今まで遭遇したどの敵よりも巨大だ。赤竜すら小さく思える。 突如として、巨大なビルが湖から生えてきたかのような錯覚。その質量がもたらす威圧感に、丸は息を呑む。
「どうなってんだ……」
「つっきー牛尾先輩が戦ってる!」
巨腕が空を薙ぐ先で、小さな影が舞っていた。 飛行スーツで縦横無尽に宙を駆ける牛尾だ。彼女は水の巨人の猛攻を紙一重で掻いくぐり、紅く輝くガンツソードを一閃させた。 奔る斬撃。
巨人の腕が、根元から一刀両断される。 数トンはあろうかという水の塊が、爆音と共に湖へと崩れ落ちた。
「すげえッ! 斬ったぞ!」
「牛尾先輩すご~イ。やっぱり最強だからネ、牛尾先輩は」
だが、歓喜は一瞬で凍りついた。 切り離された肩口から、凄まじい勢いで水が噴出する。欠損した腕は、瞬く間に「再生」したのだ。 それだけではない。再生した腕は幾十もの細い枝状に分岐し、意思を持つ触手となって牛尾を包囲するように追いすがる。
「生えた? 再生能力もってやがる……」
「牛尾先輩ならなんとかなると思うけど、つっきー……ももたちも、見てる場合じゃないみたイ」
「……!」
湖面の死闘に目を奪われていたが、陸上でも火蓋は切って落とされていた。
十体の騎士。鱗に覆われた青い肌、鈍く光る鎧と兜。その手には、不気味に3つに分かれた三叉の矛。
その後方では、さらに巨躯の個体が腕を組み、冷徹な眼差しで戦況を俯瞰している。 丸は直感した。あれが今回のボス、ポセイドン星人の「王」だ。
「行くぞ、もも!」
「もちろん!」
駆け出した丸は、戦況を冷静に分析する。
前衛に四体、残りの六体は王を囲み、微動だにしない。 攻守の役割が明確な、軍隊のごとき統制。五味が懸念していた「知恵の回る敵」という言葉が、嫌なリアリティを持って脳裏をよぎる。
全員メンバーはまだ生存していた。
前線の木村、五味の二人を軸に、氷川が中距離から狙撃し、苺と鳴沢がXガンで応戦。
近くに来てみて、二体の騎士が殺されていることに気づく。
一体が円状に抉れた地面でぐちゃぐちゃになって潰れ、残りの一体が黒い矢に頭部を貫かれ絶命していた。
しかし、死んでいたのは敵だけではなかった。
丸は思わず、走るのを辞めて立ち止まる。
「……っ」
「どうしたの? つっきー……あ、死んでる……」
一人のガンツスーツを着た中年男性が、腹に穴を空けて大量の血液と共に倒れ伏していた。
丸が最初に指示をした二人の男性のうち、一人は湖に連れ去られ行方不明、もう一人は無残に腹を貫かれ死んでいた事実。
そのことに無性に腹が立ち、気分が悪くなる。
別に自分以外の他人がどうなろうが、死のうが何も思わないと思っていた。
だけど、もうすでに丸は一方的だったが言葉を交わしていて、説明下手でも曲りなりに助けようとした他人だ。
ももを助けず、あの場に残っていたら、この中年男性は死なずにすんでいたのだろうか。自分が助けられたらまだ生きていたのか?
――俺は、東森華凛じゃない。分かってる。分かってるけど……、それでも、助けたかった。
「俺……アイツに毒されたのか? こんなこと前までは思わなかったのに......」
「誰かが死ぬのなんて、ココじゃ当たり前だっテ、つっきー」
「そうだな……そういう場所だって、再認識したぜ……」
「でも、ももは、つっきーが、そんな
「――――」
桃に正面から目を見て言われて、丸は呆けたような変な顔をした。
「何、その顔?」
「いや……、俺がもっと強かったら、もしかしたらコイツも死ななかったのかなってさ、思ったんだ」
「そうかもしれないけど、そんなの大変じゃン。いくら強くても人がピンチになる度に、助けないといけないんだよネ?」
「そうだな……俺もそう思うぜ。でも、本気でそうしようとしてるバカに俺は会ったことがあるんだ。そいつにさ、俺、最強になるって言っちゃったんだよ。だから、俺、強くならないと」
「……惚気かナ?」
「どうしてそうなる? ほら、行くぞ。点数を稼がないといけないんだし」
「はいはーイ」
丸は、再び走り出す。
強くなるために、東森華凛に再開した時に少しだけ誇れるように。
===
苺は両手でXガンで握りしめ、前線で木村、五味が対峙している騎士を狙い定める。
一つ目のトリガーを押し二つ目を押そうとして、そのタイミングで射線に二人が入り発射トリガーを咄嗟にキャンセル。
「……はっ……は」
乱れる呼吸を必死に抑える。
ガンツのミッションは今回で五回目だ。五回も経験すれば、多少この戦場にも慣れてきている。
普段であればもっと冷静に敵を狙い打てたのかもしれない。
でも、今は。呼吸がままならず、焦燥感で頭がいっぱいだ。
思い出すのは、触手に連れ去られた親友の姿。
「桃……」
その直後に、助けに向かった少年月川丸に続き、自分も向かいたかったが触手に対処するばかりで無理だった。
あの少年は何本もの触手を避け、切り裂きながら、湖の中へと突っ込んだ。
その俊敏な動きに驚いた。自分では不可能だと思ったから。
あの少年は今回が初めてなのではないか? なのに、何故あんなに動ける?
疑問と嫉妬が頭の中をぐるぐるする。
男のくせに。
それはそれとして、今頃少年が桃を助けてくれることに、期待する。
じゃないと、苺は今戦う気力を消失する。
桃が隣にいなければ、まともに戦えない自分を呪う。
せめて、戻ってきて桃。と、頭の中で考えている最中。
「苺さん、逃げて!」
鳴沢の叫び声に、心臓が跳ねた。 振り返れば、三体の騎士が肉薄していた。
木村たちとの連携を断ち切り、後衛を狙い撃ちにしてきたのだ。
(ヤバい、死ぬ――!)
「当たれっ!」
ギョーン! と青い光が虚空を照らすが、動揺した弾道は敵の肩をかすめるに留まる。 目前に迫る三叉槍。
ガンツスーツは衝撃には強いが、一点に力が集中する「貫通」や「斬撃」には脆弱だ。 死のイメージが、網膜に張り付く。
――私、死ぬの? 嫌だ、動け、動け!
だが、苺の足は恐怖で震えて望み通り動かない。
「――ぁ……」
(桃、ごめん……私、ここで――)
苺は目を閉じようとした、その時。
三叉槍と苺の間に割り込んだ影。
髪がボサボサで、女子と間違えそうな見た目の男の子。
月川丸。今日ガンツに来たばかりの新入り。
男は皆、信用がなくて下心満載で、ミッションでは役に立たずに死にゆくものだと思っていた。
彼もまた、同じ類だ。
そのはずなのに、
その少年が、真上から現れて、三叉槍を踵で撃ち落とす。
「え?」
「――ウぉおおおお!」
そして、同時に三体の騎士を伸ばした黒い刀身で横一文字一刀両断せしめる。
切り分たれた胴体から鮮血が噴射し、そのシャワーを苺は浴びながら、驚愕していた。
「嘘……」
「大丈夫か? 苺」
振り返り、心配の声をかけてくる丸の姿。
当たり前、みたいな顔をしている。人間離れした今の一撃をしといて、それを当然だと。
自分よりも強い。この少年――月川丸は。
それを認めたくなくて、自身が救われたことを棚上げにして、苺は口を開く。
「ほんとムカつく……」
===
「はあ? 助けてやったのに酷すぎんだろ」
どうやら丸はこの少女に嫌われているようだ。苺に丸が何かした覚えはない――いや、1つだけあった。みんなのいる前でオナニーをしたこと。あれのせいだろう、十中八九。嫌われるのも無理はないか。最近の女子はセクハラに厳しいし。
「いちご! 大丈夫!?」
「苺さん、大丈夫ですか?」
「桃……! そっちこそ、無事!?」
「大丈夫だよ、つっきーが助けてくれたかラ」
「そう……良かった。鳴沢さんも、心配かけてすみません」
「いいんですよ」
そこに合流してくる桃と鳴沢ママ。
そちらの二人には、特段嫌な顔をしていないので嫌われているのはやはり丸だけ。
男という生き物は辛い。いや、モテる男はこういう時に、嫌な顔なんてされないんじゃないか。丸は密かに切ない思いに駆られた。
「!?」
ドン! という激しく鈍い音が聞こえ、丸はそちらに顔を向けた。
前線にいる木村がH字型のZガンを敵に向けた体制で立っている。その先には、円状にひしゃげた地面があり、血溜まりがそこに出来ていた。
そこにもう一体の敵が三叉槍を投擲しようとするが、その前に木村が余裕を持ってそちらに銃口を向ける。
「甘いじゃん」
キュイイイという高音を鳴らしたZガン。騎士の真上から、円状の圧のようなものが、降り注ぐ。
ドン!
その圧に潰され、一瞬で兜の上から頭ごと潰す。爆発に似た早さで肉塊になる騎士。
そうして地面には円状のクレーターと血溜まりが残った。
「あれが、Zガンか……強え」
それを見た一体が更に向かおうとするが、五味が横からガンツソードで袈裟斬りに薙いだ。倒れ伏す騎士。
隙ができた五味を追いかけて、三叉槍を突く残りの一体を、氷室がガンツボウで射抜いた。
この一瞬の間で続け様に四体を殺した、連携力に単純な武器の強さ、戦闘力。
これが山梨チームの実力。
丸がいなくても、このチームは今回のミッションをクリア出来る。そう思わせる。
残り三体の騎士とボスのみ。レーダーの光点は残り四つ。奴らを倒せばミッションが終わる。
今ならボスの守備は手薄。
丸が走り出そうとしたその時、
未だ腕を組んでいるボスの真後ろの空間が歪み、景色が濁る。ばちばちと光る電気と共に現れた黒い重装備(ガンツスーツを巨大化した)ものが、両掌をボスの背中に向けている。
パアッという音がした次の刹那、掌から光線が発生。その
「あれも、武器か!?」
爆発した直後、
跡形も無く消えた騎士三体と、穴だらけになったボスが残されていた。
「絵里沙、遅いじゃん」
「しょうがないじゃない、ステルスで身を潜めて、ハードスーツのチャージレーザーで奇襲した方が楽なんだもの。まあ、貴方達が雑魚を減らしてくれたおかげで近付けたから、よくやったと褒めておきましょうか」
ハードスーツを着た絵里沙が、木村と話しつつ、丸達の方に歩いてくる。
もはや死んだボスのことを見ていない。
「丸、どう? 驚いたでしょう? ハードスーツといって、100点のクリア報酬で貰える装備よ。耐久性もパワーも通常のスーツよりずば抜けているの。分かる? 圧倒的ってこと」
「絵里沙、か。今までどこに隠れてたんだ? 流石に俺でも分かるぜ、それがすげー物なんだってことくらい。それくれよ」
「他人のスーツは、他の人が着ても使えないの。知らないのかしら? まあいいわ、今回のミッションは終わったことだし、話は終わってから――」
「――絵里沙避けろッ!」
丸だけが感じていた直感。この戦場はまだ終わってないこと。だからこそ、違和感に気づいた。
絵里沙に知らせるが、
しかし、遅かった。
透明の刃が、ハードスーツを、縦に切断した。
同時か、それよりも少し前か、ハードスーツから大量の煙が上がる。
その煙幕で視界が悪くなり、状況が掴めない。
「――緊急脱出装置がなかったら、危なかったわ」
「絵里沙? 生きてたのか!?」
ガンツスーツ姿の絵里沙が、丸の前に現れ、冷や汗を額から流している。
「丸、褒めてあげるわ。今のがなかったら、死んでたかもしれないもの……、トドメを怠った私の落ち度ね」
「敵はまだ生きてるみたいだな……」
「そうみたいね、私は一旦体制を立て直すわ。今回の敵は少し厄介そうだし」
「おい! 俺も消えたいんだけど……操作忘れたしな……」
絵里沙はコントローラーを操作し、周波数を合わせ、スーツをステルス化する。丸は姿が見えなくなった絵里沙を諦め、ボスの方を見た。
「……どいつもこいつも再生能力持ちやがって、クソ」
無傷のままのボスが巨大な三叉槍を持って立っている。
その三叉槍をトンと地面に叩くと、それに合わせて湖から大量の水が空中に浮かんで流れていく。
「何してるのかナ、これつっきー……止めた方がいい!?」
「止めるって言っても、どうするんだ!?」
その水の塊が、辺りを覆い囲むように広がり、円状のドームを作って丸達の逃げ道を塞いだ。
「ふざけるんじゃないわよ!? これじゃ、離脱できないわ!」
透明の絵里沙の声がどこからか聞こえて煩く叫んでいる。逃げられなかったことに腹を立てているのか。
一つの水で出来たドームの中に、丸、桃、苺、絵里沙、木村、五味、氷室、鳴沢の八名が閉じ込められてしまう。
対峙するのは、一体のポセイドン星人。
それを守っていた騎士よりも、存在感の質が違う。ボスとして圧倒的な格。
そうだ、赤竜と似た気配。
強者の感覚。
奴はそれを持っている。
「オヨギナサイ」
「何だそれ意味不明だっつーの。けど、分かりやすくなったじゃねえか、逃げられないなら、アイツを倒せばそれで終わりだ」
丸は一歩、踏み込んだ。
――それが、ガンツだろ。