一階中央ホールを埋め尽くすモブ星人の群れ。その数、優に百を超えている。
一瞬でも敵に捉えられ、あの不可視の攻撃を浴びればスーツは限界を迎える。だからこその、ガンツソードを刀身限界まで引き延ばした一回転切りだった。
5メートルにまで伸長された刀身が、円状の範囲内に捉えた敵を悉く両断する。
華凛のような洗練された斬撃ではない。スーツの性能に全振りした、ただの力任せの一撃。数秒の遅延もなく、斬られた先から吹き飛ばされるように肉塊が弾け飛ぶ。撒き散らされた緑色の体液が、丸の全身を泥のように染め上げた。
最初の一撃でかなりの数を殺った。十……いや、二十には届かないか。
「ッ!」
すかさず、回転の遠心力をそのまま殺さずに跳躍する。軸のぶれた回転運動に視界がグルグルと歪む。直後、背後で空気を引き裂く轟音が鳴り響いた。間一髪、敵の衝撃波を回避できたのだと直感する。
(あの見えない攻撃……一瞬でも立ち止まれば即死だ。スーツの耐久力からして、耐えられてあと一発か二発。動き続けろ。止まるな、動きまくれ!)
それだけではない。連続で理不尽な衝撃を浴び続けた丸の体内はすでにボロボロだった。スーツの防護を透過して内部へ届くダメージ。筋肉が、骨が、内臓が悲鳴を上げる。口から溢れ出た赤い血が、滞空する視界に散った。
崩れた態勢のまま、白い壁面へと激突する直前。無理やり体を捻って足を壁へ向け、全脚力で跳ね返る。壁蹴り。
急速に敵集団の頭上へと迫る丸に、無数の指先が一斉に向けられた。逃げ場のない空中、軌道は一直線。まさに死のコース。
「「「「「「「「「「うぉw ビーム」」」」」」」」」」
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
敵が冷笑系なら、こっちは泥臭い熱量で押し切る『うぉ』だ。
床ごと縦斜めに刀身を叩き込み、変わるはずのない空中軌道を強引に捻じ曲げて右上へ跳ぶ。前回転させた体を、さらに一回転。
有り得ない角度から振り下ろされた極大の斬撃が、モブ星人たちをまとめて刈り取った。
逆さまに壁へと着地し、その反射速度のまま再びバカみたいに敵陣の渦中へ突っ込む。
負けられない戦いがある。
絶対に逃げてはいけない瞬間がある。
一挙手一投足を間違えれば命が零れ落ちるような、刹那の呼吸さえ惜しいと感じる高揚と緊張の空間。
既に何十体の敵を殺したかなど、もう分からない。戦果だけで言えば十分すぎる合格点だ。退却するにはお釣りが来るほどの撃破数。だが、退くわけにはいかない。ここで俺が逃げたら、この後始末を誰がやる?
その後始末のせいで、一体誰が犠牲になる?
——華凛だ。
一人も死なせたくないという、愚かで身の程知らずな願い。
どうせ、もう誰かしらは死んでいるのだろう。転送位置がランダムな今回、同じ場所に偶然全員が集まるなど奇跡に等しい。そしてあの群れを相手に、自分を生かしながら他人まで守り切るなど不可能だ。一人では。華凛一人では絶対に。
……なんで丸が、華凛の隣にいない?
側にいれば、彼女が背負う負担を少しでも軽くしてやれるのに。
あの胸を、尻を、整った顔立ちを、瞳を間近で見ることができない。
邪魔だ。
目の前に立ちふさがるゴミどもが、俺の行きたい場所を遮る。
だから、斬った。殴りつけ、蹴り飛ばした。
床を蹴り跳ね、その軌跡で敵を殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
「がッ、あ、ア——ッ!?」
だが、絶え間なく動き回る幸運もついに途切れた。
死角からの一撃が背中に直撃する。頭から床に激突し、無様に転がり落ちた。ゴロゴロと、ゆっくりと勢いが死んでいく。止まってしまった。ついに。
敵がその隙を見逃すはずもなく、容赦のない追撃が襲いかかる。掠めた左腕ごと衝撃波に吹き飛ばされ、さらに転がって——ようやく、不気味な静寂が訪れた。
広がる緑の血だまりの中、視線だけで後ろを仰ぎ見る。
壁際に追い込まれ、全方位180度を完全に囲まれていた。かなりの数を間引いたはずなのに、依然として絶望的な密度の群れが丸を見下ろしている。無表情な顔面は、仲間の死体が転がっていようとピクリとも動かない。血が通っていない。人間として……いや、奴らは人間ではない。宇宙人なのだと、改めて直感が理解する。
ふと気づけば左腕は有り得ない方向に折れ曲がっており、スーツの防護機能が部分的に崩壊したことを悟った。
理解した瞬間、波のように押し寄せる激痛。それを強引に脳の隅へ押し込め、無事な右腕でガンツソードからXガンへ持ち替える。
ギョーン! ギョーン! ギョーン!
三連射。狙いを定めることすら放棄した、群れの壁に対する大雑把な発砲。
正面にいた十数体が、Xガンの小規模な圧縮衝撃波に巻き込まれて内側から爆ぜた。
だが、その程度の数が弾けたところで全体から見れば誤差に過ぎない。
再び大量の指先が、四方八方から丸へと突きつけられる。
三連射で攻撃を止めたのは、これ以上は敵を過剰に刺激すると踏んだからだ。
我ながら何を言っているのかと思う。刺激などせずとも、敵は見境なく襲いかかってくるはずだった。
先ほどまでは。
しかし、今この瞬間だけは明確に様子がおかしかった。
モブ星人たちが丸へと指を向けるのをやめ、一斉に「後ろ」を振り向いている。
それは、丸の耳にも届いていた。
「う、うぉw やべw 右腕取れたw」
モブ星人の、あの気味の悪い掠れた低音。
喋っている。意思のある言葉を発している。
丸は思い出す。最初にこのモブ星人を発見した時も、奴は『やべw』と呟いていた。
何かがおかしい。
違和感の正体が掴めず脳を高速で回転させ、ついにひとつの「点」が繋がった。
眼前を埋め尽くすモブ星人の群れ。
奴らが言葉を発するのは、大抵『うぉwビーム』という攻撃を繰り出す時だけだ。
それなのに今、すぐ近くで『やべw』と漏らしている個体が一つだけ存在する。
敵全体の意識がその隙へ向いている今、絶好のチャンスが訪れていた。
丸は素早く立ち上がり、動く右腕だけでガンツソードを横一文字に薙ぎ払う。一角の敵をまとめて肉塊に変え、一気に視界をこじ開けた。
そして、見つける。
みっともなく涙を流し、苦悶の表情を浮かべる一体のモブ星人を。
血走った目を見開き、丸は口端を三日月のように吊り上げた。
「——見つけたぞ。お前が本体か」
最初からおかしかったのだ。
百体以上に膨れ上がった数も、殺しても減るどころか増えていく不自然さも。
ただ隠れているだけではない。『丸が二人いればいいのに』と自分自身が焦望したからこそ至った着眼点。
分身、あるいは増殖——それが敵の能力。
モブ星人。どこにでもいる「モブ」。おそらく本体が存在する限り、無限に湧き続ける増殖型星人だ。
丸が「見つけた」と口にした瞬間、本体と思しき個体は背を向けて脱兎のごとく逃げ出した。
逃げる個体。……待て、あれは丸が一番最初に遭遇した個体じゃないか。
本体が二人いた? いや違う。姿を見失った瞬間に、コピーした個体と「入れ替わって」いたのだ。
(クソが、俺のミスだ……!)
あの時、迷わず殺していれば。この惨状も、際限のない増殖も起きず、ミッションすら終わっていたかもしれない。
だが、裏を返せば——本体さえ殺せばクリアだ。
ならば、丸のやるべきことはただ一つ。
死んででも、あいつを殺す。
切り開いた壁の穴が急速に塞がり、再び無数のモブ星人が立ちふさがった。
本体を守ろうとする明確な意思。それが丸の熱狂をさらに煽り、思考を極限まで研ぎ澄ませる。
「コンボイ! 大コンボイ! コンボイ! 大コンボイ! チー牛軍突撃!」
逃走していた本体が立ち止まり、奇妙なダンスと共に指を真上へ突き立てた。
何か来る——丸が身構えた瞬間、目の前にいたモブ星人の「壁」が一斉に走り出し、互いに激突を始めた。
衝突した肉体同士が融合し、二つが一つへ。さらに合体した個体同士が重なり合っていく。幾重にも肉が練り合わされ、やがて一つの巨大な「個」が形作られた。
圧倒的な質量を持つ影が、丸を遥か見下ろす。
巨人化したモブ星人。姿形はそのままに、スケールだけが尋常ではなく巨大化していた。
左腕の死んだ丸は、その異形と対峙する。
「うぉw ソード」
「うぉw キャノン」
巨人の右腕が光の刃を宿す巨大剣へ、左腕が武骨な大砲へと変貌していく。
あまりにデタラメな変形に、丸の口から引きつった笑いが漏れた。
「面白くなってきたじゃねえか……!」
巨人の遥か後方で、本体のモブ星人が丸の無様な姿を蔑むように冷笑していた。