「千春せんせー逃げろッ!」
「え? 逃げるって言ってもどこに!?」
「空いてる所!」
「どこにもないわっ! む、無理よ!?」
丸は舌打ちした。どうするべきか。
周囲を穴無く囲んでいるモブ星人の集団は、じりじりとその円を縮ませてくる。
ガンツソードを伸ばし、回転斬りをしようとしても近くに千春先生と一般人が紛れているせいで実行は難しい。被害を度外視しなければ、いけるのだが、それは華凛の願いと反発してしまう。躊躇した、その無駄になった時間で、モブ星人たちが一斉に丸達にとびかかった。
「どけェ!」
丸は距離の近い一体を最低限の動きだけで斬り飛ばす。その左右から少しのタイムラグ差で接近してきた二体を、スーツで強化した回し蹴りで遠くに飛ばし、壁に激突させる。壁面に緑の血花が咲いた。緑の血は人間ではない、化け物の証。
——スーツがあれば、こんなの大したことない!
動きは成人した大人並み。怪物の強さではない。今までの敵の方が強かった。
いける。確かなキルの感触が、手に、足にこびりつき、それは自信へとつながる。
丸は戦っていける。それを実証してみせる。
更に複数の個体を、ガンツソードとキックで対処し、確実なキルを重ねていく。
だが、丸は自分の事だけで、後ろにいた千春先生の存在を一瞬忘れていた。
「キャああっ!」
千春先生の甲高い悲鳴。
振り返る。
五、六体のモブ星人が千春先生の身体に群がり、拘束していた。
ゆっくりと手足と、頭の先をそれぞれ手で引っ張られ、伸ばされ——その先の光景を想像したくない。
両端を握られ、引っ張られた肉はいつかどうなる。千切れ、引き裂かれ、二つの肉片になる……。
震えた千春先生の瞳が、丸を捉え、救いを求める。
「——月川君……たす、けて……」
当たり前だ、と足に力を込め、床を思いっきり踏み飛び込もうとした丸は背中部に衝撃が走る。スーツのおかげで衝撃が小さいが、何人もの敵が丸に体当たりしてきたのだと知った。油断した、千春先生を助けようとしたその隙を襲われたのだ。
下半身に重心を掛け、スーツの強化と共にその場に耐える。なんとか吹っ飛ばされなかったが、敵に捕らえられた。
丸の足に何体かが巻き付き、身動きが取れない。一体一体がそんなに力が無くても、複数体から同時に絡みつかれれば流石にキツイ。
その間に、千春先生の身体が伸ばされ、
「うぉw」という変な笑いをしながら、モブ星人たちは引っ張っていく。彼女のスーツから、ぎちぎちと音が鳴り始める。
不味い、状況がとてつもなく悪い。
このままでは、千春先生は殺される。彼女の泣き出しそうな、真っ青な顔が、潤んだ瞳に絶望の色が広がる。
こんな始まったばかりで、まだ敵は沢山残っているというのに、
もう
犠牲者が出ないことは不可能、だと頭では分かっていた。
例えどんなに強い奴がいても、それこそ超人であるスーパーマンがいても、助ける範囲が決まっている。救済というスプーンから零れる水は存在して、助けられない人はどうしても出てくるのだ。分かっている。理解している。
例え今助けたところで、いつかは助けられない瞬間がやってくる。
それだったら丸単体で動き、敵を殲滅していくその動きこそが理想なのではないか。
足手まといが存在すれば、丸だってリスクが付き纏う。死のリスクはこの場所では誰もに等しく与えられる。
こんな瞬間にも、丸の中に見捨てるという選択が、思考が頭にチラつく。
卑怯な男だ。最低な奴だとすら思う。
東森華凛が感謝するような男では、決してない。
彼女に希望を与える存在では、ない。
いつか、彼女の夢に付いていけずに裏切る未来が見えた。
本当は彼女と仲良くなるために、エロいことをしたいがために綺麗事を言って、協力したフリをして騙しているんだろう?
心の奥底では、汚い黒いどろどろとした塊があって、それが囁いてくる。『
『所詮お前は、誰が死んでも心の中ではどうでもいいと思っている』『無理をするな、千春せんせーが死んでも、お前には関係ない』『むしろ、授業で口うるさい面倒な教師がいなくなって嬉しいだろーが!』『お前はヒーローになれない』『戦いを楽しんでるだけの、ゲーム感覚で、現実逃避がしたいだけだ』
『エロいことできれば、それでいいじゃねーか』
違う。
そんなんじゃない。
『何が違うんだ? 何も違わねえ! お前は、ゴミで、他人を助けるような器じゃねえんだよッ!』
助けたい。
だって、千春せんせーはあんなに俺に助けを求めてんだろ?
『お前だって今ピンチだろ!? 状況分かってんだろ!? お前だって同じ状況だ!』
諦めたくない。こんな状況でも、なんとかすればいい。
俺が本気になれば、こんな状況でも突破できる。そうだろ?
『お前は華凛みたいな天才じゃない、牛尾みたいな強者でもない』
じゃあ何なんだよ! 俺は誰だ!?
俺だって上手くやってる! 前回だって、またその前回だって!
俺がいなかったら、誰かがもっと死んでた!
今回もまた俺が救う! 誰かを助ける!
俺がヒーローになる!
『はは……ハハハハハ! ヒーロー、だって!?
何言ってんだよ!? お前、そんなの憧れてたのかよ!? そんなのお前の柄じゃねえ! 似合ってねーんだよ! 自分の事しか考えてないくせに! 今だって自分が助かる方法をいっぱい頭で回転させて考えてんだろ!? そうだよ、お前は今、全力でやれば助かる!』
でも、それじゃその間に千春せんせーが死ぬ! それじゃダメだ!
華凛が悲しむ……アイツが泣くぐらいだったら……俺がどうにかしないと……。
丸がうだうだ考えている間に、千春せんせーのスーツが、ジョイント部から透明な液体が溢れてくる。
スーツが死んだ。でも、大丈夫だ。丸のスーツは生きてる。まだ耐久性はほぼ残ってる。
『なんだよ、やっぱりお前が大丈夫ならそれでいいんじゃねえか。安心したの知ってるぜ? お前には、やっぱりヒーローは向いてねえ。自分の事しか考えてねえ奴が、本当に他人の事なんか助けられんのかよ。いいか、ヒーローってのは、華凛みたいなやつだ。自分の事はどうでもよくて、他人のことの方が大事! それがヒーローの本質だッ!
辞めちまえッ! 独りよがりな昔のお前に戻れ! あの女なんか忘れちまえッ! お前は、もう、分かってる。他人を助けるなんて向いてないってなァッ!』
違う……違うッ!
例え、俺がヒーローなんか向いてなくて、その心が腐ってても! 結局エロいことしか考えてないバカでも!
アイツの事助けるって……そう、決めたんだ。
心のどこかで、パリンという何かが割れる音がした。
『お前……バカだ、究極の』
「それが、俺だァッ! ——俺のやりたいコト邪魔すんじゃねえよォッ!」
全身のスーツを、最大のパワーに持っていく。ぎちぎち、ぶくぶく。スーツの筋肉繊維が、盛り上がり、凝縮を拡大。
丸の身体に巻き付いているモブ星人たちが、地面から離れ、浮き始める。
——なんだ大したことねえじゃん、俺が、俺の心が邪魔してただけで。
笑う、三日月の形に吊り上げ、身体を回転させる。
「「「「「う、うぉw」」」」」
「笑ってんじゃねえよッ!」
丸は激しい回転の力を利用した、投げを行う。
四方に、モブ星人達が丸の身体から離れ、空中を錐揉み回転しながら吹き飛ぶ。壁や天井に突き刺さり、動かなくなった。
「千春せんせーの身体、触っていいのは、俺だけなんだよォ!」
飛び跳ね、空中からガンツソードでU字に一気に切り裂く。
ズパン! という肉を薙ぎ払った音が鳴り、千春先生の身体を引っ張っていた個体が全員四散する。
——俺は天才でも、強者でもねえ、ただエロいことが好きなだけの高校生だ。
エロいことするためだったら、天才も、強者も、超えてやるよ。
クズでいい、ヒーローなんかじゃなくていい。
いつかモテるために。
そうだ。俺が華凛を助けてるのは、アイツに恩売って、エロいことしてもらうためだった。
「……月川君……うっ、ありがと……でも、遅いわよ、馬鹿」
泣いている千春先生の手を繋ぎ、立たせてあげる。
いい年した大人の千春先生が泣いている所見れて、助けて良かったとおもう。
「ゴメン……ちょっと手間取っちゃって。スーツ壊れたか……」
「ヤダ……本当だ……。ど、どうしましょ……私、これから」
「逃げるしかねえな。とにかく、他の奴らと合流しねえと——千春せんせー!」
「え——?」
「うぉwビーム」
前触れもなく、丸は千春先生の身体を体当たりで押した。
倒れる千春先生がみたのは、丸が空中で何かに打ち当たり、凄い勢いで吹き飛んでいく姿だった。
どん、という鈍い音がして、丸が壁に跳ね返って、床に転ぶ。壁が破壊されるほどの勢い。
振り返れば、先ほどまで丸がいた位置に向かって、片手の指を突き付けているモブ星人がいた。
無表情で、眼鏡に罅が入っている。
丸が先ほど飛ばした個体の一体かもしれない。まだ生き残っていたのだ。
突如壁が破壊され、周りの人混みが騒がしくなる。
一般人が壁の異変に気付き、興味を持ったのか、その壁に近づいていく。
転がっている丸に気づかず、とある一人は丸を踏んで進む。
丸が苦鳴を上げるも、人々は気にしないで壁のことを見つめている。
そこに、先ほど丸に謎の攻撃を放った個体が近づいていき、丸に指を突き付け、
「うぉwビーム」
透明の、何かが、勢いを持って、放たれた。
「あ……」
丸の前に立っていた一般人の男の頭が唐突に破裂する。真っ赤な脳漿が飛び散り、辺りを染め上げた。頭が消えた男の身体が無造作に倒れる。
誰かが叫び声を上げた。それは連鎖し、阿鼻叫喚の場になる。
「うぉwビーム」
違う誰かが死んで、
「うぉwビーム」
また違う人が死んで、
「うぉwビーム」「「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」死ぬ。胴体が爆発して。
「もう……辞めて」
「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。
「辞めて! 辞めてよっ! もう……許して……」
「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」「うぉwビーム」死、死、死、死死死死死死死死死。
あんなにいた一般人の集団が全員死んで、
残った倒れている丸にモブ星人の矛先が向く。指を再び突き付け、
「うぉwビーム」
丸の身体に、無色のエネルギー衝撃が当たり、穴が空いた壁に突き刺さる。
「うぉwビーム」
「やめて!」
壁に四肢が磔になった丸に、三度目の攻撃が貫き、壁を削って、押し付ける。
「うぉwビーム」
震え、動こうとした丸の身体に容赦なく、衝撃が襲い掛かる。
「やめて……」
千春先生が、何もできずに、立ったままそう呟く。
状況は何も変わらないまま、更なる追撃が襲う。
「うぉwビーム」
「やめてっ! 月川君が、死んじゃう!」
「うぉwビーム」
「やめてよっ、お願いだから……もう、」
そろそろスーツの耐久力に限界が来る。
いつ来てもおかしくない。耐久力を超えて、肉体に直接あれが当たれば、丸も一般人同様に破裂して死ぬ。
丸を助けようと、動こうとしても足が震えて一歩踏み出すことすらできない自分を千春先生は呪う。
——わたし、なんでこんなに弱いの……。ごめんなさい、月川君……。
あの射線に入れば、今度は自分が殺される側になる。それが怖かった。
恐怖が身体を縛り付けて、立ち尽くすことのみを許す。
モブ星人は、無表情で、丸を指さし、
「うぉwビー——うげ」
ドゴォ!
高速の何かにぶつかり、店内の床を何度も叩きつけては吹っ飛んでいく。
丸を攻撃するはずだったモブ星人を、轢きつけたのは、車のようなもの。
その黒く丸いフォルム。巨大なタイヤのような形。その中に操縦席があった。
異様な形のバイク。そう、これは車ではなく、バイクに近い。
その操縦席に乗っていたのは、白髪に赤い目。日本人とは見た目が程遠く、それは世界でも珍しい病気の一つ、アルビノ。
「……夏目、君?」
「——このバイク難しいね……月川くんは無事?」
夏目がバイクに乗りながら、そう言った。