窓から虹色鍵盤の架け橋を伸ばし、お目付け役のオウムの声も無視して王宮からメイジャーランドの土地、そしてそれを超えて地上まで架け橋に乗ってその身体を降下させていく。
だが、地上へ向け急速に降下していく最中、アフロディテの移動を導いていた虹色の鍵盤がガタガタとその形を崩し始め、地上に伸びるはずのそれが先端からバラバラに散らばって崩壊していった。
「そんな……!」
慌てて浮かび上がり、元来た道筋を引き返すアフロディテ。
地上から……デクレッシェンドキュアリズムを中心とするその場所から、音の力を消失させる終焉のメロディが広がっていたがために、音の力で構築された鍵盤の架け橋も掻き消されてしまったのだ。
アフロディテは、ただただ地上を見下ろす事しか出来ない。
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「いいぞ、このまま地上に溢れる音を、全て破壊し尽くすのだ!」
終焉のメロディの破壊の力が広がる空間の中で、活力を見せていたのはメフィスト唯一人だった。抵抗できる者も、身動き出来る者もいない中で、リズムの歌う終焉のメロディの旋律が続き、その力がより一層広がりそうになった時だった。
苦しそうに絞り出すような声が、終焉のメロディの流れる空間の中でか細く、しかし印象的に響いた。
「……もうやめて! パパ!」
「えっ!?」
「アコちゃん!?」
メロディ達が驚いて顔を向けた先には、メロディ達……いや響達が良く見知った相手、調辺アコが居た。終焉のメロディの力に圧倒されそうになりながらも、その小さな体で必死に抗って前へと歩みを進めていく。
「……な、に……?」
メロディ達と同じくその姿を確認したメフィストは絶句する。そのメフィストの態度に呼応したのか、リズムの終焉のメロディの歌唱も停止する。
「どうして、お前が地上にいるのだ……」
メフィストはアコから目線を逸らす。
「なんで……なんでなの? 誰よりも音楽が大好きで、音楽を楽しんでいたパパが、なんでこんな事をするの?」
「パパだって……!?」
「メフィストが、アコちゃんの父親……?」
アコの苦しそうな言葉。ビートとシンフォニー、そしてもちろんメロディも、突如発覚したアコとメフィストの関係に驚き困惑している。
「こんな事やめて! あたし、もう耐えられない……」
アコが顔を震わせ、目を伏せる。隠れたその両目からは、涙が零れ落ちていた。
「…………お前がどう言おうと、俺はもう、引き返すつもりはない。……ここから去れ!」
アコと顔を合わせようとしていなかったメフィストが、アコの方を向くと同時に手のひらをかざす。するとアコは球体状の結界に封じ込められ、結界ごと身体が宙に浮くと、後方へと弾かれたように飛んでいく。
「……!? パパ! パパーーーッ!」
アコの声が遠ざかっていく。メフィストが再びリズムの方を向くと、リズムはメフィストの意思を受け取って、再び口を開こうとした。
「…………っ! マズイ! アンタ達、ズラかるわよ!」
「えっ! ああちょっと!?」
「セイレーン様~~~!」
終焉のメロディが停止していたため、僅かながらに力を取り戻していたセイレーンは、今しかないと悟って、終焉のメロディが再開する前にその場から一目散に走り去る。ファルセット、バリトンとバスドラもそれに倣って大急ぎで駆け出していった。
「くっ…………うっ……」
だが、終焉のメロディの前に、破壊の音の力によって身動きを封じられていたメロディ、ビート、シンフォニーは未だ立ち上がろうとして必死に手足に力を込めている所だった。
「み、みんニャー!」
ハミィが必死に仲間達に駆け寄ろうとするが、ハミィがこの状況で皆を助ける手段はない。
リズムが終焉のメロディを歌うのを再開し、破壊の音の力が一段と大きく広がろうとしたその時。プリキュア達の周囲を、一陣の風が駆け抜けた。
爆発的に広がった衝撃の渦が周囲を包み、それが過ぎ去った後には、その場には誰の姿も残っておらず、何の音も、雨音一つ、響かなかった。
つづく