救われたのはともかく、まだ敵は残っている。赤鬼は殺したが、ゴブリンとオークが刈谷と石黒を襲っている。救援に向かうべきだと丸が判断して、少し距離の離れたろっくを大きな声で呼ぶ。
「ろっく! 助かった! まだ敵がいるから、一緒にやるぞ!」
「りょ! おいら点数稼いで美少女になってTSするんだお〜」
「美少女なれねぇよ! チッ! 増えたぞ!」
ろっくにツッコミを入れながら刈谷達の方へ近づこうとした丸の前に、藪の中から石斧を持ったゴブリンと二足歩行の犬が現れた。ゴブリン6体に二足歩行の犬が2体、合わせて計8体の新手だ。
走り去ろうとした丸に、二足歩行の犬が跳んで噛み付いて来る。目玉が半分飛び出しているその恐ろしい形相。
「「ギャン!」」
「邪魔だッ!」
咄嗟に丸は体を半回転してガンツソードを一閃――横に薙いで、その2体の犬を斬り飛ばす。意外と脆く、簡単に胴体が半分になった。ミノタウロスや赤鬼ほど硬くないようだ。
一瞬にして2体の仲間が殺されたことに、歯を剥き出しにして怒りを表したゴブリン6体が、バラバラに丸に襲いかかってこようとする。連携とは到底呼べない、その大雑把な攻め方に知性の低さを感じせる。
しかし、その攻めはスーツを着ていない丸にとっては驚異そのもの。何体かはやれても、全ての攻撃は防げない。不味い、と頭を必死に回転しているところで、ギョーンという音が鳴り響き、そこで先頭にいたゴブリンが頭ごと血飛沫と共に爆発した。
見なくても分かる。ろっくが援護射撃をしたのだ。振り返って確認するまでもなく、丸は次に自分に近いゴブリンにガンツソードを突く形で貫く。ガンツソードの長さを活かし、3体同時に。
「うぉおおお!」
驚愕に顔を染めるゴブリン3体からガンツソードを引く。切れ味が良いおかげで簡単に抜ける。残るは2体のゴブリンのみ。
ギョーン! 一瞬で仲間があらかた殺されて唖然としているゴブリンに、ろっくがXライフルガンで射撃。時間差で体が爆散し、紫の血が飛散して木々を彩る。同時に攻めていた丸が、もう一体を袈裟斬りにした。
「はぁっ、はぁっ、なんとかなったか……」
急激な動作の連続。流石に肩で息をする丸はその場で立ち止まる。
「うわぁぁあぁ!」
その情けない叫び声を聞き、丸は下げていた顔を上げてその声の先を見れば、石黒がオークの太い腕に突き飛ばされる所だった。
石黒は高く跳ね上がり、何個かの木にぶつかって玉のように転がって逆さまになり地面に落下する。――オークの力であんなに吹っ飛ぶのかよ。スーツ着てるからなんとか耐えたか? 最終的に丸の隣に落下してきた石黒は、もぞもぞと動き出した。
石黒はスーツを着てるおかげでオークの打撃に耐えることができたが、鼻から血が溢れ出ている。丸はスーツの耐久性を初めて確認し、スーツの大切さを改めて分からされた。
「おい、大丈夫か?」
「ぁえ……い、痛い……痛い! な、なんだよ、あれ……化け物がぼくを殴ったっ!? 痛い!死ぬ!死んじゃう」
「まだ鼻血が出ただけだ、死んでない」
「……おまえ……は、佐里の……浮気男」
死にかけた恐怖に動揺していた石黒は声をかけられたことにようやく気付き、血走った目を丸に向けた。
こんな状況でまだ憎むことができるのか、と丸は逆にその執心深さに感心する。
「だったら何だよ、今ここで殺し合うか? 俺はやめといた方がいいと言っとくぜ。まだ敵がいるんだからな」
「て、敵……化け物……化け物! そう、そうだぼくをやつらが殺そうとしてっ、それで……」
石黒は顔を青ざめ、両肩を抱えて震える。
本当に憎むべき相手は別にいると思い出したのだろう。今は人間同士が私的な理由で争っている場合じゃないと思い至ったのだ。石黒もそこまで馬鹿じゃないらしい。大学に通うくらいには知性はあるのだから、当然と言えるが。
「ここで俺と敵対するほど愚かじゃないみたいだな。そうだ、敵がいる。俺はミッションを終えるまでは、お前とは戦わないって決めた。石黒お前はどうかは知らないが、Xガンで……Xガンはどうした?」
「Xガン……? な、ない、ぼくのが」
「飛ばされた時に一緒にxガンも飛んでいったか。はぁ……Xガン抜きじゃ戦えないじゃん。まあ、最初から戦力として期待してなかったからいいけど」
武器を無くした石黒はもう戦力外である。そう分かった丸は石黒を放置することを決めた。Xガンを持っていない石黒が丸に害をもたらす可能性も無くなった今、石黒に構う必要はない。正直に言って時間の無駄だ。
石黒を置いて、丸は刈谷の方に向かうことにする。が、丸の行手を石黒が慌てて体を使って塞ぐ。
「お、おいっ! どこに行く!?」
「別に関係ないだろ、お前には。退け、邪魔」
「ぼ、ぼくを置いていく気か!? 化け物がいるこの場所に!」
「そうだけど? お前スーツ着てるんだから、逃げれば生き延びることくらいできるかもよ」
「頼むっ、ぼくを助けてくれ!」
「は? 何言ってんのお前」
急に変なことを言い出した石黒に丸は歩めていた足を止めた。頭がおかしくなったのだろうか。いや、元々おかしいのは知っている。
佐里の浮気男だと思っている憎む相手に、自分を落として殺した奴に頭を下げ始めたのだ。
「前のことは忘れる! 佐里にしたことも、ぼくを落としたことも! だから、ぼくを助けてく――」
「イヤだ」
石黒が言い切る前に、話を被せるようにして丸はその頼みを一蹴した。
無理だと、その頼みは聞けないと言う。
助けるだと? 確かに丸は刈谷に石黒を囮として使わず、利用すると言った。しかし、それは戦力の一つとして加えることができたからだ。戦力外の今、足手纏いでしかない石黒を丸が助ける道理などあるわけが無い。
月川丸は、東森華凛や刈谷赤のような人間じゃない。ある意味冷酷、現実主義。自分がよければそれでいい人間。
誰もかれもを救うのは東森華凛だけでいい。
丸が彼女に以前言ったのは、全ての敵を撃破することだ。あの時は軽く大見得を切った訳だが、強敵と戦闘経験をした今であれば、あれが不可能に近い戯言だと思う。
――華凛、やっぱり俺はお前じゃないよ。俺は助けたい人間だけを、助けることにする。
丸は救いを求める石黒の目を見返す。冷酷な目で。
「な、何故だ!? お、おまえ強いんだろ!? ぼく1人ぐらい助けられるんじゃないか!?」
「お前が、俺の腕を切った事実が消えない。それだけで、俺からしたら十分助けない理由になるんだ。だから、そこを退け」
今も丸の腕の傷が鈍い痛みをきりきりと与えている。その痛みが、腕の傷が丸に石黒を助けない理由を与える。
丸は、立ち塞がる石黒を避けて、前に進んだ。もはや後ろは見ない。石黒が唖然としているかもしれないし、怒っているかもしれない。だが、もう関係ない。
今はこのミッションを生き延びること。刈谷を助けることだ。
そうだ、丸が助けたい人間は刈谷の方。後ろの奴は知らない。そう自分に言い聞かせて、走った。
「刈谷! 生きてるか!?」
刈谷は4体のオークに囲まれていた。背の高いオークと視界の悪い木々の障害物のせいで生きているかも確認できない。
丸は走りながら叫ぶ。刈谷が生きていることを信じて、敵に接近できたらガンツソードを振るうために構える。
「月川! ピンチだ! 助けてくれ!」
姿が見えない刈谷から必死な声が返ってくる。生きていたか。だが、オークに囲まれれば、スーツを着ている刈谷でも命が危ない。
ある程度敵に接近した丸は、覚悟を決めて、ガンツソードを横に大振りに薙ぎ払う。
「刈谷っ! しゃがめェ!」
それは、攻撃した丸も想定外だった。
丸の横に振るったガンツソードの刀身が伸び、刈谷を囲んでいた4体のオークを纏めて一刀両断せしめる。
――!? ガンツソードが伸びた!?
大量の血液が4体の地面に残って立っている下半身から噴出し、その中心にいる刈谷の全身を血で染めていく。上半身が無くなったオークよりも、その先にいる丸を見て、刈谷は目を開いて驚いている。
「月川、これは……驚いたな」
「俺もこうなるとは思ってなかった。ガンツソードは伸びるらしい」
丸は斬る以外の操作をしてないから、どうやって刀身が伸びたのか再現性がない。
いや、大振りに振るったことに、ガンツソードが勝手に反応したのか? ガンツの武器は現代の化学では見たことがないものばかりだ。ガンツソードも勝手に判断し自動的に刀身を伸ばす機能があってもおかしくない。
どうであれ、結果的には丸が4体のオークを倒したことに変わりなく。
「月川、助かったよ。後もう少しで死体がもう一つ増えるところだった」
「それ、俺が言ってた台詞じゃん。はっ、刈谷もそれなりに余裕があるみたいだな」
「さっきは本当に死ぬかと思ったんだけどね。それじゃあ、残りの敵をやるかい?」
「そうだな、倒せる敵は多い方がいい」
3体のゴブリンを刈谷がxガンで撃ち殺し、3体を丸が切り殺し、残り4体をろっくが狙撃して殺す。
それは、初めてとは呼べないほど良い連携だった。ある種の作業めいた殺戮。
強い赤鬼やオークが死んだことも大きかったかもしれない。ゴブリンの攻撃ではスーツの耐久性は突破されないのが分かり、刈谷を盾にした陣形が取れたのも理由の一つだろう。
少なくともここら一帯の静寂が訪れ、丸達は危機を乗り越えたのだと理解した。
「色々死ぬかと思ったけど、何とかなるもんだな」
「何で生きてるのか不思議なくらいだよ月川。君があの赤鬼を殺した時は、大人なのを忘れてはしゃいでしまった」
「あれは、ろっくが助けてくれたからできたんだ。まじでありがとな、ろっく」
「丸っちが死にかけたら、助けるのが友人の嗜みというものだお。それにXライフルガンの威力の高さを確認できたしねぇ〜」
各々命の危機を乗り越え、敵を撃破したことで浮き足立っていた。生物を殺すことで興奮する脳の快感物質が出ているのかもしれない。それが妙に心地良く、3人は笑い合う。
そんな時、遠くから女性の叫び声がした。
恐怖の色が混ざった、必死な甲高い声。
「刈谷、今の聞こえたか?」
「聴こえた。間違いなく。女性の声だった。何かがあったんだ。月川、誰かわかるか?」
「あれは……千春せんせーの声だった」
「千春先生? 佐里って女の子とは違う、もう1人の女性の方か」
「……千春せんせーが何かあったんだ。行かないと」
千春先生の叫び声。
叫び声を上げる状況など限られている。何か恐ろしいことがあったのだ。
それは敵――ゴブリンやオークなどと対峙した可能性が十二分にあった。
「刈谷、ろっく、行くぞ。早くしないと千春せんせーが死ぬ」
「分かった。行こう」
「おいらは後で向かうお。走るの苦手だからねえ」
「そうか、なら2人で先に行くぞ、刈谷!」
「ろっく君も必ず合流するんだぞ! 先に行ってくる」
ろっくを取り残し、先に丸と刈谷が向かう判断をし、走り出す2人。
スーツなしの丸は、発熱していることもあり、走るのもやっとだ。アドレナリンが分泌してたから全力で動けていたのもあるのだろう。
スーツを着ている刈谷と足の速さに差が出てくる。
「先に行けっ! 刈谷、お前だけでも! 後から行く!」
「了解だ!」
すぐに丸の体調を察し、圧倒的な速さで先行する刈谷。スーツの性能の良さは丸も経験済みだ。あれは超人的な速さを与える。
刈谷と分かれ、自分の出せる速度で走って暫く。
木々と背の高い藪を抜け、一気に視界が開ける。深い森の中に開けた広場のような場所。
そこで、丸は見た。
数名の見知ったスーツを着た人々と、それと対峙する怪物を。
怪物――九つの頭を持つ巨大過ぎる蛇を。
丸は見たことがある、その怪物を。
「おいおい――今度は、ヒドラとか馬鹿じゃん」
ヒドラ。ギリシャ神話に登場する九つの頭を持つ蛇。
その巨大さに、異様さに、丸は笑う他なかった。