合体した大型モブ星人。右腕には光の刃、左腕にはごつごつとした白い骨を模した大砲が聳えている。
巨大化してもなお無表情のまま見下ろしてくるその顔に、猛烈な嫌悪感が湧き上がった。
「見てんじゃねえよ……ッ!」
丸のぐにゃりと歪んだ左腕は、骨折どころか神経の大部分が死滅しているのだろう。まったく動かない。もはや考慮の外だ。
月川丸は即座にXガンをホルダーへ叩き込み、ガンツソードを引き抜いた。
地を蹴り、疾走を開始する。スーツの限界性能を引き出した圧倒的なスピードで、大型モブ星人の背後へ回り込む。壁を蹴り、直角に角を曲がり、その勢いを殺さずに跳躍——狙うは敵の太い足首。
先制は絶対に与えない。あの禍々しい攻撃を繰り出される前に、二度と立てない体にしてやる。
限界まで伸ばした黒い刀身を、力任せに振り抜く一閃。
だが直前、狙っていた右足がふわりと宙へ逃げた。丸の繰り出した横薙ぎの刃が、むなしく虚空を裂く。
振り切った姿勢のまま首を捻り、上空を仰ぐ。
見上げた視界を覆ったのは、巨大な靴の裏が落とす漆黒の影。真下にいる丸を目がけ、容赦なく踏み下ろされてくる。巨体ゆえに動作そのものは鈍重だが、その馬鹿げた重量と落下の速度は圧倒的だった。
直撃すれば床ごと押し潰される。スーツに耐久ゲージがあるなら、今は赤ゲージだろう。耐えられるか——直感が「NO」と絶叫する。
だからこそ、丸は足部分の筋肉繊維を極限まで盛り上げ、床へ向かって全力の踵落としを叩きつけた。
爆発的な衝撃が床を砕き、その反動で身体を無理やり逆回転させる。敵の踏みつけの真正面へと強制的に姿勢を反転させ、宙で右腕を振り抜いた。迸る黒い斬撃。
「うらぁアッ!」
直後、踏み下ろされるはずだった巨大な足が、宙を
ドッと激しい重音を立て、ショッピングモールの壁に激突した右足の断片から緑色の血液が噴き出した。
支えを失った大型モブ星人は体勢を崩し、巨体をあからさまに真後ろへと倒していく。
目の前で巨体が無様に大の字に転がるのを見届け、丸は口端を歪めて笑った。
——それじゃあもう、立てねえな。
追撃のために一歩を踏み出そうとした瞬間、「すごい……!」という甲高い声が背後から響き、丸は咄嗟に振り返った。
そこにいたのは、ガンツスーツに身を包んだ少女——星乃ミユ。今回初参加のメンバーであり、丸が「まあまあ可愛い」と目をつけていた女だ。
「お前……ミユちゃんだっけか」
「う、うん……! 月川丸さん、すごい……! すごいよ、今の!」
「ま、まあな……大したことねえよ。なんでこんな所にいる」
「……逃げてきて……途中まで一緒だった『ぺっとぼとる』さんが、たくさんの敵を惹きつけて走ってくれて……その間に、私……」
「……ぺっとぼとるが?」
あの臆病で逃げてばかりいた『ぺっとぼとる』が、女を庇って囮になった。
その事実に胸が熱く震える。素直な称賛。丸の頼みを聞き入れて自分を殺してくれた度胸といい、今回の行動といい、丸の中での好感度は急上昇していた。
だが——大量のモブ星人を引き連れて逃げた先の結末など、火を見るより明らかだ。そこにあるのは死一直線。彼に戦闘能力があるとは思えなかった。
(……惜しい奴を亡くしたかもな)
丸はほんの少しの寂しさを覚えた。
そこに、致命的な隙が生まれた。
目の前にいるミユの可愛らしさとスーツ越しの身体に目を奪われ、さらに『ぺっとぼとる』の話に気を取られていた。
普段なら決して見落とさない敵の気配、動き、殺気。
空間に新たに現れたミユへと向けられる、大型モブ星人の左腕。
その巨大な砲身の奥で、赤い光が凶悪に収束していくのを、丸は振り返った視界の隅で捉えた。
——刹那。
「どけ——っ!」
「キャッ——!?」
スローモーションに引き延ばされた景色の中で、丸は自分が反射的にミユへ飛びかかり、その身体を突き飛ばしていることに気づいた。
癖だ。以前の自分なら考えられない狂った癖。誰かが死にそうになると、身体が勝手に動いてしまう意味不明な衝動。
東森華凛が、自分に変革をもたらしてしまったのだろうか。本人の自覚もないまま、その存在は丸の根底を大きく塗り替えていた。無自覚なヒーロー性。それが、ミユを庇わせた。
直後、死の赤光が丸の背中を撃ち抜いた。
灼熱と、痒みにも似た激痛。熱塊が背中を灼き穿ち、その凄まじい指向性のエネルギーに押し出されるまま、丸の身体は空中へと吹き飛ばされる。
視界の先には、激突を待つ壁。
背中のスーツがドロドロに溶けていく感触が死を確信させる。
このままじゃ死ぬ。モブ星人の本体まで、あと一歩というところで。
白黒に点滅する意識の明滅の中、脳裏に浮かんだのは——東森華凛の顔だった。
(死ねねえ……こんな所で死んだら、あいつが泣く)
自然と手から零れ落ちたガンツソードを捨て、丸は動く右手を必死に腰へ伸ばした。歪む意識の底で目当ての感触を掴み取る。
Yガン。
何もない上空の壁に向け、がむしゃらに引き金を引いた。
放たれたワイヤーの先端に自分の足を引っかける。瞬間、強烈な巻き上げ力が身体を強引に引き上げた。
背中を焼き尽くしていた光線から強引に離脱し、急速に視界が開ける。
天井近くの壁に突き刺さったワイヤーに絡まり、丸は逆さ吊りのまま宙にぶら下がった。力が入らない。だらりと弛緩した四肢から、荒い呼吸とともに口から溢れた血が滴り落ちる。
濁った視界の向こうで、残った腕と左足だけで這い上がろうとする大型モブ星人と、恐怖で蹲るミユの姿が見えた。
背中の感覚が消えている。溶けてなくなったのか? 疑念と恐怖が脳を駆け巡る。
天地が逆転した世界。滴り落ちた自分の血が口腔から鼻の穴へと逆流していく。
——なんのために戦う?
——なんのために俺はここにいる?
——本気って、なんだ?
『俺が強くなって、お前と一緒に戦う』
華凛に告げたあの誓い。
微かに残る足と腕の感覚。
丸は歯を食いしばり、溢れ出す血を噛み殺した。
「ガ……ッ……ァ……アァアアッ!」
叫んだ。持てるすべての意地を込めて。
脳を覚醒させ、無理やり神経を繋ぎ直すための雄たけび。全細胞に力を取り戻す。
焼き切れるような痛覚を力でねじ伏せ、右手を強く握りしめた。
ガンツソードはもうない。
なら、この右手でいい。拳を作れ。
負けないだけじゃ駄目だ。生き残るだけでも、ただ息をしているだけでも駄目だ。
倒す。……殺す。完膚なきまでに殺し切らなきゃ、誰も救えない。
誰かが泣くことになる。
「——か、りん……! く、くあぁああアアッ!」
幸いにも、足と右腕のスーツは生きていた。
壁面に残った足を叩きつけ、爆発的な力で蹴り出す。最短、最速の直線軌道。
狙うは大型モブ星人の頭部——その脳髄。
右腕を限界まで引き絞り、砲弾のごとく突出させる。スーパーマンが空を穿つような突撃姿勢。
あらゆるノイズを削ぎ落とし、丸は自身を「一筋の矢」へと昇華させた。
「——ッ!」
漆黒の影が宙を疾走し、尾を引く残像となって巨人の頭部を力任せに撃ち抜いた。
脳を破砕された巨体が、今度こそ完全に沈黙し、床へと倒れ伏す。
ドォン! と重い肉塊の崩壊音。
直後、突撃の衝撃を殺しきれなかった丸の身体が床を転がり、何度も跳ね回りながら壁に激突してようやく止まった。
「……はぁ……っ……はっ……!」
……なんとか、生きている。
足以外は感覚が失われかけていたが、痛みがあるということは、まだ死んでいないということだ。
足音が近づき、誰かが丸の体に触れた。
白く濁る視界で捉えたのは、感極まった表情の少女。
「……月川さん! 倒したよ……! あの化け物を……すごい、本当にすごいよ!」
尊敬に満ちた眼差し。赤く染まった頬。
だが、丸は青ざめた。
「まだだ……! 星乃……Xガンで……あいつを……ッ!」
「あいつ……? 誰のこと……!?」
「は、やく……っ」
説明したくとも喉が潰れて言葉にならない。
大型の中に潜む「モブ星人の本体」を殺さなければミッションは終わらないのだということを、初参加のミユは知らない。
そして残酷にも、地鳴りのような轟音が丸の鼓膜を激しく揺らした。
競馬場の足音を何千倍にも増幅したような、圧倒的な群集の足踏み。
ミユに上半身を抱え上げさせ、丸はその音の方向を睨みつけた。
通路の奥から、見知ったふたつの影が全力で走ってくる。
赤髪の中肉中背——刈谷と、幼い少年の圭介だ。
刈谷が丸の姿を捉え、喉を張り裂けんばかりに叫んだ。
「月川ぁっ! 逃げろぉッ!」
逃げろ?
刈谷たちの背後に目を遣った丸は、言葉を失った。
黒い「壁」が、絶望的な圧迫感を伴って迫っていた。
いや、壁ではない。それは——
「や、べえ……」
これまで倒してきた数など比較にならない。
カウントすることすら不可能な、まさに『軍団』と呼ぶべきモブ星人の大群。
隙間なく押し寄せる黒い波。
続いて頭上から響いた絶叫と破砕音に、丸は天井を仰いだ。
吹き抜けの二階から跳躍してくる黒いバイクと、必死に飛び降りてくる数人のメンバーたち。
そして、それを追うように——モールの一階中央ホールを取り囲む二階、三階、さらに上の階層から、あふれ出した黒い波が滝のように流れ落ちてくる。
狂気的な「物量」という名の暴力が、終焉の鐘を打ち鳴らしていた。
全てモブ星人のみで構成された漆黒の濁流が、丸たちを丸呑みにせんと迫る。
遅すぎたのだ。
大型モブ星人を無視してでも、本体だけを即座に仕留めるのが唯一の正解だった。
カウントダウンは終了し、丸の視界を「ゲームオーバー」の文字が塗りつぶしていく。
——このまま、終わりなのか?
俺たちは……ッ!