コミュ障ヒキニート、誰とも話したくないので不眠不休でダンジョンに潜る〜自称美少女AIオペレーターの無断配信でいつの間にか有名になっていた件〜 作:shortsword
それからは、いつものように4時間ごとに地上へ戻り、魔石を換金して補給を済ませた。休憩中にナッツを口へ放り込みながら、さっきの立ち回りをアイと確かめ、また階段を下りる。
ホブゴブリンの棍棒を逸らす角度。ノールが飛び込む直前の、短い沈み込み。同じ相手と戦ううちに、小さな気付きが積み重なり、次第に慌てて腕を振る場面は減っていった。
12時間が経過し、3度目の換金。自動換金機が魔石を吸い込んでいく。
ユウトは肩からずり落ちかけた荷物を持ち直し、査定が終わるのを待った。
【本日総合計:162,800円】
「16万か……。やっぱり、上がるんだな」
最初に棍棒で吹き飛ばされたときには、リュックをいっぱいにして帰るところまで考えられなかった。だが、今日も無事に換金して破格の日給を稼ぐことができている。ユウトは口元を少し緩めた。
「最初から最後くらいの調子でやれたら、もう少しいけそうだね」
『はい! 後半は、相手を追いかけて走ることも減りましたからね。明日もその調子でまいりましょう!』
「うん。今日は帰ろう」
【コメントログ】
:Eランク初日お疲れ!
:最初のホブで帰るかと思ったら、いつも通り12時間やってた
:ノールに囲まれてた頃と最後の方で動き違いすぎる
:盾買って正解だったな
:16万!?
:俺の月手取りと同じなんですがそれは……
:でも命張ってるからな
:12時間あんな怖いのと殺し合いして16万って安くね?
:十分高いだろ
:俺もやろっかなあ探索者……
:↑簡単に稼げると思ってるならマジで考え直せ
:パーティ組んで安全マージン取ったらこうは行かん
:前衛後衛揃えて銃も使ったら日給2万とか普通よ
:D行くかソロかデュオに移行したら割りと稼げるらしい
:ソロは危険すぎ
:実際なんかあっても誰も助けられないのヤバいよな……
:今日も無事で良かった
ユウトが地上の出口を抜けると、アイは配信を終了した。画面を流れていた文字も、視聴者の声も知らないまま、ユウトは家へ向かって歩いていった。
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帰宅すると、ユウトは玄関に盾とメイスを置き、靴を脱いだ。荷物を床へ下ろし、その隣に腰をつけてスマホを開く。
「先に、送っちゃおう」
『はい。振込先を確認してくださいね』
銀行のアプリでセイイチの口座を選び、金額を入れる。
1,000,000円。いつもの買い物とは桁が違う。
ユウトは入力欄のゼロの数をもう一度数えた。宛先も金額も間違いない。振込後に残る額を見て、アイの言った通り、暮らしと探索を続けられる分があることを確かめる。
確定のボタンを押すと、ほどなく振込完了の表示に変わった。
「……よし」
減った残高を見ても惜しいとは思わなかった。ようやく少しだけ返せた、という安堵の方が強かった。
メッセージ画面を開き、短く打ち込む。
『今までの生活費振り込みました。残りも少しずつ返します』
読み直してから、ユウトは送信を押した。
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セイイチのスマホが鳴ったのは、ちょうど火を止めたところだった。
「ミレイ、そこの深い皿、取ってもらえるか」
「これ?」
「そう。それ。2枚」
白い皿を受け取り、鶏肉を盛りつける。鍋には、まだずいぶん残っていた。
また多く作ったな、と思いながら、布巾で手を拭く。届いたメッセージの差出人を見て、セイイチは頬を緩めた。
だが、読み終えたときには、その表情が消えていた。
「……生活費?」
「ユウトくん?」
「ああ。金を送ったらしい」
銀行のアプリを開く。入金履歴を確かめ、セイイチは親指を止めた。
1,000,000円。
一瞬、桁を読み違えたと思った。
「100万入ってる……」
ミレイも皿を置いた。
「そんなに? あの子、自分の生活は大丈夫なの?」
「わからない。……残りも返すって書いてある」
画面を彼女に見せる。短い文章だった。元気だとも、困っているとも、書かれていない。
セイイチは返信欄を開き、閉じた。
金はいらない。そう打つことは簡単だった。だが、そう返せばユウトは、また別のことで埋め合わせようとするのではないか。
「俺、何か言ったかな」
「お金を返してって?」
「そんなことは言ってない。ただ……あいつが、そう思うようなことを」
ミレイはメッセージをもう一度読んだ。
「この文章だけじゃ、わからないよ。でも、残りって、何をどこまで……」
セイイチにもわからなかった。ユウトと暮らしてきた日々を負担だと思ったことなどなかった。
しばしの沈黙のあと、台所には鶏肉ときのこのクリーム煮の匂いが満ちていた。冷めないうちに食べようと言いかけて、鍋の方を見る。
「あいつ、これもよく食べたんだ」
ミレイが隣へ来た。
「うん」
「最初は、皿が空になっても何も言わないんだよ。それで俺が、まだあるけどって聞くと、ちょっとだけ頷くんだ」
声に出すと、そのときの顔が浮かんだ。
おかわりするかと聞かれるまで、膝の上に両手を置いて待っているユウト。もういらないのかと思って鍋を片づけようとすると、目だけがセイイチの方を追った。
それに気づいてから、セイイチは食卓へ大皿を置くようになった。
取りたいだけ取ればいい。口でそう言うより、手を伸ばせるところにある方がいい気がした。
「食べてくれるの、嬉しかったんでしょ」
「……嬉しかったよ」
セイイチは前妻を亡くしたあとも料理をしていた。
仕事から帰り、玉ねぎを炒める。肉の焼き目を確かめ、弱火で煮込む。作っている間は手を動かしていられた。
けれど、出来上がると困った。
味見をしてもらおうとして、振り向いてしまうことがあった。鍋を食卓へ運んでから、自分ひとりでは食べきれないと気づくこともあった。
「ひとりだとさ、食べきれなくて捨てちゃうんだよな。そのたびに思い出して辛くてさ」
ミレイは口を挟まず、鍋を見ていた。
「それが、なくなったんだよ。あいつが食べるようになってから」
初めて角煮を出した日、ユウトは大根を最後まで残していた。嫌いなのかと思ったら、汁を少しずつご飯へつけて食べ、最後に大根を口へ運んだ。
翌日、セイイチは前より大きな大根を買った。
牛肉が安くなっていれば、煮込みにしようと籠へ入れた。いい魚があれば、骨を外して食べやすくした。ユウトがよく食べたものは、忘れないようにレシピの端へ小さく印をつけた。
何度もおかわりをする日は、ついセイイチまで食べすぎた。
「明日もこれがいいって、たまに言うんだ。すごく小さい声で」
セイイチは笑いかけて、途中で息をついた。
「それで、次は倍作ったりしてな」
どれだけ食べたかを、もしユウトが覚えているのなら、自分がどれだけ嬉しそうに盛り足していたかも、少しくらい覚えていてほしかった。
スマホの画面は暗くなっていた。セイイチはそれを伏せ、火を止めた鍋に蓋をした。
「金を戻すだけじゃ、たぶん駄目なんだろうな。見に行ってくるよ」
ミレイは少し間を置いた。
「私が一緒だと、また緊張しちゃうかな」
「すると思う。けど、一緒に行こう」
ミレイは困ったように笑い、頷いた。セイイチもわずかに笑った。
皿に盛った料理からは、まだ細く湯気が上がっていた。
鍋に残った分を眺め、持っていけば食べるだろうかと考える。
また借りを増やした、とあの子は思うだろうか。