コミュ障ヒキニート、誰とも話したくないので不眠不休でダンジョンに潜る〜自称美少女AIオペレーターの無断配信でいつの間にか有名になっていた件〜   作:shortsword

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第9話 目標額まで残り約90%ですね、旦那様♡

 

 

 それからは、いつものように4時間ごとに地上へ戻り、魔石を換金して補給を済ませた。休憩中にナッツを口へ放り込みながら、さっきの立ち回りをアイと確かめ、また階段を下りる。

 

 ホブゴブリンの棍棒を逸らす角度。ノールが飛び込む直前の、短い沈み込み。同じ相手と戦ううちに、小さな気付きが積み重なり、次第に慌てて腕を振る場面は減っていった。

 

 12時間が経過し、3度目の換金。自動換金機が魔石を吸い込んでいく。

 

 ユウトは肩からずり落ちかけた荷物を持ち直し、査定が終わるのを待った。

 

 

【本日総合計:162,800円】

 

 

「16万か……。やっぱり、上がるんだな」

 

 最初に棍棒で吹き飛ばされたときには、リュックをいっぱいにして帰るところまで考えられなかった。だが、今日も無事に換金して破格の日給を稼ぐことができている。ユウトは口元を少し緩めた。

 

「最初から最後くらいの調子でやれたら、もう少しいけそうだね」

 

『はい! 後半は、相手を追いかけて走ることも減りましたからね。明日もその調子でまいりましょう!』

 

「うん。今日は帰ろう」

 

 

【コメントログ】

:Eランク初日お疲れ!

:最初のホブで帰るかと思ったら、いつも通り12時間やってた

:ノールに囲まれてた頃と最後の方で動き違いすぎる

:盾買って正解だったな

:16万!?

:俺の月手取りと同じなんですがそれは……

:でも命張ってるからな

:12時間あんな怖いのと殺し合いして16万って安くね?

:十分高いだろ

:俺もやろっかなあ探索者……

:↑簡単に稼げると思ってるならマジで考え直せ

:パーティ組んで安全マージン取ったらこうは行かん

:前衛後衛揃えて銃も使ったら日給2万とか普通よ

:D行くかソロかデュオに移行したら割りと稼げるらしい

:ソロは危険すぎ

:実際なんかあっても誰も助けられないのヤバいよな……

:今日も無事で良かった

 

 

 ユウトが地上の出口を抜けると、アイは配信を終了した。画面を流れていた文字も、視聴者の声も知らないまま、ユウトは家へ向かって歩いていった。

 

 

---

 

 

 帰宅すると、ユウトは玄関に盾とメイスを置き、靴を脱いだ。荷物を床へ下ろし、その隣に腰をつけてスマホを開く。

 

「先に、送っちゃおう」

 

『はい。振込先を確認してくださいね』

 

 銀行のアプリでセイイチの口座を選び、金額を入れる。

 

 1,000,000円。いつもの買い物とは桁が違う。

 

 ユウトは入力欄のゼロの数をもう一度数えた。宛先も金額も間違いない。振込後に残る額を見て、アイの言った通り、暮らしと探索を続けられる分があることを確かめる。

 

 確定のボタンを押すと、ほどなく振込完了の表示に変わった。

 

「……よし」

 

 減った残高を見ても惜しいとは思わなかった。ようやく少しだけ返せた、という安堵の方が強かった。

 

 メッセージ画面を開き、短く打ち込む。

 

『今までの生活費振り込みました。残りも少しずつ返します』

 

 読み直してから、ユウトは送信を押した。

 

 

---

 

 

 セイイチのスマホが鳴ったのは、ちょうど火を止めたところだった。

 

「ミレイ、そこの深い皿、取ってもらえるか」

 

「これ?」

 

「そう。それ。2枚」

 

 白い皿を受け取り、鶏肉を盛りつける。鍋には、まだずいぶん残っていた。

 

 また多く作ったな、と思いながら、布巾で手を拭く。届いたメッセージの差出人を見て、セイイチは頬を緩めた。

 

 だが、読み終えたときには、その表情が消えていた。

 

「……生活費?」

 

「ユウトくん?」

 

「ああ。金を送ったらしい」

 

 銀行のアプリを開く。入金履歴を確かめ、セイイチは親指を止めた。

 

 1,000,000円。

 

 一瞬、桁を読み違えたと思った。

 

「100万入ってる……」

 

 ミレイも皿を置いた。

 

「そんなに? あの子、自分の生活は大丈夫なの?」

 

「わからない。……残りも返すって書いてある」

 

 画面を彼女に見せる。短い文章だった。元気だとも、困っているとも、書かれていない。

 

 セイイチは返信欄を開き、閉じた。

 

 金はいらない。そう打つことは簡単だった。だが、そう返せばユウトは、また別のことで埋め合わせようとするのではないか。

 

「俺、何か言ったかな」

 

「お金を返してって?」

 

「そんなことは言ってない。ただ……あいつが、そう思うようなことを」

 

 ミレイはメッセージをもう一度読んだ。

 

「この文章だけじゃ、わからないよ。でも、残りって、何をどこまで……」

 

 セイイチにもわからなかった。ユウトと暮らしてきた日々を負担だと思ったことなどなかった。

 

 

 しばしの沈黙のあと、台所には鶏肉ときのこのクリーム煮の匂いが満ちていた。冷めないうちに食べようと言いかけて、鍋の方を見る。

 

「あいつ、これもよく食べたんだ」

 

 ミレイが隣へ来た。

 

「うん」

 

「最初は、皿が空になっても何も言わないんだよ。それで俺が、まだあるけどって聞くと、ちょっとだけ頷くんだ」

 

 声に出すと、そのときの顔が浮かんだ。

 

 おかわりするかと聞かれるまで、膝の上に両手を置いて待っているユウト。もういらないのかと思って鍋を片づけようとすると、目だけがセイイチの方を追った。

 

 それに気づいてから、セイイチは食卓へ大皿を置くようになった。

 

 取りたいだけ取ればいい。口でそう言うより、手を伸ばせるところにある方がいい気がした。

 

「食べてくれるの、嬉しかったんでしょ」

 

「……嬉しかったよ」

 

 セイイチは前妻を亡くしたあとも料理をしていた。

 

 仕事から帰り、玉ねぎを炒める。肉の焼き目を確かめ、弱火で煮込む。作っている間は手を動かしていられた。

 

 けれど、出来上がると困った。

 

 味見をしてもらおうとして、振り向いてしまうことがあった。鍋を食卓へ運んでから、自分ひとりでは食べきれないと気づくこともあった。

 

「ひとりだとさ、食べきれなくて捨てちゃうんだよな。そのたびに思い出して辛くてさ」

 

 ミレイは口を挟まず、鍋を見ていた。

 

「それが、なくなったんだよ。あいつが食べるようになってから」

 

 初めて角煮を出した日、ユウトは大根を最後まで残していた。嫌いなのかと思ったら、汁を少しずつご飯へつけて食べ、最後に大根を口へ運んだ。

 

 翌日、セイイチは前より大きな大根を買った。

 

 牛肉が安くなっていれば、煮込みにしようと籠へ入れた。いい魚があれば、骨を外して食べやすくした。ユウトがよく食べたものは、忘れないようにレシピの端へ小さく印をつけた。

 

 何度もおかわりをする日は、ついセイイチまで食べすぎた。

 

「明日もこれがいいって、たまに言うんだ。すごく小さい声で」

 

 セイイチは笑いかけて、途中で息をついた。

 

「それで、次は倍作ったりしてな」

 

 どれだけ食べたかを、もしユウトが覚えているのなら、自分がどれだけ嬉しそうに盛り足していたかも、少しくらい覚えていてほしかった。

 

 スマホの画面は暗くなっていた。セイイチはそれを伏せ、火を止めた鍋に蓋をした。

 

「金を戻すだけじゃ、たぶん駄目なんだろうな。見に行ってくるよ」

 

 ミレイは少し間を置いた。

 

「私が一緒だと、また緊張しちゃうかな」

 

「すると思う。けど、一緒に行こう」

 

 ミレイは困ったように笑い、頷いた。セイイチもわずかに笑った。

 

 皿に盛った料理からは、まだ細く湯気が上がっていた。

 

 鍋に残った分を眺め、持っていけば食べるだろうかと考える。

 

 また借りを増やした、とあの子は思うだろうか。

 

 

 

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