謎の飛行型スーツ。赤い大型ガンツソード。
あの巨大鮫を一瞬で屠った牛尾の実力は計り知れない。丸はただの可愛らしい少女だと思っていたのに。
山梨県チームの自称リーダー絵里沙が、牛尾のことを
とはいえ、敵は未だ無数に存在する。ミッションは始まったばっかりなのだ。気を抜いてしまえば丸が一番最初に命を落とすことになるだろう。
「ハハ」
「急に笑っておかしくなったのかナ? つっきー」
「恐怖で頭がおかしくなったんじゃない、所詮男は使えない」
「言い方ひっどーい、いちご〜。マ、でもそうかもしんないネ」
桃と苺が勝手なことを言っている。無理もない、こんな状況で笑えば気狂いと思われても仕方ない。 だが、面白い。つい笑ってしまう。命を脅かされる戦場。周りは経験者ばかりで、見たこともない強力な武器や知識を持っている。対する丸は、スーツを着るのすら初めての圧倒的初心者だ。数回の経験で埋まる差ではない。 それでも、胸が高鳴る。自分がどこまで通用するのか。
「いや、違うんだ。楽しみでさ」
「楽しみ?」
「俺、初めてスーツ着てミッションに挑んでるんだ。それってさ、実質初めてみたいなもんじゃねぇか。活躍できるかもしれないって思うと、笑っちゃうだろ?」
「……つっきーはさ、もしかして変人?
「どうだろうな、わからない」
変人か、狂人か。考えるだけ無駄だ。
丸はレーダーに目を落とした。
湖の中に点在する光点は、動いてはいるが陸に上がろうとはしない。
制限時間は残り【1:56:57】。約2時間。
この時間内に殲滅しなければゲームオーバーだ。丸は一度死んで0点、クリア報酬も持っていない。失うものがないというのは、ある種の強みだった。
「どうする、お前ら。このまま待機するのか? それとも水の中に突っ込むか?」
「ももといちごはこのままここにいるー。だってわざわざ不利になるって分かってる場所に行くバカじゃないもーンもも達。つっきーこそどうするのサ
「このまま敵が来なさそうなら、俺から行く。不利でも、ゲームオーバーはお前たちも嫌だろ」
「確かそうだけど……本気で行くノ?」
「最悪な。でも、レーダーを見る感じ一人で行くのは厳しいから、お前らにも来てほしい。苺、お前はどうだ?」
「呼び捨てにしないで。この場所から迎撃に決まってるでしょ。わたしは死にたくないもの」
「振られてやんの、つっきー」
「はぁ、まあ確かに水の中にバカみたいに突っ込むのは危険だな……じゃあ、アンタらはどうするんだ?」
丸は苦笑し、まだ話したことのないメンバーへ視線を向けた。
和服姿の女性――艶子が、しどけない視線を丸に向ける。
「坊や、そう焦らないで。最初は一匹出てきただけ。敵も様子を窺っているのよ。じらして我慢できなくなれば、向こうから来るわ。あっちにも、知恵の回るのがいるみたいだしね」
「知恵が回る、か……。アンタ、名前は? 俺は月川丸」
「私? そうねえ、名乗ってなかったわねそういえば。私は、
「よろしくな、艶子さん。なんつーか、エロいお姉さんって感じで好きだぜ」
「直球ねえ、そんな坊やも好みだけれど……ねえ、貴方も自己紹介しなさいよ」
「はい? ボクですか?」
艶子の視線の先には、短髪でボーイッシュな女子大生風の少女がいた。スーツ越しにも分かる引き締まったラインが、清潔な色気を放っている。 目を引くのは、彼女が持つ黒い大型の弓だ。
「その弓……何だ?」
「……これ、ですか。ガンツボウです。ガンツ初心者ならば知らないのも無理はありません。ガンツの武器庫にあるんですよ。点数30点と交換ですけどね」
「武器庫……そんなのあるのか。他にも武器とかあるってことか……東森学園の方にもあるのかな。その弓、強いのか?」
「Xガンよりも射程が長く、Xライフルガンよりも射程が短いですが、その二つよりも物理的貫通力が優れています。ガンツソードの特性を持った中距離武器といった感じですかね。ただ矢が生成されるまでに、若干のクールタイム時間があるのが欠点ですが」
「へぇ、俺には向いてなさそう。両手が塞がるのも痛いしな。それだけで戦うの大変そうだけど」
「それは慣れ、ですよ。それにボクは弓道部ですし、この武器に適正がありましたから。あぁ、自己紹介を忘れていました。ボクは、
「七回? 多いな!」
「他のメンバーが強いですから。死にかけたこともありましたけど、なんとか」
「そっか、期待してるぜ、雫ちゃん」
「ちゃん? まあ構いませんが。あんまり早く死なないでくださいね、月川さん」
「みんな俺の評価、低いな……俺って、そんなに弱そうに見える?」
「はい」
どうやら丸は戦力の一つとして見られていないらしい。
そのことに若干の不満を感じながら、その横にいる女性にも話しかける。この人は甲州弁の人だったな。
H字型の大きい大型銃のようなものを持っている。
Xガンよりも大きく、Xライフルガンと同等のサイズ感だ。
「えっと、その武器何て言うんだ? そのXガンみたいな」
「おまんにはあげんぞ、Zガン。これはクリア報酬じゃん」
「Zガンか、良い名前だな。別に貰おうなんて考えてないよ、いやちょっとは使いたいって思ったけどさ。それが気になっただけ。後お姉さんも」
「って! おまん……可愛いじゃんなかなか。どうじゃ、おれっちとイイことするじゃん? おれっち、木村直子」
「イイことか……かなり悩ましいけど、直子さん、ミッションが終わったらで!」
「別におれっちはかまわんじゃん。けど今回は勘弁してやるじゃん。おれっちが守ってやるからよ、近くにおれし」
「マジ? 守ってくれんの? 助かる! ま、とりあえず協力しようぜ」
木村と握手を交わす丸だったが、その際股間部に手で触られ、軽いセクハラを味わう。
積極的な女性って魅力的だよな……と、嬉しがる丸も丸だが、男という生き物は大体こんな感じだ。
オヤジのような女性だ。木村さんは。
クリア報酬であるZガンを持っていることから、最低一回は100点を取ったことが分かる。強者の一人。彼女の近くで戦うのは、生存確率を大きく上げるかもしれない。覚えておこう。
最後に、丸はママと勝手に呼んでいる女性の元へと歩く。
目が伏し目がちで、雰囲気に影がある。ザ・未亡人というな見た目で、実にそそられる。おっぱいも大きい。あの中に顔を埋めたい。
「アンタは?」
「私は
「よろしく頼む、真美さん。なあ、ママって呼んでもいいか?」
「ママ……ですか、いきなりどうして?」
「母性を感じるから……じゃダメか?」
「人のことをどう呼ぼうと自由ですから、いいですよ、月川さん」
「ありがとう、ママ」
山梨チームは経験者が多く、戦力は充実している。牛尾もいる。案外簡単に終わるのではないか――そう楽観した瞬間、男の悲鳴が静寂を切り裂いた。
「何だぁ!? これ!? 気持ち悪い!」湖から伸びた、黒くぬめつく触手が男の足を絡め取っていた。
「ようやく出やがったか……、触手? エロ漫画かよ」
「気持ち悪~い、つっきー倒してヨ」
「俺?」
「じゃないと、このままアイツ連れ去られちゃうんじゃないかナ、キャハハ」
「そうかもな……、だけどアイツを助けてる余裕はないらしい」
嘲笑う桃の言葉通り、男は触手に引っ張られ、湖面に連れ去られていく。
そして、湖から数十本の触手が弾丸のような速さで飛び出してきた。
湖から伸びてきた触手の数が、十を超えて数えきれない。
陸にいるメンバー全員に、その触手の矛先が向いた。
「何この数!? やば!」
「桃……やばいね」
「全員、それぞれなんとかしろォ!」
「なんでつっきーが指示してるノ! リーダーは梶原先輩! がいなかったら木村先輩!」
「おまんら、なんとかするじゃん!」
「あんまりつっきーと指示変わんないシ……やるしかないよねネ.....」
丸はガンツソードを展開。回避ではなく迎撃を選択した。
一本目を斬り裂き、二本目を切り返しで弾く。スーツの身体強化による圧倒的な全能感。三本目を素手で掴み、スーツの出力を最大にして強引に引き抜いた。
――大丈夫、今の俺は、負けない。
「ほら出てこいよォ!」
綱引きの状態で引っ張り合いになるが、向こうもそれなりに重い。ガンツスーツの力をかなり使った上で引っ張り上げるのに手こずっている。
「おっもッ! 何だコレ!? だけど……まだいけるゥ!」
足部に力を更に籠め、最大限までスーツの力をひねり出す。
姿勢を変え、後ろ向きになり、両手で握りしめた触手を引っ張って、
丸は、触手を、ぶち抜いた。
が、重い本体と途切れた感触がしてそれと同時に軽くなる。
「ち、千切れた? うっわ、キモイこの触手捨てよ」
細長い触手を地面に捨て、周りの状態を見る。
木村、五味などはガンツソードで上手く対処出来ている。
氷川はガンツボウを活かして矢を触手に貫き、鳴沢ママは回避に専念することで何とか対応できている。
しかし、苺、桃コンビは手こずっていて、何本かを避け切れずに触手が手足に絡みついていた。それでもスーツの力で、引っ張られることなく陸にしがみついている。
苺のほうはガンツソードで何とか窮地を脱したようだが、桃の身体に触手が巻かれる。
「き、キモイんだけド! 変なところ触ってくるんだけド!?」
「桃!?」
「え、エロい……」
「そんなこと言っている場合じゃないよ、つっきー助けテ!」
触手プレイというものが丸の脳内を覆いつくしていて、一瞬助けるのが遅れ、桃が湖の方に引きずられていく。
それを誰も助けようとしない。いや、できない。
触手はなおも湖から出て、襲い掛かってくる。
自分のことで精一杯、経験者であっても、それは変わらない。
丸にもこれまでより多い数の触手が来ている。
あのままでは桃は水中に連れ去られ、敵のいる場所で何もできずに殺されるだろう。
水中では特に足場もなく、不安定でガンツスーツの力が発揮できない恐れがある。
しかし、丸も同様に避ける、迎撃するのが精一杯だ。連れ去られていく桃を助けに行こうとすれば、丸も同じ目に遭う可能性がある。木乃伊取りが木乃伊になる。
「ッ……」
逡巡の中で、浮かび上がってきたものがある。
それは、誰もを救おうとして、救えなくて傷ついた顔をした好きな女の子だった。
――華凛、ここで守ってるだけじゃ、俺はお前の所までたどり着けないよな。
この逡巡の間に、桃はすでに水中へ消えていた。
目の前に襲来した三本の触手を、スライディングでギリギリに躱す。その姿勢から、つま先だけで跳ね起きる。飛び上がり、一メートルほどに伸ばした刀身で更に複数の触手を切り裂く。
相手が誰であっても、退かない。
可愛い女の子がいたら助ける。
それが月川丸という男の全て。
「――ッ!」
意識を集中し、スローモーションとなった世界で触手を斬り、避け、駆けていく。
前に、前へ。
飛び、跳ね、その中で足にスーツの力を高める。
ぎちぎちと音が高鳴り、力が集まり、最高潮のタイミングで丸は大きく飛んだ。
そのまま湖の中へ、落ちる。
「桃ォ!」
じゃぽん、という盛大に鳴った水の音。
冷たい水。スーツ越しに伝わる水圧。 水中で目を見開いた丸の視界に、巨大なイカの怪物が映った。
その触手の出所。牙の生えた大口へ、桃が飲み込まれようとしている。 丸は近くの触手を掴んで強引に体を寄せると、ガンツソードを最大刀身の5メートルまで伸長させた。
腕に全部の力を込め、丸は前転する勢いで刃を、振るう。
(おっもい……! けど、いける!)
水の抵抗を無視し、スーツの出力を腕に回す。
体を車輪のように回転させ、遠心力を乗せた一撃を巨大イカに叩き込んだ。
刃が怪物の巨体を斜めに両断する。
それを見ていた桃の目が、驚愕に染まる。
「――!?」
絶命した巨躯が湖底へと沈んでいく中、丸は自由になった桃を抱きかかえ、水面へと急浮上した。
「はっ! はあっ、なんとかなったか」
「はぁはぁ……つっきー……何で……?」
「何が?」
「何で……ももを助けてくれたの……?」
「そんなの後でエロいことをしてもらう為だろ」
「……台無しだよ、つっきー。でも、ありがと……助けてくれて」
「気にすんな、行くぞ!」
「うん」
軽口を叩きながら陸へ這い上がった二人は、そこで「絶望」を目の当たりにする。
湖面中央が、盛り上がる。 それは水で形成された、巨大な人型のバケモノ。
「なんだよアレ……」
「つっきー……やばいネ、アレ……」
仁王立ちする水の巨人が、一つの方向を凝視している。 そこには、飛行型スーツの翼を広げた牛尾が、孤独に対峙していた。