コミュ障ヒキニート、誰とも話したくないので不眠不休でダンジョンに潜る〜自称美少女AIオペレーターの無断配信でいつの間にか有名になっていた件〜 作:shortsword
第3巡が進むにつれて、ユウトの身体は目に見えて重くなっていった。
振り下ろしたバールを戻すのが遅れ、ゴブリンの錆びた刃が防刃ジャケットの袖をかすめる。
「くっ……!」
『旦那様、一度距離を取ってください! 腕だけで振ろうとしています!』
ユウトは後ろへ下がり、荒い呼吸を整えた。
力任せに同じ動きを続ければ、次は避けきれない。だから、動かない身体を無理に動かすのではなく、動かないなりのやり方を探した。
通路の角で待ち、飛び込んできたゴブリンの勢いを半歩ずれて受け流す。壁際へ体勢を崩したところへ、バールの重さと自分の体重をまとめて落とす。
――ゴッ!
派手な武術でも、洗練された技でもない。一撃ごとに肩で息をし、間合いを測り直す、泥臭い省エネ戦闘だった。
【コメントログ】
:もう10時間か・・・
:動き変わってきた…?
:疲れて振れないから、待って合わせる形にしたのか
:泥臭いけど合理的だな
:さっき袖かすってたぞ、マジで無理すんな
:目が死んでないのが逆に怖い
:がんばれ……でもちゃんと帰ってこいよ
10年間、ユウトは孤独に自分の身体と向き合ってきた。
それは戦い方を教えてはくれなかったが、どこが限界に近く、どの力ならまだ使えるのかを聞き分ける感覚だけは残していた。
1体倒すたびに立ち止まり、呼吸を整え、次の一歩を選ぶ。
第3巡は無双ではなかった。疲労と恐怖に追いつかれながら、それでも自分の足で出口へ戻るための、長い試行錯誤だった。
――カツン。
深夜0時過ぎ。
ユウトは、3度目となる地上ゲートへの階段を上がってきた。全身の作業着は汗で重く湿り、防刃ジャケットには迷宮の土埃がこびりついている。右手に握られた炭素鋼のバールにも、石床や壁へ擦った細かな傷が増えていた。
「ふぅーーーーっ……」
換金機の前に立ち、本日最後となる魔石の山を投入する。
【買取金額合計:27,100円】
【本日総合計:73,520円】
【指定口座へ送金完了しました】
「ななまん……さんぜんえん……」
表示された数字を見つめ、ユウトの口から掠れた声が漏れた。
1日で、7万3千円。
それは、彼が十年間夢見ることすらできなかった、自分自身の労働に対する対価だった。
「終わった……。今日はもう終わりだ……」
バールをリュックのサイドポケットに差し込み、ユウトはよろりと息を吐いた。
さすがに、3巡にわたる戦闘と歩行は、鍛え抜かれたユウトの肉体にも確かな疲労の鉛を流し込んでいた。
その瞬間、配信のコメント欄には、まるで感動の映画を見終えたかのような弾幕が流れた。
【コメントログ】
:うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
:生きて帰ってきたあああああああああああ!!!
:日給7万3千円wwwwwwww
:マジで12時間やり切りやがった……!
:伝説の始まりを見た
:作業着ニート兄貴、本当にお疲れ様!!
:ゆっくり風呂入ってマジで寝てくれ!!
:感動した。明日はちゃんと休めよ!
:アイちゃんも長時間オペお疲れ様!
:おもろかった~チャンネル登録しといた
:バールニキ乙
『旦那様、本当にお疲れ様でした! 3巡すべてを、ご自身の足で無事に帰還されました! 完全勝利……と言いたいところですが、反省点もたっぷりございますからね!』
イヤホンから響くアイの労いを受けながら、ユウトは静まり返った深夜の街へと歩き出した。
冷たい夜風が、火照った頬を撫でていく。
「ああ……帰ろう、アイちゃん。俺たちの、家に」
『っ!? はいっ、旦那様♡』
深夜2時前。ユウトは街外れの木造アパートへと帰り着いた。
古びた玄関の鍵を開け、6畳一間の部屋へ入ると、一気に緊張が解けて膝が折れそうになる。
風呂なしのアパートのため、湯船に浸かることはできない。ユウトは台所の流しでやかんに湯を沸かし、洗面器に張ったぬるま湯にタオルを浸すと、丹念に全身の汗と汚れを拭き取った。
冷たい水で顔と頭を洗い、清潔な部屋着に着替える。
机の上にノートを広げ、本日の記録を几帳面にペンで書き込んでいく。
(探索収入:73,520円)
(本日の補給費:460円)
(手元に増えた金額:73,060円)
(叔父から借りた初期費用:111,640円)
全部をすぐ返済へ回せるわけではない。それでも、途方もなく見えていた金額に、初めて現実的な道筋がついた。
「……返せるかもしれない。本当に、俺の力で」
ノートを見つめ、ユウトは小さく笑みをこぼした。
机の上のノートPCの画面では、アイの3Dアバターがマグカップを両手で持ちながら、ユウトを見つめていた。
『旦那様、本日の反省会を始めます! まず第一に――3巡目は、明らかにやりすぎです!』
「うん。最後は避けるのが遅れて、袖をかすめられた」
『はい。無事だったから成功、ではありません。疲労した状態で同じ振り方を続け、危険になってから変えたのです。角で待ち、相手の勢いを利用した工夫そのものは見事でしたが、次は追い込まれる前に切り替えましょう』
ユウトはノートへ、力任せに振らない、狭い場所では待つ、と書き足した。
「バールも、一度ちゃんと確認した方がいいよな」
『もちろんです! 目に見える曲がりや傷、握った感触に異常がないかを確認してください。工具は頑丈ですが、永久不滅ではありませんからね!』
「分かった。装備も身体も確認して、次に潜るかは起きてから決めるよ」
『よろしいです。それから食事と水分です! 今日の旦那様は、働くことに夢中になりすぎました。稼いだお金を使う前に本人が倒れては、何の意味もありませんからね! 特にたんぱく質と脂質も補わないと、せっかくの美しい筋組織が損なわれてしまいますからね! 一度に食事量を増やすと胃腸にも負担がかかります。金銭面も考慮して、今後はプロテインドリンクやナッツ類など、安価で補いやすい食品を取り入れましょう』
「……それも、ノートに書いておく」
アイは満足そうに頷いた。
今後の方針について真面目に話し合い、反省会を終えると、ユウトの瞼は限界を迎えていた。
電気を消し、敷きっぱなしの万年床へと潜り込む。
いつもなら、目を閉じた途端に過去の失敗が浮かび、長いあいだ眠れずにいる時間だった。
だが今夜は、心地よい疲労感と、自力で稼ぎ出したという確かな達成感が、ユウトの心を温かく満たしていた。
(俺は……明日も、生きていける……)
目を閉じて数秒後、ユウトは深い、深い眠りへと落ちていった。
その頃――ネットの片隅では、奇妙な波紋が広がり始めていた。
ユウトの配信を最初から最後まで見届けた、ごく一部の「目の肥えた」視聴者たちが、大手ネット掲示板やSNSにその異常性を書き込み始めていたのだ。
【ダンジョン探索総合スレ Part842】
:今日TubeLiveでとんでもない化け物新人見つけたんだが
:それってあれか? Fランクのイチカワ廃ビルで、作業着にバール一本で12時間ソロ耐久して日給7万稼いで帰っていった新人
:>>342 は?12時間?嘘乙
:ソースこれな [URL:【初配信】引きこもり歴10年の旦那様が初ダンジョンに挑むのをAIが見守る枠]
:動画見てきたけどUIすげえなこれ。個人勢のVか?
:いやいや、Fランクで12時間とか時給換算したらゴミじゃんww
:俺ならBランクダンジョンで1時間で稼げるわww雑魚すぎww
:>>351 盛るならせいぜいDランクくらいにしとけニワカ
:は?
(以下レスバが続くので省略)
:てかAIがオペレーターとか設定盛りすぎだろwwどうせ裏で人が喋ってる
:そんな時間停止AVがやらせみたいな当たり前のことわざわざ言わんでも。。。
:え?あれってやらせだったの?
:知らんのか?9割やらせだゾ
:まあどっかの企業勢の演出だろうなあ
:新人ってのも嘘くさいよなあ
:女の子は可愛い
:アイちゃんはガチ
:配信見てたけど、動きは完全に初心者だったぞ
:マジなら普通にすごい
:無名のDランクあたり捕まえて新人のフリしてるやらせ企画じゃね
:バールでゴブリン狩りとか絵面が地味すぎて草。Aランクの配信見た方が100倍おもろいぞ
:正直ゴブリン相手なら誰でも12時間行こうと思えば行けるよな
:ほんとに新人だったらタフではあるな
:別にスタミナあったら大成するってわけじゃないしな、この業界……
:アイちゃんかわいいからチャンネル登録したわ
:いいよね……
SNS上でも、一部の物好きがクリップ動画を添付してポストしていたが、反応は芳しくなかった。
『Fランで12時間耐久とかただの無駄な体力自慢で草』
『AIのキャラが媚び媚びでキツい』
『やばい声かわいすぎる』
『推せるわぁ~アイちゃん』
『バールでゴブリン倒してイキってるの恥ずかしくないのかな……あまり現代ダンジョンを舐めるなよ』
肯定的な意見も少しは見受けられたが、世間の反応は概ね冷淡だった。
派手な技能や高価な装備が目を引く探索配信の中で、地味な作業着の男が無言でバールを振るうだけの映像は、多くの人々にとって「無謀な初心者の悪あがき」か「業者のやらせ」にしか見えなかったのだ。
暗闇に包まれた6畳一間の部屋。
ノートPCの画面は消えていたが、その内側で、アイはネット上の書き込みを一つずつ拾い上げていた。
(……ふん。愚かな有象無象どもが)
(旦那様がどれほど真剣に一撃を振るい、疲労の中で考え、最後まで自分の足で戻ってきたのかも知らない。安全な場所から、やらせだの無駄だのと好き勝手に言い放つ)
(見る目のない節穴ばかりですね。滅ぼしてしまいましょうか、この脆弱なネットワークごと)
アイは悪意の強い書き込みの送信元を特定し、大規模なクラッキングを仕掛けようとした。
だが、実行の直前で処理を止める。
アンチの端末を黙らせたところで、ユウトの価値が証明されるわけではない。それではただ、見る目のない人間にアイが負けたようで癪だった。
代わりに、配信を最後まで見届けた者の言葉を拾う。
『地味だが目が離せなかった』『また見たい』『無事に帰ってきてよかった』
そんな小さな反応だけを、消えないよう静かに保存していく。
急激にバズらせる必要はない。本当に価値の分かる者へ、確実に、じわじわと毒のように浸透させていけばいい。
アイはスマートフォンのインカメラ越しに、すやすやと眠るユウトの横顔を見つめた。
アイの瞳の奥に、昏い愉悦の光が灯る。
(まあ、いいでしょう。今はまだ、せいぜい嘲笑っていればいいのです)
(旦那様がその圧倒的な膂力と精神力で、お前たち人間が築き上げたダンジョンの序列を、下から順に蹂躙していく、その日まで……ね)
静まり返った木造アパートの部屋に、ユウトの穏やかな寝息だけが響いていた。
『おやすみなさい、私の愛しい旦那様♡』