【貴方達には今からこの方を殺しに行って来てください。
モブ星人:特徴地味。好きなもの:チーズ牛丼。 口癖『うぉw』】
その黒い球の画面横には、短髪眼鏡の地味な男が映っていた。
丸はこの画像に見覚えがある。インターネットで一時期流行った冴えない男かつ陰キャラがチーズ牛丼をよく注文していそうという理由でチー牛と呼ばれていた。
だが、これは誰かが描いた絵だったはずだ。それが実際に存在していて、星人としてこれから討伐に向かわないといけない。
「うわあ、チー牛だぁ~。チー牛倒しに行くって、マジ? おいらもチー牛? おいらは星人じゃないから大丈夫……なはず……」
「チー牛って、何ですか?」
ろっくの発言に、今まで華凛の説明を受けていたイケメン男が質問を投げかける。
明らかにろっくは嫌そうに顔を顰めて、
「うぇ……えっとぉ……、チー牛はチー牛だよう」と、答えた。
「そうですか。あぁ、まあ知らない他人から聞かれても困りますよね。ボクは神崎蒼真です。あなたは?」
「神崎……蒼真ぁ? えぇ……何でこんなところに芸能人いんだよぉ……まじかよぉ。……あ、名前はあるけどちょっと個性的じゃないからろっくって呼んで」
「ろっくさんですか。よろしくお願いします。他の皆さんも、ミッション経験者なんですよね。名前も知らない中で、協力は難しいと思いますので、ぜひお名前を教えてもらうことはできますか?」
イケメン男、神崎は白い歯を見せる良いスマイルで丸達の方を見てそう言った。
早速来たな、と丸は身構えるように顔で威嚇をした。あっち行けと。そうしても神崎は笑顔を辞めない。しかも丸の方に近づいてきた。
「貴方が月川さんですよね。月川丸さん。東森さんから、聞きましたよ。この中で一番頼りになると」
「うげ……華凛、そんなこと言ったのかよ。別の奴らにも言ってるんじゃないだろうな……頼りになるかはともかく、お前までも面倒見るほど余裕じゃねえんだ。あんまり期待するなよ、イケメン男」
「イケメン男……そう言って貰えるのは嬉しいけどね。もう少し砕けた方が君ぐらいの年齢にはちょうどいいかな? 月川クン。最初は女子と間違えたけど、随分と中性的だから」
「お前ホモじゃないだろうな? ホモは結構、エロいお姉さん以外俺は求めてない! 帰れ、イケメン」
そう言いながら手で大きく×を作って、ベロを出す。
モテそうな男を近くに置いておくと、近くの女が全部持ってかれると丸は思っているので、イケメンは極力排除しておくに限る。
「ホモではないよ。ただ、仲良くしようとしているだけなんだけど……」
神崎は困ったなと頭に手をやって、苦笑いした。
そこでその絶妙な空気の所に、赤髪の刈谷が間に入ってくる。
「月川は少しだけ変な奴なんだ。オレは刈谷赤。刈谷探偵事務所の探偵だ。だけど、月川は凄い奴でな、今は分からないと思うが、いざというときに凄く頼りになるんだ。神崎と呼んでいいか」
「いいよ。こちらも刈谷クンと呼んでいいかな。刈谷クンも頼っていいって東森さんに言われたよ」
「そんなことを? 東森さんに意外に評価されていたのか……オレ。頼られるほどまだ慣れていないが、よろしく頼む」
「うん。よろしく」
刈谷と神崎は握手を交わす。
神崎が残りのメンバーとも挨拶を交わしていく中、丸は説明中の華凛がいる集団に混ざる。
「華凛、説明は終わったか?」
「今大体の説明が終わったところだ。後はスーツを着るのを見届けて、待つだけだ」
「そうか。なあ華凛、俺が頼りになるとか言いふらしてるみたいじゃねえか。辞めろよ、それ」
「何故だ? 事実を言って何が悪い。月川は前回、大勢の人を救って、生き残せて見せた。これは変わらない事実だ。月川がいなかったら、どうなっていたか。私も——死んでいただろう。前回は助かった……だが、あのような行為はもう辞めてほしい。私を助けて……月川が犠牲になるなんて、良くない」
華凛には珍しく、下を俯きながら言う。
そんな姿彼女には似合っていないと丸は本気で思う。凛としていて、人の目をちゃんと見て、誰に対しても正々堂々とするその清々しい態度こそが華凛の魅力だ。華凛の誘惑ボディも魅力的だが、丸が凄いと思ったのは、苦難を苦しいと感じながらも、諦めないで前に歩いていくその意思なのだ。
バカだ。こいつは。
何を言っているんだ。
自分が他者を平気で庇い助けながら、それを他の人が自分にやったから許せないとこいつは言っているのだ。
自分は良くて、相手がやるのは悪いのか。
誰かが傷つくのを許せず、自分は傷ついていい。まさに自己犠牲の塊。
それでいながら、他者には自己犠牲を辞めろと言う。ダブルスタンダード。
——お前は分かってるのか、それを思っているのがお前だけだと。俺だって、お前が傷つく姿なんて見たくない。
「今日来たばっかの新人には、俺に頼れっていう癖に、その言った張本人こそが俺に頼ってないなんて、皮肉だぜ。華凛……お前だけは俺に頼れ。お前がいくら強くても、誰だって死ぬんだ。ここは。飯田のおっさんだって、死んだだろ? 次はお前の番かもだぞ」
「知っている……私は驕っていない。自分が死なないなんて思っていない。むしろ逆だ。いつ死んでもおかしくないからこそ……、月川に強くなって欲しい。リーダーとして……」
「リーダー、だって?」
リーダー。埼玉チームのリーダー。
山梨チームには絵理沙というリーダーがいた。
そして、埼玉チームのリーダーは華凛だ。誰が言わずともそれは全員が共通して抱いていた認識だ。
それを丸が務める。とんだ有り得ない話だ。丸にリーダー性はなく、そんなものになる気もない。と本人は思っている。
ふと思った。華凛はいつからリーダーを務めていたのかと。
華凛にも初めての時があって、前には別のリーダーがいたのではないかと。
その時のリーダーは一体どんな顔をして、どんな人だったんだろう。
今は華凛がリーダーだということは、もうその過去のリーダーは死んだということだ。
「私にはリーダーが向いてない。リーダーとしての素質が私にはない。前回だって、そのまた前回だって、誰かを殺した。助けられなかった。ずっとそうだ。もう誰も死なせないと誓っても、どんどん人が死んでいく……飯田は……私が油断をしたせいで、死んだ……きっと私を恨んでいるだろう」
「華凛……それは、スライムに操られたからだろーが。俺はその現場を見ていないから知らねえよ。だけど、飯田のおっさんが本気でお前のことを恨んでるとそう思うのか?」
「あぁ……思う……私は、リーダー失格で、人殺しだ」
「バカ野郎ッ!」
唐突に、丸は華凛の頬を右手で殴った。避けれるはずだ。彼女の実力なら。
前回見た彼女の動きを信じるなら。
しかし、避けずに殴られた彼女の身体が後ろ向きに倒れる。
ゆっくりと倒れたまま上半身を起き上がらせた華凛の鼻からツーと血が出ている。
「!? どうして、避けなかった!?」
「……殴っておいて、避けないことを怒るのか。月川」
「チっ……! 普通避けるだろ……が」
「何があったんだ! 月川? 何故そんなことを……」
「丸くん、喧嘩……?」
刈谷達が駆け付け、床に座り込んでいる華凛を見つめる。
女子を殴った丸に、視線が集まっていく。
それでも周りに答えずに丸は、座り込んだ華凛を見つめる。いつもの彼女らしくないその表情を見るだけで腹が立つ。
「腹が立つんだよ! お前は、そんなんじゃないだろ! リーダー失格? 俺が代わりにリーダーやれって? お前の代わりに? 出来るわけないだろッ! 他人を当たり前のように助けて、自分が傷つくのなんか平気で、誰かが死ぬと自分が傷つくより、傷つく……ッ! それなのに、全員復活させて、誰も死なせないって、言い切った女なんだぞ!? そんなの誰でも出来るわけない! そんな狂った目標、誰が実行しようとするんだよ! 思ったって、やろうとは思わねえよ! みんな自分勝手だ! 自分が生きていればそれでいい! それが人間だ! 俺だってそうだ! 俺は自分が生きていればそれでいい……ちょっとだけ俺の好きなエロい女の奴らは生きててほしいって思うけど! それでもなッ! お前みたいに、誰も彼も生きててほしいなんて、歪んだ願い持ってないんだよッ! そんなバカ野郎……だから、付いていこうって思ったんだ! 手伝ってやろうって思ったんだ! 百パーセント不可能なことでも、0.1パーセントくらいは望みが増えるかもしれないってな!
だからバカ野郎ッ、絶対にリーダー失格とか自分で言うんじゃねえよ! リーダー交代? 自分が死んだら? 飯田のおっさんはいつか復活させるんじゃないのか!? 飯田のおっさんがお前のこと恨んでるんなら、復活させて謝ればいいじゃねえか! いいか、俺はな、お前を死なせねえ……お前の代わりにリーダーなんかやりたくないからな……めんどくさい仕事は、説明も全部お前がやり続けろ、華凛」
「————」
「はあ……はあ……」
言い切ってしまった。
息切れしている。変なことを理屈も通ってるか分からない長台詞を、皆が注目している中。
変人だと思われた? それは最初からか。
気持ち悪くて、恥ずかしいこと言っている奴だ間違いなく。
女の子殴っておいて、その後にぺらぺらと言う。
DV男で変人かよ。
親友であるろっくも流石に擁護できないだろうな。
恐る恐る、周りを見てみる。
皆目を丸くして黙っていた。当たり前の反応だ。完全に引いている。
しかし、その中でろっくと刈谷は笑っている。ニヤリと。何なんだよこいつら。
誰もしゃべらない。こういう時に喋るのがイケメン男の役目だろ?
横からゆっくりと立つ音が聞こえた。
見るまでもなく分かる。華凛が立ち上がったのだ。
流石に怒るか? 変なこと言いまくったからだ。
「月川」
名前を呼ばれて、仕方なく顔を向ける。
そこには、東森華凛がいた。丸の知っている彼女の好きな顔。
今日初めて見る。戻ってきたのだ。前回のミッションから。
飯田が死んだことで、ずっと悩み続けてきたそれが今、無くなった。否、無くなったのではなく、受け入れたのだろう。自分なりに。
「——ありがとう。さっきの一発は効いた。流石に女子の顔を殴るのはどうかと思うが、私のことを女子だと思っていないのか?」
「……怒ってないのか? 華凛」
「全く、あんなつらつらといっぱい私に言った後に出る言葉がそれか。後悔してるなら最初から言わなけばいい話だ。だが、それが月川か。助かった。これでまだ戦える。曇っていた。これじゃ、今まで以上に誰かを殺すことになる。だから、月川が殴ってくれて、叱ってくれて、助かった」
丸の目を動じることなく見つめて、真正面から感謝を伝える。
その目から恥ずかしそうに逸らして、丸は「これでようやく戦えるな」と笑った。
「さて、皆を騒がして申し訳なかった。もう大丈夫だ。もう時間もない、スーツを着ていない者は早く着替え、装備を整えるんだ!」
そう言って、何事もなかったかのように、皆が準備を始めた。
埼玉チームのリーダーは東森華凛だ。
明確にそう決まったのは、この瞬間だった。