寂れたメリーゴーランド、ティーカップ、ジェットコースター、観覧車など。丸が転移した先の光景はそのアトラクションから推察するに、遊園地であった。
その中心に丸はいる。どうやら丸のほかにも、ろっく、サラリーマンの安川修、男子小学生、さらには大学生二人組も転移してきていた。
ガンツスーツを着ているのは、ろっくと安川修と男子小学生だけである。大学生二人組は気絶していたので元よりガンツスーツを着る時間はない。
丸は……スーツを着る時間がなかった(逃亡していたため)。丸の持ち物とは言えば、上着を脱いだ制服姿に、刀身がない柄だけの黒い物である。
――黒い球――ガンツと呼ばれる物から支給されたスーツを着るんだ。
――それは君たちの命を守る代物だ。
華凛からそう忠告されたが、もはやスーツケースがあるあの学校には戻れないだろう。ミッションが終わるまでは。
丸はおそらく装備なしでゲームを開始したみたいなものだ。
これから着ぐるみ星人と呼ばれた敵と戦うのに、装備なしではいきなりハードモード確定である。
だが、丸はハードモードを好むタイプだった。
「イージーとかノーマルとか、つまらないでしょ、そんなの」
静かに丸は独り言ちる。なぜか、高揚している自分の胸の中に疑問を覚えながら、 周囲を見渡す。その中で友人であるろっくに話しかける。
「おいろっく、元気してるか?」
「丸っち~! ようやく話せたよ~。元気も何も今からデスゲームとかモンスターハンター始まるのに緊張感と汗でいっぱいだよ~」
「ろっく、お前シューティングゲーム得意だろ。FPSとか。そのXガンがあれば平気じゃん」
「でもおいら使ったことないし……実銃なんてまだ撃ったことないし~」
「大丈夫だって、スーツ着てるんだ。東森華凛が言うには、それを着てれば最低限は大丈夫っぽいぜ」
「丸っち……スーツどうしたんだよ?」
「まあ、気にすんな」
会話の途中でろっくが制服姿の丸に気づき、指摘してくるが心配無用と丸は返す。そう返しながらも、丸はどくんどくんと心臓が高鳴るのを感じている。これはスーツを着ていないことで恐怖を感じているからか? それとも、武者震い?
先ほどから何者からの視線を丸は感じていた。――誰かが見てる、ずっと。敵なら何で攻撃してこない? 様子を見てるのか?
丸が警戒していると、生徒会長と千春先生、佐里の女性三人組が転移してくる。
これで飯田と呼ばれた老人を除けば、九名。ほぼ全員。飯田もどこかに隠れているのだろう、と丸は考える。あの透明化か。
そこで転移してきたばかりの黒いスーツ姿の華凛は、皆の前に一歩出る。
――体のライン全部出てるじゃん。えっろ。ほぼ裸みたいなもんだな。これ無料でみていい訳? 勿論丸の視線は生徒会長の胸や尻だった。
「皆欠けることなく、ここに来れたようだな。良かった。転移直後に殺されることがなくて」
「生徒会長、転移直後にリスキルされることがあるのか?」
「あぁ、過去に何度かな……」
「それは、鬼畜過ぎだろ~」
リスポーンキル。
転移した時の隙をついて攻撃してくる敵がいるのだという。
丸は一度それを実際に想像してみたのだが、グロいし理不尽だしで考えるのを辞めた。
「君……スーツはどうした? 制服の下に着ているようには見えないが」
「ほう、そんな着方もあったわけだ。目から鱗。うん、忘れた」
「忘れた、だと……。私は忠告したぞ。なのにどうして……」
「それよりも大切なミッションがあったんだよ」
大切なミッション(ラッキースケベ)。
そのミッションは無事成功したのだから、スーツを着ていない分の報酬は手に入れた。
だから、いい。いいのだ。
丸の返答を聞いた華凛は少し眉間を歪めた。理解できないものを見たような目だ。
「一先ず、君たち全員ミッションの範囲外には出るな。ピピピという警告音が脳内でなった地点が範囲外だ。その際は即座に内側に戻れ。さもなければ、頭が爆発する」
「わーお。まじで? こわ」
ミッションの範囲外に出れば、頭が爆発する。
つまり、ミッション中は逃亡を許さないという設計者の考えだろう。当然の措置である。
では範囲ギリギリに戦うのは気を付けた方が良いかもな、と丸は思う。思うだけで、方法の一つから除外しないのが丸の性格を表している。
「君たちは今回、そこに立って自己防衛だけしてればいい。持たせたXガンはそのために使ってくれ。私と飯田が基本的に戦い、それ以外は生存第一に考えて動くのだ。初回を生き残れば……戦い方も分かってくる……初回を生き残ってくれよ、君たち」
そう言って、華凛はコントローラーのようなものを手に取り、何かを確認した後「飯田……彼らを頼む」と呟いた後、跳躍した。文字通り、瞬発的に地面を蹴り、彼方へ飛んで行ったのだ。
「何だアレ……人間離れじゃん、あんなの」
「丸っち、華凛様まじぱないっす。あのドエロボディはさすがに天使すぎますよお」
「いやいや、ろっく。そこかよ」
「たぶん、スーツの力じゃね? まさかこれ、パワードスーツ的な。だったら燃えるなあ」
あんな力を黒いスーツが出せるならば、それを着てこなかった丸は大失敗だったというわけだ。
つまり、スーパーマンになれるところだったのに、それをみすみす見逃した。
スーツを着ているのは、大学生二人組と丸を除いた六名。
つまり、戦闘が起きたとき、使い道になるのはこの六名だということだ。
そこでびりびりと可視化した電気を纏いながら、何もいなかった場所から飯田の老人が現れた。
――あれも、スーツの性能か? と丸は推測するが、スーツを持っていない彼にはその力は使えない。
飯田は丸達に顔を向け、口を開いた。
「華凛様から皆様を任されました飯田と申します。皆様の安全を守るため、全力を尽くすことを努力いたしましょう。皆様は出来るだけ離れずに、固まっていてください。それを守らなければ命の保証はしかねます」
「私たちを守ってくださってありがとうございます」そう一番に対応する安川修。流石社会人。
「あたしもありがとう、ございます!」次に感謝を述べた佐里。
「私の教え子が二人いるんです、どうかお願いします」教師として頭を下げた千春先生。
丸と大学生二人組は何も言わない。大学生二人組の方は先ほどの件もあり、気まずいのだろう。
丸のほうは、他の人が言えば「俺はいいかな……」と考えるタイプである。
「お出ましか……」それよりも、丸の注意は他に向いていた。敵を発見することだ。
ついに、丸達の前に姿を現したうさぎ型の着ぐるみ。
それは丸達に近づくと、開口一番に「ハッピーになろう♪」と言った。
Xガンをその着ぐるみに向ける丸を除く五人。
「ここは私に任せてください。皆様はXガンを私が撃っていいというまでは、撃たないでください。何か奇襲や新たな敵が現れた際には、自分の判断で撃ってもらって構いません」
飯田はスーツから手に取った刀身のない得を腰に構え、着ぐるみへ静かに歩みだした。
何事もなく目の前まで接近に成功する飯田へ着ぐるみ星人の方は「ハッピーになろう♪」と壊れた機械のように繰り返すだけだ。
「ハッピーになろう♪」
「――――」
刹那。腰に構えた柄を飯田は振るう。
――アレは抜刀術か? 剣術に詳しくない丸でも、なんとか分かった。
動体視力が優れている丸をもってして、鍔から射出された黒い刀身がブレたのを見えた程度。速すぎる。その感想が出る。
「ハッピーになろ――」
べちゃ、と何かの肉塊が落ちる音。
気付けばうさぎ着ぐるみ星人の顔が取れていた。
その断面は空っぽでなく、骨と血管や肉がぎっしりと詰まっており、生物らしさを示している。あれは着ぐるみなのでなく、実際に生きた生物なのだ。
その惨状を見た何名かは悲鳴を上げ、顔を青褪める。
あの着ぐるみ星人が死ぬまでは、まだ中に人が入っているのだろうと思っていたのだ。
だが、実際に肉塊の断面を見たことで現実に戻された。
――これはドッキリや遊びなんかじゃない、現実で起きている出来事なのだと。
「丸っち……めっちゃグロいよ~あれ絶対18禁だよぉ」
「綺麗だな、断面」
「冷静に観察するの丸っちも、イカれてるよね。分かってたことだけど……」
「まあ、ゲームだと思えば」
「ゲームじゃないって! まじでおいらたちデスゲームに巻き込まれたんだぜ~」
「いいじゃねえか、日常に飽きてたところだ。刺激的で」
そうだ。求めたのはこれだ。
日常にない、ひりついた命を危険が伴う非日常。
これを待っていたんだ、丸は。
だが、少し物足りない。
飯田という強者がいることで自分たちの安全は保障されたが、それは逆を言えば危険ではないということだ。
危険を求めている丸からしてみれば、少し退屈だと言わざるを得ない。
敵の一体が簡単に死んだことで、周囲には少々浮かれた雰囲気が流れていた。
意外と簡単なのではないか。敵は弱いんじゃないか。
自分たちは安全圏にいると、丸も含めて感じ始めていた。
「何だ~ちょっとビビッてたけど、ザコじゃねえか~!」
「ぐっろ、まじで死んでるよ、こいつ」
大学生二人組が楽しそうに首が取れた着ぐるみの前に近づいていく。
首の前にたどり着くと、それを金髪の方が触ろうとして――首のない胴体が動き出した。
「退けッ!」
「うぉえっ!?」
金髪の男は飯田の腕によって突き飛ばされる。
代わりに首のない胴体から放たれた着ぐるみのパンチをもろに受けたのが、飯田だった。庇った形になったのだろう。腕を交差してガードはしていたが、顔面に受ける形となる。
その着ぐるみの打撃は思ったより威力があり、高速で飯田がメリーゴーランドの先へ物を壊しながら吹っ飛んでいく。
残されたのは、腰を抜かして尻もちをついている大学生、飯田に突き飛ばされた金髪の大学生とたった今強烈な一撃をお見舞いした首がない胴体の着ぐるみである。
「走れ! お前らッ!」丸が咄嗟に着ぐるみから近い二人に向けて叫ぶ。
「え?」
「いってえ……なんなんだよ、もう~」
だが、二人は丸の叫びを聞いても、動こうとしない。
片方は腰を抜かしているし、もう片方も突き飛ばされた体制で動ける状態にないのだ。
その間に、首がない着ぐるみは落ちている頭を拾い、簡単に胴体とくっ付けた。首が切れても死なない生物を見て、全員が信じられないような目で着ぐるみを見る。
誰も言葉を発せずにいた。
不用意に声を出せば、次に狙いを付けられるのは、自分なのかもしれないから。
そして、首が戻ったうさぎの着ぐるみは、大学生二人組の前に立つ。
「ハッピーになろう♪」
着ぐるみは可愛い声を出しながら、腕を振り上げ、立てないでいる金髪の頭を殴った。
金髪の男の首から先がトマトを潰すように盛大な血潮と共に吹き飛んだ。
その光景の数秒後、誰もが動けずにいる中、悲鳴を上げたのは女性たちと残された大学生だった。
「あ、ぁ……あぁあぁぁぁ! 亮太ッ!」
「「イヤァ――!」」
「や、やめろ……辞めてくれ! だ、誰か――」
次に着ぐるみに殺されたのは、もう一人の大学生男だ。その足で思いっきり踏みつぶした。それだけで死んだ。着ぐるみの足元で大量の血があふれ出ていく。
その有り得ない光景に、丸は叫ぶ。
「ろっくッ! 撃てェ!」
「む、無理だよ丸っち!? そんなの言われたって!」
「もう二人死んだ! 今のうちに! トリガーを引け!」
「わ、分かったお」
丸の必死な命令に、ろっくが答える。
ろっくはその太い手でXガンを握り、二つのトリガーを引く。ロックオンはすでにしていたようで、発射用のトリガーを引くだけでXガンは機能した。
ギュイン! Xガンが変形し、青く光る。
その特徴的な音が辺りに鳴り響く。
「どうだ!? 当たったか?」
「わ、分からないよぅ、狙いはちゃんと付けたけどぉ」
狙いは外れたのかと思われた二~三秒後、着ぐるみの頭が四方八方に爆発した。
頭の中の血管や脳だと思われる部分が辺りに飛び散る。
ろっくは当てることに成功したのだ。
「流石に……死んだよな? 脳が吹き飛べば」
「た、たぶん? でもあいつ首が取れても死ななかったぜぇ?」
「もう一発、胴体も撃っとけ、念のため、な」
「りょ」
ろっくが倒れている胴体に向けてもう一度Xガンを撃つ。すると、胴体が臓器や胃腸を巻き込んで一緒に爆発した。
ここまでくれば、もはや死んだと言える状態だろう。
着ぐるみ星人の討伐に成功したのだ。それを成し遂げたのはろっくの射撃能力のおかげだった。
「よくやったな、ろっく……」
「ま、丸っち、おいら……このXガン好きかもぉ。見た目かっけえし、ちょっと時差あるけど威力バカ高いしぃ」
ろっくは自分の手で敵を殺した興奮からか、テンションが高くなっている。
それ以外の人は、二人が殺されたという事実に顔を青褪め、震えていた。
人が実際に目の前で殺されたのだ。そうなるのも無理はない。
「千春せんせー、大丈夫?」
「月川君……何なのよ、コレ……本当に現実なの?」
「わかんねえ。だけど、現実だと思って行動した方が良い。じゃないとさっきのあいつらみたいに死んだら、手遅れになる」
「それは分かってるわ……、でも、人が死んだのよ、二人も」
「今すぐ飲み込めってことじゃない、生き延びるために頑張ろうぜって話だ」
「月川君……あなたは、どうしてそんなに冷静でいられるの? 人が死んだのに」
「べつに、冷静なわけじゃない、けど」
丸が千春先生からの問いに、言いよどんだのは、自分がなぜここまで動揺しないで済んでいるのかが分からなかったからだ。
人が死んだのは恐ろしいし、自分が死ぬのはもっと怖い。人が死んで気持ち悪さを覚えたし、丸も冷静を欠くに十分な状況である。しかし、現に丸は敵のことを観察し、他にも敵はいないかという思考に映っていた。
丸よりも大人の千春先生であっても、恐ろしさと気持ち悪さで精一杯。
――ちょっと、気持ち悪いって思われたかな? 千春せんせーに。でも、これってゲームじゃん。どっちが先に自分が死ぬのか、相手が死ぬのかのシンプルなゲーム。現実ではなく、ゲームとして考えている自分にゾッとして、気持ち悪さを覚える。
「俺は……、必死だっただけだよ、千春せんせー。それに、撃ったのはろっくだ。俺じゃない」
「それでも、あなたの咄嗟の指示のおかげで私たちは助かったわ。ありがとう、月川君」
「……別にまだ終わってないぞ、千春せんせー。敵は他にいるかもしれない。だから、千春せんせーも一緒に生き残ろう」
「うん、そうね……生き残りましょう」
丸は改めて、現状を確認する。
生き残ったのは死んだ大学生二人組とどこかに吹き飛ばされた生死不明の飯田を除いた六名。
この中で戦えそうなのは、先ほど敵を撃破したろっくぐらいだが……、大人組である千春先生と安川修も戦力としては数えておく。
三人。たった三人でこの先、どこに潜んでいるかも知らない着ぐるみ星人を倒す。
スーツを着ていない丸は戦力として数えていないが、戦おうと考えている。
先の出来事をみるに、冷静でいられたのは丸だけだった。
最悪、丸とろっくの二人だけでこのミッションを乗り越える必要があるだろう。
生死不明の飯田がここに戻ってくれば、生存難易度はぐっと下がる。
――どこにいったんだよ、飯田のおっさん。
そこで心もとないメンバーの下へ、新たな着ぐるみ星人が三体現れる。
狼、ネズミ、虎だった。
同時に現れた着ぐるみ星人三体に、丸は舌打ちをする。
「やっば。三体同時かよ。いきなりピンチ」
全滅の危機が迫っていた。
――早く戻って来いよ、東森華凛!