12「14人」
丸はストーカー男を巻き込み四階のマンション通路から飛び降り、地面に落下する直前で足の先まで転移が完了する。
次に丸の視界に映ったのは、白く光る蛍光灯と黒板……そして壇上にある黒い球だった。
ガンツのある教室。東森学園旧校舎の3ーD。
ガンツの召喚がギリギリで間に合ったのだ。丸が落ちる前に。奇跡だ。丸も本当にガンツが自分のことを呼んでくれるとは思っていなかった。
背中に冷や汗が溢れていたが、冷静に深呼吸をする。ガンツに呼ばれたのだ、状況を確認しよう。
今回は1番目のようで、教室に誰もいない。
丸を1番目に呼んでくれたのは、本当に偶然だろうか。丸の叫びがガンツに伝わっていて、ガンツがそれに呼応した、と考えるにはあの黒い球のことを知らない。それでも偶然かどうかは関係ない。死ぬ危機を救ってもらったのに変わりないのだから。
「まじで良いタイミングだったぜ、助かった」
感謝の意味で丸は黒い球の前まで移動し、片手で球体前面を撫でた。
そのタイミングで黒い球から光線が発射され、誰かがここに転移して来る。
それは佐里だった。
「丸くん……?」
「佐里ちゃんも来たのか」
「心配したんだから……っ! あたしのせいで死んじゃったんじゃないかって……思ったんだからっ」
ここに来る前から泣いていたのか、目元を赤く腫らして佐里は丸のことを抱き締める。
宮崎佐里は自責の念に苦しんでいる。彼女が悪くないとはいえ、彼女に原因があったのは間違いないからだ。自分を庇って通路の外に飛び降りた彼を自分の弱さのせいで殺しかけた。
「泣くなよ、生きてるだろ俺。佐里ちゃんのせいじゃない。守るって約束、男だったら一度言ったことは取り消せないんだろ?」
「うん……丸くん、生きててよかった」
そんな会話を抱きしめて行われている時に、新たに転移してきた人物――千春先生が驚愕の顔で2人のことを見つめていた。
あ、と丸の口が開く。佐里の後ろ側の位置に現れたため、彼女は千春先生に気付いていない。おいと丸が佐里の抱きしめる腕を離そうと手で触るが、逆に強く抱きしめられる結果となる。
「へぇ、貴方達付き合っていたのね。気付かなかったわ」
「?」
「千春せんせー……これは、違くて」
千春先生の声に振り返った佐里の顔が状況に追いつき、「あ」と呆けた声を出す。
「何が違うのかしら? 月川君。確かに成人済みの女性とまだ16歳の高校生がそういう関係になるのは、法では罰せられているけれど、私は見なかったことにするから。気にしないでいいわ」
「ええと、なんか怒ってる? 千春せんせー」
「別に怒ってないわよ」
間違いなく怒っている、と丸の勘が働く。しかし何故丸が佐里に抱擁されていただけで、千春先生が怒るのが分からない。教え子である未成年の男子と成人済みの女性がしていたから、憤りを覚えているのだろうか。
抱きしめていた手を離した佐里は顔を少し赤らめ、千春先生の方を向いた。
「千春さん……もここに来てたんですね」
「今さっきね。宮崎さんは?」
「あたしもさっき来たばっかです」
「そう……」
「はい……」
一見して問題ないのだが、何かぎこちない会話が2人の間に流れる。まあ大丈夫だろう、と判断し、丸は他の人達を待つことにした。
しばらくして、前回を生き残ったメンバーが次第に転移され、全員揃う。
「ろっく!」
「やあ丸っちぃ〜あれ、なんか気まずい空気流れてね?」
「気のせいだ、多分。それより、スーツは持ってきたか?」
「餅のロン。着てきたよ、ほら〜」
ろっくは金髪の美少女が描かれたTシャツの下にガンツスーツを着込んでいた。Tシャツがぱつぱつで張り切れそうである。
「ろっく……お前、オタクだなやっぱ」
「何を言ってるんだお〜おいらはレモンたんと一心同体なだけだしぃ、これは命よりも大切なのだ!」
「命より大事なら家に置いてこいよ」
「丸っちは分かってないなあ、レモンたんを自分の手で守るのが夫の勤めなのさ」
「じゃ命掛けて守れよ、レモンちゃん」
「心臓をささげよ!」
何やらそう言いつつ、胸に手を当てたポーズをするろっくだったが、丸はそのポーズが何かのアニメ作品が元ネタなんだろうなぁと察する。
ろっくは変人だが、自分の言った約束を守る奴だ。きっとあのTシャツの美少女レモンちゃんは本当に命をかけて守られるのだ。
そんなどうでもいい会話をしていた丸の下に、黒いスーツ姿の東森華凛が近づいて来る。今日も素晴らしく、エロいボディだ。
「月川」
「また会ったな、華凛」
「そうだな……何事もなくと思っていたのだが、その腕の傷はどうした? 包帯が巻かれている」
「あーこれ、大したことねえよ。腕のはちょっと痛いけど」
華凛にそう指摘され、丸は自身の腕の切り傷に気付く。一筋の切り傷が開かれ、流血していた。あのストーカー男に付けられた傷だ。
「月川、少し腕を貸せ」
「あぁ? おい――」
――華凛は腕の切り傷を、その口を付けて舐め出した。そんな驚いた行動を取った彼女に、されている丸だけでなく周囲が動揺する。
ややあって、傷口から舌を離した華凛。
「何してんの……お前」
「傷口を舐めて、出血を止めようとだな……した訳だが、どうした?」
「どうしたじゃねーよ! ばっか、俺も傷を舐めると血が止まるって聞いたことあるけどな!? ホントにやる奴初めて見たわ!」
「何を怒鳴っている? あぁ、衛生的な問題か。悪かった。だがこれ以上の出血は命に関わってくるから、咄嗟に体が動いてしまったようだ」
「冷静に自分のことを分析するな」
華凛の意外な変わっている一面を見た。こいつさては天然だな、と丸は決め付ける。
しかし、腕の傷を彼女が舐めた効果はあったようで、出血が止まっていた。
「なあ、華凛。ただ気になったから聞くんだが」
「何だ? 月川」
「スーツって、壊れたら弁償とかー交換あったりする?」
「……一応交換は可能だが、何故そんなことを聞く?」
「いやーよかったぁ、交換可能なんだ! 俺スーツ壊しちゃってさ、家に忘れてきたし、困ってたんだよなー。でも交換できるって聞いて安心したぜ!」
丸はガッツポーズをし、あからさまに喜んだ。そんな丸に対して、目を細めた華凛が口を開いた。
「次回以降だ」
「いま、なんて?」
「だから次回以降だ。ここに来る前にスーツが壊れた場合、新しいスーツが作成されるのは、次回以降にこの部屋に来た時だ。ミッション内で壊れた場合は帰還した際に補填されるが。例外的に壊れたスーツが手元にあるのであれば、点数と交換できる」
「つまり……おれ、今回はスーツなしってこと?」
「そういう事になるな。スーツを着ていないとは思っていたが、月川……死ぬなよ」
「はい……がんばります」
今回もスーツなしでミッションを迎える事になる。それは生存難易度が大きく上昇するという事だ。
前回と同じく、今回も同様に生還できるとは思わない方がいい。おまけに丸の今の状態は、体調が優れていなく、パフォーマンスは普段よりずっと下がる。
今回の自分の悲惨さに笑えてきた丸。
――生き残ってみせる、絶対に。
密かな誓いを胸に立てていると、黒い球から更なる光が放たれる。どうやら、まだ自分達以外に
現れたのは、6人だった。
体格が大きく厳つい男。白衣姿の60代を越えた男……丸が死ぬことになった原因のバスの運転手。カメラを持つ奇抜な格好をした若い男。サラリーマン?スーツ姿の赤髪の男。白髪白い肌赤目のアルビノだと思われる少年。そして最後に、眼鏡をかけた男……佐里を襲ったストーカー男が現れて、光が収まる。
総勢14名の人間が、夜の教室に集まった。