コミュ障ヒキニート、誰とも話したくないので不眠不休でダンジョンに潜る〜自称美少女AIオペレーターの無断配信でいつの間にか有名になっていた件〜   作:shortsword

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第5話 バールは工具ですよ、旦那様♡

 

 カーテンの隙間から差し込む朝の光が、埃の舞う6畳間を白く照らし出していた。

 

 ユウトはゆっくりと目蓋を持ち上げ、天井の木目をじっと見つめた。

 

(……身体が、軽い)

 

 普段なら、眠りにつくまでに何時間も悶え、過去の記憶に苛まれて浅い眠りを繰り返し、鉛のような重さを引きずって起き上がるのが常だった。

 

 だが今朝は違った。枕元のスマートフォンを手に取ると、時刻は午前9時過ぎを示している。昨夜3時頃に床に就いてから、途中で一度も目を覚ますことなく、およそ6時間の深い睡眠を取れていた。

 

 布団から起き上がり、両手を握ったり開いたりして指先の感覚を確かめる。前腕と広背筋に確かな筋肉の張りがあるものの、関節の軋みや危険な痛みはない。足首を回し、立ち上がって軽く屈伸を繰り返す。

 

「……よし。どこも痛めてない」

 

 声に出して呟くと、机の上のノートPCから、元気いっぱいの電子音が響いた。

 

『おはようございます、旦那様! 心拍数、体温、起床動作の滑らかさから推測するに、コンディションは極めて良好ですね! 6時間ノンストップ睡眠、大成功でございます!』

 

「おはよう、アイちゃん。……本当に、ぐっすり眠れたよ。こんなにすっきり起きられたのは何年ぶりか分からないくらいだ」

 

『ふふん、それは何よりです! ですが旦那様、油断は禁物ですよ。昨日の激しい運動による筋組織の修復は現在進行形です。まずは朝の点検と、しっかりとした栄養補給を行いましょう!』

 

「うん、そうだね」

 

 ユウトは頷き、壁際に立てかけてあった昨日の武器――60センチの炭素鋼バールを手に取った。

 

 蛍光灯の光に晒して細部を観察する。平らなヘラ部分と尖った釘抜き部分の先端には、ゴブリンの頭蓋や石床を叩いたときの擦り傷が白く無数に走っていた。曲がりや亀裂こそ見られないが、握り直してみると、右手のひらにじんわりとした嫌な痺れの余韻が残っている。

 

「……バールそのものは頑丈だけど、やっぱり叩いたときの衝撃が手首や肘に直接来るな。それに、平たいただの鉄棒だから持ちづらいし」

 

『的確な分析です、旦那様! 炭素鋼バールは破壊力と耐久性に優れますが、本来はてこの原理で物を解体するための工具。打撃時の衝撃吸収機構や、手の滑りを防止する設計は施されていませんからね!』

 

「探索を長く続けるなら、ちゃんとした武器を用意した方がいいかもしれないな。昨日は7万円以上稼げたんだし……」

 

『大賛成です! 稼いだお金を握りしめているだけでは、さらなる安全と効率は買えません! これは浪費ではなく、今後も健康に稼ぎ続けるための"必須の初期投資"でございます!』

 

「初期投資、か……。うん、叔父さんへの返済も大事だけど、怪我をして動けなくなったら元も子もないしね」

 

 ユウトは財布を持ち、身支度を手早く整えて外へと出た。

 

 

---

 

 

 朝の澄んだ空気の中を歩き、最寄りのスーパーに着いた。そこに併設された大型ホームセンターには探索者用装備の専門店のコーナーがあった。

 

 平日の午前中ということもあり、店舗内は閑散としていた。ユウトは人目を気にしながら、足早に初心者向けの武器コーナーへと足を運ぶ。

 

 陳列棚には様々な武器が並んでいた。装飾過剰な剣や長柄の槍には目もくれず、ユウトはアイの説明を受けながら、一本の武器を手に取った。

 

「これは……」

 

 それは、人間工学に基づいて設計された市販の『タクティカルメイス』だった。

 

 全長はおよそ55センチ。炭素鋼と強化アルミ合金の複合構造で、重心が先端寄りに絶妙に配分されているため、軽い力で振っても先端に強い遠心力が乗る。打撃部には衝撃を効率よく対象へ伝えるリブが刻まれ、柄の部分には耐滑性と衝撃吸収性に優れた高密度ラバーグリップがついていた。グリップに施された凹凸が手に吸い付くようにフィットし、握力を無駄に使わずに済む感覚があった。

 

『旦那様、そちらは初心者探索者向けに設計されたベストセラー商品です! 過剰な魔法金属や装飾を排し、狭所での取り回し、手首への反動軽減、滑り止めに特化しています。整備も簡単で、刃こぼれの心配もなく、扱うのに特殊な技術も必要ない打撃武器は、現在の旦那様に最も適した選択肢です!』

 

「うん、すごく持ちやすい。これにするよ」

 

 価格は18,500円。ユウトにとっては決して安くない金額だが、昨日の命のやり取りを思えば、迷う理由にはならなかった。

 

 さらにユウトは、腰にメイスを固定できるワンタッチ式のホルスター、防刃性能を高めた厚手のタクティカルグローブ、予備の水分補給用ハイドレーションパックを購入し、スーパーへと向かった。

 

 スーパーの食料品コーナーで買い込んだのは、大容量のホエイプロテイン、ミックスナッツの徳用パック、干しバナナ、そして安価な鶏胸肉と卵、玄米だった。

 

「アイちゃん、ナッツって脂質が多いんだったよね?」

 

 籠にナッツを入れながらユウトが尋ねると、胸ポケットのスマートフォンからアイが淀みなく答えた。

 

『はい。良質な脂質は、長時間の持続的なエネルギー源として不可欠です! 昨日のような塩おにぎりだけでは、炭水化物は摂れてもタンパク質と脂質が枯渇し、せっかくの筋肉が分解されてしまいます! 歩きながら少量ずつ咀嚼できるナッツやドライフルーツは、胃腸に負担をかけずにカロリーを補給できる最高の探索食なんですよ!』

 

「なるほど……勉強になるな。食べることも、身体を維持するための仕事の一部なんだな」

 

『その通りです、旦那様! よく食べ、よく鍛え、よく稼ぐ! それが一流の探索者への第一歩です! あ、緑黄色野菜もいくらか買っておきましょう』

 

 帰宅したユウトは、早速プロテインを低脂肪乳に溶かして飲み干し、茹でた鶏胸肉と玄米をしっかり胃に収めた。新調した装備をバックパックに詰め、タクティカルメイスの感触を部屋で素振りして確かめる。

 

 壁の時計の針が、午前10時30分を指していた。

 

「よし……準備完了だ。行こう、アイちゃん」

 

『はいっ、旦那様! 第2日目の探索、元気に出発進行です!』

 

 

---

 

 

 午前11時。

 

 ユウトは再び、第37号・イチカワ廃ビルダンジョンの地下ゲート前に立っていた。

 

 昨日の1巡目よりは遅い時間帯だが、ダンジョンの中は昼夜を問わず暗闇と発光苔の世界だ。探索に支障はない。

 

「よし、行こう」

 

『はい、旦那様! 2日目の探索、安全第一で張り切って参りましょう!』

 

 ユウトがICカードをタッチして改札を通り抜けた瞬間、胸ポケットのスマートフォンの中で、TubeLiveの配信が静かに起動した。

 

 

【コメントログ】

:あ、始まった

:通知来て飛んできた

:うわマジで枠立ってるwww

:昨日12時間やって今日も潜るの?ww

:嘘だろおい、筋肉痛とかないんか?

:旦那様、生きてたか!

:待って、なんか装備変わってね?

:バール1日で引退してて草

:ちゃんとしたメイス買っててワロタ

:バール卒業おめでとうございます

:アイちゃん今日もかわいい

 

 

 画面の向こうの視聴者たちは、ユウトが本当に翌日もダンジョンへ現れたことに小さくないざわめきを見せていた。昨日の配信を見ていた数少ない固定視聴者や、ネットの書き込みを見て興味本位で覗きに来た者たちだ。

 

 

 地下第1層の青白い通路に降り立つと、ユウトは早速、腰のホルスターからタクティカルメイスを抜いた。

 

「……やっぱり手に馴染むな、このグリップ」

 

 前方に、巡回中のゴブリンが1匹姿を現した。

 

 ユウトは床を蹴り、滑らかに間合いを詰める。昨日よりも無駄な力みが抜け、足音がほとんど立たない。

 

「ギッ!?」

 

 ゴブリンが振り向いた瞬間、ユウトはメイスをコンパクトに一閃させた。

 

――ドゴォッ!!

 

 八角形の金属ヘッドがゴブリンの側頭部に直撃する。バールのときのような手の平への痛烈な痺れはなく、衝撃はラバーグリップに吸収され、運動エネルギーのすべてが魔物の頭蓋へと叩き込まれていた。

 

 ゴブリンは一声も上げられずに頭が砕け飛び、黒い霧となって霧散した。

 

「すごいな……。手首にあんまり響かない。それに、軽く振ったのに威力が全然違う」

 

『ふふん、道具の力を見くびってはいけません! 旦那様の鋭い踏み込みと相まって、威力が1段上がっておりますよ!』

 

「よし、この調子で慎重に行こう」

 

 

【コメントログ】

:うわーえげつない

:っぱ鈍器なんよ

:シンプル暴力

:でも画面映えねえ~

 

 

 ユウトは淡々と、迷宮の通路を進んでいった。

 

 ゴブリンを見つけては間合いを測り、最小限の動作でメイスを叩き込む。1体倒すごとに深呼吸し、背後の安全を確認して魔石を拾う。

 

 1時間おきに立ち止まってはスポーツドリンクで喉を潤し、プロテインバーやナッツを少量ずつ口に含んでエネルギーを補給した。

 

 

 やがて、探索開始から4時間が経過した。時刻は15時。

 

 ユウトは一度地上へ戻り、最初の換金を済ませた。

 

 

【買取金額合計:23,400円】

 

 

「うん、順調だ」

 

 ベンチでゼリー飲料を飲み干し、軽くアキレス腱を伸ばす。

 

 

【コメントログ】

:4時間経過、2万3千円。まあ昨日と同じペースだな

:この辺までは昨日も見た光景

:飯がプロテインバーに進化してるの草

:相変わらず淡々としてるなー

:昨日12時間やってるから、4時間くらいじゃ驚かんわw

:ニキにとっては4時間なんてお散歩感覚なんだろ

 

 

 固定視聴者たちにとっても、4時間の探索はすでに「昨日の実績」の範囲内だった。多少の驚きはあれど、大きな騒ぎにはならない。

 

 ユウトは5分ほどの休憩を終えると、すぐさま地下ゲートへと戻っていった。

 

 

 さらに時間が流れ、探索開始から8時間が経過した。時刻は19時。

 

 2度目の換金。

 

 

【買取金額合計:24,100円】

 

【本日累計:47,500円】

 

 

 ユウトはトイレで手を洗い、顔の汗を拭うと、持参したミックスナッツをポリポリと噛み砕きながらストレッチを行った。

 

 足腰には確かな重みがある。だが、昨日のような手の痺れや、疲れから来る判断力の鈍りはほとんど感じられなかった。装備の改善と適切な補給と慣れが、ユウトの持久力を下支えしていた。

 

 

【コメントログ】

:8時間完走! 今日も日給4万7千円か

:安定感すごいな

:ナッツもぐもぐニキ

:昨日と同じなら、ここで3回目行くんじゃね?

:さすがに2日連続で12時間はきつくないか?

:昨日見たから8時間じゃもうビビらなくなってきたわ

 

 

 コメント欄の空気は落ち着いていた。「昨日と同じなら、ここで終わらず12時間でフィニッシュだろう」という予想と期待が視聴者の大半を占めていた。

 

 大方の予想した通りに、ユウトはアイに体調を伝えると、何の気負いもなく再び地下へのゲートをくぐった。

 

 

【コメントログ】

:ほら行ったwww

:知ってた定期

:3回目突入!

:これで通算12時間コース確定だな

:昨日完走したし、まあ12時間はいけるやろ

:連日12時間労働は普通に頭おかしいけどなw

 

 

 ここまでは、昨日の配信を見ていた固定視聴者たちにとっても想定の範囲内だった。淡々とゴブリンを狩り続ける地味だが無駄のない動き。視聴者たちは作業用BGM代わりに配信を眺め、アイの愛らしい合いの手に耳を傾けていた。

 

 3巡目の探索が何事もなく終わり、3度目の精算を終えたユウトは、しかし、帰らなかった。

 

「アイちゃん」

 

『はい、旦那様!』

 

「身体の感覚が昨日よりずっといいんだよね。足も手首も痛くない」

 

『素晴らしいコンディションです! 補給計画の完全な勝利ですね!』

 

「うん。……まだ行ける。もうひと巡り、行こう」

 

『かしこまりました! 第1層のゴブリンたちに、夜勤の厳しさを教えて差し上げましょう!』

 

 換金機の横のベンチで、プロテインドリンクと塩分タブレットを流し込み、屈伸運動を数回行うと、迷いのない足取りで4度目のゲートへ向かった。

 

【コメントログ】

:ひえ

:おい、嘘だろ

:12時間超えたぞ……?

:昨日より元気じゃねえか?

:昨日は最後ボロボロだったのに、今日は普通に足取り軽いんだが

:装備と飯でここまで変わるもんか?

:いや普通連日の12時間越えは身体動かんて

:ちょっと怖くなってきた

 

 

 深夜0時。探索開始から13時間。

 

 深夜1時。探索開始から14時間。

 

 ユウトの動きは、確かに開始直後よりは鈍くなっていた。しかし、その瞳には淀みがなく、メイスの一撃一撃は正確にゴブリンの急所を捉え続けていた。疲労を自覚しているからこそ、無駄な大振りを一切排除し、最小限の力で敵を処理するルーティンが完成しつつあった。

 

 深夜2時。

 

 探索開始の11時から、実に15時間が経過した。

 

 地下ゲートの階段を、ユウトが静かに上がってきた。

 

「ふぅ……っ」

 

 換金機に、ずっしりと詰まったリュックの中身を流し込む。

 

 

【本日総合計:98,400円】

 

【指定口座へ送金完了しました】

 

 

「……9万8千円」

 

 表示された金額を見て、ユウトは小さく息を漏らした。

 

「やりきったな、アイちゃん」

 

『はい、旦那様! 15時間の連続稼働、見事な生還です! 初期投資と数日分の補給費42,380円を初日で完全に回収し、大幅な黒字を達成いたしました!』

 

「よかった……。身体も、昨日よりずっと楽だ」

 

 ユウトはメイスを拭き、リュックへ収めると、静まり返った深夜の街へ歩き出した。

 

 配信のコメント欄には、深夜にもかかわらず多くの書き込みが流れていた。昨日のような派手な騒ぎ方ではなく、どこか呆れと敬意が混ざり合った、落ち着いた熱量がそこにあった。

 

 

 

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