目の前で起きた
敵の見えない攻撃を、
それを成し遂げた強者、東森華凛。
佐里は、鳥肌が立つ。
気味悪さではなく、逆。その凄さに、力強さに圧倒されて頼もしさが溢れる。
彼女がいれば自分は助かるのではないか。
丸に並ぶ——超えるかもしれないその強さを彼女が持っているのであれば。
だが、目の前にはまだ何十体も敵が残っている。まだ敵の攻撃を防いだだけ。何も状況は変化していない。
何の動揺も見せず、モブ星人は華凛に向けて人差し指を差し向けた。
佐里が咄嗟に叫ぶ。
「東森さんっ!」
「「「「「「「「うぉw ビー——」」」」」」」」
モブ星人が言い切る前に、一瞬——爆発したかのように華凛は床を蹴った。
一秒にも満たないコンマの時間後。
「————」
十体。敵の胴体が、真横にズレた。べちゃり。肉の断面が露になって、モブ星人の前列が一瞬で全滅する。
何が起きたか理解できない。
佐里が困惑している間に、更に後列にいたモブ星人達が床に崩れ落ちた。
「……もう少し早ければ」
何を。
屍が増えた中心で、立つ。
黒っぽいどすの効いた緑色。その血で漆黒のスーツを照り輝かせ、俯いている。
「私が一瞬でも早く、速く、ここに来ることが出来たなら」
何を言っている。
彼女がここに来るまでに、努力を尽くしたのだろう。見なくても分かる。彼女の精神性。誰かを助けたいという意思。
転送されてまず他人を探し、敵を薙ぎ払い、限りなく全力を尽くした結果、今彼女は其処に立っているのだ。それだけでも、他の誰にも出来ない荒業。偉業。
誇っていい。その努力を、結果を。
「二人は死ななかった……。誰が死んだのかは分からない。だが、済まなかった……全ては私の怠惰が起こした」
違う、それは違う。
きっと彼ら二人が死んだのは、彼ら自身の弱さのせいであり、殺した敵のせいであり、彼女のせいな訳がない。
どんな理屈で彼女は自分を否定し、糾弾し、どこまでも追い詰めているのだろうか。
確かに結果だけを見るなら、全ての過程・想い・努力すらも度外視して計算するのであれば、彼女は間に合わなかったという事実だけが残る。
間に合わず、今回ガンツミッションを初体験した二人が死んだ。彼女は、死んだ二人が誰のかも知らない。飛び散った肉片だけが、残っていて誰かまで判断できないからだ。
そんなことはどうでもいいと佐里は思う。東森華凛は誰であっても同じく悲しんで、助けられなかったことを呪い、傷つき、後悔する。
大馬鹿。あるいは、愚者。
もしくは別名で呼ぶとするなら、ヒーロー。
そうヒーロー。彼女は知っているのだろうか、彼女がいなければ、来てくれなければ自分は今、息も出来ていないことを。
全てを守り切るのは不可能だ。彼女が最も多くのガンツ経験者で、敵の攻撃を剣で斬ること可能で、一番強いのだとしても。
彼女東森華凛は、人間だ。超人でも神でもなければ、ただの強い人間でしかない。
だというのにより多くの人を、限りなく全ての人を救おうとするその
立ち尽くし、歯を食いしばって、震えている彼女は子供だ。
欲しいおもちゃがあって、親にごねてねだっても買ってくれず、それでも欲しい欲しいと喚く。そんな幼稚なのと変わらないレベル。
いい加減、諦めてしまえばいい。
救える人だけを救った自分を、救ってあげて欲しい。でなければ彼女は永遠に苦痛の牢獄に囚われたまま。
何故、諦めない?
何故、折れない?
何故、それでも立てる?
俯き、立ち尽くしている華凛の前で十体以上のモブ星人がぎちぎちと首を揺らして、指を向けてロックオンする。
佐里が声を出し、伝える前に彼女の持つ黒剣が刀身を伸ばし、横一文字に切り裂く。
彼女は顔を上げ、敵を見た。
その表情が見えない。
佐里の位置からでは彼女の背格好しか映らない。
しかし、もうその表情は濁っていないと分かる。
何故ならば、もう彼女は震えていなかった。
威風堂々と真っすぐに立ち、黒剣を構え、足を踏み込む。
「——それでも、私を信じてくれる馬鹿がいる。ならば……折れる訳にはいかないッ!」
(そっか。東森さんには……丸くんがいるんだ。だから、立てるんだ。だから、諦めないんだ。丸くんが、東森さんを、あんなに強くさせたんだ。そう思うと、少しだけ東森さんが羨ましいな。丸くんにあんなに思われて、信頼されて、あたしには無理だよ、そんなのズルいよ)
助けてもらったのに、嫉妬が湧く。
初めての童貞を奪ったのは自分なのに、それ以上の何かを彼女が奪っているような気がして。
それは心だ。月川丸の心を東森華凛は奪ったのだ。
童貞は奪えても、心は奪えない自分が嫌いだ。嫉妬と自己嫌悪が混ざって嫌になる。
見てるだけで守られる存在の自分と、自分の好きな男の心を奪い去った強くて戦える女の子。
(そうだ。あの子……あたしより歳下だった。なのに、どうして……あたしはこんなに弱いんだろう——)
見る、目に焼き付ける。
彼女の生き様を。
月川丸が、夢中になる人がどんな戦い方をするのか。
華凛が黒剣を薙ぎ払えば、敵が死ぬ。
六、七体の首が飛び、血が噴射する。
突き出した敵の腕を半身をズラすことで回避、同時に引く刀で敵の首を飛ばす。
真横から低くタックルしてくる個体をスーツで強化した蹴りで粉砕。近距離で指を突き付けた三体を、掴んだ一体を投げ飛ばして纏めて吹き飛ばす。
更に迫る十体の群れを、瞬時に飛び跳ね、通り過ぎる。
その一秒後に遅れて、通り過ぎた十体の胴体が二つに分かたれた。
敵を斬って殺し続けている。
この短時間で撃破した敵の数は知れず、数えきれない。
だが、減らない。敵の数が全くもって減少されず、逆に
囲まれている。
その数、百以上。
どこから現れたのか、佐里も含めて逃げ場がない。
佐里も藤堂も動けず、戦えるのは華凛のみ。
そして、敵を倒し続ける彼女の、黒剣を振るう速度が少しだけ落ちていた。
足もふらついているのが分かった。
構わず、踏み出した華凛は目の前の十体以上を一気に叩き斬る。殺す。殺して、殺して殺しまくる。
十、二十、三十……三十五……。
「「「「「「「「「うぉwビーム」」」」」」」」」
「ッ!?」
その時、華凛の身体が真横に吹っ飛ぶ。
直撃。これまで一度も受けていなかった華凛が攻撃を受け、壁に激突してゴロゴロと床を回転しながらその体が止まった。
少し離れていた佐里だから分かる。
モブ星人が仲間諸共、華凛を攻撃して貫いていたのだ。
一切の同情がなく、人間ではない化け物だからできる無慈悲の攻撃。
倒れた彼女の身体が、震えるが、尚も立ち上がろうとしている。
あの攻撃を受けた佐里には分かる辛さ。受けた直後は、早々簡単に動けないのだ。痛みが、脳の揺れが彼女を襲っている。
それどころか、集中攻撃を一点に受けたのだ。近距離で。
無理だ、彼女でも。
床に手を叩きつけて、必死に起き上がろうとする仕草。
それを、理不尽に敵の追撃が襲った。
「「「「「「「「「うぉwビーム」」」」」」」」」
二撃。立ち上がろうとした、華凛の腕を貫き、折る。腕から壁にまるで重力で引っ付いているように衝撃で磔にされる。
スーツの穴から音を立てて、透明な液を吹き出す。吐いた血と混ざり、赤黒い液体と化す。
——スーツが壊れた。その事実に、佐里は絶望する。
いくら強くても、限界だ。
スーツが無ければ、いくら強者でも一般人と同じ。
後、同じ攻撃をもう一度喰らえば死。爆発するように破裂して。
あの東森華凛が、遂に死ぬ。
彼女が死ねば、月川丸はどうなるだろう。
悲しんで泣く? それとも絶望して笑わなくなる?
でも、彼女が死ねば、彼は佐里のモノとなる。
童貞を奪った佐里なら、後は弱った心も依存させて、彼を独占する。出来る。彼女がいなくなれば。
(そうだ。東森さんが死ねば……丸くんは……あたしのこと好きになってくれるかな……?)
大量の数のモブ星人が一斉に、華凛を指先で捉える。
次の瞬間には死ぬかもしれないのに、華凛は恐れずに動く。
彼女が恐れるのは、自分が死ぬ時じゃない。
他の誰かが死ぬ時。
だから、自然と動く。否——むしろ逆、恐れているからこそ生きようと足掻きもがくのだ。
「ぁああ……ッ!」
血を吐き、歯を食いしばり、吠える。
ここで死ぬわけにはいかない。まだ彼女にはやることが残っている。
誰も彼も死なせない。これ以上。
自分が死ねばどうなる。まだ生きている二人が死ぬ。二人だけじゃなく、残っているメンバーが全員危なくなる。
だからこそ死ねない。死ねないのだ。まだ、まだだ、とガンツソードを最大まで伸長させて円になるよう振るう。回転斬り。壁を貫通させながら。
「アアぁあああああああああああああッ!」
周囲を囲んでいたモブ星人の首が、ズバッと切れた。血の噴水が出来上がる。
その後に華凛は膝をつき、荒い呼吸で胸が上下する。
「はっ……はっ……ごぼ!」
息と共に大量の血痰を吐く。
この量は、内部の臓器が傷ついているかもしれない。
満身創痍の華凛を、
狙う、更なるモブ星人が、囲んで指を斜め下に向けた。
今度こそ、死ぬ。
力は残っていない。先ほどの一撃が最後の気力を振り絞ったものだった。
敵の口が開き、言葉を紡ぐ——直前で。
その一体が内部から爆発する。
華凛は顔だけで後ろを見る。
そこには、Xガンを構えた佐里が立っていた。
Xガンを放った直後に走る青い光。
ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン! ギョーン!
撃てるだけ撃つ。
狙いは雑だが、それは華凛の周りにいる敵に直撃していく。
「宮崎……」
「——丸くんだったら、助ける……から……」
佐里はどこか辛そうで、自分のした行動を驚くようなそんな顔で言った。