10体以上のゴブリン。5体程のオーク。その奥深くにいる絶対的強者の威圧を放っている赤黒き鬼――オーガ。それらに丸達は周囲を囲まれていた。
丸はこちら側の戦力を数える。スーツ無しの自分とスーツ有りの刈谷。後は、戦力に数えていいのかは分からないが、スーツ有りの石黒である。
多勢に無勢。その言葉にぴったりな状況。戦えば十中八九自分達が蹂躙されて殺される末路だろう。
しかし、逃げ場はない。周囲を360度囲まれて逃げ道などない。戦うか、増援を待つか。
――華凛、まだなのか? もうそろそろ来たっていいだろうが。
じゃないと、持ちそうにない。
辺りを見回して、刈谷が丸に視線を向けているのがわかった。
「月川……君ならどうする? 逃げるか、それとも戦うのか」
「戦うしかない、それ以外はどうしようもないだろ」
「……やはり、戦う他ないか。だとすれば、2人だと心許ない。彼も戦ってもらう必要がある」
「彼? というと、あそこで俺達にXガン向けてるアイツか?」
丸達のいる位置より数メートル離れた木の陰からXガンを構えている石黒は、依然周囲の敵に気づいていない。
あのままでは第一被害者が彼になるのが容易に推測できる。だからと言って、彼は丸に対して害を齎す可能性がある。あのXガンを敵にでなく、丸に発射することも多いにあるのだ。
とてもではないが、丸達に協力してくれる人物だとは思えない。むしろ邪魔になる可能性の方がずっと高い。そんな中で彼のことを戦力の1人として加えようと考えている刈谷のことを丸は理解できなかった。
自分と刈谷だけで十分だろうと、丸は思っている。状況が最悪の中、味方か疑わしいグレーの戦力を加えるなどどうかしている。それよりも、少なくとも石黒よりかは信用できる刈谷と一緒に戦った方が生存率が高まるはずだ。
東森華凛なら、このやり方は選ばない。彼女だったら全てと手を取り合い、救うやり方を選ぶ。しかし、丸は彼女とは違う。あんなに高潔ではいられない。もっと薄汚い人間なのだ。月川丸という人間は、元よりそういう人間だ。
だから、丸は石黒を戦力として数えない。数えるとするならば、別の数え方。そうたとえば、囮などだ。
刈谷の言葉に、丸は首を横に振るった。
「無理だ。アイツには、囮になってもらう。刈谷……少しでも生き延びる確率を上げるためだ」
「だが、それは……」
「最低なやり方、か? 刈谷。俺は生き延びる。そのためだったら、俺はどんなやり方もするぞ」
「月川……君は――いや、分かっている。君のやり方が一番可能性が高いのは、オレも。だが、君だったら倒せるんじゃないか?」
「何を言って……」
「あの怪物を、倒した君なら」
そう言った刈谷の目は、丸のことを心から信じているものだった。
何故刈谷は出会ったばかりの他人を信じられる? あの怪物のことを知っているのは倒した張本人の丸だけだ。あの怪物の強さも恐ろしさも何も、分かっていない。なのに、その怪物を倒した丸なら、ここにいる全ての敵をなんとかしてくれると。そう信じて。
分からない。
――分からねー。刈谷、お前のことが。
――俺は今体調最悪だし、スーツも着てない。ただの高校生だ。そんなにお前、俺のこと知らないだろ?
だけど。
だけど、面白い。
期待されるってのは、意外と悪いものじゃない。
丸の目が変わる。獲物から、狩人に変化するように。
その口端が、吊り上がっていた。
「――刈谷、アイツを利用するのは変わらない。けど、そのやり方を少しだけ変える。アイツにはゴブリンとオーク達を刈谷、お前と一緒に戦ってもらう」
「月川、君って男は意外性の塊だ。分かったよ、オレと彼でなんとかしよう。君は?」
「俺は……、アイツを殺る」
丸の視線は、周囲のゴブリンやオークに向いていなかった。ただ一つ、威圧を放つ赤鬼に向いていた。それ以外はノイズ。奴を殺すには、他に注意を向けている余裕がない。
「あの赤鬼か。勝てよ、月川」
「俺が負けるわけないだろ」
丸がそう返して、静かにガンツソードを展開し、腰を落とす。
小学生の頃、丸のスタートダッシュは、誰よりも速かった。全力を出していたあの頃に、一瞬でも戻ろう。この世界では、本気じゃないときっと付いていけない。凡人を死という運命が追い付き、追い越して、最後には屍が残る。
辺り一帯の空気を全て取り込む勢いで深呼吸をして、その視界を、ただ一点に絞る。
一瞬でいい。
一瞬だけで。
数秒掛ければ、周囲の敵が丸に反応する。
――アイツが、ボスなんだろ? ボス倒せば、その他のモブなんて、どうにかなるだろ。
スーツが無いのも、体調が悪いのも全て忘れろ。雑念を捨てろ。奴を殺すこと以外、削れ。
「――――」
音もなく、丸の生きてきた中で最速のスタートダッシュを切り、真っ直ぐに駆ける。
足が重い。体が怠い。いらない。忘れろ。
殺す。あの
ただそれだけを考えて、疾る。
棍棒を持つゴブリンも、巨体を持つオークも、通り過ぎ、あっという間に近づいて行く。
ガンツソードを振るうために、腕をしならせる。鞭のように。直線的ではなく、弧を描くように。
剣の使い方なんて習ってないし、知らない。
ただそれが一番速い軌道を使う。
奴との距離が縮まり――、その分厚い筋肉で覆われた首に斬撃を放つ。
――マジかよ。速すぎんだろ。
だが、しかし、その斬撃が首に届く前に赤鬼は迎撃として丸に蹴りを放つ。
あの巨体からは信じられない速度の蹴りが、丸の眼前に迫る――。
回避、不可能。
迎撃、不可能。動き出した刃のコースは止まらない。
死?
今度こそ確実な死が、迫っていた。
後コンマ数秒で、死ぬ。
だが、その寸前でその足が爆発する。血が、骨ごと飛び散り、丸の頬にかかる。
攻撃が、されない。
丸は、攻撃されながらも、自分の攻撃を辞めていなかった。意外そうな赤鬼の目。何が起こっているのか全く分かっていない困惑の目。その、目が恐怖に染まる前に――
「――ッ」
動いていた黒き刃が、赤鬼の首を斬り落とした。
ぼとり、という肉塊が地面の土に落ちる男。その数秒後に胴体も合わせて地面に倒れ伏す。
丸は立ち止まり、振り返りながら、荒い息を吐き出して、倒れている赤鬼を見た。
「……はっ、なんで俺死んでねえ」
周囲のゴブリンやオークも、赤鬼が撃破されたことにようやく気付き、それを成し遂げた丸に襲いかかった。
まずゴブリン2匹がその小柄にしては速い動きで棍棒を振り上げてくる。同時ではなく、一体ずつズレて。
丸は片方のゴブリンを、ガンツソードで薙いだ。胴体が2つに分かれ、紫の血が飛び散る。
もう一体のゴブリンの斜めな棍棒の打撃を受ける前に、右の踵でゴブリンの小さな頭を思いっきり蹴り飛ばした。ここまではなんとかなった。だが、後ろから大振りで放たれたオークの拳を避けることは丸の動作的に難しい。限界だと、思った瞬間、後方で爆発する音共にオークの醜い叫び声。
「グュァァァァァァァア!」
丸は転ぶように後ろを見て、オークの腕が胴体ごと欠損していることに気付く。
この爆発されたかのような切断痕は、心当たりがあった。――Xガンか? 誰が? 刈谷? 石黒?
しかし、遠くの方で刈谷と石黒がゴブリンとオーク相手に激闘していた。2人じゃ無い。だったら、別の誰か。
暗い森の中を見渡す。そして丸の視界に映ったもの。
白い布地に金髪の美少女が描かれたTシャツ。それがはち切れんばかりに盛り上がっているお腹。
丸は、安堵するように微笑んでいた。
「ろっく……お前最高だよ、やっぱ」
「丸っち、待たせたな……(キリ)」
決め顔の丸の友人、ろっくがXライフルガンを構えて立っていた。