足の底の感覚が柔らかい土の地面から、硬い木床に移り変わる。足先から徐々にピーという電子音と共に再構成され、文字通り人間が虚空から現れる。
転送――ガンツの特殊技術によって為される空間移動(テレポート)。
気付けば、長髪を靡かせる黒いスーツに身を包んだ美少女が、片腕を伸ばした格好で暗い教室に立っていた。その先には、巨大な黒い球が壇上に載ってある。
ガンツ。謎の黒い球。自分たちを勝手に蘇生させ、ミッションを強制させる以外は正体不明の球体。
東森華凛は、絶望した顔で、尚誰かを探すように、窓からの月明かりが照らされる教室の中を見渡す。
たった今、転送してきたばかりの華凛以外にも既に六名―ー宮崎佐里、荒井千春、刈谷赤、ろっく(山田弥勒)、上村圭介、動画配信者(ぺっとぼとる)が教室に立っている。
一人ずつ顔を確認して、ただ一人の人物を探す。必死な形相で探し回るので、他の面子が状況を把握できずに混乱している。
違う。まだ、来ていないだけだ。
転送が終わっていないだけ、そうだ。そうに決まっている。
全員を見て回り、そこにいないことを確認すると、華凛は最後に黒い球ガンツの前に走っていき、その球面を手で叩く。
「ガンツ! 月川を、早く転送しろ!」
「え? 嘘……、丸くん?」
「月川君……?」
「月川、まさか――」
「丸っち、嘘でしょぉ」
何度も強くガンツを叩いて月川の名前を連呼する華凛に、他の皆が察し始め、動揺が広がっていく。
古い教室内にいる人間は華凛含めて七名、そこに月川丸の姿が発見できないことは――死亡、ミッションで生還できなかったことを意味している。だからこそ、華凛があそこまで必死になってガンツに叫んでいる。月川丸を早く転送しろ、と。まだ間に合う、と。
「東森さん、月川は、どうなったんだ……?」刈谷が真剣な顔でそう、華凛に問いかける。
「……、月川は……、まだ戻っていないだけだ。転送が、まだ終わってない……ッ! そうなんだろう!? ガンツ! 応えろ――!」
「そうだよ、丸くんが死ぬはずない! 丸くんは、強くて、アタシを守ってくれるって、そういってくれたもん! 戻ってくるよ!」
「月川君……帰ってきて」
「丸っち……は、死なないよぅ、丸っちが童貞卒業するまでに死ぬわけないお! だから、おいら信じてるよまだ」
「オレも……、そう信じたいが……」
それぞれが丸が死んだことを信じ切れず、次の瞬間にガンツからの転送がされることを願っている。
その中で一人顔を俯かせ、肩を震わせている男がいた。派手な服装の男が、口を開く。
「月川っていうんすか? あの子……自分がやったっす……」
「は? 何を言って、君は確か『ぺっとぼとる』という有名人だね? 月川のことを、知っているのか? 月川の最後を!」
刈谷が、ぺっとぼとるの肩を強く掴んで、問いただす。その手を近くにいた千春先生が止める。あまりにも力が強く入っていたことを、遅まきながら自覚し、刈谷が済まないと言った。
「無理もないっす……。自分、月川さんに、一回助けてもらったっす。命の恩人っす。ドラゴンから追われて、死にかけたところに颯爽と月川さんが現れて庇ってくれたっす。そんな、命の恩人を自分……殺したっす……」
「殺した―ー? 何を言って、冗談だろう?」
「……冗談じゃないっす……。自分が、Xガンで月川さんのこと、狙って撃ったっす。自分が、マジで殺したっす……!」
「――――」
ぺっとぼとるが拳を強く握って震えながらそう自白する。
自分が月川丸を殺した、と。その発言に、誰もが驚愕し、呆然となる。
それを聞いた佐里の顔が暗くなった後、丸を殺したという男の襟を激しく掴みに行って、憎しみの顔を向けた。
「何でっ! そんなことしたの!? お前も石黒みたいなクズなの!? 丸くんに助けてもらったのに! どうして!? 黙ってないで、答えてよ!」
「辞めるんだ宮崎君、冷静になれ」
「刈谷さん放して! こいつが、丸くんを殺したって!」
刈谷がその腕を掴んで止め、諫めるが、佐里がそれでも抵抗し続ける。
「ちゃんと聞いてないだろう? 月川の最後を、ちゃんと聞いたのか?」
「それは! 聞いてないけど……」
「本当に君が殺したのか? 月川を。理由があったんじゃないか」
「……月川さんが、撃てって。自分に、Xガンで撃てって、言ったっす」
「なぜそんなことを」
「知らないっす、ただ強く命令されて、一回助けた代わりに、撃てって、自分……咄嗟に撃っちゃったっすよ!」
「……そうか、何か事情があったのだろう、君を信じよう」
「本当っすか? なんで、自分を信じてくれるんすか……」
「――理由は見ていないから知らない。ただ、月川はいざとなった時、自分が死んでも、誰かを助けようとする馬鹿野郎だって、オレ自身が知ってるからだ……それに、そんなイカれたことを命令するのは、月川らしい」
刈谷が何かを想うように、微笑む。
最後まで、月川丸は、月川丸を、演じ続けたのだろう。それが何ともあの男らしいと、心から想う。
それはそれとして、今もずっと黒い球を手で叩きつけ続ける一人の少女に顔を向ける。
「ガンツ! 応えろ! 転送はまだなのか!? ガンツ! ガンツッ!」
「東森さん……もう、彼は」
「嘘だッ! 本当は私が死ぬはずだったんだ! 私がここにいるのがおかしいんだ! 私が、死ぬべきでッ……月川が、私の代わりになるなんて、そんな馬鹿なことッ……! 応えろ、ガンツ! ガンツ! なぜ黙り込んでいるのだ!? ガンツ―ーッ!」
刈谷が彼女の肩を掴もうとして、その怒りに躊躇して手を宙に浮かせて止める。
何かに怒り狂うように、絶望するように、ガンツに拳を強く叩き続け、叫ぶ。
その圧に、激情に、誰もが彼女を止められない。
彼女のその想いを、誰が止められるだろうか。東森華凛が今まで失って来た人間の数を、誰もここにいる者は知らないのだから。
彼女は何度、この光景を繰り返してきたのだろう? 大事な知り合いを失って、死んで、それでも現実を受け止めきれず、生きていると希望を捨てない。それは弱さ故なのか、それとも彼女が強いからなのか。
ガンツに、その願いが届いたのか。
ピピという、電子音が鳴った。
黒い球から光線が虚空に放たれ、教室の中央で足の先が現れる。
「月川!?」
「丸くん!」
「嘘……月川君?」
「ガンツーー頼む、月川を助けてくれ」
最初に刈谷が反応し、次に佐里と千春先生が、最後に華凛が振り返る。
足の先から再構成され、転送されてきたのは、
ガンツスーツを着た白髪赤目の少年―ー夏目月渚だった。夏目の身体はスーツに覆われていて、無傷のまま。
そんな夏目は目を開け、「ここは……?」と小さく声を漏らす。
そして、ガンツからの光が止まり、転送はそれを最後に途切れる。
【それでは、採点を始めます。】
黒い球の前面モニターに表示された、その文字列が暗い教室に光る。
それは、ミッションクリア後の採点が開始されたということで、
もはや、次の転送者が現れないことを意味していた。
「嘘……夏目くん?」
「夏目、生きていたのか!? だが、それじゃあ、これで終わりって」
「月川君……本当に、帰ってこないの、酷い―ー」
「丸っちい……?」
「どうして、私なんかを、助けようとしたのだ―ー月川」
「月川くん……、どこ?」
月川丸の死亡を生き残った者全員が衝撃を受ける。
丸が死んだと言われても、結局のところ最後の最後には、平気な顔をして戻ってくると心のどこかで期待していたのだ。それが、完全に折れた。希望が、どうしようもなく残酷な現実によって、ぽっきりと壊された。
まだ転送されてそう時間が経っていない夏目が、状況を理解せずに周囲に顔を向ける。
「誰か、月川くんのこと知りませんか? 僕、死んだかと思ったら、ここにいて……だから、誰か知ってますか?」
「…………」
まだ丸の生存を疑っていない無垢の目でいる夏目に、教室にいる誰もが沈黙を選ぶ。
その明らかに暗い空気に、夏目が次第に状況を理解する。言われなくても、その表情から、苦しそうに顔を俯いている皆を見れば、分かった。
「……月川くんに、なんかあったんですか? なんで、僕が生きてて……、月川くんが、ここにいないんですか」
「夏目……、月川は、死んだ。死んだんだよ」
「刈谷さん……そんなの、酷いじゃないですか、こんな現実って、ない……」
「そうだ、こんな現実、最悪だ。だけど、受け入れるしかない。まだ、ミッションは終わってない。そうなんだろう? 東森さん」
「……あぁ、採点がまだ残っている。ガンツ、始めろ」
華凛がそう言ったのを合図に、ガンツが採点を開始した。
ガンツなりに空気を読んでいたらしい。
【上村圭介:2点。後、98点で終了。ただのまぐれですね、運だけの小学生】
ガンツにその記載と鮮明な子供の顔写真が表示される。
そのコメントに、上村が少し不満そうにする。
「ちゃんと狙ったもん……」
【宮崎佐里:4点。後、96点で終了。雑魚は倒せるようですが、月川丸に頼りすぎです】
「後96点で、丸くんを……」
佐里は、そのコメントに目もくれず、点数だけを確認する。
点数100点で交換できる、死亡者の復活。それを月川丸に使えば―ーだけど、まだ足りない。
【荒井千春:0点。小学生以下。ビビりすぎです。何してたんですか?】
「0点……何してたって……、私……」
その数字に落ち込む千春先生は、腰を抜かすように教室の床に蹲る。
――私が少しでも敵を倒せていれば、月川君は死ななかったのかしら……。
【山田弥勒:16点。後、78点で終了です。射撃能力は光るものがありますが、如何せん体力が低すぎです。ですが、大活躍でしたね】
「えぇ……、これ褒められてるのぉ? レモンたん、おいら生き残ったよぉ」
「凄いな、ろっく、いや山田君」
「いいよぉ、ろっくで。丸っちいなくなったら、そのあだ名使われなくなるし……そんなのなんか悲しいしさぁ」
「分かった、ろっく。君のおかげで助かったよ、ありがとう」
「褒められるのは、悪くない……」
【刈谷赤:9点。後、91点で終了です。初回にしては、頑張ったと思いますよ。ですが、次はもっと頑張ってください】
「9点か、まずまずだな……後91点、ね。このガンツには、知性があるのか? 頑張るさ」
「赤っちも凄いじゃん~」
「赤っち? あぁ、君には及ばないが」
「刈谷さんは、私より凄いですよ……私なんかより……」
「荒井さんも、次頑張ればいいだけだ、そうだろう?」
「そう、ですね……」
【佐島友長:3点。後、97点で終了です。足が速いことと、決断の早さだけは評価しますが、人殺し】
その見知らぬ名前と共に、動画配信者ぺっとぼとるの顔が表示される。人殺しというコメントに、佐島の顔が引き攣る。
「よくやったさ、君なりに。月川のお願いを聞いてくれて感謝する、佐島」
「そ、そうっすね……ていうか、点数あるんだ……」
刈谷が佐島の肩をぽんと軽く叩いて、「ありがとう」という。
それで少しは、いつもの明るさが戻る佐島。
【夏目月渚:1点。後、99点です。点数は低いですが、その勇気を評価します。キラキラネームって、あるんですね】
「キラキラネーム……もう慣れっこだけど……。1点か……」
夏目が1という点数に肩を落とす。しかし、ガンツから感じられる知性に驚く。
「AIってヤツなのかな……?」
【東森華凛:50点。TOTAL148点。おめでとうございます、100点をオーバーしたので、特典と交換できます。
1、ガンツからの解放。
2、強い武器、装備と交換。
3、死亡者の復活。】
初の100点越えが現れ、皆が驚愕する中、佐里はそれを見て、顔が明るくなる。
「東森さん……それがあれば……丸くんを生き返らせれる!」
「…………」
「ねえっ、東森さん! 3だよね!? 3と交換だよね」
「……勿論だ、ガンツ3番を選択する」
【承知しました。3、死亡者の復活ですね。100点を消費して本当によろしいでしょうか?】
「イエス」
「かしこまりました。では、対象者の選択をしてください。復活対象者↓以下】
黒い球に映っていた画面が移り変わり、10列以上を超える顔写真と名前の一覧表が光る。
その最後尾に、井内亮太、三ツ木正大と以前のミッションで死んだ者の後に、宇都宮拓也、田中英二、安川修、石黒昌氏、飯田勇三、月川丸と――続いていた。
最後の二人を見て、悲痛に顔を歪ませる華凛。
「丸くん……本当に、死んじゃったんだ」
「月川……、なんてことだ、六名も死んだのか......っ」
「丸っちぃ、写真だけになっても、可愛いお……」
「そんな冗談言ってないで、東森さん、早く月川君を生き返らせて」
千春先生がろっくの頭を優しく叩いて、華凛を急かす。
華凛がどんな想いでいるのか知らずに。
当然、華凛の中で今まで失って来た者の中で優先順位はある。
関係値の深かった者。復活を約束した者。命を助けてくれた者。友達だった者。
白髪の老人、飯田の顔写真を見つめて、華凛が唇を強く噛み、そこから血の玉が溢れ出す。
自分の執事で、知人で、家族で――大切な、人。
その顔写真に、指が、ゆっくりと向かっていく。
しかし、途中で指が止まる。
記憶が、去来する。
『しゃむ……しゃむ、なぁ、お願い一つだけ聞いてくれないか? 頼みなんだけどさ、俺死んだら……少しだけお前の中でさ、生き返らせる優先順位上げてくれね? 一番最初じゃなくていいからさ……しゃむ』
『――そん、な顔すんな……』
『そんな悲しい顔すんな、華凛……俺が、なんとか、してやる』
その髪がぼさぼさで、男子にしては女子と見間違うような見た目の、男の子は――死にかけて、ボロボロになった姿で、自分が諦める状況でも、私を諦めなかった。それがカッコよくて、甘えてもいいのだと、期待を抱いてしまって。
――月川。私は……。
「―――ッ、選べと言うのか、私に! ガンツ!」
以前、約束した最期の言葉が、脳裏に蘇る。
優しく微笑んだ女性は、目を泣き腫らしている歳下の少女の頬を撫でる。
『華凛、任せたよ、皆の事……うちのことは、気にしないでいいから。
だからね、華凛のこと……救ってくれる人見つけなよ……ぜったい、に……いつか、かなら、ず……――」
『私っ、先輩の事、蘇らせますから! 必ず! 約束、ですから!』
『――――』
次に100点を取ったら、復活させると誓った相手を裏切り、
嘘をつき、欺き、罪悪感に支配された頭の中、
東森華凛が選んだ対象は――
「飯田、……ッ先輩――済まない、私はッ……
月川、戻って来い!」
月川丸の顔写真を、指で強く押した。
数秒後、ガンツから光線が放たれ、少しずつ身体が形取っていく。
それは、学生服で、髪がぼさぼさで、腕が欠損しておらず、
口をぽかーんと、開けている。
「あれ? なんで、俺死んでないの?」
「月川――ッ」
飛び込むように、華凛が涙を流して、そんな丸のことを抱きしめた。
巨乳が、スーツ越しに丸の胸を押して潰れて、丸の鼻下が少しだけ伸びる。
「ラッキースケベきたあ!」