木に頭から激突した丸は、涙目を浮かべて起き上がる。その全身は焼焦がれていた。皮膚は火傷し、特に顔の皮膚上半分が剥がれている。よく見てみなければ、丸だと気づかないだろう。
一目で丸だと佐里が気付いたのは、シルエットが似ていたことと助けてくれるのは丸ぐらいだと思っているからだ。
「丸くん……その火傷……酷い」
「火傷? あぁ、火傷してたから顔が熱かったのか。大丈夫じゃないけど、生きてるから、大丈夫。それより、今の石黒か?」
「うん……だと思うけど……、でも、なんかおかしくて。まるで何かに乗っ取られてるみたいな……」
「よく分かんないけど、危ないところだったぜ。佐里ちゃんとエッチするのは俺だから」
「うん……、ありがと、助けてくれて。丸くん」
何か佐里がもじもじ下半身を動かして頬を赤く染めているが、お漏らしだと知らない丸は窮地を助けた自分に惚れているのだと勘違いする。バカな男である。今、うんって了承したよな? したよな? エッチしていいってことなんだよな? と丸は興奮して戦場だというのにむらむらしてくる。
しかし、興奮している場合ではない。
丸に蹴り飛ばされて転がっていた石黒が身体を起こし、丸達に視線を向ける。その目が白目を通り越して、全部が黒目と染まっている。気持ち悪いさを覚え、丸が警戒を抱く。
ガンツスーツも異様に腫れあがっていて、うねうねと蚯蚓腫れを起こしている。何かに、乗っ取られているという佐里の話は本当らしい。
丸は手の皮膚に食い込みくっ付いたガンツソードを握りしめ(放しても外れない)、石黒? を睨みつける。
「お前……何、された?」
「しゃむ、しゃむ」
「しゃむしゃむって……何だよ。なんかどっかで見た気するけど、まあいいや。お前か? 安川のおっさん殺したの。それに、刈谷もいねえ。もう敵対するってことでいいんだよな?」
「しゃむ、あァ、しゃむ、む、しゃむしゃむゥ!」
「――ろっく!」
返答の途中で急に襲い掛かってきた石黒に対して、丸が友達の名前を叫びしゃがみ込むと、ギュイーンという音が同時に鳴るのが聞こえる。
丸に脅威がたどり着く前に、円状の衝撃波が石黒を襲った。ばん、という音を響かして石黒が派手に後方へ吹っ飛ぶ。
事前にろっくと合流していた丸は、何かあった時用にろっくを隠して配置し、もしもの時はXライフルガンで撃つように指示してある。それが役に立った。
それに本来丸は死にかけの身だ。先ほどのライダーキックは奇跡的に出来たようなもので、ここまでろっくに背負ってもらって来たのだ。走ることも、ましてや回避行動を取れるわけでもなく、しゃがみ込むのが精一杯だった。佐里がレイプされるのが嫌すぎて、体の限界を超えて動けたという馬鹿げた理由は丸らしくあるが。
ともかく、石黒は木に激突してもたれかかるようにして、意識を失ったのか動かなくなった。
「ろっくがいたからなんとかなったけど……、こいつ何だったんだ?」
「皆、大丈夫か!?」と、刈谷が腹を押さえながら、木の陰から姿を出した。
「刈谷、無事か」
「月川――か? 何故、ここに、あのドラゴンは……? それに、石黒は?」
「ドラゴンは倒した。石黒も……、たぶん死んでる……か、意識失ってる。ただ、安川のおっさんが……」
「そうか……、オレがあの時すぐに撃てていれば……オレのせいだ、済まない。安川さん」
刈谷は辺りを見渡して現状を把握する。最後に頭部の潰れている安川の死体を見て、悔しそうに拳を握った。
「刈谷お前のせいじゃないって、運が悪かったんだ。きっと」
「不運で人が死ぬと納得出来たら、いかに楽なんだけどな……。でも、ありがとう、月川。助けに来てくれて。結局また君に助けられてしまったな……ウっ」
「大丈夫か、その腹」
「大丈夫さ、問題ない。君の方がよっぽど酷い傷だ」
「そうだな、こっちは地獄だったぜ」
「だろうな、よく勝ったものだ。あのドラゴンに……本当にオレは君が末恐ろしいよ、月川」
「刈谷、お前も、皆をここまで引っ張ってきてくれてサンキュな」
そう言って、丸と刈谷は拳を当て合った。感謝と信頼の意味を込めて。
笑顔になった丸だったが、すぐに顔に影を落とす。
「どうした月川? そういえば、夏目少年は……?」
「夏目は……、アイツは……、ドラゴンの攻撃で……死んだ……」
「――そ、うか。やはり、行かせるべきじゃなかった、な」
「違う。アイツは、俺のことを助けてくれた。アイツがいなかったら俺絶対死んでた……クソ」
「さっきの言葉を返すよ、月川。運が悪かったんだ、きっと」
「そうかもな……」
「「何だ?」」
同時に丸と刈谷が顔を上げ、一瞬で戦闘モードに意識を切り替える。べちゃりと何か、粘着性のような音がしたのだ。
その音の方向は先に石黒が倒れていた場所だった。
その場所には、
「しゃむ、しゃむ」
半透明の液体? いや、粘着性のスライムともいうべき、塊があった。
それは石黒の口の中から抜け出し、地面を伝って移動しようとしている。
「スライム……? 刈谷、こいつまさか。思い出した! こいつ、ターゲットの! ガンツに映ってた奴だ!」
「確かにスライムだな……、ド○クエのように顔はないが、スライムとしか言えない。これが、ターゲット」
「石黒の口の中から出たってことは、こいつが石黒の体を操ってたのか?」
「寄生型か……、厄介だな。だが、どうやって殺す?」
幸い、スライムはゆっくりと地面を移動しているまま。丸達に攻撃をする仕草を見せない。油断させようとしているのか、それとも本当に鈍間なのか? と丸はいろいろ考えるが、考えても仕方がないと思いなおす。
丸は足を引きずって鈍足なスライムの前に立つと、手と同化しているガンツソードを振るって斬撃を当てる。
「なんだ!? ガンツソードが、斬れない?」
「そのようだ。おそらく運動性を減少させる粘液の液体のせいで、斬撃は効かないみたいだな。なら、これはどうかな」
といって、刈谷がXガンをスライムに向け、トリガーを引いた。
ギョーン! と青く発光し、遅延して衝撃波がスライムを襲う。ばちゅんっ! と四方に粘液性のスライムが爆発した。
びちょびちょに近くにいた丸と刈谷の体に、それがかかり、二人して顔を顰める。
「うげえ、気持ち悪い。でも、死んだな」
「こうなるとは思わなかった。が、結果オーライだ。今度こそ倒せたな、月川」
「ま、そうだな……これで、転送が始まればいいんだけど」
スライムを撃破し、数秒間待つ。が、一向に転送が始まらない。
ということは、敵対生物の全滅が終わっていないということを意味している。
「丸くん、倒したの? あたし達帰れるの?」
「いや……、多分転送が来ないってことは、まだ敵が残ってるんだ」
「じゃあ、まだ……続くんだね……」
佐里はこのミッションがまだ継続すると知って、暗い顔をする。まだ恐ろしい敵が残ってるかもしれないと言われれば、そうなるのも頷ける。こういう時、大丈夫、俺がついているからと言って元気づけるのがいいだろうか?
「……月川君、まだ終わらないのね?」
「千春せんせー。無事でよかった。そうみたいだな。けど、華凛達がヒドラを倒せば、帰れるかも」
「月川君は――また、戻るの?」
「そりゃあ、アイツに戻るって言っちまったし」
「ねえ、私……怖いわ、月川君がいたときは、貴方がなんとかしてくれるって思って少し安心できるけれど、貴方がいないと怖いの。震えて、死ぬのが怖くて……、隣で安川さんが死んで、次は自分かもって思って……」
「千春せんせー……」
千春先生が自分の肩を手で抱きしめて震えていた。泣いている。大人の千春先生が恐怖で、どうしようもなく震えて泣いている。
こういう時の宥め方を丸は知らない。千春先生が何を求めているのか。助けてほしいのか、抱きしめてほしいのか。声で元気づけてほしいのか。でも、いくら声で元気づけても死が隣り合わせの現実は一切変わらない。
この場所、ガンツのミッションというのはそういうところだ。死が溢れかえっていて、次死ぬのが自分の番かもしれない、地獄の戦場。
だからこそ、丸は何も出来ない。声をかけることも、抱きしめてあげるのも。
「…………」
「ねぇ、月川君……私の……近くにいてって言ったら――お願い聞いてくれる?」
「千春せんせー、それは……」
当たり前だ、と言おうとして、丸は舌が引っかかって止まった。
千春先生は勿論丸にとって、守るべき対象だ。担任で、知り合いで、死んでほしくない。
でも――、丸は東森華凛との約束が、脳裏に蘇る。皆を安全にした後、戻ってくると。そう言って、口約束にすぎないが。
迷う。この場所にいれば安全、とは言い切れなかった。先ほどのスライムのような、新手の敵が現れてもおかしくない。ミノタウロスやオーガみたいな強い敵が来る可能性すらある。その中で、丸は、選択する。
「悪い……、俺、行かないと……ごめん、千春せんせー」
「っ……、良いのよ、行って。ごめんなさい、私……大人なのに子供に頼るなんて……担任失格だわね」
「絶対、早く敵倒して、千春せんせーを帰らせるから。大丈夫、離れてても、俺の代わりに刈谷がいる。それに、ろっくも残していく。ろっくさ、意外に戦える奴でさ、射撃めっちゃうまいんだぜ、頼りになって。俺も助けてもらってさ、やっぱり持つべきものは友ってさ」
「そうね……、行ってきて、月川君」
「うん」
そして丸は千春先生に行ってくる、と言い残して、足を引きずり来た道を戻り始めた。
それを眺めている千春先生は、
「あの子……、あんなに怪我して……足も引きずってるのに、どうして、そんなに戦おうとするの? 私、月川君が分からない……行っちゃった、な」
切なげな顔をして、丸の背中が見えなくなるまで見届ける。
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森の中は暗く、来た道がすぐに分からなくなる。迷子になり、それでも自分の勘だけで歩いていた丸は、遠くに人影を発見する。
遠くでシルエットが分かりづらいが、長髪の人影だ。
「華凛?」
足音が次第に近づいてきて、シルエットがちょうど木の葉の隙間を通って、月光が照らしてある空き地に出てくる。
そのシルエットの正体は、黒い長髪にボディラインが浮き彫りになるガンツスーツを着ている東森華凛だった。
「何だよ、お前のことだからヒドラも倒してきたんだろ。結局、俺が戻る必要なかったってことか」
「…………」
「何、黙ってんだよ。あぁ、俺視界、火傷のせいであんま見えなくてさ。どうした? 黙って。てか、飯田のおっさんも近くにいるんだよな? えっと、飯田のおっさんも無事か?」
「…………」
「えっと、もしかして怒ってんのか? 華凛? おいおい、俺が遅かったからって、それはないだろ。これでもドラゴンとか倒して、足引きずってまで来たんだぜ。逆に褒めてほしいくらいだ。まじで怒ってるとか?」
丸が饒舌になっても、一切返答が返ってこないことに不安になり、焦り始める。本当にもしかしたら華凛は丸に激怒しているのかもしれない。女の気持ちというものを、男である丸に理解できるはずもない。目がよく見えないことにいら立ちを感じる。
それでも、近づけばある程度視界が見えてきて、丸は華凛の手に触れようと手を伸ばし――
そこで、華凛が何かを持っていることを知った。
それは、サッカーボールぐらいのサイズで、
肌色だが、かなり白い、
人の首だった。
その首から先がない、顔に、デジャブを覚える。
知っている。
その顔を。その、皺を。
白髪に、
「――飯田のおっさん?」
「しゃむ、しゃむ」
華凛の片目が、黒に染まっていて、
ガンツスーツの至る所に蚯蚓腫れのように脈打っている。
それは、乗っ取られた石黒と重なって。
「――しゃむ、つ、しゃむ、き、しゃむ、か、しゃむ……わ……つ、きかわ……わ、たしを殺せッ!」
スライムに乗っ取られた、東森華凛の姿が、丸の目に反射した。