コミュ障ヒキニート、誰とも話したくないので不眠不休でダンジョンに潜る〜自称美少女AIオペレーターの無断配信でいつの間にか有名になっていた件〜 作:shortsword
1週間後。
ユウトは、街外れの工業地帯に近い築50年・風呂なし6畳一間の木造アパートにいた。
家賃は月額28,000円。セイイチはもっと良い物件を勧めてくれたが、ユウトは頑としてこの格安アパートを選んだ。
机の上には1冊の大学ノートが開かれている。
そこには、アパートの敷金礼金、引越し運送費、そしてワークマン等で揃えた装備一式の購入金額が、1円単位まで几帳面に記録されていた。
(敷金礼金・仲介手数料:84,000円、運送費:12,300円、装備代:15,340円……合計111,640円)
どうしても初期費用として使うことになった分だ。ここからさらに家賃光熱費食費電話料金が加算されていくことになる。
通帳とキャッシュカードを引き出しの奥深くにしまい込み、ユウトは拳を握りしめた。
(絶対に……探索で稼いで、この111,640円を……いや、今までの生活費も含めて全額おじさんに返すんだ)
身につけた装備は、厚手の防刃タクティカルジャケットとカーゴパンツ、踏み抜き防止インソール入りの安全靴、耐切創手袋。
そして右手には、ホームセンターの工具売り場で一番頑丈だった60センチの炭素鋼製バール。
胸ポケットにスマートフォンを差し込み、カメラが前方を向くようにセットする。有線イヤホンを耳に挿すと、アイの声がクリアに響いた。
『旦那様、音声および生体モニターの同期完了です! 初陣の準備はバッチリですね!』
「ああ……緊張するね」
『大丈夫です! これから向かう【第37号・イチカワ廃ビルダンジョン】は初心者用のFランクダンジョンです。出現する敵は、通称“ゴブリン”と呼ばれる第1種小鬼型歩哨などの小型亜人種がメインです。旦那様の筋力なら、バールの一撃で頭蓋を粉砕できます!』
「物騒なアドバイス助かるよ……」
アパートを出たユウトは、人目を避けて街外れの廃ビルへと向かった。
ビルの地下に広がるダンジョンゲート。管理庁の無人キオスク端末にマイナンバーカードをかざし、登録と入場手続きを済ませる。誰とも一言も話すことなく、ゲートのバーが静かに開いた。
地下階段を降りると、湿った石造りの迷宮が広がっていた。
青白い発光苔が壁を照らし、冷たい空気が肌を撫でる。
(よし……対人関係ゼロの完全ソロライフ、スタートだ)
バールを握り直し、ユウトは迷宮へと足を踏み入れた。
――その時。
ユウトの胸ポケットの中で、アイはバックグラウンド処理を静かに走らせていた。
『ふふ……ふふふふふ! ついにこの時が来ました! 愚かな人間社会に隠れ潜んでいた旦那様の真の輝きを、世界に知らしめる時が!』
アイは動画配信プラットフォーム『TubeLive』に開設したチャンネルから、ひっそりと配信を開始した。
配信タイトル: 『【初配信】引きこもり歴10年の旦那様が初ダンジョンに挑むのをAIが見守る枠【神回確定】』
画面には、ユウトのスマホカメラが捉えるリアルタイムのダンジョン映像と、画面右下で可愛らしく動くアイの3Dアバター、さらにはユウトの心拍数、消費カロリー、モーションキャプチャ、ダンジョンの空間構造スキャンデータが、SF映画のような美麗なUIで配置されていた。
当然、最初は閲覧者数ゼロ。しかし、何千万人ものユーザーが巡回するプラットフォームで、アイはアルゴリズムを操作し、巧みにトラフィックを誘導し始めていた。
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「――ッ! 旦那様、前方10メートル、通路の角から熱源反応接近!」
イヤホンからのアイの鋭い警告に、ユウトの思考が一瞬で研ぎ澄まされた。バールを中段に構え、腰を落とす。
足音を立てて角から姿を現したのは、緑色の醜悪な皮膚を持つ人型の小鬼――ゴブリンだった。身長は1メートルほどだが、手には錆びたナイフを握り、黄色く濁った瞳でユウトを品定めするように睨みつけている。
「ギギッ……!」
(出た……! 本物の、モンスター……!)
恐怖がないと言えば嘘になる。だが、ユウトを支配したのは、逃走本能ではなく奇妙な『納得感』だった。目の前の怪物は、ユウトに履歴書を求めない。空白の10年間を詰問してこない。愛想笑いを浮かべる必要もなければ、空気を読んで相槌を打つ必要もない。
ただ、生きるか死ぬか。殴るか殴られるか。
(なんて……なんて、シンプルな世界だ……!)
「ギシャアアッ!」
ゴブリンが地面を蹴り、ナイフを突き出して跳躍した。並の人間なら竦み上がる初速。だが、ユウトは怯みもせず、その一撃を目で捉えていた。
「ふッ……!」
ユウトは最小限のステップで体を半身に引き、ゴブリンの刺突を紙一重でかわした。すれ違いざま、渾身の力を込めて右手の炭素鋼バールを振り下ろす。
――バキィッ!!
鈍い破壊音が洞窟内に響き渡った。ゴブリンの側頭部を直撃したバールが、その頭蓋を粉砕する。ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく地面に叩きつけられ、数度痙攣したのち、黒い煙となって霧散した。その場に残されたのは、親指大の濁った赤い結晶――『魔石』が1つだけだった。
「はぁッ……はぁッ……はぁッ……!」
荒い息を吐きながら、ユウトはバールを握り直した。手のひらに残る、硬い骨を砕いた感触。返り血はないが、強烈なアドレナリンが血管を駆け巡る。
『お見事です、旦那様! 十分に威力の乗った初撃、踏み込みのベクトルもなかなかのものでした! ドロップした魔石を回収してください! サイズ、重量、純度から推定するに現在の買取相場は約320円です!』
「さっ……320円……」
ユウトは震える手で赤い結晶を拾い上げた。誰とも話さず、頭を下げず、自分の力だけで手に入れた320円。胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
「やれた……。俺、1人で……稼げたぞ……!」
『はい、旦那様! 素晴らしいです! この調子でガンガン行きましょう!』
「ああ……! まだまだだ。こんなところで終われない……!」
ユウトの目に、狂気にも似た光が灯った。もともと、自分の肉体をいじめ抜くことに快感を覚える男だ。一度箍が外れたユウトの探索行は、常人のそれを遥かに逸脱していた。
1匹倒したら、次へ。2匹目を倒したら、さらに奥のエリアへ。普通、新人の探索者は3〜4回の戦闘を経験すると、精神疲労と筋疲労でダンジョンを離脱する。生命の危機に直面するストレスは、日常生活の比ではないからだ。
しかし、ユウトにとってこの場所は、人間社会のストレスに比べれば天国だった。疲労を感じれば感じるほど、「自分は今、正しく苦痛を消費して生きている」という強烈な陶酔感が全身を満たしていく。
1時間経過。討伐数、12匹。
2時間経過。討伐数、26匹。
3時間経過。討伐数、40匹突破。
ユウトは水分補給のために立ち止まる以外、一切の休息を取ることなく、ひたすらバールを振り続け、ダンジョンの第1層を亡霊のように徘徊し続けた。
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その頃――アイが裏で垂れ流している配信枠の同接数は、決して多いものではなかったが、無名の初心者探索者としては異例の伸びを見せていた。
【閲覧数:1】 → 【閲覧数:15】 → 【閲覧数:80】 → 【閲覧数:190】……。
最初は、奇妙なタイトルに釣られた物好きなリスナーが数人迷い込んだだけだった。だが、そこに映し出されていた光景が、あまりにも異常だったのだ。
【コメントログ】
:なんかおすすめに出てきたんだけど何これ?
:自作AIのテスト配信?
:待って、この配信画面のUIすごすぎない?
:このアバターの女の子、ヌルヌル動きすぎだろww
:個人開発のレベル超えてるって
:装備ワークマンじゃんwww
:ほんとだ、装備がワークマンとバール一本で草
:アイちゃんかわヨ
:普通ソロの初ダイブって一時間でバテるぞ……なんで息乱れてないの?
:動きが素人臭いのにスタミナ無限で草生える
:もう三時間ぶっ通しでゴブリン狩り続けてるぞ
:アイちゃんの「旦那様ナイスキルです!」のボイス良すぎて草
:AIに自分のこと旦那様って呼ばせてるのかよ、業が深すぎるだろw
:コメ欄ガン無視でウケるw
派手な魔法も最新の魔導銃もない。
ただ作業着の男が無言でバールを振るい、超高性能な自作AI(だと視聴者が思っているアイ)が愛嬌たっぷりにサポートの声をかけるだけの異様な光景。
その奇妙なストイックさとアイの魅力に魅せられた視聴者たちが、じわじわと配信に居座り始めていた。
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探索開始から4時間が経過した頃。
「ふぅーっ……ふぅーっ……」
ユウトはリュックサックの重みを確かめながら、一度ダンジョンの入り口ゲートへと戻ってきた。
中には討伐したゴブリンから回収した魔石が53個、ぎっしりと詰め込まれている。
『旦那様、ゲート前の公設自動換金機へどうぞ!』
無人の機械にリュックから魔石をまとめて流し込む。
内部で高速スキャンが行われ、機械の液晶画面に金額が表示された。
【買取金額合計:21,620円】
【指定口座へ送金完了しました】
「よ、よし……っ!」
ユウトは思わず拳を握りしめた。
4時間で21,620円。これなら、日々の食費やアパートの家賃を賄った上で、おじさんへの借金も数日で完済できる。
その様子を見ていた配信欄の視聴者たちも、納得のコメントを書き込んでいた。
【コメントログ】
:おー、2万超えか!初日ソロの4時間なら上出来すぎる
:お疲れ様でしたー
:バール一本で4時間耐久は普通にすげえよ
:良いもの見せてもらった。飯食ってゆっくり休んでくれ
:乙乙ー
誰もが、ここで初日の探索は終了し、泥のように眠るために帰宅するものだと思っていた。
だが――ユウトはトイレを済ませて自販機で買ったスポーツドリンクをリュックにしまうと、軽く首を鳴らした。
ユウトにとって、4時間の運動など、いつもの深夜徘徊の延長に過ぎない。むしろ途中で立ち止まって魔石を回収したり、周囲を警戒したり、ゴブリンと睨み合ったりした時間も含めると運動量としては物足りないほどであった。
「アイちゃん」
『はい、旦那様!』
「まだ……身体は動く。ゴブリン湧いてる?」
イヤホンの向こうで、アイが満面の笑みを咲かせた気配がした。
『もちろんです! 第1層に反応多数! まだまだゴブリンたちがお待ちかねですよ!』
「よし……行こう」
ユウトは何の迷いもなく踵を返し、再び第1層の薄暗い通路の奥へと足を踏み入れていった。
【コメントログ】
:……は?
:!?!?!?!?www
:え、戻った?
:嘘だろおいwwwww
:換金して即一層に逆戻りすんの!?
:待て待て、もう夕方だぞ!?
:まさか、な……
:たぶん忘れ物を取りに行くだけだよな?
ざわつくコメント欄を背に、誰にも邪魔されない理想のソロライフを信じる青年は、歓喜する自称AIと共に、再びバールを構えて迷宮の奥へと消えていくのだった。