一切の迷いなく走り出した丸が目指すのは、ポセイドン星人の王。
一直線の最短コース。右手のガンツソードを構え、刀身を三メートルに伸長する。 狙いは、一撃必殺。 スーツの補助能力を限界まで引き出し、爆発的な加速で肉薄する。渾身の力を込めた逆袈裟斬り――。
だが、その刃が届くより早く、王は手にした三叉槍で
直後、真横から凄まじい圧力が丸を襲う。 視界の端で捉えたのは、円柱状に迫る巨大な水塊。
「グッ!?」
木の葉のように吹き飛ばされた先には、ドームの壁が迫っていた。
超高圧で高速回転する水の壁。それは丸に、巨大な
空中に投げ出された体は、慣性を拒めない。 死ぬ。ぐちゃぐちゃのミンチにされて、文字通り消される。
生き返らせてくれる
「つっきー!」
「分かってるッ!」
桃の悲鳴が、凍りついた思考を叩き起こす。
死ねない。まだ、死ぬわけにはいかない。
丸は振り上げた剣を、あらん限りの力で地面に突き立てた。刀身をあえて深く沈め、凄まじい火花と衝撃を撒き散らしながら強引に 減速する。
壁まで、わずか二センチ。 爪先が死の境界線に触れる寸前で、丸の体は止まった。
「あぶ、ねえ……っ」
全身から嫌な汗が噴き出す。
一秒、いやコンマ数秒でも判断が遅れていれば、自分は今ごろ肉片に変わっていた。この水獄に閉じ込められた以上、場外は即死。 その上、相手は水を意のままに操る異能の主だ。
「オヨギナサイ、オヨギナサイ」
ケラケラと嘲笑う王の声に、総毛立つ。護衛がいるから王単体は脆弱だと思っていたが、逆だ。むしろ、王一人で十分なのだ。
その余裕が、圧倒的な強者の威圧感となって丸を侵食する。
絵理沙の奇襲ですら仕留めきれなかった。自分たちは、取り返しのつかないチャンスを逃したのではないか。
制限時間は残り一時間半。
時間はあっても、命が足りない。
「案外厄介そうじゃん。でも、これは耐えられるか?」
「Zガン……!」
木村がZガンを王に照準。ダブルトリガーを同時に絞る。――キュイイイ! 王の頭上から不可視の超圧力が降り注ぎ、地ごと圧壊させる。 削り取られたクレーター。そこに王の赤い血が溢れ出し、肉塊すら残さぬ平らな跡へと変えた。
勝った。誰もがそう確信した瞬間、クレーターに周囲の水が吸い寄せられるように流れ込む。
王の体は、まるで巻き戻し再生のように再構成されていった。
五秒と経たず、王は何事もなかったかのようにその場に立っていた。
「やっぱり、再生能力で倒せねえ……どうすりゃいいんだ……」
あそこまで身体を圧し潰しても再生するのなら王は不死となる。
仮に先ほど丸がガンツソードで切っても、王は死ななかった可能性が高い。それにZガンより大きなダメージをガンツソードは出せないのだ。
倒せない……それが丸の脳内を埋め尽くし、絶望がじわじわと精神を汚染する。
「心配するな丸、完全無敵なんていねーよ。再生が追いつかないほどブチ込めばいいだけじゃん!」
木村が狂った勢いでZガンを連射する。
超圧殺のスタンプが幾重にも重なり、王を容赦なく地中へ沈め、磨り潰し続ける。
轟音が鼓膜を震わせ、周囲は
「嘘じゃん……」
「マジかよ……」
だが、それでも水は集まり、骨を作り、肉を編み上げる。
数秒後、王は
「つっきー……これ勝てるの? ももたち、終わりなのかナ?」
「……そうかもな。勝てるイメージが、一ミリも湧かねえ」
「オヨギナサイ」
意味不明の言葉を使って、王は嘲笑を浮かべる。
王は三叉槍をくるくると回して天に掲げ、再び地面を叩いた。
次の瞬間、周囲のドームから無数の高速水槍が、王を中心に放射状に放たれる。
「ッ!?」
反射的に致命傷だけは防ごうと剣を振るうが、全ては間に合わない。肩と右足を貫かれ、激痛が脳を焼く。丸は崩れ落ちそうになる膝を、ガンツソードを杖にして必死に支えた。
視界の先は、地獄だった。
木村は頭部の一部を欠損。五味は片腕を失い、氷室は脇腹を抉られている。苺と桃が無傷だったのは、彼女たちの前で鳴沢が盾となって立ち尽くしていたからだった。胸を大きく貫かれたまま、鳴沢は動かない。ビリビリと雷光を点滅させ、片耳を失い、血塗れになった絵理沙が最後の一人として姿を現した。
「――うっ、……なんだよ……これ……」
込み上げる吐き気を堪え、丸は惨状を見つめる。
「……最悪な状況ね、まさか無差別に攻撃するなんて、自分諸共……再生能力持ちにしかできない芸当だわ」
絵理沙の言葉通り、王の体も自らの槍で貫かれている。だが、その傷はすでに塞がり始めていた。
「鳴沢さん! なんでももたちを庇ったノ!?」
「どうして……そんなこと……」
悲痛な顔をした苺と桃が彼女の背中を支える。
傷口を塞ごうとする手の間から、止まることのない鮮血が溢れ出す。
「何でって……いるんですよ、ゴボ……ゴホ、私の子供も、同じような年ごろですから……母親として……体が勝手に……」
「鳴沢さん……」
「っ……だからって、あなたが死んでいい訳ないのに......」
間違いなく致命傷だ。瞳から急速に光が失われていく。
彼女は、苦痛の中でも微笑んでいた。
「ママ……って、結局あんまり呼べなかったな」
「いいんですよ……。月川さん……貴方が、この子たちを……救っ――」
その一言を残し、彼女の瞳から光が完全に消えた。
最後に託されたのは、「救ってください」という願いだったのか。
丸が救う。
不死身の相手を倒して、苺と桃を。
敵を倒して、ミッションを終わらせる。
山梨チームとは出会ったばかりで、思い出など何もない。けれど、丸はもっと彼女と話したかった。膝枕をしてほしかった。褒めてほしかった。
そんな下心混じりの、けれど純粋な憤怒が丸を突き動かす。
「お前……ママを殺したな? 許さねえ……」
木村も五味も氷室も致命傷と呼べるほどの傷を負っている。
時期に出血大量で鳴沢と同じく死ぬ。
だから、その前に殺さないといけない。
目の前で口角を吊り上げて嗤っている、敵を。
「オヨギナサイ、オヨギナサイ」
笑う王を、丸もまた笑い返す。
ガンツなんて所詮こんなものだ。死ぬ時は死ぬ。ならば、殺すだけだ。
「つっきー……! ダメだよ、勝てないよアイツに!」
「そんなの分からないだろ、勝てるかもしれない」
「つっきー! 死なないで! 辞めて!」
「勝つんだよ、そう決めた。それに俺は死ぬ気なんてない。強くなって、強い装備を貰って、最強になるんだ」
重い足取りで歩き出した丸の前に、片腕を失った五味が立ちはだかる。
「あの敵を倒せたらご褒美に『いいこと』してあげるわよ……坊や」
「いいこと? そりゃいい」
「だから、期待してるわね……私も、本気を出すから。坊やも頑張りなさいよ」
「……いいことってのは、本気なんだな? 俺がアイツを倒せたら、マジで頼むぜ」
「あはは、その調子よ……」
今、戦意を失わずに動けるのは、丸、五味、絵理沙の三人のみ。
「丸、牛尾が来るまで、時間を稼ぎなさい」
「絵理沙、お前は戦わないのか?」
「守りの専念をしていた方がマシだと分からないの? あの敵は、100点級よ。湖という有利なフィールドが、奴を更に強化している。おそらく再生能力は、近くに水がなければ発動しないはず。何かしらのギミックがあるのが、100点の強さ。だから、私は牛尾が来るまで耐える」
「……分かった。水がなければアイツを倒せるんだな。だったら、それまで攻撃し続けて時間を稼ぐ」
「……怖くないの貴方? おそらく攻撃すれば、あなたが死ぬ確率は相当高いわよ」
「――知らねえよ、そんなの」
「はあ? 何よ、あの子……」
丸は地を蹴った。
蛇行し、水槍を回避しながら王の懐へ。
左手でXガンを装備し、右手でガンツソードを握りしめる。
肩と右足の傷が深く、動くたびに出血するが関係ない。
その丸に向かって、更に複数の水槍が飛来するが、加速することで躱す。
ギョーン! ギョーン! ギョーン!
Xガンを連射し、王にけん制する。まともに当たったのは下半身に一発だけ。
丸の後ろに追尾する円柱の水塊が、押し寄せてくる。
「邪魔ッ!」
前を見ながらガンツソードで即座に斬り、追尾を断つ。
突き進む。水槍を避け、王の前にたどり着く。だが、突如として王の前に発生した水の壁が立ちふさがる。
それどころか、丸を覆うように全方位に壁が立ち、天井が作られた。
閉鎖空間。水で出来た小さな箱の中、丸はどうしたもんかと頭を悩ませる。
「まずいな」
数回の斬撃を与えるも、その度水の箱は作り直される。修復速度が異常に早い。
箱は徐々に収縮し、丸はついに水中に飲み込まれた。
息を止め、水中越しに王を見て、その顔が醜く嗤っていた。
身動きが取れないまま、窒息死させる狙いらしい。
動いていた分、肺の中の酸素が薄く、すぐに丸は息の限界がきた。
「カハ……!」
肺が焼ける。王に届く前に、溺死する。
浮かされた体には踏ん張る地面もない。万事休すか――否。
丸は左手のXガンを、自分自身の腹部に向けた。スーツの耐久性なら、至近距離の衝撃波にも耐えられるはずだ。
――ギョーン!
一拍遅れて放たれた衝撃波が丸を突き飛ばす。狙い通り、衝撃を推進力に変えて水箱を突き破り、地面を転がった。
「はっ、はぁ!……死ぬかと思ったぜ」
意外そうに目を剥く王を見据え、丸は再び爆発的に踏み込んだ。スーツ最大出力。王すら反応しきれない高速。
――今に見とけ、クソ野郎。
「――喰らえッ!」
真上から、王の口内にガンツソードを突き刺し、地面まで縫い付ける。ゼロ距離。Xガンの乱射。
ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン!
王の体が内側から破裂し、肉片が飛び散る。
頭、首、胸、腹。再生の暇を与えず、丸は叫びながらトリガーを引き続けた。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねェ!」
一分近く続いた連射。
だが、唐突に音が止まった。Xガンの銃口から、青い光が消える。
「何でだよ! 出ろ! 動けよ!」
故障か、あるいはオーバーヒート。
その隙を見逃さず、王の肉体が膨れ上がるように再生を始めた。
「Xガンが壊れた! 誰か、撃てッ!」
五味が慌てて構えるが、王の怒りがそれを上回った。三叉槍が叩きつけられ、これまでにない規模の水槍が形成される。
絶体絶命。誰もが終わりを覚悟したその時――。
「!?」
水のドームが、巨大な
崩れ去る水のカーテン。その向こう側。
赤く輝くガンツソードを振り抜いたまま、空中を翔ける少女の姿。
「牛尾……!」
「――二匹目を倒すのに、遅れた」