33「土産」
「なあ、これって本当はもう死んでて孵化しないんじゃ?」
一人そう独り言をこぼす。
分厚い布団を頭まで被って、暗い視界の中、丸は気怠そうな表情で見つめていた。
灰色の殻に、赤色の模様が混ざった人間の頭ほどある大きさの卵を。
丸は2回目のミッション時に偶然見つけた赤竜の卵。二つのうち、一つは割れていて駄目になっていたが、もう1つはまだ見た目的には大丈夫だと判断して、つい先日山梨まで行ってこの卵を手に入れてきたのだ。山梨県の富士の樹海である。
ミッションを行っていた時には気づかなかったが、後で刈谷に聞いた結果、富士の樹海だと特定出来た。刈谷って男は全く凄い探偵だと丸自身は思う。しかし、刈谷赤という探偵は貧乏探偵らしく、依頼も迷子探しや浮気の調査などといった名探偵というものからかけ離れた地味な仕事をしているのだとか。
「……確か財布の中身は500円玉一つだったな、どうやって生きてるんだよアイツ」
赤髪の探偵のことを思いだし、笑う。
それでも、あの探偵の事を少しだけ信頼している。二回目のミッションはかなり助けられた。
ピンポーン。
山梨県に行った時は、何故か山梨チームのミッションに呼ばれてしまったが、あれは災難だった。いや、エロいお姉さん達に会えたから許すとしよう。また会いたい。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
ずっと体温と布団の中で温め続けているこのドラゴンの卵は、一向に孵化するそぶりを見せない。こうやって温め続けてもはや三日立つというのに。
本当にこの卵が孵化して生まれた時、ガンツが許してくれるのか。少しだけ考えたが、ミッションはもう終わってこの卵が見逃されている以上、おそらく大丈夫なのだろう。卵だからミッションの全滅条件に含まれていなかったのか、それとももう死んでいるから?
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピン——
「うるせえッ! さっきからピンポーン連打してるの誰だよこんな時間に!」
丸は額に青筋を立てながら布団から飛び出て、一階に駆け下り、玄関の扉を押し開く。
定期新聞か、オンライン通販の配達か、それとも迷惑な怪しい宗教の勧誘か。
一体だれが、こんな朝っぱらからピンポン連打を——と、そこにいたのは、制服を着たショートカットヘアの少女。渡辺愛。丸の幼馴染。
「何だよ、まな板か」
「まな板? 殴るわよ。丸、三日間も学校サボって何してたのよ!」
「何でサボってるの前提なんだよ。まあ、サボってるんだけどな。そんなの俺の勝手だろーが」
「心配したじゃない! 丸、前も……怪我してたし、今は元気みたいだけど。私……に、なんか隠してることない?」
隠してること。
あるぜ。ガンツ。GANTZ。それに呼ばれて化け物達と戦ってる。死にかけたこともある。
そう説明出来たら、楽だ。だけど、出来ない。
『月川、絶対に一般人の前でガンツに関することや、スーツ、武器などを悟られてはいけない。もし悟られた場合、頭が爆発して死ぬ』
華凛の約束が頭を過る。
丸がいくら説明したくても、出来ない理由がある。
ガンツは秘匿しないと、丸が死ぬ。
——愛。悪いけど、言えねえ。
「なんもねえよ、隠してることなんか」
「嘘。丸、嘘つき斜め上見るもん。ずっと丸と一緒にいた私が分からないはずないでしょう? 丸、言えないこと……大丈夫だよ、私を少しくらい信じてよ」
「だから、何もないって! まあ、隠してるエロ本とか、あるけど……それを見せても愛、嬉しくないだろ」
「……うん。分かった。今は、それで納得しておく。でもね、丸、覚えてて、私はいつでも丸の相談に乗るから」
愛は真面目な顔をして、丸の目を見てそう言った。
どうして自分をこんなに気にかけてくれるのか、丸には分からない。幼馴染だから? 長い仲だから? もしかしてコイツ俺のこと好きだったりして。まさか。ありえない。俺もコイツのことを異性として見られない。胸もまな板だし。あの貧乳じゃパイズリも満足にできない。
「丸、今変なこと考えてる顔してる。部屋もどうせ汚いんでしょ、中いれて。片づける」
「おい! 勝手に入るなよ! だ、ダメ! 入るな!」
「どうしてよ、もしかしてエッチなことでもしてた?」
慌てて家の中に入っていく愛を丸は体を使って止める。が、それを掻い潜り、愛は丸の妨害を突破した。
廊下を抜け、階段を駆け上がり、向かったその先。
「あっ、待て! そこは!」
丸の部屋。愛に追いついて、自分の部屋に戻った丸は、立ち止まっている愛を見つける。
脱いだ服やゴミで散らかり、少しだけ男臭い。
その脇のベッドの上にある毛布の中で何かがもぞもぞと動いている。
「何あれ……」
「嘘だろ……生まれたのか……?」
それは布団の中から、徐に顔を出した。
皺が寄っただるだるの皮膚の上に赤い鱗がずっしりと詰まっている。
まだ全体的に曖昧なピンクの色味。
あの恐ろしい赤竜とは全然違うが、少しだけ似ていて、小刻みに震えていた。
それは、トカゲの子供とサイズが大きいくらいで大して違いはない。
まだ翼は生えていないのか、突起物が少しだけあるほどだ。
「……きゅぴー」
そのドラゴンの子供は、そう鳴き声を上げた。
そして、それを間違いなく目撃した愛を見て、やばいと思ったときはもう手遅れ。
ガンツに関することは一般人に公開してはいけない。
万が一、してしまった場合は、本人の頭が爆発して死ぬ。
こんなところでミッション以外の時に死ぬ……? とんだアクシデントのせいで。
だが、丸の頭は爆発しない。いつまで経っても。
「丸……ねえ、あれって」
「な、なんだ……?」
「あれって、トカゲの赤ちゃんよね。いつの間にトカゲの赤ちゃん飼ってたの?」
「は? トカゲの、赤ちゃん? は、ハハ……良かった」
バレてなかった。
愛は、あれをドラゴンではなく、トカゲだと思い込んでいる。
ガンツに関することを悟らなければ、丸の頭は爆発しない。
良かった。愛が天然のあほで。
それにしても、ようやく孵化したのだ。中々生まれなかったから死んでいるのだと疑っていた。
布団の上でゆっくり動いている竜の子供に丸は近づいて、手で触ってみる。小さな頭をなでようとして——その指を噛みつかれる。
「いてえッ! こ、コイツ、噛んだ!」
「飼ってるんじゃないの? 好かれてないのね、丸。こういうのは、優しく敵意がないようにゆっくりと目を見ながらするの」
丸が触ろうとした時と違って、愛が触ると「きゅぴぃ」と嬉しそうに鳴く。
そうやってやるんだな、と丸が改めて目を見ながらゆっくりと手で触ろうとすると、やっぱり噛みつかれる。痛い。
「おいなんでだよ! こ、コイツ、俺が温め続けたっていうのに! 愛がやったら触れただろ!」
「何でだろうね、私のことが気にいったみたい。この子。名前はなんて言うの?」
「名前? そんなもんねえよ、生まれたばっかだし」
「へえ~、じゃあ私が決めてもいい?」
「別にいいけど。愛に名前付けのセンスがあると思えないがな!」
「う、うるさい。そうだな……赤いから……、ざくろ! よろしくね、ざくちゃん」
「ざくろー? ざくちゃんって、何ていうか、赤いからりんごみたいな。ま、いいんじゃねえの、お前の割には」
「割にはって、もう。いいもーん、ざくちゃんに好かれてるのは私だもんね~。ね、ざくちゃん」
「きゅびぃ~」
愛が優しくざくろの頭を撫でると、目を細めて気持ちよさそうに鳴く。
丸が真似してみても、シャアと威嚇される。
もしかしたらこの子の親を殺したのが丸だと直感的にバレているのかもしれない。
だったら嫌われるのにも、納得だ。
——お前の母ちゃんを殺したのは、この俺だ。
本当はあの時、卵の状態で発見したあの時。
処分した方が良かったのか? 足で潰して。
分からない。この子を誕生させて、やがてあの赤竜の姿まで成長して脅威になる。そうなった時、また誰かが殺される。夏目は生きていたが、運が良かっただけで死んでいた可能性が大いにある。この子、ざくろが大人になって外敵になる。それでも、今は、この優しく温かい光景を邪魔する気にはなれなかった。
「ざくろ、よろしくな——って、いってえッ! コイツ、やっぱり飼うのやめるッ!」
「がぶがぶ」
撤回だ、撤回。
丸は、コイツを適当に飼うことを決めた。
エサも安い奴である。
「ねえ、面倒くさがり屋の丸がペット飼えると思えないから、私定期的に世話しにくるね」
「そ、そうしてくれッ! てか、もうはなせええ!」
「きゅぴィ!」
そして、時間は過ぎ、その日の夜。
再び、丸は呼ばれる。
——ガンツに。