窮地に現れた牛尾が水のドームを断ち切り、王の猛攻が遮断された。
視界が開け、静まり返った河口湖の全貌が月光の下に晒される。
「牛尾! ナイスタイミングだ! 助かったぜ!」
「…………」
「無視かよ」
ガッツポーズを作る丸を置き去りに、牛尾は空を駆ける。その瞳が捉えるのは「王」ただ一体。一瞬で肉薄し、赤光する剣でその胴を薙いだ。
王の身体が爆散し、下半身が消失する。しかし、湖から飛来した水塊がその断面を包み込み、瞬時に肉体を再構成していく。
「ダメだ、牛尾! ソイツは水がある限り、無限に再生しやがる!」
「……再生……水」
王は再生したばかりの足で着地すると、三叉槍を地面に叩きつけた。
直後、湖面から無数の水槍が生成され、弾丸のごとき速度で放たれる。避ける隙間など微塵もない、数百の殺意。一つが一殺の威力を秘めた、回避不能の必殺範囲攻撃。
「――ッ、牛尾ォ!」
「迎撃する……」
牛尾は迷わず赤いガンツソードを振り抜いた。
刃から放たれたのは、巨大な
「お前……強いな……マジですげえよ、牛尾」
武器の威力もさることながら、丸が震えたのは彼女の精神だ。
敵を前にして一分の隙もなく、勝利を疑わない絶対強者のオーラ。おそらくあの武器も、幾多の死線を越えて得たクリア報酬なのだろう。三度目の戦いに過ぎない自分とは、積んできた経験値が違いすぎる。
独り戦い続ける彼女の背中を見ていると、胸の奥が熱く、痛く、疼いた――俺は弱い。スーツを着て、少しは強くなったつもりでいた。アイツらみたいになれるって、浮かれていた。
だが、ここは戦場だ。容易く命が、盤面が、プライドがひっくり返る場所。
牛尾は死角からの水槍に肩を貫かれながらも、眉1つ動かさず王を斬り伏せていく。あの傲慢だった王が、今や明確な
「わかるでしょう、丸? あれが『本物』よ」
傍らで絵理沙が冷徹に告げる。
「私達とは土俵が違う。あの子は機械的で、自らの死すら計算に入れていない。狂戦士……前に言ったはずよ、あの子は壊れているの」
「……ああ、意味がわかったよ。次元が違う。俺が見てきた中で、間違いなく最強だ」
丸はそこで一度言葉を切り、不敵に笑った。
「――でもさ、絵理沙。それとこれとは話が別なんだよ。あの子が強いからって、ここで指くわえて見てるなんて、そんなの真っ平だ」
「何を言ってるの? あの子が戦えば勝てる。貴方が行っても戦況は変わらない、無意味よ」
「かもな……俺が行ったところで、むしろついていけないで死ぬかもな。分かってる。それでも、今、こうして見てるだけってのは、違うんだ。絵理沙、俺は、強くなりてえ……アイツが戦って傷ついて、それに何も思ってないなんて俺は、思わねえ。可愛い女の子が、目の前で戦ってて、カッコいいところ見せたいんだよ」
「理解できないわ……貴方のこと……。かっこいい……? それに何の意味があるの? そんなことに、命を懸けるメリットはあるのかしら?」
「はっ、メリットか……あるぜ、カッコいいって思われたら、エッチなことしてくれるかもしれないだろ」
呆れ果てた表情を浮かべる絵理沙に、丸は腰を落とし、男の身勝手な笑みを返す。
理解してもらう必要はない。自分が納得できればそれでいい。迷いは、もう消えた。弱いなら、足掻けばいい。
――牛尾、お前を独りにはさせない。ここに、俺がいるんだ!
足から滴り落ちる血を無視し、地面を爆ぜさせる。全速力の視界が歪む。右足のスーツがぎちぎちと筋肉繊維を盛り上げ、弾丸のように宙を舞った。
王が牛尾に押されているその絶好機に、手ぶらの乱入者が割り込む。
それに、王の顔が驚愕に歪む。「何故、弱者がここにいる?」と。
牛尾の瞳が揺れる。「何故、来たの?」という純粋な問い。
丸はそれらに、不敵な笑みで答えた。
牛尾の背後、死角から迫る王の円柱状の水塊を蹴り飛ばす。そのまま火花を散らしながら地面をスライディングし、王の股下へ。
「うぉオオオオオッ!」
潜りざま、丸は両腕で王の片足をガッチリと抱え込んだ。
踵を支点に、全身を
「牛尾! 飛べェ!」
「――――」
穴の空いた肩から鮮血が噴き出す。脳を焼くような激痛。
スーツは限界を超えたオーバー出力を告げ、ジョイントから透明な液体が溢れ出すが、構わない。
丸は咆哮とともに、王の巨体を夜空へと放り投げた。全身全霊の投擲。その先――上空。赤光を放つガンツソードを構えた牛尾が、力を溜めていた。
肥大化した刃が放つ輝きは、漆黒の夜空に太陽を現出させたかのよう。その
だが、王は最後の足掻きとして三叉槍を構えた。無防備な少女を貫こうとする必殺の投擲。牛尾は、それでも構えを解かない。相打ち覚悟、敵を殺し切るための選択。
「させねえッ!」
地上から丸が予備のガンツソードを投げつける。空中で二つの刃が激突し、三叉槍の軌道が僅かに逸れた。槍は牛尾の頬をかすめ、虚空を突く。
刹那。赤い巨大剣が完成する。牛尾はスーツの全パワーを乗せ、その光を振り下ろす。
「――ハアッ!」
夜を切り裂く一筋の赤。放たれた斬撃は王を貫き、体内の水分ごと、存在のすべてを蒸発させた。
静寂が戻る。再生はない。王の消滅を確認し、地面に大の字になった丸は安堵の息を吐いた。
ゆっくりと降りてくる牛尾に、丸は力なく拳を突き出す。
牛尾は、見たこともないような困惑の表情で、丸を見下ろした。
「……どうして?」
「はっ、何がだ? 勝ったな! 牛尾! よくやってくれた!」
そう言って、満面の笑みで起き上がって丸は牛尾に手を差し出した。
牛尾は、その手を握らず、動揺する。
「握手、だ。分かるだろ? な、勝ったんだからな」
「……握手……?」
「だから、こうだって!」
「……!」
丸は牛尾の手を取って、強制的に握手をした。
そんな彼女の目が、震える。困っているようだ。
「お前がいなかったらさ、俺死んでたから、ありがとうって意味だよ」
「……ありがとう……? ――どうして、来たの? さっき……」
「あー……迷惑だったか? 牛尾一人だけでも倒せたか?」
「いや……被害は最小に抑えられたから……いらないわけじゃない……何で、来たのか、知りたい」
「せっかく、可愛い顔してるんだから傷ついたら嫌だろ。それだけだ」
「それだけ――?」
「おう」
丸のあまりに単純な答えに、牛尾の仮面が崩れた。
鉄の無表情に、さざ波のような柔らかさが宿る。
「お前、笑うと可愛いじゃん。いつもそうしたらいいのに。あっ、でも俺以外の男にモテるのは困るからやっぱダメ!」
「……転送」
「あ、始まったか、転送。やっと終わったのか、今回は流石に諦めかけたぜ。だけど、なんとかなるもんだな。やっぱお前がいてくれて助かったわ」
丸の身体が光線で徐々に消えていく。
丸は振り返る。倒れていたメンバーたちも続々と転送が始まっていた。
転送が完了する直前、もう一度牛尾を見て、手を振るう。
「またな」
「……うん」
そして、視界が別の場所に切り替わる。
そこは、狭い個室だった。
白い壁に、尻に固い感触。
トイレの個室の中、丸は便座に座っていた。
「はあ? 何で……ここなんだ?」
かすり傷1つない身体と転送される前の私服姿の下にガンツスーツを着た格好。
そのガンツスーツから、コントローラーが起動し、四角い光の画面が宙に浮かび上がる。
【月川丸:24点。残り76点で終了】
という文字が書いてある。
それはミッション終了時の点数配分であり、ガンツからのメッセージだった。
「まあいっか、戻るの手間が省けたし。それに、後76点か……結構稼げたな。アイツらに別れの挨拶言えないの悲しいけど、仕方ないよな……よし、行こう」
丸は個室を出て、駅内に戻った。
人混みの中を縫って歩いていく。
「ありがとう、山梨チーム。またな」
一人独り言ちて、丸は雑踏の中へ消えていった。
===
黒い球が中央にある旅館の一室に、続々とメンバーが転送されていた。
苺、桃、木村、五味、氷室、絵理沙、最後に牛尾が姿を現す。
それを見た桃が、違和感に気づく。
自分を救ってくれた、たった一人の少年がいないことを。
ぼさぼさの髪に少年にしては可愛い顔。
月川丸が、転送されてこないことを知る。
「つっきー……? つっきーは!? 何でいないノ!? つっきー!?」
まさか、と考えたくない予想を考え、桃の顔が絶望に染まっていく。
しかし、絵理沙が震える桃の肩を優しく触る。
「丸は、本来外部の人間よ。今回は、例外だったから、元居た場所に転送されただけ。だから、心配しなくていいわ」
「梶原先輩……ほんとう?」
「ほら見なさい」
【月川丸:24点。残り76点で終了】
黒い球の前面に映っている画面に、そう書いてある。
それを見て、力が抜けたように桃が畳の床に腰を落とす。
「何だ、よかった……つっきー……でも、もう会えないのかナ」
「桃……いいじゃん、あんな奴と別に会わなくて」
「いちご……なんでそんなこと言うノ? いちごだって、つっきーに助けてもらったよネ?」
「そうだけど……、ううん、ごめん……桃……」
「いいんだヨ、素直になってくれれば。つっきーがいなかったら、もも達死んでたもン。だから、ありがとうって、言いたかったのに......」
一人の少年が齎した活躍は、山梨チームメンバーの胸の中にそれぞれ違う思いはありながら、たった一つのことは全員共通してあった。それは、少年がいないことに寂しさを感じること。
「――また、会える……」
「牛尾先輩……? 今、何テ?」
「……また会える、だって、『またな』って言ってた……から……」
「牛尾先輩……うん、そうだよネ。また会えるよネ!」
珍しく、自分の意見を言う牛尾の姿に皆が驚きつつも、それだけ月川丸の存在が山梨チームの中で大きかったことを思い知る。
今日来たばかりの新入りは、変わっていて、でもみんなを救っていった。
桃は、いつかまた再開することを信じて、笑った。
そして、牛尾もまた、言われなければ気づかないほどの笑みを浮かべた。