上空を仰ぐ視界の先から、見知った顔が降ってくる。
単身の神崎、藤堂に続き、黒いガンツバイクを操縦する夏目。その後部座席には佐里——さらにその上にしがみついている華凛の姿が、丸の瞳に映った。
華凛の美しい横顔が動き、丸と視線が交差する。その瞬間、二人は笑った。
「——華凛ッ!」
「——月川!」
モブ星人の大群が蠢き、怒涛の勢いで迫り来る絶望の渦中で、丸は確かに希望を見出した。
そうだ、何を諦めている。
まだ何一つ終わっていない。ミッションは——まだ続いているのだ。
ガンツバイクが轟音とともに着地し、他のメンバーも転がるようにして一階へたどり着く。
刈谷と圭介が必死の形相で合流し、これでほぼ全員が揃った。いないのは「ろっく」と「ぺっとぼとる」の二人だけだ。居場所の分からない友人の身が案じられるが、あのろっくのことだ、なんだかんだ生きて踏ん張っているはずだった。
だが、安堵する隙すらない。地鳴りのような群衆の足音が鳴り響く。上階から虫のように溢れ落ちてくるモブ星人の群れ。
全員が背中を合わせ、全方位から押し寄せる敵の波を顔を向ける。
肩で息を吐きながら、刈谷が真っ先に声を張り上げる。
「全員集まったのはいいが、どうする……月川!?」
「刈谷、本体だ……! 逃げ回ってる個体が一体だけいる! そいつさえ殺せば、なんとかなるはずだ!」
「本体だと? だがこの数だ……見つけ出すだけでも至難の業だぞ!」
刈谷が目を凝らして群れを探るが、それらしい反応は見当たらない。
ふと隣を見た丸は、華凛の姿に息をのんだ。スーツが萎び、完全に機能を停止している。
華凛の胸元は、吐血したのか赤黒い血で濡れていた。丸自身のスーツも疾うに壊れている。もはやスーツによる超人的な機動力は望めず、常人レベルの運動が関の山。
スーツが生きているのは、神崎、藤堂、佐里、夏目、刈谷、圭介の六人のみ。前線で張れるのは彼らだけだ。
だが、その中で戦闘力として計算できるのは刈谷、次点で夏目。残る初心者組の戦力は未知数と言わざるを得なかった。
一刻一秒ごとに全滅へのカウントダウンが進む中、丸は華凛の顔を見つめた。そこには少しの諦めもなく、ただ静かな覚悟を宿した瞳が敵を射抜いていた。
「……華凛、動けそうか?」
「当然だ。スーツが死んだ程度で足が止まるか。そちらこそ、立っているのがやっとに見えるぞ、月川」
「何言ってんだ、まだまだ動けるっつーの。ここまでクソほど敵を倒してきたんだ。こんなの擦り傷以下だ」
「——月川、勝とう。勝って、生き残って……全員で帰るぞ」
「——おうッ!」
それぞれの手に握られた武器——Xガン、Xライフルガン、Yガンが、一斉に敵の群れへと向けられる。
ギョーン! ギュイーン! ギョーン! ギュイーン!
明滅する青い閃光。解き放たれる衝撃波とワイヤーが敵を次々と討ち払っていくが、それでも怒涛の進軍は止まらない。あまりにも絶望的な戦力差。減っている実感が湧かないほど、敵の密度は異常だった。
誰しもが口にするのを躊躇っていた悲鳴を、神崎が限界を迎えた顔で吐き出す。
「ダメだ! 東森さんっ、このままじゃボクたちが全滅する……!」
「そんなの分かってんだよッ!」「分かっている!」
射撃の隙を突いて肉薄してきた個体を、丸と華凛のガンツソードが同時に切り裂く。
勝って生きて帰る——そう口にはしたが、それが気休めに過ぎないことは百も承知だった。全員の心を支配していたのは、底なしの絶望だ。
どう考えても無理なのだ。仮に本体を見つけたところで、その前に膨大な物量によって圧殺される。総力戦で挑みながらも、敵の包囲網は着実に狭まっていた。もはや残された時間は、一分か、それとも数十秒か。
その時、丸と華凛の最終防衛ラインを突破した三体が、無防備な初心者組へと牙をむいた。その鋭い指先が、容赦なく彼らに向けられる。
ギュイーン! ギュイーン! ギュイーン!
直後、その三体がわずかなタイムラグを挟んで、内側から連続爆破した。
機械音のした方へ弾かれたように視線を向けた丸は、驚愕に目を丸くする。
バチバチと明滅する空間の歪み。
そこには、膨らんだ黒いスーツの上に金髪二次元美少女の痛Tシャツを着た男が浮かび上がっていた。
ステルスを解除したろっくがXライフルガンを構えて立っていた。
いつだって一番美味しいタイミングで現れる友の姿に、丸の口元が自然と歪む。
「絶体絶命のピンチに颯爽登場するおいら、イケメン過ぎて辛い件について」
「もっと早く来てくれたら楽だったんだけどな、ろっく!」
「それは言わない約束だお! これでも道中でクソほど倒してきたんだお!」
「点数が楽しみだな!」
「ガンツ様に褒めてもらうのだ!」
ろっくの合流により、火力が劇的に跳ね上がった。
彼の異常なまでの射撃センスと正確無比な命中精度のおかげだ。
これで全滅までの時間を、あと十秒ほどは延ばせたかもしれない。——だが、たったそれだけだ。
四方八方から、一斉に突き付けられる無限の指先。その光景が、丸たちの動きを凍りつかせた。
あの不可視のビームが、この密度で放たれれば一瞬で肉塊に変えられる。全滅——その二文字が、脳裏を支配する。
スーツを着ていようがいないようが関係ない。圧倒的かつ決定的な、本当の意味での死の攻撃。
「させるか——ッ!」
「させねえ——ッ!」
すでに身体は動いていた。丸と華凛がガンツソードを極限まで引き絞り、前へと踏み出す。
諦めない。
絶対に。
諦めるなんて真似は、死んでからいくらでもできる。
背中合わせのまま、互いに180度の半分を分担した、渾身の水平一文字斬り。
波寄せるモブ星人たちの首が一斉に跳ね飛び、鮮血の雨が舞う。
たった一秒でもいい。時間を稼ぐ。
それが、残された丸たちにできる最後の抗いだった。
ーーーーー
男——『ぺっとぼとる』こと佐島友長は、無我夢中で通路を走っていた。
激しく上下する胸。荒い息。自分がどれだけの距離を走ってきたのかすら分からない。
流石に限界を迎えた佐島は、両膝に手をつき、その場に崩れ込むように立ち止まった。
「はぁ……っ! はあ……はあ~……星乃ちゃん、無事に逃げ切れた……っスよね?」
わけのわからないモブ星人という大量の怪物に遭遇し、星乃を庇って囮となり、逃げ惑ったのがついさっき。何十分と走り続けたはずだ。持ち前の足の速さと 強運だけで追撃を振り切り、奇跡的に生き延びていた。
それにしても、と佐島は自身を包む漆黒の衣服——スーツに視線を落とす。このスーツの驚異的な身体能力のおかげで逃げ切れたのは間違いない。あの時もし戦っていれば、自分でも敵を倒せたのではないか——そんな錯覚すら覚えるほどのパワー。
彼自身は、自分が単に「足が速くて運が良いだけ」で生き残っている事実に、まだ気づいていない。
タラレバを言っても仕方ないと首を振り、佐島は息を整えながら足を進めた。
またあの群れに遭ったら逃げればいい、と内心で腹を括りつつも、遭わずに済むならそれに越したことはない。
それにしても、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っているのが妙だった。
「おかしいっスね……」
照明が虚しく灯る、誰もいない空っぽのショッピングモール。
ふと、佐島は前方の通路に目を向け、硬直した。
右腕を吹き飛ばされたモブ星人が一匹、無様な格好でこちらへ向かって走ってくる。
自分を殺しかけたトラウマそのものが目の前に現れ、佐島は一瞬でパニックに陥った。
「な、なんスかもう……! なんで自分ばっかりこんな目に……! でも、一体だけなら……っ!」
ホルダーからがたがたと震える手でXガンを抜き、走ってくるモブ星人へ銃口を向けた。
照準が定まらない。呼吸が浅く激しくなる。
Xガンのディスプレイには、ターゲットの体内の透過画像が表示されていた。
射程圏内に滑り込んでくるのを息を殺して待つ。
限界まで引きつけて、なかばヤケクソでダブルトリガーを引いた。
「当たれええっ! っス!」
ギョーン!
独特の発射音と青い光が駆け抜ける。だが、モブ星人は涙を流しながら佐島の脇を通り抜け、そのまま走り去っていく。
外れたか、と悲鳴を上げて逃げ出そうと振り向いた瞬間——
背後で、逃げていたモブ星人の身体が内側から急速に膨張し、内部から爆発した。
「マ、マジっスか……!? 自分、やったっス! 倒したっスよおおおおおおおおおおお!」
予期せぬ大金星に、佐島は両腕を突き上げて歓喜の叫びをあげた。
頭上から降り注ぐ転送の光線の輝きにも気づかず、彼はただ一人、勝利の雄叫びを上げ続けていた。
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丸と華凛が刃を振るった直後、死の雨のごとき一斉攻撃が放たれようとしていた。
しかし、ビームが放たれる間一髪のところで、モブ星人たちの動きがピタリと停止した。
「……止まりやがった、だと……!?」
「これは……一体どうなっているんだ!?」
視界を埋め尽くすモブ星人たちが、一斉に人形のように固まり、その場に不気味な静寂が訪れる。
理由は分からない。だが、間一髪で全滅を回避したことに、全員が安堵の息を漏らした。
「誰かが……本体をやったのか……!?」
本体の死。それ以外にこの現象を説明できる理由はなかった。
自滅か、それとも誰かが奇跡的に刺し違えたのか。
丸が混乱の中で周囲を見渡すも、包囲する敵は固まったままだ。
「この感覚……転送か!?」
全身を縛り付けるような独特の硬直感。丸はミッションの終了と転送の開始を直感した。
体が固定され、頭上からピピピと音を立てて分解・転送されていく。
消えゆく視界の先には、自分を見つめる華凛の姿があった。
「月川……ミッションが、終わったんだな……」
「みたいだぜ。良かったな、華凛」
「あぁ……これで、帰れるんだ」
「あっちで、先に待ってるぞ」
言葉を残し、丸の身体が光の粒子となってその場から消え去った。
そうか——あの弾けるような華凛の笑顔を見るために、自分はこの地獄のようなミッションを泥臭く戦い抜いてきたのだと、丸は心の中で深く実感していた。