スイートプリキュア♪ -ArrangeScore-   作:おとともの

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ep9.「ハミング! セイレーンは永遠の歌姫ニャ!」

「んっ…………うぅ……」

 

意識が浮かび上がった時、最初に感じたのは硬い床の冷たい感触だった。

 

響が身体を起こすと、そこは見知った場所……しらべの館の中央ホールの中だった。ホールの観客席となっている段差の部分に身を横たえていた自分に気付く。

 

「うう…………」

 

「みんな……平気……?」

 

響がきしむ身体を押して立ち上がり、周囲を見ると、和音と聖歌、そしてハミィもまた、同じように意識を失っていた所から目覚めたタイミングだったようだ。

 

「奏…………」

 

響のその一言に、皆一様に顔を曇らせる。その場には当然奏はいない。デクレッシェンドトーンに囚われ終焉のメロディを歌い……そこまで考えて、響の頭に疑問が浮かぶ。

 

「メフィストが、奏に終焉のメロディを歌わせて……それから、わたし達、どうなって……」

 

「もしかして、ハミィが助けてくれたの?」

 

終焉のメロディの力が広がる瞬間、変身していた響達は身動きが取れず、逃げる事も出来なかった。和音がハミィに視線を向けるが、ハミィは他の皆と同じように困惑の表情を浮かべている。

 

「ハミィは……何にも出来なかったニャ。音符が奪われて、みんなが危なかったのに、何も……」

 

ハミィには似合わない悲しそうな表情を浮かべているのを見て、響達はかける言葉が見つからなかった。ハミィだけでなく、自分達も何も出来なかった。その無力感が言葉を失わせる。

 

皆が押し黙って静寂が広がった時、響は妙な違和感に包まれる。何かがおかしい。それを感じ取ったのは、耳だ。

 

周りが……あまりにも静かすぎる。しらべの館は演奏していなければ静かな場所で、今は皆が黙っているのだから何も聞こえないのは当たり前なのだが、同じ静かな場所でも昼と比べて夜の方が静けさを感じるのと同じように、気配が、雰囲気が違う。普段のしらべの館の静けさではない。

 

「あっ、響!?」

 

響は思わずしらべの館の外に走り出していた。和音、聖歌、ハミィも続く。

 

---

 

しらべの館から一歩踏み出した時、響は異様な感触に足元をぐらつかせた。いや、感触ではない、音だ。踏み出した足は確かに地面を踏みしめていたはずなのに、その自分の足音が全く聞こえなかったせいで、感覚がズレて足を動かすタイミングが狂ってしまったのだ。

 

外はしらべの館よりも更に異様な静けさに包まれていた。意識を失っている間に朝になっていたようだが、朝の静けさともまた違う。小鳥のさえずりも聞こえなければ、風が吹いても木々が揺れる音も響かない。

 

「何……これ……」

 

「何も聞こえない……」

 

和音や聖歌は、言葉を発した瞬間自分の声に、仲間の声に違和感を抱く。はっきりと発声したはずなのに、その声がかすれたように弱く、声が遠くまで響かない感覚がある。自分自身の弱々しい声が、自分の中でまた弱々しく響く。そのせいで、自分自身の生命力も大きく衰えているかのような感覚に陥る。

 

「町から、音の力を全然感じられないニャ……」

 

「これが、音の奪われた世界……?」

 

音の妖精であるハミィは、その異様な変化をより強く感じているようだ。破壊の音の究極系。伝説の楽譜を使った終焉のメロディ。それによってメフィストは全ての音楽と音を消し去ると言っていた。その結果がこの静寂に包まれた世界なのか。そうだとしたら……

 

「町のみんなはどうなったの……? それに、ママ達も……」

 

「囚われてた人々もあの時避難させておいた。町の人々も……無事じゃよ」

 

背後から聞こえた、はっきりとしているのに弱々しく聞こえるその声に一同が振り返ると、そこには皆が見知った存在の姿があった。

 

「「「音吉さん!」」」

 

揃った三人の声も、大きく響き渡る事は無かった。

 

---

 

「あの時私達を助けてくれたのは、音吉さんだったんですね」

 

再びしらべの館の中に戻って来た響達。しらべの館の中だと、外と比べて声がある程度響く。聖歌の言葉に、音吉がこくりと頷く。

 

「すまなかったな、お前さん達……こんな事になってしまって」

 

「どうして音吉さんが謝るんですか?」

 

「わたし達はむしろ、助けられたくらいなのに……」

 

申し訳なさそうな顔を見せる音吉に対し、響と和音が不思議そうな顔を見せる。しかし、音吉は辛そうな表情で首を横に振った。

 

「違うんじゃ……そもそもの原因、マイナーランドの王、メフィストは……わしの息子なんじゃよ」

 

「えっ!?」

 

「そういえば、アコちゃん、あの時メフィストの事をパパって……」

 

響は意識を失う直前の事を思い出した。終焉のメロディを歌わせようとする中乱入してきたアコ。そして彼女が父と呼んだ相手、メフィストとの会話。アコの父親がメフィストで、そして祖父は音吉。そうなれば、音吉とメフィストの関係性も明確だ。

 

「メフィストは元々メイジャーランドに居たって……じゃあ、音吉さんもアコちゃんも、元々メイジャーランド人……?」

 

音吉は今度は首を縦に振る。そして、視線をハミィに向けた後、白状するように口を開く。

 

「ハミィは若い歌の妖精じゃから知らないのも無理はないな。わしはメイジャーランドの先代国王だったのじゃ」

 

「「「「ええ~~~~~~~!?」」」」

 

ハミィを含めた四人は驚きの情報に声を上げる。音吉やアコがメイジャーランドとの関係者などという事自体、今まで考えもしなかったというのに、その情報が軽く感じるほどの内容。ハミィももう音吉の前で猫のフリをするのをやめたようだ。

 

「ハミィもびっくりだニャ……」

 

「音吉さんが元メイジャーランド王で、その息子がメフィスト……じゃあなんでマイナーランドの王なんて……」

 

音吉から明かされる情報によって、新たな疑問が沸き上がる。

 

「……メイジャーランドは調和の音楽の力によって世界のメロディが壊されぬよう守るという役割を持つ。そのため、代々のメイジャーランド王は、その世代で最も高き音楽の才能と、優れた人格を持った者の中から選出される」

 

音吉はもう隠し事はしないつもりのようだ。自分達メイジャーランドの事をゆっくり語り始める。

 

「メフィストとアフロディテはこの世代……わしが王の座から降りて、空席となった国王の席をかけて争うライバルでもあり……幼なじみ同士でもあった」

 

「そういえば、アフロディテ様、メフィストの事を知っていたみたいだったニャ」

 

現在の王であるアフロディテの名前が話の中で浮上する。ハミィは、メイジャーランド大音楽会の事を思い出していた。互いに敵視しながらも、旧知の仲といった雰囲気だった二人。

 

「特にメフィストは、先代国王の息子という事もあり、幼い頃からずっと期待されておった。あやつは素晴らしき音楽の才を持ち、音楽をこよなく愛していた。……しかし周囲の期待が少しずつあやつを追いつめていった。中には将来の国王だと、と権力目当てに近づく者もいた」

 

音楽をこよなく愛する。今の音楽を敵視し、消し去ろうとしているメフィストからは想像出来ない姿だ。

 

「周囲の期待に応えるため、国王となるため、そういった重圧があやつを苦しめていき……国王がアフロディテに決まった時、あやつは、積み重ねてきた全てが崩れ去ったと思ってしまったのじゃろうな……」

 

音吉が悲しそうに話を締めくくる。音吉が語るメフィストの背景を聞いて、響の心の中で揺れ動く感情があった。

 

(みんなの期待を背負って……それが全部崩れ落ちて……)

 

響の脳裏にフラッシュバックする光景。白と黒の美しい板の並びに、指を添えて、一呼吸して……ピアノコンクールでピアノを前にした時の、あの気持ち。奏達が頑張ってくれていると、その頑張りを、応援してくれた皆の想いを無駄にしないために、目の前の事に集中し、全てを込めようと思ったあの時。

 

……そして、母が危険に晒されているという考えが脳裏をよぎって、指先が……

 

心に突き刺さる痛みを感じて、響はぎゅっと目をつむる。胸に刺さったその棘は、未だに響の奥の底で消せない痛みを広げている。

 

「じゃが、あやつの絶望がこれほどまでに深いものだったとは、わしにも分かってやれんかった。わしの責任じゃ……」

 

音吉の言葉には、自嘲と、後悔と、申し訳なさと……様々な気持ちが混じっていた。

 

聖歌は話題を変えようとしたのか、別の角度からの質問を投げかけた。

 

「…………このまま、世界の音と音楽が破壊されてしまったら、どうなってしまうんですか?」

 

「人が死ぬわけではない……だが、音の無い世界、そこにはどんな音楽も、どんな言葉も存在せず、誰の想いもどこにも響かない。静寂だけが存在する、悲しい世界じゃ……」

 

しらべの館の外に出た時感じた、あの異様な静けさ。だが、あれすらもまだ不完全な状態なのかもしれない。言葉が弱々しく感じても、それぞれの言葉は届き、聞く事が出来ていた。

 

不意に音吉が顔を上げた。

 

「せめて、これが完成していれば……」

 

その視線は、ホールの奥の壁……いや、壁に埋め込まれるように構築されたパイプオルガンに向かっている。

 

一同を再び静寂が包む。この場での会話が無くなり、音の広がりが消えると、否が応にもしらべの館の外を包む絶対の静寂がこの空間を圧迫するように迫って来るのを感じた。

 

響達は、その襲い掛かる静寂に押しつぶされそうになりながらも、それを振り払うように顔を上げ、静寂を破った。

 

「私達がこうして話していられるという事は、まだ終焉のメロディは完成してないって事よね」

 

聖歌が理知的に分析する。音の破壊は、まだ完成していない。

 

「こんな所で黙ってらんないよ、なんたってわたし達、プリキュアだもん!」

 

和音が暗い空気を塗り替えるように言う。

 

「音吉さん、わたし達……行ってきます。メフィストの事、絶対止めてみせますから!」

 

響が音吉に決意を語る。目的は、終焉のメロディを止め、メフィストの野望を砕く事。だがそれだけでなく。

 

「……そして、奏の事も、絶対に助け出そう!」

 

「お前達……すまん、出来ることならわしが……」

 

響達の頼もしい態度を見て、音吉が再び申し訳なさそうな顔を見せる。しかし、響達はそれを責めるような事はしなかった。

 

「音吉さんには、ここでまだやる事があるんですよね」

 

「待ってて下さい。あのメフィストだって、引っ掴んででも連れて帰って来ますから!」

 

聖歌と和音の言葉に、音吉は表情を緩め、三人に信頼の気持ちを乗せた視線を送る。

 

「みんニャ、メイジャーランドへ行くニャ! きっとアフロディテ様が、対策を考えてくれているはずニャ!」

 

ハミィの言葉に頷き、しらべの館の外へと足を向けた三人を、音吉が呼び止めた。

 

「待つんじゃ、お前達」

 

振り返った一同に、音吉は両手に乗せたあるものを差し出した。

 

「これを持って行きなさい」

 

音吉の手に乗っていたそれは、純白の、二つのハートのシルエットが繋がったような物体。

 

「これって、ファンタスティックベルティエ!?」

 

「お前さん達を助け出す時、一緒に回収しておいたんじゃ」

 

「奏は、変身が解除された訳じゃなかったから、ベルティエも消えずに残っていたのね……」

 

聖歌の分析に、和音が「なるほど」といった表情を見せるが、ファンタスティックベルティエを受け取った響は、それとは違う見解を示した。

 

「……ううん、違う。ベルティエは、大切な人を守ろうって想いから生まれたアイテム。これが消えてないって事は、奏の想いも消えていないって事だよ」

 

聖歌と和音が気づかされたようにハッとした表情を見せる。

 

「……奏は、デクレッシェンドトーンに捕らわれている今も、戦っているのね……」

 

「奏の想いも、ここに残ってるんだ……」

 

「奏……」

 

聖歌と和音、そしてハミィは、ベルティエの向こう側に奏の姿が見えるかのように、潤んだ表情をそれに向ける。

 

「奏……一緒に行こう!」

 

響はファンタスティックベルティエを胸にギュッと抱き締め、そして再び、外に向けて振り返り、皆と一緒に歩き出す。

 

しらべの館の外に踏み出すと、再び静寂の冷たさが皆を襲った。ハミィはみんなの前に駆け出て、空を見上げる。

 

「メイジャーランドに向かうのニャ! ん~~~~~~ニャ~~~~~!」

 

ハミィが両前足を頭上に向け突き出すと、波打つ虹色の鍵盤が空に向け伸び上がっていく。しかし、鍵盤の繋ぎ目が所々不揃いになっており、鍵盤の道全体もグラグラと揺れて不安定になっている。音の力が弱まっている影響だ。

 

「ボク達も協力するドド!」

 

「みんなで力を合わせて……それ~!」

 

八体のフェアリートーン達がハミィの周囲に集まり、一斉に音を発すると、鍵盤の架け橋の七色の光がより鮮やかに輝いて、その形と動きを安定させる。

 

「フェアリートーン、ありがとニャ!……みんな、行くのニャ!」

 

「……うん!」

 

力強く頷き、響達が鍵盤の架け橋に近づくと、身体が少しずつ浮き上がっていき、鍵盤の道に沿ってその身体がどんどん上昇していく。あっという間に地上が、かのん町が見渡せる高さにまで到達し、響達は静寂に包まれた自分達の町を見下ろした。

 

しらべの館、響の家、奏の家のラッキースプーン、アリア学園、コンクールが行われたシティホール……様々な出来事と、事件と、出会いを経験した、自分たちの町。それが……どんどん遠ざかっていく。

 

(絶対に帰ってくる……! 奏と、みんなと一緒に……!)

 

 

---

 

 

かのん町は静まり返っていた。

 

昨日、華やかなピアノ演奏が披露されたシティホールも静まり返っていたが、その内部は外とはまた違った異様さがあった。

 

力なく腰を落とす者、横たわる者が中で溢れかえっている。彼らは終焉のメロディの影響で力と意識を失った人々であり、自分で立つことが出来る者達が協力してホール内に一時的に収容する形になっていた。

 

しかし、意識を失った人々を助けている人達も、声がまともに広がらない事への困惑と憔悴を感じ、その力も徐々に奪われている様子を見せる。

 

収容された人々の中に一人、小さな男子のシルエット。長椅子に横になる形で眠り込んでいる。

 

南野奏太。ピアノコンクールの演目の途中だというのに外に飛び出していった学友を追いかけて、自身も街中を走っていた……その途中で放たれた破壊の音によって力を失い、更に終焉のメロディの影響もあって意識を完全に失っている。

 

そんな彼の前に、彼と同じような小さなシルエットが立った。二股に分かれた橙色の長い髪を揺らし、奏太の前にかがみ込む。

 

「ごめんね、奏太……こんな目に遭わせて」

 

その少女は、奏太の顔に手を触れると、頬をそっと優しくなでた。

 

「あたしが、ううん、あたし達が絶対になんとかするから。だから、待ってて……」

 

意識を失っている奏太から手を放して立ち上がり、その少女は建物を出ると空を仰ぎ見た。

 

 

---

 

 

厚い雲の壁を突き破り、開けた視界の先に、それはあった。天に浮かぶ巨大な島、メイジャーランド。そこには確かに人の営みを感じさせる風景があった。

 

木々が生い茂る豊かな自然の森、広がる草原地帯の中央付近に集中して建てられた中世ヨーロッパ風の建築物。そしてそこから階段で繋がった巨大なお城。突き出た長い塔には鍵盤のような構造が絡みつくように伸びており、塔の先端にはハートの形状をしたハープのような構造物。

 

城下町の手前の広大な湖には、町とお城のその大きな建築がそのまま反射して映し出されていた。

 

ハミィが作り出す鍵盤の架け橋は、自然の風景も、城下町も、城そのものも超えて、城から伸びる塔のハープ構造の下にある空間に向かっていた。そこは、アフロディテの玉座の間。

 

緊急事態だ。無礼かどうかなどは言っていられない……という所までハミィが考えていたのかどうかは分からないが、ハミィに連れられるまま響達は窓の隙間を通って玉座の間に直行した。

 

玉座の間は縦に大きく広がった空間となっており、水が上階から下層へ流れ落ちていく構造が幻想的な雰囲気を作り出している。

 

鍵盤の架け橋が最上階の玉座近くの床まで伸び、ハミィ、続いて響、和音、聖歌が順番に着地する。

 

玉座の間最上階、奥に存在する玉座の前にアフロディテが立ち、その周辺にメイジャーランド人と思われる人々……人とは言っても、響達から見てもはっきり分かる人の姿は全体の半分ほどで、人の顔が動物になった姿の獣人のような人や、目や手などの部位がついた楽器のような存在もいる。

 

ただ、姿形が多様なその集まりに共通しているのは、それぞれが威厳のある立ち振る舞いや所作をしており、人型……に近い者は派手ではないが細かく煌びやかな装飾の衣装を身に纏っている点だった。ここに集まっているのが、メイジャーランドでも地位の高い人たちなのであろうという事が響達にもすぐに分かった。

 

「ハミィ……響、和音、聖歌……来てくれたのね」

 

響達の到来に、アフロディテを囲っていたメイジャーランド人がアフロディテへの道を開けるように広がりながら振り向く。しかし、アフロディテのその表情は、言葉とは裏腹に喜びを表現したものではなかった。

 

アフロディテの肩に止まっているオウムがアフロディテの代わりにその意味を口にする。

 

「プリキュアの皆さんですか……せっかく来てくれたのに申し訳ないのですが、アナタ達の力を借りる事はなさそうです」

 

「えっ!? どういう事ですか!?」

 

その意外な言葉に響を始めとしたメンバーが驚く。髭を生やした、おそらく男性だと思われる、宙に浮くヴァイオリンの姿をした者が先を続けた。

 

「メフィストは今、マイナーランドの中心で……デクレッシェンドキュアリズムに終焉のメロディを歌わせている。元々はメイジャーランドの一部であった離島……ようやく雲の中から姿を現したが、あまりにも強い破壊の音の力により、近づく事もままならん」

 

更に、隣に居た犬の頭をした人物が後を引き継いだ。

 

「そこで我々は、メイジャーランドでまだ動く事の出来る者達全員の力を合わせ、あの島全体に音の力を結集させる事で、島ごと終焉のメロディの力を封印する事に決めたのだ」

 

その内容を受け止め、その意味する事を理解した事で、和音と聖歌が抗議の声を上げた。

 

「封印……!? ちょっと待ってよ! 中には奏もいるんだよ!?」

 

「あなた達は、奏の事を見捨てると言うのですか!」

 

集まりの中に居た、フルートの姿をした人物……声は女性のものだった……が更に説明を続ける。

 

「あの離島は、音の力を高める性質があるのです。終焉のメロディの力が増幅され、世界全体に広がれば、世界から音の力が完全に消え去ってしまう」

 

「終焉のメロディが途切れ途切れで、最後まで歌われていないおかげで、まだなんとか世界のメロディは維持されている。だが、それも時間の問題だろう」

 

「そんニャ……」

 

恰幅のいい男性が、なだめるように、しかし同時に突き放すように語る。その言葉を聞いてハミィが顔を暗くした。

 

(終焉のメロディが、途切れ途切れ……それって……)

 

響は説明を飲み込みながら、その理由を察する。デクレッシェンドキュアリズムに変えられた奏が、操られながらも必死に抵抗しているからこそ、終焉のメロディは歌いきられていない。つまり、奏のおかげで今の状況が維持されている……

 

「現段階で既に、終焉のメロディが生み出す破壊の音によって地上とメイジャーランド双方に致命的な被害が出ています! たとえ幸福のメロディを歌姫が歌う事が出来たとしても、世界のメロディが元通りに進行する事は難しい。すぐにでもあの終焉のメロディを中断させなければいけないのです!」

 

再び、オウムが焦りを込めた口調で言い放つ。それは、先ほどの「奏を見捨てるのか」という抗議の言葉に対する答えでもあった。

 

「そんな、だからって……!…………響、響も何か言ってよ!」

 

納得いかない様子で声を荒げる和音だったが、先ほどから響が押し黙ったままなのに気付き、響に振り返る。

 

響は視線を下に向け、考え込んだ様子を見せた後、顔を上げて喋り始めた。しかし、その顔の向く先は周囲のメイジャーランド人ではなく、女王アフロディテ。

 

「……アフロディテ様も、同じ意見なんですか?」

 

「……響」

 

響の言葉を非難として受け取った様子のアフロディテは顔を曇らせる。だが、返した言葉は和音達が期待したようなものではなかった。

 

「……ごめんなさい、響。私達の使命は、世界のメロディの調和を保つことなの。…………私も、奏の事を救ってあげたい。でも、終焉のメロディを歌う今の奏を救い出す手段がない。このまま手をこまねいていれば、取り返しのつかない事になる」

 

アフロディテ自身にとっては、苦渋の決断なのだろう。辛そうな顔を見せながらも、決断を変えるつもりがない意思が言葉に乗っている。だが、響の次の言葉は、アフロディテが想像したような責めるようなものとは違った。

 

「アフロディテ様は、それでいいんですか?」

 

「響? あなたは何を……」

 

「わたし、聞きました。アフロディテ様がメフィストと幼なじみで、いいライバル同士だったって」

 

予想外の角度からの言葉に、メフィストの名を出された事に、アフロディテは一瞬目を見開いて、その後口をつぐんで顔を伏せた。

 

「……友達だったんでしょ? このまま敵同士で、いがみあったまま別れる事になって…………アフロディテ様はそれでいいんですか!?」

 

響の訴えかけるような言葉に反応したのは話している相手のアフロディテではなく、周囲のメイジャーランド人だった。

 

「なんと愚かな事を!」

 

「あやつはメイジャーランドの裏切り者の大罪人」

 

「慈悲をかける必要などなし!」

 

「あのような者と女王が友人などと、無礼であるぞ!」

 

周囲のメイジャーランド人が響の言葉に対し口々に非難の言葉を浴びせかける。

 

怒りと怒号が混じり合った歪んだ大合唱。秩序の無い音が飛び交い、玉座の間を不協和音が満たす。

 

和音と聖歌はその異様な様子に顔をしかめ、困惑の色を見せながら周囲を見渡した。

 

(な、なんなの……この人達……?)

 

(………………ノイズ……)

 

激しく醜い声の渦の中で、響はぎりっと奥歯を噛みしめ、大きく息を吸うと、腹の底からの声を張り上げ、そして叫んだ。

 

「…………うるっっっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

 

その声が一気に周囲の雑音を外に追いやり、玉座の間が一斉に静まり返る。

 

「あなた達になんて聞いてない! わたしは、アフロディテ様に聞いてるの!」

 

周囲のメイジャーランド人にきっぱり言い切ると、響は再びアフロディテに顔を向け、真剣な表情でアフロディテに問いかける。

 

「どうなんですか、アフロディテ様!」

 

アフロディテが顔を上げると、その表情には静かな怒りが滲んでおり、口からは絞り出すような声で言葉が紡がれた。

 

「…………響、今の私があのメフィストに対して感じるのは、ただただ怒りだけです」

 

「…………!」

 

「メイジャーランドの王になるという目的を果たせなかった恨みから、不幸のメロディを使うことでメイジャーランドに復讐し、自らの力を示す……そこまでならまだ理解も出来ました」

 

アフロディテは言葉を発しながら肩を震わせている。口にしながら覆い隠していた感情が表に出始めているのだろう。その言葉は少しづつ怒気を強め、口も早くなっていく。

 

「ですが、音楽や音そのものを消し去ろうなどと!…………あの男は、音楽と共にあった自らの生き方そのものを否定しているのです! そんな男には……」

 

「……”まだ理解できた”って事は、今のメフィストの行動は理解できないって事ですよね?」

 

怒りの籠った感情のまま、いつの間にか床に視線を向けていたアフロディテがハッと顔を上げる。メフィストへの怒りによって作られた表情が、響の言葉への驚きで上書きされている。

 

「なんでそんな事をするのか、何を考えているのか……それが分からないまま、いがみ合って別れてそれっきり、なんて、本当に悲しいことだと思う」

 

今度は響が、自分の過去を思い返すように、自分の心と向き合うように、視線を床に向ける。

 

「わたしもそうでした。奏の事、奏の気持ち、ちゃんと確かめないで……なんて嫌な奴なんだろう、もうあんなの知らない、なんて勝手に思いこんで……プリキュアになって、気持ちを確かめあう事が出来なかったら、どうなってたんだろうって思う」

 

それは、つい最近の出来事のような、もう遥か昔の出来事のような、忘れがたい特別な記憶。学校の待ち合わせ場所の思い違いから約束を違え、それ以降、響と奏は思い違いから喧嘩ばかりの関係になった。しかし、勘違いを払拭し、もう一度向き合う事で、再び二人は親友になる事が出来た。

 

響は顔を上げる。

 

「メフィストのやってる事は、放ってはおけないけど……本当は何を考えているのかって、それだけはちゃんと聞いておいた方がいいと思います。許せないって思うのは、それからでも遅くないんじゃないですか」

 

「響…………」

 

(わたしも、確かめなくちゃいけない。奏が”あの時”なんて言おうとしたのか……)

 

響の脳裏に浮かぶのは、自分を助けようとしてデクレッシェンドトーンに取り込まれた、奏の最後の、途切れた言葉。

 

『響! 私はっ――――――――』

 

あの光景が何度も頭に浮かび、心を揺さぶる。行かなければいけない。奏の元へ。そして、あの言葉の続きを聞かなくてはいけない。

 

「響さん……ありがとう。パパの事、真剣に考えてくれて」

 

その場に響いた新たな声に、響達が振り返り、玉座の間に居る一同の視線が向く。

 

先ほどの響達と同じように、鍵盤の架け橋から滑り降りるように着地する姿。響達は、聞き覚えのある声、振り返って目に入った見覚えのない風貌、そしてどこか見覚えのある顔立ちに、頭を混乱させた。

 

見覚えのある顔……そう、その顔が調辺アコの顔と重なる。だが眼鏡をかけておらず、髪も普段より遥かに長く、二股に伸びている。そして、身に纏う衣装はフリルが全体にあしらわれた、どこかプリキュアの姿を彷彿とさせる、黄と橙色のものだった。

 

「……ミューズ、来ていたのね」

 

「ミュー……ズ?」

 

「アコちゃんじゃないの?」

 

その人物、アコと思われる相手の名前をアフロディテがミューズと呼んだ事で、響と和音は困惑の声を上げた。ミューズと呼ばれた少女をまじまじと見つめるが、よく見れば見るほど、相手が記憶の中のアコとしっかり重なる。

 

「そう……あたしはアコ。そしてミューズというのが、あたしの本当の名前」

 

「そうか、アコちゃんも元々はメイジャーランド人だものね……」

 

聖歌が納得したように言う。メフィストと血縁である音吉もアコも元々はメイジャーランド人であり、その身分を偽って地上で生活していた。本当の名前が別にあってもおかしくはない。

 

「反逆者メフィストの娘……」

 

「地上に追放されたというのに、何をのこのこと……」

 

周囲のメイジャーランド人が嫌悪感を隠さない表情をアコに向け、明らかに隠していない小声でひそひそと彼女について話している。だがアコは一切臆する事無く、アフロディテの前に歩み出る。

 

「ミューズ、あなたは私の事を恨んでいるでしょうね……あなたの母親を実質的に幽閉し、あなた自身も地上に追いやった私の事を」

 

「あの時は……あたしもすごく恨みました。アフロディテ様の事も、メイジャーランドの事も……でももうあの時みたいに子供じゃない。アフロディテ様が、メイジャーランドに居場所のなかったあたしを助けるために、地上のおじいちゃんの所に送ってくれたって事、理解しているつもりです」

 

元々は、アフロディテに対して色々な想いを持っていたのだろう。申し訳なさそうに言うアフロディテを見るアコの目は、真剣で、濁りの無い澄み切ったものだった。

 

「アコちゃ……えっと、ミューズ、ちゃん?」

 

「今まで通り、アコでいいよ」

 

どう呼んでいいものか戸惑っている和音に、アコは笑って返す。

 

「アコちゃんがここに来たのは……」

 

響の問いかけに、アコが頷いて答える。

 

「うん、まだ可能性は残ってるって事。出来る事が残っているのに、途中で投げ出すなんて……納得出来ないでしょ、みんな」

 

アコの言葉に、響達は一様に頷く。アコ自身がそうであるのと同じかそれ以上に、響達がこんな事で諦める訳がないのだとアコは確信して来ているのだ。

 

「みんな、聞いて! パパは……メフィストは、ヒーリングチェストを持ってる。ヒーリングチェストに宿るクレッシェンドトーン様は、この世界の音を生み出した存在。クレッシェンドトーン様を解放する事が出来れば、破壊された世界のメロディも復活させる事が出来るはずだよ!」

 

アコの主張に、響達が一瞬、希望に目を輝かせる。メフィストがヒーリングチェストを持っている事、ヒーリングチェストに宿る大精霊クレッシェンドトーンの事……それらの事を響はアフロディテから、和音と聖歌は響や奏を通じて知っている。そして、音が消え去ろうとしている今の状況、それに対して音を生み出す力を持つクレッシェンドトーンの存在。問題に対する完璧な答えが持ち込まれた、ように感じた。

 

しかし、その希望はすぐに打ち砕かれる。アフロディテが悲しそうに首を振った。

 

「ミューズ。もちろん私達も、その方法は考えたのよ。でも、今のメフィストに近づく事は出来ないの」

 

「どういう事ですか?」

 

アフロディテの悲しげな言葉に、アコは眉をひそめる。

 

「奏が歌わされている終焉のメロディ。それが破壊するものは、伝説の楽譜も例外じゃない。終焉のメロディが歌われるのと同時に、伝説の楽譜の音符も破壊され、その塵が破壊の音の力と混ざり合い、メフィスト達の周囲を守るように舞っている」

 

「メフィストは最初から妨害される事を考えていたのです……終焉のメロディが歌われれば歌われるほど濃くなるあの空間は、もはやプリキュアの力を以てしても突破する事は出来ないでしょう」

 

アフロディテの説明を、肩に乗ったオウムが引き継ぐ。

 

「マイナーランドそのものを終焉のメロディごと封印する……それも最後の手段だけれど、それすらも果たして通用するのか分からない。そして、時間が経てば経つほど手だてが無くなっていく」

 

「そんな……!」

 

アフロディテの宣告に、響達も返す言葉が無くなる。メイジャーランド人達もこれまでに状況を確認し、対処法も検討している。その上で、アフロディテは苦渋の決断をしようとしているのだ。

 

皆が黙ったその中で、聖歌は説明の中のある言葉に気付いてそこから情報を拾い上げる。

 

「音符の塵が結界に……そういえばハミィは音符を操る力を持っていたわよね。ハミィの力でその結界を開ける事は出来ないかしら」

 

「そ、そうだニャ! ハミィが頑張れば……!」

 

聖歌の言葉と期待にハミィが応えようとして見せるが、アフロディテは悲しそうにその必死さを否定した。

 

「無理をしなくていいのハミィ。お前にも分かるでしょう。たとえ歌姫であるお前の力でも、無数の音符による破壊の力の防壁を崩す事は出来ないと……」

 

「…………まっ、そんな天然ボケの子猫ちゃん一匹じゃあ、無理でしょうねぇ」

 

アフロディテの言葉に被さるように響いた予想外の声に、その場の一同は周囲を見回す。やがてそれらの視点が最終的に捉えたのは、部屋の高い位置にある窓枠。部屋の人間達が見上げる先には、四足歩行の紺色の姿。その場に居る全員がよく見知った存在。

 

「「「「セイレーン!?」」」」

 

セイレーンは窓枠から飛び上がり、床に優雅に着地を決めた。澄ました態度で玉座に向かい歩みを進める。

 

「セイレーン、この裏切り者め!」

 

「歌姫の面汚し、よくもまあ顔を出せたものだ!」

 

「ハン、これだけ雁首揃えてまともな対策一つ用意出来ないデクの坊どもは黙ってなさいな」

 

自身を非難や罵倒する声に対してもセイレーンはどこ吹く風といった様子で、全く気にしていない。

 

「セイレーン、あなたは一体……」

 

アフロディテは、かつての歌姫であり、メイジャーランドを裏切ってマイナーランドの手先となっていた彼女が、今この場に現れた真意を計りかねている様子だ。

 

「まだ話してない事があるでしょう?」

 

「話してない事?」

 

セイレーンの言葉に疑問を発した響に、セイレーンは顔を向ける。

 

「メフィストの立て籠ってるあの離島はね、元々はメイジャーランドの国王を決める儀式を行う場所なのよ」

 

「そうなんですか?」

 

「……ええ。候補となった二名の能力を測るために使われる場所なの」

 

セイレーンは再び正面に向き直ったが、その言葉はアフロディテ一人だけでなく、部屋に居る全員に聞かせるものとして喋っている。語られる内容にアフロディテが肯定の意を示す。

 

「国王候補はそれぞれ、島の向かい合う両端にある音の力を増幅させる場所、そこに立ち、同じ歌を二つのパートに分かれて同時に歌う」

 

「……力を比べるのに、同じ歌を一緒に歌うんだ、なんか変なの」

 

セイレーンの説明に、和音がややピントのズレた疑問を口にした。

 

「審査員達は中央広場にてそれを聞く……今メフィストがいる場所よ。そして同時にここは、増幅された二地点からの歌が重なり合うポイントでもある」

 

「……まさか!」

 

アフロディテは、そこでようやくセイレーンの言わんとしていた事に気付いた。

 

「そう……”最上位の力を持った歌の妖精”が島の両端の増幅ポイントに立ち、歌えば……増幅された歌が重なり合い、音符の塵の結界を晴らす事が出来るはず!」

 

セイレーンの示した作戦……その中心に居るのは『二人の歌の妖精』。それが指している者は明らかだ。一人はセイレーン、そしてもう一人は……

 

ハミィは後ろ足で立ち上がり、瞳を揺らして期待を込めた顔でセイレーンに喋りかける。

 

「セイレーン……みんなを助けるために力を貸してくれるのニャ? ハミィと一緒に歌ってくれるのニャ?」

 

「勘違いすんじゃないわよ! あたしはね、コケにされっぱなしで黙っているのが嫌なだけよ!」

 

ハミィに対して威嚇するような顔で言うセイレーン。

 

「あたしを裏切ったメフィストに吠え面をかかせる、アンタ達との決着は、その後!」

 

ぷいっとハミィから顔を背けるセイレーンだったが、ハミィは変わらず喜びの表情を向けていた。

 

「アフロディテ様、いかがなされるので……」

 

肩のオウムがアフロディテに恐る恐るといった感じに伺いを立てる。

 

「……世界のメロディを守らなければいけない私達が、絶望に逃げている中で、彼女たちは希望を見つけ出してくれました。……彼女達の可能性に賭けてみましょう」

 

「しかし、女王様、裏切り者のセイレーンの言う事など……」

 

アフロディテの言葉に、別の者、犬頭の男が戸惑いながら言葉を述べる。

 

「響、和音、聖歌……あなた達ならきっと、セイレーンと一緒に戦う事を選ぶのでしょうね」

 

「…………はい。セイレーンは確かに卑怯者だけど、メフィストに一矢報いたい、って気持ちは嘘じゃないと思う」

 

「……フン」

 

アフロディテの確認するような言葉に、響は快活に答える。自分に対する評価に、セイレーンは不満ありげながらも納得した様子で鼻を鳴らす。

 

「プリキュアは、不協和音の苦しみの中から、いつも新たなハーモニーを生み出してきました。伝説の戦士、プリキュアの力を信じましょう。…………メイジャー3!」

 

アフロディテがさっと手を上げると、突如としてアフロディテの前に三人の男がどこからともなく降下して来て、着地すると同時にアフロディテに向かって跪いた。

 

「お呼びですか、アフロディテ様」

 

センターに居た褐色肌の金の短髪で、赤いジャケットを着た男が言う。

 

「わっ! 何この人達!?」

 

響の驚く声に、待ってましたと言わんばかりに三人の男が立ち上がって振り返る。

 

「ボクの名前はシャープ」

 

センターの金髪男が言った。

 

「僕はナチュラル」

 

銀髪のセミロングで、ノースリーブの紫のシャツを着た男が言う。

 

「僕はフラット」

 

赤毛のオールバックで眼鏡をかけ、白いシャツに黒いスーツを身に着けた男が言った。

 

「三人、あ揃って~~~~~~」

 

「「「メイジャー3!」」」

 

シャープの掛け声に合わせてクルクルと回転し、最後は三人で声を合わせてポーズを決める。

 

「メイジャーランドのアイドルグループさ」

 

自己紹介らしきものを見せられても意味が分からず、響達は皆ぽかんとした顔をしていた。

 

「彼らはメイジャー3。私の護衛を行っている近衛兵です。流石にプリキュアほどの力はありませんが、あなた達の手助けになる事は出来るはずです」

 

「伝説の戦士がまさかこんなキュートな子達だったとはね」

 

「以後お見知りおきを、お嬢ちゃん達」

 

「は、はぁ……」

 

メイジャー3がキザったらしい態度で響達に頭を下げる。ナチュラルは響の手を取って手の甲に軽くキスをする。アフロディテの言葉でどういう存在なのかは理解できても、そのノリにはついていけていない。

 

「私達は力の残った者達を集めて合奏する事で、終焉のメロディの力を抑えます。その間に、あなた達はマイナーランドへと進入し、クレッシェンドトーン様を救い出してください!」

 

アフロディテの号令によって、響達は表情を引き締め直した。

 

 

---

 

 

玉座の間を後にし、マイナーランドに向かうメンバーは宮殿内の長い廊下を歩いていた。メイジャー3が先導し、響、和音、聖歌のプリキュアチームとアコが並び、そしてその後ろの少し離れた場所をセイレーンとハミィが並んで歩いていた。

 

「ハミィは、セイレーンと一緒に歌えるのが嬉しいニャ」

 

「あたしは別に嬉しかないわよ。一緒に歌うのは、あくまでも作戦上の都合でしかないわ」

 

隣を歩くセイレーンに顔を向け嬉しそうに話すハミィに、セイレーンは正面を向いたまま愛想なく答えた。

 

「でも、ハミィはずっと憧れてたんだニャ、歌姫のセイレーンに。そんなセイレーンと一緒に歌うの、ハミィの夢だったんだニャ」

 

「……ハッ、その憧れのセイレーンさんから、アンタは歌姫の座を奪った、って訳ね」

 

あからさまな皮肉を交えてセイレーンがハミィの喜びの言葉を突っ返す。

 

「そうだニャ、ハミィはセイレーンからもらったんだニャ」

 

「なっ、アンタねぇ……」

 

二人が敵対するきっかけとなった歌姫の交代、その事についてハミィがあまりにもあっさり肯定してみせたのを聞いて、流石のセイレーンもハミィに意識を向けざるを得なかった。

 

普段のセイレーンだったら怒り出してもいい所だったが、あまりにも能天気な様子で言うハミィに苛立ちを通り越して呆れの感情が出てしまっている。

 

「セイレーンは歌姫だって事を誇りにしていて、その立場に負けないよう、いつもいつも必死に努力してたニャ。誰も知らない場所で来る日も来る日も……誰よりも、歌を愛していたから出来たんだニャ」

 

しかし、そのハミィから語られる言葉、憧憬を込めた言葉に、セイレーンは苛立つ感情を引っ込めざるを得なかった。表情からも険しさが引いて真顔になる。

 

「歌にかける真剣な想い、歌を愛する気持ち……ハミィはみんな、セイレーンからもらったんだニャ」

 

セイレーンは黙って進行方向に顔を向けた。己の感情をハミィに向けないように。そして淡々と言葉を発する。

 

「…………今度の重唱、そう何度もチャンスはないわよ。終焉のメロディの力が広がれば広がるほど音の力は弱くなる……本番でボケた事したら、承知しないんだからね」

 

 

---

 

 

「……島のこちら側にはキュアメロディちゃん、ミューズちゃん、そして僕らメイジャー3とハミィを」

 

メイジャーランド王宮の一室にて、部屋の中央に円形に広がる水面に地図が浮かび上がっている。今はマイナーランドとメフィストが呼んでいる、王の儀式が行われていた離島を図示したもの。状況説明と作戦の確認のため、一同は水面の映像を囲って見ていた。

 

シャープが右手をかざすと、地図の右側、弧を描くように広がる両端の片側に、六つの光点が浮かび上がる。

 

「こちら側にはキュアビートちゃんにキュアシンフォニーちゃん、それにセイレーン……こういう分け方でいこう」

 

更に左手側にも三つの光点が浮かび上がり、左右それぞれの配置の光点が明滅する。

 

点の数は大きな偏りがあるが、実際のその戦力差は見た目とは逆で、三つしかないセイレーン組の方が圧倒的に力がある。

 

「僕ら三人の力を全部合わせても、プリキュアのお嬢ちゃん一人にも遠く及ばないから、これでも不安は残るけど……」

 

フラットが眼鏡のブリッジを指先で持ち上げながら懸念を口にする。

 

「少なくとも、これが今できる最善のはずだ」

 

ナチュラルが腕を組みながら真剣な面持ちで言う。

 

今いるプリキュア三人の中で、単体での戦闘力が高いのはキュアメロディ。キュアビートとキュアシンフォニーはサポート寄りの能力であり、一人で戦うよりもお互いを補い合う事が可能な組み合わせ、協力技も持っているビートとシンフォニーで組んだ方がいいという判断だ。

 

「ハミィとセイレーンが別々に、同時に歌わなきゃいけない以上、戦力の分散は避けられない……か」

 

和音が難しい顔で作戦図を見る。サッカーや様々なスポーツでの状況判断をしてきた和音は、戦力を分けた時の弱点、敵にそこを突かれた時の弱みといったものをよく理解していた。

 

「その場の脅威を排除してから、という訳にはいかないものね……今はとにかく、時間がない」

 

聖歌も真剣な表情に不安を宿しながら言う。

 

終焉のメロディが歌われ続けているという状況がある以上、音の力が可能な限り残っている間にこの作戦は実行しなければならない。皆不安は抱えながらも、やるしかない状況に覚悟を固めている。

 

 

---

 

 

作戦会議が終了し、一同は部屋を後にしていく。最後にはセイレーンと響が残っていた。響は水面に浮かぶ地図の向こう側に、奏の姿を思い描く。弧を描く島の中心地点の広い空間。そこに奏が居る。

 

(奏……待っててね)

 

そんな響の様子を無表情で見つめていたセイレーン。響が気持ちの整理をつけて顔を上げた時、セイレーンが響に話しかけた。

 

「……響。マイナーランドに着いたら、その後は分かれて行動する事になるわね」

 

「……うん? そうだけど」

 

急にセイレーンに声をかけられて、響は不思議そうな表情を見せる。セイレーンは響から視線を外し、意味もなく水面を見つめる。口を開いて言葉を発しようとして、それを止める、という事を何度か繰り返し、最後にセイレーンは響に背を向け、出入り口の方を見る。

 

そして、喉の奥で詰まっていたその言葉をついに口にした。

 

「響。…………アンタは、ピアノを弾きなさい」

 

「……えっ?」

 

作戦の話でも、今までの戦いの話でもない、全く予想していなかったセイレーンの言葉に、響は驚き戸惑った。

 

セイレーンは、淡々と、しかしはっきりとその言葉を響の心に刻むように、静かで強い意思を込めながら話を続けた。

 

「この戦いが終わったら……何ヶ月、何年経ったっていい。それでもアンタは……ピアノを弾くの。………………いいわね」

 

「セイレーン……?」

 

響はセイレーンの突然の言葉の意図を、その真意を理解できない。やがてセイレーンがゆっくり歩みを前に進めていく。

 

どこか孤独で、寂しさを連れたようなその背中。それを見つめる響の瞳に、記憶の中のある人物の姿が浮かび上がる。

 

ショートヘアの、幼い少女の後ろ姿。音楽に背を向け、悲しみと共に自分の前から走り去った女の子の背。

 

その姿が、今のセイレーンの後ろ姿と重なった。

 

(えれな…………ちゃん?)

 

 

---

 

 

メイジャーランドの陸の果て、眼下には雲海が広がる場所に、一同は集まっていた。マイナーランドの方角に一番近い位置だ。

 

響達はそれぞれのキュアモジューレを取り出し、構える。響は一瞬、セイレーンの方を見たが、セイレーンはマイナーランドの方角に顔を向け、こちらの方は見ていない。

 

響は意識をこの先の戦いへと向けた。

 

「行こう、みんな!」

 

響の言葉に和音と聖歌が頷き、順番に決意を言葉にする。

 

「終焉のメロディを止めて」

 

「クレッシェンドトーン様に音の力を蘇らせてもらう」

 

「そして……」

 

「「「奏を絶対に取り返す!」」」

 

「ドドッ!」「ララッ!」「ドドーッ!」

 

三人の決意が一つになってハモッた声が響き、フェアリートーンの三体が飛び上がり、キュアモジューレにセットされる。

 

「「「レッツプレイ! プリキュア・モジュレーション!」」」

 

キュアモジューレから広がる光が三人の姿を包み、その姿を変えていく。衣装が変化し、髪色と髪型が変わり、光が収束していく。

 

「爪弾くは荒ぶる調べ! キュアメロディ!」

 

「爪弾くはほとばしる調べ! キュアビート!」

 

「爪弾くは煌めく調べ! キュアシンフォニー!」

 

「「「届け! 四人の組曲! スイートプリキュア!」」」

 

キュアメロディ、キュアビート、キュアシンフォニーの三人が揃う。だが、三人ではない。メロディの手にはファンタスティックベルティエが握られている。リズムも含めた四人で、この困難を乗り越える。その想いは三人共に同じだった。

 

姿を現した伝説の戦士に、ナチュラルが感心した様子でヒュ~、と口笛を吹く。

 

「よし、ボクらが道を作ろう!」

 

シャープが中央に、左右にナチュラルとフラットが立ち、三人で力を込めて腕を正面に向けて手のひらをかざすと、巨大な虹色鍵盤の架け橋が波打ちながら伸びていく。

 

フェアリートーン八体が力を込める事で、その架け橋が強化され、光が強くなる。

 

「みんな、行くよ!」

 

プリキュアのキュアメロディ、キュアビート、キュアシンフォニーの三人、アコ、メイジャー3のシャープ、ナチュラル、フラットの三人、ハミィとセイレーン、歌の妖精の二人。そして八体のフェアリートーン。

 

皆が一斉に飛び上がり、鍵盤の架け橋の上を浮遊してマイナーランドの方角へと向かう。

 

 

---

 

 

眼下に雲海が広がる中、鍵盤の架け橋を辿って、メロディ達がマイナーランドへ向け飛んでいく。

 

「私の知ってるパパは……本当に優しいお父さんだった」

 

その道中、アコはメロディ達に、自分と父、メフィストとの思い出を語っていた。

 

「いつも忙しそうにしてたけど、家に帰って来た時にはいつも一緒に歌を歌ってくれて……嬉しかった」

 

寂し気な笑みを見せるアコ。

 

「アコちゃん、パパの事が、本当に大好きだったんだ」

 

ビートがアコのそんな気持ちを微笑ましく思いながら言い、アコは「うん」と頷く。

 

しかし、話はただの家族の思い出として語れるほど単純ではない。その相手……アコの父は、全ての元凶であるメフィストなのだから。

 

「当時は理由がよく分かってなかったけど、パパはメイジャーランド王に選ばれなかった事で、凄く荒れてた。ママの慰めの言葉も耳に入らないくらい」

 

アコの表情が悲しく曇る。当時の事を思い出しているのだろう。

 

「パパがいろんな苦労を背負ってたって事は、今なら分かる。でも……ママやあたしを捨てて、音楽を全部消してしまおうなんて……王様になれなかった事って、そんなに大事な事だったの? 全部を捨ててしまうほどに? あたしには分からない……」

 

アコの語る内容は、音吉の言った事と一部重なっている。メイジャーランド王を巡った争いに敗れた事……それがメフィストの行動の理由なのか? メロディ達も各々が内心でその事について考えていた。

 

「だから、あたしも……パパの口から、パパの本当の気持ちを聞きたい……!」

 

「アコちゃん……」

 

アコの、メフィストの娘である彼女の悲痛な決意を見て、メロディ達は胸が締め付けられる想いだった。

 

 

---

 

 

メロディ達は雲の上の空を飛んでいる。だから、光が遮られる事はないはずなのに、その場所に近づくにつれて周囲が暗くなっていく。

 

メイジャーランドの離島が視界に入って来た。今はマイナーランドと呼ばれている場所。アーチ状の形状の島を暗いもやが薄く覆っており、空中高くに存在する大地に光を届かなくしている。

 

島の中央には、ひときわ暗い球体の渦。メイジャーランドで説明された音符の塵の結界だ。遠くから見ても凄まじいエネルギーと圧力が肌で感じられ、直接触れたり通り抜けようとしたらその力によってすり潰されてしまうかもしれないと想像させた。

 

マイナーランドへ向けて伸びていた鍵盤の架け橋がぐらつく。鍵盤が今にもバラバラになりそうだ。

 

「破壊の音の影響のせいで鍵盤の架け橋がこれ以上届かない」

 

「フェアリートーンの力で強化されててもコレか……」

 

シャープとナチュラルが冷静に状況を分析する。メイジャー3は、鍵盤の架け橋を上に向けて伸ばす。高さを使い、破壊の音の領域からの距離を稼ごうとする。

 

「よし、ここからは作戦通り、二手に分かれる。そっちの方はよろしく頼むよ、お嬢ちゃん方!」

 

十分に高さを稼いだ所で、鍵盤を二手に分け、ハミィ、メロディ、アコ、メイジャー3と、セイレーン、ビート、シンフォニーの二つのチームがそれぞれ島の両端に向け分かれて飛んでいく。フラットが指先をピッと払い、ビート達に別れの合図を送った。

 

 

---

 

 

鍵盤の架け橋が維持できるギリギリの高度から、着地できる地面を確認して架け橋を下へ伸ばしていく。下に展開していく途中で鍵盤はバラバラに崩れていき、ビート、シンフォニー、セイレーンの三名は半ば落下するような形で地面へと降り立つ。

 

セイレーンの後ろにビートとシンフォニーが並び立ち、儀式の場、歌い手の祭壇を見据える。

 

「アンタ達、あたしと同じチームで不満でしょうね」

 

「ん、なんで?」

 

セイレーンが皮肉交じりに言った言葉に、ビートはとぼけたような声を発した。

 

「はぁ? なんでも何も無いでしょ? アンタ達はあたしのせいで悪のプリキュアになって、それで響達と争う事になったんじゃない」

 

「そういえば、そうだったわね」

 

言われて思い出した、といった風にシンフォニーが反応する。

 

「そうだったわね、ってアンタ……」

 

別にセイレーンも今になって改まって謝罪をするつもりだった訳ではない。しかし、憎しみすらまともに向けてこない二人に、セイレーンは気が抜けたような態度になってしまう。

 

「確かに……あの時の事、響達の事を傷つけちゃった事、それは忘れられる事ではないけど……」

 

「あの事が無ければ、今ほど奏達と分かり合う事も無かったものね」

 

当時の事を振り返りながらビートとシンフォニーが語る。忌まわしい記憶……だが、それを振り返っても、今の二人には悪感情は浮かばなかった。

 

忘れてしまったわけでも、無かった事にしたわけでもない。自分の弱さ、醜さを理解した上で、受け止めた。だから、正面からその過去とも向き合える。

 

「感謝する……なんて言うとおかしいけど、あの時の事も、今のわたし達のために、必要な事だったんだと思う」

 

自分の考えを締めくくるようにビートは言う。その言葉には、自分自身の過去に対する納得があった。

 

「ただ、あなたのやった事を許したわけではないわよ。……特に、スイーツコンテストの件は」

 

シンフォニーが冷ややかに目を細めてセイレーンを見下ろす。セイレーンは視線の圧を感じて気まずい様子。

 

だがそれも束の間の事で、シンフォニーは、ふっと息を吐くと表情を和らげる。

 

「でも……悪のプリキュアとして行った事は、私達の心の問題でもある。だから、その事についてはあなたの事を特別恨んだりはしてないわ。奏を救うための策を用意してくれたのも、あなただしね」

 

「今のわたし達は恨み合う敵同士じゃなくて、一緒に戦うチーム!……今日だけは、わたし達があなたのプリキュアだよ」

 

力強く自分の胸を叩くビート。セイレーンは、二人の言葉と態度に、呆れたような、感心したような、毒気の抜かれた表情を浮かべる。

 

「…………相っ変わらず、変な奴らね、アンタ達は……」

 

 

---

 

 

ビート、シンフォニー、セイレーンが島の端まで走り抜けていく。

 

終焉のメロディが歌われている間は、その周囲の音の力が奪われる。その状況での活動はかなり困難になる事が予想されたが、終焉のメロディは丁度途切れたタイミングだった。

 

……もしかしたらそれも、リズムが抵抗してくれているおかげかもしれない。ビート達は彼女への想いを胸に、この機会を逃すまいと目的に向かって突き進む。

 

やがて、島の端、祭壇のような場所に辿り着く。石造りの円形の舞台へ階段が伸び、島の端側に舞台を囲うように石柱が並んでいる。

 

「あそこに立ってセイレーンが歌えばいいんだね」

 

「……? ちょっと待って、今何か……」

 

舞台に接近した時、一瞬感じた不穏な気配に、三人はその場から飛びのく。間一髪の所で、衝撃波として放たれた”破壊の音”の回避に成功した。

 

舞台を囲う柱のうちの一つが、グラグラと揺れ、固定された地面から立ち上がる。黒い骨の足、腕、骨組みだけの羽が伸び、そして柱の表面に鋭い目が開く。それは紛れもなく……

 

「ギガトーン!?」

 

「そんな、どうして……音符はもう存在しないはず……!」

 

『だぁ~っはっはっはっは! 遠路はるばるご苦労、プリキュアに落ちこぼれの歌姫セイレーンよ!』

 

ビートとシンフォニーの疑問に、柱のギガトーンが……いや、ギガトーンから響くメフィストの声が答える。

 

『こいつはマイナーランドで俺様が作り出した試作型のギガトーンだ! 音符は使っていないが、終焉のメロディの力を注ぎ込んだおかげで、破壊の音の力は充満しているぞ!』

 

柱のギガトーンが周囲に不快な音波を発しながら飛び上がり、舞台の前に立ちはだかるかのように着地した。

 

『お前がこっち側に来てくれて嬉しいぞ、セイレーン。ここでお前を始末する事が出来るのだからな!』

 

ギガトーンの放つ破壊音波から逃れ、残った柱の影に身を隠すビート達。

 

「くそっ! 待ち伏せされてたなんて!」

 

「こっちの考えはお見通しだったという訳ね……!」

 

柱の影から様子を伺いつつも、焦燥感が隠せない様子のビートとシンフォニー。相手が音符を使っていない試作型とはいえ、二人だけでギガトーンの浄化を行えるかどうかは未知数だ。

 

行動を決めあぐねているビートとシンフォニーに対し、セイレーンは決然とした表情を見せる。

 

「あたしがこっちに来てくれて嬉しいですって?……むしろ喜びたいのはこっちの方だわ! あたしをナメてた事を後悔させてやれるんだからね!」

 

迷い無い様子を見せるセイレーンだったが、ビートとシンフォニーはその考えが読めない。

 

「セイレーン、何を……!?」

 

「メフィストの誤算は、あたしのこの”変化のチャーム”にギガトーンを操る力が宿ったまま、って事よ。あのギガトーンはあたしが生み出したものじゃないけど、あたしの歌声で動きを鈍らせる事くらいは出来るはず!」

 

それは、プリキュアの敵としてギガトーンを使役して来た者ならではの視点と対処法だった。だが、だからといってギガトーンに対して有効な手段があるという訳でもない。

 

「あたしはこのまま舞台に立って歌い、ギガトーンの動きを封じながらハミィと結界を破るわ。その間、アンタ達二人はギガトーンの攻撃からあたしを守るのよ!」

 

「そんなのって……ギガトーンが暴れる中、あの場所で歌い続けるっていうの!?」

 

「危険すぎるわ!」

 

セイレーンの危険を顧みない作戦の提案に、ビートとシンフォニーは同意する事が出来ない。ギガトーンはプリキュアである二人でさえ危険な相手。それなのに、セイレーンは結界を破るまでの間、逃げる事も攻撃を避ける事も出来ないのだから。

 

「アンタ達、”今日だけはあたしのプリキュア”なんでしょ?……あたしのプリキュアが、この程度の事、出来ないとは言わせないわよ」

 

「セイレーン……」

 

「さあ、行くよっ!」

 

二人の返事を待たず、セイレーンは柱の影から飛び出して階段を通って舞台へと駆け上がる。ビートとシンフォニーは相談する間もなく、否応なしにセイレーンを追ってギガトーンの前に躍り出る他なかった。

 

---

 

一方その頃、反対側の島の端、こちら側の舞台に辿り着いたメロディ達を無数の小さな影が取り囲んでいた。

 

「なによこれ!?」

 

「ちっちゃい……パパ!?」

 

赤いもじゃもじゃの顎髭を持ち、五頭身程度で身長はメロディの腰の高さほど。頭に茶色いバンダナを巻いた小人のような存在。どこかメフィストを彷彿とさせる顔を持ち、全く同じ見た目をしたそれが大量に現れ、メロディ達を取り囲んでいた。

 

メロディらを包囲した赤髭の兵隊は、じりじりと輪を狭めていき、そのうちの一部が飛び掛かって来る。

 

「不幸の音の力を使って作った兵隊って所か!」

 

シャープが襲い掛かって来た赤髭兵を回し蹴りで纏めて蹴り飛ばす。吹っ飛んだ相手は、黒い光が弾けるように霧散し消滅する。

 

「一体一体は大した事ないみたいだけどっ!」

 

フラットがメロディ達を庇うように赤髭兵との間に滑り込み、手のひらから音の力の障壁を広げる。跳躍して突っ込んで来た赤髭兵はそれに弾かれて空中ではじけ飛んだ。

 

「メフィストの奴、マイナーランドで随分と暇だったみたいだね!」

 

ナチュラルが赤髭兵の何体かを殴り飛ばしてから言う。赤髭兵はメイジャー3でも軽く倒せる相手だったが、元々がさほど広くはないとはいえ、マイナーランドの陸地を埋め尽くすほどの数が集まってきている。

 

そして、メロディ達が赤髭兵と戦い始めたその時、稲妻が走ったかのような鈍く、深く身体を揺さぶる振動が、島の反対側から響いて来る。

 

「何!? 今の振動……?」

 

「あの衝撃……まさか、ギガトーン……!?」

 

胸を掻きむしるような、身体を痺れさせるような強烈な振動。今まで何度となく戦って来たメロディには、遠くからでもそれがギガトーンの放った破壊の音である事が分かった。

 

「ギガトーンだって!? あの破壊の音を使うアブナイ奴か!」

 

赤髭兵を薙ぎ払いながらシャープが言う。

 

「ギガトーンが現れたんだとしたら、いくらビートとシンフォニーの二人がいても……!」

 

音符が伝説の楽譜に全て使われている以上、ギガトーンの出現は作戦上想定していなかった。そもそもリズムがいないのだからギガトーンの浄化は元より困難であり、想定しても対処のしようがない。

 

だが、実際に今ギガトーンが暴れてビート達と戦っているという事を、遠くから伝わって来る衝撃でメロディは感じ取っていた。赤髭兵と戦いながらも、メロディの心に焦燥が募る。

 

「あっちのみんなは大丈夫なの!?」

 

「ハニャニャ、これじゃセイレーンが……ニャ?」

 

アコとハミィも仲間の事を想ってどうすればいいのかと焦っている中、島の反対側から、不快な音の衝撃だけでなく、美しい歌声が響き渡り始めた。

 

その歌声を聴いてハミィの表情が変わる。

 

「これは、セイレーンの歌ニャ……」

 

「おいおい、ギガトーンなんて怪物がいる中で歌っているっていうのか!?」

 

ナチュラルが赤髭兵を投げ飛ばして巻き込んだ相手ごと纏めて撃退しつつ、驚きの声を上げる。

 

セイレーンの行動は作戦通りではある。しかし歌い手は舞台の上からは身動きが取れない。ギガトーンに狙われる中、ビートとシンフォニーの二人の戦力だけを頼りに無防備な自分を晒し続けているという事になる。

 

「そんな、無茶だよ! とにかく、みんなを助けにいかないと!」

 

「だけどお嬢ちゃん、今は途切れているからいいが、終焉のメロディが再開してこれ以上続いてしまったら、ハミィ達歌の妖精でも歌う事が出来なくなってしまうかもしれないぜ!」

 

メロディの焦りに、二体、三体と赤髭兵を蹴散らしていたフラットが現実的な観点からの指摘を行う。メロディ自身も分かっている。今のこの時間は、リズムが作ってくれている時間であり、チャンスなのだと。しかし……

 

「駄目だよ、見捨てられない! さぁ、ハミィも!」

 

「…………ダメだニャ」

 

「えっ!?」

 

同意を求めるように手を伸ばしたメロディの言葉を、ハミィはキッパリ拒絶した。ハミィからこのようにきっぱりと否定を受けた事はメロディの今までの記憶にない。うつむいているせいでハミィの表情はメロディからは見えなかった。

 

「行っちゃダメなのニャ。メロディ、今からハミィもセイレーンと一緒に歌うから、ハミィの事を守ってほしいのニャ」

 

「何言ってんのハミィ!? このままじゃ、セイレーンだって危ないんだよ!?」

 

ハミィにとってセイレーンは親友のはずだ。そしてそんなセイレーンを見捨てるような決断はハミィには出来ないはず。これまでのハミィの事を考えれば、そう考えるのが当然。だが、今のハミィは違った。

 

「……セイレーンが、一緒に歌えって、そう言ってるのニャ」

 

メロディに向けて顔を上げたハミィ。いつもの能天気な顔に見える。が、メロディにはハミィが必死に涙を堪えようとして顔を震わせている事にすぐに分かった。

 

「セイレーンは、ハミィの事を信じて……ハミィが一緒に歌ってくれるって事を信じて、今歌っているのニャ…………」

 

表情だけではない。声も震えている。

 

「ここで歌えなかったら、ハミィはもう二度と……セイレーンの事を親友だなんて呼べなくなるのニャ」

 

「ハミィ…………」

 

そう、ハミィはセイレーンの事を親友と呼んでいた。親友だと思いたがっていた。だが、今まではただハミィが一方的に思うだけで、セイレーンとはぶつかり合う敵同士だった。だが今、セイレーンから、初めてハミィに信頼の感情が向けられた。ハミィなら応えてくれる。ハミィとなら出来ると。相手を信じているからこそのその気持ちに、今まさにハミィは応えようとしている。

 

ハミィのそんな想いを、親友の気持ちに応えたいという想いを理解して、メロディも覚悟を決めた。

 

「分かった、ハミィ、わたしがあなたの事を守る!」

 

戦う姿勢を見せ、ファンタスティックベルティエを構えたメロディの横をすり抜けながら、シャープがメロディに声をかける。

 

「お嬢ちゃん達、ここは二人に任せてもいいかい?」

 

「メイジャー3!」

 

「あっちで暴れてる奴がとんでもない奴だって事くらい、僕らにも分かる」

 

「足しにもならないかもしれないが、僕たちが加勢しに行くよ!」

 

赤髭兵達を蹴散らしながら包囲網を突破し、メイジャー3は島の反対側へと向かい走っていく。

 

---

 

「ギ・ギギギ……ギ……ッ!?」

 

ギガトーンが破壊の音をセイレーンに照射しようとした時、ビートバリアで自身を包んだビートが高速でギガトーンの側面にぶつかり、その体勢を崩す。バリアで自身を防御したビートを、シンフォニーのブラストトランパーで射出する弾丸戦法だ。

 

身体が傾いて狙いが外れた事で、破壊の音の衝撃波は危うい所でセイレーンの横を過ぎ去っていく。それだけでも破壊の音の影響は及ぶはずだが、セイレーンは一切止まる事無く歌唱を継続している。

 

「ビートソニック!」

 

「チューニング1! ブラストトランパー!」

 

ビートが放った無数の青い音符の矢と、シンフォニーの放つ光の帯の突風がギガトーンに襲い掛かり、体勢を崩していたギガトーンはそのまま地面に倒れ込む。

 

「今だ!」

 

その隙を見逃さず、ビートはラブギターロッドにソリーを、シンフォニーはシャイニングトランパーにラリー、シリー、ドドリーを合体させ、音の力を最大まで高めていく。

 

「轟け! この魂!」

 

「導け! その輝き!」

 

「「プリキュア!」」「ツインビート!」「シンフォニア!」

 

二人が弾き鳴らし、吹き鳴らす音が、セイレーンの歌と混ざり合い、聖なる浄化の音を周囲に広げていく。

 

「ギッ、ギギ……ギ……」

 

浄化の音に包まれたギガトーンは、セイレーンの歌声を受け、破壊の音の力を弱められた事で動きが鈍っているが、完全に動きが止まっている訳でもない。

 

「くそっ、やっぱりわたし達の力だけじゃ浄化出来ない!」

 

「効果そのものはあるわ、隙のある限り、何度でも繰り返しましょう!」

 

---

 

「プリキュア、ミュージックロンド!」

 

メロディは、右手にミラクルベルティエ、左手にファンタスティックベルティエを構え、ミリー、ファリーがそれぞれ合体した武器で音のリングを形成し、二つのトーンのリングを駆け巡らせる。

 

ハミィを中心として高速で回転する二つのリングが、ハミィを妨害しようと殺到する赤髭兵を次々と切り裂き、浄化していく。

 

「はああぁぁぁぁっ!」

 

アコが両手を広げると、虹色鍵盤がアコの目の前に広がり、その鍵盤がバラバラに分解して、それら一鍵一鍵が周囲に向けて拡散していき、赤髭兵達に突き刺さる。

 

メイジャーランド人の扱う虹色鍵盤の架け橋を応用した技で、プリキュアの技ほどではないが、赤髭兵の侵攻を押し止め、ハミィを守る事に貢献している。

 

「たあああぁぁぁっ!」

 

アコの攻撃を掻い潜り、ミュージックロンドで撃ち漏らした相手をメロディが殴り飛ばし、蹴り上げ、消滅させていく。

 

「もいっちょ! ミュージックロンド!」

 

ミラクルベルティエで再びミュージックロンドを放つ。今度は直線状に居る赤髭兵達が纏めて刈り取られていく。

 

音の力を爆発させる技をメロディは連発している。終焉のメロディによって音の力が衰え始めている今、そんな事をしていてもメロディが余裕を持って戦っていられるのは、ハミィとセイレーンの二重唱の力のおかげだった。

 

音の力を操る歌の妖精。その中でも最高位の力を持つ二人が、力を合わせ一つの歌を歌い、調和させている。二人の歌が生み出す音の力の共鳴が、ハーモニーパワーが、メロディに力を与えていた。

 

ハミィ達が作り出す音楽のリズムに乗りながら、メロディは踊るように戦い、敵を蹴散らしていく。メロディは戦いながら、二人の歌姫の生み出す音楽に聴き惚れていた。

 

ハミィとセイレーンの歌う二つのパート、二つの歌声は対照的だった。

 

ハミィの歌う高音のパートは、歌う事に対する大きな喜びを表現したもの。歌える喜び、歌を楽しめる喜び、誰かと歌を共に出来る喜び。

 

ハミィの歌う歌は、歌に対する歓喜。

 

一方のセイレーンが歌う低音のパートは、歌う事に対する大いなる悲しみを表現したものだった。

 

歌を愛しているのに、思い通りに歌えない悲しみ、歌に正面から向き合えない悲しみ、歌への自由を失ってしまった悲しみ。

 

セイレーンの歌う歌は、歌に対する悲劇。

 

(伝わって来る……ハミィの、そしてセイレーンの、音楽への気持ち……)

 

セイレーンの悲しみの歌は、メロディの……響のこれまでのピアノや、音楽と向き合って来た記憶と重なり、胸を締め付けるような気持ちを湧き起こす。

 

だがそれは、それまでのセイレーンが地上で人々に聞かせていたような、悲しみを押しつけて苦しめようとするものとは違った。

 

今のセイレーンは、ひたすらに、自らの想いを歌に乗せているのだ。音楽へのやり切れない想い、苦悩……セイレーンの心の底からの声が、歌が、自分の心と共鳴して、悲しみを生み出す。そして、だからこそセイレーンの音楽への気持ちも強く深く胸の奥に浸透していく。

 

ただただ、セイレーンという一人の歌姫の悲しみがそこにあった。

 

(そうか……)

 

戦いながら、セイレーンとハミィの歌を聴きながら、メロディは悟る。

 

(マイナーランドの音楽って、本当は…………!)

 

---

 

『ええい、何をやっているギガトーン! 早くやつらを叩き潰せ!』

 

メフィストの怒りの声によって破壊の音の力が呼び起こされたのか、力を失った様子だったギガトーンが再び力強く立ち上がり、その巨体を揺らして舞台上のセイレーンに向け走り出す。

 

セイレーンは動揺しない。そのまま歌い続ける。

 

「チューニング3! ブリルランテ・チャージ!」

 

「ビートバリア!」

 

シンフォニーの放った光の帯を吸収して強化されたラリーによって、舞台全体を包むような巨大なバリアが展開され、激しい衝撃と共にギガトーンの突進を受け止める。

 

「ギ・ゴ……ギ・ギギ……ゴガ……」

 

しかし、ギガトーンは勢いを止められても行動は止めなかった。バリアごとビート達を押しつぶさんとばかりに身体や腕を押し付け、バリアが軋む音を発する。

 

「チューニング1! ブラストトランパー!」

 

バリアの内部からシャイニングトランパーの暴風による攻撃。一瞬ギガトーンが押し返される。そのタイミングで、ビートはラブギターロッドを右手に預けてフリーになった左手を、シンフォニーはシャイニングトランパーから離した右手をそれぞれ伸ばし、互いの腕を掴んで指を絡め、それをギガトーンに向け突き出す。

 

「「プリキュア! パッショナート・ハーモニー!」」

 

出現したハートマークのト音記号から音の力の奔流が吹き出し、ギガトーンを貫通する。

 

「「たああああああああっ!」」

 

更に、ビートとシンフォニーが前に跳躍して渾身の拳を叩きこむ。よろめきからの二段階の追撃を受け、ギガトーンはビートとシンフォニーの攻撃の勢いのまま吹き飛ばされ、背中から地面に倒れる。

 

その間も、セイレーンは歌い続けていた。二つの声が重なり合い、二つの歌声によって高まった音の力が最高潮まで上り詰めたその時、島の中心部を覆う、黒い球体と化した音符の残骸による結界の表面が波打つように揺らぎ、それが激しくなり、黒い表面が隆起したかと思うと、その部分が風船のように破裂し、音符の残骸を周囲に拡散させていく。

 

波はどんどんと激しくなり、沸騰した水のように隆起した部分が弾けるのを繰り返し、球体を形作る黒い染みがどんどん消えていく。そして、最後は全体が大きく膨らんで弾け、音符の塵による結界は完全に消滅した。

 

---

 

「……おのれハミィ、セイレーン! だが全員がここにたどり着けると思うな! セイレーン、貴様らはギガトーンの道連れだ! ……弾けろっ、ギガトーン!」

 

周囲を覆う黒い膜が消え去ったのを見たメフィストは、開けた視界に小さく見えるギガトーンに向け、黒いエネルギーの塊を放った。

 

---

 

「ギッ………ガ・ガ・ガ・ガガガガガガガガガッ!」

 

メフィストの放ったエネルギーが着弾した瞬間、ギガトーンに宿る破壊の音の力が内部で激しく振動を始め、それが一気に大きくなると、ギガトーンの身体を構成する柱部分が風船のように膨らむ。

 

そして、ギガトーンは黒い稲妻を周囲に撒き散らせながら大爆発を起こした。

 

「うっ……ああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

ビートとシンフォニーが爆風に巻き込まれて身体が宙を舞う。ギガトーンの爆発のエネルギーは、宙に浮かぶ島の地面に亀裂を入れ、バラバラに引き裂いていた。

 

「くっ、あああぁぁぁぁっ!」

 

セイレーンの立っていた舞台は完全に八つ裂きにされ、セイレーンはもはや地面とは呼べなくなった大地の破片と共に落下を始める。

 

吹き飛ばされたビートとシンフォニーは崩壊の中心から外れてはいたものの、ギガトーンの爆発に巻き込まれたせいで身体を破壊の音による痺れが襲い、崩れ落ちる崖から脱出する事が出来なかった。

 

「大丈夫か! お嬢ちゃん達!」

 

「……メイジャー3!?」

 

そのまま落下しそうになっていたビートとシンフォニーを、フラットとナチュラルの二人がそれぞれ腕を掴んで、崩れていない地面の崖上まで引き上げた。

 

残るシャープがセイレーンを救出しようと鍵盤の架け橋を展開しようとするが、伸ばした瞬間に鍵盤がバラバラになって掻き消えてしまう。

 

「くっ……破壊の音の濃度が高すぎる……!」

 

元々破壊の音の力の影響下にあるこのマイナーランド、更にギガトーンが爆発した事により周囲には破壊の音の力の渦が広がっている。破壊の音の残響が稲妻のように周囲を走り抜けており、不用意にセイレーンの側に飛び込めば、破壊の音の影響を受け、身体が痺れたまま落下に巻き込まれる危険性があった。

 

「セイレーン……」

 

「手を……」

 

片腕をフラットとナチュラルに掴まれた状態で、ビートとシンフォニーが反対側の手をセイレーンに向け伸ばそうとする。しかし、その距離は……あまりにも遠い。

 

割れた舞台の上にへばりつくような形で動けないでいたセイレーンは、届く訳がないのに手を差し伸べようとする二人を見て、一瞬、前足を二人に向かって伸ばそうとして……しかしそれをゆっくりと下げた。

 

「……行きなさい! アンタ達にはまだ、やるべき事が残ってるでしょ」

 

「セイレーン!」

 

「だけどっ……!」

 

悲痛な表情を浮かべるシンフォニーとビートに向け、セイレーンは不敵な笑みを送った。だがその顔は、今までのセイレーンのそれとは違い、悪意や嘲笑もない、憑き物が落ちたような表情。

 

「このあたしが力を貸してやったのよ? 負けて帰るような事になったら、許さないんだからね」

 

最後にセイレーンが二人に向けた表情は、とても穏やかなものだった。

 

「「セイレーン!」」

 

島との繋がりが途絶え、浮力を失っていく砕けた地面が、セイレーンと共に重力に引かれて降下していく。崩れたマイナーランドの破片が、セイレーンの姿が、雲海へ飲み込まれていく。

 

 

---

 

 

(はぁ~あ、結局……メフィストの吠え面を拝む事は出来なかったわね)

 

自由落下に身を任せる中で、セイレーンは自身の末路を自嘲していた。

 

(これって、あたしの負けかしらね……)

 

ハミィに負けて歌姫の座を追われた事から、勝利に執着し続けていたセイレーン。これまでのプリキュアとの戦いも、今度のメフィストに立ち向かう戦いも、敗北を認めたくないがための、勝利に固執したための行動。

 

最後に立つ事が出来ない者を勝者と呼べる訳がない……今また自らの敗北を感じながら、だが同時に今のセイレーンの心は清々しい気持ちで満たされていた。

 

プリキュアをメフィストの元へ送り届ける事が出来た。そして……ハミィと全力で一つの歌を完成させる事が出来た。

 

セイレーンの中に、これまで感じた事がないような不思議な充実感があった。

 

(そういえば、あいつと全力で一緒に歌った事なんて、今まで無かったわね……)

 

セイレーンが歌姫だった頃、ハミィはただ後ろを追いかけて来るだけの、気に留める事などない一介の歌の妖精に過ぎず、そんな相手と一緒に歌うなどという事は、その当時のセイレーンは考えもしていなかった。

 

(あたしの実力に付いてこられる歌の妖精なんて今まで居なかった…………だから、あいつとの重唱はこんなにも……)

 

ハミィが自分を追い抜いて歌姫の座に立った瞬間、セイレーンは自分の全てを失った。歌姫としての自分を称賛していた周りの歌の妖精は皆離れていった。だがそんな事よりも、自身の実力によって勝ち取ったはずの歌姫の座が奪われた事がセイレーンには許せなかった。認められなかった。

 

今まで自分が続けてきた歌への想いが、努力が、すべて否定されたように感じたのだ。その敗北を認められず、ハミィを認められず、セイレーンはメイジャーランドに背を向け、マイナーランドの道に進んだ。

 

(こんな事なら、もっと早く……)

 

全ては、ハミィの力を、ハミィの勝利を認められなかったから。もし、もっと早くハミィと共に全力で歌う事が出来て居たら。その実力を、共に歌う中で認める事が出来ていたら。

 

ハミィと自分は、もしかしたら――――

 

自らの肉体が大地へと引きずり込まれていくのを感じながら、セイレーンは心の中の小さな後悔から意識を外す。

 

そして、喉の奥を震わせ、音の振動を鼻から響かせる。鼻の奥から音を鳴らし、簡単な音でメロディを作る。

 

セイレーンは歌った。誰が聴く事もない、誰に届く事もない、自分のための歌を。

 

 

---

 

 

「セイレーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!」

 

聴こえないはずの、届かないはずの、セイレーンの最後の歌を感じ取り、ハミィは叫んだ。こらえきれず、大粒の涙が瞳から零れ落ちる。

 

そして、メロディも。島の反対側から響いた衝撃に、ハミィの慟哭に、全てを悟ったメロディは、呆然と島の向かい側を見て立ち尽くしていた。

 

目の前に広がる世界が遠ざかり、メロディの視界に、かつての、どこかの記憶が重なって像を作る。

 

メロディは……いや、響は、しらべの館のピアノの前に立っていた。響の視界の先、しらべの館の入り口で、小さな少女が背中を向けて立っている。

 

音楽を愛しながら、音楽を憎む事しか出来なかった、一人の悲しい少女の姿。

 

記憶の中の少女が……えれなが、響に振り返り、そして言った。

 

『ありがとう』

 

記憶の中の彼女は、涙を浮かべているはずだったのに。今、その少女は……笑っていた。

 

 

 

 

 

 

つづく

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