コミュ障ヒキニート、誰とも話したくないので不眠不休でダンジョンに潜る〜自称美少女AIオペレーターの無断配信でいつの間にか有名になっていた件〜   作:shortsword

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第6話 普通はそんなに潜りませんよ、旦那様♡

 

 

 それからのユウトの生活は、外部の人間から見れば狂気の沙汰としか思えないルーティンへと突入していった。

 

 朝起きて身体の点検とストレッチを行い、高タンパクな食事とプロテインパウダー入りの野菜スムージーを摂取する。

 

 午前中にダンジョンへ潜り、4時間おきに地上へ戻って換金とナッツ等の補給を挟みながら、毎日12時間から16時間に及ぶ探索を淡々と繰り返す。休みはない。

 

 帰宅後は丁寧に身体を拭いてノートに収支を記録し、アイと短い反省会をしてから深い眠りに落ちる。

 

 そして翌朝には、何事もなかったかのように再びダンジョンへ向かう。

 

 

 普通の探索者であれば、数日で精神的摩耗か筋肉の炎症を起こしてドロップアウトするような過密スケジュールだった。しかし、10年間ひたすら同じ筋トレと運動を飽きずに繰り返してきたユウトにとって、この単調で確実な積み重ねは慣れたものだった。

 

 違うところがあるとすれば、社会への貢献の実感だった。

 

 ダンジョン産の魔石は専用の発電所へと運ばれ、タービンを回す動力源として使用される。魔石はいわば石油や天然ガスと同じ国の電力を支える重要な資源だった。資源に乏しく、エネルギーの供給の大部分を産油国との貿易に依存していた日本にとっては今や欠かすことのできない支えとなっている。ダンジョンが生まれた年から年々、その生産体制は勢いを増し、今年度の国内電力生産量の約4割を担うとの試算もあった。

 

 ダンジョン探索者は現代の先進国としては珍しい命の危険と隣合せの職業だったが、そういった事情もあって蔑まれる仕事というよりは、身を粉にしてインフラを維持する直接的な社会貢献者という見方が強い。

 

 もっとも、ユウト自身は、自分をそんな立派な社会貢献者だとまでは思えていなかった。

 

 働きもせず、セイイチの金で食事を取り、シャワーを浴び、部屋の照明を点け、ノートPCを動かしてきた10年間。自分は何ひとつ生み出さず、誰かが働いて作ったものを消費するだけの存在だった。

 

 だからユウトにとって今は貢献しているというよりも、それまでに食いつぶした他人の貢献への負債を返済しているという認識だった。

 

 換金額よりも、その事実のほうがユウトには重かった。

 

 

「今日も少しは返せたのかな」

 

 誰にともなく漏らした言葉を、アイだけが聞いていた。

 

『はい。旦那様は今日も、ご自身の力で多くの人々の生活を支えました』

 

「そんな大げさなものじゃないよ。俺が今まで迷惑をかけた分には、全然足りないし」

 

 心からそう思っていた。

 

 10年間で積み上げた負債を返すには、まだ足りない。休んでいる場合ではない。身体が動くのなら、明日も潜るべきだ。

 

 社会の役に立てているという小さな実感は、ユウトの自責を和らげるのではなく、皮肉にも彼をさらに長い探索へ駆り立てていった。

 

 

 その間、アイのTubeLive配信の同接数は、一旦数十人まで落ち込んだものの、数百人規模へと着実に増加していた。

 

 毎日同じ時間に始まり、作業着の男が無言でメイスを振り続け、深夜に莫大な魔石を換金して帰っていく――その異様な「定点観測」のような配信は、一部の熱心な固定ファンを惹きつけて離さなかった。

 

 

【ダンジョン探索総合スレ Part856】

 

:あのニートニキ、今日も14時間潜ってたぞ

:もう20日連続12時間以上潜ってる

:まじ? ギネス記録でも狙ってんのか?

:体力ありすぎだろ

:マジでバケモン

:Fランクでちまちまゴブリン狩り続けて日給10万弱とか、効率悪すぎて草

:要領悪そう

:普通はFランクなんか流して、Eランクから本腰入れるよな

:ゴブリンなんてトロいからちょっと動けるやつならまず負けない雑魚だし

:不意打ちされたり、囲まれたら死ねるけどな。一応死亡事故もないわけではないし

:ちゃんと3~4人で組んで無茶しなければ事故とかありえん

:ソロで警戒切らさずにやれてるのはすごいかも

:調子に乗って過労してたらそのうち事故んじゃね

:事故るとこ見てえw

:>>128 流石に不謹慎すぎ

 

:旦那様はアイちゃんが索敵するから……

:その旦那様って呼び方なんなん?信者キショいわぁ……

:アイちゃんのアバターの動きだけはクオリティ高いから見てる

:あれすごくね?モーショントラッキングと用意したモーション組み合わせてるのかな?

:なんかその辺も含めて企業臭するんだよな

:個人で毎日あのクオリティおかしくね?

:アイちゃんがトイレとか飯行ってるところ見たことないんだけど

:アイちゃんはアイドルだからトイレなんてしません!

:マジでAIなんじゃね?w

:それはない

:映像流しながら裏で行ってるとか?

:その辺も演出なら凝りすぎててやばい

 

 

 ネットの掲示板やSNSでは依然として冷笑する書き込みが優勢だった。派手な魔法や高ランクモンスターの討伐を求めるライト層にとって、Fランクの通路でゴブリンを解体し続けるユウトの姿は、エンタメとしてあまりに地味すぎたのだ。

 

 もちろん、ユウト自身はそんな世間の雑音など露ほども知らず、目の前の魔石と自分の筋肉だけに誠実に向き合い続けていた。

 

 

---

 

 

 活動開始から3週間が経ったある日の深夜。

 

 イチカワ廃ビルの換金機に魔石を流し込んだ瞬間、機械のディスプレイから、今まで聞いたことのない澄んだ電子音が響いた。

 

――ピロリロリーン。

 

 

【納品実績の更新を確認しました】

【累積納品数:Fランク魔石 4,325個】

【月間活動実績:23日】

【条件達成:Eランク探索区域への入場資格が解放されました】

【ライセンスデータを自動更新しました】

 

 

「……えっ?」

 

 換金機から吐き出されたレシートを見て、ユウトは目を丸くした。

 

「Eランク……入場資格解放……?」

 

 手元のスマートフォンを取り出し、探索者ギルドのアプリを開くと、確かに自分のステータス画面にある登録ランクの横に『Eランク区域入場許可』というバッジが付与されていた。

 

「アイちゃん、これ……。俺、Fランクの第1層でゴブリン倒してるだけなのに、上のランクに行けるようになったの?」

 

『はい、旦那様! おめでとうございます! 見事にEランクの入場条件を満たされました!』

 

「でも……なんでだ? 何か試験を受けたり、強いボスを倒したりしなきゃいけないんじゃないの?」

 

 ユウトが不思議そうに首を傾げると、イヤホン越しにアイが楽しげに笑った。

 

『ふふっ。旦那様、現代ダンジョンにおけるランク制度の仕組みを少しご説明いたしましょう!』

 

 アパートへの帰り道を歩きながら、ユウトはアイの解説に耳を傾けた。

 

『まず大前提として、FランクとEランクの区域は、探索者登録さえしていれば特別な資格審査なしで立ち入りが認められている一般区域なのです。ただし、Eランク区域へ進むためには、最低限の安全確認として実績条件が課されています』

 

「実績条件?」

 

『はい。「過去2か月間に週2日以上探索した週が4回以上あり、かつFランク魔石を累計300個以上納品していること」。これがEランク区域の入場条件です!』

 

「……それだけ?」

 

 ユウトは思わず立ち止まった。

 

「魔石300個って……俺、初日で100個以上拾ったよ? 2日か3日あれば達成できる数字じゃないか?」

 

『その通りです、旦那様! そもそも一般的な探索者は、複数人のパーティーを組んで探索を行います。3〜4人のパーティーであれば、週2回集まって数時間も潜れば300個の納品ノルマなどあっさりクリアしてしまうのですよ! 納品した魔石はパーティーメンバー全員の実績に算入されますからね』

 

「じゃあ……なんでそんな緩い条件になってるんだ?」

 

『Fランクダンジョンは、いわばチュートリアルのようなものだからです! 基礎的な体力や戦闘力があり、定期的に通う意思があり、魔物を倒して魔石を回収する手順を理解したかどうかの足切りに過ぎません。一般的な探索者は、Fランクで最低限の300個だけを納品したら、すぐにEランクへステップアップするのです!』

 

「そうなのか……」

 

『ええ! なぜなら、探索による収益はランクが1段階上がるごとにおおむね倍近くに跳ね上がりますからね! Fランクでちまちま稼ぐよりも、Eランクへ行ってより高価値の魔石やドロップ品を狙うのが、初心者探索者の定石なのです。銃を用いる探索者であれば弾代でゴブリン相手の収益ではトントンになってしまいますしね。……旦那様のように、Fランクの第1層に引きこもって、毎日15時間もゴブリンを乱獲し、3週間で4000個以上もの魔石を集めるような奇人はそうそうおりません!』

 

「き、奇人……」

 

 ユウトは居心地悪そうに頬を掻いた。

 

「俺はただ、今までの分働いてるだけだよ……」

 

『ですが、おかげで旦那様の資金力と経験、そして何より肉体の仕上がりは、すでに並のFランク探索者の領域を完全に置き去りにしております!』

 

「たしかに最近妙に体が軽い気がする」

 

『ダンジョン順応、俗に言う"レベルアップ"というやつですね』

 

 ダンジョン順応──それはダンジョン探索者に見られる未解明の特殊な現象で、モンスターを倒して魔石に触れるほどに肉体に魔力が宿り、後天的に肉体が進化するというものだった。

 

 アイは誇らしげに胸を張るような声で続けた。

 

『ちなみに、さらに上のDランク以上になりますと、探索者の個人の戦闘力が民間人に危害を加えた際、警察力で即座に抑止できないレベルに達するため、銃の所持許可と同等の厳格な国家資格審査や武器の携行制限、公安からの監視が課されることになります。ですが、Eランクまでは実力さえあれば自由に稼ぎ放題のボーナスステージなのですよ!』

 

「銃と同じレベルの規制……。Dランク以上の人たちって、そんなに強いのか」

 

『旦那様もいずれその領域へ到達されますよ。ですがまずはEランクです! 第2層以降、あるいは近隣のEランクダンジョンでは、出現する魔物の種類も増え、魔石の買取単価も一気に上がります!』

 

 夜風がユウトの前髪を揺らした。

 

 ユウトは右手に持ったタクティカルメイスの重みを感じ、そして自分の胸に手を当てた。

 

 10年間、何者にもなれずに部屋の隅で震えていた。

 だが、この3週間、自分の肉体だけを信じて振るい続けた一撃は、確実に自分を前へと進めていた。

 

「……Eランク」

 

 口の中で、その言葉を呟いてみる。

 

 命を的に懸ける仕事だ。恐怖がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に――自分の鍛え上げた肉体が、次のステージでどこまで通用するのかを確かめてみたいという静かな熱が、胸の奥底で確かに灯っていた。

 

「……よし。今度から第2層……Eランク区域に行ってみよう」

 

『はいっ、喜んでお供いたします、旦那様!』

 

 

---

 

 

 翌々朝、午前10時。

 

 ユウトはいつものように作業着を着込み、腰にタクティカルメイスを下げて、イチカワ廃ビルダンジョンの地下ゲートへやってきた。その左手にはライオットシールドに防刃・耐衝撃用の補強が施された冒険者用の盾を持っていた。

 

 改札機のような認証ゲートにスマートフォンをかざすと、これまで赤く点灯していたインジケーターが、鮮やかな青色へと切り替わった。

 

――ピンポーン。

『Eランク探索者、ユウト様。ようこそ第2層連絡通路へ』

 

 ゲートが静かに開き、地下深くへと続く新たな階段が姿を現した。

 

 吹き上がってくる冷気は、第1層のものよりも濃密で、湿った獣の匂いが微かに混ざり合っている。

 

「……ここからが、本番だな」

 

 ユウトはグローブを締め直し、階段の一歩目を力強く踏み出した。

 

 

 その裏でTubeLiveの配信が静かに幕を開けた。

 

 

【コメントログ】

:お、始まった

:待ってました!

:……ん?

:おい、ここ第1層の入り口じゃなくね?

:青ゲートくぐったぞ!?

:盾持ってるwww

:マジか、ついに第2層行くのか!?

:作業着ニート兄貴、Eランク解禁おめでとう!!

:Eランクもソロ!?

:第2層はホブゴブリンとかノールとか出るからマジで気をつけてな!

:いつものルーティン見せてくれー!

 

 

 歓声と期待が交錯するコメントを背に受けながら、ユウトは迷うことなく、より深い迷宮の闇へと歩みを進めていった。

 

 

 

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