何故か頬が膨れている丸。その前に怖い顔で丸のことを睨んでいる千春先生。その後ろで状況が分かっていない宮崎佐里。その構図で三分ほど経過した。
三分経てば、流石に丸のドロップキックによって昏倒したろっくが目覚め、今の状況に「ざまあみろ笑」という顔を丸に向けてくる。
「それで、どうなってるの? 月川君」
「千春せんせー、そりゃあ俺にだって分からないさ。あのーだから、そんな怖い顔で睨まないでくれる?」
「わ、私は気付いたら全裸で、起きたら自分の教え子に全裸を見られた教師の気持ちがわかる?」
「むしろ制服の上着かけて隠してあげたんだけどな」
「それは……感謝してるわ」
それは事実だから、千春先生もようやく引き下がってくれたようだった。
制服の上着に包まって、自分の体を隠そうとする姿は丸にしてみれば余計にエロいと感じる。下手に全裸よりも、エロい姿だと感じる。大学生の男二人組や、サラリーマンの男の視線が尚もちらちらと向けられていた。その度に宮崎佐里が牽制するので、最悪の事態にはなっていなかった。
最悪、半裸の千春先生を男が襲いにかかるという展開も考えられる。それを考えれば、視線だけで済んでいるのは僥倖と言えた。その視線の中に男子小学生らしき子供も含まれていて、勃起しているのが丸には分かった。分かるよ、と共感する。
『新しい朝が来た♪ 希望の朝~が♪』
突然黒い球から大音量で流れ出した歌が、曲が教室内にいる十名の鼓膜を震わせた。
その歌はラジオ体操の曲だ。特に説明するまでもないだろう。
そのリズム、音程、美しい高い声音は女性のモノで一級のプロ歌手が歌っているのか? と思わせる上手さだった。それがあの壇上の上にある黒い球から発せられている。
「何なのよ、コレ……月川君?」
「いや、上手いっすねー歌」
「上手いとかじゃなくて、なんなのよあの黒い球? はスピーカー装置なのかしら?」
「あぁ、確かにそうかもしれないな」
千春先生があの黒い球はスピーカー装置なんじゃないかという発想に丸は同意する。
だが、ただのスピーカー装置にしては異様すぎる。わざわざあのような球状の黒い色に染色しなくてもよかっただろう。
だからこそ、丸はあの黒い球が警戒に値すると考えていた。何のためにあって、ラジオ体操曲を流された意味……を考える必要があるのだ。でなければ、何かが起きたとき、人は流されるままになる。それこそ、丸がバスの運転手の異変を気づけなかった鈍感さ、怠惰さのせいで自らの命を落とすことに……なった?
――待てよ? 俺は、死んだのか?
そこで初めて至る、自分の状態。あの時、確かに自分はバスの交通事故によって、その最後は見てないが、もし仮に本当に交通事故があったなら。大型バスが時速100キロを超えて硬い建物に直撃したなら。まず乗車している中の人は十中八九助からないだろう。後部の方はもしかしたら免れている可能性もあるが、丸のいた位置が運転手と同じ前方だったのが特に悪い。おそらく丸は死亡した、と容易に推察できる。
「千春せんせーと佐里ちゃんは、ここに来る前の最後の記憶は覚えてるか?」
「え? あたしも? えっと、そうだな……最後はバスに乗ってて……それで――あ」
「私は……わたし、は……」
丸に質問をされて二人は、言葉を濁した。
それはそうだろう。今ので女子大学生宮崎佐里は、丸と同じバスに乗って交通事故に遭ったのだと分かる。そして、千春先生の方は顔を青褪めて様子がおかしくなったことから、何かしらの事が起きたのだ。命が危なくなる
「よく分かったよ、ここに呼ばれた奴らの共通点が。生徒会長は知らないが、それ以外の奴らの共通点がな」
「それは、何? 丸ちゃん」
「聞いて驚くなよ。俺たちは、同じバスに乗っていて交通事故にあって、死んだんだ」
「……し、死んだって、そんなのウソ……」
「まあ死んだというのは推測にすぎない。あてにしないでくれ。大事なのは、同じバスに乗っていて同じ交通事故に遭ったってことだ」
この教室にいる生徒会長東森華凛を除く7名が、交通事故に遭った。それが共通点だ。しかし、その先は覚えていないので分からない。助かったのか、助からなかったのか。少なくともここに息をして立っていることから助かったと言えるのか? あの黒い球の転送を思わせる出来事から、自分たちの体に何かをされていてもおかしくはない。
丸はオカルトをあまり信じていない。幽霊だとか、宇宙人だとかそんな類の話だ。というよりも、目に見えていないものを信じていないのだ。
だがしかし、丸はこの目で見てしまった。自分の目の前で人が黒い球によって転送される瞬間を。この時点で丸のオカルトを信じていないというのが変化する。丸は、自分の目で見た物を信じるタイプなのだ。
バスの交通事故に遭った八名は宇宙人のUFOによって拉致され、体に改造を施された。だからあの転送は人類科学以上の技術で行われたというのが丸の推察だった。自分で考えていてばかばかしくなってしまう。それでも、一応今の状況に仮であるが説明が付いた。
「でもなあ、それを説明するのはなあ、俺が頭にアルミホイル巻いてる奴だと思われかねないからな……どうすっかな」
「……丸ちゃんどうしたの? 何か分かったの?」
「佐里ちゃん、う~ん、ごめん、俺分かんない」
「そっか。あたしもよく分かってないから一緒だね」
そう言って、微笑む宮崎佐里にキュンとしてしまう丸。可愛い、結構。付き合いたいな。
千春先生は今もなお黙りこくっているし、相当な最後の記憶を思い出してしまったのだろう。
この間も、黒い球からラジオ体操の歌の歌詞が紡がれている。だが、それももう終わりの様だ。
『それ♪ 一 二 三 ♪』
そして、黒い球が歌を終えるとともに、黒い球が発光した。正確には黒い球の前面に文字が光って記載されたのだ。
【貴方達の命は無くなりました。
新しい命をどう使おうと私の勝手です。
という理屈な訳です。】
「は? 何だよコレェ」
「命が無くなったってよ、笑える」
まず反応したのが男の大学生二人組。二人は黒い球からのメッセージに笑い飛ばす。
次に、ろっくが「うおーこれ、デスゲーム的なノリじゃん!」とはしゃいでいる。
男子小学生はよく分からずにゲームがいきなり始まったことに驚いているが、楽しいことが始まったのだなと少しだけ笑顔になっている。
生徒会長は黒い球のことを見て、壁際に立ちながら静かに見つめている……。
丸はというと、命が無くなったという文に自分の半分以上冗談の推察が当たっていたのか……と少し驚いていた。
「丸ちゃん、これ……命が無くなったって、どういうことかな?」
「その通りじゃないか、そのまま文字通り俺たちの命が無くなった。つまり、死んだんだよ」
「し、死んだって?」
「佐里ちゃんも知ってるんでしょ、あの時、バスは交通事故に遭ったと……だから、こんなばかばかしいことを伝えられても最初から否定しなかった、違う?」
「そ、それは……うん……分かってた、けど、でも信じられないよそんなこと!」
黒い球は次に
【貴方達には今からこの方を殺しに行って来てください。
着ぐるみ星人:特徴パワーがある、可愛い。好きな物子供、甘いもの。口癖「ハッピーになろう♪」】
そこに記載された文字と共に、クマの着ぐるみが映っている。今まで見たことがない着ぐるみでどこかのご当地キャラかな? と思うぐらい完成度が高い。それを殺せ、と黒い球は丸達に提示してきた。
「か、可愛いけど……こ、殺せって」
「佐里ちゃん、ああいうのが好きなの?」
「逆に丸ちゃんは嫌い? あのクマちゃん可愛いじゃん」
「別に嫌いじゃないが、好きでもないな。それより、だ。殺せ、と来たか……」
「信じるの? 丸ちゃん」
「まぁ、半信半疑といったところかな」
そんな会話をしていると、黒い球がガンッという音が鳴り球が展開され、その中身を晒す。
黒い球だったものが急に開いたことで、大体の人たちは黒い球の近くに歩み寄ってくる。丸も同様に近づく。
近づけばその中身が、中央に黒い銃の列と白い箱型のケースが詰まったサイドに分かれて物が詰まっているのだった。
「なんだよコレまじで銃じゃね? 結構重いし、本物だったりして」
「亮太~おれにも貸して!」
「ほかにもあるだろ、そっから取れよ~」
「ホントじゃん、いえ~い、かっけえ!」
大学生二人組が各々に黒い銃を取り出し、振り回して喜ぶ。
丸もその銃に興味があり、手に取ろうと思うが、
「男たちって、本当バカよね......丸ちゃんもそう思わない?」
「そうだねー。バカだよなーあいつら」
隣にいる佐里がそういったことで、丸は伸ばしかかっていた手を引っ込めた。丸だって男であり、男はああいうのが好きなのだ。女は男の気持ちが分からないのだろう。
だが今丸は女だと偽っている身……ラッキースケベの為には、今は童心を堪える必要がある!
なので丸は黒い銃ではなく、サイドに展開された白い箱型のケースを手に取る。
手にとってわかる。意外と想像してたより軽い。中身は軽いもの?
「それ何? 丸ちゃん」
「持ってみてよ、結構軽いよ」
「本当だ、意外に軽い。ねえ、これなんか名札付いてない? 名前書いてある……」
「マジか、俺らの名前書いてあんのか?」
「っぽいね、ほら月川丸って書いてあるよコレ。あっ、あたしのあった」
「センキュー。お、マジで俺の名前が書いてあるな」
佐里から丸は月川丸と書かれた白い箱型のケースを受け取る。丸がすでに持っていた安川修と名札に書かれたケースは戻しておく。
開くのか? と丸が考え、手探りでケースを触ってみると簡単にかちゃりと空いた。
ケースの中身は、折りたたまれた黒いスーツだった。所々にレンズ型の部品が付いており、どんな用途で使う服装なのかは分からない。
「コスプレ、か?」
「わぁ、これウェットスーツだよね?」
「そう見えるが、ちょっと違うな……佐里ちゃん着る?」
「えー嫌だよー、これ着たら多分体のライン分かるし、ほぼ裸みたいじゃない」
それがイイんだよ、と丸は心の中で返した。
思わぬラッキースケベチャンス到来だ。これを一緒に着よ、と二人で着れば女子大学生の裸を見ることができる。
そこで今まで黙り続けていた生徒会長の東森華凛が口を開いた。
「君たち、自己紹介が遅れたな。私は東森華凛。この部屋に
いきなり生徒会長である東森華凛が威厳を持って言い切った。
その容姿端麗な見た目と威厳のあるオーラがある故、その言葉に真実味が感じられる。
――これから君たちはミッションを行うことになる!
――黒い球――ガンツと呼ばれる物から支給されたスーツを着るんだ。
――それは君たちの命を守る代物だ。
そう言われ、すぐに納得し、行動に移せる人物が何人いるだろうか。現にその内容を聞いて呆然としているのがほとんどだ。
しかし、何の冗談だと一蹴する人物がいないのは、その生徒会長の真剣さが響いたのだ。彼女が本当のことを言っていると。これは彼女が持つ人間に話を聞かせる指導官や指揮官などの素質によるものなのかもしれない。
「俺は月川丸。なぁ、生徒会長。いや、東森華凛。それは、事実か?」
「事実だ。今から数分後、あるいは数十秒後、次の瞬間かもしれない。君はミッションの現場に転移され、そこで示された星人を倒すまでここには戻れない。当然ミッション中に死んだら、ここには戻ってこれない。事実上の死が訪れる」
「あんたはさっきから死ぬ死ぬ言ってるけど、俺たちがここへ来る前に死んだかもしれないって話はどうだ?」
丸と東森華凛の会話に付いてこれているのは誰一人としていないだろう。
いきなり会話し始めた二人に、周囲は困惑しているが、丸の最後の言葉で更に動揺が走る。
――俺たちがここへ来る前に死んだかもしれない。それは、ここにいる全員を含んでいたから。
「どういう事でしょうか? それは……私たちが死んだというのは」
「あんた……サラリーマンの。あんたも身に覚えがあるんだろ、バスでの交通事故。あんたもそのバスに乗車していたはずだ」
ネクタイをしっかり締めたスーツ姿のサラリーマン男性。四十の齢を超えているのか、頭髪には軽く白髪が混じっている。
今まで一度も言葉を発しなかったもう一人の人物だ。
「はい……確かに、私はあの時、気絶している運転手を見て……自分がその、ぶつかった瞬間を覚えてます……。ですが、死んだというのはあまりにもその……」
「現実的じゃないと、おっさんは言いたいわけだ。その通りさ。とても現実的じゃない。ここが夢なんじゃないかなって、俺も何度と考えた。この際、どっちだっていい。今は目の前のことを俺は信じる。あんたや他の奴らが信じようと信じまいが俺には関係ないね。それでも、そこの生徒会長の話は聞いた方が良いと思うぜ」
「そうですね……ありがとう、月川さん」
「べつにくんつけてもいいぜ、なんていったって俺はまだ高校生だからな」
「だったら、月川くんありがとう。私は安川修……と申します」
何故、安川修と名乗ったサラリーマン男性が丸に感謝をしたのかはしらない。
彼が実は今の状況に困っていて、現実と夢の区別もつかずに慌てていて、どの言葉を信じればいいのかも分からない中、指針を示してくれた丸に救われたのかもしれなかった。
「その問いに答えよう。月川丸君。私たちは一度死んだが、蘇った。ガンツと呼ばれるあの黒い球によって。もっと詳しい説明がしたいところだが、時間がない。君たちは今すぐにガンツスーツを着て、この中でも比較的扱いやすい黒い銃――Xガンを装備するんだ」
「Xガンってさー、この拳銃の奴?」
「そうだ。引き金が上下に2つあるが、上は対象物のロックオン、下がトリガーの射撃用だ。使い方は上で敵をロックオンしたのち、下の引き金を引く。それだけだ。効果が表れるまでは若干の時差がある」
「へ~。すっげえなこれ。まじもんかよ。なあなあ三ツ木今撃ったらどうなるんだろ!」
「吹っ飛ぶんじゃね?」
唐突に大学生二人組のうちの一人、金髪の方がXガンを手に取り、東森華凛の方へ構えた。
Xガン。東森華凛が言うには、本当に撃った対象にダメージを与える武器。それを人に向けて、金髪の男は下卑た笑みを口に浮かべる。
「おい、お前……めっちゃ可愛いし、良い体してるよな。これでお前のこと撃ったら、どうなる?」
「……辞めろとは言っておく。人に向けていいものじゃない」
「りょ、亮太。そうだよ、流石に……いきなりどうしたんだよ。不味いって」
「み、三ツ木。お前も構えろ。あんな可愛い子を好き放題にできるチャンスなんだぞ! それにオレたちは死んだって言われただろ! 三ツ木、お前も死んだ瞬間のことを覚えてるだろ! 首が吹っ飛んでぐちゃぐちゃになって!? ここはあの世の世界なんだよ! だから、ここで気持ちよくなったっていいだろうが!」
「……そ、そうだな、あの世なんだから法は破ってないよな」
流れは急転、二人からXガンを向けられている東森華凛。
すでに上のトリガーは引き、ロックオンは済ませてあるようだ。後は下のトリガーを押すだけ。
丸はこの状況下でどうするべきか考えていた。何かをすべきか、それともこのまま傍観を続けるか。言ってしまえば悪いが、このまま何もしなくても丸がどうにかされるわけではなかった。目の前の自分よりも年上の女の子が脅され、暴漢によって犯されるだけだ。
「お、お前! 死にたくないなら、黙って従え! 何、悪いようにはしない! 少し気持ちいことをな!」
「そうだあ! 亮太は本気で撃つ男だからな! 付き合いが長いおれには分かる! こいつは撃つ気でいる! だから、おとなしくしろっ」
「誰かを敵に回せば、ここじゃ生きていけない。君たちは冷静を欠いている。それは君たちの本質じゃない。人の本質じゃない。だから、こんなこと辞めないか」
こんな状況下でまだ二人のことを説得しようとしている華凛に、丸は本気で「すげえ奴だ」と思う。自分だったら撃たれるかもしれない事実に怯えるというのに。それとも、もう
丸はガンツスーツと呼ばれたあの黒いスーツのことを考えていた。命を守る代物だと言われて、ただの防刃、防弾な装備じゃないのは分かっている。何か、隠された機能があるのだ。強烈に防護性能に優れるとか……例えばXガンに撃たれても耐える仕様になっているとか。
この場を考えた連中が誰なのかは知らないが、Xガンが他の人に向かって撃たれる想定をしていないことがあるだろうか? 思想が危ない者の手に渡ったら、それこそ仲間内で全滅になる。共通の敵がありながら、そんなことをするなんて理解できないと設計者が考えていない可能性もあるが……それとも、そもそも打てない仕様か? いや、その線は華凛が少なくとも臨戦態勢に移っていることから除外。だったら、あの余裕は何だ?
そう、余裕。丸には彼女が余裕に見える。命を危険にさらされている奴のメンタルじゃない。
何かある。彼女には。この状況を一人で打破する方法。
丸であれば、一人で状況を打破できるだろうか。今であれば不可能。
なら
だが、この教室内に彼女の協力者がいるとは思えない。見渡す限り、いないのだ事実。
「オレのこと分かった気になってんじゃねえよ!? いいぜ、一発撃ってやるよ、犯すのはそれからでもいいしなあ!」
「――ッ」
「グはあッ!?」
亮太と呼ばれた金髪の男がトリガーを引き、ギュインというXガンの発射音が教室内に響き渡る。信じられないものを見る、華凛の目。
それと同じ瞬間。いや、少し前。
彼の背後に突然現れた黒スーツを全身に身に纏う老人の男が、彼を後方に吹っ飛ばしていた。
「華凛様、一言言ってくださればこんな輩早々に無力化できたでしょう」
「飯田……私は、彼らを信じたかったんだよ。まさか、本当に撃つとは……」
「それが、お嬢様の弱点ですな。――美徳でもある」
「助かったよ、飯田」
この場に現れた謎の闖入者、黒いスーツ姿の白髪老人はその言葉を華凛から聞くと微笑んだ。
――何者だ、こいつ。と丸は頭を回転させ、思考する。
あの場には確実にこんな男は存在していなかった。転移されて現れたのか?
だが、黒い球から光は発されなかったことからそれは違うと断定する。
であれば、急に現れた正体は……まるで透明人間のような。初めからそこにいて、透明だったなら説明が付く。
それに華凛と飯田と呼ばれた老人の話を聞く限り、飯田は華凛の指示を待っていたらしい。
それはいつでもあの男たちを無力化できたということ。それほどの強者。常人には動きが速すぎて視界に捉えることはできないだろう。丸には、後ろに投げ飛ばしていたことが分かるが。丸の動体視力が良いが故に見えることだ。
この間にも大学生二人組のもう一人三ツ木も無力化され、床に意識を失って寝転がっていた。
それは憐れに見えるが、現にXガンを持って人に向けていたのだから仕方がない。
だが、あの華凛の余裕はこれが理由だったのだと、丸は一人納得した。
「すまないな、こんな場面を見させてしまって。君たちには、こうならないようにしてほしい」
「そんなのしないよ、ここにいる他の人たちは。そうでしょみんな」
丸が他の者にそう語り掛けると、全員がうんうんと首を縦に何度も振るった。
残りの男は話ができそうな安川と男子小学生の子供だからだ。強いて言えばこの中で、丸が一番危ない候補なのだが、それは置いておこう。
「ってことで、みんなスーツ着ようぜ」
「そうだね……丸ちゃんどこで着る?」
「ここで、とか?」
「イヤ!」
「だよね。廊下とかは?」
「うん、それなら」
ということで、教室のドアを開け(鍵はかかってなかった)廊下に移動する丸と佐里。千春先生はというと、茫然自失となっており、受け答えができない状態だから置いてきた。本来なら着た方がいいという話だが、ラッキースケベの為にはあえて話しかけないで行こう。
「廊下に行けるならさ、他の教室も行けんじゃね?」
「空いたよ、扉。3-C」
「まじか。こういうのは普通閉じ込められた教室だけで、他はいけない仕様が普通なんだけどな。デスゲームものなら。まあ、いけるんだったら使わない理由もない」
元々いた教室が3-Dだと分かり、丸と佐里は3-Cの教室でスーツを着ることになった。
スーツを着るには、全身式なので一度全裸になる必要があり――佐里が何事もなく服を脱ぎだす。
丸は隣に下着状態の佐里がいるという中で、ラッキースケベに成功したのだと喜ぶ。
――ひゃっほい! 佐里ちゃん胸でっか! C以上はあんじゃね!? ケツでかいし、形エロすぎだろ!
「あれ、丸ちゃんは着ないの? 顔赤いけど大丈夫? 熱でもある?」
「い、いや……大丈夫。大丈夫じゃないけどとにかく大丈夫! どうやって着たらいいのかわからなくて! 一回佐里ちゃんの見ようかなって」
「なるほどね、いいよ見てて」
いいよ、見てて。そのような言葉が世界に存在したのだろうか。
丸は盛り上がる下半身を悟られないようにしながら、今から訪れる観音様を見上げることにした。
まずブラが外れぶるんと飛び出し、次にパンツを脱ぎ、何も着けていない下半身が露出する。
女子大学生の全裸を目の当たりにして、丸はありがとうございますと自然に頭を下げていた。
「ありがとう佐里ちゃん」
「うん、なんで?」
「いや、いてくれるだけで……そこにいてくれるだけで幸せっていうかさ」
「て、照れるじゃない。あたしも同じ女子の丸ちゃんがいてくれて良かったよ。あたし一人だったらきっと心が折れてたから」
「…………」
なんか純情な女の子を騙しているみたいで心がいたい丸であった。みたいじゃなくて本当に騙しているのだが。
がらがら。音がする。教室の扉を開ける音。
それは丸の後方から聞こえて、あぁ、詰んだと思った。
そろそろタイムリミットか。この観音様を拝む時間も。
後ろには、制服の上着で裸を隠している千春先生がそこに立っていた。
「な、なにやってるのよ!? そこで!」
「あ、あの何って、スーツに着替えて……千春さんも来たんですね。今あたしが先に着替えてて、これ結構きついですよ。体のラインぎりぎりに作ってあるみたいです」
「ち、違う! そんなことが言いたいんじゃない! 彼よ! 彼! なんでここに彼がいるの」
「彼? 彼とは?」
「だから、そこにいる月川丸! なんで月川君がここにいるんだって言ってるのよ!」
「それは……うん? 君? 月川君? 千春さん疑問に思ってたんですけど……丸ちゃんは女の子なので月川君はおかしいのでは?」
「は?」
「へ?」
互いに理解ができないといった顔をしながら二人は顔を見合わせている。
丸は佐里が真実にたどり着く前に、足掻こうとする。
「千春せんせーも一緒に着替えては? ケース持ってきてるんだよね?」
「こ、こいつ……」
「だから、早く」
「ぐ、ぐぐぐぐぐ……! 大丈夫よ、私……大丈夫だから。落ち着いて。仮にも教師でしょう」
「ちっ、ダメだったか」
「全部ダメよ!」
丸は逃走の構えに入る。ここはもはや修羅場と化すのは目に見えており、このままいれば鬼と成った二人から何をされるか分かったものではない。だから逃げるのだ。
「月川君は男よ」
「はい……?」
「月川君は男! れっきとした性別が男なの! 確かに容姿がまるで女の子だし、可愛いし、間違える気持ちもわかるけど! けど! 月川君は男なのよ!?」
「――うそ?」
「本当だから、ね」
「丸、ちゃん……いや、丸くん、と言った方が良いかな」
「あっ、ちゃんでも別に。ありがとうございました。お尻の形が特によかったですよ」
「ッ……」
丸は逃亡することを選らぶ。
それは誰がどう見ても、俊敏な動きだった。
プロ短距離走者顔負けのスタートダッシュを切った丸。
目指すのは、教室の外。ミッションが開始されるまでの間、転移されるまでの間逃げ続けるのが今の丸のミッションだ。
偶然その教室にあった武器ケースがふと視界に移り、中身を一瞥する。
収納されていた刀身のない柄だけの物。それを手に取って、走る。扉を開け、走る。
「に、逃げるなあああああ!」
「逃がすな!」
という叫ぶ声を無視し、丸は走りながら自分の視界が上から順に消えていくことに気づいた。
――これが転移ってやつか。二度目の。
おそらくミッションが始まったのだろう。助かったと言わざるを得ない。
後方から走ってくるスーツを着た佐里はなぜか人類が出せる速度を遥かに超えているし、やがて追いつかれるのだから。
だから助かったと、ガンツにこのミッションが終わった時、言おう。
「ありがとう、ガンツ」
その言葉を言い終えるや否や、丸の全身は廊下から消えた。