チリリリリリリン!
甲高い鐘の音が耳元で喧しく鳴り続ける。
丸はスマホの画面に手のひらを大雑把に落として、目覚ましアラームを止めた。
「うるせェ……」
ついでに体のあちこちが痛い。
起きたばかりの濁った視界の中、倒れるようにして部屋の床に転げ落ち、更に痛みが広がる。
「いって……ェ」
何故こんなに全身から痛みが走るのか、疑問に思いながら昨夜の出来事を思い出す。しかし、あまり思い出せない。まだ目覚めてすぐだから脳がまだ起きていないのだろう。
丸と一緒に転げ落ちてきたスマホを起動し、時計を確認する。時刻は朝の9時過ぎ。
「マズイッ! 遅刻……いや、俺のスマホなんか知らないけど一時間遅れだから遅刻じゃないや」
慌てて立ち上がって、制服に着替える途中で問題ない時間だと気づき――自分の体を見ると、黒いスーツ姿だった。
しかもボロボロで、砂利や土まみれで汚い。
それを見て、ようやく昨夜というか、今朝の出来事を思い出す。
丸はスーツの性能を確かめたくなり、深夜の街を飛んで――そして、工場に激突した。スーツが壊れるというおまけ付きで。
「スーツ壊しちゃったけど、弁償きくのかな……交換できるよな……? で、できるだろ! ガンツが想定していないはずがない! そ、そうだガンツスーツは交換できる……てか、派手に動いただけで壊れるとか! もろすぎだろ! これ俺のせいじゃないだろ! ガンツに文句を言おう、そうしよう」
実は丸の使い方がとてもスーツに負担をかけていたとは思いも知らず、一人わめきだして最終的に納得する。
ガンツが悪い、と。
丸の中でそう決まれば、爽やかな朝を迎えることができた。
スライスチーズを乗せた食パンを焼いてケチャップをたくさんかける。更にそこにもう一枚チーズをIN。
丸特製スペシャルピザ風焼き食パンだ。それを丸かじりしながら、テレビをつけて朝のニュースを見る。
『昨日のバス交通事故による死亡者8名。事故の原因である運転手は持病を持っており、運転中に意識を失いました。運転手は事故に遭い、一命を取り止め――』
「俺たちの乗ってたバス、だな。あの運転手の奴、ガンツに呼ばれなかったと思ったら、生きてたのかよ」
丸が死ぬことになったバスの交通事故。
その原因となった運転手は幸運にも生きていた。
被害に遭った乗員8名の名前、それを見て丸は勢いよく立つ。
「俺たちの名前じゃない……? 死んだのは確かに俺たちだ……だが、改ざんされてるのか?」
都合よく変化した現実。
現実をも改ざんできる影響力を持つガンツに恐れを感じ、その強大さに驚く。
ニュース番組をそもそも乗っ取っているのか、はたまた事実そのものを改ざんできる特殊能力でもあるのか。
とはいえ、丸にとって好都合なのも事実。事故によって死んだ丸が平気な顔をして歩いて生きていたら、不都合が生じる。その不都合が無くなったのだ。丸からしてみれば、渡りに船だった。
「そもそも何回かガンツに来たことがある生徒会長もいるんだ。ってことは華凛も俺たちより先に死んでて、でも俺たちは華凛が生きていると認識していたんだからな。あ~わかんね、考えるだけ無駄か……」
朝なのでこれ以上ややこしいことを考えるのがめんどくさい。
その理由で丸はスーツをぐしゃぐしゃに脱いで部屋の隅に投げ飛ばし、制服に着替える。
その時、ピンポーンと玄関のチャイムがなった。
丸は急いで急な角度の階段を2段飛ばしでジャンプしながら駆け降りて、玄関のドアを開く。
「誰~? あ、まな板」
開いたドアの先にいたのは、制服を着たショートカットヘアの少女であった。
まな板。丸がそう呼んだのは、少女の胸が崖のようにぺったんこ――貧乳だからである。
貧乳に目をつぶれば、十分美少女と言える。しかし、丸は巨乳派なのである。丸は彼女のことをエロい視点で見たことがなかった。
「丸~? 朝から、そのワードを使うとは、いい度胸ね……って、どうしたの、その怪我」
「怪我? あー、気にするな。ちょっと転んで」
「ヤダ! 丸、肩から血出てるじゃない! ちょっと! こっち来て!」
「おい、来てって、ここ俺んち……」
「いいでしょ! 付き合い長いんだから! 応急キットは確かこっちね」
「いいって、別にー」
愛に強く手を引かれ、リビングのソファに座らせられる丸。
それから愛は途中で手に取った応急手当セットを開いて、丸の方を見つめる。
「脱いで」
「はぁ? なんでお前相手に脱がないといけないんだよ。やだ」
「脱ぎなさい」
「エッチ」
「脱げって言ってんの! 脱がないとあなたの隠しているエロゲたちを家族に公開するから」
「脱ぎます」
この幼馴染は何故丸の所有しているエロゲを把握しているのだろうか。
そのエロゲを家族に公開されるのは丸の家族内立場が終了するので、素直に服を脱ぐ。
すると、丸の鍛え抜かれた上半身の至る所に深い傷が血を滲ませている。
特に肩の傷が深く、軽く肉部が抉れている。
「どうしたの……この傷……?」
「ちょっと、遊び心で……転んで……」事実である。
「嘘! 絶対何かあったでしょ!? 隠さないで」
「う、嘘じゃないって! 本当に転んだの! ちょっと勢いよく転んで壁にぶつかって」もう一度言うが、事実である。
「……本当に?」
「ホント」
「……分かった」
丸の真面目な顔に、しぶしぶ引き下がった愛は、応急処置を傷口に施していく。
「痛い! もっと優しくしろ!」
「私に黙ってたお仕置きです。動くともっと痛いわよ」
「いったい! 痛い! 助けて! 誰かァ!」
「うるさい! しゃべるな! もう、本当にバカなんだから……」
そう言いながらも優しい手つきで丸の傷口をガーゼで覆い、包帯を巻く。
愛は一通り処置を終え、丸の隣に座る。
「心配したんだから……」
「悪い。あと、巻いてくれてありがと。マシになった」
「もう……そういうところがズルいよね」
「なんか言ったか?」
「何にも。本当にひどいんだからね、傷。病院行ったほうがいいかも」
「考えておく」
「ゼッタイ行かないやつ……それ」
その時、丸が愛を巻き込んでソファに倒す。
丸が仰向けになって横になり、丸がその上を覆う形。丸の掌が愛の顔の横に重心をかけて置く。
「え――?」
「なあ、愛……俺が今、お前としたいって言ったら怒る?」
「――――」
今まで丸は幼馴染のことを性的な目で見たことがなかった。
今までも、これからもそうだと思っていた。しかし、大怪我をして身体が火照っているのか、丸の本能が昂っているのかもしれない。
丸は今、愛のことを性的に見ていた。
押し倒し動揺した少女の顔が赤く染まっていき、その瞳が丸の包帯が巻かれた上の綺麗なうなじを捉え、ごくりと喉を鳴らす。
静寂が訪れる。
荒い吐息、切なげに見つめる丸の視線。
やがて丸の顔が愛に近づいていき、その唇が触れ合う――寸前。
「――キャぁああああああ!!」
丸の体が悲鳴を上げた愛に蹴り飛ばされリビングの床に落とされた。
思ったよりも勢いが強く、蹴った後愛が「あっ、ごめん!」と謝る。
丸は蹴られたのを痛がりもせず、「……いや、俺が悪いわ」と立ち上がって、恥ずかしそうに頭を掻く。
「ちょっと、俺、先に行くから……」と制服を雑に着て、玄関の方に歩き去る。
「ま、丸――!」
愛が止めたが、一瞬振り返って申し訳ない顔をした後、丸は玄関の外に行く。
リビングに一人取り残された愛が俯く。
「私のバカ……丸のバカ……」
と、悲しそうに一言呟いた。